2018年05月13日

1999年10月以降のロードレースニュースを旧HPからLivedoorの方に移行中。

2002年の5月分までインプット完了




2002年05月30日

ガルゼッリ、シモーニ、カーザグランデがジロから消えた。この3人をジロの表彰台と考えた人は多いことだろう。第15ステージ前半で、カーザグランデは、セッレ イターイアのガルシアを柵の方に押しのける格好になり、ガルシアのクラッシュを招いたということで失格となり、ジロからおろされた。

 

血を流しているガルシアの姿が痛々しいが、頭と首を30針縫う大怪我らしい。これを重く見た審判団が、カーザグランデの責任と断定した模様。報道TVカメラの外で起こったことであったため、目撃証言も限られていたようだが、一説によると、近くを走っていた選手が、起こったできごとを、判定車の審判に告げた、とも伝えられている。

AS
ディアリオの報道では、カサグランデは故意にガルシアを押しのけたように見えた、とも述べている。ゴールスプリントで人を押しのけて、降格処分を受けることはよくあるが、山岳で、こんなことが起こるのは珍しい。

同僚のベッリでさえ、「優勝を狙う選手がしてはならないこと」と語っている。(昨年、ベッリも観客といざこざを起こして、ジロアウトになってたけど。)

・ガルゼッリ:521日、区間優勝し、マリアローザを着た第2ステージの陽性でレースを去る。
・シモーニ:524日、424日のトレンティノの時の検査で陽性が判明し、第11ステージ優勝のあとレースを去る。
・カーザグランデ:528日、スポーツ精神に反する行為(ガルシアのクラッシュを招いた)があったとしてレースから追放。



2002年05月28日

現地で見てきた選手の様子、第2弾。― 三船雅彦選手が、ムーセウ、チミルらにまじって本レースに出場。出走サインする姿を写真に収めた。なかなか、自信の表情。こんなビッグレースで立派に戦っている。


最終日の26日第5ステージは、途中で、大量のリタイア選手が出た中、三船選手は最後まで完走!総合では71人中、64位にはいった。(去年JCで来日したランプレのピノッティは、総合71位でフィニッシュした。途中のステージで落車して、順位が相当後退したにも関わらず、最後まで完走とはよく頑張った。普通なら、大量のリタイア選手とともに、レースを諦めていたところだろう。)

総合首位はオランダのタフガイ、フォスカンプ(Bankgiroloterij)、2位はディールクセンス、3位はフランスの新星Sシャヴァネルだった。

三船選手には、応援の言葉を出走前にかけたかったのだが、残念、出遅れて、スタート地点では、前の方に行けなかった。今思えば、前にいけなくても、後ろから「頑張って」と日本語でひとこと言えばよかったな、と。

また、ランプレのスヴォラダが、最終ステージとあわせ、区間2勝をあげた。最終日の出走サインのときに、司会者が、(その時点で区間1勝をあげていた)彼に、頑張っているねえ、みたいな声をかけたのだが、スヴォラダは、ぶっちょう顔で、逃げてしまった。今思うと、この最終日、彼は勝つことしか、頭になかったのだろう。

最終第5ステージのスタートでは、現地に宿泊しており早く到着したため、出走サインのステージのまん前に陣取った。

 

懐かしい顔は、メデリック・クレン大活躍クレン(COF)。去年JCで来日しただけでなく、「クレンと一緒にかつてフランスで走っていたことがある」という、おぎっちさんからのEmailを以前紹介したことがある。そのクレンが、なんとこのレースでは大活躍。第4、5 ステージで、何度もアタックをかけたり、前にでたりして、TVには映るわ、名前は画面にでるわで、相当存在感をアピールした

JC
では、レース直前まで相当リラックスしていたクレンも、このベルギーツアーでは、スタート前もゴール後も、ひとりで相当シリアスな表情をしていて、レースにかける意気込みが伝わった。

 

首位争いから後退していたせいもあり、本拠地ベルギーでリラックスムード、冗談をとばしていたプランカールトとは対照的だった。



2002年05月27日

仕事の合間に週末、ツアーオブベルギーのゴールとスタートを見に行ってきました。観戦したのは、ビルゼンという小さな町で、なんで私はひとりでこんなところにいるのだろう、と思うくらい寂しい町。あたりにホテルはなく、町を出たところにどうにか一軒ある宿に宿泊。

でも、はるばる行ってよかった。歴史的瞬間?を目撃できた。チミル現役最後の勝利をこの目で見ることができたから。そして、直後に行われた彼の引退宣言記者会見を
TVで確認。翌日日曜のスタートは、壇上でチミルのお別れ会となり、そちらは目前で見ることとなった。

土曜
25日のベルギーツアーは、チミルが、ラスト1キロでヴィノクロフをかわしてスプリントで勝利。区間優勝を果たした。ヴィノクロフも頑張っていたが、チミルの前に力尽き、ラスト数メートルで降参。チミルはレース後、奥さん、息子と一緒に表彰を受け、そのまま彼はドーピング検査の黄色いバスの中へ。息子は目立ちたがりやで、父親と一緒にドーピングコントロールのバスに入り、そこから、ジャーナリストたちに愛嬌を降りまくる。

バスの脇に座っていた彼の奥さんは、ずっと携帯電話をあちこちにかけまくっていた。今考えると、あの電話は、引退報告の電話だったのだろう。この日のチミルはにこにこして、とても柔らかい表情。携帯電話をしているときも、ドーピング検査の直前でも、サインには全て応じていた。区間優勝したせいだと思っていたけど、実はそれだけじゃなかったのだ。それがわかったのは、レースが終わり、ホテルに帰って夜のニュースを見ていたときのこと。

彼はホテルに戻ってから、引退記者会見を行った。この日の優勝を最後に、翌日の最終ステージに出ることなく、即時引退すると決めていたらしい。会見はベルギーの複数の
TVニュースのスポーツのコーナーでトップに扱われた。(ジロよりもベルギーツアーの扱いのほうが断然大きい)。

そして、この日の区間優勝を機に、引退をすると名言した。更に、「一緒に走った仲間たち。。。」と言ったきり感無量、言葉につまってしまったチミル。(彼は、会見とインタビューはフランス語で行っていた。)奥さんが横から一言声をかけ、チミルは、泣き笑いしながらキャップをとって頭を掻いて、なんとか感情を抑えようとしていた。

「あらゆる場面が頭をよぎったのだろう」、
TVニュースでは、そんな解説が入っていた。TVでは、更にチミルの数々の優勝の映像を流し、特にパリルーベ、フランドルでの活躍を褒め称えた。そして、翌日のスタートでは、彼はLOTTOのウエアを脱いで、最終日走ることなく、グレーのスラックスとグレーの上着という平服で壇上にあがったのだった。そして、壇上には、彼ゆかりの人々(Eメルクスも含めて)、選手があがり、ムーセウが彼に別れの言葉を告げた。

チミルも、最後に謝辞を述べ、ベルギーツアーは、チミルなしで、最後、日曜のステージがスタートとなったのだった。とにかく、土曜の区間優勝の時から日曜にかけて、彼は肩の荷を下ろしたという感じで、本当に、いい表情をしていた。土曜には、息子、奥さん(誰かに似ていると思ったら、フィギアスケートの、妖艶さで知られるブッテルスカヤにそっくり)も同行していたので、おそらく、かなりの気合で優勝を狙っていた。そして今回念願かなって引退、というシナリオ通りの結果となった。引退の花道を優勝で飾れるなんて、うまくできすぎだ。

でも、ゴール地点で、歪んだ表情のヴィノクロフとは違って、チミルはゴール直前にはかすかに笑っており、力の衰えは見えない。今イキのいい、「旬」といわれるヴィノクロフから、力で優勝をもぎとったチミル。ベルギー国籍取得後、母国となったこの地で輝きつつ幕引きをした。



2002年05月26日

ジロ前の検査で陽性判定 ジロ続行 - 歯医者さんの証明 - 却下 - チームが自主的に棄権措置

シモーニが、第
12ステージ、ジロからリタイアとなってしまった。UCIの規則からいうと、シモーニはジロを続けられるはずなのだが、サエコが、今回の騒動の責任をとる形で彼をレースからはずしたと推測されている。やはり、歯科治療の説明が、当局を十分に説得できるだけの材料とならず、疑惑が完全にぬぐいきれなかったせいだろう。



2002年05月25日

サエコは、ドーピング疑惑否定のため、「黒」となったサンプルの原因であるとしているシモーニの歯科治療の麻酔薬に関する証明書を提出した模様。
歯科医師が発行したこの証明書には、「シモーニに対し、麻酔薬を口腔外科手術で使用した」こと、及び、麻酔薬の成分が明記されている。
ただし、
サンプルから検出された物質の化学組成が、麻酔で使用された薬物の成分と異なることから、この証明書は今のところ効力を発揮していない。
今後、イタリアの警察は、このサンプルの成分を更に詳しく調べる模様。また、第
11ステージで区間優勝したシモーニだが、その後、2時間も警察当局の取り調べを受けたそうだ。ジロに警察の影がつきまとうようになったのが悲しい。



2002年05月24日

シモーニのドーピング検査陽性結果を受け、ひとまずジロの出場には影響はないものの(先のニュース参照=ジロ外での陽性だったのでジロ続行OK)、ツール出場に多少陰を落とすこととなった。ソシエテのJMルブランコメント:「もしも、シモーニの陽性が確定し、当局により出場停止処分が確定した場合は、サエコのツール出場を再考するだろう」と。

更にきっぱりと、「代わりのチームについては、まだ考えている状況ではないものの、イタリアチームから選ぶことは絶対にない。今回のごたごたは、全てイタリアを中心に起こっているのだから。」と語った。

ツールでは、クリーンなイメージを打ち出すために、公式HPでも再三、ドーピング撲滅を提唱しており、かなり神経質になっている。今回のコメントは、アンチドーピングを掲げるツールのポジションを更に鮮明にした。



2002年05月23日

今回、ジロの最中にまた薬物騒動でうんざりするが、シモーニは、例のサンプルAがジロの最中に摂取にされたものではないので、ジロ自体、アウトになることはないということが正式にアナウンスされた模様。しかし、本人、よりによって今の時期に持ち上がった話に、シモーニとしては、心穏やかならぬ気分だという。


そのかわり、この一件で、サエコチームのツール出場が危ぶまれている。ツールはドーピングに厳しい態度をとっているので、この点、今後、主催者ソシエテの動きが注目される。



2002年05月22日

前年、つまり2001年ジロの最中サンレモで警察の手入れが入ったが、あの時は、結構な検挙者が出たことを、イギリスの雑誌Procyclingの最新の特集記事が扱っていた。すでに罰金と6ヶ月の出場停止を受けたディグランデ(インシュリン、カフェイン、ホルモン剤所持)は別にして、あとの選手は、制裁取り消しだったり、処分の確定待ちで、まだ実質レースには出られる状況だった。

ピッコリら、インシュリンが発見されたとされる選手は
6ヶ月の出場停止の求めに対し、すでに無罪が確定。また、EPO、ホルモン剤、インシュリンが発見されたとされるモンディーニ(4年半の出場停止制裁の求めが出ている)や、ホルモン剤、インシュリンが発見されたエッリ(4年の出場停止制裁の求めが出ている)、ほかにもデパオーリ、シボーニ、フィグエラスらは、判決が6月にずれたため、実質出場停止処分はまだで、ジロに出場可能となっている。

記事では、特にフリーゴの特集を組み、彼の薬物疑惑は謎のままであることを指摘。発見された薬物は、
アンドリオル(テストステロン系)、テオフィライン(カフェインの一種)、そして、第3の特定されていない薬物だ。一説にはヘマシストのラベルのついた薬物で、これは次世代のEPOと噂される代物だとか。更にホルモン剤の残留物の入った注射器も発見されたとしている。フリーゴは、これらを一切否定して、今ジロに出ている。そして、誰に聞いても、フリーゴは人柄のいい人物だといい、かつての同僚バッソなどのフリーゴ賛辞を引用して、この記事は終わる。

シモーニも陽性!

ししてガルゼッリに続き、ジルベルト・シモーニもサンプルAで(過去のトレンティノのレースで採取したサンプルの結果が今ごろアナウンスされたらしい)Non-negativeつまり、灰色になってしまった。サンプルBでも陽性だと、完全にガルゼッリと同じ運命になる。信じられないが、一体どうなっているのか?



2002年05月21日

ステファノ・ガルゼッリが第2ステージで採取されたサンプルAB両方でアウトになり、これで完全に陽性判定となり、ジロに衝撃が走っている。注意したいのは、先に述べた量の問題。今回、サンプルBから検出された量は、1mlあたり、29ナノグラム。つまり、この量では、他の薬物をマスキングする威力は発揮できず、したがって、ドーピング目的で摂取したと断定はできない。

実際、ガルゼッリもコメントで、「心当たりがないが、何かが原因で、こうなってしまったようだ」、と述べている。果たして、体内から検出された薬物は故意なのか、未故意なのか、謎めいている。しかし、規則は規則。ジロからの撤退と、今後レース出場停止処分が出るものと思われるが、正式アナウンスはまだない。サンプル
Bの結果がでる前、ガルゼッリはもし両方のサンプルで陽性になったら、今後、期間非限定の長い休みにはいる、と語っていたガルゼッリだったが、やはり、この結果を受けて、出場停止期間よりも長い休暇に入りたい、そう漏らした。

会見コメントでは、もっぱら寝耳に水、といったニュアンスで、精神的にまいっている様子。彼の尿から検出された例のプロベネシドは、摂取後、
10時間でトレースがなくなる。ということは、検査のあった第2ステージの時点からさかのぼって10時間以内に、何かが起きたということだ。第1ステージの夜、あるいは、第2ステージの朝、一体ガルゼッリの体内に、どういう経緯で、この薬物がはいったのだろう。

 



2002年05月20日

TOJ観戦から帰宅し、ジロのNewsをチェックしていたら、まあ、ガルゼッリが、第2ステージで行われたドーピング検査で引っかかっている。最初のサンプルAが陽性だっただけなので、UCI規定により、これで完全に「陽性」とは言えず、したがって、Positiveという言葉は使用されていないが(使用されている用語はNon-negative)、今行われているサンプルBの検査でもPositiveとなると、今度は完全に「Positive 陽性」となる。スペインの新聞では、既にサンプルAだけの結果で、陽性という言葉を使用し、頭をかかえるマリアローザのガルゼッリの悲壮な写真を掲載している。このスペインのAS紙によると、「僕をジロから引き摺り下ろすための、陰謀だ、とガルゼッリは述べている」とのことだが、他の報道では、「彼は真実はひとつ、と無実を主張した」という論調だ。

あのガルゼッリの頭を抱えた姿は、「なんで、こんなことになったのか?」と理解に苦しんでいるようにも見え、サンプル
Aは、なにかの間違いなのではないか?という印象すら与える。チームは、サンプルBの結果が出るまで、ガルゼッリをジロで走らせることを決めた。Bの結果は、早ければ今度の火曜日には出ると言う。1988年にデルガドがツールのドーピング検査で引っかかったことがあるが、この時は、対象薬物が、オリンピック委員のリストにある薬物であったものの、UCIのリストからは外れていたため、彼はリタイヤすることを免れ、ツールで優勝する運びとなったのだった。



2002年05月17日

去年、ジロの最中 インシュリンの注射器が部屋から見つかり、イタリアのオリンピック委員CONIによって4年間の出場停止処分を勧告されたパンターニ。しかし、今回ジロ出場を果たしたのはなぜか?実は、出場停止処分手続きに不備があり、出場停止の開始時期が遅れているためであるという。結果、イタリア自転車連盟は、彼の出場を許可したというのだ。また、マペイ幹部が数年前のツールの際に、「総合トップ5位以内にいる選手はみんなドーピングをやっている」と述べた点をパンターニは今 蒸し返して、「今や、総合トップにいるのは、まさにマペイの選手じゃないか」と皮肉った。マペイのスポークスマンは、ノーコメント。(Eurosport.com)パンターニは、ジロ第4ステージ終わって、首位と144秒差の55位にいる。



2002年05月16日

一部報道で、ツール2001でマイヨーブランに輝き、ヴエルタで総合2位となったケルメのオスカル・セビーヤが、テレコムに移籍するのでは、という見出しがついた記事が幾つかあった。実際に記事を読むと、確固たる内容ではなく、セビーヤとしては、やはりケルメ残留を望んでいるらしい。しかし、ケルメの事業の失敗による資金難のせいで、ケルメが彼を泣く泣く手放さざるを得ない可能性もあり得る、というのだ。

目下、アンダルシアの地方自治体によるケルメ支援の話も進んでいるから、屋台骨がまたしっかりすれば、セビーヤもケルメ残留となるだろう。また、彼がスペインのほかのチームに行く可能性は、今のところない。
2003年はセビーヤはケルメとの契約がまだ残っており、それを破って彼を獲得するのは紳士協定違反なので、スペインチームは彼に手を出しにくい。そこで、テレコムのような国外のチームの名前が今回あがった、というわけ。



2002年05月15日

12年ぶりに再開となったツアー オブ ベルギー。今までしつこく述べているとおり、ジロ、ミディリーブルなどと同時期開催となる。エディ・メルクスいわく、彼の時代には、ツアー オブ ベルギーは、シーズンのハイライトという位置づけのレースだった、と。このかつての価値あるレースが復活したのを記念して、レースにあわせてオークションが開催される。ムセウのパリルーベの泥まみれ自転車(泥はもう取り払われているだろうが)、ミュンヘンの柔道チャンピオンの着物、などが出展され、収益金は、子供のチャリティー基金に行くという。

参加選手も、ジロやミディリーブルに負けないくらいのメンバーが揃った。ステルス、チミル、マッタン、ムセウ、Aメルクス、ヴァインスタインス、ヴィノクロフ、ジューリック、リヴィングストン、デュラン、シャヴァネル(先日4日間のダンケルクレース制覇をしたボンジュールの若手)、ヴァンペーテルヘム、ボルトラーミ、ソヴォラダ、ディールクセンスらが、出場予定リストに載っている。コフィディスからは、昨年JCで来日した選手が3人も入っている。当然のことながら、ベルギー選手の意地がぶつかるはず。本日、遂に、公式HPにスタートリストも掲載中。



2002年05月14日

先週、テレコムのGMであるウォルター ボデフロート氏がウルリッヒを酷評した記事があちこちで見られた。ツール断念となったウルリッヒの肉体的もろさ(今回の棄権は、直接的には 右ひざ炎症が原因)を嘆き、また、51日の飲酒運転、プラス器物損壊、プラス現場からの逃走についても、シビアにコメント。特に免停となったのが、飲酒運転に加え、現場からの逃走だったことに一因があるため、品性に欠ける行動、と非難していた。そして、このたび、ウルリッヒとホデフロート氏がスイスで会見し、両者は和解した模様。会見後、両者は談話を残した。

ホデフロート氏:「ヤンは過ちを犯した。今、それに気づいた彼は、名誉挽回するには競技で成績を残すしかない、とモチベーションを高めている。会見は大変建設的だった。」

ウルリッヒ:「話し合う場を持ったことに意義があった。一旦、信頼を失ったが、ウォルターの僕への批判はもっともなこと。しかし、今回彼の僕に対する信頼を、再び回復することができた。」



2002年05月13日

プロローグでマリアローザを手にしたJCドミンゲスだったが、ゴール地点2キロ手前でおこった集団落車により、第1ステージ終わって総合16位に後退した。この落車により、一番被害を受けたのはFAS(ファッサ・ボルトロ)のミケーレ・バルトリだろう。レース棄権となったばかりか、大腿骨骨折の疑いで救急車で運ばれたという。担架で運ばれるシーンがガゼッタのイタリア語のHPに掲載されていたが、肘の辺から血を流して、顔を覆った姿は気の毒だった。FASにとっては、災難続きだ。前日のプロローグで、FASのスタンゲリがクラッシュで鎖骨を折るという事故に見舞われたばかり。(プロローグの順位表では、一応彼はプロローグは走りきったようで、首位との差は531秒で198人中198位でプロローグのレースはとりあえず走りきったようだった。)



2002年05月12日

チポッリーニの初日のコスチューム、以前の筋肉スーツにも負けないすごい柄でしたね。チポッリーニは、初日のグローニンゲンのITTで、再び 規定外のコスチュームで現れ、罰金を払った。もっとも金額自体は、300スイスフラン(300SFは、ユーロにして200ユーロ程度。UCI本部がスイスにある関係で、罰金の通貨単位はスイス フラン。ご承知のとおり、スイスは英国同様、統一通貨ユーロには加盟していない。)ということで、大金ではないが。今回のウエアは、雰囲気としては以前着用したマッスル スーツに似た感じの、タイガースーツ。一部の報道では、「チポッリーニ虎に変装する!」と言われていた。



2002年05月11日

今年、ジロに出るフランス選手はたったの一人。それは誰か?フォナックのファブリス・ググーだ。今回フランスチーム自体がジロに出ないので、これは必然的な結果とも言えるが、それでもたった一人とは意外。

また、イギリス選手も、ランプレのマックス・シャンドリひとりだけ。日本は一方で野寺秀徳選手を送り込んでいるから、日本も、出場選手の数的に言うと、イギリス、フランスと肩を並べたわけだ。その一方で、スペインはケルメ1チームだけしか出ないのに、選手数では21人(最終リストではないので多少変動あるかもしれませんが)も送り込んでいる。スペインのマスコミが近年嘆いている通り、これはスペイン選手が海外チームに流出しているせいだ。去年あたりから、自国以外のチームで走るスペイン選手の数が増えたものだから、スペインのマスコミは、「これはスペイン選手の輸出ラッシュだ!」と危機感を募らせている。今年から統一通貨ユーロになったとはいえ、愛国主義は変わらない。

現在スペイン人が多いチームは、コースト、フォナック、CSCなどだ。ジロのスタートリストで、テレコムの選手の顔ぶれを見てみると、ベテランのヘップナーやフンデルトマルク、そして スプリンターのホンドは入っているものの、あとは若手という組み合わせ。イタリア人のグエリーニはメンバーに入っていない。他にジューリック、リヴィングストン、ツァベル、ヴィノクロフ、ヴェセマン、クレーデンの姿もない。恐らく、同時期(5月22日から26日)開催のベルギーツアーとバイエルンツアーに、人材が散らばったものと推測される。前にも触れた通り、22日から26日に開催されるベルギーツアー、バイエルンツアー、そしてミディリーブルの3つのレースはカテゴリー的にもビッグなレースで、更にこの時期ToJも重なることを考えると、目が回りそうだ。

テレコムはジロ、ベルギーツアー、バイエルンには出るものの、ミディリーブルには、今のところ出場しない予定。(Midi Libre主催者発表では、既に14チーム決定しており、残る1チームは目下選出中。)また、ファッサのバルダート、イワノフ、モントゴメリーらもジロメンバーには入っていないものの、ミディリーブルに出場予定。(4月末時点での出場予定リストに基づく。)また、ベルギー選手とフランス選手の混成チームであるコフィディスは、ジロには出ないが、Midi Libreとベルギーツアーに出場予定。フランス選手はMidiの方に、ベルギー選手はベルギーツアーに参戦という流れになるのだろうか。プランカールトはベルギーツアー参加と踏んでいるのだが、どうだろう。また、ベルギー人のピールスは怪我で、多分ベルギーツアー出場は無理なのでは?

その他のフランスチームも、ジロに出ない分、Midi Libreに重点を置いている。ジロをドタキャン決定したスペインチーム、オンセ、バネストも、ジロ参加予定選手をMidi Libreに送り込むことにしたので、こと、オンセ、バネスト、そしてフランスチームについて言うと、Midi Libreに豪華メンバーが続々集まるというわけだ。

今の段階で、USPのアームストロングも、Midiでツールの調整予定であるらしい。ジロを見ながらもツールの行方を占うMidiの方もチェックをしておかないと。

また、ベルギーチームのドモは、ベルギーツアーを重視している模様で、ムセウも、暫定的ではあるが、出場予定なのだ。A・メルクスの出場もありかもしれない。バイエルンの方は、ウルリッヒが出る予定だったが無理となり、ちょっと注目度が落ちてしまった。

このウルリッヒ、HPを読んでみると、もしも状態がよければヴエルタには参戦できるかもしれない、とのコメント。ということは、膝の怪我は相当長引く予感があるのか?テレコム幹部も、ツール出場を断念したウルリッヒに苦言を呈していたが、幹部の信頼を得るために、早く復帰して欲しい。その一方で余り焦らず、完治してから十分なコンディションでのぞんでほしいとも思う。



2002年05月10日

ウルリッヒのツールツール不出場について、ランスのコメントが出ている。「これは、良くないことだ - 僕にとって。彼は最も恐るべきライバルであり、僕はいつも彼との競り合いを楽しみにしていた。レースには、多数のコンペティターがいてほしいと思うし、彼はそんなコンペティターの中で、最強の男だった。本当に、がっかりした。」(Lancearmstrong.comより)



2002年05月09日

今週初めに、膝の様子を見て今後のスケジュールを決定すると断言していたウルリッヒ。残念ながら、最悪の結論が出てしまった。76日スタ~ートの今年のツール出場を見合わせるというのだ。テレコムのリーダーは、従ってパリニースの勝者ヴィノクロフとなる。(ちなみに、ウルリッヒの飲酒運転に同乗していたのはヴィノクロフではなく、別の自転車関連の人物だったということだ。)

●ヤン ウルリッヒ公式
HPのメッセージ

「ハロー、ファンのみんな。僕の膝は感覚を失い、耐えがたいほど悪化してしまった。ツールドフランスと、その前哨戦は断念せざるを得なくなってしまった。ドイツ ツアーのスタート地点にも立てないよ。先月は、なんとか走れる状況にまでなっていたのに、非常に悔しい。3月に3週間トレーニングを中止して、膝の怪我は完治したかのように見えたんだ。ところが先週 火曜日になって、集中トレーニングをした結果、痛みが戻って ペダルが踏めなくなった。痛みは一向に良くならない。パフォーマンスも80から90%といった状況で、これでは満足なトレーニングも出来ない。今となっては、再度、まず怪我を完治させることが重要だ。完治してから、再度徐々にトレーニングを開始することにするよ。 ヤン ウルリッヒ」



2002年05月08日

スペインのサイトで、ヒメネスとフレイレとチャットができるサイトがある。ヒメネスはメンタル面での不調が伝えられているが、それでも3月中旬に、ファンからの質問に答えている。(追記:その1年半後の2003126日にヒメネスは死去。)そして、最近では、ツールは無理でもブエルタでは区間優勝したい、と抱負を語れるまで回復しつつあるようだ。一方フレイレも最近 ファンにフレンドリーな彼らしいレスを送っている。それぞれのチャットコーナーから、それぞれの選手らしさが出ているチャットを いくつかピックアップしてみました。

ヒメネスとのチャット>>

ダニエル ミラン: 今までレースをしてきて、一番きついと感じた登りを3つあげるとしたらどこですか?

ヒメネス(以下JMJ):スペインでいうと、文句なくエル アングリルだね。フランスでいうと、アルプスの何箇所かは、ものすごくきついよ。というのも、全長が長いケースが多いからさ。もう登っていると、果てしなくて、気が遠くなる感じだね。

ルーベン ガルシア:アームストロングとかウルリッヒみたいなものすごい選手にアタックをかけるって、結構勇気がいるのでは?

JMJ:スポーツ選手として、恐れるものは何もないよ。ライバルより前にゴールして優勝することしか念頭にないからね。それよりも、自分は山岳ステージで必ず勝てるんだ、そう思いながらいつもアタックをかけてるね。

 

フレイレとのチャット>>>

マリエケ:まずは2002年もすでに勝ち星を収め、おめでとう。(注:24日と6日にマヨルカツアー第2、第4ステージで優勝)腰痛の状況はどお?今年活躍できることを祈ってます。オランダより。

フレイレ(以下OF):ありがとう、マリエケ。君の名前は、今までインターネットのチャットやフォーラムで見たことあるよ。チャットでの中傷とかがある中、君みたいに、チャットを利用してポジティブに自転車のことを話す熱心なファンがいて嬉しいね。

シルビア サラス:
3週間続く3大ツールで一番嫌な部分は難ですか?

OF:やあシルビア、元気? 3週間続く3大ツールで、一番嫌なのは、まさに3週間行われるってことだよ。今年、この3大ツールのどれかでいい成績を残せるかどうか、試してみたいね。質問ありがとう。じゃあね。(フレイレは、のんびりした性格で、人がよく、人当たりもいい、とベルトランが言っていたけど、確かに、彼の回答には、全てに、質問をくれたことに対する感謝の念が入っていて、人柄がしのばれる。)

 

 



2002年05月07日

いよいよスタートするジロの参加予定選手がこの週末からぼちぼち公表されている。まだ、暫定ながら、マペイはガルゼッリを中心に、山岳での助っ人エヴァンス、ノエ、チオーニ、平坦コースでの助っ人、ブラマーティ、フォルナチャーリ、区間優勝を狙うベッティーニ、ナルデッロ、ハンターと豪華なメンバーが出場予定だ。

一方で、ラボバンクのほうは、怪我のデッケルは出場しないものの、ボーヘルト、ボヴェン、ロッツ、ニールマンなどツールでお馴染みのメンバーに加え、エンゲルス、ヘイマンなどが参戦予定。そう、忘れてはならない、今年のジロのスタートは地元オランダのグロニンゲンなのだ。オランダ選手、開始早々、地元のファンにいいとこを見せたいところ。一方、ツールに選ばれなかったコーストは、膝の故障でジロを断念したカセロの代わりに、怪我からやっと復帰したベルトラン、エスカルティンをエースに立て(何故か好調のツーレは不出場)、ホイ、ミカエルセンなどの主力選手が参加予定。続々と、ジロ暫定スタートメンバーが
cyclingnewsに出ている。



2002年05月06日

スポーツ用品の会社であるケルメは、ロシアにおける商談に失敗し、大損失を被った。あおりを受けたのは、言うまでもないケルメの選手たち。スポンサーの赤字をもろに受け、3月の給与が未払いになっている。地元バレンシアの自治体が救済に乗り出す構えでおり、既にジロの際に選手が着るジャージには、バレンシア自治体の名前がスポンサーとして登場する予定でいる。しかし、これだけでは心もとない。ケルメのベルダ監督は、とにかくやっきになって他にもスポンサーを募っている。選手たちもジロ、ツール、ヴエルタでいいところを見せて、将来のスポンサーにアピールしなくてはいけない。



2002年05月05日

51日夜、ヤン・ウルリッヒは酩酊状態でポルシェ911運転をし、フライブルグの町を走行中、自転車置き場に突っ込んだ。器物損壊を招いたものの、そのまま彼はその場から逃走。しかし、目撃者が車のナンバー「FR-JU4444」というのを覚えていたため、その後ただちに警察に見つかった。

同乗していたのは、アレクサンドル・ヴィノクロフ(追記:のちにヴィノクロフではなかったと発表あり)と女性2人。ウルリッヒの彼女ガビーとヴィノの奥さんか、と普通は思うところだが、ドイツのビルト紙が伝えたところによると、2人は、シュヴァルツヴァルド在住の女性で、メラニーとエヴリンという女性だったという。(ウルリッヒが逃げた背景には、飲酒運転と、女性を同乗させていた、この2点があるのかもしれない。ここで浮かぶのは、菅野美穂を乗せていて、当て逃げしたSMAPの稲垣君。)

ウルリッヒは、ただちに取調べを受け、血中アルコール濃度検査で
0.15%。ワイン数杯を飲んだというが、血中濃度からいうと、それ以上飲んだと思われる。0.11%以上での運転は、犯罪として扱われ、免停、罰金(月収相当程度)、心理学テスト受験の義務などが生じる。器物損壊の賠償金は、1700ユーロ(10万円弱)。ウルリッヒは、自分のHPで、「怪我人がなくてよかった。物的損害には応じる。」と述べている。

一方、テレコムのスポークスマンは、「プロらしからぬ振舞いで失望した」と述べている。報道の多くは、飲酒運転の背景に、ウルリッヒの長引く怪我によるフラストレーションをあげている。ウルリッヒは、回復がこれ以上遅れて、万が一
522日のバイエルンレースに出走できないとなると、ツールの調整には間に合わない可能性が出てくる。アームストロングは好調にツール制覇にいい位置につけており、ウルリッヒに焦りがないと言えば嘘だろう。最悪の場合は、ツールを諦めて、9月のヴエルタに焦点を切り替えねばならない状況もあり得る。

ウルリッヒは、ここ
5年ばかり、春になると調子を落とす状況が続いている。しかし、今年の場合は特に深刻だ。1月のカタール一周に出たあと、南アフリカでのキャンプも中断することになった。膝関節の炎症のためだ。その後、骨膜の状況は回復したものの、今度は膝の靭帯を痛め、3,4月には、トレーニングを4週間中断していた。次回、58日に、膝の状況をチェックして、今後のスケジュールを判断することになっている。(上記出典:ドイツ ビルト紙、ドイツRadsportサイト、 ウルリッヒのHPAs Diarioより)

人は誰でもいい時、悪い時がある。悪い時を乗り越えてこそ、将来につながる。アームストロングのように、死の淵に立たされた経験を持つ選手だっている。ここで腐らずに、前向きになってほしいもの。「東欧から来た選手(ウルリッヒの場合は東ドイツだが)はちょっと大金を手にすると、、」みたいな悪口を言われないためにも、ここで頑張らなくては。

 



2002年05月04日

メルカトーネはツール2002のチーム選出から漏れたが、ここ2年、パンターニが結果を出していないから無理もない。しかしながら、ツール主催者ソシエテのルブラン氏は、「もしも彼がジロ2002で優勝したら、メルカトーネを22番目のチームとして追加することもあり得る。」と含みを残した。やはり98年のツール優勝者でもあることから、彼に山岳での圧倒的な強さが戻れば、ツールに出場でレースにも花が添えられる。問題は、「もしも、彼に山岳での圧倒的な強さが戻れば、ジロで優勝したら。。」というBigif」だ。



2002年05月03日

ツールの残りチームの選出発表がついに行われた。ハラハラ、ドキドキの結果は、以下のとおり:

クレディ・アグリコル、ボンジュール、AG2RFDJ、サエコに決定。

選ばれなかったコーストの談話:

「(フランスチームが選ばれるのは当然で)一般的には不当な判断とは言えないが、自分たちのチームにとってはやはり不当は結果であるといえる」。



2002年05月02日

ランス アームストロングは、3月6日のムルシアツアーでシーズンをスタートした後、3月23日にはミラノサンレモに出場し、4月はレースに意欲的に参戦し。さらにパリ~カマンベール、ツール・デ・フランドル、ゲント・ウェヴェルヘム、テキサスでのレース、ツアー・オブ・アラゴン、アムステル・ゴールドと、ワンデイ レース、ステージレースをこなしてきた。

さて、これからツールまでの彼のレーススケジュールは というと、5月と6月に、それぞれ1つずつステージレースに出場するだけだ。5月は22日から26日までミディ・リーブル、6月は9日から19日までドルフィネ。そして、7月6日のツールに突入する。お気づきのとおり、5,6,7月の3ヶ月は、全てフランスでのステージレースに1本ずつ出場する、というわけだ。怪我なく、全て順調にレースをこなして欲しい。




●ツール残りチーム選出の行方は,
当初予定では、5月1日にツールのワイルドカード選出決定、とあったが、どうやら1日ずれ込んでいる。発表は本日5月2日 日本時間の夜にある模様。

●ツール チーム選出発表がスペインで騒がれているわけ
ツールの残り5チーム(或いは6チーム)の発表を間近に控え、スペインのスポーツ新聞各紙は、大いに盛り上がっている。例年にはないことだ。例年通り今年も既に、ケルメ、オンセ、バネストが早々とチーム選出され、加えてエウスカルテルも既に出場が決定しているのだが、何故今年だけこんなに注目されているのか?
実は、カセロ、エスカルティン擁するコーストが選出のボーダーラインにあるためだ。カセロは膝が完治せず、ジロ出場を断念。そうなると、是が非でもツールに出たい。スペインとしても、昨年のヴエルタの覇者を抱えるチームが、ツールに出られるか、興味津々といったところ。ちなみに、スペインでも、ワイルドカードに選ばれるチームはCA、FDJ、ボンジュールは安泰という予想。シモーニとディルーカのアックアもたぶんOK。あとはAG2R、ビッグマット、コーストの間での残りの枠争いになる、という見方だ。



2002年05月01日

昨年のジロの覇者ジルベルト シモーニ(SAE)は、ジロの調整にワンデイレースを選んだ。5月1日から1週間の間に、3つのワンデイレースに出場する。そのレースとは、ジロデッラッペンニーノ、GPインドゥストリア エ アルティジャナート、ジロディトスカーナだ。ジロのスタートは、いよいよ5月11日。
一方、同僚のディルーカは、ジロの調整に、ワンデイよりも、ステージレースを選んだ。4月30日スタートのツールオブロマンディーに出場する。レースは5月5日のローザンヌのITTで幕を閉じる予定。ロマンディーには、他に怪我から復帰したコンテを始め、コンメッソ、トンティらが出場。



2002年04月30日

ツールの選出を51日に控え、まだ現段階で選出されていないチームにとっては、そわそわの状況だろう。現在選出されているのは、ファッサボルトロ、テレコム、ラボバンク、マペイ、ロット、バネスト、オンセ、コフィディス、USP、ドモ、アレッシオ、ケルメ、ランプレ、CSC、エウスカルテル、タッコーニの16チーム。

あと残りの枠は、大体フランスチームで占められることは必至。中でも、去年イエロージャージを前半着て活躍した
CAは当確と見られ、他に、ビッグマットとAG2Rは、ソシエテの主催のレースで活躍してきているのでポイントが高い。また、FDJ、ボンジュールも昨年ツールの実績やフランス国内でのレースでの実績で、可能性が高い。もう、これだけで5枠が埋められてしまう。(注:昨年出場したJドゥラトゥールは落選ではないか、という見方が強い。昨年、ローラン ルーが活躍して、湧かせてくれたのだが。

cyclingnews
の予想では、残る1枠はサエコだろうと。コーストは、カセロが数日前、膝の故障を再発させ、ジロ絶望的と見られるのが、ツール選出にあたり不吉な要素だとのこと。とにかく、サエコが出てくれないとシモーニVSランスが見られないから、是非出てほしい、という声がある。一方で、メルカトーネ、アックアが漏れると、パンターニ、チッポリーニが見られず、それはそれで寂しいものだ。しかし、アックアはソシエテ主催のパリ~ルーベを蹴ったあの騒動もあったので、まず出場は無理ではないか?さて、cyclingnewsの予想は当たるかどうか?