2000年10月

2000年10月31日

FDJのキャンペーン,連日のフェスティナ裁判で、チームぐるみのドーピング疑惑が取りざたされているFDJチーム。それに合せるかのように、このほどFDJの企業側が(ロタリー=くじびきの会社)アンチバイオレンス&アンチドーピングキャンペーンを打ち上げることになり、2百万フラン出資することを表明。これは、自転車競技に限らず、スポーツルール全体に展開する予定だが、堕ちた企業イメージ挽回の苦肉の策か?フェスティナ裁判の波紋と勘ぐってしまう。



2000年10月29日

● ワールドアワーレコード,ボードマン、感動の新記録。レースニュースにてあれこれにて掲載中。(目下レースニュースは配信中止中。)

 

● VDB契約決定

VDBことフランク・ヴァンデンブルックの移籍先が決定した。事前にサイス監督と接触があったりして、オンセが興味を持っていたのは事実だし、ドモのルフェーブル監督もVDBが入る余地はあるとしていたが、結局ランプレとの契約が決定した。結婚、チーム決定と、彼にとってはいいこと続きの1週間だった。

 



2000年10月28日

トップクラス、つまりDiv1のチームの間で、ドーピングが組織的に行われていたのかどうか、という点について論議が交わされた4日目の公判。元バネストの選手トマス・ダビが証人台に立った。そして、フェスティナ以外にも、カストラマ、バネスト、テレコム、FDJでは、少なくともある時点で、「仕事をやっていた」(=ドーピング)と証言した。実際、彼は90年代半ば、チームドクターからEPOを入手していたというのだ。インドゥラインもEPOをやっていたのか?との質問が出た時、彼は「わからない。すべての選手の部屋を覗いたわけではないから。でもやっていたと思う。」と述べた。一方で、バネストの監督エチャバリ氏は、「この発言は、ダビがバネストに恨みを持っていたから、その仕返しの発言なんだ。」といきがっていた。そして、この日のもう一人の証言者ルワン・モンテゥーは語った。「97FDJ在籍当時、チーム ディレクターのマルク・マディオ氏は、チームの選手がドーピングをしているかどうかには、目をつぶっていた。その代わり、もし陽性が出れば、その時は首、という姿勢を取った。更に、マディオ氏は雇ったマッサーに直接ドーピングに係わらせ、自分は責任逃れをしていた」、と言ってチームのありかたを批判した。そして、こう続けた。「ドーピングは至る所で行われていた。僕は選手当時、やってないライダーに出くわしたことはあるが、人数は数えるほどだった。また、フェスティナは、ドーピングに関しては、かえって中庸なチームであった。」と証言。「多くの選手がフェスティナ入りを希望したのは、フェスティナチームのドーピング態勢が、マイルドだったから(それほど、極端ではないから “pas extreme”)なんだ。」といった発言まで飛び出し、フェスティナは氷山の一角、むしろスケープゴートにされている可能性を におわせた。

p.s. ところで、ジャッキー デュランのFDJ入りが決定した!



2000年10月27日

クリス・ボードマンが、今日再びアワーレコードへ挑戦する。彼にとってはこれが最後の挑戦となる。彼が今回目標とするのは、自分自身が96年に樹立した56.375キロの記録ではない。むしろ、72年にエディメルクスがメキシコ シティーで打ち立てた49.431キロの記録なのだ。何故か?  実は、彼はかねてから、アワーレコードの基準は不確かだと思ってきた。というのも、日進月歩 前進するメカ技術により、昔の記録と今の記録は同じ物差しでは比較できないからだ。メカの力に頼らずに本当の世界一をめざしたい。素の実力で、自分を試したい。そこで彼が今回乗るのは、UCI基準にのっとったスタンダード タイプのバイクなのだ。更にエアロヘルメットも着用しない。今年は年初から骨粗鬆症を患い、調子は芳しくなかったボードマン。しかし、マンチェスターのベロドーム入りした彼は、30分のテスト走行を2度行い、50 km/h 49.6 km/hという結果を出した。このままでいけば、エディ・メルクスの当時のアワーレコード49.431km/h打破も夢ではない。このレースを最後に去っていく老舗ボードマンの走りに期待したい。なお、下記に最近のアワーレコードを掲載。94年はレコードラッシュだった。
 

52.713 km: Gオブリー (英国) 427, 1994 於ボルドー

53.040 km: Mインデュライン(スペイン)102, 1994 於ボルドー

53.832 km: Tロミンゲル(スイス)1022, 1994 於ボルドー

55.291 km: Tロミンゲル (スイス) 115, 1994 於ボルドー

56.375 km: Cボードマン (英国) 96, 1996 於ボルドー



2000年10月26日

昨日のフェスティナ裁判は、エルベとブロシャールがドーピングを認めたが、特に劇的な感じでもなかったので、ちょっと今日は気分を変えてツールの話題。

ツールのコール日程が、本日パリのコングレデパレにて(現地時間11時)発表となる。letour.frHPで事後に見られるかもしれない。なお、事前入手情報によると2001年、TTが増える可能性。チームTT1回、ITT2回というウワサか。本当かな?また、来年は、ラルプデュエズが含まれるという情報は確からしい。プロローグは8キロ。すでに発表の通り、ダンケルク出発だ。そして、チームTTは公爵の記念日のお祝いにルクセンブルクで行われる。最初のITTはグルノーブル発とみられる。


ツール2001のコース日程 本日発表 その2

更に、事前漏えい情報追加。山岳ステージはというと、ピレネーのあとにアルプスが来るらしい。その間に休息日が1日。そして、楽しみなのがラルプデュエズ。99年は、あの記憶に残るグエリーニの勝利だった。また、ピレネーのステージにはリュス・アルディデンが入る(最後にツールに登場したのは94年、ヴィランクの勝利だった)。ここでは、スペイン選手が頑張るはず。なんて言っても85年デルガド、88年クビノ、90年インデュラインと、5回の登場のうち3回はスペイン人の勝利に終わったのだから。ツール公式letourが今年は気合が入っており、ルートがフラッシュで見られる。



2000年10月25日

◆ VDB結婚

リシャール・ヴィランクが、遂にEPO使用を裁判で認めた。今まで2年間、かたくなに否定し続けてきたが。。。

で、この重い話題の前に、こんな話題から:VDBが、先22日、最近よくツーショットで見かけたイタリア人モデル のピナッキとベルギーの教会で結婚した。来年は心機一転上昇気流に乗れるかどうか。

 

◆ フェスティナ裁判:「ヴィランクは今、真実の坂を登り始めたところ。」(フランス2 TVより引用)

昨日裁判が始ってから、たった24時間後の2日目の公判で、ヴィランクが、初めてEPO使用の事実を認めた。今まで2年間、頑なに否定しつづけてきた真実を。フランスのニュースは過去2年間彼が「嘘」をつき通したとし、「僕には関係ない」「ドーピングを予防することに賛成だ」と発言してきた彼の過去のインタビュービデオを流した。そう、彼はつい昨日までは「ビタミン剤だと思っていた」とも 発言していた。裁判長は、「ヴィランクはこの告白により、更に成長するだろう」と、今回のヴィランクの自白を歓迎した。更に登場したのが元ポルティのライダー、リュック・ルブラン。久々に顔を見せた彼は、髪を短く刈り、ちょっと感じが変った。しかし、往年のパッショネートなパーソナリティーは変っていない。ドーピングを行ったことを認めた上で、「選手は、金もうけの為の道具として、スイスのお洒落なビル(UCI本部)で ”ぬくぬく” としているUCIの連中に犬や羊のように利用されている」と厳しく非難した。同時に「12年間のライダー生活で、ドーピングしていなかった時の方が、いい結果が残せた」、「レインボージャージを獲得した時は、ドーピングはやっていなかった」、とも述べた。ニュース報道は更に、ヴィランクの6ヶ月の出場停止処分と、選手生命の危機についても報じた。確かに、彼はポルティからはすでに見放されている上に、アレクシアは資金難。第二のスポンサーが見つからないとヴィランクは雇えないと言っている。また、今回の裁判の行方如何でも、彼の雇用状況はどうなるかは分からない。でも、イコール選手生命が絶たれたような言い方には、違和感。よく考えてみると、何故多くの選手がドーピングしているのに、被告が彼一人なのは何故か? 裁判に顔を見せた10人の被告のうち、選手は彼たった一人だけなのだ!あとは、元医師、元マッサージャーや元監督という構成。ヴィランクの容疑は「ドーピング使用を実践し、又、鼓舞した」というもの。そして、フェスティナにおいて規範的リーダーであるべき存在であるがゆえに、彼は裁判所の被告席に立った唯一のライダーとなったのだった。この日 真実を認めたヴィランクは、更にこうも述べた。「トップクラスの勝負はドーピングなしでは不可能だ」と。裁判は、ヴィランクの個人的なドーピングの事実から、次の段階へと発展していく。つまり、組織として、自転車界として、誰がどう係わっていたのか、という問題だ。裁判長は続けた。「今日、告白がなされたのだから、今後はヴート氏や、リュッセル氏同様、ヴィランクも、捜査の協力をして、ドーピングの全体像を明らかにしていってほしい」と。今日はヴィランクVSフェスティナの元同僚の対決尋問が待っている。



2000年10月24日

フェスティナ裁判開始:「チャンピオン ヴィランクは、裁判の第1ステージを白星で飾ることはできなかった。」(フランス2 TVニュースより引用。)

予定通りフェスティナ裁判が始った。翌日の今日、朝のNHK衛星でフランス2チャネルのニュースが放映され、やはり、トップニュースはこの話題だった。今朝(出社前に朝食のパンをかじりながら)TVニュースの模様をチェック。なかなか興味深く、且つ、結構ショッキングともいえるニュースのエッセンスを下記に掲載;(フランスっぽい、オシャレな報道の仕方にもご注目。)

厳しい戦いが予想されるこの日、ヴィランクは、チャンピオンらしく被告としては一番最初に出廷した。皮肉なことに、原告席には、ヴィランクとはかつては仲のよかった、ツールの主催者JMルブラン氏が座る。ヴィランクは、「被告席に座っている姿」をカメラに収められることを断固拒否。代わりに黒い背広に身を包み出廷するヴィランクの様子と、Richard Virenqueと書かれた空の被告席がTV画面に映し出される。この日、ドーピング剤所持で取り調べを受けたフェスティナの元マッサーのWヴート氏はこう述べた。「ドーピングの事実は周知の通り。ヴィランクがそれを認めないのは愚かなことだ。」また、元監督のBリュセル氏も久々に登場し、「ヴィランクが知らずにドーピングを投与されていたということは、常識的に考えてありえないことだ。」と語った。しかし、この日もヴィランクは、投与されていたのはビタミン剤だと思っていた、という主張を変えていない。明日火曜、証言台に立つのは、現在Jドゥラトゥールチームに所属するライダー、クリストフ・ バソンだ。バソンは、9698年フェスティナに所属し、99年にはFDJにいた。しかし、FDJとして出場したツール99の最中に、ドーピングの実態を告発し、関係者からのプレッシャーにより、ツールから撤退するはめになった。彼は、95年には世界選手権U-23TTチャンプ、98年世界選エリートTT 3位という実績を持ち、TTに強いフランス人選手。そんな彼は、最近「クリストフ・バソン:ポジティブ(陽性)」という著書を出した。彼は、明日の証人喚問を前にこう述べた。「この仕事にドーピングは欠かせない。ステージ優勝者の1/3はドーピングをやっている。ドーピングなしで、平凡な選手で終わるのか、或いは、ドーピングの力を借りてトップに躍り出るのかは、選手の選択次第だ。」と。彼は更に著書の中で、このようにも言っている。「今後、ドーピングによる早死にの危険性を説くことが大切だ。そして、大半の勝利が汚れていることを、周囲にもっと知らしめるべきである。」と。ニュース解説は続く。:

3回ペダルを踏んでは、4回分後退する。そんな展開の裁判は、いつしかフェスティナ裁判から、ヴィランク裁判へと変貌を遂げていた。ヴィランクにとって、戦いは、かなり苦しい展開となった。」



2000年10月23日

Div2のアレクシアに移籍予定だったヴィランクとパスカル・エルベだが、チームとの契約が完全に終了していないことが判明した。というのも、アレクシアが彼らの給与支払いをするにあたり、資金難になることが予測され、目下第2のスポンサー探しをしていて、その結論が出ていないのだ。加えて、運の悪いことに今月は、ヴィランクの裁判が開始となり、審議中にどんな事実が飛び出してくるかわからないため、チーム側も慎重になっているらしい。フランスでは人気No.1のヴィランク。これは、誰の目にも明らかだが、フランスチームはみんな敬遠している。スキャンダルの影響も無論あるが、高額の給与がやはり災いしている。



先に本欄で触れた所謂「フェスティナ・アフェア(フェスティナ事件)」と呼ばれる98年のドーピング裁判が北フランスのリルという都市で今日(月曜)から始る。最初の3週間は30人ほどの証人も登場する公聴会で、その過程で10人が判決を受けることになる。ドーピングの実態は?誰がどう嘘をついているのか?など、真実を求めて おしかけるジャーナリストの数は100人を下らないだろう。まず、この事件発端を再確認してみると、9878日、ツールの最中にフェスィナのマッサージャーの車からドーピングにあたるサブスタンスが発見された。更に、所持していた量は、チームのメンバー9人に支給する量を上回り、明らかに他のチームの選手に対する取り引きも含むと見られた。そして、フェスティナのスイス人選手が、さっさとドーピングを認めたのに対し、エルベ、ヴィランクらはかたくなにドーピングを否定しつづけた。これに関しては、国民からも、弁護士のヴィランクに対するアドバイスが不適切なのではないか、という声も聞かれている。公判の行方やいかに?



2000年10月22日

ジャジャの移籍が固まった。フランスのレースを走りたいという願いから、当初ボンジュール、FDJなどと契約交渉をしてきたものの、それらのチームの資金不足から(注意:ジャラベールの移籍は、弟ニコラを伴うことが前提だったから、ジャジャへの13千万円の給与プラス、ニコラへの給与も必要となった)交渉決裂。

しかし、最近メモリーカード(MCJ)がアプローチをしてから事はトントン拍子に進んだ。MCJチームで指揮をとることになったリースが世界選のプルエにも足を運び、ジャラベール兄弟のMCJ入りが決定的に。

皮肉なことに、実はリースとLジャラベールの仲は決してよくなかった。98年ツールでドーピング騒動やストが持ち上がった時、主催者のJMルブランとの交渉役を買って出たのがリースだった。ツールでの徹底的ドーピング狩りに断固反対だったジャラベールとしては、リースの交渉の仕方が気に食わなかった。以来ジャジャはリースと口をきいていなかったのだ。今回の交渉成立の背景には、DIV 1をキープし、ツール出場を果たしたいMCJと、オンセを出たいジャラベールの双方の利益が一致した結果だった。(オンセのサイス監督は、世界選で、ジャラベールに「オンセで走り続ける気があるなら、君の場所はあるよ」とまで言っていたのだが、ジャラベールの脱オンセの意志は強かった模様。)

 



2000年10月20日

●モテモテ ディルーカ

自転車界のディカプリオことカンティーナトッロチームのディルーカはモテモテ。ブランドの似合う男として、スマートさがイタリアで受けており、メディアからひっぱりだこ。更に、現在のガールフレンドはモビルヴェッタチームの監督の娘(18歳:素晴らしくゴージャスという噂)だとか。まあ、こんな週刊誌ネタはともかくも、バネストが新進気鋭の彼にラブコールを送り始め、1億5千万ペセタ(今のレートだと、日本円にするには、約0.6掛けるといい感じ)の年俸で、彼をゲットしたいと申し出た。しかし、ディルーカはCトッロとの契約があと1年残っており、この取引き、無理だろうという観測のほうが大きい。バネストは、ツェーレが去って、強力なリーダーが不在となる。(JMヒメネスはあのとおり、好不調の波が大きい。)バネストは、強力なリーダーなしで来季はやっていく、と宣言しているが、やはり、スター選手は、喉から手が出るほど確保したい模様。

 

●ディルーカに続け

ディルーカに続けとばかり、ヴァインスタンスも、最近、ヴィーニ カルディローラのボスの娘(エリザベス)をガールフレンドとしてゲットした。ところがこれがちょっと災いしている。彼がドモに移籍するにあたり、高額な金額をエリザベスの父親が要求してきた。(なぜ彼女の父親が要求するのかは謎。ヴァインスタンスがベルギーに行ってしまうため、娘との手切れ金が入っているとか???)ドモとは既に2年契約を結んだヴァインスタンス。エリザベス経由で、彼女の父親をどうやって説得するか?



2000年10月19日

ファンペーテヘムやファンボンらが、9月分の給与が未払いだとしてマスコミを通して騒いでいる。ファームフリッツは銀行との問題で、給与支給が滞っているのは認めているが、会社自体は健全。そのうち払うとした上で、選手は会社にクレームすべきなのに、メディアを通じてクレームするのはおかしいと反論している。これには、ファンペーテヘムらの不安が背景としてあげられる。彼らは、マペイとの移籍が事実上白紙になり、行く先が見えない。メモリーカードとの交渉もどうなるか分からないし、ドモにすんなり収まれるかもわからない。ドモ・Fフリッツにヴァインスタンスが加入することが伝えられているからだ。そして、ここへきてサラリー延滞。ファンペーテヘムやファンボンは、少々イライラしている。



ウルリッヒは現在ドイツのメルディンゲンという場所に住んでいるが、新築の家を建設中。すごいのは、町の人々が彼の新築祝いに、いろんな贈り物をしているということ。新築の家の庭用の木、薪、飾り物。。。彼は町の英雄だ。

 



2000年10月18日

マペイの2001年プランが固まりつつある。マペイとしてはフレイレをツールデビューさせたいとし、フレイレも大筋で了承。但し、「世界選に賭けるため、完走はしないかもしれない」、と今から断言している。同時にツール フランドルにも出たいとする一方で、出場を削るレースがあるとしたら、パリ~ルーベになるだろう、とも。
「パリ
-ルーベは危険で、行って怪我しに行くようなものだから」とはフレイレの弁。
先日のプルエのレースの後、彼はベルトランと共にイタリアへ向かったが、出場予定だったミラノ~トリノ、ジロ・デ・ピアモンテが洪水で延期となったため、スペインの家に帰ることになった。土曜はもちろんロンバルディアに出場する。(ちなみに、昨日の
TVニュースで、イタリア北部の洪水の模様を中継していたが、あの一帯はすっかり水浸し、泥びたしだった。まさにトリノの町の中継も出たが、あれでは自転車レースなんて無理。沼の中を走るようなものだ。)
 

一方、昨日サワリをお伝えしたベロキとEヒメネスの件は、下記の通り。

ベロキの契約破棄続報:ベロキはフェスティナと、口頭で5年契約を約束していたもののこれを破棄する意向で、現在弁護士を立てて準備中。早急に契約状況がクリアにならなければ、係争も辞さないとしている。ことの起こりは契約がフェスティナと締結でなく、オランダのSオミニスポートとう会社経由で、取引きの様な不明瞭な点が多いためだとか。
 

エラディオ・ヒメネスの契約破棄続報:エラディオ・ヒメネスは、バネストと契約の前段階を夏に済ませていたが、ヴエルタで派手にステージ優勝して、値段が一気に上昇。バネストよりも2倍も高いお値段がケルメから提示されたものだから、ぐらりと来た。しかしバネストは、もし彼がケルメに行くようなことがあれば契約不履行として、UCIに訴えることも辞さないとしている。本当に選手は勝って「なんぼ」なのだなぁ、と改めて思う。ひとたび勝つと、UCIポイントとともに、金額も一気に上昇。だから、ヴエルタで勝てそうと思っている選手は、契約交渉をヴエルタの後にしておいがほうが無難。



2000年10月17日

CNにツール日記を書いて楽しませてくれたマルセル・ビュスト。失明の危機を乗り越えて近況。

「ハイ、みんな。あのひどいクラッシュから2ヶ月。ちょっとずつ調子はよくなってきてる。まだ右目は見えないけど。次回12月から1月にかけての手術でどう出るか。僕としては「目を治す」というドクターの言葉を信じて、楽観的に振る舞うだけさ。最悪だったのは、9月。調子が上向いてからも12日もの間、死んだように横たわってベッドで寝てなくてはいけなかった。今では少し歩き回ることもできるし、1023日、飛行機に乗り、念願かなって家族とバカンスに出発することもできそうだ。ライダーのみんなも、よいバカンスを。そして。。。スマイルを忘れずに。」



2000年10月16日

(世界選関連のニュースは、レース便りのページに記載。但し2014年時点でレース便りは廃止中。)

世界選が終わって、最新のUCIランキングは下記の通り。ヴァインスタンスが一躍 2位に浮上!

1.カサグランデ 2,170.00ポイント、 2.ヴァインスタンス1,981.00ポイント、 3.ザベル1,901.00ポイント、 4.アームストロング、 5.エラス、 6.ウルリッヒ、 7.チミル、 8.ジャラベール、 9.ベッティーニ、 10.レベッリン、 11.シモーニ、 12.フレイレ、 13.ガルゼッリ、 14.ベッリ、 15.クレーデン、 16.デッケル、 17.Mツベルグ、 18.バルトリ、 19.オラーノ、 20.ファンペーテルヘム

 

その他の話題:
 

●ワールドカップは。。,

ワールドカップシリーズは、21日のロンバルディのレースを残すのみ。現在のポイント状況は「レース便り」にて配信中。(2014年現在レース便りのページは廃止中)

 

●スペインでは、、

・フレイレが来年ツールデビューを果たすという。

・ベロキが(既に合意したと思われた)フェスティナとの契約でトラブルとなり、UCIに調停を求める動きが出た。

・(以前ヴエルタで活躍した)エラディオ・ヒメネス(ホセマリア・ヒメネスやフリオ・ヒメネスとは別人)がバネストと契約を破棄してケルメと契約することになり、バネストが法的に訴える動きを見せている。



2000年10月03日

あと2週間後に迫った世界選に、パンターニが出るという噂だ。

(以降、世界選のニュースは「レース便り」のページに記載。ただし2014年時点で 
「レース便り」のページは復刻なし。)



2000年10月02日

オリンピックに出場したクリス・ボードマン、実は骨が疲弊していく病気にかかっており、シドニー五輪でのライドはトップフォームというわけにはいかなかった。この病気の治療には、ホルモンを上げるテストステロンの注射が必要となるが、これはUCIにより禁じられた薬物に該当する。そのため、治療も思うようにできないというジレンマがあった。最終的に、今年いっぱいでリタイアを決めたボードマン。その後の予定はまだ決まっていないという。彼が引退するまでに残された試合はあと2つ。フランスでの世界選と1027日のマンチェスター、アワーレコード挑戦だ。



2000年10月01日

ウルリッヒは秋のシーズンになって、遅ればせながら70キロと、理想の体重になり、調子を上げてきた。そのため、今シーズンの当初予定をちょっと延長した。108日のパリ~ツールに出たあと、10月中旬のワールドカップに出て、1021日のロンバルディツアーでシーズンを締めくくる。UCIランキングトップでシーズンを終えることができそうだ。