2000年12月28日

「(昨今の爆発的ドーピングまみれな現状に関して、)選手がかわいそうといった感が漂っているが、プロ選手は確信犯だ。」というお便りを頂いた。
 

確かにヴィランクは、トレーナーのウィリー・ヴート氏の家の冷蔵庫から薬物を取り出して自ら進んで、ある時は制止を振り切って禁止薬物に手を出したし、彼はツールの最中、他の選手に比べ、群を抜いて多い量の摂取をしていた。(フランス2の報道によると、ヴートがつけていた日記には、ヴィランクがほぼ毎日ツールの最中に摂取していた記録が残っている。それに対し 他の選手は、飛び飛びに摂取していた。)また、先日裁判所の決定を受けたフェスティナの元監督リュッセル氏も、「選手は犠牲者ではない。彼らもまた、ドーピングを利用して、それに乗じている。」と語っている。

また、エントリーした通り、現在ジャン ドゥラトゥールで走っているクリストフ・バッソンの例を見てみると、彼は、ドーピングをせずに正々堂々を走ることを信条としてきたが、結局ツールで締め出しを食うという経験をした。選手仲間では、彼は異端児と見なされたのだ。彼曰く、プロトンでクリーンな選手は自分やフランス人のアルガンほか、2,3人しかいない、と。

つい最近の例では、有名なイタリア人ライダーの息子が、プロ選手になる夢を捨てた。「ドーピングなしではやって行けないこんな世界、僕は嫌だ」と言い残して。

 

一方で、ドーピングの悪習に感づきながらも、それを営利的に利用していた者もいる。ツールディレクターのジャンマリ・ルブランが裁判の最中に言った言葉が思い出される。彼は、「もしも今知ったことを、その当時知っていたとしても、恐らく同じことをしていただろう。ツールを中止していたら、自転車競技そのものが滅亡してしまっただろうから。」と言って、フェスティナ裁判で、ドーピングの事実が次々に明らかになっていく中、ツール'98を中止しなかった。
あの当時を振り返って、レース続行を決めた判断が間違っていなかったことを強調した。さらに、ドーピングがここまで無限大にツールを侵していたことを知っていたとしても、やはりツールを中止をするわけにはいかなかったと本音を語ったのだ。自転車競技存続のため、という大義名分を掲げ、健全性は二の次でツールという花形レースを利用して、金もうけする主催者側の姿勢がある。

どうやらスポンサー、レース実行委員、選手、それぞれが、それぞれを利用して、金儲けや知名度アップを図る構図が根付いているようだ。

ヴエルタでも、魔の山エル・アングリルがコースに入ったのは、あんなにスゴイ山を登るところを観客に見せて、レースを面白くしようというスポンサーの意図があった。だから、レース前に、マスコミは、大袈裟にエル アングリルの記事を連発した。でも結局非難を浴びて、あのコースは次年度以降とりあえず廃止となった。(だが後年復活。)レースを面白くすることにより、選手への負担を増加させる。無理強いをして違反を増長させるかのように。

それが証拠に、残念ながら、エル
アングリル廃止の理由は、選手を思っての判断ではなかった。100人もの選手が背中を押してもらって走ったという、目を覆いたくなるような面目ない実態があった以上、いくら神話の山だからといってもエル アングリルというすごい山をコースに入れるのは意味がなくなったからだ。客寄せパンダが、ハリボテだと判ったから止めた、ただ、それだけのこと。相変わらず、客寄せパンダを探そうとする主催者側の意図は変わらない。

前述のリュッセル元監督は、最近の裁判後にこう語った。「ツールは、ドーピングなしで勝つことは無理だ」と。マペイのルフェーブル監督が、今年のツールで失言した内容が、改めて繰り返されている。

更に、ツール98から去って行く時、オンセの選手が、TVカメラに向かって文句を言った場面を私は今でも忘れない。「スパゲティだけ食べていて、一体こんなハードなコースを完走できると思うか?」と。

レースを、よりスペクタキュラーにしようとするがために、プロの体力ですらハードなコースを選手に強いる主催者の姿勢があり、それに乗かって名声を得ようとする選手がいる。さらに超人的な走りを期待する観衆がいて、華々しい活躍で利を得るスポンサーは更なるプレッシャーをかける・・・
 

結局のところ、全ての関係者が蜜月関係にあり、もちつもたれつ、その均衡を破ろうとする者は、バッソンのように威嚇され、マージナル(異端者)とレッテルを貼られる。なんともやりきれない。