2002年02月01日

1999年にポルティからテレコムに移籍したドイツ人のヤクシェが、2000年のシーズン途中で、オンセに移籍を公表した時は(実際の移籍契約は2001年から有効だったが、アナウンスだけは、相当早く行った)、びっくりした。テレコムといえばドイツ人選手あこがれのチーム。そのチームから、スペインという異国のチームへの移籍。しかも、シーズン半ばのアナウンスで、他の選手はまだ誰も次のシーズンの話をしていない初夏の頃の話だった。強豪ばかりで出番がなかったのが不満だったのだろうか?彼の突然の移籍が不思議でならなかった。そして、Velo Magazineを読んで、なるほど、と思った。

以下、前日に引き続き、Velo 20017月号より:

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ヤクシェは、アマチュア時代、自国チームであるテレコムの勧誘を受けるほどの成績を残すことはできなかった。そんな彼をどうにか救ったのは、イタリアのチームポルティだった。そして、
98年彼はツールに初参加する。結果は、総合上位20位以内。このパフォーマンスがテレコムの目に漸く止まった。かくして彼は、翌年 晴れて自国のチームで走れることとなる。ところが、強い個性がぶつかりあうチームにあって、彼はテレコムの集団生活にどうしても馴染めなかった。やがてチームの一部のメンバーから、つまはじきにされる。


この境遇にあったとき、救いの手が、再び外国のチームから来た。そう、スペインから。オンセが彼にオファーを出したのだった。2000年、漸く彼は、サイス監督という、話のわかる相手を見つけることができ、オンセで、欲していた環境を手にした。彼は、オンセで活躍することによって、彼の自国での評価が不十分であったことを見せ付けてやりたい、最後に笑うのは自分でありたい、そう思っている。