舞さん通信28号「心をひらくころ」

親愛なる皆様。お正月はいかが過ごされましたか?
私は、なんだかよく分からないのですが、いろんな浄化現象にどっぷりの冬休みでした。
年末のエサレンボディワークのセッションで、2人の受け手が、施術後寝込むということがありました。
2人とも来るときは、全く問題ないような、元気な状態だったのですが、背中がこわばっていて、その声をじっくり聞いていくことで、全く自覚していなかったけれど実はずっと抱えていた未解決の感情と、向き合うことになったのです。
2人とも寝込んでいる間沢山泣いて、そして多くの気づきを得たそうです。

以下はその中の一人の方からいただいたメールです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あれから私は身体がとーっても重くなり風邪のような症状になりました。
家に帰ってからお風呂に入って9時には布団に入ってしまいました。
布団に入ってから、ボーっと今日の事を考えていたら
次から次へとビジョンが出て来て、、、

今まで私は親から褒められた事が1度もないと
本気で昨日までは思っていたのですが、
子供の頃からの出来事が、映画の予告みたいに次から次へと出て来て、
そのシーンは全てが誉めてもらっているシーンだったのです。
今まで生きてきて思い出しもしなかった出来事が鮮明に次々と出てきたので
本当にビックリしました。

あぁ私はちゃんと愛されていたんだ。
どんな時でもちゃんと私を見ていてくれていたんだ。
今まで私は、誉められた記憶よりも
誉められなかった記憶の方を大事に大事に育て、大きくしていただけの事だったんだ。
そう全部自分が作り上げた不幸だったんだ。

そしてまたまた大量の涙と鼻水を流して浄化されました。
何度も何度も母に「ありがとう」を言いました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

心を開くときに、かつて心を閉ざすことになった痛みを迎え入れなければなりませんが、今まで気づけなかった愛にも気づき、それを受け入れられるようになるんですね。

そんな浄化のプロセスを私もこのお正月に身をもって体験しました。

年末は直前まで人に触れていました。
(そうそう、前回の通信を書いてから、クライアントさんから「自分の毒が移るなんて悪いなぁ」と気にされてしまうのですが、正確に言うと、その人の未解決のエネルギーに、私の未解決の闇が響いて一緒に出てくるのだと思います。だから私の浄化にもなっているのだと信じています。)
元旦には海まで2時間半かけて歩き、海を見渡す知人の家で楽しい一日を過ごしたのですが、2日朝にはものすごく重い体で目覚めました。

背中がどうしようもなく苦しく、首は回らなくて、吐き気が続き、ものすごく感情が出て来て、分けも分からずワンワンと子供のように泣きじゃくっていました。そしてひたすら寝ました。
なんだか今まで悲しかったけど十分泣けなかったことのすべてを埋め合わせしているような感じでした。

(よく感情を理性で理解しようとして、訳が分からないから感じることをためらう方がいますが、理由なんて分からなくてもいいので、とにかく出てくるものはそのままただ感じ尽くすと早く楽になれます。)

翌日にはけろっとしてお宮参りをし、4、5日と友達と逢ったり、散歩をしたりのんびり過ごしました。
6日は朝からわくわくして、待ち遠しかった初ヨガクラスへ。

とても晴れやかな気持ちで、「最近ますます素晴らしい人たちに出会えるようになったなぁ」としみじみ感じていました。
というか、みんなの素晴らしさにようやく私が気づけるようになったのでしょう。
ヨガの生徒さんや会う人、みんながとても美しく、愛に満ちているように感じられるのです。

ところが、もう一段、浄化の波がどーんとやってきました。
8日頃からのどがかすれて、9、10日のヨガクラスで声を出すのにとても苦労しました。
10日、やっとの思いでクラスを終えたとたん、帰り道で咳が盛んに出て背中が苦しくなり、電車の中でムカムカしてきて、最寄り駅から家まで、途中途中の植木に寄っては「オエー」と気を吐きながらよろよろと歩く始末。
一体なにを吐いているのかよく分からないのですが、ただ左側の背中がすごく気持ち悪くて、そこから吐き気がやってくるのです。
家にたどり着くと洗面台の前でひときしり吐き、パートナーに布団を敷いてもらって
「ごめん、ちょっとしばらく横になるね、、」と倒れ込みました。

「大丈夫?」と彼が背中をさすってくれた途端、急に感情が沸き上がってきて、ワーッと泣き出しました。
人の手のぬくもりを背中に感じたとたんに出てくるのですからやっぱり「触れる」パワーは不思議です。

泣いていると、「辛いよー」「苦しいよー」という声が出てきます。
それは子供のころから今までずっと、強がって素直に両親や周りの人に言えなかった言葉でした。
今までのすべての強がりの下に隠れていた感情を一気に出しているようでした。

彼がずっと背中をさすってくれている間、何も抑えずに、ただ「辛いよー」と子供のように泣き続け、
ひときしり、その悲しいエネルギーが出て行ったあと、自然に沸き上がってきたのは、「自分が両親から愛されて来たんだ」という認識でした。

自分はかわいくないし、価値が低いと思い込み、愛されない惨めさを隠すために強がり、弱さを見せることがずっと出来なかった私です。
そして、ずっとどこかで「兄の方が優遇されてる。兄の方が愛されている」という劣等感みたいなものがあったのですが、その時「ああ、私もちゃんと愛されていたんだ」と分かったのです。

そして背中をなでるパートナーが、私を愛してくれていることも、改めて認識し、深く実感として受け入れることができました。

「ああ、ほんとに愛されていいんだー。愛を受け取っていいんだー」
どこか驚きにも似た、喜びと感謝に満ちた思いです。
背中がうんと軽くなって吐き気もなくなったのは言うまでもありません。


ゲイ・ヘンドリックス博士が「気づきの呼吸法」という本の中で

「私たちのほとんどを悩ませるのは愛情の欠如ではありません。つまり、私たちは自分をとりまくさまざまな愛に対して抵抗するから悩むのです。」

と言っているのですが、全くその通りだなぁと思うこの頃です。

あなたにも覚えがありませんか?こちらがいくら愛を送っても受け取ってもらえないもどかしさ。
受け取ってもらえれば嬉しいなぁとつくづく感じますよね。
神様、仏様、目に見えない愛の存在たちも、どれほど歯がゆい思いをしながら私たちに愛を送っているのだろうと想像することがあります。
心をひらいて愛を受け取ることは、相手に対しても大きなギフトですね。

誰でも心をひらけば、きっと愛はそこにあるのだと思います。
あなたを思っている人は必ずいるのですから。

心をひらいていると、道ばたの花も、流れる雲も、輝く星も、美味しい食事も、すべてが大きな喜びを与えてくれます。
こういう満足感が増えると、世の中もっと平和でゆとりに満ちてくるでしょうねぇ。

聖者でもなければ、100%ハートがひらいている人なんて、そうはいないと思うのですが、
私たちみんなの心の傷が少しでも癒されて、愛と喜びにひらかれていくことを、心から祈っています。

親愛なる皆様へ
愛を込めて(受け取ってくださいね(笑))

舞原さなえ









2006年01月12日