まじめになっちゃだめだ

そのほうがうまくいくんだ

お外に興味があります

ごはんもモリモリ食べて、いっぱい遊んで。エネルギーが有り余っています。
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出窓から外を覗き込む毎日。お外って楽しそうだな。
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外に出られると困るので、、なんとか興味を内に向けます。
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ごまかしごまかしの毎日です。

PCのディスプレイに載ったり。
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厚みのないiMacを足場にしてます。 こんなイタズラを毎日やられます。室内干しの洗濯物を落っことしたり、バスマットと戦ったり。大変です。

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ひざにのせて説教です。コラッ、いけませんよ。
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からだがムチムチになってきました。体型的にはツチノコのようです。そういえばツチノコって、髪の毛が焼けるにおいが好きなんだよね。
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歯もそろってきました。
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よく見ると下の犬歯が2個生えてます。そろそろ生え変わるのかな? 

今日からキミもナイスネイチャー!

最近良さに気付いた、ネイチャーこと寺門ジモン。

コミック『ネイチャージモン』での一幕。
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オオクワガタ捕りに向かうネイチャー(寺門)、編集部のコマツ、オオクワガタ捕り名人の平山さん。今回平山さんの同行者に体力自慢のレスキュー隊員がいて。彼は自分の体力に自信があるようだが。

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「強さをひけらかす人」が嫌いな平山さん。レスキュー隊員の体力自慢に険しい顔。

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「山は歩くのではない、泳ぐもの」が持論のネイチャー。ヤブだらけの山をスイスイ進むが、早くもレスキュー隊員つらそう。
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「人は疲れると戻るのが億劫になります・・・ですがイバラのツルは引っぱっても決して切れません
力を消耗するだけです
体力に自信がある人に限って自分の力を過信して力ずくで進んでいきます
ですが それに比例して体力は消耗していきます」
人生観にも通ずる、このネイチャーの助言は、レスキュー隊員の心に届きません。

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レスキュー隊員はブーツに八つ当たり。
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「オレは初めてなんすよ!!
オレに合わせてくれたっていいじゃないか・・・」

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レスキュー隊員はここでリタイアします。

ネイチャーは語ります。
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「山で人は変わっていくからな・・・

身体が大きく体力に自信があった彼だが まず平山さんに火をつけてしまったことが良くなかった
ハイスピードで進む平山さんにまったくついていけない彼はその現実を認めたくなくて物に当たり始めた・・・
もちろん彼がブーツのせいにしたのは完全にお門違いだよ!!
次に 自分のことを考えてくれと言い出した!
もっと気を遣えと・・・
疲れで頭が混乱してどんどんワガママになっちゃうんだ・・・
ネイチャーはそれがわかってるから気を遣ってたんだけどね
でも・・・最終的には心が折れてしまってどうしようもなかったね」


レスキュー隊員の気持ちもわかる。
まわりはどんどん先に行ってしまう。
置いていかないでくれ。
オレにはオレのペースがあるんだ。だからそれを考えてくれ。

劣等生であるぼくもそんなふうに考えていた時期があった。でもその願いはたいてい通じない。周りには周りの、ルールというか基準というか、ペースがあるから。そこについていけない自分は脱落するしかない。もちろんワガママをいうのがマナー違反だってのはわかってる。けど。

平山さんも別に悪いわけではない。ただ厳しいだけだし、「そうじゃないと通用しない」ことを知ってるからこそ厳しいわけだし。

だがここでのネイチャーの態度は注目に値する。ネイチャーは脱落者を出さないように、気を遣って「いい木がありますねえ」とか「写真撮っていいですか?」とか言いながら、休憩させようとしてる。そう、ネイチャーはけっこう「人としてできている」のである。

厳しい、ってのももちろん必要だ。一定のレベルに到達してないと通用しないのが社会で、厳しさがないとそのレベルにまで引き上げられない。で、「そのレベルに到達しないと悲しい思いをするのは自分だぞ」ってのが「厳しい人」の考えで。
でも、そうなると残念ながら「ついていけない人」がでてくる。そういうとき、なだめたりすかしたりしながらなんとか脱落者をださないようにしてくれる人もいた方がバランスはとれる気がする。
話はちがうけど、片親って大変だよね。金銭的な意味じゃなくて、教育的な視点で。「厳しくする人」と「なだめる人」の両方がいた方が、子どもの成長にとって健全な気がする。一人しかいないと、「厳しくする」か「なだめて甘やかす」のどっちか一方に偏りがちになってしまうような。

ネイチャーは割と「人としてのマナー」を語ってくれていて。
後輩へのおごり方。
自然への接し方。
言い訳の仕方。
人との接し方。
年をとるとそういうの説教してくれる人がどんどんいなくなる。昔は指摘されると「ウザいな」としか思えなかったけど、今は指摘さえしてもらえない。他人の行動がモラル的にいかがなものかと内心思っていても、「ああ、コイツが損すればいいだけだし」と思うのが普通だもんね。だから自分で気付くしかないんだけど、年をとって変な自信だけつけて心が固まってきてる(「オレはこのままでいいんだ!」みたいな)から気付くこともできなくなっていて。そういうとき、マンガというかたちでありながら気付かせてもらえるのって、ありがたい。

 

おでむかえ

・おでむかえ
 
ウチに帰ると娘がお出迎えしてくれます。
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で、足元にすりすり。
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なでるとゴロゴロいってくれます。
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なんていい娘なんだろう。 

で、寝ます。
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その前にひとしきり遊ぶのですが、、、馬力(猫力か)が有り余ってるせいか、家が壊れるんじゃないかって勢いで遊んでくれます。そのうちふすまを破りそうです。

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朝起きてこの娘がとなりにいるとホントに幸せです。 

「消極的な性格で…」と生きづらさを感じる人のための本


目のつけどころがすばらしい。社会のなかで否定的にとらえられがちな「消極的であること」「シャイであること」を、無理矢理、体育会系的に「直す」のではなくて、折り合いをつけながら共存できる方法を探る。とてもすばらしい趣旨である。書いたのは「消極性研究会」というグループ。

消極性研究会(SIGSHY: Special Interest Group on Shyness and Hesitation around You)は、対人コミュニケーションの苦手意識や日常生活における「やる気」のなさを研究するグループです。

消極性研究会のミッション

古来より、内気さや消極性というのは否定的な意味合いで捉えられ、コミュニティ内で忌避されたり訓練による解消を促されたりしてきました。しかしインターネットが発展した今、人々が随意的もしくは不随意的に生活の中で関わりを持つコミュニティの数やメディアコンテンツの量が増大しており、現代人はいついかなる時、どんな対象においても積極的であることはもはや難しくなってきています。あなたも気乗りのしない会合参加や、疲れている時に端末に届くメッセージへの対応に辟易することはありませんか?今や消極性は誰の中にもあると言えるかもしれません。我々は消極性を「改善すべきスキル」ではなく、食べ物の嗜好などと同様に、ある対象に関する個人の一つの属性あるいは過渡的かつ反復的な状態と捉え、積極性や消極性に左右されずに多様な人々が共存できる社会を目指し、それを支援する研究活動および社会提言を行っていきます。

ちょっと硬いね(笑)でも、各章のタイトルだけ見てもらえるとわかりやすいかも。

第1章 「やめて」とあなたに言えなくて
第2章 考えすぎを考えよう
第3章 共創の輪は「自分勝手」で広がる
第4章 スキル向上に消極的なユーザーのためのゲームシステム
第5章 モチベーションのインタラクション

第1章は「私は合コンが嫌いなんです。」ってところをとっかかりに、コミュニケーションを
・1対1で話す
・4〜5人で話す(合コンの設定)
・大勢の前で話す(スピーチやプレゼンテーション)
と分類し、まさに「4〜5人で話す、のが苦手」というところを突いたもの。
 
そこには、著者独自の人間の分類、
・「社会」が好きな人
・「人」が好きな人
・「自分」が好きな人
のどれであるか、ってところが関わってくる。
 
「自分」派の人は自分しか見ない。「社会」派の人は人間を集団的・統計的に見れる反面、人を類型的に見てしまう。そして「人」派の人は…、人を類型的に見ない分個人の尊厳を尊重できるタイプではあるんだけれども、「ひとりひとりを大切にしたいと思っている」イコール「ひとりひとりと向き合った付き合い方をしてる」と言えば聞こえはいいけれど要するに人によって付き合い方を変えてることで、それが複数人(ちょうど合コン的人数)になると破綻してしまう、という困難を抱えていて。じゃあどうしましょうか、という内容。この箇所が自分にはすごく刺さった。
 
別の事例では、図書館でマナーの悪い人に「やめて」と言えない、とか、視線恐怖症とか。視線恐怖症についてのアイデアとして、「目の前の人の顔にモザイクがかかるメガネ」を開発したのはすばらしいと思った。著者は語る。

もしコミュニケーションの苦手意識を持っている人が「こんな自分はダメだ」と思っていたとしたら、こういうメッセージを送りたいです。
まず、そのような苦手意識はあなたの個性とも言えるもので、視点を変えれば長所としても見ることができること。合コンが苦手なのは、人との付き合いを真剣に考えているからだということを思い出してください。そして「世の中こういうものだ、仕方がない」と思っていた、自分を苦しめる暗黙の社会のルールのようなものは、実はひどくもろいものであり、案外簡単な仕掛けによって変えられるかもしれないということ。

こういうのが「やさしさ」だよね。

そうそう、第4章ではゲームの話をするんだけど、ここでの話題は「すごくゲームがうまくなりたいわけではないんだけど、気軽に爽快感を味わいたい」という層のために、「誰でも神プレイできるシューティングゲーム」や「誰でも神プレイできるジャンプアクション」ってのを考えながら、それぞれのペースで成績の向上を噛みしめながら歩める社会を考える、って内容。そこには、とかく「努力」とか「根性」を押し付けがちな層へのアンチテーゼが含まれていて、おもしろい。

Excel四十八手、更新しました 161113

Excel四十八手、更新しました。今回はコチラコチラ

タイムシートを作る編です。タイムシートの作り方を通して、Excelにおける時間の処理のされ方を身につけてください。
もちろん、タイムシートって会社によってちがうと思うんですよ。例えば入り時刻と退社時刻のそれぞれをfloorしてから計算する、とか。でも、ココに書かれてあることを応用すれば、だいたいのことはできるんじゃないかなと思います。 
…あ、そうそう、本文にもあるとおり、Excelのカレンダーにはずれがあるんですよ。ずれと言っても、「存在しない1900年2月29日がある」ってことで、ふつうに使ってる分には1900年の日付なんて参照しないんで問題ないんですけど、でもおもしろい事実です。「「100で割り切れてかつ400で割り切れない」年はうるう年ではなく平年である」って事実もこれを調べてて行き着いたんですけど、おもしろい事実ですね。ま、雑談の足しに(笑)

タイムシートを作ってるとどうしても昨今のブラック企業について考えが及ぶんだけど、…アレってもう「経営者が考え方を改める」しか方法はない気がする。巷の対策も「夜9時になったらオフィスの電気を落とす」みたいなアホみたいな施策ばっかりで。そんなのお持ち帰り仕事にするだけジャン。「労働者のワークライフバランスを整えるために残業を減らす」とか言うけどそんなの明らかなタテマエで、本音は「残業代を払いたくない」だしもっと言えば「残業代が発生しないならどんだけ仕事をしててもいい」ってのが本音なんだろね。それは…、改めてほしいなあ。「赤字にさえならなきゃいっか」くらいのゆったりした気持ちでいてもいいと思うんだよね、赤字にさえならなければ仕事を続けられる、労働者もそうだし経営者も仕事を存続できるんだし、そうやってお金がまわってさえいれば(経営者→労働者への給金を払い、経営者の手元に次の業務のためのお金が残り、またそれを使って仕事を回して労働者に給金を払い…)業務は存続できるんだから、そして、仕事を10年とか20年とか続けていければ労働者の生活は守られるし、会社的にも続けているなかで何かのきっかけでブームが起こって利益が出ることもあるかもしれないし。そうやって長いスパンで考えることが、「4半期で利益を出せ」なんて株主から圧迫されてる今の経営者にはできないんだろうなあ。そう考えると、本当に変わらなければならないのは株主なのかもね。

そういえば、「社員がみな無能になる」ってさまをあらわした「ピーターの法則」ってありますね。

1.能力主義の階層社会では、人間は能力の極限まで出世する。したがって、有能な平(ひら)構成員は、無能な中間管理職になる。
2.時が経つにつれて、人間はみな出世していく。無能な平構成員は、そのまま平構成員の地位に落ち着く。また、有能な平構成員は無能な中間管理職の地位に落ち着く。その結果、各階層は、無能な人間で埋め尽くされる。
3.その組織の仕事は、まだ出世の余地のある人間によって遂行される。

「現場のときは有能だったけど、課長になるとさっぱり」って人、そこここに見かけますが、そういうさまを社会学的にとらえたものです。ま、何かの足しに(笑)

あかい、まるい、おおきいで「あまおう」

寒い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。ねこです。
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ちょっとベロがでてます。わたしの仕事は毛布にくるまることです。
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肉がついてきました。はじめての冬ですが、ごはんをいっぱい食べてゴロゴロして過ごせばパラダイスですよ。
左手の肉球の黒い斑点もチャームポイントなんです。
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昼間はおとうさんが仕事に行っててさみしいのですが、帰って来たら玄関までおでむかえします。実は玄関の外の世界にも興味がありますが、おとうさんに叱られるのでまだ行ったことはありません。
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こうやってのぞきこんでやると人間はイチコロです。チョロいもんです。 

・おまけ 水木一郎アニキのお仕事


納豆。 

プールオブレイディアンスと聖者への道

グッジョブ。

 

AD&D プールオブレイディアンス。音楽軽快。
♫テッテッテ テレテケテッテ ♫テッテッテ テレテケテッテ 
♫テッテッテ テレテケテレッテッテ ♫テッテッテ テレテケテッテ

戦士+魔法使いとかのマルチクラス使わないと戦闘の幅が出ない、というか純魔法使いがすぐ死ぬ。。。マルチクラスはレベル上げが大変だが、酒場で狼藉をはたらいたあと教会で僧兵の襲撃を撃退すれば大量の経験値が入るからすぐレベル最大になる。火球の魔法がないとつらいけど。

「タクティカルコンバットが最も洗練された戦闘システムだ」って風潮、むかしはありましたけど、、、実際には時間がかかるだけかも。特にこのPORみたいに一歩ずつしか進めないシステムだと。

もうひとつ、一歩ずつしか進めないタクティカルコンバット。


恐怖のエクソダスからずっと遊びやすくなってる。ポニーキャニオン、やるなあ。

・ねこ
寒くなってきたせいか、押し入れのふとんカバーの上が定位置です。
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押し入れ以外では、毛布の上が好きです。
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喉鳴らす うちの娘と 秋の夜

もうかわいくて。娘が。
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ひとまわりでっかくなった気がする。
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あぐらの上で遊ぶ。至福。
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遊んでると、突然パタリと、ゼンマイが切れるように眠くなります。
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テーブルの上にパンなどを置いておくと、なめに来ます。
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カレーパンはさすがによくないと思います。
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仕事に行こうとすると、「行かないで」的な媚態を見せます。
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雑記

・より「スキャンダラスでないほう」

先日『さよならインターネット』って本を読んでて、そのなかで知った糸井さんの言。

「しがらみ」を「科学」してみた。

ぼくは、自分が参考にする意見としては
「よりスキャンダラスでないほう」を選びます。
「より脅かしてないほう」を選びます。
「より正義を語らないほう」を選びます。
「より失礼でないほう」を選びます。
そして
「よりユーモアのあるほう」を選びます。
まったくそのとおりだと恐れ入る。


・意見のちがう人

厚切りジェイソンが日本人の勘違いを指摘

「意見が異なる人=相手が嫌い」となるのはおかしい、ってまったく正論なんだけど…、ここでハタと困ってしまった。果たしてほんとうに相手を嫌いにならないでいられることができるのか。

例えば誰かが「猫なんていくらいじめてもいいんだ」って意見をもってたとしたら…、ぼくは絶対ソイツのことを嫌いになるだろう。他でどんな良いこと言ってても、例えば人生観について深いこと言ってても絶対認められないし、どんなに仕事ができても一緒にはやりたくない。申し訳ないけどトータルで、全面的に嫌いになる。

もちろん、ここで「意見」ということばの射程が問題になるだろう。おそらくここで言ってる「意見」って、「原発に賛成/反対」とか「右寄り/左寄り」とか、その程度の問題だ。そんな問題どっち寄りでもいいよ。…考えてみたんだけれど、「自分とちがう意見を認めることができる」のって結局、「自分とは見解が異なるけれども、リスペクトできる場合」だけなんじゃないかな。自分のポリシーとはちがう。でも深く練り込まれている。そういう意見なら尊重できるし、相手のことも嫌いにならない。でも、箸にも棒にもかからないような考えでしかも嫌悪感しか感じないような思想の持ち主なんて、嫌いにならないでいることの方がむずかしいのでは。それが、感情の動物である人間の自然な姿なんじゃないかな。キリスト教圏の人はその辺ちがうのかな。


・娘

お待たせしました、娘です。
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ビニール袋と格闘中。

あまりにかわいいので、花束にしようかと。

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くるくると包んでみました(すぐ解放しましたよ)。

こんな「相撲部屋で言うところのかわいがり」をしても、すぐ寄ってきてくれる娘。すまん、オレは好きな娘には嫌がらせするタイプなのだ。
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お返しにシャツのボタンをかじられました。

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本棚に乗せたら、ちょっと高かったのか、怖いって。

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はい、寝ます。

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毛布を吸います。この娘は音を立てて毛布吸うんだよね。べちゃべちゃになるよ。

無題

猪木の自伝のなかで猪木が若い頃、女風呂だかを覗きに行っていてもたってもいられなくなってお金を払ってスッキリさせてくれるお店に駆け込んだ、というエピソードがあるんだけど、それを急に思い出した。この話は以下とはまったく関係がない。

『<インターネット>の次に来るもの』を読んでて。まだ全然序盤なんだけど話題は人工知能で、で、人工知能は現在医療診断の分野での発達を見せているという話を読んで、ハタと気付かされて。(以下、『<インターネット>の次に来るもの』の内容じゃなくて、僕の考えたことね)

人工知能が向かうのは「判断」。
従来のコンピューターの仕事は「処理」だった。でも人工知能は「判断」に関わる。この症状の時の病名は。最適な治療方法は。もちろん最終的な決定を下すのは人間だ。しかし、膨大なサンプルとその結果にアクセスできる人工知能は、非常に強力なサポートツールになる。
そしてそれは、医療分野にとどまらない。おそらく人工知能が発達したあとのわれわれは、今晩の献立や恋愛や人生相談においてまでも、人工知能に頼るだろう。ちょうど今、yahoo知恵袋に聞いているようなことは全部、人工知能がまかなうようになるだろう(たくさんリンゴが送られて来たんですけどどうしたらいいですか?彼女がいる先輩に告白してもよいですか?給料安いんですけど転職したほうがいいですか?)。だとしたら、…ぼくらは判断の大部分を人工知能に依存するだろう。それを善い/悪いとい言うのは意味が無い。それが現実だから。もちろん繰り返し言うように、最終的な決定を下すのは人間だ。でもわれわれは、重大な選択であれ日常の些細なつまづきであれ、一度は人工知能に問い合わせる。ちょうど神託を受けるように。いや、そんなたいそうなものじゃない。軽い相談相手、日常の相談相手として。
じゃあそういう未来が訪れたとして、ぼくはどうしたらいいんだろう…ここで思考が停滞しはじめ、いてもたってもいられなくなってぼくは人工知能関係の本を2冊ポチった。未来は見えないにしても、とりあえず人工知能のことは知っておかなければならない。状況が見えないときはとにかく動く。それがこの半生で学んだことだ。


あらゆる判断が人工知能にサポートされる未来。人間であるぼくはどうしても「じゃあ人間にしかできないことって何なのよ」って方向にまず振れるんだけど、例えば人工知能が膨大なデータから有能なアルゴリズムで回答を与えてくれる、それが当たり前の時代になったとして、今度は逆に「占い」とかが価値をもつのかな、コンピューターのアルゴリズムとは別のロジック(しかも非科学的なそれ)で回答してくれるから、と思ったりもしたのだが。
でも実際は、「占い師も人工知能に頼る」これがありうる現実だろうな、と思う。
占い師の仕事の大部分は人生相談で、お客さんが求めている回答を出すために占い師がバックグラウンドで人工知能に問い合わせる、という使われ方をするだろう。この人とこの先未来はあるのでしょうか。この会社とこの会社、どっちがいいでしょうか。占い師はオンラインの人工知能に問い合わせ、それを参考にアドバイスする。水晶をなでたり亀の甲羅をあぶったりするのは一種の儀式・パフォーマンスで、実際は人工知能(と、自身の経験)で助言することになる。もちろん、純粋に霊能力で「見える」人もいるんだろうけどサ。昔、たかもちげん『祝福王』で、主人公(この人は実際に超能力で未来が「見える」)が占い稼業をやっていて、主人公はもうホントに秒速で相手の未来が見えちゃうからお客さんが部屋に入ったとたんに「あなたは選挙に絶対落ちますね」とか言っちゃうんだけど、そしたらビジネス仲間に「もっとちゃんとやって。水晶覗き込んだりトランプめくったりするのもムードを高めるために大事なの」って怒られるんだけど、まさにその感じ。
人間にしかできないこと。最後の判断。それだけ?うーむ…

プロの将棋指しが将棋ソフトを使った疑惑が今問題となっているが、
…あれは完全に「今が過渡期だから起こる」種類の問題であろう。そりゃスマホなんか使わず自分の記憶力だけで勝負した方がフェアだよ、現状なら。でも、スマートデバイスが小型化されて頭に直接埋め込まれるようになって常時接続してるのが普通の人間にとってあたりまえのような状況になったら、もうこの問題はほとんど意味がなくなる。ちょうど、チェスにおいて人間VSコンピューターが機械側の勝利に終わると、誰もこの勝負に興味をもたなくなったのと同じように。未来において繰り広げられるのは「機械と融合し機械を駆使した超高度な判断が可能な人間同士による、将棋」で、将棋が強い人は「機械を駆使するのがうまい人」とニアリーイコールになり、この「新しい将棋」にはそれにふさわしい新しいルールが作られることになるだろう、例えば制限時間とか。あるいは「機械あり将棋」と「機械なし将棋」を分離して、「機械なし将棋」は対局の最初に飛行機の搭乗手続きのようなことをやって「わたしは機械をもっていませんよ」と証明する、とか。で、最後に日本シリーズみたいに「機械あり将棋」のチャンピオンと「機械なし将棋」のチャンピオンで決戦してみてもいいんだろうけど、機械なし将棋に勝ち目はないだろう。ネットワークの膨大な情報に触れることは明らかに人間の知力を増幅した。パソコンとネットが将棋に変化をもたらしたのは紛れもない事実で、そしてそれは将棋の世界だけに限らない。人工知能に日常的に接することは、人間にさらなる変化をもたらすだろう。部分的に見れば、それは進化とは限らない。ぼくらは携帯の電話帳のおかげで、電話番号を暗記することができなくなった。また、…ぼくは料理するときクックパッドを見るんだけど、アレを見てると細かい調味料の分量を覚えなくなるのが古い人間であるぼくは腹立たしい。しょうゆ大さじいくつだっけ…、みりんは…、全部クックパッドに頼りきりになる。身体感覚として料理の腕が蓄積しないのがちょっとくやしかったり。でもぼくらは、記憶力は退化してるけど、「膨大な情報のなかから目的のものを探し出す能力」は昔より発達してるわけで。はたしてそれが「子供のころなりたかった自分」なのかどうかはわからないが、しかし時代の流れは不可逆だ。

すいません、完全に話をまとめることができなくなったので、まとまったらまた今度。
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