まじめになっちゃだめだ

そのほうがうまくいくんだ

2016年05月

はな子が死んだ

象のはな子が死んで最初に思ったことは、大島弓子のことだった。

実はほんの数日前、クローゼットの奥の段ボールから大島弓子を引っ張り出してきたところだった。何かの縁を感じる。
ぜんぜん話を1ミリも覚えていなかった『ダリアの帯』を読んだ。…油断してた。痛切すぎてびっくりした。

かつてある研究者が、ハイデガーを語る資格について述べていたと記憶する。うろ覚えなので正確な表現ではないだろうが、たしか、
・ハイデガーの思想と人間性を切り離して考えること
・にもかかわらず、ハイデガーがナチスと関わったことの意味を、深く探求する姿勢をもつこと
といったものでなかったかと思う。
20世紀最大の哲学者ハイデガー。しかし、彼の評価を難しくしているのは、ナチスへの関わりであった。ハイデガーはナチスに加担した。多くの思想家がアメリカに亡命したにも関わらず、彼は関わった。事情があったとも、心からナチスに惹きつけられていたとも言われている。単純な人間は、「ハイデガーはナチスだからダメだ」と彼の思想をくみ取らず切り捨てるか、あるいは「ナチス加担は大学を守るため仕方なくやったことなのだ、20世紀最大の哲学者がナチスなんかに心奪われるはずがない」とハイデガーを神格化し擁護するかのどちらかだ。でも、おそらくハイデガーは、ナチスに期待していた部分があったのだ。その、偉大な思想家という側面と、ナチス親和的側面の、相反する両面を接続する仕方について、真剣に考える者だけに、ハイデガーを語る資格はある。たしか、そんな内容だったと思う。

で、僕は似たようなことを、大島弓子に対しても思う。
「サバを少年型に描いた意味を、深く探求しない者に、大島弓子を語ってほしくない」
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大島弓子は愛猫「サバ」を、人間オス型に擬人化して描いた。サバ自身はメスなのに、である。大島はサバに、何というか、その、明らかに猫を超えた愛情を注ぎ、うん、はっきり言おう、気持ち悪いレベルの関わり方をした。うん、「気持ち悪い」とか言って申し訳ない。でも、僕の貧困なボキャブラリーではそうとしか言いようがない。外でケンカして帰ってきたサバを介抱し、「体に38か所のかみ傷 耳に12のパンチ穴 手に裂傷6か所 しっぽ折れていず 足 無傷 左犬歯半分無し」と数え上げるとき、戦慄を覚えたものだ。ちなみに、サバが残念ながら死に、その後に飼った猫「グーグー」はふつうに猫の姿で描かれている。たしか大塚英志はそのことを「安心した」と語っていたように記憶する。
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僕は、サバが少年として描かれていた理由を、彼女が結婚してないことと結び付けて考えるような超つまらない考えは絶対ダメだ、と思っていた。これはほんとうにつまらない考え方だ。でも先日読み返したら、ちょっとちがった感想が芽ばえはじめている。

猫と人間 一対一の生活はとてもおもしろいです
どちらかの数が多いとどうしても 種としての差ができてしまうと思うのですが
一対一といえば 同じ土俵の上で 対等です
異種でありながら 対等というのは ここちいいです

大島さんは象のハナコにこんなことを語りかけている。

えーっ えーっ ハナコさん ふりむいた! ハナコさん ふりむいた!
でも その目は 人間の方を 見てないんだね
たとえ 憎悪でも いいから しっかりと こちらを見て くれないかな
あそこのオリの マンドリルのように テメーラ バカヤロー って目で こちらを見て くれないかな

個人的に印象に残る大島作品はどれもみな、華原朋美の『I'm proud』と同じ構造をしている。

ぼくが一番好きなのは『バナナブレッドのプディング』だ。

「ね ね よくふたりで 空地に行って ぼうぼうとしげった 草を 三つあみにして あそんだでしょう」
「やった やった リボンかけたわ」
「草はうれしそうだったわ わたしいまでもときどき 公園に行ってはやるのよ」
「…うそで しょう?」
「やるのよ リボンつけて」

ここには、少女が少女であることの困難さが描かれているわけなんだけど、少女でもなければ女でもない僕も、この作品に打ちのめされた。
当たり前のような顔をして生きていく、ことができない人。
そういう人の、戦い。
そういうのを、感じ取って、で、僕は染み渡った。

「わたしにも 理想の男性像が あったわ」
「よかった!! いってよ わたしには 大ぜいの男友だちが いるから その中に ひとりくらい あてはまるのが いるわよ」
「うしろめたさを感じている男色家の男性」
「すいませんが もう一度…」
「世間にうしろめたさを感じている 男色家の男性」

主人公の少女は友人に、「世間にうしろめたさを感じている男色家の男性」と結婚したい、と願望を吐露する。男色家の男性が世間の目をカモフラージュするために「ふつうの」結婚をする、その際の嫁になってあげたい、と。

「すごく大食漢なのね」
「トレーニングのあとだからね さっきから 虫が なきっぱなし 負けたのはそのせいかな」
「わたし お料理も できるのよ たくさん つくってさしあげるわ」
「とても うれしい」
「わたし あなたの ためになれると思う… わたし あなたの気持ちを さっする 自信あるわ」
「ぼくの気持ちを…?」
「庭の薔薇だって わたし わかったもの」
「薔薇?」
「ひっこしてくるまえの家の 庭のはずれに 薔薇のしげみが あったの」
「“ありがとう さみしかったんだ” “ありがとう うれしかったよ” しげみがはっきり そういったのを わたしは聞いた」
「おねえさんは うなずいてくれた わたしには 自信がある わたしは だれにだって すんなりとけこめるのよ」

「わたし ぬうわ 沙良 わたし… いままで… いえなかったけど… どうしても うま…く いえ…」
「いま いえたじゃないの 衣良… あなた いま 胸の中で おめでとうって いったでしょ」

「おにいさま これは 人だすけです
 ひとりの少女が 崖におちないように ささえるのです」

「御茶屋峠 あなたは 三浦衣良を 世間には夫婦といいふらし じつはまったくお友だち という関係を まもれますか」
「努力します」
「では三浦衣良 あなたは この友人なる夫の 男色という立場を 世間からかくすという 大事業を なしとげることを ちかいますか」
「はい!」

「よろしく 戸だな テーブル カーテン 台所 よろしく 窓 本箱 電気 机」

「わたしも この人が 生涯人生を カモフラージュしつづける人だとは思っておりませんわ 大地さん
 わたしも 人は素直に生きるべきだと思っております
 だからこの人が いつかちゃんと あなたを世間的にむかえいれる日がきたときは わたしここから おわかれします
 そしてまた わたしは そういう 助け合いの 必要な 男色家さんを さがして あるくのですわ
 だから そのときがきたら ちゃんと宣言してほしいし
 それまでは 大地さんも峠さんも この家にきて わたしをカーテンとして なかよくあそんでください」


でもこのシナリオは、かんたんに破綻した。


「峠なんか 試合にまければいい 峠なんか 大きらい やさしい顔して うそついて」

「ねえ? これが夢だったら どんなにいいでしょ
 そして 峠さんは きらきら星を 歌ってくれるのよね」

「でて行くのは いいんだけど 外では おとうさんとおかあさんが 待ってるよ
 いま ミルクも わくから」
「死ねないのなら 強制収容に従ったほうがいいんじゃないかって… いまベッドで 考えたんです」
「ここにいて ほしいと いっても? こんどは つくりごと じゃない りっぱな 理由がある
 これから さえ子が 外国へ行って しまうんだ だから いっしょに食卓を かこんでくれる人が 必要なんだ」
「理由は 完全ですけど でも わたし いつか 完全な鬼に なって しまうんです
 わたしは あなたも にくんだの 試合に負ける ようにいのったの みんなが あなたに 失望するように いのったのよ」
「それは だれにだって あるよ わけもなく にくしみを いだく ことが」
「わたしのは とくべつなの とくべつなのよ
 わたしは いつか ほんとうに 人殺しだって やって しまうかも しれない」
「うーん
 眠っていて ぶっすりやられりゃ こっちの負けだ
 きみにここに いてくれと たのむ以上 ぼくは 身のかわしかたを 身につけねばならない
 これは仮定だ けど そんなときはぼく さっと身をひき さっと台所まで走り さっとミルクをわかす そしてきみにわたす
 “さあ ミルクを のんで” “心が なごむよ”
 そうすると きみはおちついて うなずいて “また あしたね” と いうだろう
 ぼくは きみが だい好きだ
 薔薇の しげみの ところから ずっとね」

「わたし ミルク飲みました
 でも わたしは 鬼だから いつこの人を やいばにかけるか わからない それが こわいです
 でも 峠さんが それでも かまわぬと いうので ここに おります
 おとうさん おかあさんも ご心配なく」

「まだ生まれてもいない赤ちゃんがわたしにいうのです
男に生まれたほうが生きやすいか 女に生まれたほうが生きやすいかと
わたしはどっちも同じように 生きやすいということはないと 答えると
おなかにいるだけでも こんなに孤独なのに 生まれてからは どうなるんでしょう 生まれるのはこわい これ以上 ひとりぼっちはいやだ というのです
わたしはいいました 「まあ生まれてきて ごらんなさい」と 「最高に素晴らしいことが 待ってるから」と
朝おきて 考えてみました いったい わたしが答えた「最高の素晴らしさ」って なんなのだろう わたし自身もまだ お目にはかかっていないのに
ほんとうに なんなのでしょう わたしは 自信たっぷりに 子どもに答えて いたんです」


Excel四十八手、更新しました。 20160527

Excel四十八手、更新しました。今回はコチラ

過去の記事をリファインしただけですし、内容的にも役に立つ記事なのかどうか「?」ですが、まあ、僕の僕自身への評価と他人のそれとは往々にして異なることもあるので、お時間があれば読んでいただけれたら。
僕は今回、「基本的なこと」と題して書きました。でも実は、いちばん大事なことを書いていません。
それは「やさしさ」です。
やさしさは、Excelなんかよりずっとずっと大事なことです。
若い人に対して。
自分よりできない人に対して。
自分より劣る者に対して。
あたたかいまなざしを向けること。待ってあげること。そういうことが、何かを学んだり教えたりするベースに必要です。
勉強をカリキュラムだと思っている人は、それがわかっていない。勉強って、何かを相手のなかに詰め込む作業のことではないでしょうよ。
相手に対してあたたかいまなざしを向ける。
相手はそれを意気に感じて、受け入れる準備、聞く耳をもってくれる。
その相互作用が、教えたり教えられたりする以前に、その基礎として必要でしょうよ。
できない人を切り捨てるのはかんたんです。てゆーか今の時代、社会全体がその方向に進んでいます、悲しいことですが…。
…でもあなたも、誰かが切り捨てなかったから、今のあなたがあるんじゃないの?だったら少し、恩返ししてもいいんじゃないかな。

ンマーイ!

トキワ荘20160522_007

長年行ってみたかった、トキワ荘跡地に行ってみました。
場所は豊島区南長崎。椎名町駅が最寄りの駅になりますかね。

トキワ荘、今更説明の必要はないかと思うが、手塚治虫がその昔マンガを描いてたアパートで、その後藤子不二雄、石森章太郎、赤塚不二夫らが集まってきて共同生活を始めた、今考えると夢のようなアパートです。詳細は藤子不二雄A先生の『まんが道』読んで下さい。

わたしはこの辺りをぶらぶら散歩してて、「そうだ、トキワ荘行こう!」と、「そうだ、京都行こう」と同じ感覚でやってきてしまいました。なので道のりとちゅうの写真はなく、いきなり到着です。
トキワ荘20160522_001

…ハイ、もうトキワ荘の建物は残ってないんですよ。跡地のモニュメントがあるだけなんです。ちょっとさみしいですね。
トキワ荘20160522_002

在りし日のトキワ荘。
模型もあった。
トキワ荘20160522_004

影が映り込んでてスマヌ。トキワ荘跡地は現在、日本加除出版って会社の建物になってます。

正直ここはあまり見どころはありません(わたしのテンションは高かったけど)。でも、一番テンションがあがったのが、跡地を抜けて出た通りにあるラーメン屋!
トキワ荘20160522_005

松葉!満賀道雄(藤子不二雄A)と才野茂(藤子・F・不二雄)が青春時代ラーメン食べてたお店!すげえ!
トキワ荘20160522_006

けっこうキレイなお店。…どうやら、一度火災にあって建て替えてるらしく、満賀と才野が食べてた当時のお店ではなくなってる模様。でもいいよ、よかったよ、会えて。
お店の前には「まんが道」「愛…しりそめし頃に」のコピーが貼ってありました。

…まんが道 まんが道 まんが道
まんが道 まんが道 まんが道
オレ達ゃ天才だ  才野茂〜
オレ達ゃ天才だ  満賀道雄〜
すごいな すごいな 手塚先生〜
まんが家になると決めちゃった〜

…つい歌ってしまいました。音はヤッターマンのEDテーマでお願いします。昔伊集院光のラジオの替え歌のコーナーでやってました。 

「まんが道」読むと、手塚先生の「ふところの深さ」ってものをホント痛感する。満賀と才野のファンレターに長文の返事を書くところとか。(実際の手塚治虫はけっこう気難しいところもあったみたいだけど。「まんが道」ではだいぶ美化されてるのかな?)

すごいな すごいな 手塚先生〜

さて、松葉をでると、近くに「トキワ荘お休み処」ってのがあり。中に入る。
トキワ荘20160522_008

2階建ての建物。中に入ると、トキワ荘の当時の雰囲気が再現されてたり。これはテラさんの部屋を再現したもの。
昔の人が4畳半というスペースをうまく使っていた感じ、 頭が下がる。

お休み処の中はミニ展示室みたいになっていたが、ぼくが一番こころ惹かれたのはスリッパ。
トキワ荘20160522_009

このスリッパ、ほしいわ。

ということで、思いつきで寄ってみた休日でした。

・おまけ へそ
国領20160522_1

国領にある、今は誰も住まなくなったアパート兼商店の掲示板。へそに関するお知らせはここに貼ればいいのかな? 

ほしいものなんてどうせひとつだけだろ

「…何やってるの?」
「山芋をすってるんだ」
(興味ありげにこっちを見ている)
「…おい、ちょっとすり鉢押さえてろ」
「え?いいの?」(目を輝かせる)
「おう、ちょっと手伝え。…そうそう、しっかり押さえてろよ」

(子どもは何か言いたげにうずうずしている)
「…そのぐりぐりするヤツ、やってみたい」
「おう、そうか、じゃちょっとやってみろ」(山芋の方を渡す。自分はすり鉢を押さえる)
「…」
(うまくいかない)
「…まだちょっとする側は早かったな、貸しな。小学校上がったらまたすりすりさせてやるよ。」
「…うん」
「とりあえずすり鉢押さえてろ。しっかり押さえてろよ」
「うん!」


オレたちがほしいものって、煎じ詰めれば結局コレなんじゃないのか。
何かに興味をもつ。そのとき、否定せずにやらせてもらえる。否定されず受け入れてもらえる。
別に、子どもの頃だけの話じゃない。いくつになっても本質は変わらない。大人になって社会に出ても、結局求めているのはこの感覚なんじゃないの?

親父が山芋をすってる。はじめて見るすり鉢と山芋。ちょっと興味がある。そのときに、お手伝いさせてもらえる。「すり鉢を押さえる」という小さな役目であるが、参加させてもらえる。そのときに感じる、「受け入れられてる」という感覚。
たしかに、山芋を「する」側はうまくできなかった。でも、また今度やらせてもらえるって。早く大きくなりたいな。それに、「すり鉢を押さえる」って役目では、自分は必要とされてるんだ。…こういう気持ちが健全な心の有り様につながっていることは、誰もが実感してると思う。

もちろん、親が無理矢理子どもに強要するのはダメだ。何の興味も湧いてない習い事やお手伝いを、親が上から強制する。そうすることで、もしかしたら「技術」は早期から身に付くかもしれないが、でも「心」は育めない。『北風と太陽』の寓話を、ぼくはいつも頭の片隅に置いているんだけど、北風のように力任せにビュービューやったって、人は動かない。

ハイデガーは「わたし」と世界との関係を「被投的」と呼んだが、まさにその通りで、ぼくたちは生まれた瞬間、見知らぬ世界に、ふいに投げ出される。その不安感。違和感。阻害感。そのなかで、徐々に、世界との格闘を通して、われわれは世界とのつながりを獲得していく。決して平坦な道のりではない。阻害されることも多い。ぼくはライナスの毛布を手放せない人の気持ちがよくわかる。ライナスの毛布って、例の、幼児が手放せない安心毛布のことだ。あれは決して病気ではない。心のよりどころをもたないと戦えないくらい、世界は不安に満ちている。当たり前のような顔をして、当たり前のように生きていける人はそれでいい。でも、そんな人ばかりではない。

世界を不安がっているのは何も子どもばかりではない。何歳になったって不安なものは不安だ。何歳になったって世界と噛み合わない人もいる。誰だって、受け入れられたい。すでに受け入れられている人はいい。でも、そうじゃない人もいる。
そういうときに、受け入れる準備がこっちにあるのか。受け入れるハートを、こっちは持っているのか。「世界から受け入れられている」という感覚を、ぼくらは提供できるのか。もちろんすべての人を受け入れられるわけじゃないよ。ぼくらは神様でも仏様でもない。ごめん。でも、与えられる範囲で与えてもいいんじゃないか。きみだって誰かに受け入れてもらえたんだし。


新しい服がほしいとか、
おいしいものが食べたいとか、
お金とか。
そんなものはちっぽけなこと。本当にほしいものはちがうでしょーよ。

それ町15巻

ウチの近くに1000円自販機できまして。しかも住宅の真ん前。ふつう駅前とか、どっかの店舗の前でしょ?なのに新しくできた住宅の軒先にあるんだよ。
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…どんな住人なのか、これから見守ろうと思うわ。

駅前のお茶屋さんには小山ゆうが。
国領20150511_1

あずみ、とちゅうまでは読んでたんだけど、特に思い出せるエピソードがない。残念。

アジアン雑貨のあったところには、新しく美容院もできてた。
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青い壁が印象的。

・それ町15巻
気付いたら出てました、最新刊。
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今回は恋愛要素多めで胸が桃色酸っぱい感じです。最初の話は修学旅行。
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修学旅行の日、浅井がついに動きます。
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海老州さんのよくわからない反応に、浅井悩みます。
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しかし…。
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タッツンたち、いい人やな〜。
こういう人たちを敵にまわしてはいけません。敵にまわしてはいけないのは、「強い人」でも「怖い人」でもありません。「他人のためにがんばれる人」です。

その他エピソード。
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ちょっとヤンキー風味の西先生(モリアーキーに惚れてる先生)。ちょいヤン風味は魅力のひとつです。「ガラの悪いは七難かくす」と言いますし。(中島らもがそう言ってた)

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涼ちんVSユキコ。涼ちんキャラ立ちまくってるね。2年のときの歩鳥のキーパーソンが紺先輩なら、3年時は涼ちんなのかな。
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野生で何かを感じ取るユキコ。ユキコはエビちゃんのときも何かを感じ取ってましたね。

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コブ平の奥さんの高校時代。すばらしいです。

さて、紺先輩もいよいよ卒業です。
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第一志望には落ちたけど、どこかの大学にはひっかかったようで。紺先輩引越し準備をはじめます。
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…泣くよ。泣くって。今写真貼っただけでまた泣いたもん。

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最近ホント涙もろくて。「他人のことを思いやる」ってシチュエーションにホント弱い。年をとるってこういうことなのかな。(※わたしが「涙もろい」って話をするのは、「いい人に思われたい」アピールです)

さ、じっくり読み返そうっと。


・今日聞いてた曲



元筋肉少女帯の三柴理さんのピアノ。筋少だとここから「モーレツア太郎」に入るんだよね。啓蒙!してくれよ〜!
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