まじめになっちゃだめだ

そのほうがうまくいくんだ

日記

純喫茶ワンモア

ウチのねこがパソコンに飛び乗り「90おおおっっっっt」とかキーボード押してくれたんだけど、その後突然スリープ画面になる。どこ踏んだんだ。

・つぶしてもいいジーンズ
もうすぐ梅雨か…。いつも履いてる耳つきのデニムは扱いがめんどう、というか一手間かかるので、手間のかからない、手間を惜しんでも問題ない=テキトーに洗濯してテキトーに干しても痛痒を感じないようなレギュラー品のデニムを買うことに。

選んだのはビッグジョンのM1スタンダードテーパード。耳つきでないデニムを履くのは久しぶり。ワンウォッシュからスタートするのも久しぶりだ(いつもは糊つきからスタートする)。筆者はビッグジョンの「我が道を行く」ポリシーが大好きで、ビッグジョンって要するに「501を目指してない」のよね。デニムメーカーがどこもかしこもリーバイス501を真似ることに注力するなか、ビッグジョンは独自路線。そこがイイ。コンビニで言うとミニストップのようだ。わたくし通常は昔ながらの太いシルエットのデニムを履くんだけど、コイツはけっこう細身のテーパード。以前M1002レプリカを履いてたとき、少しテーパードしてるのがすごく履きやすくて。

しかしデニムメーカーって大変だろうな。デニムなんてそうそう買い替えるものでもないから、1本買ったら1〜2年持っちゃう。メーカー側からしてみたらその間はデニムを買ってもらえないわけだからね。丈夫にモノを作れば作るほど購入機会が減る…。どうなんだろね。


・純喫茶ワンモア
16:00までしかやってない喫茶店、平井駅近くの「ワンモア」へ行く。
ワンモア20170607_1

ワンモア20170607_2

蒸しタオルが熱々!注意。
で、フレンチトースト。
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レモンが載ってて、後がけのメープルシロップと調和してうまい。平日昼間なのに自分のような非サラリーマンで店内いっぱい。自分は落ち着く。

あと、葛飾区近隣の写真。
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どこで撮ったか失念。実際に使われたライフルの的のようだ。よく見ると銃創が。

向島20170515_2

とある神社の狛犬。デザインが日本ばなれしててよい。

見てません

おもしろい箇所があったので引用する。斉藤孝と富野由悠季の対談。

「襖や障子がなぜ成立しうるのかってことですよね。襖なんか簡単に開くし、障子の向こうの話し声なんか全部聞こえちゃう。つまり襖や障子が持っている機能というのは、人に規範を植えつけることなんですよ。その記号として襖や障子があるにすぎない。あんなものじゃ防音効果なんてないんだけど、障子の向こうの話し声は聞かないという規範を人の中に植えつけていたんです。それが日本独自の道徳や型、躾を生み出していったんだと思うんです。」

「例えば、昔は嫁入り道具のタンスに短冊にした和紙を結びつけました。カタカタと音がしないように。そのカタカタというのはつまり、セックスのときに鳴る音です。その音を聞かせないために和紙を結びつけた。そうすることによって、日本人はそこに結界を設定することができるんですね。聞かないふり、見ないふりをすることができる。それが様式として定着していくと、今度は美学が生まれます。新しいタンスの把手に美しくその紙を結びつけるようになる。そういうきれいなタンスを見るとああ新婚さんなんだ、おめでとうございます……ということになっていくんですよ。」

和紙を結びつけたぐらいでカタカタ音がなくなるかというと、なくなるわけはない。聞こえてくるにきまってる。でも、鳴ってないことにする。聞かないことにする。それが「学び」だよね、まず。
そして、それを「様式」として定着させていくことで、和紙の結びつけられたタンスを見たときに、

あそこでセックスが行われるんだ

というゲスな勘繰りではなくて、

新婚さんなんだ、おめでとうございます

というとらえ方ができるようになる。

ぶっちゃけトークがもてはやされる昨今、「王様ははだかだ」と指摘するのがかっこいいとされるような風潮もある。でも、和紙なんかくっつけたって意味ないじゃん!って正論は、どぎつすぎる。平穏に日々をすごしたい人にとっては。穏やかに生きていきたい人が、昔の、人と人とが狭い家に折り重なるように住むなかでなるたけ少しの我慢で済むように考えた人たちが、「見ない、触れない、指摘しない」という知恵を産んだ。それはとても尊いことのように思う。
もちろん、すべてに対して「見ない、触れない、指摘しない」というのは極端すぎるだろう。ブラック企業の例もあるとおり、企業の暴挙に振り回されているけど声を挙げられない、という人はいっぱいいると思う。暴挙に対しては声を挙げるべき。でも、生活のなかの小さな凹凸に、どうしたって凹凸はあるんだからさ、神経質にツッコミ入れるんじゃなくて、見えてるけど見ないよ、聞こえてるけど聞こえないよ、って態度で臨めるといいかなって思うけど。

うちのシドーにHP隠されました

糸井重里が何度か、われわれは1日のうちの半分以上は「生活人」なんですよ、というようなことを言っていて。
仕事したり勉強したり、場合によっては恋愛なんかもそうかもしれないけど、夢中になってるとそれが人生のすべてであるかのようについ思っちゃう。だから「仕事人間」なんてことばも生まれちゃう。でもどんなに何かに入れ込んだってやっぱりごはん食べるし、作るし、片付けるし、それにお風呂も入るし、寝るし。地味で代わり映えのないことかもしれないにしてもやっぱり「生活」ってのが生きるベースキャンプで、そういう「生活」を、質の高いものにしていく、と言っちゃうとすぐ「お金かける」方に話がいきがちなんだけどそうじゃなくて、お金かけなくてもいいから工夫して楽しいものにしていく、ってことが、生きるうえで、身体的にも精神的にも安定していくことにつながるんじゃないかな、と。ここまで枕。

さて、ウチの生活。

ねこ433

しっぽでHP見えなくされたので、ピンチかどうかがわかりません。このあとサマル死にました。南無三。

・google analytics
先日グーグルアナリティクス使う機会があって、せっかくなんでExcel四十八手のアクセス数を知れるようにしたのよ。
使えるようにしてすぐは「1日」とか「1週間」の集計は出せないんだけど、リアルタイムで見てる人の数も出てて。その数4人。
…超うれしい。
4人のうち1人は自分なんだけどさ、でも世界で3人もExcel四十八手見てくれてる人がいるってことに感動。そして、こういう気持ちを忘れないようにすることが大事。

・twitter
勢いあまってtwitterはじめたんですよ。リンクの貼り方がよくわからんので興味があったら「森田表計算」@moritahyoukeisaで検索してみても。
『データを集める技術』って本読んでたらtwitterとのデータ連携の仕方がでていて、それでアカウント作る必要があり、それで。こういう経緯なのでおそらく気が向いたときしかtwitter発信しないでしょう。(このブログも放置気味なことからおわかりでしょうが、)

・ハイ、ねこ
ねこ435

もっとかまえ!あたしをもっとかまえ!仕事行ってる場合じゃないニャ!

…うん、しょうがないよ、キミのちゅーる代も稼がないといけないし。

ねこ434

写真撮るならかわいく撮ってニャ。

ねこ436

うん、ぼやけてる。

世の中ツッコミが多すぎる

本自体は未読なので申し訳ないのだが(と前置きした上で)、最近考えていたこと。



「楽な位置からツッコミをするのは「もう退屈」」、と。「楽な位置」ってのはつまり、自分は傷つかない場所、批評されない場所のことだ。そこから他人を攻撃、と言ったら言い過ぎかもしれないけれど、鋭く指摘をする。でも、それもう飽きたよ、って話。

※本筋とは違うが、このインタビューのなかで「勃起感」に言及してることは注目に値する。ここで言う「勃起感」とは、『ゴールデンカムイ』の「勃起」と同じ意味だろう。

関連して記事をもうひとつ。



上記本の書評なのだが、すごく気持ちが入った文章で、かと言って世の「ツッコミ過多」な状況に怒るというのでもなく、ただただ自分のなかで「気付き」がうまれて、それをゆっくり咀嚼しようとしてるんだな、と感じられて、氏の人柄が偲ばれるとともにとても共感できた。

※こちらも本筋とは違うのだが、「くりかえし裏返された裏声で地声をつくるくるくる狂う」は名句だな、と思う。

※タチ/ネコの話に関連して、「プレイのハードルを上げるのはM」という話をみうらじゅんがしていたことを思い出す。SMのSはサービスのS。


以上を踏まえて。

・クールなツッコミ VS 傷だらけの人生

ツッコむこと自体が問題なわけじゃない。どっちかと言うと問題なのは「安全な場所から攻撃してる」という卑怯な感じというか、小賢しさというか。誰かがバカなことやって、自分はそれを俯瞰してツッコんでいれば、自分は汚れないし、傷つかない。でもそればっかりやっていたら、「泥にまみれるカッコよさ」とか「汗と涙と鼻水たらしてがんばってるカッコよさ」には絶対到達できない。

・東浩紀のポジション

かつて東浩紀が「自分は状況から少し距離を取って俯瞰していたい。その場所からずっと批評していたい」という趣旨のことを言ってて、ああ、まさに上の「ツッコミ」と同じポジションだな、と。世代的なものなのか(ぼくより年上だけど)、さかのぼれば親世代の教育のせいなのかわからないけど、東の姿勢に大塚英志がとにかく激怒していたことを思い出す(『リアルのゆくえ』)。まあこれはすごく極端な発言だけど、でも現代の人々の生きる態度を代弁してるように思う。
それに対して大塚は、(しどろもどろになってはいたがぼくなりに要約すると)お前の考えはないの?もっとお前の生きざまを見せてみろよ、ってことだと思う。それが『リアルのゆくえ』でのバトルの根っこ。
この2つを結びつけて。他人にツッコむのもいいが、他人からツッコまれる人生だってあるだろうよ、それが人間だろうよ、と。「ツッコまれる」ってことは、少なくとも「行動してる」ってこと。間違ったり失敗したりすることもあるかもしれないけど、かっこ悪くてもダメでもいいから自分がのたうちまわっているところを示すのが「生きる」ってことだし、そういうのを見せることが次の世代につながっていくんじゃないの?

・川淵三郎は最高のボケ

そういう意味では、Jリーグ元チェアマンの川淵三郎はワールドクラスの「ボケ」だ。だって「Jリーグ100年構想」だよ?Jリーグを100年持続させ地域に根付かせて、プロサッカー選手の地位向上というレベルの話だけでなく、地域のサポーターたちみんなが、休日はスポーツクラブで汗を流し、地元のクラブを応援する。そういうスポーツ文化を日本に構築するんだ、なんて、ふつうに学校行ってふつうに就職してる人には絶対思いつかない。はっきり言って夢物語。でもこの「大ボケ」が、例えば鹿島市全体をやる気にさせ、最初期は「お荷物候補」なんて呼ばれてたのに今ではアントラーズは強豪クラブに、サポーターの支援の仕方でも地域密着の仕方でもJ屈指の名クラブとなりリーグの成功例となっている。人材面でもそう。岡ちゃんは川淵三郎の「大ボケ」で「やったろうやないか」と発起した人のひとり。岡ちゃんだけでなく、J創設期の人たちは川淵三郎から勇気をもらっていたわけだ。こうして、川淵三郎のボケは人を大きく巻き込んでいく。
孫正義とか松下幸之助だって似たような側面はあるよね。こういう人たちは結局、誰かに夢を与えたり元気にしたりする「活力」を産み出してるわけだけど、こういう活力は「批評する」側からは出ない。

・ボケが世界を変える

まあもちろん川淵三郎が全員をハッピーにしたわけではないと思う。振り回されちゃった人もいると思う。それは孫正義や松下幸之助も同様。だけど、「誰かが賭けてみたくなる、行動したくなる」って状態は、やっぱり「ボケる」側じゃないと産み出せないんじゃないかな、と。ツッコミはせいぜい1人の人しか変えられない。だけどボケは100人、1000人の人に伝わっていく。じゃあやっぱ、人を幸せにできるのって「ボケ」なんじゃないの?

欽ちゃん名言集

欽ちゃんのことはずっと気にかかっていた。特に「弟子入りを志願する者が来ると、「正しい箸の持ち方をしていることは親の躾(しつけ)を素直に受け入れている証拠であり、その素直さが成長には不可欠である」という信念から箸の持ち方を見るためにまずは食事に連れて行く」というエピソードはすごく引っかかっていた。今回欽ちゃんの著書『ダメなときほど運はたまる』を読んでみたので、いくつか抜粋する。萩本欽一名言集。



・「はじめに」から

だれにでも運と不運は平等にきます。だから今がついていない時期なら、そのあと幸運な時期がきっとくるはずです。不運の度合いが大きければ大きいほど、これからやってくる運も大きくなるの。だからつらくても「今は運をためてる時期なんだ」と思って耐えていれば、いつか状況は変わっていきます。運の神様は、そうそう一人の人間ばかりいじめません。


世間の人から「かわいそうな生い立ちね」と言われる人は、僕から言わせればすごくラッキー。こういう人は、自分の境遇を恨まず、ごくふつうに生活を送っているだけで、必ず幸運がやってくるんです。

その代わり、今目の前にある現実を嘆いたり、親を罵ったり、不平不満を言うたびに運はだんだんと消えていきます。


・向いていない場所に運がある


・不運なときに運は芽生える


つらいことに不満を持ったり悩んでばかりいると、運が育たないの。辛抱って「つらいことを抱く」って書きますよね。夢でつらさを包んで、我慢することが大事なんです。


・向いていないところにこそ運がある


自分には何が向いているか、本当にわかっている人って少ないと思います。職業だって自分が好きなことが自分に向いているとは限らないし、その人に向いていることは他人から見たほうがよくわかるんです。


「坊やはね、リズム感がないの。ふつうは二、三週間練習すれば踊れるんだけど、坊やは本当に才能がないねえ」

せりふも言えない、踊りもできない僕はまるっきりコメディアンの才能がないって、最初の数ヵ月でわかっちゃった。みんなと同じことをやっても、一歩どころか三歩ぐらい遅れちゃう。だったら五歩ぐらい遅れたところに下がって努力すれば、なんとか追いつけるんじゃないかな。そう思って練習したんです。リズム感をつけるためにドラムの練習を始めたり、自分の出番がないお芝居でも、先輩の稽古をずっと見ていたり。

そうしたらね、劇場のバンドマスターに「お前、ドラマーにならないか?」と誘われるくらいドラムの腕もあがったし、主役が病気で降板した舞台に代役で抜擢されるようになったんです。

テレビに出るようになってからも、いちばん向いていない司会の仕事をしたら、「新しい司会者だ」なんて言われちゃった。僕、コント55号ではツッコミ担当だったでしょ。アドリブでツッコミを入れてばっかりいるから、進行なんてできないよね。そのうち段取りもめちゃくちゃになって、「はい、次のチームは……だれだっけ?」って言ったら、それがやけにウケちゃったんです。

今考えると、向いていなかったことがよかったんだと思います。もし最初からうまくできて「俺はコメディアンに向いている」とか「司会だってできるんだぞ」なんて思ってたら、天狗になって成功しなかった気がするの。だから、向いていない場所にこそ、運は落ちているって思います。


・失敗は運の定期預金


・ライバルが運をもってくる


ライバルって大事ですよ。僕にもたった一人、生涯のライバルがいます。一緒にコント55号をやっていた坂上二郎さん。もうね、最初に二郎さんを見たときから「最強のライバルだ」と思いましたね。


・怖い人には近寄っていけ


作家で東宝の重役でもあった菊田一夫さんに、初めて会ったときもそう。

「先生は怒ると怖いぞ、灰皿を投げるんだぞ」

という噂が飛び交っていて、菊田さんがくるとみんな正座して壁にへばりついてるの。それで僕、菊田さんが座ったテーブルの前に歩いていって、こう言ったんです。

「おはようございます。僕、萩本欽一と言います。先生は怖いんですってね」

菊田さんは、へへへっと笑っているだけ。

「先生の怖さを日本中で知らない人はいません。でもね、僕は怒られるとパニックになって、なにもできなくなっちゃうんです。だから、怒らないでね」

そう言ったら菊田さん、笑顔のままこう言ってくれました。

「へ~え、なにもできなくなっちゃうの?じゃあもう僕、怒らない。とくに欽ちゃんのことは怒らないよ」

本当にまったく怒られませんでした。だからね、怖い人がいたら思いきって懐に飛び込んでいったほうがいいんです。



・運の神様はすぐそばにいる


コメディアンの修行を始めて三ヵ月ぐらい経ったころ、クビになりかけたんです。あまりに僕の出来が悪いもんで、演出家の緑川先生にこう言われちゃったんです。

「あのなあ、コメディアンをこれまでたくさん見てきたけど、早い奴なら一週間もするとコメディアンらしい雰囲気をみせる。遅い奴でも一ヵ月やっていれば、コメディアンらしい笑いのセンスが身につくものなんだ。珍しいよ、お前は。三ヵ月経ってもコメディアンの気配も漂ってこないもんな。やめるなら早いほうがいい。お前はコメディアンに向かないと思う」

情けないことに、僕は納得しちゃいました。

「はい、自分でも無理な気がします。今月いっぱいでやめることにします」

そう答えて、コメディアンの座長格で僕の師匠でもあった池信一さんに報告しに行ったんです。池さん、僕が話し終わると聞きました。

「で、お前自身の気持ちはどうなんだ?本当にやめたいのか?」

「僕はもうちょっと……あと二ヵ月とか三ヵ月とかやってから決めたいんですけど……」

「そうか、ほんとはお前、やめたくないんだな?よし、じゃあここで待ってろ」

池さん、バ~ッと走っていったと思ったら、五分もしないうちに戻ってきて、

「お前、続けてろ!」

それだけ言ってまたどっかへ行っちゃいました。あとで緑川先生から聞いた話では、池さんはこうかけあってくれたんですって。

「あいつをクビにしないでくれ!才能はないけど『はい~っ』ってあんなに気持ちのいい返事をする奴はいない。だからあの返事だけでここに置いてやってくれ」

池さんの話をしてくれたあと、緑川先生はこう言ってくれました。

「この世界で大事なのは、うまいとかへたじゃない。お前のようなドンケツを、劇場のトップが『やめさせないでくれ!』って言ってきた。こういうのが芸の世界では大事なんだ。あいつを応援したい、助けたいって師匠に思わせたんだから、お前きっと一人前になるよ。一人でも応援してくれる人がいたらやめるな。生涯やめるんじゃないぞ!」


・ダメな子ほど運がたまる


小さいときからずっといい子だと、けっこうつまらない大人になるんです。

親が「いい子」を期待していることがわかると、子供はいい子を演じるようになります。叱られるようなことをしないのが「いい子」だと勘違いして、無難なことしかしない子になっちゃうの。

こういう子が大学へ行くようになると、「卒業したら仕事をして家庭を持って、なんとなく楽しく暮らす」みたいなことしか考えない。失敗することを恐れるから冒険しないし、なにごとも自分から積極的にしようとしない。今の若者を見ていると、こういう人が多いような気がします。外へでて人とつき合っていくのが下手ですね、みんな。

たとえば会社に入って先輩や上司から仕事を教わるとき、ちょっとでも「ダメな新人」扱いされると、ものすごくショックを受けちゃう。「あなたはダメなんですよ」と言われることに慣れてないから、言った人に対して異常なほど怒ったり、恨んだりしちゃう。これじゃあ運はたまらないね。

その点「ダメな子」から出発すると、大人になるころにはずいぶん運がたまってます。「お前はダメだな」といわれるたびに自動的に運は貯金されていくし、周囲から期待されないと野放し状態でどんどん行動するから、実践でものごとを学べる。発想だって豊かになっちゃう。

「ダメ」という出発点からスタートすると、少し努力しただけでぐんと伸びるんです。基準点が低く設定されてる分、ちょっと伸びただけでも誉められやすい。

それに、どうして自分はダメなんだろう、どこが悪いんだろうって考える力も育つし、考えたことをやってみると苦手だったことができるようになったり、人とのつき合い方がうまくなったりします。ダメな子ってある意味、優等生より得なんです。


・欠点から運が生まれる


ふつうの人は、自分の欠点を隠そうとするでしょ?それどころか自分の欠点に気がつかない人だっているよね。

でもスターになる人は、ちゃんと自分の欠点を自覚して、それをなんとか克服しようと思って闘っているんです。あるいは欠点を活かす方法を考えてますね。自分のいやなところとちゃんと向き合ってるから、恥ずかしいなんて思わず、人にも素直に告白できちゃう。

運の神様はこういう人が好きだから、欠点を長所にしてくれます。のちのちまで名前が残る大スターには、欠点がある種の味になって人もけっこういるんです。



これはスターに限ったことじゃないの。小さいときからなんでもできる子がそのまま大人になっても、意外と評価されません。優等生て、あんまり個性がないでしょ?でも、欠点のある人がそれを克服しようと思って試行錯誤していると、それが個性として伸びていくから、独特のキャラクターが生まれるんですね。

僕はアドリブが得意と思われているけれど、それも欠点から生まれたの。極端なあがり症だったから、決められたセリフがあると緊張しちゃってぜんぜん言えない。だからアドリブでその場をしのぐしかなかったんです。

自分のラジオ番組『欽ちゃんのドンといってみよう!!』(ニッポン放送)を始めるとき、リスナーからのハガキを読むことにしたのもそう。コント55号時代、「坂上二郎には芸があるので残るだろうが、萩本欽一は芸がないので残らないだろう」って活字に書かれたことがショックでね。そうか、僕には芸がないのか、それなら一人でなにかやるときは「芸」とは関係ないもので勝負すればいいやと思ったの。


・神様は性格のいい人に味方する


僕が初めて関根(勤)に会ったとき、もう彼はデビューしていたんですけど、ぜんぜん売れてなかったの。

だからといってやさしくすると関根の運がつかないから、『欽ちゃんのドンとやってみよう!』で、ちょっと損な役回りをしてもらいました。リハーサルのとき僕の代役をやってもらったんです。自分でやってると、他の出演者に的確な指示が出せないでしょ。だから僕の役を関根にやらせて、出演者に「ここはこうしたほうがいい」と言ったり、ときには怒ったりもしてたんです。

関根にとっては、なんの得にもなりませんよね。僕は関根には指示を出さないし、直接教えることもしなかったから。でもね、関根はなんの文句も言わずこの役をこなしながら、しっかり勉強してたんです。

のちに関根がこう言うのを聞いて、びっくりしました。

「大将は、僕になにも教えてくれなかったけど、『欽ドン』のリハーサルで代役をやらせてもらったことが最高に役に立ったんです。大将が他の人に言うことを聞いてたら、大将の考えがす~っと頭に入ってきた。自分が言われたんじゃなく、他人に言うことを傍で聞いていたから冷静に受けとめられたんだと思う。それが僕の芸になったんです。」

関根ってすごく素直だし、性格がいいよね。ふつうなら「僕にはなんにも教えてくれない」って思いそうなのに、それを逆に自分のチャンスにして勉強してた。

はしのえみちゃんもそう。女優は叱りながら育てると顔が厳しくなりそうだし、えみはかわいいからそのままでいいやと思って、なんにも教えなかったの。でも、いつの間にか大事なことを覚えて、ちゃんとお芝居してるんだよね。

僕、不思議に思って聞いたことがあるの。

「そういうお芝居、どこで覚えたの?」

そうしたら、こう言ってました。

「大将が男の子たちにいろいろ言うのを聞いてて、覚えたんです。大将は私のことはぜんぜん怒らない代わりに、なんにも教えてくれなかったでしょ。だからすごく楽でしたよ。横から見てると客観的に見えるから、大将の教えたいことがよくわかったんです」

えみちゃんも「自分だけ教えてもらえない。無視されてるのかな。向いてないのかな」なんてスネずに、僕が他の人に言うことを一生懸命聞いて育っていったの。こういう子を「性格がいい」って言うんですよね。

自分が置かれている状況を前向きにとらえて努力している人を、運の神様は見逃さないんです。


・いじめられっ子にはどでかい運がくる


才能がない子でも、運の神様が「スーパースター」の座を用意しておいてくれる場合があります。たとえばいじめられてる子に、運の神様はやさしい。いちばんつらいときには声をかけてくれないかもしれないけれど、その子がつらい状況をバネにして頑張っていれば、必ず道を開いてくれます。

だから「いじめられてるな」と思ったら、「ラッキー!今、大きな運がたまってるんだ」と思ったほうがいい。

いじめってひどいよ。いじめをするやつって最低!そんな奴には、悪運がまとめてくるに違いない。みんなそう思わない?

そう思うと発想が逆転しますよ。つまりいじめてる奴って、かわいそうな人間なの。自分から運に見放されるようなことをしてるんですから。反対に、いじめられている人には必ずいい運がやってくるんだから、つらくてもこう思っていればいいんです。

「残念だね、僕をいじめてる奴ら。あいつらはこれからの人生、ぜんぜんいいことないよ。今つらい目にあってる僕には、大きな運がたまってるから、そのうちラッキーなことばっかりくるんだ」

気をつけてほしいのは、自分をいじめている人を恨んじゃうといけないってこと。逆転の発想をすれば、その人たちはあなたに運を授けてくれる人なわけだから、「仕返ししよう」と思うのもダメ。むしろ感謝するほうがいいの。たとえば女の子だったら、

「今まで人に意地悪されてばっかりの不幸せな生活だったから、もうすぐきっといいことがある。すごく素敵な人と結婚できるかもしれない。ふつうに生活してる人には体験できないほど幸せになれちゃうんじゃないかな。もしそうなったら、今まで私を不幸にしてくれた人のおかげかもしれない」

とかね。

現実を考えるとつらいだけのときは、無理矢理にでも明るい未来を考えているのがいいの。いつかきっと不運から抜け出せるときはくるから。


・貧しさのなかに夢と運がある


・人に気をまわすと運が巡ってくる


・つらいときこそ人を見る目が育つ


・仕返しすると運は消えていく


・がっつくと運が逃げていく


・お金は汗水たらして稼ぐもの


楽をして手に入れたお金は身につきません。ましてやなにもしないのに大金をもらったら確実に運が落ちちゃう。お金ってやっぱり、汗水たらして稼ぐものなんです。


・運に運を重ねると不運になる


エアコンのコマーシャルは、毎年ハワイで撮影していました。

「萩本さん、CM撮影はお正月のハワイでやりましょう」

コマーシャルをつくる人たちはこう提案してくれるわけ。お正月にハワイで休暇をとって、そのついでに一日だけ仕事をしましょうって。一緒に仕事をする人が気遣ってくれるとうれしいよね、僕だって。

でもダメなの。こういうことをすると仕事はきっと失敗する。もし仕事がうまくいったら、ハワイから帰ってくる飛行機が落ちちゃう。

遊びの運と仕事の運、いいことを二つ重ねたら悪い運がついてきます。「得」に「得」を重ねちゃダメ。「得」には「我慢」を重ねないと運が下降線をたどっちゃう。

それで僕は、こう返事したんです。

「いや、お正月に行くと、休みのついでに仕事することになるからそれはやめたい。12月26日に出発して、年が明ける前に帰ってきましょう」

世間の人から見れば、「もったいない!」と思うかもしれませんね。でも僕に言わせれば、お正月のハワイで仕事をして、自分の仕事運を台無しにするほうがもったいないの。だから毎年、大晦日に帰国してました。


・過分なご褒美をもらわない


・会議に余分な時間を使わない


・引いていく潮には逆らわない


僕の経験から言えば、でっかい運はせいぜい五年しかもちません。ぶわ~っと盛り上がった運も、五年ぐらい経つとす~っと消えていく。運は、潮の満ち引きに似てるんです。


引き際のタイミングを逃すと人間がずるくなる気もしたし、大事な人がみんな離れていっちゃうかもしれない。だから、じたばたしないでここは潮に流されよう、と思ったの。大きな波で沖まで流されたら、大きな波に乗って戻ってこられるんですから。その波に乗って一から出直せば、新しい運がきっとついてきます。


・人と違う行動に運がくる


・人のつき合いは損から入る


ほとんどの人は「損をしたくない」と思って生きてますよね。だけど、そういう生き方をしていると、自分でも気がつかないうちにずるくなったり、意地悪になったりしやすいと思うの。

だって今の世の中がそうでしょ?みんなで得をしましょう、損をしたい人は勝手に苦労してなさいっていう仕組みになってますよね。幸運もお金も人のあいだをぐるぐるまわってるんだから、すべての人が一緒に得をするなんてあり得ないんですよ。

幸せになりたいと思うなら、進んで損をしたほうがいいの。人とつき合うときは、率先して損な役回りをすると、だれかが幸運をもってきてくれます。自分のために損をしてくれた人がいたら、うれしくなるでしょ。だから人間関係が円滑になるし、一緒に仕事をするときも信頼関係が早く結べるんです。


・運をつかむには言葉を磨け


・運は言葉で変化する


いい運を引き寄せるには、言葉がとっても大事なんです。運がたまっているときも、言葉の使い方を間違えるとス~ッと運は消えていきます。運の神様が嫌うのは否定の言葉。「ノー」より「イエス」に運があるの。

「君、ちょっとこの仕事やってくれないか?」

と言われたとき、「いやです!」なって言うと、運はそのとたんに消えますね。この言い方だとパッと消えちゃう。いやだな、と思うことは、積極的にやると運がついてくるんです。


・恨みごとを言うと運は逃げていく


小堺一機なんかね、ものすごいあがり症で、初めて番組にだしたとき震えてめちゃくちゃになっちゃったの。それで僕、番組が終わったあと小堺にこう言いました。

「俺、あがる奴って好きだよ」

ほんとは”ばっかやろ~、なにあがってんだよ”っていうのが正直な気持ちだったの。でもね、同時に若いころの自分と似てるなとも感じたんですよ。あがり症で震えちゃう子。こういう子には、「ダメじゃないか!」って怒ったり、笑いながら「あんなにがたがた震えてたんじゃ放送できねえよ」ってギャグにしちゃいけない。いい言葉をかけてあげたほうがいいの。小堺はすごく素直な子だし、将来きっと有名になるって思ったから、励みになるような言葉を伝えたかったんだよね。


・家族は運でバランスを保つ


でっかい運を一人占めすると、家族に不運がきます。

家族の運のバランスは常に気にかけたほうがいいよ。


・結婚は運の足し算だ


・親を見れば子供の運がわかる


・使えなかった運を子供にまわす


以上ここまで。
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