2008年09月12日

秋アニメゆるゆる

『立喰師列伝』『ダンボ』『シンデレラ』

立喰師列伝『立喰師列伝』
2006年 監督:押井守。 最後まで楽しみ方がわからないまま、ボンヤリと終わってしまった。「押井監督にとっての立喰師」というバックボーンを知ってこそ楽しめるものなのかも知れないけれども、なにしろ、そういった「一見さんお断り」的なアプローチがひたすら排他的で居心地の悪い映画だった。「常連さん」には楽しめるはずの仕掛けも、僕には気づくことさえも出来ない。そーいった“事前の知識”無しで楽しもうとはしたわけなのだけれども、「立喰師」というモチーフがそもそも面白くないし。戦後の日本史の中に「立喰師」を埋め込んでいく“嘘ドキュメンタリー”として懸命に面白がろうとしても、その構造が浅い。例えば、「立喰師」が何かのメタファーであるかと言えばそうでもなく、しかも、個々の「立喰師」のエピソードが独立したオムニバスなので“構造の美学”みたいなものもない。登場する「立喰師」が結局は歴史の中に埋没して消えていくという安易なエピソードの連なりが「全体の主題不在の場当たり発想」に思えて、ムカムカする。そうそう、ウディ・アレンの『泥棒野郎』や『カメレオンマン』が問答無用で叩きつける構造美や娯楽性はない。娯楽性の不足を埋める小ネタが、それはもう全然面白くなくて、僕は最後までクスリとも笑えなかった。力道山の試合報道で“シャープ兄弟”の写真が犬になっていたりして、それのどこを笑えばいいのかわからないでしょ? 監督の熱烈なファンが「押井さんたら、もう!」なんつってクスクスと笑ってあげるような、「常連さん」のオフ会みたいな構造が作者と観客の関係に要求されるのだとしたら、それは随分と怠惰で傲慢なアプローチだし、資源の無駄遣いってなもんだ。僕の時間も返して欲しいぞ。 ちょっと面倒くさい表現の言葉が洪水のように連ねられる演出それ自体は悪いものじゃないと思うし、「スーパーライブメーション」というデジタル写真の3D化も僕的にはありだと思う。

ダンボ『ダンボ』
1941年 監督:ベン・シャープスティーン。 思うところあって、ディズニーアニメを観ている。 本作のストーリーは思いっ切りシンプル。「生まれつきの身体的特徴によって迫害された小象が、最後は身体の特殊性を活かして特権を得る」ってなもんで、『醜いアヒルの子』と構造が似ている。一言で言い終えてしまえるシンプルなストーリーの行間を埋めるエピソードが凄かった。まず、ダンボとその母:ジャンボを迫害するサーカスの像達が皆「オバチャン」だというのが凄い。噂好きで排他的で差別的。でも、彼女達の芸は一流だ。 それから、ダンボの飛行に加担するカラス達の歌が凄い。ジャズとゴスペルをミックスしたテイストの楽曲&表現で、完全に「黒人」なんだよ。ジャズの「下品さ」や「不良っぽさ」「危うさ」が強調されているような出来栄え。41年製作のディズニー映画で黒人っぽさをダイレクトに強調するのって、どういう意味なんだろう? 2008年の僕の耳にはたまらなくかっこいいんだけどね。 それから、凄いのは有名なサイケシーン。酔っ払ったダンボが観る幻影の「ピンク・エレファント」な。あれ、ヤバい。子供に見せたくないと思ったもん。トリップ感云々でなく、目玉の無い像の表現がトラウマになりそうじゃん。表現のベクトルが明朗じゃないんだよね。暗黒的なの。また、本作の舞台がサーカスというショービジネスであるという点も暗黒的な印象を深める。 そんなこんなで“ダークな色彩”を感じさせる映画だった。 ところで、ダンボって他者依存しすぎじゃね? 運が良かっただけで、努力が足りない。最後まで「赤ちゃん」のままだしさ。赤ちゃんと言えば・・・、コウノトリが各々の動物に赤ん坊を運ぶシーンが感動的だった。


シンデレラ『シンデレラ』
1950年 監督:ウィルフレッド・ジャクソン、ハミルトン・ラスケ、クライド・ジェロニミ。 これも、超シンプルなストーリー。「継母と義理の姉達に迫害された少女が妖精の力を借りて玉の輿に乗る」、と。 で、やはり、本作も、20秒で説明が終わってしまうストーリーの行間を新しい発想で埋めていく構造。 ネズミを中心としたシンデレラの「友達」のエピソードは、僕的には淡かったなぁ。強引に時間稼ぎをしたり、最終局面でサスペンスを生み出すための“仕掛け”としてだけ機能していた、って感じ。性悪な猫のルシファーを「敵」だと明確に認識できて、怒りを集中できたという意味で気分が盛り上がる効果はあったかも知れない。 むしろ、気分を最大限に集中した対象は継母の意地悪さと、2人の姉の不細工さ。もう、素直に純粋に「憎い」と思えちゃう。「だから、ブスは嫌なんだよ」ぐらいの気持ちになっちゃう。世界中の時代を超えた全ての観客が感じるに違いない「その3人への憎悪」が集積されて、その「念」が妖精を呼び寄せ、「奇跡」を起こしたに違いない。だって、妖精が登場する必然が全く描かれていないもんねぇ。一応、「信じれば夢はかなう」という大テーマがあるのだけれども、シンデレラの場合、苦労はしていたけれども、夢をかなえるための努力はしていないし、夢を具体的に描いていたようにも見えず、妖精の善意に救われただけなんだもの(あれ、つまりは「リセット願望」のイメージだよね!)。 ところで、魔法にかかってからのドレスアップしたシンデレラ、リーゼント型の髪型が変じゃないかぁ? 虐げられている時の“下ろした髪型”の方が魅力的だと思うぞ。リーゼントヘアは老けて見えるし、「あ、こいつ、権力の座についたら、女帝になるに違いない!」なんて予感をさせる。 ところで、王子が住むお城は、ディズニーランドのパブリシティでよく見るアレと同じシルエットなのね! って、当たり前?




majine at 10:34│Comments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote 映画 

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