2007年10月15日

『デスパレートな妻たち」に見るアメリカの人種問題

『デスパレートな妻たち』では、人種問題は前面には出てきていません。しかし、やっぱり垣間見えてしまうのが、このアメリカならではの問題です。

基本的に、このドラマの舞台となっているような郊外の住宅地は、白人中流階級の世界です。かといって、白人だけを登場させるのは、ポリティカリー・コレクト(政治的に正しい)ではないので、シーズン2には、ベティという母親と息子2人の黒人一家が登場してきました。

でも、この一家は物語の中ですっかり浮いていて、なんだか無理して黒人を登場させたみたいな感じが、よけいに、アメリカの人種間の壁みたいなものを感じさせました。

東洋系では、やはりシーズン2で、中国人のシャオメイという女の子が、メイド役(その後、代理母役)で出てきました。彼女の役柄は、どちらかというとコミカルな味付けで、それも彼女自身がユーモアがあるとかいうのではなく、彼女の言動自体がコミカルに描かれているのです。

この「本人真面目だけどコミカル」というのは、『ティファニーで朝食を』で、ヘップバーンの隣人だった日本人男性の描き方と共通してますね。

東洋人というのは、白人の目から見ると、どこかこっけいな感じがするのでしょうか。白人と同様の喜怒哀楽を持った人間としては描かれないという傾向があるように思えます。(女性で容姿が良い場合は、ちょっと特別扱いですが。)

一方、主役4人の1人であるガブリエルと(元?)夫カルロスはメキシコ人。人種で言うと、中南米のラテン系で、ヒスパニックというカテゴリーに入ります。

でも、カルロスは金持ちだったし、ガブリエルは元一流モデルという美人ですから、普段はマイノリティであることなど意識する必要もないほど恵まれている人たちです。

しかし、シーズン3の最後の方にきて、ガブリエルがマイノリティである自分を意識させられる部分がありました。

(このパラ、ネタばれです。)市長と再婚して玉の輿に乗ったと思われた直後、新しい夫が自分と結婚したのは、「ヒスパニック系の票を取れる」という政治的な下心があったこと知り、ロマンチック・ラブの幻想が一挙に崩れてしまったのです。

アメリカは表向き多民族国家です。しかし、マジョリティである白人が喜怒哀楽を共にする友人はやはり白人、せいぜい恵まれたヒスパニックであるというドラマの人間関係が、あながち現実とかけ離れているとは思えません。

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