俺の家庭は、バブル崩壊と共に見捨てられた妾母子家庭で、生活費を稼ぐために、俺は10歳から大人に幼い身体を売っていた。最初はオヤジに悪戯され尻穴までホジられたが、その後はおばさん達に、射精しないチ○ポを散々喰べられた。
 俺は中学生になった。それでも俺の身体を求める大人が残っていた。中学になると急に勉強が難しくなり、学校も終わる時間が遅くなった。俺の客は相変わらず8人だったが、小学校から続く6人と新規の2人と言う内容だった。俺は、新規の2人のうちで、今までで最年少の25歳の真美さんに恋をした。真美さんに買われるのが楽しみだった。客が俺を買うのは月に2回くらいだったので、俺は週3〜4回SEXしていたことになる。小学生の時とは違ってスナックの二階だけでなくラブホテルやモーテルに連れ込まれることが多くなっていた。従ってシャワーを浴びた後のSEXになるのでクンニを覚えさせられた。
 客の素性は俺には一切知らされていなかったが、俺が恋に落ちた真美さんは知的で聡明な女性だった。真美さんは、一回り年下の俺にとても優しく、他の女性がするようなチ○ポ苛めはしなかった。

 中1の秋、俺は憧れの真美さんを抱いていた。他の女性は早く逝かせようと激しいSEXをしたが、真美さんとは少しでも長く交わっていたかったのであまり激しくしなかった。真美さんとするときは前戯のクンニで一度真美さんに逝ってもらっていた。それからゆっくり交わるのが恒例だった。しかしその日の俺は、とても気持ちが良くて自然と腰が動いた。真美さんも、
「あん、ああん、ステキよボクちゃん」
と俺にしがみついていた。すると俺の膝から内股にかけてザワーっと何かがうごめいた。そして脳天を突き抜けるような快感と共にチ○ポの辺りが痺れて、俺のチ○ポから何かが噴き出た。
「ええっ!ちょっと待って。ボクちゃん名に出たの?まさか精液出たの?」
「真美さん、何か出ました。」
「ボクちゃん射精したのよ。ちょっと、やだー。どうしよう。」
真美さんは泣きそうな顔をした。チ○ポを抜くと、ダラダラダラーっと大量の精液が真美さんの膣口から流れ出た。
 真美さんとのSEXはこれが最後だった。この4年後、母が亡くなる直前に俺に打ち明けた。実は真美さんは新婚さんで、旦那が15歳年上で欲求不満から逆に年下の俺とSEXしていたそうだ。俺の初めての射精が中出しとなってしまったため、真美さんは急遽旦那にも中出しをさせた結果妊娠に至ったが、俺と真美さんと生まれた子供の血液型が一緒なので父親がどっちかは不明だったそうだ。

 俺が射精した話を聞いた客の女性たちは、こぞって俺の射精を見たがって、毎日のように予約が入った。そして、何人かの女性に、目の前で自分で擦って射精する、いわゆるオナニーをさせられた。
「うわー。13歳の男の子のオナニーすごーい。子供のオチ○チ○から精液が出てるー。」
と言いながら、ビデオカメラに録画していた30歳の孝子さんは、一番スケベな女性だった。射精した後もう一度立たせて、スキンを被せてSEXするのだ。一度出しているので長持ちするのだ。
 射精を経験した俺は、SEXの仕方が明らかに変わった。それまでは女性を激しく突いて逝かす事だけで良かったが今度は違う。俺が逝かされることも考慮してSEXしなければならない。あまり激しくすると射精してしまうので、射精を我慢したり、女性の感じ方と射精したい欲望に折り合いをつけながらSEXするという大人の対応が求められた。
 女性が安全な日には生で挿れて外出しの練習をした。やっぱり生のほうが気持ち良い。40代のおばさん2人は、
「今日は大丈夫だから中にちょうだい。」
と言う日は中出ししていた。
 中学生も2年になると完全に思春期になる。俺は好きな女の子がいたが、生活費を稼ぐために大人の女性を相手にしなければならずとても恋愛どころではなかった。好きな女の子を思いながら大人の女性を相手にSEXしていた。現実問題、その女の子は裕福な家庭の娘さんなので、俺のような飲み屋の息子など相手にされようはずも無かった。結局、その女の子はサッカー部の主将と付き合った。悲しいかなそれが現実だった。

 しかし、驚く現実もあった。彼女が母親と一緒に買い物をしているところを見かけたが、その母親には見覚えがあった。俺が生活のために相手をしている40代の女性で何回か中出ししたことがある方だった。この方は俺が小6の頃から関係があった。母のスナックは俺の中学の学区外なので、彼女の母親もまさか娘のクラスメイトの男の子を自分の欲望の捌け口にしているとは思わなかったのだろうが、やはり幼い俺を買うような女性は、お金持ちなのだ。
 中学時代もやっぱり「きのこの子」として身体を売って暮らしていた。それでもいつかは立派な大人になるんだと歯を食いしばって勉強だけは頑張ったので、志望校の授業料の安い公立の進学校に進学できた。