大原野(大原ではない)は、小塩山の麓にあり、かつて皇族や貴族が狩りを楽しんだ場所。「伊勢物語」や「源氏物語」にも登場しますが、もっと山深い場所かと思っていたら、洛西ニュータウンから数キロと離れていないのでした。その割には観光客も少なく、まさに穴場です。

◆大原野神社

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延暦3年(784年)に桓武天皇が長岡京へ遷都した際、藤原氏の氏神である奈良・春日大社の分霊を、都に近い大原野に初めて勧請し、祀ったのがはじまり。平安京遷都後も、国家鎮護の社として朝廷の殊遇を受け、嘉祥3年(850年)には、藤原冬嗣を祖父に持つ文徳天皇が、現在の社地に壮麗な社殿を造営した。

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藤原氏に娘が生まれると、中宮や皇后になれるようこの社に祈り、念願叶うと、美しく行列を整えて参拝することが例となり、中でも寛弘2年(1005年)に中宮彰子が行啓した際は、父の藤原道長はじめ、紫式部も供をしたと伝えられ、行列の華やかさに人々は目を見張ったとか。
満開の期間が3日間と短く、幻の桜とも言われる「千眼桜」は、翌々日に満開になったとのこと。

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◆勝持寺

隣接する大原野神社の別当寺で、桜と紅葉の名所であることから、花の寺と呼ばれる。
白鳳8年(679年)に、天武天皇の勅によって役小角が創建したと伝えられる。延暦10年(791年)、桓武天皇の勅により最澄が堂塔伽藍を再建し、薬師如来を刻んで本尊としたとのこと。
保延6年(1140年)には、佐藤義清がこの寺で出家し、西行となっている。

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◆正法寺

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大原野神社の正面に位置する正法寺は、鑑真和上の高弟で、唐から渡来した智威大徳が、天平勝宝年間(749~757年)に隠棲した春日禅房に始まる。その後、延暦年間(782~806年)に最澄が、長岡京の守護寺院である「大原寺」を建立した際、春日禅房も大原寺の塔頭寺院の一つとなり、弘仁年間(810~824年)には空海が巡錫して、聖観世音菩薩立像を彫刻されたと伝えられ、現在も本堂に安置されている。

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