これまで2話づつ感想を書いてきましたが、今回は書きたいことが一杯。
最近は内容が一段と濃く、難解になっているので、これからは1話づつ行こうと思います。

まずは、「鉱山のほこり」を飲まされ、生死の境を彷徨うことになった、オゴタイの精神世界。
美しく幻想的に表現された、シャーマニズムの世界観、死生観は、アニメ版の『天幕のジャードゥーガル』で一番好きなところかも知れません。毎回引き込まれます。
精霊の棲む世界、地底の奥底の「死の家」に囚われたオゴタイのところに、トルイがやってきて身代わりとなりますが、憑代が木彫の人型だったり、日本にも通じるものがありますね。
また、この時の二人の会話から、トルイを亡き者にしようというボラクチンの企みを、オゴタイは全く知らなかったことも明らかになります。

その頃、地上の世界では・・・・
トルイは、病気平癒の祈祷を終えてすぐ、帰り道で急に苦しみだし、ソルコクタニの天幕に辿り着くや否や亡くなっています(享年40歳)。
アニメではその場に、子供たちもいましたが、この時の彼らの年齢は、長男のモンケが23歳、次男のクビライは17歳、三男のフレグは14歳、四男のアリクブケが13歳と、まだ若い。
「トルイが死ねばトルイ家は終わり」と言われる理由の一つは、その辺りにあるのでしょう。

後世のことを思うと、クビライがめそめそ泣いているのが何とも言えず。
兄弟の中では、母親との会話役としてフレグが大活躍。一方、後に皇帝になるにも係わらず、モンケには今のところ台詞がなく、後に兄弟間で争うことになるアリクブケに至っては、実年齢よりもずっと幼く描かれ(トルイの枕元に縋っている)、未だに顔も不明。今作で描かれるであろう範囲からして、最後まで顔出しナシかも。
さて、シラからトルイの死を知らされたシタラですが、彼女が承知しているのは、オゴタイの治療ために、毒消しとなるジャダ石(ベゾアール石)をボラクチンに渡したところまで。
それでなぜ、トルイが死ぬことになるのか?
いったい何が起こったのかと、頭を混乱させるシタラですが、確実なのは、トルイの死によって帝国の権力が、皇帝オゴタイ、そしてその正妃ボラクチンに、集中するようになったことでした。
息子コデンの領地を増やしたいという、キルギスタニの無茶な要望も、ボラクチンから断事官へ働きかければ、どうにかなるような口振りです。

そんなある日、ソルコクタニが所持していた『原論』が、ボラクチンからシタラに手渡されます。
ボラクチン曰く、お前が欲しがっていたと話したら、ソルコクタニは快く譲ってくれた、とのことですが、トルイ亡き後、トルイ家からオゴタイ家へと移行したのは、軍事力だけではありません。
当時の文化先進国、ペルシャや中国から略奪してきた書籍、学者などの知的財産の数々も、いつの間にか、トルイ家の元を離れ、オゴタイ家のものとなっていたのです。
ドレゲネのことは忘れて、自分の側近になれというボラクチンは、大量の書籍を目の当たりにして驚くシタラに、こう語りかけます。「これからの帝国を作るのは力ではない、知恵だ。自分の知恵を存分に使ってみたいと思わないか? こんなに楽しいことはないぞ」と。

ボラクチンの天幕を出たシタラは、広大なモンゴルの景色を見て思います。
こんな景色は、トゥースにいたら一生見ることはなかった、ムハンマド坊ちゃんの短かった一生分よりも、自分はたくさんのことを知った。『原論』も取り戻せたし、奥さまの仇だったトルイも死んでしまった――だからもう、(モンゴルへの復讐は忘れて)前に進んで良いのかも、と。
が、その時、シタラの側で、まるで雷でも落ちたかのような、大きな音が鳴り響きます。
音の正体は大きな金属製の盤で、たまたま解体中の天幕から転がってきたのですが、その音はシタラに、トゥースでの出来事を思い出させるに十分でした。

屋上から盤を落として大きな音をたて、階下の人々を驚かせていたムハンマド。
そうしておいて、彼はシタラにこう言いました。「落ちる瞬間を見ていた人間は、大きな音がするという未来を予測できたので、(耳を塞ぐなどして)適切にそれに対処した。勉強というのも、そういうこと。君は今、自分の身がどこにあるかも、何が起こっているかも、この先どんなことが起きるのかも、まるで分からないでいる――でも勉強して賢くなれば、どんなに困ったが起きたって、何をすれば一番いいか分かるんだ」と。
爆音が、あたかも神の啓示のように、シタラの目を覚まさせる。最高に好きな描写ですね。

彼女がにっこりと微笑む時はいつも、胸の内で別の感情が動いている。
ムハンマドより賢くなったなど、思い上がりもいいところだ・・・・
初心にかえったシタラは、『原論』の件で、何かがひっかかっていることに思い至ります。それは、自分が『原論』を欲しがっていることを、ボラクチンはどうやって知ったのか、ということ。
果たして、ボラクチンに確認すると、彼女はドレゲネから、シタラが幾何学の本に興味を持つのは、「父親が学者」だからだと、聞かされていたのでした。
しかし、もし、9話でボラクチンが言っていた通り、ドレゲネがシタラに罪を着せるつもりだったのならば、彼女は本当のこと、シタラは「奴隷」だったと言ったはずです。
それを隠して、わざわざ「父親が学者」だということにして、シタラを上流出身の人間っぽく見せようとした――となれば、ドレゲネがシタラに罪を着せようとしていたとは考えづらい。
従って、嘘をついているのは、ボラクチンということに。

気分に波があるというグユク。対人恐怖症っぽいですが、まさかこんな青年によって残虐刑に処されることになるとは、シタラも想像できなかったでしょう。まぁ今作では、もちっとハッピーな方向でお願いしたいです。
ソルコクタニは、トルイに先立たれてからは落ち込んで、財産を守る気力すら失せている――シラからそう聞かされたシタラは、全ては、ボラクチンの掌の上だったと確信します。
それに気付けず利用されてしまった己の未熟さを、シタラは悔しがりますが、とりあえずは、罪を着せられたドレゲネを助けようと、カダクを探すことにします。カダクはドレゲネの天幕に頻繁に出入りしており、彼女の事情に詳しいはずですが、逮捕直後に引っ越していたのです。
シタラとシラは、忘れ物の焼印を頼りに、カダクの居所を突き止めますが、カダク曰く、彼も今、自分の主人の命令で、ドレゲネを救うべく手を尽くしている、とのこと。
そして、二人を主人の天幕へと案内しますが、その主人とは、オゴタイとドレゲネの間に生まれた長男、グユク(26歳)でした・・・・といったところで、以下次回。

ところで、今回特に気になったのが、シラの沐浴の場面。
モンゴルでは、川に入っての沐浴はタブー。この禁忌を侵したイスラム教徒を、チャガタイが殺そうとするのを、オゴタイが機転を利かせて助ける――という、歴史書「集史」に収録された逸話が、副読本「もっと!天幕のジャードゥーガル」で紹介されていました。
シラ自身が、タブーを承知しているのか否かは分かりませんが、この場面、本筋と関係なく挿入されているのが気掛かりです。シタラと上手くいきそうだというところで沐浴が見つかって、処刑されてしまうとか、悲劇的な出来事の伏線でなければ良いのですが・・・・
最近は内容が一段と濃く、難解になっているので、これからは1話づつ行こうと思います。

まずは、「鉱山のほこり」を飲まされ、生死の境を彷徨うことになった、オゴタイの精神世界。
美しく幻想的に表現された、シャーマニズムの世界観、死生観は、アニメ版の『天幕のジャードゥーガル』で一番好きなところかも知れません。毎回引き込まれます。
精霊の棲む世界、地底の奥底の「死の家」に囚われたオゴタイのところに、トルイがやってきて身代わりとなりますが、憑代が木彫の人型だったり、日本にも通じるものがありますね。
また、この時の二人の会話から、トルイを亡き者にしようというボラクチンの企みを、オゴタイは全く知らなかったことも明らかになります。

その頃、地上の世界では・・・・
トルイは、病気平癒の祈祷を終えてすぐ、帰り道で急に苦しみだし、ソルコクタニの天幕に辿り着くや否や亡くなっています(享年40歳)。
アニメではその場に、子供たちもいましたが、この時の彼らの年齢は、長男のモンケが23歳、次男のクビライは17歳、三男のフレグは14歳、四男のアリクブケが13歳と、まだ若い。
「トルイが死ねばトルイ家は終わり」と言われる理由の一つは、その辺りにあるのでしょう。

後世のことを思うと、クビライがめそめそ泣いているのが何とも言えず。
兄弟の中では、母親との会話役としてフレグが大活躍。一方、後に皇帝になるにも係わらず、モンケには今のところ台詞がなく、後に兄弟間で争うことになるアリクブケに至っては、実年齢よりもずっと幼く描かれ(トルイの枕元に縋っている)、未だに顔も不明。今作で描かれるであろう範囲からして、最後まで顔出しナシかも。
さて、シラからトルイの死を知らされたシタラですが、彼女が承知しているのは、オゴタイの治療ために、毒消しとなるジャダ石(ベゾアール石)をボラクチンに渡したところまで。
それでなぜ、トルイが死ぬことになるのか?
いったい何が起こったのかと、頭を混乱させるシタラですが、確実なのは、トルイの死によって帝国の権力が、皇帝オゴタイ、そしてその正妃ボラクチンに、集中するようになったことでした。
息子コデンの領地を増やしたいという、キルギスタニの無茶な要望も、ボラクチンから断事官へ働きかければ、どうにかなるような口振りです。

そんなある日、ソルコクタニが所持していた『原論』が、ボラクチンからシタラに手渡されます。
ボラクチン曰く、お前が欲しがっていたと話したら、ソルコクタニは快く譲ってくれた、とのことですが、トルイ亡き後、トルイ家からオゴタイ家へと移行したのは、軍事力だけではありません。
当時の文化先進国、ペルシャや中国から略奪してきた書籍、学者などの知的財産の数々も、いつの間にか、トルイ家の元を離れ、オゴタイ家のものとなっていたのです。
ドレゲネのことは忘れて、自分の側近になれというボラクチンは、大量の書籍を目の当たりにして驚くシタラに、こう語りかけます。「これからの帝国を作るのは力ではない、知恵だ。自分の知恵を存分に使ってみたいと思わないか? こんなに楽しいことはないぞ」と。

ボラクチンの天幕を出たシタラは、広大なモンゴルの景色を見て思います。
こんな景色は、トゥースにいたら一生見ることはなかった、ムハンマド坊ちゃんの短かった一生分よりも、自分はたくさんのことを知った。『原論』も取り戻せたし、奥さまの仇だったトルイも死んでしまった――だからもう、(モンゴルへの復讐は忘れて)前に進んで良いのかも、と。
が、その時、シタラの側で、まるで雷でも落ちたかのような、大きな音が鳴り響きます。
音の正体は大きな金属製の盤で、たまたま解体中の天幕から転がってきたのですが、その音はシタラに、トゥースでの出来事を思い出させるに十分でした。

屋上から盤を落として大きな音をたて、階下の人々を驚かせていたムハンマド。
そうしておいて、彼はシタラにこう言いました。「落ちる瞬間を見ていた人間は、大きな音がするという未来を予測できたので、(耳を塞ぐなどして)適切にそれに対処した。勉強というのも、そういうこと。君は今、自分の身がどこにあるかも、何が起こっているかも、この先どんなことが起きるのかも、まるで分からないでいる――でも勉強して賢くなれば、どんなに困ったが起きたって、何をすれば一番いいか分かるんだ」と。
爆音が、あたかも神の啓示のように、シタラの目を覚まさせる。最高に好きな描写ですね。

彼女がにっこりと微笑む時はいつも、胸の内で別の感情が動いている。
ムハンマドより賢くなったなど、思い上がりもいいところだ・・・・
初心にかえったシタラは、『原論』の件で、何かがひっかかっていることに思い至ります。それは、自分が『原論』を欲しがっていることを、ボラクチンはどうやって知ったのか、ということ。
果たして、ボラクチンに確認すると、彼女はドレゲネから、シタラが幾何学の本に興味を持つのは、「父親が学者」だからだと、聞かされていたのでした。
しかし、もし、9話でボラクチンが言っていた通り、ドレゲネがシタラに罪を着せるつもりだったのならば、彼女は本当のこと、シタラは「奴隷」だったと言ったはずです。
それを隠して、わざわざ「父親が学者」だということにして、シタラを上流出身の人間っぽく見せようとした――となれば、ドレゲネがシタラに罪を着せようとしていたとは考えづらい。
従って、嘘をついているのは、ボラクチンということに。

気分に波があるというグユク。対人恐怖症っぽいですが、まさかこんな青年によって残虐刑に処されることになるとは、シタラも想像できなかったでしょう。まぁ今作では、もちっとハッピーな方向でお願いしたいです。
ソルコクタニは、トルイに先立たれてからは落ち込んで、財産を守る気力すら失せている――シラからそう聞かされたシタラは、全ては、ボラクチンの掌の上だったと確信します。
それに気付けず利用されてしまった己の未熟さを、シタラは悔しがりますが、とりあえずは、罪を着せられたドレゲネを助けようと、カダクを探すことにします。カダクはドレゲネの天幕に頻繁に出入りしており、彼女の事情に詳しいはずですが、逮捕直後に引っ越していたのです。
シタラとシラは、忘れ物の焼印を頼りに、カダクの居所を突き止めますが、カダク曰く、彼も今、自分の主人の命令で、ドレゲネを救うべく手を尽くしている、とのこと。
そして、二人を主人の天幕へと案内しますが、その主人とは、オゴタイとドレゲネの間に生まれた長男、グユク(26歳)でした・・・・といったところで、以下次回。

ところで、今回特に気になったのが、シラの沐浴の場面。
モンゴルでは、川に入っての沐浴はタブー。この禁忌を侵したイスラム教徒を、チャガタイが殺そうとするのを、オゴタイが機転を利かせて助ける――という、歴史書「集史」に収録された逸話が、副読本「もっと!天幕のジャードゥーガル」で紹介されていました。
シラ自身が、タブーを承知しているのか否かは分かりませんが、この場面、本筋と関係なく挿入されているのが気掛かりです。シタラと上手くいきそうだというところで沐浴が見つかって、処刑されてしまうとか、悲劇的な出来事の伏線でなければ良いのですが・・・・








