いよいよ最終回ですね。
12話のタイトルは「いつもと変わらない草原」。
シタラの、「考えをやめて屈するなら、ご勝手に」という言葉に、心を動かされたソルコクタニ。
彼女は、王族や家臣の集まる会議の場に単身乗り込むと、自分のなすべきことは、トルイが遺した息子たちを育てることだとして、グユクとの結婚を断ります。
それは、オゴタイ家の言いなりにはならないという、意思の表明でもありました。

しかし、グユクとの結婚は、ドレゲネを解放するための条件でもあります。
破談したことで、母親を取り返せなくなったとグユクは焦りますが、この時、ソルコクタニはイルケ将軍に向かって、「大カアンはどんな宝物だって任せるほど、あなたを信頼している」と声を掛け、ドレゲネの身柄をイルケが預かっていることを、暗にほのめかします。
イルケ将軍は、オゴタイの教育係を長年務めた人物です。
宝物=ドレゲネだとピンと来たグユクは、直ちにイルケ将軍の天幕へ向かいます。

一方、会議後のオゴタイの天幕。
ソルコクタニに叛旗を翻され、不機嫌な様子のボラクチンと、オゴタイの会話。
「私のしたことを、お怒りですか」 「どうしてあなたを責められます? 俺は今、ようやくやりたいことが出来るんです。あなたのおかげで」
オゴタイが、ボラクチンによるトルイ暗殺計画の全容を知ったのは、健康が回復した後と思われますが、結局のところ、トルイが退場したことで、一番得をしたのはオゴタイです。
オゴタイのやりたいこと――とりわけ、モンゴル帝国の首都となる、カラコルムの建設に彼が着手できたのも、トルイ家から移譲された財産あってのことでしょう。

さて、シラからドレゲネの居場所を教えられたシタラも、イルケ将軍の天幕へ急行。
ドレゲネが囚われている天幕を見つけると、二人は涙の再会を果たします。
この時の、シタラの心底嬉しそうな様子に、ドレゲネはボラクチンに騙されていたと悟ります。
かつて、シタラに「ドレゲネはお前に罪を着せるつもりだ」と嘘をついたように、ボラクチンはドレゲネに対しては、「シタラを信じてはいけない」と言って、二人の離間を謀ったのでした。
ここで、ドレゲネはシタラに、オゴタイに毒を飲ませることになった、その経緯を説明します。
シタラがボラクチンについて、「案外扱いやすいわね」などと豪語していたその夜、ボラクチンの天幕に呼び出されたドレゲネは、彼女からこう唆されていたのでした。
「私はかつてクラン妃に仕えていたが、あの方の無念を感じていた。今でも心の内にモンゴルへの恨みを秘めている。私が力を貸してやろう、あの方の願いを叶えるのだ」
かねてよりオゴタイを殺したいと思っていたドレゲネは、こうしてボラクチンから「鉱山のほこり」を受け取ると、金遠征からの帰路、オゴタイを自分の天幕に呼び寄せ、飲ませた・・・・

ということですが、ここはミステリー的には、かなりのツッコミどころではないかと。
まず、大カトゥーンになるほどの家柄の人間が、他の妃に仕えるというのが嘘っぽいし、何より矛盾があるのは、ボラクチンが権勢を振るえるのは、皇帝の第一妃だからこそ。
誰よりもオゴタイに生きていてもらいたいのは、他ならぬボラクチンなのに、そんな彼女が、「殺せ」などと言うはずがない――ということは、モンゴルの人間なら誰でも分かることです。
ドレゲネの場合、クランの名を出されたことで動揺していたのかも知れませんが、それにしても、こんな話を信じるとも思えないので、ボラクチンのこのやり方は、無理筋ということに。
では、どうすれば、ドレゲネを使って、オゴタイに毒を飲ませることが出来たのか。
一つ考えたのは、なるべくなら医者を介して、「鉱山のほこり」が少量ならば薬になることを利用して、善意を装ってドレゲネに提供すること。
これを飲むと気分がすっきりするが、全部いっぺんに飲むと命に係わるような強い薬だから、時間を空けて少量づつ服用すること、などと伝えておけば、オゴタイを殺したいドレゲネがそのうち、薬の全量をオゴタイに飲ませる可能性が大だと思われ。
もっとも、全量といっても、それは、ボラクチンが自ら人体実験して適量を得た、死なない程度の量ということになりますが・・・・

そんなこんなで、シタラとドレゲネが話し込んでいると、突然、天幕にオゴタイがやってきます。
皇帝暗殺未遂という重罪を犯したドレゲネを、自ら処刑しにきたのかと、一瞬緊張が走りますが、オゴタイの目的は他にありました。
彼はグユクを呼び寄せると、宮廷から遠く離れたグユクの領地で暮らすよう、ドレゲネに要求します。ドレゲネにとっても悪い取引でありませんが、政治の場からは遠ざかってしまいます。
この場面、ドレゲネとグユクの親子関係が、何とも興味深いです。
史実のグユクは、皇帝に即位すると、真っ先にシタラを処刑し、その前後にドレゲネも死亡しています。となれば、この親子の関係は、かなり拗れたものだったように思えます。
例えば、殺したいほど憎い男に産まされた子供ということで、母親は子供を愛することが出来ず、グユクは孤独で冷酷な人間に育った――みたいな設定も十分に考えられるところですが、今作のグユクは逆に、母親から溺愛されているんですよね。
となれば、グユクが皇帝になるまで、まだ10年以上の年数がありますが、その間に何かがあって、彼はシタラを嫌うようになった、ということになりそうですが、それは一体何なのか。
今作の最大の見所は、案外そこだったりするのかも・・・・

この後、オゴタイとシタラは、天文の話で侃々諤々となります。
シタラは科学、オゴタイは伝統的な世界観を語っているので、両者が相容れないのは当然のことですが、シタラが絶対のものだと主張する天体の姿も、現代人の目から見れば、天動説のようなもの? としか思えないのが辛いところ。
ともあれ、文明国出身のシタラには、モンゴルを野蛮で遅れた国だと見下す気持ちがあったはずで、それが、憎しみの炎を燃やし続ける燃料にもなっている、そんな風にも感じました。
皇帝に対しても自説を譲らない頑固なシタラを、ドレゲネと気が合いそうだというオゴタイ。
彼はシタラに、こんな勝負を持ちかけます。
「俺はこれから、このモンゴルをもっと豊かにしていく。父やトルイとは違うやり方で。お前やドレゲネが幸せになれるように・・・・。お前たちがここで幸せになったら、俺の勝ちだ」

そう言い残してオゴタイは去りますが、一人になると、シタラは感情を爆発させます。
自分を不幸にした張本人、モンゴルの皇帝から、お前を幸せにするなどとしゃあしゃあと言われて、心穏やかでいられるはずはありません。怒りと憎しみがない交ぜになった感情はMAXなのに、相手は強大でどう足掻いても敵わない――叫びたくもなるでしょう。
オゴタイとしては、父やトルイのように略奪をせずとも、交易を盛んにして国を富ませたいと考えてはいるわけです。がしかし、たとえモンゴルの支配下で“奴隷の平和”の状態を受け入れ、豊かな暮らしが出来たとしても、果たしてそれは、幸せと呼べるのか・・・・
草原に倒れ込んだシタラの横を、何事もなかったように、羊の群れが通り過ぎていきます。
この一連の場面は、アニメ版のオリジナル。期待を裏切らない、素晴らしい演出です。

しばらくすると、ドレゲネがやってきます。
シタラの魂の叫びに感応したのでしょうか、彼女もまた、このままオゴタイの言いなりになるのは悔しいと、グユクの領地へ行かない決意を固めていました。
そして、もう一度私と戦って欲しい、二人でなら嵐も起こせると、シタラの手を取ります。
「この国を、私たちから全てを奪ったモンゴルを、良かったことなんかにさせるものですか。今度は、私たちが魔女となりましょう」
という二人の決意表明で、物語はいったん幕を下ろします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第1クールはこれにて終了ですが、エンデイングテーマ後の場面で、今後の物語で活躍する人物がチラと顔を見せていたりすることから、第2クールの制作は確実でしょう。

トルイの四男アリクブケ(右端)、遂に顔を見せましたね。なかなか癖が強そうな面構えです。
トルイが亡くなった翌年、ペルシャに総督府が設けられ、シタラの故郷は、恒久的にモンゴルの支配下に置かれることになります。しかし、その権益をめぐって、争いが起こると。
ドレゲネはこの頃、第三妃のキルギスタニ、第四妃のモゲを飛び越えて、第二妃となっていますが、人が変わったように、会議にも積極的に参加しているようですね。
おそらく、これまで第二妃だった女性が亡くなって、欠番が生じたものと思われますが、オゴタイにとっては、(長男グユクを産んだ功績を評価して?)ドレゲネの順位を上げるのも、彼女を幸せにする勝負の一環なのでしょう。

あと、全編を通じて気になったのが、モンゴルへの復讐という大事を成そうとするなら、もう少し冷静沈着であるべきなのに、シタラがすぐに「えっ」とか「ひっ」とか、声を発してしまうこと。
シラは、シタラの口を塞ぐ係なのかとw
何はともあれ、第2クールの放送が、今から待ち遠しいです。
12話のタイトルは「いつもと変わらない草原」。
シタラの、「考えをやめて屈するなら、ご勝手に」という言葉に、心を動かされたソルコクタニ。
彼女は、王族や家臣の集まる会議の場に単身乗り込むと、自分のなすべきことは、トルイが遺した息子たちを育てることだとして、グユクとの結婚を断ります。
それは、オゴタイ家の言いなりにはならないという、意思の表明でもありました。

しかし、グユクとの結婚は、ドレゲネを解放するための条件でもあります。
破談したことで、母親を取り返せなくなったとグユクは焦りますが、この時、ソルコクタニはイルケ将軍に向かって、「大カアンはどんな宝物だって任せるほど、あなたを信頼している」と声を掛け、ドレゲネの身柄をイルケが預かっていることを、暗にほのめかします。
イルケ将軍は、オゴタイの教育係を長年務めた人物です。
宝物=ドレゲネだとピンと来たグユクは、直ちにイルケ将軍の天幕へ向かいます。

一方、会議後のオゴタイの天幕。
ソルコクタニに叛旗を翻され、不機嫌な様子のボラクチンと、オゴタイの会話。
「私のしたことを、お怒りですか」 「どうしてあなたを責められます? 俺は今、ようやくやりたいことが出来るんです。あなたのおかげで」
オゴタイが、ボラクチンによるトルイ暗殺計画の全容を知ったのは、健康が回復した後と思われますが、結局のところ、トルイが退場したことで、一番得をしたのはオゴタイです。
オゴタイのやりたいこと――とりわけ、モンゴル帝国の首都となる、カラコルムの建設に彼が着手できたのも、トルイ家から移譲された財産あってのことでしょう。

さて、シラからドレゲネの居場所を教えられたシタラも、イルケ将軍の天幕へ急行。
ドレゲネが囚われている天幕を見つけると、二人は涙の再会を果たします。
この時の、シタラの心底嬉しそうな様子に、ドレゲネはボラクチンに騙されていたと悟ります。
かつて、シタラに「ドレゲネはお前に罪を着せるつもりだ」と嘘をついたように、ボラクチンはドレゲネに対しては、「シタラを信じてはいけない」と言って、二人の離間を謀ったのでした。
ここで、ドレゲネはシタラに、オゴタイに毒を飲ませることになった、その経緯を説明します。
シタラがボラクチンについて、「案外扱いやすいわね」などと豪語していたその夜、ボラクチンの天幕に呼び出されたドレゲネは、彼女からこう唆されていたのでした。
「私はかつてクラン妃に仕えていたが、あの方の無念を感じていた。今でも心の内にモンゴルへの恨みを秘めている。私が力を貸してやろう、あの方の願いを叶えるのだ」
かねてよりオゴタイを殺したいと思っていたドレゲネは、こうしてボラクチンから「鉱山のほこり」を受け取ると、金遠征からの帰路、オゴタイを自分の天幕に呼び寄せ、飲ませた・・・・

ということですが、ここはミステリー的には、かなりのツッコミどころではないかと。
まず、大カトゥーンになるほどの家柄の人間が、他の妃に仕えるというのが嘘っぽいし、何より矛盾があるのは、ボラクチンが権勢を振るえるのは、皇帝の第一妃だからこそ。
誰よりもオゴタイに生きていてもらいたいのは、他ならぬボラクチンなのに、そんな彼女が、「殺せ」などと言うはずがない――ということは、モンゴルの人間なら誰でも分かることです。
ドレゲネの場合、クランの名を出されたことで動揺していたのかも知れませんが、それにしても、こんな話を信じるとも思えないので、ボラクチンのこのやり方は、無理筋ということに。
では、どうすれば、ドレゲネを使って、オゴタイに毒を飲ませることが出来たのか。
一つ考えたのは、なるべくなら医者を介して、「鉱山のほこり」が少量ならば薬になることを利用して、善意を装ってドレゲネに提供すること。
これを飲むと気分がすっきりするが、全部いっぺんに飲むと命に係わるような強い薬だから、時間を空けて少量づつ服用すること、などと伝えておけば、オゴタイを殺したいドレゲネがそのうち、薬の全量をオゴタイに飲ませる可能性が大だと思われ。
もっとも、全量といっても、それは、ボラクチンが自ら人体実験して適量を得た、死なない程度の量ということになりますが・・・・

そんなこんなで、シタラとドレゲネが話し込んでいると、突然、天幕にオゴタイがやってきます。
皇帝暗殺未遂という重罪を犯したドレゲネを、自ら処刑しにきたのかと、一瞬緊張が走りますが、オゴタイの目的は他にありました。
彼はグユクを呼び寄せると、宮廷から遠く離れたグユクの領地で暮らすよう、ドレゲネに要求します。ドレゲネにとっても悪い取引でありませんが、政治の場からは遠ざかってしまいます。
この場面、ドレゲネとグユクの親子関係が、何とも興味深いです。
史実のグユクは、皇帝に即位すると、真っ先にシタラを処刑し、その前後にドレゲネも死亡しています。となれば、この親子の関係は、かなり拗れたものだったように思えます。
例えば、殺したいほど憎い男に産まされた子供ということで、母親は子供を愛することが出来ず、グユクは孤独で冷酷な人間に育った――みたいな設定も十分に考えられるところですが、今作のグユクは逆に、母親から溺愛されているんですよね。
となれば、グユクが皇帝になるまで、まだ10年以上の年数がありますが、その間に何かがあって、彼はシタラを嫌うようになった、ということになりそうですが、それは一体何なのか。
今作の最大の見所は、案外そこだったりするのかも・・・・

この後、オゴタイとシタラは、天文の話で侃々諤々となります。
シタラは科学、オゴタイは伝統的な世界観を語っているので、両者が相容れないのは当然のことですが、シタラが絶対のものだと主張する天体の姿も、現代人の目から見れば、天動説のようなもの? としか思えないのが辛いところ。
ともあれ、文明国出身のシタラには、モンゴルを野蛮で遅れた国だと見下す気持ちがあったはずで、それが、憎しみの炎を燃やし続ける燃料にもなっている、そんな風にも感じました。
皇帝に対しても自説を譲らない頑固なシタラを、ドレゲネと気が合いそうだというオゴタイ。
彼はシタラに、こんな勝負を持ちかけます。
「俺はこれから、このモンゴルをもっと豊かにしていく。父やトルイとは違うやり方で。お前やドレゲネが幸せになれるように・・・・。お前たちがここで幸せになったら、俺の勝ちだ」

そう言い残してオゴタイは去りますが、一人になると、シタラは感情を爆発させます。
自分を不幸にした張本人、モンゴルの皇帝から、お前を幸せにするなどとしゃあしゃあと言われて、心穏やかでいられるはずはありません。怒りと憎しみがない交ぜになった感情はMAXなのに、相手は強大でどう足掻いても敵わない――叫びたくもなるでしょう。
オゴタイとしては、父やトルイのように略奪をせずとも、交易を盛んにして国を富ませたいと考えてはいるわけです。がしかし、たとえモンゴルの支配下で“奴隷の平和”の状態を受け入れ、豊かな暮らしが出来たとしても、果たしてそれは、幸せと呼べるのか・・・・
草原に倒れ込んだシタラの横を、何事もなかったように、羊の群れが通り過ぎていきます。
この一連の場面は、アニメ版のオリジナル。期待を裏切らない、素晴らしい演出です。

しばらくすると、ドレゲネがやってきます。
シタラの魂の叫びに感応したのでしょうか、彼女もまた、このままオゴタイの言いなりになるのは悔しいと、グユクの領地へ行かない決意を固めていました。
そして、もう一度私と戦って欲しい、二人でなら嵐も起こせると、シタラの手を取ります。
「この国を、私たちから全てを奪ったモンゴルを、良かったことなんかにさせるものですか。今度は、私たちが魔女となりましょう」
という二人の決意表明で、物語はいったん幕を下ろします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第1クールはこれにて終了ですが、エンデイングテーマ後の場面で、今後の物語で活躍する人物がチラと顔を見せていたりすることから、第2クールの制作は確実でしょう。

トルイの四男アリクブケ(右端)、遂に顔を見せましたね。なかなか癖が強そうな面構えです。
トルイが亡くなった翌年、ペルシャに総督府が設けられ、シタラの故郷は、恒久的にモンゴルの支配下に置かれることになります。しかし、その権益をめぐって、争いが起こると。
ドレゲネはこの頃、第三妃のキルギスタニ、第四妃のモゲを飛び越えて、第二妃となっていますが、人が変わったように、会議にも積極的に参加しているようですね。
おそらく、これまで第二妃だった女性が亡くなって、欠番が生じたものと思われますが、オゴタイにとっては、(長男グユクを産んだ功績を評価して?)ドレゲネの順位を上げるのも、彼女を幸せにする勝負の一環なのでしょう。

あと、全編を通じて気になったのが、モンゴルへの復讐という大事を成そうとするなら、もう少し冷静沈着であるべきなのに、シタラがすぐに「えっ」とか「ひっ」とか、声を発してしまうこと。
シラは、シタラの口を塞ぐ係なのかとw
何はともあれ、第2クールの放送が、今から待ち遠しいです。






















































