真琴@心理セラピスト & 男優のblog《なんちゅうか、劇昼歌ッ☆》

真琴デス(´・ω・`) 高校生役から、サラリーマン役まで、 幅広くキャラクターを演じてます♪ やっぱ一度きりの人生で、仕事に悔い残すのもなんじゃん?? そんでもって、カレー食べるなら… …ナンじゃん?? … …はぅぁッ( ̄◇ ̄*) 仕事や人生において、先の目標を設定してないと行動できない人間なので、 日々の目標を探しながら迷走(?)してます。 平和主義なのでハードな設定の仕事は、監督さんの期待に応えられない場合があります((;゜д゜)) 信頼関係とコミュニケーションは大事♪ 板東は英二♪ニコラスはケイジ♪ イベントや心理カウンセリング依頼はこちら(*^_^*) makoto.pon@outlook.jp 私の紹介動画はこちら https://youtu.be/okrQRYGm94I

南十字星の旋律「無情の風は時を選ばず」

どーも、こんにちは。心理セラピストの真琴です( *・ω・)ノ


「春夏秋冬、季節は巡る」

日々は、どんどん進んでいきますね。


日本は四季があるので一年の間に、季節が4つも変化します。


「暑いなあ〜、アイスクリームを食べよう」と言っていたのが、

いつの間にか、「寒いぞ、今日は鍋焼きうどんだ」となるわけです(笑)


季節はめまぐるしく変わっていきますね。


「猛暑の夏」と言われていたのが、
いつの間にか「極寒の冬」になる。


しかし極寒はいつまでも続きません。

そのうち、ポカポカと春の日差しが訪れます。


かと思ったら、「夏休みだ〜」と子供がワイワイ騒ぐ声が聞こえてきたり…。

と思ったら、すぐに、「食欲の秋だ」になります(/ロ゜)/


ところで、何でこんな話をしているかというと、
季節の移り変わりを言いたいわけではないのです。


「恋愛や人間関係も、常に変化していく」

ということですね。

あっ、
「付き合ったのに、すぐ別れる」とか、
…そういう意味ではありませんよ(* ̄ー ̄)笑


いつまでも出会った当初のようなことはなく、
愛情にも磨きがかかっていくということ。


恋愛にも人間関係にも「倦怠期」があるかもしれませんが、
そういうものを乗り越えて、愛が深まる場合もあります。


そのためには、お互いのすれ違いを、過度に気にし過ぎてはいけない。


恋愛も人間関係も、些細なイザコザや、すれ違いがあって、不思議ではないから。


細かい感情のズレがあって当然。
違いがあって当然なのです。


あって当然のことに、いちいちこだわっていてはいけない。


「大らかさ」が必要になってきます。


あっ、もちろん、自分の悪かった部分は反省して、
改善していくことは必要ですよ( TДT)


それをした上での、お互いの歩み寄り。


付き合うなら、焦らず、じっくり付き合うことです。


あなたにペースがあるように、相手にもペースがあります。


それを認め合わずして、真の信頼関係はありません。


細かいことに、こだわるよりも、
「寛容」を大切にしていくことです( ̄ー ̄)

あっそういえば先日、
ペヤングやきそば(義理?)チョコレート味を食べてみましたが…、
甘ぁ〜いチョコ味の焼きそばは、主食なのか、
デザートとして食べたらいいのか解らない感じでした(。´Д⊂)ww

Screenshot_20170121-213744

_20170121_213714


_20170121_213633



心理カウンセリング個別メール相談は、こちらからU^ェ^U

makoto.pon@outlook.jp

カップヌードル(ノ゜ο゜)ノ

今日初めて知って衝撃だった事。

「カップヌードル」の「ド」が小さく表示されてるのは、
「ヌード」と間違えられないようにするためらしい(* ̄∇ ̄)ノ

って、間違えないわ!(゜o゜)\(-_-)オイッ

じゃあ、パチンコ屋さんとかの表示も「ン」を小さくしなきゃいけないのか( ・∇・)ww

Screenshot_20170112-224626

有り難うございましたm(__)m

今年の一年間も無欠勤で過ごせたので、
なんとか年を越せそうですU^ェ^U

男優歴も9年目くらいですが、未だに頂いたオファーを、
一度もトバしたり、差し替えを送ったこともない記録は続行中ッ(о´∀`о)

毎回、制作の期待に応えなきゃいけない大変さはありますし、
どんな状況でも対応する精神面とか鍛えていかなければいけなかったりで、
来年は、より精進していきたいと思います(;・ω・)

今年も一年、 お世話になりました & 有り難うございました m(__)m

お写真は先日の男優忘年会での一枚です(ノ´∀`*)

IMG_20161228_194546_757

スポーツなどの競技で、4位の選手に同情が集まるのは何故?(;゜∇゜)

どーも、真琴です。



オリンピックや、何かの種目で、4位になったとしましょう。



選手は悔しいですね(◎-◎;)



見ている側も、同情します。



「もうちょっとで、メダルが取れたのに…
可哀想」


と思う。



ところが…です。


20位や30位の選手になると、
その選手にもよりますが全然、同情されない。


「もっと頑張れよ!」


と、無責任な声が飛んだりする(笑)


ボクシングとかでも、そうかもしれません。



最終ラウンドまで闘った末、判定で敗れたボクサーには、同情したくなります。


でも、1ラウンドであっけなくKOされたら、
…同情されない(´д`|||)


敗戦という事実は同じでも、こうも差がある。




なので「同情」というのは単純な感情ではなく、
もっと奥深いものなのかもしれません。



あなたが精神的に独立していればいるほど、
同情してくれる人が増えます。



弱音を吐いたら同情が集まるかというと、そんなことはない。



「困ってるのに、みんな知らんプリか」と不満を持つのは、あまりよくない。


「困ってるところを見せない人」こそが、同情される。


もっと言えば、同情を越えて、共感される。


そのためには、「同情が欲しい」と思ってはいけない。


思わない人が同情されるのかもしれません。


…ややこしいですね(笑)



でも、そうなのですよ〜(* ̄∇ ̄)ノ




そういえば昔、
『家なき子』というテレビドラマがありましたね。



主演の安達祐実さんが、
『同情するなら金をくれ!』という名セリフを吐きました。


「金をくれ」はともかく、
気持ちの持ちようとしては、正しいかもしれない。


自分を「悲劇のヒロイン」にしてはいけないのです。



「悲劇のヒロイン」は、
どんどん悲劇が増していくもの。


「自分は自分だ」と、
いい意味で思えるようになったら、
かえって周りはあなたに関心を持つはず。


あくまで、いい意味で…ですよ。


言ってみれば「独立心」ですね。


「独立心が大事」なんて言ったら、校長先生みたいですが…(笑)

道徳的なことを言うつもりはないけど(^_^;)


「自分をもっと信頼することが大切」


ということが言いたいのだぁ〜ヽ( ̄▽ ̄)ノ



人間ですから、もちろん相手に頼ってもいいのですが、
精神的に依存してはいけない。



あなたは、あなた。



そう意識した時、思いもかけない「同情」(ひいては共感)が、
あなたに集まるかもしれませんよ〜(* ̄ー ̄)

Screenshot_2016-11-16-23-12-01

今宵 月はいよいよ愁(かな)し

どーも、心理セラピストの真琴ですU^ェ^U


以前、こんな会話を耳にしてました。


男性が二人で喋っていたのです。


「○○くんと俺って、友達だよね??」



「…え!?そうだっけ??(°▽°)」


もちろん、ジョークです。


仲のいい相手だからこそ、そんなことが言えるのかもしれない。


そんな会話を聞いて、私は思ったことがありました。


「友達って、いったい何だろう!?」
と。


「友達の定義って何?」と思ったのです。


ちなみに辞書を引いてみると、「友達=親しく付き合っている人」とある。


では、「親しさ」とは何でしょう?


辞書で、「親しい」を引くと、「仲がよい」とある。


じゃあ、「仲がよい」って何?


キリがありませんね…。


こんなことばかり考えていたら、それこそ友達がいなくなってしまう(* ̄ー ̄)ww


一口に「友達」といっても、様々な形があります。


「これが友達」と、決まったものはない。


お互いが友達だと思えばそうなのであって、「内面的なこと」です。


恋愛だって同じですね。


「恋愛の定義」はありません。


ちなみに、「恋愛」を辞書で引いてみると(…しつこい!?ww)

「男女が互いに恋い慕うこと」と書いてある。


では、「恋とは何?」となって、また堂々巡りが始まります。


これが恋愛だと決まった形はありません。


話のついでに言うと、「青春」もそうですね。


「これが青春だ」という昔懐かしいテレビドラマがありますが、青春にも決まった形はない。


「充実している時こそが青春」と考えれば、もちろん年齢は関係ありません。


幾つになっても、昔の学園ドラマのごとく、太陽に向かって砂浜を走っていいのだああぁぁ〜(笑)


話が、もこみちに反町ですが(横道に反れましたが…)


さっきの「友達」に話を戻しましょう。


「耳の痛いことも言ってあげるのが友達」

と言う人がいます。


確かに、それはそう。


一方で、本音を言ったら、「それでも友達か」と言われることもあります。


励ましが必要な時に叱咤しても、意味がありません。


その微妙な呼吸が合っているからこそ、まさに「友達」と言えるのでしょう。


「友人の定義」などないですね。
「恋人の定義」もない。


何でも定義を決めないと気がすまないなら、そこから一歩も抜け出すことはできなくなります。


「恋人はこうあるべき」
「友人はこうあるべき」
「職場はこうあるべき」
「家庭はこうあるべき」
「学校はこうあるべき」

と考える。


でも、必ず、「こうあるべき」から外れたことがあります。


そこを補えるからこそ、愛情なのです。


「違いを認め合うこと」

真の愛情があればこそ、それが可能になります。


求めることに意識がいってしまうことがありますね。


「これだけ優しくしてあげたのだから相手も返すべきだ」などと思う。


しかし、こうしたから、こうすべきというのは、まさに「定義」でガチガチになっているのです。


しかも、その定義は、正しくないのです。


恋愛や人間関係は、そういうものではありません。


定義から外れたことがあるのです。


でも、それがあるからこそ、お互いが努力して、壁を乗り越え、愛に磨きをかけることができるのです。


小さな部分にこだわって、大きな部分を忘れてはいけない。


もっと余裕で、おおらかで、堂々と、ゆっくりと、慌てずに、寛容で・・・


そんな気持ちを忘れないようにしたいものです(*´∇`*)

BeautyPlus_20161012000135_save
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ