2007年02月
2007年02月22日
パプアニューギニア編 PART2 第9話
翌日は、Mimdinbit村をたずねた。村人は、いきなり民芸品を並べて我々を出迎えてくれた。その中に今朝捕獲されたばかりの小さなワニがおかれていた。もう死んでいるが、そのままおかれている。生ワニなど観光客が買うはずがない。しかし、それでも置かれていた。その横には、ワニをモチーフにした様々な置物が置かれていた。この村は特にワニ信仰が盛んなようだった。この村ではサゴでんぷんを使ったパンケーキをご馳走になった。サゴデンプンとは、サゴヤシからとれたデンプンで、パンケーキを焼いたり、魚のスープなどに使う。パンケーキは、表面が少しぱりぱりしていて、中はもちもちしている。粉っぽいが少し甘みがあってなかなか美味しかった。魚のスープにもサゴデンプンが入っていて、片栗粉をを溶いたようなどろどろしている。これはNangu(ナングー)と呼ばれるセピック地域だけに見られる調理法だそうだ。あっさりとした塩味で魚の出汁がよく出ていた。スープの具になっている魚は、おもにナマズやテラピアが使われる。テラピアは1963年にセピック川流域に放流されたそうだ。テラピアはアフリカからイントロデュースされた魚ので、いわゆる外来魚だ。この川で現在どうゆう状況になっているかわからないが、日本のブラックバス状態になると土着の種が絶滅する可能性がある。テラピアは白身でなかなか美味しい魚だが、このままだとおそらくこの川の生態系が崩れるであろう。東南アジアのいくつかの国々では、テラピアは養殖池を作ってそこで管理されている。
村を出て、フィッシャーマンのキャンプへ行ってみた。獲った魚は燻製などにして日保ちする状態にしてから市場などにもっていくそうだ。一匹分けてもらってその場でほう張ってみたが、何も調味料をつけなくて、素材の味だけで十分うまかった。サゴデンプンのパンケーキのときもそうだったが、アメリカ人やイギリス人は、絶対にこういうものを口にしようとはしなかった。ボクからすると「貴重な体験ができるのにもったいない」と思うのだが、彼らからすると「こんなものを食べて腹でもこわしたら引き合わん」と思っているだろう。フィッシャーマン達は、ここで魚の他にも、ワニやワイルドピッグ、オオコウモリなども狩るそうだ。この日をもってセピック川の旅は終了した。
2007年02月15日
パプアニューギニア編 PART2 第8話
ハウスタンバランへ招かれた。高床式なので、丸太に切り込みを入れただけの階段を登る。ハウスタンバランの中へ入るだけで、バランス感覚が要求されるのだ。それはハウスタンバランだけではなく、すべての高床式の家でいえることで、ユニバーサルデザインやバリヤフリーとはほど遠い。セピック川流域の村では、幼い子供から老人まで平均台のような階段をみんな使っている。
中に入るとがらんとしていて、数人の若者が等間隔で座っていた。成人の儀式が行われていたようだ。よく見ると、若者の中には全身に彫り物をしているものがいた。ペイントしたものではなく、皮膚がでこぼことしている。これはワニの皮膚を形取ったもので、強力な力を持つワニの力を得ようとする強い願いから、このような彫り物をするのだという。
この地に伝わる精霊信仰は、大まかに大地、水、森に宿る精霊を信仰し、大自然に宿るそれらの巨大な力に畏怖の念をもち、またその力を得て恩恵を受けようとする土着宗教なのだ。ワニは川に棲む強者であり、信仰の対象となる。この皮膚の彫り物以外にも、ワニをかたどった民芸品の彫り込みや、カヌーの舳先には必ずといっていいほど、ワニがかたどられている。しかし、最近では、成人の儀式のためにこのような気合いの入ったことをする若者もだんだん減ってきたようだ。
2007年02月08日
パプアニューギニア編 PART2 第7話
この日は、セピック川のKominimbi村,Poramboi村の二つの村を回ることになった。セピックスピリッツ号の周航は、セピック川の支流であるカラワリ川、セピック川のブラックウォーター湖、ミドルセピック、チャンブリ湖の4つのエリアの村々をまわるのだが、かなり広い範囲なので1ツアーですべてをまわることはできない。最初の村では、シンシンを披露してくれた。シンシンは、もとより戦闘前に士気を高めたり、その奇抜な様相で敵を威嚇するためのもであった。700もの部族があるといわれるニューギニアでは、それぞれ言葉も違い、それぞれのシンシンをもっているといわれる。部族間の抗争がほとんどなくなった現代では、シンシンは結婚式や収穫祭、客に対する歓迎などで行われるようになった。ボクは今まで、標高の高い高地に住む部族のシンシンをいくつか見たことがあったが、低地でのシンシンは初めてだった。部族や場所によって衣装や装飾などが違うので、こののものは観光用とはいえとても興味深い。
Poramboi村は、午後2時頃からのアプローチだったので、とにかく暑かった。おまけに案内された場所が、ボートから歩いて20分くらいかかる。炎天下の道をひたすら歩かなければならない。イギリスから来た老夫婦は完全に参っていた。婦人は足が悪く、おまけに太っている。このまま歩かせたら脱水症状で倒れてしまうのではないかと心配してしまった。しかし、着いてみると、そこには広い空間があり、ニューギニアの村としては大規模なハウスタンバラン(精霊の家)があった。この精霊の家はこの地に伝わる精霊信仰のいわゆる礼拝堂であり、ここで儀式や会合が行われ基本的に女人禁制の場所である。入るときは帽子と靴を脱ぐ。
2007年02月01日
パプアニューギニア編 PART2 第6話
朝食をすませてから、小型のボートに乗り込みKabriman村、Kraimbit村、Mumeri村の3カ所をまわった。どの村も旅行社がアレンジしたアトラクションを見せられ、最終的に民芸品の土産物を買わされるというパターンで、最後の村のときは正直もううんざりしてきた。
しかし民芸品をよく見ると、それはすべて手作りで、まるで小学生の工作のようなものもあれば、アートなものまで多彩なところがおもしろい。中にはパプアニューギニアの原始美術(プリミティブアート)としての掘り出し物ものもありそうだった。それもそのはずで、パプアニューギニアの各地にあった土着の伝統文化は、キリスト教の布教のためにその姿がどんどん失われつつあるのだが、交通手段の不便なセピック川流域には、まだ残っている。そうしたこの土地の独特な精霊信仰による風習や建造物、彫刻などは「セピックアート」と呼ばれ芸術家や研究者などから注目を浴びている。そうした事実を知ってか知らずか、カルフォルニアから来た実業家夫婦が、ものすごい勢いで買い物をしはじめた。丸ごと買い占めそうな勢いだった。



