2009年08月28日

悩む力、悩まない力(とんちゃん)(クライエントノート)

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ここに3冊の本がある。
1冊は「悩まない力」アルボムッレ・スマナサーラ(スリランカ初期仏教長老)著。2冊目は「悩む力」姜尚中(政治学者)著、そして3冊目も「悩む力」斎藤道雄(精神障害者「べてるの家」についての本)


人間は悩んだ方がいいのか、悩まない方がいいのか。

姜氏は「悩むべきだ。悩む力にこそ生きる意味への意志がやどっているのだ」という。 斎藤氏も「みんなで悩み、苦労を重ねることの中から生き方が見えてくる」という。それに反し、スマナサーラ氏は「悩まない方がいい。生きるうえではどうでもよい、小さな悩みにひっかかり先に進めなくなる」という。


私はスマナサーラ氏の意見に賛成する。なぜなら、私自身が散々悩んで来て、その辛さを骨身にしみて感じているからである。悩むよりは悩まない状態の方が絶対に心地よいに決まっている。私の若い頃は精神が本当に未熟で、悩みたくなくても悩みの中に引きずり込まれていった。その苦悩は長く長く続いた。だから、いまさら「悩む力」が大事だといわれてもピンとこないのである。悩みぬいた末のもはや「悩まない状態」こそ素晴らしいと思えるのである。


ただ、姜氏もどうでもよい問題を悩めと言っているのではないと思う。自分にとって避けて通れない大切な問題については悩みぬけと言っているのだと思うし、斎藤氏も精神障害者が向き合っている大きな偏見を突破するには、みんなで力を合わせて悩みぬくことが必要なのだといっていると思う。

だから本当はこの3冊は同じことを言っているのかもしれない。悩んで悩んで悩みぬけばやがてもう悩まない境地に到達できるのだと。

やっぱり私は「悩まない力」の方が最終的には偉大だと思えるのである。
しかし、それは「悩み」というプロセスを通過したものでなければならないのだろう。


Posted by makotoroom at 20:20