2015年04月04日

旅立ちのとき(川村エッセイ)


時には寒風吹きすさぶ初春のこの時期は、卒業されて県外へ旅立つクライエント様が今年も多数いらっしゃいます。


今までいろいろな思いを噛みしめながら、長い道のりを時には後ろに戻ったり、つまづきそうになったり…。


それでも一生懸命歩いて歩きぬいて、「卒業」という人生における一つの大きいステップをクリアーしたあなた…。本当におめでとうございます。


空を優雅に飛翔する白鳥のように、ぜひ今の瞬間を華麗に、前へと向かって羽ばたいて行ってください。


私は揺るぎなくこの場所で、いつでもあなた方を応援しております。


また悩みや葛藤が生じて、ゆっくりと自分に向かい合いたくたくなったときは、一休みする止まり木のように、いつでもこちらへお立ち寄りになってくださいね。



桜
  

Posted by makotoroom at 22:56

2014年11月05日

子育て・職場の人間関係に活かす「交流分析」セミナーのお知らせです。


子育て・職場の人間関係に活かす「交流分析」
−心や体が楽になり「体感して納得」−

  交流分析とは、アメリカの精神科医エリック・バーン博士が考案した理論体系で、今日から日常生活に活用できる分かりやすい心理学です。「精神分析の口語版」とも言われます。 交流分析は自分自身のことや、人と人との間で何が起こっているのかを知りたい人に役立ちます。


交流分析の主な内容・・・
1 人間の心は3つ?心の働きは5つ??
2 エゴグラム(心の指紋)で自分を知る
3 ドッジボール(悪いところ探し)からキャッチ
ボール(宝探し)
4 こじれる人間関係脱却法!
5 今の人生の生き方はいつ頃決めた?

どんな変化が?
「自分を知り 自分に気づき 自分を変える」きっかけになります。誰にもある人格(人柄)の中の問題性は望ましいものに、自分の良い点は更に伸ばし、活き活きとした笑顔の人生に変わります。このことを交流分析では「自律性」といい、自律性を身につけた人が「幸せ」に近づきます・・・・

日 時  12月20日(土) 9時から12時
場 所   アイーナ 806号室
http://www.aiina.jp/spf/facilities/lecture7-8.html
講 師   佐藤照貴(交流分析士インストラクター)
 受講料   3,000円                         
*お申込みされた後に下記の講座へお振込みをお願いします
< 振込口座>東北銀行 松園支店
普通預金口座 3162172
口座名義 盛岡心理カウンセリングセンター 代表 川村芳枝

< 連絡先>  
< 電話>080-6006-6881 盛岡心理カウンセリングセンター 川村まで
メールでのご予約は、ホームページのご予約フォームからどうぞ http://moriokashinri.jp/

盛岡心理カウンセリングセンター 岩手県盛岡市黒石野2丁目7-21 
TEL: 019-663-6881
  
Posted by makotoroom at 23:49

2014年02月14日

チョコレートありがとう(*^o^*)(川村エッセイ)

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手作りのトリュフチョコ♪

すごく美味しく頂きました(*^o^*)

Mちゃん、ありがとう♪
  
Posted by makotoroom at 23:18

2014年02月01日

寒いこの時期は…(川村エッセイ)

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毎日、朝晩かなり冷える日が続いております。

昨日は風もかなり強く、来週の盛岡は、最低気温が−10℃くらいになる日もあるようです。

こんな日は体が芯から温まるようにと、粕汁を作ってみました。

カニの甲羅をダシにしようか迷ったのですが、結局「メロカマ」という魚をベースに、舞茸、えのき、しめじ、大根、人参、豆腐、ネギ、マダラの白子、つみれなどを入れてじっくり煮込み、食してみました。

凍れる(寒いの意)日が続くからこそ、やがて花が芽吹き、蝶が舞いはじめ、暖かくなって来はじめると、その喜びも一入なのだと思います。

待ち望んでいた春まであともう少し♪

皆様、身の回りを暖かくして、もう一踏ん張りしましょうね(*^o^*)


  
Posted by makotoroom at 21:25

2014年01月07日

七草の日(川村エッセイ)

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今日は、お正月のご馳走を沢山頂いた後の、胃腸に優しい作用がある七草粥を食べる日でもありますね。

我が家の今晩の献立は、七草が入ったお雑煮にしてみました。

お正月休みは31日・1日・2日の3日間を休む予定でしたが、今年は1日と2日もお客様にお越し頂き、本当にありがたいことです。

お正月の賑わいもそろそろ成りをひそめ、ほぼ皆様も普段の生活に戻られたことと思います。

七草のお雑煮の他には、昨日一晩煮ておいたあずきにお餅を入れ、「お汁粉」にして母の御仏前に供えさせて頂きました。

母はつぶあんのお汁粉が大好きだったなぁと思いながら…。

去年のお正月は、二人で美味しい物、沢山食べたなぁ…。(*^^*)

お正月も終わった今晩は、少し想い出に浸るとします。

ちなみに皆様は、今年はどんな初夢をみましたか?

皆様に取って、今年もさらにより良い年になりますように…。
  
Posted by makotoroom at 23:51

2013年11月04日

しばしのお別れ(川村エッセイ)

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近所に住んでいるけどお互い忙しく、ほとんど連絡を取っていない弟から今日珍しく着信があり、折り返して

「どうしたの?」

と聞いた所、

「石巻に行くことになった」

と…。

「いつから?」

と聞いたら

「明日から」

えっ?明日!?

姉はまだ心の準備が出来てません…。

普段逢わないのに、遠く離れるのは何となく寂しい…。

仕事柄、どうしても遠くに行くことがあるのは頭では分かっているけど…。

今回は小学校の建築に携わるそうです。

一級建築士だけど図面を書くだけの頭脳労働はどうも好きになれないらしく、現場で汗水流しながら動き、そしてプラスアルファで頭脳も程々に使うのが好きなようです。

現場の足場は高いところが多いので、怪我などせずに無事に戻って来ますように…。

社用車で行くので、弟の車は来年の2月までセカンドカーで私が使うことになりそうです。

  
Posted by makotoroom at 20:45

2012年02月01日

嬉しいプレゼント(川村エッセイ)

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カウンセリング関係の講義で入らせていただいている研修センターの生徒さん方から、とても綺麗なお花をいただきました。

外はいつの年にも増して真っ白な世界の、1年でも1番寒い厳寒期の今日この頃ですが、お花はまるで春のように柔らかな色合いで、思わず心がほっと暖かくなりました。

日差しも長くなり、また必ず春がやって参ります。

皆様も風邪など引かぬよう、くれぐれもお体大切になさってくださいね。



  
Posted by makotoroom at 21:57

2011年10月20日

久しぶりの手作りケーキ(川村エッセイ)

19dba7f7.jpg久しぶりに手作りのデコレーションケーキを作ってみました。

やはりこの時期は苺がどこのお店でもなく、6件目にしてやっと念願叶い購入する事が出来ました。

ちなみに苺は北海道産だそうです。
きっとハウス栽培なんでしょうね。
  
Posted by makotoroom at 19:49

2011年10月10日

浜のミサンガ「環」

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今、浜の女性たちは復興への願いを込めてミサンガ「環」を魚網を使って一つ一つ丁寧に手作りしております。

ブログを読んで下さっている皆様、是非三陸への支援の一環として、ミサンガ「環」のホームページをご覧になっていただければ大変ありがたく思います。

浜のミサンガ「環」ホームページURL

http://www.sanriku-shigoto-project.com




  
Posted by makotoroom at 22:21

2011年03月17日

東日本大震災

この度は、空前絶後、未曽有の大震災(東日本大震災)により被害を受けられました皆様に心よりお見舞い申し上げます。

地震や津波のついほんの数分前まで、きっと皆様方は仕事をいつものようにこなされたり、自宅や学校等で何の変哲もなく生活を送っていた事と思います。

そんな平和な日常が、このように一瞬で豹変してしまう現実とは何とむごい事なのかと、テレビを見たり新聞を読んだりする度にこの出来事の事実を痛感せざるを得ません。

私は内陸部ですので津波の被害は免れましたが、沿岸部の沢山の方々は一瞬にして津波に自宅を、そして大切な命を飲み込まれてしまいました。

一体その瞬間はどの位驚愕の思いをされ、そして寒く冷たく、苦しかったのでしょう…。筆舌に尽くしがたいほどの思いをされたのでしょう…。

今私たちができる事はきっと、1人1人が息を合わせ踏ん張り、一丸となって行く事なのだと思います。

1人ではできない事でも「3人集まれば文殊の知恵」というように、知恵を出し合い前へ進んでいくために一丸となる事はとても大切であろうと思います。

この大変な状況だからこそ痛みを分かち合い、例えば自分が大量に物品を買い占めれば必ず誰かに弊害が発生する事を念頭に置いていただきたいと思います。

せっかく助かった方々が、この寒さの中、飢えを感じ不便を感じ、とても辛い思いをされています。

釜石被災地ではインフルエンザも流行りはじめたと聞きました。

どうか一刻も早く、被災地に食物、毛布、灯油、ガソリンが届きますように…ぬくまってほっと安堵できますように…。

被災者様のご心労、苦痛が一分でも、一秒でも早く軽減されて行きますように…。

盛岡心理カウンセリングセンターでは、トップページにご説明させていただきました通り、暫くの期間は本当にお辛く、大変な思いをされている方々のためにお電話とメールにて対応差し上げたいと思います。

よろしければぜひお電話かメールをお待ち申し上げております。

盛岡心理カウンセリングセンター

川村 芳枝
  
Posted by makotoroom at 00:00

2010年10月24日

公開講座のお知らせです

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楽しく体験!
星と波テスト&創作コラージュ療法

日時:2010年10月29日(金)18:30〜21:00
会場:コミュニケーションギャラリー リリオ(盛岡市大通り1-11-8)
担当講師:[こころを映す鏡の世界へ(悠書館)]の著者 臨床心理士 櫻井眞澄先生
参加費:\3000
内容:
★[星と波テスト]実習体験
★コラージュ創作&分析の基礎体験
★[星と波テスト][コラージュ]を用いたカウンセリング事例のご紹介・解説
対象:学校関係者及びご父兄の皆様、医療関係者、メンタルケアに興味ある一般の方々


ぜひ奮ってご参加ください。

参加申し込みは、

019-663-6881

までお願いします。
  
Posted by makotoroom at 14:04

2010年08月02日

遅らばせながら一周年のご報告です(川村エッセイ)

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先日の7月7日に、盛岡心理カウンセリングセンターはお陰様で一周年を迎える事ができました。

当日はささやかながらも、スタッフ4人で近所の和食料理店で昼食を共にしてお祝い致しました。
みんなで語り合いながら、日々研鑽して行きたいという思いの強さを各スタッフから聞く事ができ、改めて私も心を清廉に、初心を忘れずこれからもスタッフと共に歩んで行きたいと強く感じました。

  
Posted by makotoroom at 23:22

2010年05月09日

三島文学〜豊穣の海〜(川村エッセイ)

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三島由紀夫の
「豊穣の海」は四部作になっている。

この作品は三島由紀夫が最後に書き上げた作品なのだが、第一部の「春の雪」は、儚く消え入りそうな、まさに春の雪というタイトルがイメージにぴったりの内容になっている。

柔らかく繊細な春の描写だけを取っても、声が出ないくらい感嘆させられるのに、色々なシーンに出て来るその時々の海の描写にも、さらに輪をかけるように圧巻させられっぱなしで、まさに三島文学は「一つの小宇宙」的構造になり得ているのだと思う。

特に海の上をうねる波の描写、力強く見えていた海の波が、濃縮され、圧搾され、硬い結晶になり、やがて泡と化して行く…。その一瞬一瞬が三島由紀夫の表現力にかかると、あまりにも刹那的で、美しく、本を閉じてからもしばらくは力が入らないくらい、感動に打ちひしがれてしまう。


私なりに、何故こんなにも三島文学の表現は美しいのかを色々と頭の中で追求してみた。

三島由紀夫はきっと、時間が普通に流れる空間に当たり前にいたのではなく、一瞬一瞬が刹那的で、その一瞬がか細いながらも繋がりを持って生きていたのではないかと…。

だからきっと、言葉の響き、単語の一つ一つをミックスして最上級の麗句に仕立て上げる事が出来たのだろう。

鶴が自分の羽根の一本一本を織り上げて行くのと同じで、三島文学には、きっと三島由紀夫の魂が入っているのだろう。


三島由紀夫は激しさと、そして繊細さを兼ね備えており、どちらかというと激しさ的な事での方が語り継がれていると思うが、本質はきっと繊細さが際立っていたのではないだろうか、と私は思う。
  
Posted by makotoroom at 22:35

2009年10月19日

秋の夜長のせつない話し(川村エッセイ)

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随分と日の暮れが早くなって来た。

心なしか、紅葉し始めている木々も風に吹かれながらそっとたたずみ、冬に備えて静かに溜め息をついているように見えるのは、果たして私だけであろうか。

黙ってそんな木々の風景を見つめていると、何故か胸の奥がキュンとせつなくなって来る。

毎朝、私は日本経済新聞を拝読しているのだが、掲載中の連載小説「甘空上海」が、とても愁いを帯びた哀愁感を漂わせており、悲しく、そしてせつない…。

主人公の早見紅子と、石井京のお互い惹かれ合いながらも離れて行かなければならない辛さ、ストーリーの奥に静かにかかっているBGMのように、チベット密教がところどころに織り混ざりあい、まるでお香の香りがすぐにでも漂ってきそうなリアリティさ、、。

作者の高樹のぶ子氏の文体は非常に洗練されておりそして柔らかく、女性が自然と独り言を言っているような、そんな言葉のシャワーがキラキラとところどころに輝いているようで、読み進めて行くごとに溜め息が出るくらいうっとりとしてしまう。

後1ヶ月もすれば、きっと雪も降ってくるのだろう。

季節に合わせ、木々たちも一生懸命に色づき、やがては木の葉を落として行く。

またまぎれもなく訪れる新しい春を信じ、芽吹く生命力に、私はいつも感嘆せずにはいられない。
  
Posted by makotoroom at 22:32

2009年08月19日

カウンセリングセンターがオープンして(川村エッセイ)

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カウンセリングセンターがオープンして、もう少しで早や一ヶ月半が経とうとしております。

皆様からも、写真では写しきれない位沢山のお花といただき物を頂戴し、このブログを借りまして心より御礼申し上げます。


  
Posted by makotoroom at 21:57

2009年06月05日

カウンセリングルームのリニューアルのお知らせです。(川村エッセイ)

0e7796d4.jpgこの度、「真琴カウンセリングルーム」は、

「盛岡心理カウンセリングセンター」

と名称を変更いたしましてリニューアルさせていただく事と相成りました。

これもひとえに、お一人一人のご縁があった大事なお客様方に支えられたからこそここまで来られたのだと、私共スタッフは感謝の気持ちで心が溢れんばかりになっております。


お陰様で盛岡心理カウンセリングセンターは、我が弟(弟は一級建築士の仕事をしております。)が働いている会社にお世話になり、現在建物を建築中です。

工事の進み具合ではっきりした事はまだ申し上げられませんが、今月いっぱいくらいで建物が完成するのではないかと思われますので、詳しい事がわかり次第またご連絡を差し上げたいと思います。

その他にももう一つお知らせです。

盛岡心理カウンセリングセンターにリニューアルすると共に、今まで真琴カウンセリングルームを支えてくれたスタッフの他に、一緒に盛岡でカウンセリング活動を行って来た仲間と共にさらに力を合わせて活動して行く事となりました。

これからも日々精進し、より良いサービスの向上に努めて参りますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
  
Posted by makotoroom at 21:44

2009年03月01日

米アカデミー賞「おくりびと」(川村エッセイ)

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今年の米アカデミー賞外国語映画賞は、「おくりびと」が受賞した。

社会派の問題作がたくさん候補に載っている中で、「おくりびと」はきっと群を抜いて新鮮さを放っていたのだろうと思う。

私は2回この映画を観に行ったのだが、静寂さをメインに映し出される映像美には非常に感嘆させられた。

舞台は山形で、白鳥が空を横切って行くシーン、そして田んぼの中で黙々と餌をついばむシーンなどは、一生懸命ひたむきに生きていく白鳥たちの強い生命力を感じ、しんしんと雪が降っている田んぼのあぜ道を本木雅弘が車を走らせて行く情景は、それだけで何故かもう胸にジーンと来る物があった。


飾られない、ありのままの映像のナチュラルさは、まるで小川のせせらぎが静かにただ流れている、そんな美しさと似通った共通性を持っているのかもしれない。

大事な人と最後にお別れをする納棺の儀式を、これほどよくぞ美しく穏やかに表現できたのだろうと、改めて感心せざるを得ない。

もう一つ嬉しいのは、外国人と日本人では文化の違いを感じる部分もあるのだろうが、この「死生感」をテーマにした「おくりびと」が、米アカデミー賞で外国語映画賞を受賞したという事は、「死生感」を、国を超えて感じ取っている普遍的に共通な感覚が、きっと「おくりびと」の中の真摯な感性を高く評価してもらえたのだろう、という事である。


  
Posted by makotoroom at 22:49

2009年02月14日

文豪 ドストエフスキー(川村エッセイ)

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作家 ドストエフスキーの代表作は、「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」などが挙げられるだろう。


ドストエフスキーは人間の暗い闇の部分を鋭く指摘し、あからさまにする事に素晴らしく秀でた才能の持ち主だった。


ドイツの作家シラーや、フランスの社会主義者フーリエに傾倒しながらも、だんだんと人間の恐るべき本性に目覚めて行き、その事を視点に書かれて行った作品はまさに秀作と呼ぶにふさわしい作品揃いである。


心理学者のフロイトも、1928年に「ドストエフスキーと父親殺し」という論文を出している。


その内容というのは、

(ドストエフスキー)

・異常に強烈な情動性

・サド・マゾになる素質、犯罪者になる素質

・芸術家としての天分

・持病「てんかん」はヒステリー的なものではないのか。


という内容が主であったが、この「てんかん」をヒステリー発作だったのではないかというフロイト流の解釈の仕方に、私は非常に興味深さを持った。


まさに、エディプスコンプレックス(父親コンプレックス)をフロイトはドストエフスキーの中に感じ取っており、


・父親を賛美するが故、父親に取って変わりたい気持ち

・父親を亡き物にしたいという憎悪感


この両極の気持ち(両価性)のフラストレーションが発作につながっていたのではないか、という事がフロイトの推察であった。


それを考えると、ドストエフスキーがもし今の世の中の人であったのなら、検査の機械も当時に比べたらかなり進歩しており、脳波などを調べた時にまた症状としての違う見解もできたのかもしれないな、などと思わず考えてしまう。

ドストエフスキーは発作の時にどんな事を見、そして感じていたのだろう。

色々な文献を読んでいるとそこには、

・頭がスパークするような感じ

などと書かれている事がある。

きっと発作のエネルギー、ドストエフスキーの精神にはすごいエネルギーが満ち溢れており、それが文豪たる由縁だったのであろう。
  
Posted by makotoroom at 23:45

2008年12月06日

読書のすすめ(川村エッセイ)

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つい先日の新聞にも一般的評論として掲載されていたが、麻生首相の漢字誤読がかなり世論を賑わせているようだ。


最高位の公人であるが故、今回の事を肝に命じ、今後はこのような事のないようにぜひ頑張っていただきたいと思う。


ワープロ・パソコンが普及している昨今、直接漢字を書く事もなくなり、特に誤記を招いている現状もきっとあるのだろうと思う。


やはり、読書はあらゆる意味で大事であろう。


活字を読む事で脳に良い刺激になるし、漢字の読みも得意になる。

テレビだと映像、音、何から何までが便利に提供されてしまい、ただ観てるだけでもどんどんストーリーは展開して行くが、本だとそうは行かない。

まず活字を読みながら置き換えて解読し、それに対して考え、どんどんイメージを膨らませながら自分自身が想像の世界を作って行くのである。


もしかしたらリアルに景色をイメージできたり、香りや色なども感じられるかもしれない。

きっとあらゆる五感を駆使しての作業は、素晴らしく自分の感性を高めてくれる事だろう。

そういう訳で、読書は特に、私としてはおすすめしたい所である。

ちなみに私がつい最近読んだのは、「閉鎖病棟」「生きる力(五木寛之)」などである。


先日、「レッド・クリフ」を映画館で観て来たら三国志に非常に興味が湧いて来たので、三国志関係の書物も是非さがして読んでみたいな、と思っている。
  
Posted by makotoroom at 22:24

2008年11月08日

今年の中秋の名月(川村エッセイ)

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11月も、あっという間に初旬をこえそうなくらい、月日がたつのが早いなと思っているのは、果たして私だけであろうか。

この時期になると、ふと一年間を振り返りたくなる。

空は毎日仰いで見ているが、今年の中秋の名月ほどまわりの空気を綺麗に澄みわたらせ、さらにその上にポッカリと美しく浮かんでいる月はなかったように思う。


自然の壮大な美しさにふれていると、その荘厳さ、スケールの大きさに感動しながらも、思わず畏敬の念を抱いてしまう。

人がいくら頑張っても作り上げられない美しさ…。

そして神々しいほどの輝き、そして…厳しさ…。

特に、月明かりが夜空を照らし、かもし出している蒼い色は、どんなに高級な絵の具を混ぜ合わせたり、科学者が研究開発してもきっと、自然の美しさには太刀打ちできないのだろう。


その一瞬一瞬を紡ぎ、変貌して行く儚い美しさの下で、私はただただ、ため息をつきながら美しさに見とれている事しかできない。

そんなひとときを持てる事に感謝しながら…。

やはり、一瞬であるからこそ、無常の儚さだからこそ、自然の美しさはさらに光を放ち、際だつのだろう。

一年を振り返ると、真っ先に自分の胸に湧き上がって来る思い出は、

(中秋の名月)の美しさ
である。


果たしてこのブログを読んでくださっている皆様は、一年を振り返ってどんな思い出が頭に浮かんで来ている事だろう。
  
Posted by makotoroom at 17:08

2008年08月19日

〜なぜ君は絶望と闘えたのか 本村洋の3300日〜を読んで(川村エッセイ)

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〜本村洋氏〜

光市母子殺害事件の被害者の遺族である本村洋氏を、幾度かテレビで拝見する機会があった。

その真っ直ぐに宙を見つめる、奥底に闘志を燃やしている炎のような瞳、物腰に私は強く心打たれた。

まさに自分の中の「信念」を信じ抜き、貫き通した方であろう。

今回、この事件の全容が本になり出版されたと聞き、真っ先に本を購入した。

そのタイトルが

なぜ君は絶望と闘えたのか 本村洋の3300日

角田高将署

である。

この本も、私に取っては涙なしでは読めない本であった。


自分自身も被害者の夫、そして父親の立場であり、心に深い傷をおったにも関わらず、夫として妻と娘を守りきれなかったと言いようのない罪悪感に襲われながらも、自分が体験した事を元に最後には山のように動かなかった司法の世界そのものを動かす事になるのである。

何度も、現在の遺族の気持ちを汲み取らない日本の司法制度に愕然とし、自殺さえ考えた事もある本村洋氏は、幾多の苦難を乗り越え、発信し続けたメッセージがやがて日本全国の人々の胸に染み入り、共感を呼んでいった。

この件から故小渕恵三総理も犯罪被害者問題に言及し、
「犯罪被害者保護法」
「改正刑事訴訟法」
「改正検察審査会法」
が新しく法律に付け加えられ、更に小泉純一郎元総理も犯罪被害者を保護、救済するための
「犯罪被害者等基本法」を2004年12月に議員立法として成立し、翌年には「犯罪被害者等基本計画」が策定されたのである。

司法の世界を最初は良くわからなかった1人の若い青年が、メディアさえも大きく揺り動かし、実直な信念で世の中を突き動かして行く様は、きっと誰もが予測し得ぬ事であったろう。

中学時代よりネフローゼを患い、命の重み、大切さを人一倍痛感し、更に愛する家族の命を心より尊く思えたからこそ、本村洋氏は昔ながらの司法の世界を新たに改革していけたのだろう。

一つの事を信じ切り、突き進む姿は凜として荘厳で、とても美しい。

最後に、本村弥生さん、夕夏ちゃんに、追悼の意を送らせて下さい。

合掌
  
Posted by makotoroom at 00:02

2008年07月19日

夢・涙(川村エッセイ)

3f02234f.jpg夢を見た。


その夢は、ひたすら空を登って、登って、

「お父さん、お父さん」と叫んでいる夢だった。

その時、私ははっきりと「もう父親には逢えないのだな」という事を夢の中で痛い程実感した。


目が醒めてから、顔が涙だらけになっている事に初めて気付いた。

おそらく、泣きながらお父さん、と叫んでいたのだろう。


いつの間にか泣きながら寝てしまうとか、起きてから思い出してホロリと泣いてしまうとかは、10年前位にはもしかしたらあったのかもしれない。

だが、寝てる間に夢の中で大泣きするという事は、きっと子供の時以来なかった様な気がする。


そんな自分に驚きつつも、こんなに悲しい想いが詰まっている自分の気持ちを改めて感じ、そしてとても大切に思えるのは何故であろう…。


やはり本当に悲しい気持ちというのは、そんなにすぐに癒える物ではないのだろうから。


その想いを抱えつつも、じっくり時間と共に向き合おう。


昔、父親は良く私を膝で抱っこしてくれた。

あの温もりの心地よい事…。

そして無常の安心感…。

何かの本には

「親に尻を向けて抱っこされるなどと、はしたなさの極みである」
という言葉が掲載されていた。


世間一般にいうと、確かに躾としては好ましくない事なのかもしれない。

それでも、、良いではないか。

父親の温もりが私の心の根底の安心感に染み入って、日々日常を感謝出来る。


辛い事があっても、乗り越える事が出来る。


そんな自分の、何と幸せな事。

だから、、この悲しみもゆっくりと乗り越えて行こう。

雲から静かに顔を出している月の、優しく蒼い月明かりが大好きだ。


月明かりに照らされ、心地よい風に頬を撫でられる時、私はいつも亡き父を想う。

きっと少しずつ、父を想う度に私の心もほぐれて行くのだろう。

砂時計の砂が、少しずつサラサラと顆粒になって下へと落ちて行く様に…

少しずつ…。
  
Posted by makotoroom at 21:13

2008年05月20日

今一番の悩み(川村エッセイ)

922f9297.jpg前にも前述した事があるが、私はいわゆる「本の虫」である。


ピークは中学生の時で、止まらない時は1日に10〜12時間位読書に没頭していただろうか。

集中すると食事をする事さえももどかしく、今振り返ると良くもまぁ、、と呆れてしまうくらいである。


そんな性格なので、基本的には本と静かな空間さえあれば後は何もいらない方なのだが、今は思うように本を読む時間が取れず、それがもっかの悩みの種になっている。


先ず、今真っ先に読みたいのは

「無情という名の病〜受け継がれる魂の遺伝子」山折哲雄著

解説になってしまうが、日本人の魂の遺伝子として受け継がれる「無情感」、「無情なるもの」の発生と根拠を和辻哲郎や良寛、折口信夫、宮沢賢治、高村光太郎、坂口安吾、中原中也などの先達に訪ね、自然観や死生観の底を流れる連綿とした思いを、まさに集結した一冊なのだろうと思う。

先日、電車にこの本を読みかけのまま置き忘れて来てしまい、どうしても未練たらたらの私は、もう一度購入してしまうくらい、「今一番読みたい本」なのである。

良寛の、子供と楽しそうに遊びながら唄っている手鞠唄や、宮沢賢治が雪降りの畑でスキップしてる様など、本の表紙に触れているだけで何となく目前に浮かんで来るようで、何故だろう不思議な感じがする。

後は大江健三郎の少し前に話題になった「沖縄ノート」

時間ができたら、この二冊は是非読んでみたい。

何せこの頃の私は、本を開いて物の10分もしない内に、いつの間にか寝入ってしまうのだから…。

せめて1日2時間でも3時間でも良い。

本を読む事だけに取れる時間があったらなぁ…

と、もしかしたらこれは少し贅沢な悩みかもしれない。
  
Posted by makotoroom at 23:34

2008年04月26日

世紀のラブレター50通(川村エッセイ)

737eff3a.jpg私の母は文藝春秋を毎月読んでおり、読み終わると必ず私の元へとまとめて置いて行く。

今回も何の気なしに置いて行かれた春秋を流し読みしていたのだが、
「世紀のラブレター50通」

というタイトルに気持ちをそそられ読み進めて行く内に、思わず私まで胸に詰まる物を感じたので、読んだ感想を紹介させて頂こうと思う。


まずは最初に、美空ひばりと小林旭である。
この二人の芸能人カップルは、当初歌をお互いに詠みあっていた。

相聞歌のやりとりをしていたなんて、春秋を読むまでは予想だにしなかったし、意外であった。


「我が胸に
人に知らざる泉あり
つぶてを投げて流したる君」(ひばり)

「石を持ち
投げてみつめん水の面音たかき波立つやたたずや」(旭)

作品としては、きっと必ずしも上手いとはいえないかもしれない。

しかし非常に切なく、リアルな感じがし、素晴らしい恋文だなぁ、美空ひばりも小林旭も、こんなに奥行かしい恋心のやりとりをしていたなんて…と、改めて実感した作品である。

芥川龍之介も、普段の作品からは考えられない様な甘く優しい恋文を後に妻となった塚本文に宛てていた様である。

今、まさに時空を越えて当時の有名人の恋文を拝見していると、

すぐ逢える
すぐ連絡取れる

という便利さに、現代人は当たり前の様に慣れっこになってしまっていて、昔の恋人同士は、待たなければいけないからこそ、その逢えない時間をゆっくり筆にしたためたり、相手の事を考えたり出来たのかもしれない、としみじみ比較してみたりしてしまう。

そんな事を考えている内に、外の雨の音が今一層大きくなって来ている。

桜も大部散ってしまったが、いよいよこの雨で明日はきっと、綺麗に散ってしまうのだろう。
  
Posted by makotoroom at 22:18

2008年02月25日

私の文学史〜(川村エッセイ)

fdc34e59.jpg私が小さい頃は、近所に貸し本屋なるものがあり、良く本を借りに行っていた。

一週間借りて50円、毎月のお小遣いが入ると真っ先に貸し本屋へと走って行った物である。

やがて中2位になると、母親が好んで読んでいた本を私も書棚から取って読むようになった。

ジャンルは黒岩重吾 瀬戸内春美(現在寂聴)佐藤愛子 ドストエフスキーといった所だろうか。

その後に、図書館で手にした太宰治の本をめくった時、内容に深い衝撃を受けしばらく本を読む事だけに没頭した時期があった。

そのせいかどうか、私の文体は今流行りではなく、非常に古い感じがすると思う。

つい最近も、今は「話し」を「話」とだけ書くのが主流になって来ているのがやっと分かった位であるのだから。

昔に覚えた事を修正するのは、改めて難しい物だな、と今しみじみと痛感している。


まぁ、そんな昭和初期の匂いがする雰囲気の自分でも良いかなぁ、と今はほんわりと想えるのであるが…。
  
Posted by makotoroom at 21:56

2007年12月30日

私の父親(川村エッセイ)

fd2f96ed.jpg病と闘っていた父親が、12月12日に亡くなった。

享年72歳だった。

25年前に脳内出血で倒れ、それからの人生ずっと不自由な体に不平を言わず一生懸命生き抜いて来た父親は、最後の息の一つまでをも真剣に、そして私達親子の元からとても静かに旅立って行った。

25年前にはもう駄目ですとDrに首を振られ、だが父親は陸上の選手時代に体を鍛えており、強靭な心臓だったのが幸を奏し、当時は奇跡的に助かったのである。

父親がいる事をごく当たり前に、私も日常を送って来た。

父親がいなくなって、改めてどんなに大切な存在だったのかという事を、今しみじみと思い知らされている。


父親は、何物にも替えられない大切な物を私に置いて行ってくれた。

それは、我が身を持って教えてくれた「生命力」である。


私は今、その父親の一生懸命だった人生を心の糧に、そして指針にして生きて行こうと思っている。


「お父さん、12月12日が旅立った日なんて、お父さんらしいね。

まるでマラソンしながら旅立ったみたいだね…

お父さん、今までありがとう。

私はお父さんの子供で本当に良かった…。

お父さんへ」
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Posted by makotoroom at 23:25

2007年11月11日

雲海(川村エッセイ)

9dc5b106.jpg今日は生憎、予報通りの雨であった。

午後から父親の病院に見舞いに行くために車でいつもの道路を走り、次のカーブを曲がり終えてもごく当たり前に、いつもの何の変哲のない景色が目の前に現れる予定であった。

…が…右側の岩手山のふもとの住宅地が、どう見ても海岸に見えるのである。

「??」何回も首を傾げ、目をありったけ広げて見直してみたが、やはりたっぷりと水が張ってある「海」にしか見えないのである。

何はともあれ、雨の中にそそり立つぼんやりとした岩手山と、そのふもとに広大に広がっている海…

あまりの荘厳さに、私は運転してるのも忘れそうなくらい見入ってしまい、言葉にならない程の感動を覚えた。

結局、その海に見えた部分は雲が下の部分に結集され、出来た自然の錯覚だったのだが、きっとああいう現象はなかなかお目にかかれないだろうと思う。

また映画の話になってしまい恐縮なのだが、実は、西遊記を観に行きたかったがなかなか時間が作れず、ガッカリした事を思い出したので書かせて頂こう。

西遊記の何をそんなに観たかったかというと、香取慎吾演じる孫悟空が キントウンに乗って空を飛び回るシーン、山から山へ、壮大な広い空、遥か彼方から続いている雲…

CGでどのくらいの迫力UPを目の前に感じる事が出来るのだろうと思っていただけに、映画が終わってしまった時は非常に残念であった。

でも、今日はこの自然が作り上げた錯覚で、荘厳な岩手山のふもとに海を感じる事が出来た。

まるでどこかの港街に一瞬でワープしてしまった様に…

(この画像は、その時の風景ではない事をご了承ください。)
  
Posted by makotoroom at 22:16

2007年08月16日

お盆(川村エッセイ)

345c2882.jpgお盆は、私にとって一大イベントである。

まずはお盆一週間前位から、空いてる時間を活用し、家の窓という窓を全部拭き尽くして行く。

窓ふきが終わった後は床にワックスがけをする。

今年は猛暑を通り越し、酷暑だったので額に汗しながらの作業である。

家の中の大掃除が終わり、お盆初日はお赤飯に煮しめ作り、作ったご馳走は仏壇とお墓に供えさせていただく。

お墓に行き、今は亡き祖父や祖母を思い出すと、いつの間にか自然とお墓に、私は語りかけているのである。
この間、こんな事があったよ。あんな事があったんだよ。と…

お墓の中の祖父と祖母は、どんな顔をして私の話しを聞いているんだろうなあ…なんて想像を巡らせながら、私は尚も語りかける。

故人を懐かしみ、今自分がいる現生活は、故人の上に成り立っているのだ、と感じる事ができ、改めて感謝の念を持つ事が出来るお盆は、私にとって一大イベントであり、やはり大好きな行事の一つなのである。
  
Posted by makotoroom at 23:43

2007年08月01日

河合隼雄氏に追悼の意(川村エッセイ)

河合隼雄氏が昨年八月にお倒れになったというニュースは聞いていたのだが、それから一年近くたった七月二十一日の朝、新聞で訃報を知る事になった。

誠に残念である。

1965年に、チューリッヒユング研究所から日本で初めて「ユング派分析家」の資格を取得し帰国され、ユング心理学の理論と実践を学び、日本の社会に紹介し定着させた第一責任者として、大変功績のあるお方であった。

その他にも心理療法の一つ「箱庭療法」を外国から取り入れ、それを日本人に受け入れやすいように河合流「箱庭療法」を開発され、箱庭療法学会を創立されたり、日本心理学会理事長をなさっており、文化功労賞も受賞されたお方である。

河合隼雄氏は、神話や文学、哲学宗教、詩や童話の世界なども限りなく探求されていたようだが、非常にバランスの取れた感性と説得力のある言葉を語る方だったという。

ユング心理学を、並大抵ではない努力と共に日本に定着させた河合隼雄氏に、心より尊敬の念を送ると共に、私からも追悼の意を申し述べさせていただきたいと思う。

今私は、みすず書房発刊の「ユング自伝」を読んでいる。

「ユング自伝」はヤッフェ編で、河合隼雄氏、藤縄昭氏、出井淑子氏が訳している本である。

この本を読みながら、河合隼雄氏が亡くなってしまったのだと思うと、今回の訃報をやはりとても残念に感ぜずにはいられないのである。
  
Posted by makotoroom at 09:35

2007年06月24日

ゲゲゲの鬼太郎(川村エッセイ)

b7c8d817.jpg先日 我が子と「ゲゲゲの鬼太郎」を観に行って来た。

正直言って私は、「パッチギ!」か「スパイダーマン3」を観たい所であったが、子供の強い要望で「ゲゲゲの鬼太郎」になってしまったのである。

映画館に入り、椅子に座り、すでに腕組みの体制で居眠りモードの準備をしていた私の前に、スクリーンから「ゲゲゲの鬼太郎」が映し出される事となったのだが、鬼太郎がウエンツ、猫娘が田中麗奈、砂かけババアが室井滋、ろくろっ首がYOU、大車輪が西田敏行と、素晴らしいスタッフが一斉揃いで、思わず目を見張っている内に、鬼太郎が人間の女の子に抱いてしまう淡い切ない恋心に思わずホロリ…。


セカチューでも涙が出なかった私は、「ゲゲゲの鬼太郎」で思わず涙腺が緩んでしまったのである…。


話は変わり、妖怪で思い出したのが、「妖怪学」で有名だった井上円了氏である。

井上円了は、1858年に新潟の慈光寺に生まれ、東京大学在学中から妖怪研究を始め、「妖怪博士」「お化け博士」と人々から大人気だった。


井上円了の妖怪学研究の目的は、「仏教の再生化」と「日本の近代化」で、西洋の合理主義によって仏教を再生するために、仏教から妖怪や迷信を取り除くためで、そのために妖怪の本質を解明し、迷信をなくす事を自分の使命と考えていたらしい。

そして妖怪を、「疑怪」「仮怪」「真怪」に分類してカテゴリーを作って行った。

井上円了は、妖怪という雑多なカテゴリーに可能なかぎり合理的な説明を与え、不安な恐怖心などをなくそうとした、日本の心理学の歴史から行くと大変功績のあるお方であろう。


初めて行った田舎の街が、どんどん夜も更けて行き、街灯がポツンポツンとともり始める頃、その街灯の色に妙に胸がキュンと切なくなる時がある。

黄緑色の薄暗い街灯を見ている内に、その田舎の街並みの横から、思わずニュッと妖怪が出て来そうなイメージが湧いて来て、そんな自分に思わず(苦笑)してしまったり…

妖怪は、自分の中で怖いだけではなく、「皮肉り感」や、「ブラックジョーク」に長けている感がするのは一体何故なのだろう。

そんな事をボーっと考えながら、私は子供と共に、映画館を後にして帰路についたのであった。



  
Posted by makotoroom at 10:29

2007年05月26日

社長、曰く。(日本経済新聞5月21日掲載文引用)(川村エッセイ)

dd997278.jpgキャノンのCMが日本経済新聞に全面広告として掲載された。

タイトルは
「社長、曰く」

である。

色々な会社の社長の格言が掲載されており、その中でも一番目を引いたのが、岩手県 久慈琥珀株式会社社長の

「人生に無駄なことは一つもない」

と言う言葉であった。
この言葉を読んだだけで、久慈琥珀株式会社社長の、あらゆる事も受け止められる、広い包容力的な人間性を感じられる事ができ、お逢いした事はないけれども、さぞかし素晴らしい方なのだろうな、と思わず思いをめぐらせてしまったのであった。

私自身も、後悔や、自分の人生を振り返り、あの時こうすれば良かったし、ああすれば…などと考える事も勿論あるし、クヨクヨした時もあった。

でも今は、そんな未完成な自分も自分なのだし、と思える事が出来ている。

自己価値的な部分でも、「昔の自分も大事な自分なのだ」と(受け止められていられる事)と、(受け止められてない事)ではきっと違いが歴然としていると思う。

朝、私は必ず日本経済新聞を読むのが日課であるが、紙面を開いた時に目に飛び込んで来た

「人生に無駄なことなことは一つもない」

私の心の鐘に、かなり強く鳴り響いて来たようである。
  
Posted by makotoroom at 10:12

2007年05月09日

フロイト=ユンク往復書簡(川村エッセイ)

fb2a7afb.jpgフロイトとユング(ユンク)は、どちらも有名な一世紀前位の心理学者である。

フロイトは精神分析、ユングは精神の内的世界(無意識・自己(セルフ))に主に焦点を当て、研究熱心であったという事だったが、二人はウィーンでついに運命の出会いをし、その時はまさに13時間ずっと語りあったというエピソードまで残っている。

私の場合はユングに興味があり、色々と文献を今読んでいる最中なのだが、ユングはフロイトと方向性で最終的に決別する事になるのである。

そして、決別した後に「想像の病」にかかり、その内容がまさにすさまじいのだが、ユングはその間も常に内的世界に語りかけ、慎重に分析し、そして結論を出して行く作業を怠らなかった。

意識、そして意識の奥底に無意識の世界があるのだ、という事を、ユングはまさに自分の身を持って顕したのだ。

ユングに私自身が夢中になっている時、ふっと 手にしたのが「フロイト=ユンク往復書簡」(講談社学術文庫)である。

1906年の4月から、病気や休暇の時以外休みなく、数日の間隔で交わされたこの文通の文献を、今この時代になってからもなお私たち一般の人々が目にできるのは正直言って奇跡に近い事だと思うし、何よりカルチャーショックである。

まだ上の前半しか読んでいないが、全て読み終わったら改めて感想を書いてみようと思う。

今は、この本に巡り会えた事に感動し、そしてものすごくドキドキしている。
  
Posted by makotoroom at 01:10

2007年01月26日

食育(川村エッセイ)

7172ba63.jpg先日 脚本家の内館牧子さんのセミナーを聞く機会があり、なるほどと思う事が沢山あったのでブログに掲載させていただこうと思う。

内館牧子さんは、某テレビ番組の関係で 食事の面を主にピックアップしながら取材をしたそうだが、その時につくづく思った事が

「人間力」だそうである。

人間力=自分作りを支援するカリキュラム作り

今の子供達は、人間力と言う部分が落ちて来ているなぁ、と痛切に感じる方はいないだろうか。

例えば

自分と関わり合う力

自然と関わり合う力

他人と関わり合う力

と言うのも人間力だが、総合的に言えば関わり合う力(コミュニケーション能力)が昔に較べて全般的に低下している様な気がしてならないのである。

特に食事と言う部分は、身体と心に密接に関係している事と思うが、何より
固い物を食べず 軟らかい物ばかり食べると言う事も、医学的には大問題なのだそうである。

後は、親が忙しいと言い団らんで食事をする機会が減っている事も、コミュニケーション的な部分で子供の感受性の成長に支障を来す要因になっているのではないだろうか。

忙しいと言う気持ちも良く分かるが、

個食=孤食である。

どうか家族みんなで団らんを取り囲む、そう言う親子のコミュニケーションを、一つ一つの家庭から始めていただけたらなぁ、私の方からもそう願わずにはいられないのである。

理想的なのはきっと

アイディンティティ(自尊心)

ヒューマニズム(人間理解)

グローバリズム(世界性)
を兼ね備えられる様な、そんな感性を磨ける様な努力や 心のゆとりであろう。

どうか食事にも、そして団らん作りにも、親御さんが忙しく大変なのは分かるが、出来るだけ手をかけて頂きたいな、と思う。

手をかければかけるだけ、それはきっと子供達の心身両面において 良い栄養になって行く事だろう。
  
Posted by makotoroom at 00:21

2007年01月06日

久しぶりに泣けた本〜「オール1の落ちこぼれ教師になる 宮本延春著」(川村エッセイ)

052929e8.jpg本屋を覗いた時に、「あ、そう言えばラジオで宣伝してたなぁ」と思い起こしながら、何の気なしにこの本を手に取ってみた。

「オール1の落ちこぼれ、教師になる」を書いた著者は中学生の時に通信簿がオール1で、卒業の時点で漢字は名前しか書けず、数学は九九が二の段まで、入る高校もなく、中学卒業と同時に工務店に就職したそうである。

その後、バンド仲間の一人が建設会社の話しを持って来てくれ 昔から趣味としている少林寺拳法をその時から又始め、道場で知り合った女性(後に彼女→奥様)にアインシュタインのビデオを貸して貰い、そこからが人生180度転機の時だった様である。

アインシュタインに感動した著者は、小学3年の算数ドリルを買って来て猛勉強を始め、それを見て夜間高校のパンフレットを彼女が持って来、新たに24歳にして定時制高校へと通い、その後にストレートで難関国立大学(名古屋大学)合格、大学院まで9年間研究に費やしたそうである。

その後は自分に良くしてくれた恩師の方々へ恩返しの気持ちとして、そして出来ない事の心の痛みが良く分かる教師として母校の高校で教師として教鞭を奮っているそうである。

 人は皆、あらゆる可能性を秘めている。

いつどこでその可能性が開花されるかは判らない。
この本はその事をメッセージとして強く伝えているのであろう。

私が泣いた部分は、勿論この著者の前向きな、ひたむきな所もなのだが、何より 可能性を最大現に引き出した彼女(今は奥様)の素晴らしい愛情、そして彼の能力を信じる力、である。

涙が次から次へと湧いて来て、こんなに感動した本は久しぶり、と言う感であった。

この本は小学生にも読める様優しく、そしてふり仮名も付いている。
学校の教育図書としても是非お勧めしたい一冊である。
  
Posted by makotoroom at 23:36

2006年10月23日

劇団(川村エッセイ)

494e08f2.jpg今私は、某劇団に劇団員としてお世話になっている。

昔少し演劇をしていた事もあり、今現在回りの色々な事が落ち着きつつある中で、ふっと我にかえった時に
「 そう言えば、久しく自分自身の趣味的な事に触れていないなあ…」
と、閃いたのである。
私の所には、主に神経的な部分でお困りになっている方が訪ねて来て下さるのだが、カウンセラーである自分自身は一体どうなのだ、と自問自答する瞬間が日々日常の中でも時折りあったりするのだ。

私もやはり、緊張したり 気持ちが落ち込んだりする時はある。第三者的にディソシエイトしながら、「ああ、今私、落ち込みの波が来てる…」とか、「今緊張してるなあ…この心拍数だと鼓動は一分間でいくら行くかなあ…」などと考えているのだが、演劇と言う自己表現力としてのエネルギーは勿論度胸と言う部分にもプラスに作用して行くだろうし、自分自身が精神的にも豊かに、そして力強くなって行く様な気がするのである。

先日の稽古は岩手公園で行なわれたが、背中に振り注がれる日差しが気持ち良く、でもその反面 秋風がとても強く冷たい感じの1日であった。

辺りは、農業祭りの出店や、さんさ踊りの囃子が聞こえ とても賑やかであった。

私達は、さんさの囃子に負けぬ様、ひたすら台本を読み合った。

そんな秋晴れの 或る1日であった。
  
Posted by makotoroom at 00:45

2006年10月06日

中秋(川村エッセイ)

  いよいよ明日は、暦の上では中秋である。

  天気予報は雨になっているが、中秋の名月が果たして見られるのかなあ、、と思い、天を仰いでみた。

  すると、屋根の上でガタゴト音がして、子猫がチラッと顔を出し、私の顔をキョトンと覗き込む。

  子猫の背景には、真っ暗な暗闇が広がり、そこに辛うじてポツンと見える小さい月、、

  思わず、妙にマッチしている子猫と、遥か彼方に見える小さな月を見て、「こんな月も良いものだな、、」と、一人心の中でつぶやいてみた。

  
  
    闇夜にて

    静かに照らす中秋の月

    子猫の揺りかご

    優しく包み

    まどろみさえも運んでくれる
  
Posted by makotoroom at 00:10

2006年08月20日

戦艦大和(川村エッセイ)

先日 戦争の追悼番組で、戦艦大和の乗組員で生還された方達のインタビューが報じられていた。
 
 戦艦大和は、太平洋戦争のまさに終ろうとする1945年、もう燃料分の予算さえもない時に、それを承知の上で片道分の燃料を載せたまま 九州から出航した船である。

 あまりにも大きいので、不沈船と呼ばれていたが、あっけなくアメリカ軍の空からの追撃で沈没してしまった。
 
  当時16歳だったその乗組員は、大和が沈没して海に飛び込んだ時に、すごく可愛がってくれた上司が、丸太を持って来て「おまえは生きろ!」と言い残したまま、すぐ様船の方に向かって泳ぎ出し、結局帰らぬ人となってしまったとインタビューに答えていた。

  その時、その乗組員は丸太を貰っただけではなく、命を貰ったのだと言う気持ちと、後少しで一緒に生き長らえたのに…と、目の前で起こった事実に胸を痛め、ずっと「何で自分ばかりが生き残ったのだろう」と言う思いにさいなまれて来たそうである。

 また、大和の一緒に船に乗っていた乗組員の所に、敗戦後にお墓参りに行った時も、親族の人達に「何で家の息子が助からなかったのに、あなたは助かったんだ」と言われ、すごく切ない思いをした、との事だった。

 命が助かって良かった、とか儲けたとか気持ちはみじんもなく、わずか16歳の感性豊かな時期に目の前で起こった出来事が残像として頭から離れず、そして生きてて申し訳ないと言う気持ちでその乗組員の方達は60年間を日々生活して来たのであろう。

 ここまで人を傷付け、辛い思いをさせる戦争と言う現象は、一体何が良くて始まるのだろうか。

 今でも戦争時のトラウマに苦しみ、辛い思いをされている方はきっと沢山いる事と思う。

 戦争の追悼番組の大和の乗組員だった方のお話しを聞き、改めて 二度と戦争が繰り返されません様に…と強く感じたのであった。
  
Posted by makotoroom at 00:27

2006年05月23日

My Mentor 3(川村エッセイ)

fd259430.jpg利己と利他 について今回はお話しさせていただこう。

利己はその字の如く、自分の利益を中心に物事を考える事

利他は私利を捨てて他人の幸福、利益をはかる事である。

 利己的な部分も確かに生活して行く上では大事である。

 自分を守るのは何よりきっと、自分自身には他ならないのだから。

 でも、私はこうも思う。

 自分自身が充実感に満ちあふれ、辺りをゆったりと見渡せる様な状態の時、人はきっと、他人の幸福も望むのだろうと…

 他人の幸福を望み、心から平和を想う時、それは自ずと自分自身にもプラスの事柄となって静かに浸透して行くのだろう。

 心から相手を思いやり 慈しむ、、、


 それが利他と言う気持ちなのだから。

(次回は無償の愛についてお話し致します。)
  
Posted by makotoroom at 20:11

2005年11月03日

My Mentor 2(川村エッセイ)

6bcb79a3.jpg 前回のエッセイの続きである。
  Mentor(師)は、私に真っ直ぐな眼差しをして、こうおっしゃってくれた。

 1つは、「理」と「事」は確定的に違う物である、と言う事

 もう1つは「利己」と「利他」の違い、無償の愛とは、とても尊い物であると言う事、、


  新聞に書いてある記事の様な事柄は「理」、理論はいくらでも理論として書ける、理として証される。
とても素晴らしい事もきらびやかな事も、メディアを通して、きっと文字がスパンコールの様にキラキラと光り輝き、放たれて行くのだろう。

  それはそれで、とても素敵な事である。

  でも…本当に大切なのは「事」であると、、
行動に移し、事柄として自分自身が実証して行く事だと…

 
 私はその時、その言葉の重みをどっしりと感じた。
 その言葉自体が、すごく深い物だと思った…

(次回は利己と利他、無償の愛についてお話しします)
  
Posted by makotoroom at 22:20

2005年10月29日

My Mentor

bc8c74c8.jpg 私には、忘れられない、多分これからも生涯忘れる事の出来ない Mentor(恩師)がいる。

 その方はご夫婦で、私が辛い時や悲しい時に、親身になって話しを聞いて下さり、色々な心に染み入る様なご指導をして行って下さったのである。

 詳しいお話しは次回にするとしよう。 
 正直言って別れは突然であった。

 私はどうする事も出来ず、オロオロメソメソと泣いてばかりで、しばらくは辛く、心にポッカリと穴があいた様であった。

 でも、時間と言う物は不思議で、時が経つにつれ、気持ちがゆっくりと静まり、おさまって来たのである。

 その時私は初めて、私自身が自立し、歩みはじめなくては駄目なのだな、と改めて感じたのである。

 今の私の基盤は、きっと、そのMentorの1つ1つの言葉から成り立っていると言っても過言ではない。

 1人になってゆっくりと目をつぶる時、
 山に登って、外界を見下ろす時…

 いつも感謝の気持ちで、胸がハチ切れそうになる。

 やはり、感性と言う物は、人対人で、良い物を吸収し、刺激されながら尚一層磨きがかかって行くのであろう。


  
Posted by makotoroom at 00:35

2005年10月13日

紅葉の前の樹々達(川村エッセイ)

ac4c20a4.jpgここ2〜3日は、全国的に晴れの様子でしたね。

 深緑で生い茂っていた樹々達にも、いよいよお化粧直しの季節がやって参りました。

 あれだけ暑い暑いと騒いだ夏も、過ぎてしまえばなぜか少しもの悲しい様な、寂しい様な…

 これからの彩り豊かな紅葉の前に、改めて深緑をフィードバックしてみたくなってしまいました。

 今でも鮮明に思い出せる 目の前にクッキリと浮かび上がる 力強い樹々達―
 
 優しく静かに彩りを替えて行くんだね。(*^_^*)
  
Posted by makotoroom at 23:40

2005年09月28日

秋の味覚 松茸ご飯(川村エッセイ)

c77e54e2.jpg我が家のお父さんが、今年も険しい山に登り、松茸を採って来てくれた。

松茸と言うと、、やはり思い浮かぶのは松茸ご飯である。
八戸名物の、「いちご煮」をメインに、松茸、ゴボウ、ニンジンのささがきを一緒に炊きこみ、秋の味覚松茸ご飯の出来上がり♪

ん??
 昨日の夜六合炊いたのに…

…ちなみに我が家の家族は4人…

なのに、、
今朝釜の中を見たら、、松茸ご飯が…な、なくなってる…
松茸ごはんは、、やはり秋の味覚の王様なのでしょうかね、、(笑)
  
Posted by makotoroom at 23:13

2005年09月11日

フラメンコギター ディナーショー(川村エッセイ)

3930eac4.jpg
今夜は、ジプシーギタリストの黄金井脩さんのフラメンコギターを聴きに、北ホテルのディナーショーに行って来た。

黄金井さんのギターはきっと、ソウルフル(魂)が入っているのだと思う。
目をつぶっているとまるで、熱い砂漠の中から吹いて来る熱風が、自分の心の中に心地良い風となって伝わって来る様なのである。
 時には優しく、そして力強く…

   (この画像は、黄金井さんから許可を頂きましたので、掲載させて頂きました。)
  
Posted by makotoroom at 00:11

2005年08月30日

海 (川村エッセイ)

海.jpg今年も束の間、一瞬に近い感じだったのだが海にと車を走らせて見た。

お盆過ぎの海は、やはり人影もまばらで、フランクフルトくらい食べようかな、と覗いた海の家も、予定より早くソソクサと帰り支度を始めてしまった様で、私は申し訳ないと思いながらも袋に包まれたナゲットやポテトを購入させて貰い、ミュールのままサクサクと砂浜を歩き、それをつまんで歩いた。

会えるのを楽しみにしていた海猫達も、ポツリポツリとしか居らず、それが又、少し寂しい…

やがては暮れ行く蒼い空に、その下面で静かに波打つ優しい海…

海を見てると、何て広大なんだろうとスケールの大きさに感動する。

知らず知らずの内に、波の音が子守り歌みたいに、心の中に浸透し始め、私は素のままで 安らかな気持ちになりながらこう思う

海の様に広い、広い、心の持ち主になりたいな、と…
  川村エッセイ
  
Posted by makotoroom at 13:57

2005年07月08日

目をつぶって五感のトレーニング(聴覚編)(川村エッセイ)

心が疲れている時、少しの時間でも良いのです。ソファーでもいいし、寝っころがったっていいんです。
 体中の力を抜いてリラックス リラックス、、
まずは目をつぶって見ましょう。
耳元に何が聞こえますか?鳥のさえずり、ちょっと強い風の唸る音、車の走る音、人々の声のざわめき、、いろんな音が耳に飛び込んで来ると思います。 
 
どうですか、普段気にも止めない音が、目をつぶる事によってありありと、リアルサウンドとなって聞こえてきませんか?                      
 音だけを意識する事により、これは聴覚のトレーニングに大変有効となります。
私の場合などはたまに、山に行き、木々のざわめきの中で目を閉じて、ずーっと耳だけを研ぎ澄まして、自然の中に身を委ねたりしています。
    
  
Posted by makotoroom at 11:16

のんびりと(川村エッセイ)

050704_0855~01.jpg今朝は、久しぶりにのんびりと愛犬の散歩に行ったり、鳥のさえずりなどを聴いて、のんびりゆったりとした一時を過ごしております。
雨も晴れあがり、窓から入って来る風がとても心地良いです。
川村家定番の、インスタントコーヒーも、こう言う一日の始まりの中では、まるでドリップしたモカの様な味わいがします。(少し美化し過ぎ?(笑))
「忙しい」と言う字は、「心を亡くす」と読みます。私もこの頃少し、心を亡くしかかっている様な所がありまして、そんな時、友人から綺麗な可愛らしいお花を差し入れて頂きまして…
お花って気持ちが和みますね、、ささくれだっている心が、まるでホワホワと癒されて行く様です。(^_^)
             川村エッセイ
  
Posted by makotoroom at 11:14

2005年07月03日

虹(川村エッセイ)

昨日は出かける時に家の窓を開け放したまんまで、車に乗り込んだまでは良かったのですが、南方の空を見上げると怪しい、黒いモクモクした雲がどんどん膨れ上がって来たのでした、、

案の定、運転途中で大雨に当たり、「あ〜あ、、」と心の中で嘆きながら用足しを済ませ、また車を走らせ、前方を見ると、、、
霧雨になった雨の中、綺麗な大きなアーチ型の虹が前面にド〜ンと、遠い彼方ながら、立ちはだかっているのです!!

  しかし、自然の美は綺麗ですよね、圧巻でした。
  今度は虹、いつ見られるのでしょうか、、

綺麗な虹がみられる雨の日も、なかなか素敵ですよね♪
          川村エッセイ  
Posted by makotoroom at 21:18