プラハ・カドリエンナーレ・・・4年に一度、チェコのプラハで開催される国際舞台美術展です。
私は大学生の時に初めて参加し、その時が1999年。2003年は劇団で働き始めて3年目で忙しい最中だったので行けませんでしたが、2007年の時には「PQ実行委員会」なるものに参加しないかと誘って頂き(これが発端は意外なことに師匠からではなく違う方からでした)、2005年あたりから実行委員としてこの為に働き始めました。

勿論劇団の仕事をしながらでしたから、時間のやりくりに四苦八苦し、会議にもなかなか思う様に参加出来ない時が多かったのですが「会場作り・輸送」班で、主に輸送の責任者だったため、必然的に何が何でもやらないといけないことが明確でやりがいも大きかったです。現地に2日間程バラシに行けましたし、大変なことを一緒にやった美術家の皆さん(これがまた素敵なメンバーでした)との信頼関係も出来て、とても実り多いものでした。

2011年の今回は「やります」と手を挙げたものの、自分は海外だし、どこまでどう関われるかわからなかったのですが、勝手に「PQ11実行委員会・海外支部」と名乗り(笑)、結果的に翻訳業やPQ本部とのやり取り、輸送がらみのアドバイス、また現地に行って仕込みから少し落ち着くまでのもろもろ作業等をすることが出来ました。現地で思ったよりも仕事があって会場に缶詰状態でしたが、それもやること、出来ることがあるゆえの嬉しい現象*

ほとんど日本から来ているメンバーは知っている方、過去に何らか苦労を共にした方だったのですが、それでも新しい出逢いもあり、知っている方とはより深く交流することが出来、初めましての方とは、始めは少し探り探りでしたが、5日も一緒に1つのことに向かい合うとすっかり大好きになってしまいました。お別れするのがどんなに寂しく感じたか*

何かを一緒にやるって本当にいいなぁ・・・***



今回のPQは、4年前の前回とは随分傾向が変わっていて、大変興味深いものになっていたと言えます。「PQは所詮「国際舞台美術『模型』展」でしかないのか、その先にはいけないのか」と近年叫ばれていた中で、2011年の開催に向けてPQ11本部がずっと提唱してきていた、「時間、空間、音」への各国の意識、そのアプローチ法が面白かったです。反対に、その波(テーマ)に乗り切れていない国との差が大きく開いている気がしました。

例えば、英国の展示は完成度は高いけれども、すっごく古くさく感じ、日本は完成度は今ひとつだし、すごく手法はアナログなんだけれども、気持ちは最先端を走っている、というのが私の嘘偽りない感想です。

今回日本は、10数名の舞台美術家が与えられた展示空間の中でパフォーマンスするという行為をとりながら、「その場で舞台(美術)空間を創るという『展示』」を行いました。
日本への評価は賛否両論ある様ですが、概ね好評であると思います。
何のトレーニングもしていない舞台美術家たちが自分たちでパフォーマンス(その場で展示)するのですから、その質はお世辞にも素晴らしいとは言いがたい。けれども「空間にその場で舞台美術家が舞台と時間を創造する」という、今回の日本の展示コンセプトそのものへ向けられた賞賛と、その創造している中身、内容(原爆や原発問題)から訴えかけられる感動と、両側面の評価があると言えます。毎回たくさんの方が足を止めて観て下さっていました。

私はそんな中で自分が働けていることが本当に誇らしく思えました*


PQは、開催年の各国の事情が良く現れています。
今回ギリシャは国家的経済破綻の為、事前に出展を取りやめていましたし、リトアニアは「政府がお金を出してくれなかったので作品を出せなかった」という抗議文1枚を展示スペースの床に貼付けていました。

学生部門(プロ部門と両方あります)は、ルーマニア、ラトビア、台湾、ロシアが面白く、レベルが高かったですね。とても学生とは思えない作品が多かったです。



PQではたくさんの人に会えましたが、その中でも日本から来ていた、劇団で一緒に働いた新婚のT&J夫妻や、コマデンのMさんに会えたことは嬉しかったです。

師匠とも一緒に作品を見て歩いてあーだこーだと話したり、結果的に何だかんだと共有する時間が多かったです。日本の展示参加者(パフォーマー)のお一人(その方も素晴らしい)が、師匠と話していて「とっても為になる。T学級に入りたいくらい」とおっしゃっていましたが、私はその話をもう何年もずっと聞いていてあーだこーだと議論し、「師匠をこき使う弟子」と言われている様に?遠慮なく意見も言えることを思うと、何て恵まれているのだろうとプラハで再確認しました(遅い?)*




振り返れば、4年前のPQで「英語が話せたら、ここにいる世界各国の人と話せるのに」「次に来る時には英語が話せる様になっていたいなぁ」と漠然と思っていましたが、まさかまさか自分が本当に「次に来る時」の今年、英語がほんの少し出来る様になっていて、なんちゃって通訳なんかもしちゃうようになるとは想像だにしていませんでした。自分の英語は全然大したことないと知っているので、話しかけるのも躊躇うことなく、何人かの同世代の美術家と(デンマークやフィンランド等)連絡先を交換したりもしたんですよ*

人生、何が起こるかわかりません*




長くなりました・・・

他にもロンドンに戻ってきてからいろいろあったことは、また書きます。
いつもは一度読み返してから送信するブログも、今日はもう書きっぱなしで送ります。お許しを!