半分にちぎれたウインナーソーセージ[4442]

2月13日に書いた
『定本 山口組三代目 田岡一雄自伝』に続いて
『山口組三代目制覇の野望』を読んでいます。
つづきを読もうと、駅前の喫茶店に入りました。
席につこうとしたら、テーブルの下に
半分にちぎれたウインナーソーセージが落ちていました。
ソーセージは、お店の人に片付けてもらいました。
でも、読もうと思っていた本が本だけに
少しびっくりしてしまいました。

写真はイメージです。
3468

3457

台東区立中央図書館で『唖蝉坊伝』[4441]

上野にあった女学校を調べに
台東区立中央図書館へ行ったとき。
せっかく、台東区の郷土資料を
豊富にそろえる図書館まできたのだから
なにか、べつに調査を依頼することはないか
頭のなかをひっくり返して考えました。
ひとつ思いつき、レファレンスに伝えました。

1週間ほどして連絡が入りました。
あまり芳しい答えは、得られなかったとのこと。
それでも、と、ふたたび台東区立中央図書館を訪ねました。
お聞きしたのは、添田唖蝉坊にもかかわる、
旧下谷区内の住まいについてです。
唖蝉坊に関しては、あるていど把握しているつもりでした。
でも、たくさんの郷土資料を揃える地元台東区の図書館です。
自分が調べても得ることのなかった資料が、なにかしらあるはず。
あわい期待に胸をはずませ向かいました。

所蔵資料が3点と、未所蔵資料が1点。
あと、ヨミダスに記事が2点あるとのこと。
所蔵資料3点を見せてもらいました。
目の前にやってきたのは、
唖蝉坊の著作集の1冊『唖蝉坊流生記』と、
作品社の『日本の名随筆 別館95』に
収められている「唖蝉坊流生記」の一部。
そして、もう1点は、なんとなんとの『唖蝉坊伝』でした。
蔵書3点が唖蝉坊関連。そのうちの1点が自著です。
すべて心得ているつもりです。
ということは、もう、『唖蝉坊伝』以上の資料は
「ない」ということでしょうか。
残念です。

以前、長崎でホームページの
「長崎年表」を作っていたときのことです。
少しばかりマニアックな情報を入手して、年表に反映させました。
もう少し内容をふくらませようと、インターネットで検索しました。
すると、いちばん上に「長崎年表」が引っかかったのです。
自分の年表のことは、もう分かっています。
それ以上のことを知りたかったのに
「長崎年表」がいちばん上にくるなんて。
もう、年表以上の事柄はインターネットには
ないということになりましょう。
それと同じです。

台東区立中央図書館が提示してくれた3つの資料以外の
ヨミダスと台東区立図書館が所蔵していない資料があります。
台東区立図書館以外でも確認できると思い、保留です。

3186

改札階行[4440]

東武野田線の駅ホームにある、エレベータの乗降口裏側です。
改札口は、エレベータに乗って階上に行った高架にあります。
いちばん下に括弧書きで「改札階行」とあります。
ただ、「改札階行」「行」に送り仮名の「き」がないと。
中国語に思えてしまいます。

3469
3470

スーパーが閉店[4439]

東武野田線沿線の、とある駅から
380メートルほどの距離にある
スーパーが閉店していました。
前に来たときには営業していたのに。
閉まったのは、ここ1か月前だそうで。

そういえば、前に来たとき
2階のトイレをお借りしました。
かなり閑散としていて、
なにも活用されていない
広い空間が広がっていました。

閉店したスーパーから
さらに750メートルくらい先には
べつのスーパーがあります。

まだ、そこまでは行っていません。
それでも、駅に近いスーパーが閉店して
その先にあるスーパーは営業している。
そういう現実があるのです。

3467

消防水利のマンホールの蓋[4438]

ひさしぶりのマンホールの蓋です。
消火栓の蓋、もしくは防火水槽の蓋かと思われます。

たぶん、蓋の下に消火栓があるか、
はたまた、地面の下が防火水槽になっているか、
その、どちらかのはずです。

蓋が黄色く、注意を促しています。
消火栓や防火水槽などの消防水利は
消火活動には欠かすことのできない設備です。
蓋のまわり5メートル以内は駐車禁止です。

3463

東武野田線の東岩槻駅1番線ホーム[4437]

東武野田線の東岩槻駅1番線ホーム。
岩槻、大宮方面を向いています。
ホームはまっすぐ一直線に延びています。
でも、平行しているはずの、まっすぐの線路は
ホームの途中あたりから
左にカーブしてるようにも見えます。
なんか、先頭車両とホームの間が
ものすごく空いているような感じです。

3461

電車がホームに入ってきました。
停まりました。
電車とホームの間は、どこも同じような間隔です。
先の方を見ても、やはり隙間は同じ。
特別、空いているわけではありません。

3462

線路はホームより低い位置にあります。
むずかしいことは分かりませんが、
遠くから高低差を見るときに生じる
目の錯覚かな。
なんて思ったりしています。

新・枕元のパンツ[4436]

2月4日に催された宮内家での
オープンマイクのお話は2月8日に書きました。
そのときの動画から「枕元のパンツ」をアップしました。
いちばん新しい、ほっかほかの「最新版・枕元のパンツ」です。
きれいなパンツです。



動画直リンク
https://youtu.be/K4S6Pv6Nd10



田岡一雄自伝[4435]

はじめて猪野健治の作品を読んだのは
「テキヤと社会主義」でした。
以来、ちくま文庫の猪野の作品にはまり、
永田貞雄や吉田磯吉、田岡一雄を知りました。
そして読みました。

3456

ものすごく事細かに描かれています。
どんどん読ませます。
ほれぼれします。
はっきり言って、ゴーストライターが書いているのでしょう。
読んでわかります。でも、作品は作品です。

自伝です。
生き方や信念がまざまざと見えてきます。
エピソードがたくさんあり過ぎます。
主人公は、そういう職業の人なのです。
そんな主人公を一人称に、神戸の歴史を読んでいる感じです。
特に戦後の混乱期、一部の戦勝不良外国民との抗争、
放逐の話など、まるでドキュメンタリーそのもの。
主人公がたどってきた証となる背景が
鮮明に書かれていました。

それはそれは、そういう人です。
刀やピストルを使った凄惨なシーンもあります。
血があふれます。壁一面に飛び散ります。
頭がかち割れ、小指がなくなります。
実際の現場は、言葉にできないくらいに
凄惨極まりない状況でしょう。
人の生き死にが目の前で起こっているのです。
読んでいると想像します。
でも、長く引っぱってはいません。
臆することなく、短い単元の文章を
読み進めることができました。

ただ、読ませる文章なのに
なにか物足りなさを感じました。
主人公はすごい人です。
なのに、もうひとつ存在感がありません。
物語は、どんどん進んでいきます。
そのなかで、なぜか主人公本人の
「生の声」が聞こえてこないのです。
本人の自伝なのに、でてくる「わたし」は
傍観している第三者、他人事のようにも思えてしまいます。
「わたし」って、いったい誰なのかと。

加えて、途中からは
主人公のいないところでの抗争に、重きが置かれました。
組織どうしの血で血を洗う抗争の歴史は
とても重要なのかもしれません。
かなりのページがさかれています。
事細かに書かれているから
よけいに「わたし」の存在が分からなくなりました。
事実、主人公は現場にいないのでしょう。
でも、表紙には「自伝」の「完本」と銘打っています。
主人公がでてこないで抗争だけが続くと
単なる事件のお話になってしまいます。
その抗争のとき、主人公はなにをしていたのか。
主人公は、その抗争をどう見ていたのかが
いちばん気になるところ、物語の本質のはずです。

主人公は心筋梗塞で入院しました。
警察はここぞとばかりに、組の解散を求めます。
主人公に近い幹部組員を逮捕します。
でも、主人公は頑なに警察の要求を拒否し続けました。
そんな、物語のさいごの最後になって
主人公の独白がはじまりました。
主人公の目線で、主人公の言葉で話が進みます。
なぜか最後のここにきて、
やっとほっとすることができました。

巻頭の全8ページに、口絵写真が31枚あります。
奥さんと2人で撮った写真。
子ども2人と家族4人で撮った写真。
三代目襲名披露の記念写真。
力道山や美空ひばり、三橋美智也、
高倉健、鶴田浩二らとのツーショット写真。
タバコ片手にくつろいでいる姿。
にこやかに頬をゆるめている顔。
満面の笑みで談笑する姿。
凛々しい姿。
それぞれにエピソードが、たくさんあるはずです。
それなのに、あまり本文とは絡まっていない感じでした。

巻末には、奥さんの手記、息子の言葉、
組の関連年表、猪野健治による解説があります。
17ページにわたる年表は、
大正2年に主人公が誕生してから、昭和56年に亡くなるまで。
主人公の小史と、組の動向、世相史に分かれています。
文庫の限られたスペースだから、仕方ないのかもしれません。
でも、主人公の「小史」であっても
行間の隙間をもう少し知りたかったです。

以上、読み終えた感想です。
偉そうに書いてしまいました。
でも、よかったから、面白く読めたから、たくさん書きました。
つたなく、とりとめなくてすみません。

いまは、実話時代の実録を読んでいます。

3457


煮干し何匹?[4434]

ひさしぶりに、味噌汁の「だし」が煮干しでした。
ついうっかりして、2匹ばかり食べてしまいましたが、
器のなかには、何匹の煮干しがいたのでしょうか。

3460

また東京都立図書館かな・続[4433]

2月7日にお話した、東京都立図書館に通うお話です。
2つある要件のうちの、もうひとつ。

たぶん、明治38年12月1日の新聞にのる一覧表を
「東京朝日新聞」「読売新聞」「東京日日新聞」以外の
「毎日新聞(東京横浜毎日新聞)」「報知新聞」「時事新報」
「都新聞」「国民新聞」「中央新聞」「萬朝報」「東京二六新聞」

あたりから探します。
たぶん8紙には、同じ一覧表が載るはずです。
さらに、その一覧表に示された日付けの、とある記事を
「都新聞」「萬朝報」「東京二六新聞」「京都朝報」
「大阪日報(大阪毎日新聞」「関門毎日新聞」「大阪朝日新聞」
「対馬時報(対馬町報)」「東京新聞」「下野新聞」「芝公報」

から探し出します。
ただ、11紙のなかには、存在を疑問視する媒体もあります。

じつは、あともうひとつ。
都立図書館に行く用事がありました。
1月27日1月27日に書きました。
台東区立中央図書館の、レファレンスに問い合わせていた問題です。
電話でお聞きしたお答えは、なんかもの足りない感じでした。
そこで、まず台東区立中央図書館で
分かった範囲の資料を見せてもらいます。
そして、その足で都立図書館に向かうことになりましょう。

2月7日にお話した問題も
今回の2つの問題も、どれもどれも謎だらけです。

2628

小川定明って誰?[4432]

小川定明って誰なのでしょうか?
誰なのでしょうか、という聞き方は、へんかもしれませんが。
大正時代には小川定明と、宮武外骨、南方熊楠の三人あわせて
「天下の三奇人」といわれたそうで。
簡単にいって
宮武は、ジャーナリストで世相風俗研究家。
南方は、博物学者で生物学者、民俗学者。
小川は・・・ジャーナリストだったようです。
維新後に仕立屋職人、巡査、教員を経て
大阪朝日新聞の記者となり、台湾出兵、
日清戦争、義和団事変、日露戦争に従軍。
名物記者と名を馳せたそうで。
退社したあとは、50代半ばで千葉の旅館の下男、
のちには、北海道の孤児院の用務員となったとか。

3人の生没年をみました。
宮武 慶応3年(1867)生〜昭和30年(1955)没・88才
南方 慶応3年(1867)生〜昭和16年(1941)没・74才
小川 安政2年(1855)生〜大正8(1919)没・64才

宮武に関する資料は、文庫が6冊あります。
南方に関する資料は、まだありません。
民俗学者で、名前はなんとなく聞いたことがあるという感じです。
小川に関しては、宮武と南方に、ならび称されるのに
まったくもって知りませんでした。
とは、いっても・・・。
帯に最新刊とありますが、発行は平成5年1月。
たぶん、当時、興味をひいて買ったんだと思います。
以来、本棚の奥で眠っていたのを起こしました。

3455

レースのカーテン[4431]

夕方、戸棚にレースのカーテンが映っていました。

3454

オープンマイクで乃木坂46[4430]

いつも、オープンマイクにお邪魔している宮内家。
店内を改装し、リニューアルオープンしたばかりです。
4日の日曜日、そんな宮内家で、今年初めてとなる
オープンマイクが開かれました。

じつは1月16日に、埼玉県在住で50才以上の
乃木坂46ファンを会した集まりがありました。
そのときに参加されたお仲間のお2人が、
なんとオープンマイクにきてくれたのです。
 ありがとうございまーす!
乃木坂46の歌をうたうときは、とても心強いです。

今年のうたい初めは、相変わらずの
オリジナル「枕元のパンツ」から。
そして、2曲目、3曲目は乃木坂46でした。
初御披露目となる「狼に口笛を」と、
お馴染みの「バレッタ」をうたいました。

見にきてくれたお仲間のお2人は、バッグのなかに
サイリウムとマフラータオルを、しのばせていたそうで。
でも、残念ながら外にだすことはありませんでした。
もし次回があるならば、ぜひお願いしたいです。
ただ、コールにあわせて、うたえるように練習しないとです。

見にきたお仲間が動画を撮ってくれていました。
 ありがとうございまーす!
パンツは、どうにか見るにたえられます。
でも、乃木坂46の2曲は、
お2人を前に少々力んでしまいました。
案の定、見ながらひとり猛省しきりです。

3453

また東京都立図書館かな[4429]

ふたたび、東京都立図書館に通うことになりそうです。
要件は、2つあります。目的は、ともに明治時代の新聞です。

そのひとつは、明治40年から41年にかけての「時事新報」。
5年くらい前まではマイクロフィルムしかなく
記事を探すのには骨が折れるだろうと
縮刷版がでるのを待っていました。
それが、ここ近くの数年で、第2期となる
明治後期編の縮刷版の発行がはじまりました。
それでも高価なため、なかなか所蔵する図書館がありませんでした。
半年分を1巻として全6冊。1年で12冊。分冊価格が18万円。
第2期分を全部揃えようとすると385万円となるのです。
図書館でも、なかなか簡単には予算はおりないでしょう。
でも、先日、都立図書館で検索をかけたら所蔵していたのです。
これでひとつ、保留していた問題を
解決にむけて進めることができそうです。

2628

動詞はひとつ[4428]

文章を書いていて
気をつけていることが、ひとつあります。
それは、ひとつのセンテンスのなかで
動詞を2つ以上使わない。
1つに留めるということです。
ひとつのセンテンスのなかに、
2つ以上の動詞が入ってくると
主語が分からなくなるからです。

文章がうまく作れればよいかもしれません。
でも、文章力がないから
ひとつのセンテンスに2つ以上の動詞が入ると
こんがらがってしまいます。

写真はイメージです。

3442

『広辞苑』第七版[4427]

先日、『広辞苑』の第7版第1刷がでました。
家には第6版があり、まだ買うまでもありません。
ただ、1月末に、よんどころない事情で
第7版の内容確認が必要となりました。

さいたま市立図書館に第7版あるでしょうか。
ホームページから所蔵を確認しました。
すると、まだ第6版までしかありません。
職員の方にうかがいしました。
「『広辞苑』の第7版が見たいんですけど、
リクエストしてもいいんですか」
「ちょうど、いま注文しているところだから。
リクエストしなくても大丈夫です。2月2日には入ってきます」

2月1日、ホームページからふたたび
『広辞苑』の所蔵確認をしました。
すると、3冊ありました。
その所蔵先が、地元岩槻の岩槻図書館と
岩槻駅東口図書館、岩槻東部図書館の3館でした。
いま、さいたま市内には市立図書館が全部で25館あります。
なかには岩槻図書館より大きな中央図書館や、
老舗の大宮図書館があります。
そのような図書館を差し置いて岩槻区の3館に3冊です。
なぜか、分かりません。
たぶん配本の順番で、たまたま
岩槻の3館が最初になったのでしょう。
それに、いまは岩槻図書館が施設修繕で休館中のため、
岩槻駅東口図書館には岩槻図書館の分を仮置きしています。
2冊あるのです。

岩槻駅東口図書館に出かけました。
『広辞苑』は禁帯出です。必ずあるはずです。
「『広辞苑』の第7版を見たいんですけど」
「すみません。いま、どなたかが使われているようです」
「そうしたら、岩槻図書館の1冊が書庫にありますよね」
「少々、お待ちください」
事務所の奥から、岩槻図書館用の1冊がでてきました。

いま、日を追うごとに、新しい『広辞苑』の所蔵が増えています。
3日に確認したら4館ふえて、7館に置かれていました。
4日朝には8館となっていました。
さらに5日夕方には11館に増えていました。
のち、たぶん全館に行きわたるまで
毎日のように増え続けることでしょう。

3450

岩槻駅西口の雪[4426]

大雪の3日後、1月26日。
岩槻駅の高架改札口外にある
自由通路の西口側より見下ろしました。
雪は、ロータリーのなかにある植え込みと、
整備中の区画の土面に、たくさん残っています。
一面の雪です。
車道に雪はありません。
歩道も、人が歩くところには地面が見えています。
ただ、ところどころ、踏みしめられて凍ってもいます。
3451

2月3日。
整備中の区画の雪はなくなりました。
茶色い土が顔をだしています。
手前の、ロータリーなかの植え込みには少し残っています。
歩道の雪も、ほとんど解けています。
3452

雪景色の定点観測[4425]

1月22日から次の日にかけて、ものすごい雪が降りました。
1月23日は、雪かきに大わらわでした。
1月24日、くもり空の下、いちめんの雪景色です。
右側の道は、まだまだグショグショしていて、滑りそうです。
3447

1月29日、1週間後、天気は晴れ、景色は変わりありません。
というか、24日より、ふっくらしたようにも見受けられます。
かくれていた路側帯グリーンベルトが顔をだしました。
右側の道の雪は一部を除いて、かなり解けています。
3448

その後、雨が降り、雪はかなり解けかけていました。
2月1日、雨がふったり、雪がふったり、みぞれがふったり。
2月2日。雪の影響はほとんどありませんでした。
逆に、残っている雪を、雨がどんどん解かしてくれています。
もう、これまでの雪景色は見る影もありません。
右の道も、端に盛られた泥つきの雪が残るのみです。
3449


血管みたいな[4424]

血管みたいな影です。
影みたいな血管ではありません。

木陰は幹の直径の幅しかありません。

3446



地元の図書館だからこそ[4423]

先日、台東区立中央図書館に行きました。
さすが、台東区内10図書館の中心となる中央図書館です。
浅草、下谷、谷中、吉原、山谷など、地域や施設の
郷土資料が豊富に揃っています。

これまで、長崎にいたときの長崎県立図書館や
当時、開館したばかりの長崎市立図書館、
また、さいたま市に移ってからの
埼玉県立の、いまはもうない浦和図書館、
もちろん国立国会図書館や東京都立図書館をはじめ、
それに港区立みなと図書館、日光市立日光図書館などに
足を運びました。

どこの図書館もみな、地元郷土資料に関して
力を入れるのは、当たり前のことです。
そんじょそこらの書店や、ほかの図書館など
比較になるはずありません。
あらためて感じました。

書いていて、ふと思いました。
市町村立図書館なら、地元の郷土資料って分かります。
都道府県立の図書館でも、なんとなく分かります。
そうしたら、国立国会図書館が所蔵している
地元郷土資料って、なんなんでしょうか。
視野を広げて、国のこと、日本のこととか。

3438

やっぱ、アンダー楽曲が好き![4422]

乃木坂46のアンダーメンバーによるアルバム
『僕だけの君 〜Under Supper Best〜』は3種類あります。
3種類共通で、アンダーメンバーによる
26曲の楽曲が収録されています。
内訳は、これまでのシングルに収録された19曲と、
アルバムに収録された3曲、さらに4曲の新曲です。

ほかに、初回生産限定盤には、特典映像として
特選ライブ映像集「The Best Selection of Under Live」がつきます。
また、初回仕様限定盤には、特典映像として
MusicVideo集「Supper Under Music Video Collection」がついています。
手元には初回生産限定盤があります。
特典のライブ映像は初めて見るものばかりです。
なかには実際に会場で体感した楽曲もあります。
それは、それは、迫力満点です。

ただです。
初めて聞く新曲4曲を除いて、
すべて、ふだん聞いている曲ばかりなのです。
というのも、いま机の上にある、MACとWINの
音楽・再生管理用ソフトには、乃木坂46の楽曲を入れています。
おとしているのは、乃木坂46のなかでも、
CD表題曲と、選抜メンバーによるカップリング曲を除いた
アンダーメンバーの楽曲と、3期生楽曲、
2期生楽曲、サンクエトワール楽曲の33曲。
そう、いつも聞いているアンダー楽曲をまとめたのが、
今回の2枚組CDのアルバムになるのです。


だから、いつも聞いているから、新鮮さは半分以下、
まったくありません。「ゼロ」かもしれません。
でも、それで、いいです。新曲4曲があるし、
(特に、鈴木絢音初のセンター楽曲「自惚れビーチ」が好き)
なんてったって、ひとつのライブまるまるでなく、
一部、いいとこだけを抜粋したものかもしれないけど、
アンダーの36曲のライブ映像があるのです。
ある意味、そう、言い聞かせています。

アンダー楽曲には
表題曲のような派手さはありません。
だから、なんのてらいもなく、
どの曲も、安心して聞けるのです。
聞いていて心地よいのです。
だから、BGMにもなりえるのです。
表題曲よりアンダー楽曲の方が好きな理由です。
(個人的な意見です)

ふだん、
机にむかっているときなどのBGMにしています。
仕事をしているときにかかっていても、
なんの苦もなく、耳ざわりにもなりません。
最初に購入したシングルCDの再生回数は、まだまだ少なく
MACとWINあわせて、やっと300を超えたくらいです。

やっぱ、選抜メンバーの楽曲より
アンダーメンバーの楽曲が好きです。
再認識しました。


3445

大雪から1週間[4421]

大雪から1週間が過ぎました。
次の日は、どこもかしこも20センチをこす雪で真っ白でした。
雪かきに大わらわでした。
畑は一面の雪です。

3443

1週間がすぎ、かなり灰色の地面が見えてきました。
それでもまだ道の端や日陰には雪が残り
かちんこちんに、かたまっています。
地面はつるつるで、いまにも滑りそうです。

畑につもった雪も、
太陽にあたって少しずつ解けています。
ふんわりが、しっとりに変わっています。
それでも、まだまだ一面が真っ白です。

3444

台東区立図書館と添田唖蝉坊(3)[4420]

台東区立中央図書館と、
浅草寺境内に建つ、添田唖蝉坊碑と添田知道筆塚に行きました。
添田唖蝉坊碑と添田知道筆塚を訪ねたお話はきのう書きました。

上野と浅草。
電車にのったのは、往路が岩槻から入谷まで、
復路は浅草から岩槻までとなります。

往復の公共交通機関は電車です。
▽往路は、岩槻から春日部にでて、東武伊勢崎線に乗り換え、
さらに、北千住で地下鉄日比谷線に乗り換え入谷まで。
運賃は628円です。
ちなみに、岩槻から大宮にでて、JRに乗り換え、
上野から日比谷線で入谷まで行くと、824円となります。
▽復路は、浅草から伊勢崎線で春日部へ行き、
東武野田線に乗り換え岩槻まで。運賃は586円でした。
ちなみに浅草から地下鉄浅草線で上野、
JRで大宮に行き、野田線に乗り換え岩槻まで。
往路のJR利用と同じ824円です。

往路で196円、復路で238円、
往復で434円の差は大きいです。
往復ともに大宮経由のJR線でなく、
春日部経由の東武線にのりました。

3440

台東区立図書館と添田唖蝉坊(2)[4419]

台東区立中央図書館で用事をすませ、
浅草寺境内に建つ、添田唖蝉坊碑添田知道筆塚に行きました。
途中、花やしきを横目に、浅草寺を参り、浅草神社に詣でました。

唖蝉坊碑知道筆塚は、ものすごく久しぶりとなります。
浅草寺境内、東寄りににそびえる弁天山の北側中腹に建っています。

まず、2つの碑を前に、遅くなった来訪を詫びました。
そして、本題。
お2人に、たいへんお世話になった処女作『唖蝉坊伝』が
去年の8月に出版できたことを報告しました。

碑と筆塚を前にして、いつも思うことがあります。
知道筆塚の文字は、灰色の石に太く深く刻んであります。
でも、唖蝉坊碑の文字や肖像画は
黒に近い石に、細く浅く刻んでいます。
そのため唖蝉坊碑をうまく撮ることができません。
じつは、2つの碑が建つ向きが問題なのです。
碑は南を背に、北を向いて建っていて
いつも逆光になるか、影になるかばかりです。
これは仕方のないことです。
でも、どうにかして碑面の文字が摩耗しないうちに
うまく撮りたくてたまりません。

唖蝉坊碑の碑文を文字に起こしてみます。
          唖蝉坊
  つきいだす鐘は上野か浅草か
        往き来し絶えて
  月にふけゆく吾妻橋
   誰を待つやら恨むやら
  身をば欄干に投げ島田
        チョイトネ
         (むらさきぶし)

「紫節」の一節です。
そして、台座にありました。
  らつぱ節し乃のめ節紫節等に庶民の胸にたぎる
  詩を吟遊した唖蝉坊添田平吉氏を追慕しこの碑
  を建てる氏は明治五年相州大磯に生れ若くして
  自由民権の歌を巷に高唱し近代演歌の総帥であ
  つたが昭和十九年二月八日七十三才で永眠した


2つの、それぞれの建碑は
唖蝉坊碑が昭和30年11月28日で、
知道筆塚は昭和57年3月7日 となります。

3441

3439

台東区立図書館と添田唖蝉坊(1)[4418]

台東区立図書館へ調べものに行きました。
あわせて浅草寺境内に建つ、
添田唖蝉坊碑添田知道筆塚に行きました。

まずは台東区立図書館のお話です。
台東区内には図書館が、大小あわせて10館あります。
電話で郷土史料関係に強い図書館を聞きました。
すると、西浅草三丁目にある中央図書館だそうで。
最寄り駅は、地下鉄日比谷線の入谷となります。
入谷の駅は、どちらかというと上野より鴬谷に近い感じです。
入谷駅の南側1番口から言問通りを東へ。
合羽橋のある通りの交差点を南方向に入ってすぐ、
金竜公園と同じ区画の北側に台東区立中央図書館がありました。

レファレンスへの問い合わせは、明治時代、
東京府下谷区にあった、とある女学校の歴史についてです。
不安要素が引きずりましたが、
一応のお答えをいただくことはできました。

昭和55年3月発行『台東区教育史資料』と
平成10年3月発行『台東区史 行政編』の
それぞれ該当ページと奥付け。
あと『5千分の1 江戸-東京市街地図集成2
   本郷・上野 明治44年(1)下谷区』のいち部分。
計5枚の複写をしました。
ただ、ふだん図書館で複写をとるときは
どこでも、複写申込用紙にタイトルとページ数を記入したり、
複写したものを職員さんに見せたりしていました。
でも、台東区立図書館では用紙に書くことも
職員さんの確認もありません。
ただ、ふつうにコンビニエンスストアと同じように、
職員さんにひと言いって、お金を投入しただけでした。

浅草寺境内に建つ
添田唖蝉坊碑添田知道筆塚のお話は、また明日。

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紹介(profile)
藤城かおる
平成17年(2005)12月から
毎日書き綴っています。


3代続いて東京生まれ、
生粋の江戸っ子ですが、
▽平成1年(1989)9月に
長野県の松本に引っ越し
▽平成3年(1991)11月
長崎に移りました。
▽平成22年(2010)春
埼玉県に引っ越しました。

著作(book)
えにし書房
3171
『唖蝉坊伝』
版元ドットコム
詳細情報あります

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