11時にチェックアウト。
O君とロビーで合流し、車に乗り込む。
O君は昨晩、部屋へ入った後、「テレビで競艇のダイジェストが流れないか」と、夜半まで地元のローカル局の放送をずっと観ていたらしい。
さすがに呆れるが、自分も覚えたての頃は、そんな感じであったと思い直す。

15分程で、前橋グリーンドームへ到着。
桐生の時とうって変わって、O君は平静そのもの。
このドームには、採用の仕事で過去に来た事があるらしい。

「何も知らずに合同セミナーへ出掛けたら、普段は競輪をやるところだと知って驚きました」

聞けば、アテンダントのお姉さんと、バンクの上まで登ってみたらしい。
何やら、無性に腹が立つ。

自分の場合、前回は桐生へ行った次の日に、『寛仁親王牌』の初日に参戦したのだが、あまりに競輪場離れした器に驚いた記憶がある。
西では小倉がドームになっているが、東ではこの前橋の設備が群を抜いている。

入り口に進むが、この日はなぜか入場料が無料であった(O君はこれだけでニコニコ)。
場内へ入ると、やはりこの場は競輪場としてはいささか違和感があるほど大きく、そして立派である。
天井も高く、とにかく広い。

前橋全景東京ドームでもこれまでに何度か競輪のバンクが組まれており、模擬レースも開催している(恐らく後楽園競輪の復活を念頭に置いての示威行為思われる)が、元が野球場だけに、グラウンドの外野部分に楕円形のバンクが組まれた姿を見て、「これ無理があるなー」という感想を抱いたものだ。

前橋の場合、競輪の開催をメインに考えた設計だけに全体のバランスが良く、死角も少なく実に観戦しやすい。
「自然の風が吹かないのが物足りない」という贅沢な非難くらいしか、思い当たらない。

場内を見渡していると、「食い物屋はどこでしょうかねー」と、O君が話し掛けてくる。
そう、確かに食い物屋がネックなのだ、こうした近代的な設備の場においては。
前回来た際には、こうした場所では滅多に食べないカレーを食べた記憶があり、この事からも食い物的にピンとこなかった事実が伺える。

食い物屋の確認も含めて、場内をぶらぶら一周してみる事にする。
この日は盆の最中だったのだが、客が少ない。
競艇以上に、競輪の売上減少は深刻であり、賭け事に熱いとされるこの上州においても、同様のようだ。

前橋スタンド加えて、昨夜の桐生では、「水面を眺めながら夕涼みのナイター」という売りがあり、若い客や家族連れもちらほら見掛けたのだが、こちらではほとんど見掛けない。
競輪場におけるファンの高齢化は顕著であり、三競オートの中でも間違いなく平均年齢が高い。

これは、競輪の「展開を読む」という、予想の難しさが影響しているものと思われる。
グループを形成して戦う、“ライン”という概念も初心者には難しく、敬遠されがちだ。

競輪の予想の面白さとは、「選手と一緒になってレースの展開を組み立てる」ところにあるのだが、こうした“心理”を理解するには一定の知識が必要であり、「競輪=難しい」というイメージにつながっている。
(『麻雀放浪記』で知られる作家・阿佐田哲也が、「さまざまなギャンブルの中で、最後にたどり着くのが競輪である」と評したように、こうした予想に関わる複雑さと難しさこそが競輪の持ち味とも云えるのだが)

場内を一周して、1コーナー寄りのスタンドからレースを観ることにする。
競輪は初体験のO君だけに、トップクラスにある選手の走りを見せてやりたかったが、この日は「F供廖競艇やオートで言うところの一般戦であり、少しでも迫力ある攻防を見せてやって欲しいと願う。

居場所を決めると同時に、O君は眼をつけた売店へと出掛けて行った。
最初に川口へ連れて行った時には、キョロキョロと物見がひどく、素人丸出しで危なくて見ていられなかったが、最近は1人で歩かせても不安を感じなくなった。

前橋走路座った席は、ホームを正面に見据える位置であり、この角度からスタートを見られる場はあまりない。
通常、競輪場のバンクは「333m」、「400m」、「500m」という三つの規格であるが、前橋は「335m」という国内では唯一の距離となっている。

これは、元々は333mで作られた後、コース内側に退避スペースを設けた結果、走路を外側へ拡張した事に起因する。
また、コーナーの角度(カント)が急な事でも知られており、“超高速バンク”の異名を取る。
こうしたバンクの性格からも、戦法としては先行が有利であり、スピードに乗った先行を捕まえるのが難しい事でも知られている。

「やっぱ観やすいなぁー」と、コースを眺めていると、O君が何やら器を持って戻ってきた。
丼の中身は、メシに煮込みが掛けられたブツであった。
「あれ、こんなメニューがあったか?」と不思議に思っていると、O君が事情を説明してくれた。

「本当は飯と煮込みが別々なんですが、レースを観ながら食べたかったんで、食堂のオバちゃんにお願いして、ブッカケにしてもらいました」

聞けば、丼の場内への持ち込みは本来不可なのだが(実際に食堂には張り紙がしてある)、特別に「いいよ」と許可を貰ったという。
O君には何とも言えない愛嬌があり、また、場慣れしていなさそうな素人っぽさも、オバちゃんに「まあ、いいか」と思わせたに違いない。

たちまちO君はペロリと完食。
O君の「美味かったです」という感想はさておき、見た目的には美味そうなブツであった。
今日の昼飯はこれにしようと決める。

レースを観ながら、新聞の見方、予想の仕方、レースの振り返り等について、O君に話して聞かせる。
この日のレースは、解説のしやすい、競輪の定番ともいえるレースが多く、ド素人のO君にとって打ってつけであった。

途中、中座して、昼飯を食いに行く。
O君と同じ店で、“煮込み定食”を注文する。
O君は平和島で初めて食べたのが、「丼」であったので、メシに煮込みをかける「ブッカケ」が定番と思っているが、元は平和島もメシと煮込みが別々であった。

「ブッカケ」は見た目豪快で美味そうなのだが、喰い進めていくと、最後は固まった脂でベトベトになってしまう。
よって、通常の定食として頂く。

前橋煮込み定食うーん、シンプル。
盆の上には、「飯・椀・小皿」のみ。
煮込みの汁を啜って、合点がいった。
汁がかなり伸ばされた感じであり、これがそのまま味噌汁代わりになるのだ。

飯を口に入れ、モツを喰い、汁を啜る。
白モツはしっかりと煮込まれていて、十分に柔らかい。

際立った特徴は無いが、味噌味のなかなか美味い煮込みである。
通常、漬物には手を伸ばさないのだが、小皿は冬瓜の酢の物で、少し油っぽくなった口中をさっぱりさせてくれた。
シンプルだが、無駄の無い組み合わせ。
完食、そして満足。

飲み物を片手にスタンドへ戻る。
この日のレースの特徴としては、地元勢の活躍が目立ったのだが、いずれも劣勢と思われるラインが先行策で活路を見出したパターンであり、諮詢(しじゅん)に富んだレース内容であった。
一例を上げれば、競輪学校を上位で卒業した新人選手の後位が競りとなり、脚力的に“まくり”に廻ると思われた地元選手が一か八かの逃げを敢行、まさかの先行に慌てた新人選手のラインに混乱が生じて、有力選手三人が接触して落車してしまった。
結果、先行したラインが上位を独占してしまった。

結論から言えば、「運が良かった」という事になる。
まともに新人選手が踏んでいれば、逃げたラインはあっさりマクられていた公算が強い。
しかし、劣勢と思われた地元ラインが先行に出たからこそ、後続のラインに混乱が生じたのであって、積極策を取ることによって自ら運を引き寄せたように私には思われた。

「待ち」の姿勢ではなく、「動く」ことが、勝負の上では重要なのだ。
実のところ、勝ちを狙って動いた場合、大敗する可能性も高くなる。
動かなければ、勝てないまでもそこそこの着を拾える可能性がある。
リスクとリターンをどのように捉えるかの問題ではあるが、仮に「動かず負けた」場合は、何も残らない。
自ら動いて勝運を引き寄せた選手には、教えられることが多かった。
「迷った時、厳しい時こそ積極策」、競輪だけではなく、通常の生活においてもタメになる金言である。

最終レースでは、S級から降級してきたばかりの選手が実力上位と見られていたが、積極策に出た選手に出し抜かれ、猛然と追い込むも二着であった。
これまでのレースも踏まえてO君が、「実力を出し切らずに負けるのは口惜しいでしょうね」と、ぽつりと呟く。

オッパッピーの様に見えて、実は物事の本質も良く知るO君なのであった。

(つづく)