March 23, 2006

公開質問と抗議状

新潮社並びに四方田犬彦に対する公開質問並びに抗議文四方田犬彦著「ハイスクール1968」で「ブントの大谷」と実名で酷評された、同氏本名の小林剛己の一期先輩である大谷行雄より。

 平成16年に新潮社出版の当該月刊「新潮」8、9、10月号が発刊された直後に、小生の私事私業の理由で中東ドバイに赴くこととなったため、またその後の多忙さと距離的な遠さから大分時が経ってしまったが、このままでは間違った事や意図的に捏造された事々が既成事実化されて事態そのものが風化してしまうのを恐れ(既にそうなってしまったとも思えるが)、同書に対する抗議及び批判文を提出・公開することを、今さらながら急遽この様なインターネットを利用した容での実行となった事情を関係諸氏にご理解戴きたい。

 まず新潮社に対しては、当該文書の舞台である高校名に関し、意図的に筆者の書き様をそのまま鵜呑みにしたのかどうかは不明だが、同校正式名称「東京教育大学附属駒場高等学校」を「東京教育大学農学部附属駒場高等学校」(創立時はともかくとして、当時も旧称とされた今も農学部は付かない)としていることに、同校並びにその卒業生を代表して抗議し、正式な訂正謝罪を要求する。

 本件は、第三者的にはたかが農学部が付くか付かないかだけの他愛の無い問題のように思われがちだが、学校の歴史からの慣習内容や地理的に隣接されていた関係上、時折同校在校生や卒業生の自嘲的な思惑や外部人間の揶揄的表現として実際には使われていたものの、それらが侮蔑的な意味合いを含んだ場合が多く、正式名称とされるのは同校関係者としては甚だ迷惑なことである。いまだに学校関係者やOBの誰からも何らかの抗議苦情が来ていないのであれば、それは同校の校風のひとつでもある自由放任主義からくる寛容性があってのことであろうとご理解戴きたい。

 それに、そもそも同書の中心的事件である同校バリケード封鎖ストライキのきっかけそのものが、母体大学である東京教育大学が筑波大学に改名され附属校名もそれに準じるという一件であり、政治闘争的には一連の全共闘闘争と同様に当時政府の大学校改編政策に反対してのことであったが、なかには純粋な愛校精神から問題にして立ち上がった者もいたこともあり、たかが校名と済まされる問題ではない筈である。
このことからしても筆者の世も四方田犬彦(本名・小林剛己)が、逐次詳細は後に譲るとして、当時いかに思想も信条も無い単なる軽薄なええ格好しいでしかなく、社会的問題意識の観点からみても希薄で、ただ博識をひけらかす口達者だけな似非反体制高校生であったことが明白であり、自称「歴史のドキュメント」とするような代物を書けるような立場や資格が無いことが明らかなのである。それでもこの様な独りよがりな欺瞞的自伝が世に出せるのも、彼が当時言っていたというエリート路線上にいる自己の否定といった様なこととは全く裏腹に、立派に東大を出てどこかの有名大学の偉い先生になったからこそ成せた業であろう。勿論、彼の空想力や文才、更に批評家としての学術的な業績を批判するつもりは一切無いし(しようにも全く興味も無く知らないのでしようが無いが)、当時の彼を人格的な面で批判するのは小生のみならず彼の同級生のなかにも少なくないと聞いている。

 小生が本のなかで個人y的に酷評されているからこうして反発していると思われるのも不本意なので一言お断わりして置くが、その個人的な酷評すら的外れでありそれが単なる視的外観から生じる(闘争上適した米軍払い下げのジャンパーや編み上げ軍靴を好んで身に着けていた所為か)主観だけの問題ならば仕方が無いとしても、その描写が三島由紀夫の盾の会メンバー(矛盾しているようだが、彼自身も三島由紀夫氏には心酔していた筈だが)や右翼を想像させるもので自分としては赦し難く不本意なものである。ただ、よく当時官憲や反対党派が使ったような誹謗中傷のフレームアップのようで今となっては滑稽でもあり、小生をよく知っている同級生や仲間にしてみれば正反対な(どちらかといえばフウテンと呼ばれた長髪ヒッピー族のような風体だった)描写なのでなかには腹を抱えて笑い転げていた者も居たと言えば、如何に的外れであったかが想像できるであろう。

 但し、それが下級生の吸おうとしたタバコへの小生の言動に代表される一連の行動の所為であるならば一言反論させて戴きたい。確かに、彼の言うように他校を渡り歩き逮捕歴も2回ある活動家であり、煙草も中学時代から吸っていた小生ではあるが、その下級生以上に緊迫していた自分の言動が周りに旧日本軍人を思わすものであったとするならば、それは小生がバリケード内の仲間誰一人にも知らせずに隠し持っていた火炎瓶の所為であろう。

 その経緯詳細は後に必要であれば述べるとして、そうでなくてもあの緊迫した状況下で、同書の筆者である小林剛己は、バリケード闘争に参加したそれぞれが停学や退学、或は機動隊導入の可能性など先のことを不安に感じながら思いつめている後輩仲間のなかで、授業がつぶれてお遊び気分でバリケードに入ってくる彼の感性に反発を感じながらも、何しろ少数グループのため下級生にとっては一人でも多いほうが心強いであろうとの判断で、本来歓迎できない二人(もう一人は玩具のピストルでふざけていた男)を受け入れてしまった後悔と自責の念からの小生の苛立ちによる言動だった、ということすら判らないほど鈍感で無神経な人間だったのだ。そんな輩にあの状況下で迷い悩んでいた人間の気持ちが判る筈も無いであろうし、それとも小林はあの時あの場に対機動隊やスト破り用の木刀と投石用の石、更に火炎瓶までもが用意されていることを知っていて、そのような状況に真剣に対峙出来、必要が生じれば機動隊と渡り合い母校の校舎校庭を煙火に包むほどの覚悟があったとでも言うのであろうか。                                〈続く〉



malcolm_y at 02:55│Comments(4)TrackBack(1)

トラックバックURL

この記事へのトラックバック

1. 上原ココアの私だけ??  [ 友達のランキングサイト ]   March 23, 2006 19:26
友達がやってるランキングサイトに登録したら一日で200もアクセスUPしちゃったよぉ・・・

この記事へのコメント

1. Posted by ブログサーファー!!   March 23, 2006 05:03
ブログサーフィン大好きです。私も良いブログを書きたいです。(`・v・´)
2. Posted by HARUKA    March 23, 2006 05:33
私も良いブログを書きたいです。ブログサーフィンして上級者になりたいです。
3. Posted by ブログサーファー!!   March 23, 2006 11:01
ブログサーフィン大好きです。私も良いブログを書きたいです。(`・v・´)
4. Posted by HARUKA    March 23, 2006 11:32
私も良いブログを書きたいです。ブログサーフィンして上級者になりたいです。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔