しびれる、ボウモア
「なんか、うまいボウモアないかな」
お客さんのその一言がきっかけであった。しばらくの間、僕はうまいボウモアを求めてさ迷う事になる。ジェイズ・バーのお客さんはその手の曖昧な注文が多い。今回、うまいボウモアを求めたのはN氏。仕事柄、僕はお客さんの趣味嗜好には当然だが関心がある。さらにはその変化についても敏感でいたいと思う。時間を積み重ね、残念だが失敗もいくつか繰り返し、結果として相互理解を共有している。そんなところまで来れないと、「なんか、うまいボウモアないかな」なんて注文には応えられない。僕は僕なりにN氏の「うまい」を理解している。だからこそ彼の注文に応えることができる。他の誰かの「うまい」とN氏の「うまい」は必ずしも重なっている訳ではない。お客さんの趣味嗜好を手に入れるまでには幾らかの時間はかかる。

今回のボウモア、既にテイスティングはしてある。以下の通り。

蒸留所:ボウモア / 瓶詰業者:ダンカン・テーラー社 / 銘柄:ピアレス・コレクション
年度:1982 / 年数:21年 / 度数:57.8%

テイスティング・ノート:
フルーティでしかも非常にコクのあるヨードを感じる。ゆっくりとチョコレートのよう。若干バニラ。
決して甘過ぎず非常に濃い味。ねっとりと舌の上に残る。このコクのあり方、奥行きと幅の広さは甘味によって支えられている訳ではない。心憎いほどの上質なインパクト。さらに驚くほどフルーティ。シロップのようでさえある。そつなく存在感を発揮する辛味が、味を引き立て引き締める。しっかりと化粧香が存在するが、他の様々な要素の中にうまく溶け込み、全体のバランスを下支えしているよう。アルデンテに茹でたパスタの芯のような役割を果たす。

「テイスティング・ノート」ではなく正直に感想を言わせていただくと、旨過ぎてびっくりした。久々に度肝を抜かれた。ぼんやりと切ない未来を想像してしまう。5年後くらいに「あのボウモアが飲みてぇ」、僕は突然叫んでいるような気がする。
今回のこのボウモア、N氏の直接のオファーを受けての発注であったし、ちょっとばかり高額の商品でもあった。やはりどこか中身の質に過剰な心配があったことは否めない。もちろん、期待を裏切れないというプレッシャーは常にあるのだが。
封を切り、栓を抜いて、ボトルから香りが溢れ出た瞬間、95%の確信が舞い降りてきた。「間違いない。この酒はうまい」。自分でも一口飲んでみる。納得である。プレッシャーから解放された感覚がこの時点でのこのシングル・モルトの旨さを引き立てたのは事実だろう。だけどそれでいいと思う。その事が酒を不味くしてくれる訳ではないのだから。それにその後何回飲んでもこの酒の旨さは変わらない。

ボウモア マキロップチョイスそもそも始まりはこちらのボウモア。
昨年の12月にニュー・リリースとして出したボウモア。これがN氏にボウモアに興味を持たせるきっかけになったようだ。そもそもN氏はアイラ・モルトにはさほど興味はなかった。このボウモアにしたって、僕が無理矢理飲ませたようなところもある。この時僕はN氏の好みの幅が広がりそうな予感がしたのだ。「失敗しても構わないから、普段飲まないようなの出してよ」、そんな顔をしていた。おいしさから言えば、今回のボウモアに軍配を上げると思うが、前回のボウモアに驚きがあったのだと思う。素直にびっくりしたのだ。僕の意外な提案に存外の驚きあがり、それを十分に楽しんでいただいたのだと思う。結果として前回のこのボウモアを経由し今回のボウモアにたどり着く。そしてそれを喜んでもらっている。僕としても非常に嬉しい。「してやったり」という思いも含め、そこには僕の働く喜びがある。
しかしこのN氏、なかなかのクセ者である。簡単に「うまい」とは言わない。一口飲んで、フーン、という顔をした後、ニヤリとして、「フフフ」と笑った後、「うまいね」である。しかもちょっとつまらなそうに。確かに、一口飲んでから「うまいね」が出てくるまでの時間を楽しんでるという言い方もできなくない。それが彼のウィスキーの楽しみ方なら僕は文句を言うつもりはない。
そんな事はどうでもいい。その人のウィスキーを楽しむ様が僕に伝われば僕は嬉しい。