ハイランドパーク
そろそろ侍の本来の姿に戻ろうと思う。仕切り直しという気分である。
何よりもまず僕は自分の立場を明確にしておく必要があると思う。僕はモルト侍としてのスタンスをより明確にしておきたいと思うに至った。

そもそも僕はバーテンダーというやり方で飲み屋のオヤジになりたいと思い、日々バーで働いている。キャリアは16年を超えた。気付いたら40歳になった。バーテンダーとして当たり前のことは当たり前にできるつもりでいる。仕事を通じて多くのシングル・モルトに出会い、それらを愛するようになった。世の中に次々と出てくるシングル・モルトを店に来るお客様に紹介していく事を自分の仕事の中心に据えたいと思っている。僕はそんな立場から日々シングル・モルトに眼差しを送っている。

僕はウィスキー鑑定家ではない。シングル・モルト評論家でもない。その日一日を終わらせるために僕の店にやって来て、酒を飲み、他愛のない話に興じ、「さて今日も帰って寝るか」なんて言って去って行く、そんなお客様のために働く飲み屋のオヤジだ。すべてのお客様がシングル・モルトを飲まなくても構わないと思っている。好きなものを飲めばいい。

僕よりおいしいカクテルを作るバーテンダーは世の中にたくさんいるだろう。僕よりウィスキーの知識のある専門家にいたってはそれ以上だと思う。僕は僕なりに自らの身の程を知っているつもりだ。何も悲しむべき事ではない。ただ、僕がこれだけは絶対に誰にも負けないと言える事はひとつだけ。いつものように僕の店に来る目の前のお客様が、どんなものが好きで、どんなものが嫌いかを知っている。その人が次に何を飲んだら気持ち良くなれるかをだいたい当てる事ができる。僕は目の前のあなたのために働きたい。
当然だがそうなる為に僕とあなたにはいささかの時間は必要である。時間を積み重ね、関わり合いを持ち、言葉をやり取りし、お互いの理解のための手がかりを得て、少しづつあなたが何を飲めば気持ちよくなるかを僕は習得することになる。ウィスキーの専門家はウィスキーについて詳しくなりたいと思うのだろう。僕は僕の店に来てくれるあなたについて詳しくなりたい。何より、それが近道だと思うから。

いづれにしても僕もあなたも、僕達はウィスキー鑑定家ではない。ウィスキーが理解できなかったとしても、それほど苦しむ必要はない。あなたはウィスキーを理解しそれを人に説明する必要を抱えていないはずだ。楽しめればよいのではないだろうか?気持ちよければよい。しなければならない事を抱えている分だけ、生きる事は窮屈になるはずだ。ウィスキーは理解できなければ意味がないなんて思う必要はない。しかし、理解できた方が楽しいのも事実。理解する事の気持ちよさに気付いたらそれもまたよし。大切なのは自分にとって気持ちの良い事を丁寧に扱うという事。僕達はウィスキー鑑定家ではない。ただの酒飲みじゃないか。

シングル・モルトを愉しむのにはちょっとしたコツがあると僕は思っている。もちろんそれは「僕なりの」コツではある。でも、そのコツを憶えてもらったら僕はあなたの好みを理解しやすくなる。僕があなたの好みを理解できたらあなたに出す酒に間違いは少なくなる。おいしいと思う酒を飲んだら、あなたは気持ち良くないだろうか?
シングル・モルトを愉しむのにはちょっとしたコツがあると僕は思っている。でもそれはあくまでも僕が思うところのコツだ。他の店では使えないかもしれない。そのコツを軸に僕とあなたの理解が深まれば、僕はあなたを楽しませてあげられるのではないかと思っている。残念だが僕は僕の店に来てくれない人の事に興味はない。僕は僕の店に来てくれるあなたについて詳しくなりたい。