1b815359.jpg店を一軒開くという作業は、想像したとおり想像以上に大変な事であった。だけど、何か目的に向かって様々なものを積み上げていくという作業は、その進捗状況を把握している人間にとっては大きな喜びでもある。いろいろなところへ出向き、人と会い、話を聞き、物を集め、指示を出し、ただの箱であったものが少しづつ店になるべく形作られて行く。酒瓶もそろい、グラスも並ぶ。そんな事がとても楽しく、そして多分、僕は幸せな気分だったのだと思う。濃密な時間の中を生き、充実感のある毎日を忙しく過ごす事ができた。そして今日、池袋のジェイズバーはオープンの日を迎えた。
オープン直前までやっていた内装の工事が終わり、初めて営業を終え、最後の客が帰り、後片付けをしながら、僕はひとりで少しだけ笑った。僕はやっと自前の場所を見つける事ができたのだ。店に新築の匂いが充満している様に、心は喜びで満たされている。
そして同時に、大人になるっていう事は、取るに足らないちっぽけな自分を素のままに受け入れ、自分の居場所を自分で探さなければならないっていう事だと、そんな事を思った。
1994年5月12日の今日。僕はまだギリギリ30歳になっていない。何かが始まって、そして確実に何かが終わったのだと思う。カウンターの中で仕事をするというのは、自分の人格を人の前に晒さなければならないという事でもある。この愚かで下らない僕を隠しようも無く人前に晒さなければならない。その事に気づきそれを認めなければならない。覚悟が必要なのだ。これから延々と続く飲み屋のオヤジとしての日常が僕を待っている。
終わりは始まり、呪文のようにそうつぶやいた。終わらせないと始まらない事があると、そう思った。そして、少し話しが違うけれど、いろんな人にさよならを言わなければならない気がして、その予感が僕を少しだけ悲しい気持ちにさせた。ちゃんと終わらせ、ちゃんと始めなければならない。
店が出来上がるというのは内装屋にとってのゴールである。だけど飲み屋のオヤジにとってそれは新たなスタートでしかない。新築の匂いは少しづつ消えていくのであろう。5年後、10年後、20年後、僕は退屈な毎日に苦しむことになるのだろうか?僕の心は何かで満たされているだろうか?
欲しいと思ったものを手に入れるという事は、明らかに一つの成功である。幸福というのは、その手に入れたものを、そのあともそれ以上に欲しがっていられるかどうかという事だ。僕が手に入れたものは、僕が幸福になるのにどのくらい必要なものであったのだろうか。僕はまた必要のないものばかり欲しがっていないだろうか?

答えが出ない時には、考えが進まない時には、大好きなシングル・モルトを一杯だけ飲もう。暖かい蒲団にもぐって目を閉じ、ぐっすり眠ろう。目が覚めたら背筋を伸ばそう。コーヒーを飲んでトイレに行こう。きっと大丈夫、ちゃんと終わらせれば、ちゃんと始まる。

例えばあなたは考えた事があるだろうか?
「人は何故酒を飲むのか?」
僕にとってはそれが始まりであった。そしてもう少し正確に言わせてもらうなら、「人は誰のために酒を飲むのか?」。その事に思いが至った時に、その疑問はほんの少しだけ「答え」の方向に転がり始めた。そして当然だけれど、まだどこかにたどり着いた訳ではない。
だから僕は明日もカウンターの中で働こうと思う。