モルト侍

池袋のショット・バー、ジェイズバーのバーテンダーが、大好きなシングル・モルトを斬る。

2005年05月

一筆啓上、グレンロセス

ロセス、ボトル底面
写真はグレンロセスのボトルを横に倒したところ。ボトルの底に凹みというか、切り欠きがあるのが分かるだろうか。ボトル裏側中央の丸い窪みのことではない。幅8ミリ、長さ15ミリ、深さ4ミリくらいの切り欠きである。写真の一番下の方。ボトル底面の外周部が切り取ったようにへこんでいるのが分かるだろうか?
どうにも、上手に写真が取れなくて困る。ちょっと大き目の画像を貼ってあるので是非ともクリックして拡大して欲しい。


普通のボトル、底面一般的なボトルは大体こうなっている。ひっくり返してみるとその円周の内側は多少なりとも窪んでおり、ボトルをカウンターの上などに置いた時の接地部分、外周部にはすべり止めのためにギザギザが付いている。もちろんグレンロセスも同様である。特徴的なのはその内側の窪みは大きく、外周部のギザギザも先ほど説明した切り欠きのおかげで切れている。
つまり通常のボトルのギザギザは「O」字型なのに対して、グレンロセスの場合のそれは「C」字型になるということだ。

さて本日よりしばらくの間この切り欠き部の話になる(と思う)。皆様お付き合いのほどを。

本日はまず小ネタから。グレンロセスの外箱が1992ヴィンテージから変わった。そのことは5月12日の記事で既に書いた。その翌日に続きの記事の中でアルミ製の台座について触れているが、その出っ張りの部分に注目して頂きたい。写真で煙草を乗せている部分である。
1992ヴィンテージのグレンロセスはこの台座の上に乗せられ、段ボールの箱に収められている。台座にこの出っ張り(つまり凸)があるということは、グレンロセスのボトルの底面にへこみ(つまり凹)があるということである。凸と凹はふたつでワンセットなのである。もうお分かりだろう。アルミ製の台座の凸に対応するのが、冒頭の写真、ボトルの底面の切り欠き部分なのである。

この切り欠き部分の存在理由については今後記事にしていきたいと思っているが、何も1992ヴィンテージから始まったことではない。アルミ製の台座のために合わせて作られたものではないのだ。それ以前のヴィンテージからこの切り欠きはある。
まずはその位置に注目をして頂きたい。この切り欠き、ボトルの真後ろにあるのだ。ラベルを貼ってある方を正面と見るとその裏側の中央の底面にこの切り欠きがある。もちろんそれもこの1992ヴィンテージに限ったことではない。以前のヴィンテージから同様である。

つづきは明日。

41歳の春

先日鶴様よりコメントを頂いた。
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誕生日だったんですね
おめでとうございます
 41才の春だから
 元祖天才バカボンのー
 春だからー
 冷たい目で見ないでー
でしたっけ?
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元祖天才バカボンの春

枯葉散る白いテラスの午後三時
じっとみつめて 欲しいのよ
特別の愛で ふるえて欲しいの
四十一才の春だから
元祖天才バカボンのパパだから
冷たい目で見ないで

粉雪舞う青い窓辺の午後三時
じっとたえて 欲しいのよ
特別の愛で 燃えて欲しいの
四十一才の春だから
元祖天才バカボンのパパだから
冷たい涙流さないで

メロディはこちらを
もちろんお仕事中の方はご注意。


僕はこの歌が好きで、悲しいことがあったり、辛いことがあったりすると煙草をふかしながらよく口ずさむ。この歌の沁み込む感じが好きなのだ。
どんなに悲しいことも、どんなに辛いことも身に降りかかったことはなくならない。その違和を受け止め噛み砕き飲み込まねばならない。ゆっくりと咀嚼するリズムに合わせてこの歌を口ずさむ。
飲み込まず吐き出してしまえば良かったかもしれない。そう思うことも確かにいくつかある。しかしそれはそれで僕の41年の人生なのだろう。越後屋も言ってくれている通り、僕は僕のやりたいことを貫いて行けばいいのだと思う。もちろんできる限り人に迷惑を掛けないように。

今朝、本店の仕事が終わって2号店に顔を出したら、たまたまひとりで飲みに来ていた鶴様とカウンターに並んだ。
「41歳の春、厄年なんですよ」、とは彼の言葉。

うーん。僕は思わず唸ってしまった。
喪失の予感に苦しむ41歳である。

特別寄稿

本日はネタのうまくまとまらない侍に代わって、ブクログに池袋名物氏が記事を書いた。
読んでくれ。

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甘い酒は嫌いだ。(つづき)

幸か不幸か、人は時々ある特定の銘柄のシングル・モルトに強い執着を持ってしまう。僕の経験上、その強い執着はアイラ・モルトに向けられることが多い。そのこと自体はアイラ・モルトが強烈な魅力と個性を持っている証左でもある。多くの人の支持と賞賛を受け、褒め称えられているのだ。僕も立場上文句をいうつもりもない。人の心をひきつけて止まないシングル・モルト。僕はそれを嬉しく思うし誇らしくもある。

今日は少し勝手なことを言わせてもらうかもしれない。僕は少し心配が過ぎるのかもしれない。

人は何故アイラ・モルトに固着してしまうのか?
僕の中にある答えのひとつは、「気づきが舞い降りて来るから」である。

棚にずらりと並ぶ酒瓶を見て、あなたは思ったことがないだろうか。「果たしてここに並ぶ酒はみな違う味がするのだろうか」。その疑問はやがて不安に変わる。「違う酒を飲んで味の違いが分からなかったらどうしよう」。
アイラ・モルトはその不安を簡単にひっくり返してくれる。例えばいつもサントリーの山崎を飲んでいる人がラフロイグを飲んだら、その味の違いは確実に分かる。ウィスキーと言えば山崎と思っている人からしたら、ラフロイグもウィスキーであることは驚き以外の何物でもない。そのくらい個性的なシングル・モルトである。
びっくりするほどに個性的なシングル・モルト。つまりそれは分かり易いということでもある。理解したという感覚は人に快楽を与える。「シングル・モルトの何たるかを少しばかり理解することができた」、確かにそれは快楽である。理解できないかもしれないと不安に思っていたことが理解できた。確かにそこには安心もある。その快楽も、その安心も、僕は否定するものではない。

「山崎とラフロイグが違うウィスキーであることを僕は説明できる」、それは素晴らしく、そして素敵なことだ。それは「楽しいシングル・モルト」である僕のポリシーにかなっている。
「シビレ」のようなものだ。山崎を飲んでいた人がラフロイグを飲んでシビレる。「今までのウィスキーとは違う」。強烈な気づきが舞い降りて来てしまうのだ。

強烈な気づきは時に人をある特定の領域に固着させてしまうのかもしれない。シビレはやがて消えていく。同じラフロイグを飲み続ければ、段階を経てゆっくりとシビレは薄くなって行く。あれも駄目、これも駄目。もっと違うものを。そうやって耐性は強化されて行くのである。

方向をずらすことなく先へ先へと突き進んでいくと、どこかで必ず壁にぶつかる。
「当店にはこれ以上あなたに飲んでいただけるようなアイラ・モルトはありません」

僕は何もアイラ・モルトを毛嫌いしている訳ではない。僕の中には僕なりのアイラ・モルトの楽しみ方がある。もちろんジェイズ・バーにもアイラ・モルトのファンはたくさんいる。だけど一様に片寄り過ぎないように注意をしているようだ。
どんなに「とんこつラーメン」が好きでも4,5杯連続では食べ飽きる。好きな「とんこつラーメン」の味を引き立たせるためにも、間にあっさりした「しょうゆラーメン」を1杯はさむべきではないだろうか。1年のうち1日位なら、今日は徹底的に「とんこつラーメン」だけ食ってやる。なんて日があっても良いと思うが。

昨日の若いバーテンダーの悩みは解決していない。言うなれば、もっとおいしい「とんこつラーメン」はないものか。そう思い「とんこつラーメン」を食べ続けている人を相手にしているのだろう。

しばらくは諦めて待て。やがて食べ飽きる。その時にすき間ができる。そのすき間にきっちりとアイラ・モルト以外の1杯を出せるかどうかがカギ。
そのためにはその人の話を良く聞くこと。「あれも駄目、これも駄目」といっている人の話を良く聞くこと。上手に話を聴いて「何を欲してアイラなのか」それを聴き出すこと。それはその人にとって、切れ上がりの良さであるかもしれない。アルコール度数の高さであるかもしれない。甘くないアイラ・モルトなのかもしれない。痛いアイラ・モルトなのかもしれない。言質を取るのだ。

アイラ・モルトではないけれど、これだったら切れ上がりの良さは感じてもらえます。とか。
アイラ・モルトではないけれど、これだったら痛さは感じてもらえます。とか。
そうやって、アイラに突き進もうとする方向をずらす。
それがお前の仕事じゃないか。

甘い酒は嫌いだ。

近所で働く若いバーテンダーと6時過ぎまで話し込んでしまった。キャリアはまだ浅い。彼なりに勉強熱心なのだろう。今日はいつになくシングル・モルトについて突っ込んだ話を仕掛けて来る。ちょっとした悩みを抱えているらしい。いや、悩みというほどのことではないかもしれない。「今日ここで飲むためのちょっとしたネタ」という程度のものなのかもしれない。

ラフロイグ好きなお客さんに、似た傾向の何か違うものを薦めたいと思いあれこれ考えて飲んで頂いたが、どれもあまりピンと来なかったようなのだ。どれもこれも甘過ぎると言われるらしい。
若者の悩みは尽きない。

そんな悩みを背負った若いバーテンダーの最初の一杯のオーダーは「ダラスデュ」、シグナトリー・ヴィンテージ社のレア・カスク。(モルト・ファイルで検索してみてください)。
そもそもは「甘味の強いシングル・モルトを下さい」とのオーダーだった。甘いシングル・モルトとは何だろう?そんな思いを確認するためのオーダーだったのだろう。分かり易く甘く、しっかりとしたシングル・モルト。そう思って僕は「ダラスデュ」を選んだ。

ダラスデュを飲みつつ先ほどの話を切り出し、ラフロイグに似た傾向の何か違うものはないかとの相談を持ちかけられた。

「甘い酒が苦手です」、確かに良く聞くセリフである。そしてその結果選ぶのは決まってラフロイグ。そんな人は少なくない。だけどその人が決まってラフロイグを選ぶのは「甘くないから」ということだけが理由なのであろうか?僕には少し疑問だ。
ラフロイグはまったく甘味のないシングル・モルトだろうか?そんなことはない。甘味の強いシングル・モルトでないことは確かだろうが、味わえば甘味は感じる。全般的にアイラ・モルトは甘味が少ないという思い込みがあり過ぎるようだ。よりピーティと言われるアードベックにしても十分に甘味があると思うし、ラガヴァリンやポートエレンには甘味を背景にした十分なコクを感じる。むしろ甘味がまったくなければ、シングル・モルトとしておいしくないとさえ僕は思う。

カリラ、ハイランド・パーク、アードベックなど、ジェイズ・バーで扱っている商品の中でも比較的甘味が少ないと思われる商品をいくつか出した。どれもこれも彼が相手をしたそのお客さんには甘過ぎるのではないかと言う。

しかし、そのお客さんは本当に甘くないから、という理由でラフロイグを選んでいるのだろうか?甘くないからという理由ではなく、積極的に好きな理由があるのではないだろうか?

人の好みというのは時々固着してしまう。凝り固まったまま剥がれずに動けなくなってしまう。過剰な思い込みは不幸な執着を生む。確かに時々「強制的にスイッチを入れてしまう」シングル・モルトというものがある。僕はそれをびっくりさせてくれるシングル・モルトと呼ぶ。だけどそれは「おいしい」というところから少しずれている。

例えば長い間サントリーの山崎を好きで飲み続けてきた人が、生まれて初めてラフロイグを飲んだとする。それまで何の疑問もためらいもなく、山崎をおいしいと思って飲み続けてきた人だ。ウィスキーといえば山崎。それが当たり前の日々を生きてきた人にとってラフロイグはある意味強烈だ。その人が思うウィスキーの範疇から確実にずれている。つまりビックリさせてくれるシングル・モルトだ。しかし、その強烈なインパクトは時々そのウィスキーに人を固着させてしまいがちだ。

初めてアイラ・モルトを飲んだ時に、シングル・モルトの良さに目覚めました。
そうおっしゃる方は実は多い。もしかしたらあなたもそうかもしれない。先ほどの例、山崎からラフロイグの魅力に取り付かれてしまったような人もそうだ。しかしどうだろう、そもそもその人は山崎をおいしいと思って飲み続けてきたのではないだろうか?
確かにラフロイグはその人をビックリさせたかもしれない。けれどもその人にとっておいしいと思うシングル・モルトは山崎なのではないだろうか?自分をビックリさせてくれたラフロイグに固着したまま離れられない。そのことはその人を不幸にしていないだろうか?

明日に続く。

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印象ビーム

モルトファイル見開き041231
ある一定の期間、樽の中で熟成を重ね、瓶詰されて市場にリリースされ、飲み干され消え行くシングル・モルト。おいしいと思うものがなくなって行くのはさびしい。しかし相手は飲み物。飲まなければ質は悪くなるばかりだ。せめて記憶の中にだけでもしっかりと留めて置けないものだろうか?そんな思いを結実させたのが「ジェイズ・バー・モルト・ファイル」だ。

最初は写真も撮っていなかったし、ラベルから見て取れるデータとテイスティング・ノートをメモ書きしていた程度のものだった。少しづつ内容を充実させ、盛り込み過ぎて削ぎ落としたり、何度も変更と修正を繰り返し、今のようなカタチに落ち着いてから2年くらいになる。
月日を重ねるごとにそのボリュームは大きくなり、そのデータ件数はぼちぼち500を超える勢いだ。ダブっているデータもあるし、今のようなカタチで見ていただくには不完全なものもある。サイトを立ち上げた当初、現在皆さんに見て頂けるシングル・モルトは200件程度であるが、もちろんそれは増え続ける。僕が生きてシングル・モルトを飲み続ける限り。

シングル・モルトを楽しむのに僕が新しい切り口として提案しているのが「印象ビーム」。サイトの中の「印象ビームについて」を読んでもらえれば、その概略は理解して頂けると思う。そのことを語り出したらそれこそ話が止まらないので深くはものを言わないが、今日はその「印象ビーム」という名前の由来について話をしたい。

「酒ぶろぐ 酔狂夢私」というブログがある。YUJIさんという方がやっていらっしゃるブログなのだが、実は古くからのジェイズ・バーのお客様でもある。かつてはわりと近所に職場あり良く来ていただいていたのだが、今はお仕事の関係で池袋界隈にはあまり来られなくなってしまったようだ。

もう随分前の話になるだろうか。来店したYUJIさんといつものように他愛のない話をしていて、何故か競馬の話になった。僕は競馬にはほとんど興味はないのだが、自分の好きなものを語る人の話というのは面白い。引き込まれ奥の深い話を伺っていた。そんな中で競馬の予想や必勝法の話になり、そのひとつに「血統ビーム」というのがあるとの話を聞いた。馬の特性と競馬場の特性を見比べ、同じものを軸に馬券を買うというような理論であったのだと思う。詳細は分からないので間違ってたらごめんなさい。ただ、その「血統ビーム」という名前が非常に印象的で、何故だか心に引っかかるものがあった。
当時僕はモルト・ファイルのフォーマットをほぼ完成の形に整えつつあって、そのシングル・モルトの特性を表すレーダーチャートの名前をどうするか苦慮していたところだった。堅苦しいのは嫌だったし、記憶に残りやすい名前にしたかったし、ちょっぴり笑ってもらいたいとの気持ちもあった。
シングル・モルトを飲んだ時に自分がどんな印象を持ったのか。楽しいシングル・モルトのためにはそれを大切にするべきだとの思いが僕の中にはあって、それは当然すべての人が同じである必要はない。だけど「印象」という言葉は使いたかった。「自分はこんな印象を持った」、「あなたはどんな印象だったか」。そんな風にいろんな人とシングル・モルトについて語り合いたいと思ったからだ。
相互理解のために自分の印象を表現できるツール。僕はそれを欲してそれを作ったが、その名前に悩んでいた。そんなところに「血統ビーム」である。若干の時間差はあったが、僕の中で「ストン」と落ちた。
あ、「印象ビーム」。

YUJIさんがジェイズ・バーのお客さんでなかったら「印象ビーム」の名前が決まらず、僕は未だに煮え切らなかったかもしれない。大袈裟に聞こえるかもしれないが、本当に感謝をしている。

蒸留所名・画像・銘柄名・地域区分・年度・年数・度数・瓶詰業者、その他もちろん「印象ビーム」も含めてそれらは「ジェイズ・バー・モルト・ファイル」の中身なのであるが、それを指して「あのー、印象ビーム見せてください」とお客さんから「ジェイズ・バー・モルト・ファイル」を所望されることがある。既に「ジェイズ・バー・モルト・ファイル」と「印象ビーム」は同義であったりするのである。
残念なことではない。それはそれで良いのである。それくらい印象的な「印象ビーム」という名前なら良いのではないだろうか?そう思っている。

是非見ていただきたい。
オフィシャル・サイト→モルト・ファイル

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モルトファイル表紙041231

一筆啓上、グレンロセス

ロセス1982ラベル
我ながら最近グレンロセスのネタに執着し過ぎかなとは思うのだが、勢いが付いてしまった感もあるので続ける。写真は1982ヴィンテージのグレンロセス。そのラベル部分の拡大写真である。
大方のことは先日説明しているが、もう一度念のため。

まずはCHARACTER :
「Ripe, fruity Vanilla notes」
熟した、フルーティ バニラ。そんな意味でいいのだろうか?
次はCHECKED :
蒸留責任者のサインが書いてあるが、残念ながら読めない。もう少しきれいに書いてくれ。
続いて DATE :17/4/82
こちらは蒸留された日付、1982年4月17日ということになる。
さらにAPPROVEDE :
瓶詰責任者のサイン。これも読みづらい。
その後 DATE :7/10/98
こちらは瓶詰承認年月日。1998年10月7日ということになる。

右端には大きく赤い文字で「1982」とヴィンテージが記されている。その下に「BOTTLED 1999」という表記。「?」と思われただろうか?瓶詰承認年月日は1998年10月7日。そう、1998年なのである。「BOTTLED 1999」とあるので実際に瓶詰したのは1999年なのだろう。

それではいつ瓶詰したのか?もしかしたらこれかもしれない。
ロセス、ロットNo29:01

LO137W 29:01
この1982ヴィンテージのグレンロセス。まだ未開封、中身が満タンに入っているので見づらいと思うがご勘弁を。先日の記事で僕がロット番号ではないかと推察した記号だ。
末尾の「29:01」、やはりこれは日付ではないのか?1月29日。
1998年10月7日に瓶詰を承認され、翌年(1999年)1月29日に瓶詰されたのではないだろうか?

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更新情報

モルト・ファイルの写真を5点更新しました。
ジェイズ・バー・オフィシャル・ウェブ・サイト

ブクログ、更新しました。
池ブクログ

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一筆啓上、グレンロセス1992

ロセス、後ろから
昨日の続きである。
本題はここから。昨日わざわざ空のボトルを持ち出したのは、裏返して後ろから見て欲しいからだ。ボトルの中身が無くなるとラベルの裏側に何が書かれているかが良く分かる。
ラベルの裏側に記号らしきものが印刷されているのが見える。


ロセス、ロットNo12:32ロセス、ロットNo13:12






写真左、LO530D L11 28:07 12:32
写真右、LO530D L11 28:07 13:12
ジェイズ・バーでは既に2本のグレンロセス1992を売り切った。その2本を裏側から撮った写真である。相変わらずで申し訳ないが、この記号が何を意味するのかは分からない。しかし恐らく製造ロット番号なのだろう。なるべく目立たないように、しかし生産者からすれば確実に役に立つように、ラベルの裏側に刻印されている。
瓶詰工場の生産ラインがどのようなものなのか僕には良く分からないが、ラベルがボトルに貼られる直前、デザイン無視「とにかく読めればいいから」といった趣で、旧式のプリンターで印字されている風である。
上の写真の2本のボトルの記号、違いがあるのは最後の数字、「12:32」と「13:12」の部分だけである。表記のされ方と使用されている数字を考えると、これは時刻と考えるのが妥当だろうか?「12時32分」と「13時12分」だろうか?
その手前には「28:07」とある。これが良く分からない。どうやら時刻ではないようだ。「28時07分」という時刻はありえない。それとも「24時00分」を4時間7分過ぎたということだろうか?だとすると「28時07分」は「4時07分」ということだろうか?それにしても早朝のそんな時間から瓶詰工場の生産ラインが動いているというのもおかしな話である。
僕が先ほど時刻ではないかと憶測した手前に書かれていることを考えれば、日付である可能性はある。「28:07」は「7月28日」かもしれない。
昨日の記事でこのボトルの瓶詰承認年月日が2004年1月25日であることを説明した。もしもこの「28:07」が「7月28日」であるなら、瓶詰を承認してから半年たって瓶詰をしたということになる。確かにちょっと時間があき過ぎという気がしないでもない。しかし、承認をしてから瓶詰という順番が前後しているわけではない。

それ以外はすべて同じである。
「LO530D L11」これは製造ロット番号だろうか?だとするとこの2本、同じロットの商品ということになる。そのうち製造ロット番号の違う商品が出てくるのだろうか?
味わいも違うものなのだろうか?
楽しみである。

一筆啓上、グレンロセス

ロセス空ボトル
さて、今日はまたグレンロセスの話に戻る。まずは小ネタから。
何度かご覧になって頂いているので、もうお馴染みかもしれない。写真はグレンロセス1992である。ただし今回は既に飲み切った空のボトル。わざわざ空のボトルを使ったのにはもちろん訳がある。



ロセス92ラベル丸いボトルに小さなレベルが可愛くて特徴的なグレンロセスであるが、今日はこのラベルについて話をしたい。重要なのは右側の「1992」という蒸留年度とその下の「2004」という瓶詰年度。つまりヴィンテージということだ。ラベルの中央辺りには手書きでサインや日付などが書かれているようだが、恐らく1本づつ手書きで作られているラベルではないようだ。同じ蒸留年度、同じ瓶詰年度、同じ記載内容の2本のボトルをそれぞれ写真に撮って重ねて見ると、ほぼぴったりと文字は重なる。ということは手書き部分が空白のフォーマット用紙に手書きで諸データを書き込んでそれを数量分だけ印刷しているのであろう。もしも、1本づつ手書きで作られているのなら、同じ記載内容であってももと違う印象を受けるだろうし、濡れた手で擦ればインクのにじみなどができるだろう。

一応この部分いついても軽く触れておきたい。まずは、
「CHARACTER :」、この部分にはこのヴィンテージの個性が書かれている。
「CHECKED :」、蒸留責任者のサイン。その後の「DATE :」、日付は蒸留年月日。
「APPROVED :」、瓶詰責任者のサイン。その後の「DATE :」、日付は瓶詰承認年月日。

正直に言わせてもらうと、英語の苦手な僕にはちょっと辛いものがある。ものによってはちょっぴり読みづらい。

実はマリナーズ対ヤンキース戦を観ていたらこんな時間になってしまった。
続きは明日。

敗因分析

対決、4回目
本日はリクエストにお応えして、前回の刺客との戦いを記事にしたい。
何を書いても言い訳のようで切ないばかりであるのだが、自らの為にもここはきちんと敗因を分析し反省をしておきたい。そして次回の勝利へと繋げていくべきである。
今僕の中にしっかりと反省として刻み込まれているのは、事前の思い込みは排除しようということだ。始まる前にあれこれ悩んでも仕方がない。次に刺客が用意してくるシングル・モルトは何か?そのことをどんなに真剣に予測してみたところで、邪念が増すばかりである。とはいえ、勝負の前にあれこれ悩むのは仕方のないことであろう。そうであるなら今後は勝負を楽しむ気概のようなものは必要かもしれない。始まる前にどんなに悩んでも、始まったら楽しむ。うまくやれればいいが。

普段と同じようにシングル・モルトを楽しめばいいのだ。初めて飲むシングル・モルトを楽しむ時のように。新しい商品を仕入れる。店で封を切ってグラスに注ぐ。味わいながらテイスティング・ノートをつける。普段と変わらないスタンスでシングル・モルトに向かえばいいのだ。悪くない考えだと思う。次回からは「J’s Bar Malt File」に新たなシングル・モルトを追加するつもりで、テイスティング・ノートをつけながら闘いに挑みたい。

今回のボウモア、この選択には刺客の確実な本気を感じる。前回のバンフをギリギリ外したことで刺客の危機感を煽ることができたのだと思う。バンフとは結構きついところを突いて来るな、という印象はあったが、それより以上のボウモアである。刺客とてそうそう簡単に当てられたくはないのである。

正直に言わせて貰うと、このボウモアばかりは直感的に閃きが湧いてくることはなかった。
1回目、マッカラン。2回目、スプリングバンク。3回目、バンフ。そして今回の4回目、ボウモア。という順番で勝負を挑まれているが、マッカランとバンフに関しては「この味を知っている」「どこかで飲んだことがあるはずだ」という思いが湧いてきた。その結果外してしまったのだから口惜しいことには間違いがないが、ある意味納得できるのである。あと少し、慣れてくればそのうち当たるのではないか。そう思っている。
スプリングバンク、こいつを外した時は正直参りましたって気持ちになった。僕はどこかでスプリングバンクは長期熟成でないと、というような思い込みがあり、若いスプリングバンクをあまり飲んで来なかった。濃い味、甘辛くてしょっぱい、僕の言葉で言うと「テリヤキ風味」であればこそおいしいスプリングバンクとの思いがある。どうやら僕は「テリヤキ風味」のスプリングバンクを追い求め過ぎて来たようだ。スプリングバンクというメジャーな蒸留所を前に恥ずかしいが盲点を突かれたという思いだった。
さて今回のボウモアであるが、これもある意味「メジャーな蒸留所を前に恥ずかしいが盲点を突かれた」、といえる刺客からの挑戦である。しかしこのボウモア、かなりのクセ球である。長期熟成、60年代のシングル・モルト。微かにピーティ、うるさくないほどにヨーディ、辛味を帯びてスモーキー、南国のフルーツのようなニュアンス。確かに特徴を持ったシングル・モルトなのである。この年代のボウモアにこういう特徴があることを僕は知識として知っていたはずである。この年代のボウモアに全般的な傾向かどうかは良く分からないが、こんな60年代のボウモアを僕は飲んだことがある。であるなら、合理的に推論を組み立てていけば正解を得ることができたのではないか?そう思えてならない。確かに直感は舞い降りて来なかった。しかし、論理的に考えを進め選択肢を絞り込んでいけば、ボウモアにたどり着くことも不可能ではなかったのではないだろうか。だけど、今一番思い出すのは「辛かった」ということである。どういう訳だか僕はあの時このボウモアに異常な辛さを感じていた。何故だかよくは分からない。辛味を感じていたことがいろんなことを邪魔していたと思う。もちろんそれは僕の個人的な問題なのであるが。

次回の勝利のための対策。
勝負の直前に気持ちを落ち着けるために休憩を取る。
普段と同じようにテイスティング・ノートをつける。

目指せ、完全勝利。

楽しいシングル・モルト(つづき)

セラー13
4月21日、「一筆啓上、瓶詰業者(その8)」でダンカン・テイラー社のピアレス・コレクションについて記事を書いた。簡単に要約すると、ダンカン・テイラー社のブランドである「ピアレス・コレクション」はそのブランド名を変更したように思えるが何故なのか?ということである。お暇な方は読み返してみて欲しい。

その記事に刺客からコメントが寄せられている。
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ダンカンテイラーのボトルから、ピアレスの文字が消えた。理由は、アメリカで商標登録があったことが判明したらしいです。
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非常に有効なコメントだ。「なるほど、そういうことか!」、僕は膝を打った。物を知る者の存在はありがたい。困った時に頼るべくは知恵者の存在である。
記事にもあるので繰り返しになってしまうが、2004年7月を境にボトルのプリントの文字が「ピアレス・コレクション」から「ダンカン・テイラー」に変更された。僕はそのことをジェイズ・バーで仕入れたハイランド・パークをじっくりと見ていた時に気付いた。僕が何か特別なのではなく、誰だって思うのではないだろうか。「何で変わったのだろう?」。
新しいシングル・モルトを仕入れるたびに、僕はボトルとラベルをじっくりと見る。ルーペを使ってじっくりと見る。もちろんこんなに大きな変更ならばルーペは要らないけれど。

話を先に進める前にちょっとした小ネタをはさんでおこう。
冒頭の写真はグレンモ―レンジのセラー13。この写真では他との比較ができないので分かりづらいと思うが、容量1000mlの商品だ。現在一般的には700mlで瓶詰されているのだが、やはりこのリッターサイズのグレンモーレンジは目立つ。この目立ち方は確かに僕の疑問の対象だ。
グレンモ―レンジのセラー13を初めて飲んだのはそこそこ昔の話である。基本的にはきれいでクリアな特徴を持つグレンモ―レンジの中にあって、若干の塩味、じっとりとミネラルな味わい、少々エキセントリックなセラー13である。「面白いし、悪くはない」。それは素直な感想であったが、「ちょっと値段が高いかな」。それが僕の妥当な判断であった。結果として僕はセラー13を仕入れるのを敬遠した。ちなみにその時のセラー13の容量は700ml。ある日酒屋で僕は何年ぶりかにセラー13と再び出会うことになる。「久しぶりじゃないか」、近付いて手に取ってみるとしばらくぶりのセラー13は一回り大きくなっている。値段を確認すると「お買い得」でもある。思わず抱きしめてレジへと向かった。
DUTY FREE
ジェイズバーに戻ってゆっくりとボトルを眺める。するとこんな文字が目に入って来る。
「FOR DUTY FREE SALES ONLY」
ふーん。なるほどね。

もちろん正確な詳細は分からない。このリッターサイズ自体がDUTY FREE専用の商品なのかもしれない。どこかの空港の免税店で売れ残っていたのかもしれない。そんなに人気がなかったのだろうか。確かにお土産で持って帰るにはリッターサイズは重過ぎるかもしれない。日本で売られる外国産ウィスキーだって随分安くなった。海外旅行のお土産は洋酒。そんな時代はもうとっくに過ぎている。日本でも手に入る商品であるなら大して価値はない。ちょっとくらい高くても日本で手に入らない商品であるなら価値はあるのかもしれない。免税店でお手頃な価格で売られていても人気のない商品だったのかもしれない。
どこかの誰かが「不良在庫」をごっそりと買い付けてきたのだろうか。
もちろん心配はいらない。品質に問題はない。
ついでにモルト・ファイルを検索してみて欲しい。
オフィシャル・サイト→モルト・ファイル→(蒸留所検索)グレンモーレンジ
何本かのグレンモーレンジが出てくるがその中の1本にセラー13はある。

日々カウンターの中で働いているだけでいろんなことに気が付く。「何でだろう?」、「どうしてこうなっているのだろう?」、「どんな意味があるのだろう?」。
シングル・モルトの世界は不思議と疑問の宝庫だ。調べられることはできる限り調べる。それでも分からないことは知っていそうな人に聞く。思えばこのブログが始まる前、僕と営業に(あるいはただ単に飲みに)来る刺客との話の中心はそんなことだった。僕の中に湧いて来た疑問をいくつかセレクトして刺客にぶつける。もちろん適切な解答が帰って来ることもあるし、そうでない時もある。その背景や状況を理解して刺客なりの推論を解説付きで話してくれることもある。最悪の場合でも「僕はこう思ってます」とか「こういう解釈でいいんじゃないですかね」、そんな答えが帰ってくる。
このピアレス・コレクションの件にしても、タイミングさえ合えば僕はこの疑問をぶつけただろうし、刺客はそれにキッチリと答えてくれただろう。

そういえば最近、じっくりとシングル・モルトの話をしてないな、刺客。アイラ島から帰って来たらたくさん話を聴かせてくれ。

最初のうち真面目な質疑応答であった僕と刺客の話は、ゆっくりと道を逸れ始める。「実は最近こんな話を聴いて、他のこんな話と合わせて考えると、こういう事なのではないだろうか?」、まぁもちろんその辺までは憶測交じりの真面目な話だ。シングル・モルトに関して自説、持論を披露し合うのも楽しいひとときだ。「ある人と飲みに行ったら酒が強くて敵わなかった」、まぁそれもプライベートな話であるが楽しく聴ける。「あの酒を飲んだら非常にうまかったが値段を考えるとがっかりした」、憤懣やる方ないといった風である。しかし、「蓮村さんがあんなウィスキーを仕入れる意味がわからない」だの「このウィスキーに対する評価は低すぎるのではないか」だの、そんな所まで来るともう刺客もご乱心である。挙句の果てには「愛について」の講釈を垂れはじめる。その餌食となるのは決まって間の悪い相槌を打つばかりのモトム君。

酔いにまかせて饒舌な刺客、ご乱心の総仕上げはこの話で締め括る。
「僕がもしも結婚して子供が生まれたら、気に入った蒸留所に手配をして子供の誕生日に蒸留したシングル・モルトを一樽買います。蒸留所にお願いをして20年間保管、つまり熟成させてもらいます。二十歳の誕生日の直前、グラスをふたつだけ持って息子を連れてスコットランドに旅立つのです。そしてまさに誕生日の日に蒸留所の熟成庫で、お祝いにその20年もののシングル・モルトをふたりで飲む。それが僕の夢です」。
刺客、お前は「子供が生まれたら」と言いながらその子供を「息子」に限定しているな。
そして差し出がましいとは思うが、そんな席には嫁も連れて行け。

この男、本当はロマンチストなのである。
夢見がちで思い込みの強いその態度を微笑ましいとは思う。確かにそれもシングル・モルトを巡る勝手な話だ。けれどその勝手な話を僕は冷たく笑うことはできない。酒を飲み夢を語る。その楽しみは僕に奪うことはできない。

困った時に頼り甲斐のある知恵者。それは愛すべき人物でもある。

楽しいシングル・モルト

ダンカン/ピアレス
先日、前回の刺客との闘いの詳細を報告せよとのコメントを頂いた。リクエストに答えるべく記事をまとめていたのだが、昔の記事を読み返していたら4月21日の記事「一筆啓上、瓶詰業者(その8)」に対して、5月2日に刺客からコメントが寄せられていたのに気付いた。ひとことで僕の悩みを解決してくれる非常に適切なコメントだ。刺客に感謝して止まない。5月2日、ちょうどゴールデン・ウィークの真ん中である。確かに僕は腑抜けであったかもしれない。お礼が遅くなったことをお詫びしたい。すまぬ、刺客。

本来なら前回の刺客との闘いを報告する予定であったが、急遽変更、本日は刺客のコメントを取り上げて記事をまとめたい。「モルト侍」得意の先延ばし、延命策である。ご了承願いたい。

4月21日の記事を簡単に要約すると、ダンカン・テイラー社のブランドである「ピアレス・コレクション」はそのブランド名を変更したように思えるが何故なのか?ということである。

記事を読んでいただければ分かってもらえると思うのだが、僕のように毎日カウンターの中で働いていると、このようなちょっとした不思議や素朴な疑問にぶつかる。その不思議や疑問にきっちりとただひとつの答えが出てきた時は本当に気持ちが良い。すっきりするし小気味良く溜飲が下がる。日中の水分を控えめに過ごした熱い夏の夕方のビールのようなものである。

僕はこの場所、池袋のバーのカウンターの中からシングル・モルトに眼差しを送っている。そのシングル・モルトの世界は不思議と疑問の宝庫だ。その不思議と疑問に解決が訪れた時、それは何よりの快楽であるのだが、何しろ不思議と疑問の数が多すぎるのだ。
ひとこと言いたい、「不思議にも程がある!」。
次々に不思議は湧いて出てくる。たくさんの不思議の数に比べたら、解決の数は少ない。結果として溜飲は下がらぬまま不思議の数は増える一方だ。相変わらず僕は途方に暮れるのだが、シングル・モルトの世界の中で思考停止し佇んでしまうことを恐れた。不思議を手繰り寄せていった僕は、どうやらシングル・モルトの森を彷徨い始めてしまっていた。実のところ今ではもうその森の出口を探そうとも思っていない。恐れるのは膝を抱え座り込んでしまうことだ。望むのはシングル・モルトの森を上手に散歩すること。
不思議を楽しもう。僕はそう思い始めた。不思議を楽しむ。僕にとってそれはその不思議に僕なりの推論を立てることであった。この不思議の背景にはきっとこういうことがあるのではないか?それを僕なりに組み立てることであった。もちろんそれは解決ではない。ましてや正解でも正論でもない。得意の先延ばし、延命策なだけである。けれどもそのおかげで森の中を散歩することは可能になる。

エピソードと世界と物語。それは僕にとって大切な原理だ。シングル・モルトの森を散歩しているとたくさんのエピソードを拾う。たくさんのエピソードを拾い集めて行くうちにその森の背景にある普遍的な原理、その世界観がぼんやりと掴めて来る。森の背景にある世界観を理解しベースに置くことができるようになると、新たなエピソードに出会った時にその先の展開を想像することができるようになる。つまりそれはひとつの物語であり推論である。そしてそれはもちろん勝手な話にしかならない。決定的な解決のない話を聞かされる読者の皆さんには迷惑なだけの話だろうか?

それでもお前はプロなのか。
これはプロフェッショナルの仕事だろうか。そのことを僕は常に自問するし、そういう批判があるのなら真摯に受け止めねばならないと思う。しかし、すべての疑問に対して適切な解決が用意できなければ一歩も先に進む事が許されないとするのならば、僕らはどこにも行けない。

僕が訴えたいのは「楽しいシングル・モルト」である。シングル・モルトのグラスを傾け、おいしいなぁと感じながら、その故郷に思いを寄せることは楽しくないだろうか?どんな人がどんな風にウィスキーを作っているのか想像することは楽しくないだろうか?気候や風土、その仕込みの水の流れる川や風に揺れる畑の麦を思い浮かべることは楽しくないだろうか?そしてそれらの思いや想像はすべて完璧に間違いのないものでなければならないだろうか?
職人たちがその知恵と労力を注ぎ、樽の中で積み重なる時間に育まれ、幾年かの時を経て今目の前にあるこの1杯のシングル・モルトを僕は愛してしまう。愛するものを理解したいと僕は思う。その生い立ちを知りたいと思う。シングル・モルトは寡黙である。自らを語ろうとはしない。黙っているのをいいことに、僕は勝手なのかもしれない。
間違いかもしれないことを前提に、勝手な話であるということをわきまえているのなら、そのような楽しみ方は誰にでもできるのではないだろうか?それは僕が提案したい「楽しいシングル・モルト」である。

知識がなければシングル・モルトを楽しむ資格がないなんて僕は思わない。同じ酒を飲んであなたがどう思ったのか。僕はそれを知りたい。それはあなたがどこかで聞いてきて知っていることではない。あなたが感じたことだ。つまりそれはあなたの勝手な話だ。
「僕はこう思う」「あなたはどう思いますか?」
ただそれだけの話だ。僕はそれを知りたい。そこから何かが始まらないだろうか?

ひとつのシングル・モルトを100人の人が飲んだら、100通りの感想があっていいのだと思う。
100通りの感想をひとつに擦り合わせる必要はない。
ひとつのシングル・モルトを目の前にして、僕はあなたの勝手な話を聴きたい。

先延ばしと延命が得意な侍。刺客のコメントを紹介する記事は皆さんの予想通りまた明日。

サイト更新情報

みき-花
サイトのコンテンツのひとつとして、シングル・モルトに対する思いをコラムとして書いている。このブログ「モルト侍」は単発のエピソードというつもりで書いている。テーマはもちろん「シングルモルト」。その範疇であればどんなことでも構わない。順番もどうでもいい。思いつきでも構わない。できる限り気を使おうと思っているのは「楽しく」ということ。

僕が読者と想定しているのは「シングル・モルトについて何も詳しくない酒飲み」。
僕は大上段に振りかぶりたくない。読者の皆さんに何かを強要したくない。

シングル・モルトを飲むのに憶えなければいけないことなどないと思う。何より大切なのは目の前の1杯が好きか?嫌いか?その次に大切なのはさっきの1杯とどっちが好きか?
比べて飲めば味の違いなど誰にも分かる。僕が語りたいのは「楽しいシングル・モルト」。そのために憶えておいた方が楽しみをより一層大きくすること、というのはあるかもしれない。

随分昔の話になるが、「アイラ島に行ったこともないのに」なんて言い方をお客さんにされたことがある。シングル・モルトを楽しむためにアイラ島に行くことは必要な条件だろうか?
僕だって行ってみたいと思う。本当に。スコットランドに行ったことのある人の話を聴くのが好きだし、行ったことのない僕の素朴な質問に答えてくれる人が好きだ。だけどスコットランドに行ったことのない人はシングル・モルトを楽しめないというのは間違いだと思う。シングル・モルトはスコットランドで飲むべきである。という物言いに僕は敢えて反論をしないけれど、池袋で飲むシングル・モルトがあっても良いと思う。楽しみ方の種類はいくつあったって構わない。少なくとも間違いではない。

僕はカウンターの中で働いている。そこで拾った単発のエピソードを「モルト侍」で書いている。つまりそれは僕の楽しみ方のようなものである。長い間そうやって楽しんでいるうちに楽しみ方のコツのようなものが出来上がって来る。それは飲むこと。良く見ること。比べること。考えること。違いに気づくこと。僕の中でシングル・モルトの楽しみはそうやって膨らんでいった。すべての人にそれが有効だとは思わない。僕は押し付けたくない。

僕の中のシングル・モルトの世界には僕なりの世界観がある。
世界が広がりを持ち、その底辺に世界観があり、そこに多くのエピソードが散りばめられれば、ひとつのストーリーが出来上がる。
そんなことができたらいいなと「コラム」を書いている。
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新たな話をひとつ追加した。

それは撮りためた写真を並べてアルバムを作ることかもしれない。
お気に入りの曲を集めて1枚のCDを焼くことかもしれない。
好きな花を花束にすることかもしれない。


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さよ-花

一筆啓上、グレンロセス1992

座ってるロセス
ダンボールに包まれてこんな風にグレンロセスはアルミの台座に座っている。
一口飲んで僕が一番に感じたことは乾いた味わいだろうか。それまでのグレンロセスに好ましい印象として存在していたフルーティさは薄くなった。しっとりと甘くフル―ティが特徴のシングル・モルトであったが、「1992」に関してはパリっとして若干ドライ。僕はより麦っぽい印象を持った。以前からどこかスパイシーな味わいはあったが、その分その傾向は増した気がする。
そのことの是非は今のところ語るつもりはない。僕は長期熟成のグレンロセスに、ドライフルーツのような印象を持つ事が多いが、それはスパイシーさを背景とした長期熟成ならではの味わいであろう。今までのグレンロセス全般にフルーティを感じていたと言っても、果実味たっぷりのフルーツという訳ではない。僕の好きだった「1982」のグレンロセスでさえ分かり易くフル―ティというほどのものではない。

そうそう、実はその「1982」のグレンロセス。ジェイズバーには在庫が1本あります。しばらくリリースするつもりはありませんが。

アルミの台座アルミの台座-タバコ








アルミの台座はこんな風だ。僕にはどうにもチープだという印象があるのだが、T氏によれば「そんなことはない」「灰皿にちょうど良い」、とのことである。まぁ人それぞれ。安っぽく見られなくて良かったとは思う。
左右の写真を見比べて欲しい。右側の煙草が乗っている部分。左の写真では出っ張りがあるが分かるだろうか?この出っ張り、何の為に付いているかお分かりだろうか?煙草を乗せるためにあるだけではない。と思う。
その話は次回。

モルト・ファイル更新情報

以下、3本のモルト・ファイルの情報を更新しました。
アベラワー 1987 15年 62.1% オーセンティック・コレクション
アードモア 1990 10年 46% アンチル・フィルタード・コレクション
アードモア 1991 11年 46% アンチル・フィルタード・コレクション

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一筆啓上、グレンロセス1992

ロセス外箱・新
前回の記事でその外箱に関することにちまちまと文句を言わせて頂いた。早速箱から取り出して、中身を飲んでみることにした。何よりグレンロセスがちょこんと座っている台座が気になっていたのだが、そのことはまた明日記事にしようと思う。しかし、ひとことだけ言っておこう。実際に手に取ってみるとチープな印象だ。

やはり何より中身が気になる。一口飲んで確かめたい。ナイフを入れてシールを切る。
焦ることはないと思いながら、栓を抜こうとしたのだがなかなか抜けない。ムムム。手がすべる。
何かがおかしい。実のところその訳はこれ。
ロセスのコルクワインでは随分おなじみになった感があるのだが、いままでのコルクが樹脂製のものに変更になっていしまったのだ。写真左側が樹脂製のもの、左側はコルク。以前までのグレンロセスのボトルを捨ててしまったので、写真はダルウィニーのもの。しかしその質感の違いは写真でも良く分かると思う。
原材料のコルクの不足、価格の高騰なども言われて久しい。何より劣化することのないので、天然コルクより品質保持には良いのではないかとも言われる。しかし、どうだろう。正直さびしい気がする。
当たり前のことが変わるというのは、訳もなくさびしいのだろう。


5月のニュー・リリース

NR 2005年5月
グレンロセスの記事の続きを書くと申し上げたが、本日は予定を変更させていただく。今月のニュー・リリースをサイトに更新したので是非ご覧になっていただきたい。実は3月、4月とこのモルト侍の記事でニュー・リリースを紹介することができなかった。書きたいことがたくさんあって間に合わなかったのだ。もちろんサイトの方では3月と4月のニュー・リリースもご覧になっていただけるようにしてある。

5月はジェイズ・バーがオープンした月である。1994年、今から11年前のことだ。
11年前、僕はまだギリギリ20代だった。30代をジェイズ・バーで過ごし、何だか気づいたら40代になっている。あっという間だったなぁ。という思いはあるが、良く考えてみるとやはりいろんな事のあった30代でもある。人生は容易ではない。

毎年5月には1994年蒸留のシングル・モルトを紹介して行きたいと思っている。昨年の5月はカリラを紹介した。今年はアードベックになった。
オープンして2,3年の店であるなら、オープンした年の蒸留のシングル・モルトを手に入れることはできないだろう。10年も店をやっていればこそ、それは可能になる。「1994」、瓶詰年度にそう書かれたシングル・モルトを手にすると、何かやはりいとおしく誇らしい気持ちになる。どこかで偶然出会った人と話が弾み、何か随分共感できるところが多いなぁと思っていたら、実は同い年だった。そんな気分に似ている。

今月紹介するこのアードベック。もしもあなたがジェイズ・バーに来てくれるのであれば、ボトルを手に取り、くるりとその後ろのラベルも見て欲しい。
アードベック1994後ろ
もちろんこのアードベックの蒸留年度は1994年。「Bottled:」とあり、そのあと瓶詰された年月日が記載されている。「12th May 2004」。実は11年前、1994年の5月12日はジェイズ・バーがオープンした日だ。
正直に言わせて貰うと、味なんてどうでもいいじゃん。って気持ちで仕入れてしまった。蒸留年度は1994年。瓶詰は2004年ではあるが、5月12日。こんな偶然にはまず巡り会えない。オープンした年に蒸留され、10周年を迎えたその日に瓶詰されたシングル・モルトだ。

そして明日、ジェイズ・バーはオープンから11周年を迎える。


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一筆啓上、グレンロセス1992

グレンロセスの新しいヴィンテージが出た。1992年蒸留、2004年瓶詰。もう去年のことになる。以前にも記事にしたが、グレンロセスに関しては1982ヴィンテージに対する思い入れがあり、手に入るうちはそれを出し続けて行こうと思っていたのだが、市場で手に入れることができなくなり、ついにはジェイズ・バーの在庫も尽きてしまった。
古いヴィンテージ、あるいは長期熟成であればなおさら、フルーツの味わいを感じるのが僕の好きなグレンロセスである。熟したオレンジのような、時にドライ・フルーツのような、そんなグレンロセスが好きである。


ロセスラベル82ロセスラベル・92

1982ヴィンテージを売り続け、気付いたら世の中1992ヴィンテージの時代である。試しに仕入れてみるかと酒屋に注文をした。しばらく見ないうちに外見が少し変わった。まずはこのラベルの文字の色。まぁ何がいけないという訳ではない。「80年代と90年代とは違うのだよ」と言われているようで、40も過ぎた僕からすればちょいとひがみっぽくなってしまうのだが、そんなことはこちらの事情だ。80年代に青春を過ごした僕からすれば「80年代は僕らの時代なんだよ」と言いたいところだがグレンロセスに悪意はないだろう。

ロセス外箱・旧ラベルだけではない。外箱も変わった。かつてはこの円筒形の箱にすっぽりと収まっていたのだ。写真の通り外箱にもボトルと同じラベルが貼られていた。この外箱が素晴らしかったのは「ゴミ箱」に使えることだ。よくある細長いボトルの円筒形の箱は「ゴミ箱」に使えない。すぐに倒れてゴミが散らかってしまうし、入れたゴミが詰まって捨てにくい。菜箸入れに使おうとしたこともあるが、長すぎて菜箸がすっぽり収まってしまい、肝心の菜箸が取り出しにくいのだ。細長いボトルの円筒形の箱はゴミ箱にもならないし、菜箸入れにも使えない。しかし、グレンロセスの外箱は「ゴミ箱」として最適なのだ。
まぁそんなことはどうでもいい。

ロセス外箱・新新しい外箱はこんな風。円筒形の箱ではなくなった。
丸くて可愛いグレンロセスは、ちょっぴりチープなアルミの台座にちょこんと座り、広げると一枚の板状の四つ折にされたダンボールに包まれ、その外側から塩化ビニール製のテープで縛られている。やはりこのような四角い箱型の方が円筒形より輸送が楽なのだろうか?
しかし、気に入らないのはこの段ボールである。広げると一枚の板状になってしまうということは、正面から見て向こう側が見えてしまうということである。つまりその正面を上に向けてテーブルに置いても底が抜けていて「ゴミ箱」にはならないのだ。仕入れのたびに新たな「ゴミ箱」をひとつゲットできるようなつもりでいる僕にはがっくりである。

いきなりであるが、
ゴミ箱にならないような外箱に仕様変更したグレンロセス、残念!

まぁそんなことはどうでもいい。
仕様変更に伴う意外な事実については明日。

気がきいてる?

大吉
ゴールデン・ウィークも終わり、この「モルト侍」もぼちぼち再始動という気分ではあるのだが、今日はちょっとばかり小ネタを1本挟みたい。
先日、連休中に目白にある田中屋という酒屋さんに仕入に行った。いくつかある仕入先の中でも重要度の低くない良い酒屋さんだと思っている。品揃えに気がきいている感じがするのだ。定番な、ベーシックな商品はきっちりと揃っていて、興味をひき触手を伸ばしたくなるようなものも置いてある。ぼんやりと「なんか面白いもの無いかなぁ」なんて時に行くとついつい買ってしまう。だけどそんな気分で仕入れて来たからといって決して後悔する訳でもない。僕の中では良い酒屋さんの証である。ボトルの並んだ棚を眺めているとお客さんの顔が浮かぶのだ。この酒はあの人に飲ませたい。こっちの酒はあの人にどうだろう?1本のボトルを目の前にして足が止まり、何故自分はここから動けないのだろう?と思っていると久しく来なくなったお客さんの顔を思い出したり。
酒というのはつくづく思い出の中にあることを知らされる。

仕入れた商品に金額を上乗せして売れば良いだけの仕事でしょ。

酒屋さんというのはラクな仕事だろうか?
飲み屋のオヤジというのはのんきな商売だろうか?
今日はそんな気分ではないので特に反論はしないけれど、そんな言い方をされればやはり寂しくはなりますな。

シングル・カスク(ひとつの樽からその樽の分だけ瓶詰された)のシングル・モルトについては何度かしつこく説明をさせて頂いた。例えば1年でどれだけの数の新商品が出るのか、シングル・モルトについてでさえ僕にも良く分からない。もちろん酒屋さんはシングル・モルトだけを扱っている訳ではない。世の中には次々と新しい酒が出てくるのだ。

売りたい商品と売れる商品はやはりどこかでブレがある。売りたい商品と儲かる商品というのも当然ながら同一ではない。道楽に徹するならば売りたい商品だけを扱えばいいのだろう。商売に徹するならば儲かる商品だけを扱えばいいのだろう。自分の立ち位置をどちらかにきっちり決める事ができるのなら確かにそれは楽なのかもしれない。少なくとも悩みは確実にひとつ減る。
だけどそれは「仕事」だろうか?
確かに僕には「好きな事を仕事にしている」という自覚はある。だけどそれは道楽ではない。
確かに僕には「営業利益で生計を立てている」という自覚はある。だけどそれほど儲かっている訳ではない。
僕は働いて稼ぎたい。

さて、冒頭の写真に戻ろう。
目白の田中屋さんで仕入れをするとボトルを紙袋に入れてくれるのだが、先日はその紙袋にこんな落書きがしてあった。
「毎度ありがとうございます」・・・その下に猫の絵。
「あなたの運、大吉です」
店に戻って気がついて笑ってしまった。思わず紙袋の前で手を合わせ拝んでしまった。

「儲かる」という字は「信者」と書く。信じる者は儲かるのだろうか?
どうやら猜疑心の強い僕は儲ける才能がないのだろう。
大吉くらい信じてみようか?
ぼんやりもしてられない。
働こう。

腑抜け

できれば下らん言い訳などしないで生きてきたいのだが、サイトが出来上がってひと段落のつもりで、何だかここ数日ぼんやりとして生きている。コーヒーを淹れて煙草をふかし、あれこれと日々の由無し事を考えていると、あっという間に時間が過ぎている。
昨日など出勤前に食事を済ませ、「ほんのちょっと」のつもりで横になったら、深夜12時を過ぎていた。「日々の由無し事を考えていると」、などというのどかな話ですらない。腑抜けの侍である。なんという体たらく。いやはや、実に情けない。すまぬ、荒木君。

そんなにヒマな訳でもないのだ。やるべきことも、やりたいことも、山ほどある。
でもね、ちょっとだけのんびりさせて。世の中ゴールデン・ウィークなんだし。
そんな気分だ。

本日からまじめに働く。
来週からこの「モルト侍」の記事もしっかり書く。
よろしくお願いします。

そうそう、刺客が今月末からアイラ島に遊びに行くらしい。
次回の対決の時にでも、土産話を楽しみにしたい。


こちらもよろしくお願いします。
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何とか一位に返り咲き。

バーで飲むシングルモルト

本日は祝日なのに休日出勤である。
昨日の記事に「ふぅ〜様」より下のようなコメントを頂いた。僕もコメントを返そうと思ったのだが、何だか一本記事を書けそうな内容でもあると思ったので、今日は「モルト侍」休日の日であるが記事を投稿することにした。「ふぅ〜様」に宛てた長いコメントだと思って頂いても構わない。

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お侍様の話を伺っていますと、だんだんシングルモルトに興味が湧いてきました。

かしこまりました。飲んでみますネ!気持ちは、お侍様のジェイズバーに参上したいのですが、なにせ旅支度をせねばならぬ距離なので、最寄りのバーで頂いてみたいと思います。楽しみです!
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今まで関心の薄かったシングル・モルトに、いろんな人がそれまでよりほんの少し踏み込んで興味を持ってくれたらいいのに。繰り返しになるが、それこそが僕の願いだ。何がきっかけであれ、たくさんの人のそんな一言を聞けるのはとても嬉しい。
近くの方は是非ともジェイズ・バーに来て頂きたいのだが、僕が直接関わることのできないお客さんだって当然たくさんいる。そんな人たちがバーでどんな風に注文をしたら良いのだろうということについて、僕なりの意見を述べさせて頂きたい。

まず、あなたはシングル・モルトを飲んだことがあるだろうか?
もしもあるのなら、その時のことを思い出して欲しい。あなたが飲んだシングル・モルトの中に「まずくて飲めない」というものはなかっただろうか?もしもあったのなら、その蒸留所の名前を憶えているのだろうか?もしも憶えているのなら、とりあえずそれは飲まない。何より一番肝心なことだ。「まずくて飲めない」というほどのことはなかったというのなら大丈夫。どこかで好き嫌いの壁にぶつかることはあるかもしれないが、そこから先の世界は未知である分だけ楽しみが広がっている。
さて、それではその次は自分の好みを探ること。何より一番肝心なことだ。自分の好みがわからないというのなら、それはそれで構わない。特定のひとつの蒸留所を指して、その蒸留所が好きだなんてのは、実はないほうが良い。何かひとつの蒸留所に固着する必要はない。だって折角初心者なのだから。視野が広い分、楽しみは広がる。
確かに、「自分の好みなんて良くわからない」、あなたはそう言うかもしれない。そんな時にこそ使って欲しいのがジェイズ・バー・モルト・ファイルだ。現在のところ200を超えるシングル・モルトについてテイスティング・ノートをつけている。暇な時で構わない。じっくりと読んでみて欲しい。何かあなたの心を捕らえるシングル・モルトはないだろうか?ついでの時で構わない。「印象ビームにつて」というコンテンツを読んで欲しい。非常に簡単に5つの軸を使ってシングル・モルトを説明してある。バーに行って自分の欲しいシングル・モルトの説明の仕方が分からない人には有効なのではないかと思う。

どんなシングル・モルトが欲しいのか?それが説明できなくて困ってしまうのではないだろうか。だから、手っ取り早く知っている銘柄を注文してしまうのではないだろうか。それでは楽しみが広がらない。僕はそう思う。
お勉強をしないと飲みに行けないのがシングル・モルトではない。飲んでみたいと思ったら、飲みに行って欲しい。訳が分からなくても飲みに行って欲しい。実体験を伴わず頭だけでできた知識は浅はかだ。

最後に一番大切なことをお伝えしたい。
一番大切なのは「2杯目のシングル・モルト」だ。もしも1杯目のシングル・モルトに失敗してしまったら、それはラッキーなことだと思って欲しい。だってあなたは始めてひとりでシングル・モルトに挑戦しようとしているのだから。最初からヒットが打てなくても、そんなに口惜しがることはない。
落ち着いて、少し我慢をして、「何故自分はこのウィスキーが嫌いなのか」を少し考えてみて欲しい。固いのが嫌いなのかもしれない。薄い味なのが嫌いなのかもしれない。僕の言うところの「抜ける」感じが嫌いなのかもしれない。あるいは苦いから、辛いから、甘いから、かも知れない。そして目の前のバーテンダーに、例えばこう告げればいいのだ。
「次はもう少し柔らかい感じで、甘味があって、苦味の少ないシングル・モルトを」
嫌いなものにぶつかったおかげで、あなたの好みは少しづつ絞り込まれていく。

もしもお店に迷惑でないのなら、1杯目を少し残したまま、2杯目のオーダーと飲み比べて欲しい。比べて飲めばそのふたつのシングル・モルトが違う味であることに、あなたは絶対に気がつくはずだ。例えまだそれをうまく説明できなくても。

そうそう、こちらもよろしく。
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現在3位に転落。

オフィシャル・サイトについて

本来なら刺客との闘いの続きの記事を書かなくてはならないところだが、連休中ということもあり僕もお休みモードな気分なので、今日は4月30日にオープンしたジェイズ・バーのサイトについて軽くお話をさせて頂きたい。

見て頂いた方には分かってもらえると思うのだが、やはり僕が一番見て欲しいと思っているのは「モルト・ファイル」なのです。ジェイズ・バーの店内には紙に印刷した「モルト・ファイル」があるのだが、より多くの人に見てもらいたいというのは僕の何よりの願いだった。
その願いは「多くの人と気軽にシングル・モルトの話をしたい」という素朴な動機を背景にしている。そんな時間の過ごし方が僕は楽しいからだ。僕は池袋という街で働くバーテンダーだ。ジェイズ・バーという飲み屋のオヤジでもある。
僕はシングル・モルト評論家でもないし、ウィスキー鑑定家でもない。何かの権威を背負って高見からシングル・モルトについて語ろうなんて思っていない。僕には自らが強烈に消費者であるべきだという自覚がある。海の向こう大陸のその向こう側の島国で作られるシングル・モルトをここ池袋で飲む。そこで気づいたこと、感じたことを大切にする。それだけで十分にシングル・モルトは楽しい。シングル・モルトを楽しむ上で、それは僕が忘れてはならないスタンスだと思う。すべてはそこから始まったのだから。

評論家の方には彼らなりの仕事がある。有用で有効な話をできる限り間違いなく聞かせる。それはシングル・モルトの魅力に気づいた人とっては重要なことだ。シングル・モルト好きの僕は間違いなく彼らの恩恵に預かっている。
だけど彼らの仕事はシングル・モルトを好きになった人には有効だが、シングル・モルトの楽しみを知らない人には意味がない。シングル・モルトを好きになった人は、より好きなシングル・モルトを。より違った楽しみ方を。そう思ってそのピラミッド構造を上に昇っていくのだろう。だけどそのピラミッドの裾野にいるという自覚のない人には有効ではない。僕の仕事はその裾野を広げていくことだと思っている。裾野を広げて頂点を高くする。それが僕の夢だ。

もっとたくさんの人にシングル・モルトを好きになってもらえるのではないか。その可能性は大いにある。そうなれば僕も含め多くの人たちが様々な立場から、シングル・モルトを巡り楽しめるのではないか。僕の願いはそこにある。大切なのは目の前の1杯のシングル・モルトが、「自分は好きか?嫌いか?」ただそれだけのことだ。

シングル・モルトを飲み続けていくと、どんな傾向のものが好きで、どんな傾向のものが嫌いか分かってくる。自分の好き嫌いを理解することが、シングル・モルトを楽しむための近道だ。自分の好き嫌いを決めるのに誰かの権威を持ち出す必要はない。あなたのことはあなたが一番良く知っているはずだ。
そしてそのために僕が用意したのは「モルト・ファイル」であり、そこにある印象ビームだ。

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