モルト侍

池袋のショット・バー、ジェイズバーのバーテンダーが、大好きなシングル・モルトを斬る。

2005年07月

日本VS北朝鮮

本日午後7時より開店といたします。
サッカー東アジア選手権2005「日本×北朝鮮」をTV観戦したい方はジェイズ・バーにご来店下さい。

結果報告(4)

問題「D」はノーヒント。ハイランド、スペイサイド、キャンベルタウン、アイラ、アイランズ、ローランド、シングル・モルトの6つの地域区分がそのまま選択肢となる。

このシングル・モルトの「感想」を僕はこのように書いている。
ピーティ
ずるい、やられた、引っ掛け問題、反則

これは本当に素直な感想だ。
この問題「D」。正解はアイランズ・モルトのアイル・オブ・ジュラ。相当にピートを焚き込んで作られたシングル・モルト。通常のジュラとは違う。
あからさまにピーティなのである。さらにしっかりとダシっぽい。どう考えてもアイラ・モルトと「間違え易い」のである。そう、確かにその時に「間違え易い」とそう思った。アイラ・モルトと「間違え易い」ということは、アイラ・モルトでないことを前提として成り立つ台詞である。

ひと通り悩んだのである。考えを廻らせ、ぐるぐるとまた元に場所に戻ってしまった。そんな気分だ。問題「D」は地域区分を答える。蒸留所を当てるゲームではない。A,B,Cと頭を使ってきた後、少し気が抜ける問題なのだ。

地域区分を答えろという問いに、あからさまにピーティなシングル・モルト。結果はアイラ・モルトと答えてしまう回答者に対する引っ掛け問題であった。正解はジュラ。出題者の意図は十分に理解できる。しかし、侍は敢えて解答をアイラ・モルトとした。「裏の裏」を読んだつもりでもあった。

この香り、この味わいはアイラ・モルトである可能性を十分含んでいる。
それが侍の第一印象。しかし、地域区分を答えろというという問いにこの問題。やはりどこか胡散臭さを感じた。この問題の答えがアイラ・モルトでは当たり前過ぎる。
では、アイラ・モルトではないのだとしたら、何であろうか?まず最初に思い浮かんだのがロングロウ。スプリングバンク蒸留所のセカンドラベル的なニュアンスのシングル・モルトだ。確かにロングロウはスプリングバンクに比べてよりピーティ。僕のいうところのダシの要素も十分に含まれたシングル・モルトであるので、ロングロウであるか否かはまず検討すべきである。
問題「D」がもしもロングロウであるならば、答えの地域区分はキャンベルタウンということになる。結果として僕はこのシングル・モルトをロングロウとはみなかった。甘味が少なく、コクが足りない気がした。そして一番のポイントはロングロウであるなら、もっと煙臭いのではないかと思ったところだ。スプリングバンクとロングロウを比べれば、もちろんロングロウの方がよりピーティなのであるが、ロングロウのピーティを僕はよりスモーキーに感じてしまう。ピーティの中の酸味がより薄まり、重みを増し、土臭さすら加わり、ピーティであるよりスモーキーに感じてしまうのだ。

あれこれ悩んだがこの問題の正解がアイラでなければ仕方がない。そう思い腹を括って
アイラ・モルト ― ○
最終的に僕はそれを答えとした。
残念。

結果報告(3)

問題「C」の選択肢は以下の通り。
 1.タリバーディン
 2.トマーチン
 3.アードモア
 4.グレンロセス
 5.インチガワー
 6.アベラワー
ヒント : ボトラーズ商品、加水タイプ。

このシングル・モルトの「感想」を僕はこのように書いている。
若い、甘味が少ない、じゃりじゃり、噛み応え
色は薄い、さらさらと薄い酒質、尖った酸味

正解を決定する態度は、
「さて、問題です。このテイスティング・ノートを参考に、その蒸留所のものであると思われるものに○を付けなさい」。
これは昨日も話した。

実はこの問題に一番苦労をした。正直なところ、皆目見当が付かなかったのである。当然ひらめきは舞い降りて来なかったのであるが、6つの選択肢を眺めていてもさっぱり決められない。すべてが正解のようであるし、すべてが間違いのようでもある。

消去法で行こう。そう思った。最初に×をつけたのは、
タリバーディン ― ×
なんのことはない。記憶になかったのである。このタリバーディン、どこかで飲んでいるはずであるが、いつ、どこで、どんなボトルを飲んだのかさっぱり思い出せなかった。しかし、記憶の彼方のそのタリバーディンは甘かったのである。よく憶えていないし、「C」は甘くないから×。

次に×をつけたのは、
アベラワー ― ×
僕がアベラワーに感じるのは、もっとベリー系のあるいは熟したオレンジに近いねっとりとした甘味だ。僕はこの「C」を尖った酸味と表現しており、フルーツで言えばそれはどこかレモンに近い。

次に×をつけたのは、
インチガワー ― ×
インチガワーであるなら、少しはしょっぱいと思うのだ。

さて、残ったのはトマーチン、アードモア、グレンロセス。次に×をつける最有力候補として僕はグレンロセスを考えていたのだが、最近のグレンロセスを思うとちょっと悩ましい気もしていた。ここ数年、1992ヴィンテージのグレンロセスであればなおさら、この蒸留所のシングル・モルトは麦に軸足を置いたシングル・モルトになっているような気がするのだ。僕の中でのロセスは軽快でフルーティ。それこそがグレンロセスの特徴であり魅力であると思うのだ。
この問題「C」はお世辞にも滑らかでフルーティと言えるシングル・モルトではない。しかし、近年の比較的熟成の若いグレンロセスに僕は噛み応えを感じることがあるのだ。グレンロセスの可能性は高いかもしれない。
この「C」に僕は強い酸味を感じていた。しかしその酸味はどちらかと言うとフルーツよりは生姜の酸味に近い。確かにそれを考えると、近年の比較的熟成の若いグレンロセスである可能性はある。しかしゆっくりとピートを感じるようになる。もしもこれがグレンロセスであるならば、こんなにピートを感じるであろうか?そう思い、
グレンロセス ― ×

残ったのはトマーチン、アードモア。どちらにもある種の噛み応えを感じてもおかしくはない。しかし、アードモアであるならばもう少し甘いのではないだろうか。いや、もっと甘いはずだ。

その思いは僕に、
トマーチン ― ○
とさせた。

正解はアードモア。残念。

結果報告(2)

問題Bの選択肢は以下の通り。
 1.グレンファークラス
 2.クライヌリッシュ
 3.グレンリベット
 4.マッカラン
 5.ベンリネス
 6.ティーニニック
ヒント : ボトラーズ商品、カスク・タイプ。

このシングル・モルトの「感想」を僕はこのように書いている。
明らかにシェリー、固い、凝縮感、辛い、ゆっくりと甘く、基本的には麦の味わい
せいぜい20代前半、エグイ、フルーティというよりゴム

正解を決定する態度は、
「さて、問題です。このテイスティング・ノートを参考に、その蒸留所のものであると思われるものに○を付けなさい」。
これは昨日も話した。

悪くは取って欲しくないのだが、ハッキリと言っておこう。このシングル・モルトはバランスを崩している。バランスが崩れている原因はこの過度な凝縮感と辛味。そして逆説的であるが、それこそがこのシングル・モルトの個性を際立たせており、それが故に魅力的でもある。だからこそ飲む人を選ぶかもしれない。万人に受けるウィスキーではない。
何より変化するプロセスが素晴らしい。乾燥したスポンジが水を吸ってゆっくりと柔らかくなるように次第に甘くフルーティになる。ある程度以上の熟成を確実に感じる。「辛い」という表現はネガティブに聞こえるかもしれない。しかしそこにはある種の「フレッシュ」の存在がある。それを考えれば30年以上の長期熟成ということはないだろう。二十歳を超えまだまだ元気。そんなシングル・モルトなはずである。ピークを越え枯れた味わいのあるシングル・モルトではない。

僕はこのシングル・モルトの背景に確実な麦を感じた。当たり前の話ではあるのだが、すべてのシングル・モルトの原材料は麦である。麦であるが故に僕はその味わいに時にクッキーやビスケット、パンやケーキやカステラを思い起こす。麦の味わいを背景により乾いた印象があれば、それはビスケットを思い起こすであろうし、しっとりと濡れた印象があればカステラを思い出す。その濡れた印象にフルーツやリキュールやバニラのイメージが重なると、シングル・モルトを飲んでいて苺のショートケーキのようなイメージすら思い起こす。

素直な感想を言わせていただくと、抜栓して時間が経ってからが飲み頃のシングル・モルトだな。僕はこのBをそう思った。抜栓して直後なおまだこのシングル・モルトは飲み頃ではない気がするのだ。時間の経過と共にいやらしい酸味と辛味が抜けて、僕の言うところのショートケーキのような味わいを十分に発揮する可能性を持ったシングル・モルトだ。その可能性はグラスに注いで10分ほど経っただけで現われる。ゆっくりと甘くなるのだ。

正直に言わせていただくと、この6つの選択肢を見ぬうちの僕は、このシングル・モルトをモートラックではないかと思っていた。強烈にそのひらめきが舞い降りて来た訳ではなく、ぼんやりとその思いが漂っていただけのことではあった。もちろん決定的なものではない。もしも選択肢の中にモートラックがあったなら、僕はそれを選んでいたかもしれない。

この手の問題が少々「づるいな」と思うのは、ハイランド、スペイサイド系のシングル・モルトがシェリーカスクで、しかもある程度の熟成を重ねているのであれば、その味わいは割と同じ方向に収斂して行くと、そう思えるところだ。
例えばそれが、モートラックであっても、マッカランであっても、グレン・グラントであっても、グレンリベットであっても、ティーニニックであっても、本来の蒸留所のハウス・スタイルを越えておいしくなってしまう。差は出にくい。

ただ非常にテクニカルな問題として、マッカランで長期熟成でシェリーカスク。もしもBがそうであるならば、そこそこ高価な売価になるであろう。だとしたらそのような商品をこのブラインド・テイスティングに出してくるであろうか?僕は得意の推論をそう組み立てた。しかし、僕が一矢報いることができたのはせいぜいそこまで。マッカランではない。それを解答からはずすことはできたが、正解をつかむまでにはいかなかった。

ハイランド、スペイサイド系のシングル・モルトがシェリーカスクで、しかもある程度の熟成を重ねている。そこまでは間違いはない。けれども、僕の解答は、
グレンファークラス ― ○

確かに辛過ぎることは少々気になった。しかし基本的には麦の味わい。さらには抜栓しておいしくなる可能性にかけてグレンファークラスを選んだ。正解はティーニニック。

残念。

結果報告

ブラインド・テイスティングの結果を報告したい。惨敗である。

正直に言い訳をさせていただくと、「いい気になっていた」のである。7月、刺客との直接対決で大きな1勝を獲得したことが災いしたかもしれない。勝利の余韻を引き摺ったまま今回のブラインド・テイスティングとなった。その勝利の結果が僕にある種の自信を付けさせてしまったことも確かだ。バンフをはずした時も、マッカランをはずした時も、直観を信じていれば勝利を掴めていたかもしれない。猜疑心は目の前の正解を遠ざけてしまった。「直観を信じろ」、それは僕の中で確実なポリシーとなった。

正直に告白をすると、今回僕の出した解答は結局のところ、すべて直観を信じた結果と言えなくもない。しかし厳密に言えば、グレンモーレンジ1971を当てた時のようなひらめきは舞い降りて来なかった。
今回僕はこのブラインド・テイスティングを行う前、ひとつの解法プランを立てていた。名付けて「直観を信じろ大作戦」。問題はA,B,C,Dの4問だがそれぞれの問に対して選択式の解答が6つ用意されている。つまり6つの選択肢の中からひとつを選べということなのだが、僕は今回その選択肢を自分に知らせずに答えてみようと思ったのだ。選択肢の書かれた解答用紙を見ないで、白いメモ用紙を用意しブラインド・テイスティングにチャレンジをしたのだ。そう、まさに刺客との闘いのように。

結果は「サッパリ」だったのである。ひらめきなどひとつも舞い降りて来ない。蒸留所の名前が稲妻のように脳天を直撃するはずだと思っていたのに、である。

白いメモ用紙。まずはAと書いた。その下に、
おいしい、しっかりしているがしっとり、アルコール度数ちょっと高め
微かにシェリー?15年程度の熟成、固め
それらは蒸留所の名前ではない。問題Aの感想である。もちろんそれが役に立たない訳ではない。それらの感想を前提に最後に選択肢の中から選べばいいのだ。

次はBである。
明らかにシェリー、固い、凝縮感、辛い、ゆっくりと甘く、基本的には麦の味わい
せいぜい20代前半、エグイ、フルーティというよりゴム
ここでも蒸留所の名前は出ない。大雑把な感想である。

次はC。
若い、甘味が少ない、じゃりじゃり、噛み応え
色は薄い、さらさらと薄い酒質、尖った酸味
やはりひらめきは舞い降りて来ない。

最後はD。
 ピーティ
ずるい、やられた、引っ掛け問題、反則

ついには泣き言である。感想ですらない。ブラインド・テイスティングを試されていない方はもちろんご存知ではないと思うが、この問題Dはあからさまにピーティなのである。アイラ・モルトはピーティなものばかりではないと常々申し上げている侍であるが、ピーティであるならばアイラではないかと思ってしまう。A,B,Cの3問は蒸留所を答える問題、Dは地域区分を答える問題。その出題形式が変わっていないことは事前に知っていた。ハイランド、スペイサイド、キャンベルタウン、アイラ、アイランズ、ローランド。つまり選択肢がその6つであることを認識してしまっているのである。

カウンターの上に感想を書いたメモ用紙と解答用紙を並べた。目を閉じて僕は自分に問いかける。
「さて、問題です。このテイスティング・ノートを参考に、その蒸留所のものであると思われるものに○を付けなさい」。

Aの問題には「オフィシャル」とのヒントがある。最初にお伝えしておこう。Aの答えは実はグレン・グラントである。
自分の書いた感想をもう一度読みなおした。このシングル・モルトに僕はネガティブな評価を下していない。しっかりしたおいしいシングル・モルトである。しかし、あれこれ悩んだが今ひとつ決め手に欠ける。仕方がない。絶対にこれではない、というものに×を付けよう。
グレン・グラント ― ×

いくらなんでも。いきなりである。
だって、おいしくないもん。いやごめん。好きじゃないんだもん。
グレン・グラントのオフィシャルといえば、ゴードン&マクファイル社のものとデザインの統一性のある、熟成年数違いの一連の商品群を思い浮かべていた。僕の思うところの熟成年数は15年程度。補足説明を加えるなら、せいぜい15年といった感覚だ。このシングル・モルトが20年ならびっくりするが10年と言われれば驚かない。僕の思い浮かべたグレン・グラントのラインナップの15年以下のシングル・モルトの中に、僕が確実な手応えを感じるものはない。少なくともしっかりしているとは思わないはずだ。
僕がこのAに確実な手応えを感じた理由はもうひとつある。カスク・タイプ(55・3度)のこのアルコール度数である。しっかり感、骨太感はこの度数をも背景に成り立っている。問題Aに対する6つの選択肢をもう一度見て欲しい。比較的入手しやすいオフィシャル・ボトルということを前提に考えると、どれも加水タイプである。その中で一番しっかりしていて僕が好きなシングル・モルトは、
ロングモーン ― ○
とした。

先週からの続き、「一筆啓上、UD・クラシック・モルト・シリーズ」を楽しみにしていた方には申し訳ないが、今週はブラインド・テイスティングの結果報告をさせていただく。自省、自戒、自責の念を込めて、侍は我が恥を晒す。

営業中に刺客から電話を貰った。
「侍が全問不正解のブラインド・テイスティングの件なんですけど」
ムム。
「侍がはずしたブラインド・テイスティングに参加してもらった方全員に、クーポン券を配ってるんですよ」
くどい。
「ブラインド・テイスティングにひとつも正解を出せなかった侍から、ジェイズ・バーのお客さんに伝えて頂けないでしょうか?」
うるさい。

*********************************
ジェイズ・バーでブラインド・テイスティングに参加して下さったお客様へ。
楽天のスコッチ・ショップで使えるクーポン券を皆様にお配りしております。是非ともご利用ください。
                                        刺客&侍
*********************************

これでいいだろ!
フン!

続きは明日。

落ち着け、侍。見苦しいぞ。

皆様のご協力を。
人気blogランキング

モルト侍、全問不正解

さて、先日のブラインド・テイスティングの結果が出た。
本当にビックリしたのだが、全問はずした。不名誉なことである。ハラキリ以前の問題。噴飯ものである。

とりあえず結果はこちらを
ジェイズ・バーでブラインド・テイスティングにチャレンジして自分の解答を忘れてしまった方、ご一報下さい。

釈明会見は明日開く予定。
本日はこれにて失礼をします。

一筆啓上、UD・クラシック・モルト・シリーズ

本日は久しぶりに写真を貼ってみた。よくご覧いただきたい。
あまり上手く撮れてはいないのだが。
クラシック・モルト

ご存知の方も多いと思う。いわゆるオフィシャルもののボトル。グレンキンチー、オーバン、タリスカー、クラガンモア、ラガヴァリン、ダルウィニー。ラガヴァリンに関しては最近高値で取引されているが、どれもそれほど入手困難という商品ではない。かつてUD(ユナイテッド・ディスティラーズ)社によるこれら6本のシングル・モルトは、「クラシック・モルト・シリーズ」として販売されていたのをご存知だろうか。もう今から10年以上前の話である。

もううんざりかもしれないが、UD社はこの6つの蒸留所の所有者である(UD社の記事は「一筆啓上、シングル・モルトとブレンデッド」を)。もちろん当時、彼らの所有する蒸留所はこの6つ限りではない。彼らが何故この6つの蒸留所を「クラシック・モルト・シリーズ」として売り出したのかというと、これらの6本はそれぞれ、スペイサイド、ハイランド、西ハイランド、ローランド、アイラ、アイランズ(アイラ島以外の島モルト)のその地域の代表として選ばれたのだろう。スペイサイド、ハイランド、ローランド、キャンベルタウン、アイラ、アイランズという今でこそ当たり前になった6つの地域区分がぼちぼち一般的になりつつあった頃だ。残念ながらUD社はキャンベルタウンに蒸留所を持たなかった。そこで西ハイランドからオーバンの登場ということなのかもしれない。

念のため、
スペイサイド ― クラガンモア
ハイランド ― ダルウィニー
西ハイランド ― オーバン
ローランド ― グレンキンチー
アイラ ― ラガヴァリン
アイランズ ― タリスカー
である。

10年ほど前、少しづつではあるがシングル・モルトは世間の注目を集めるようになり、街場の酒屋さんにもぼちぼちオフィシャルものだけではなく、独立瓶詰業者のシングル・モルトが並び始めた頃。当時、比較的手頃な値段で地域の違いを踏まえつつ、その個性を感じるのには適した手法であったと思う。いわゆる「初心者向け」な視点から揃えられたこれら6本のシングル・モルト。今となってはもう、時代の要請したそのような背景は存在しないのかもしれない。より豊富に、バラエティに富んだシングル・モルトを僕らは手軽に味わうことができる。しかし、だからと言ってこの6本のシングル・モルトの存在理由そのものが消滅した訳ではない。
エキセントリックな香りとその滑らかな口当たりでラガヴァリンは今でも人気ののシングル・モルトだ。スパイシーでパワフル、パンチの効いた飲み応えのタリスカー。ウィスキーらしさとスモーキーさ、絶妙のバランス、マッカラン好きに是非とも薦めたいオーバン。しっかりとした麦を背景に果実の香りの豊かなクラガンモア。グレンキンチーとダルウィニーは説明を省く。ごめんね。

UD社については今日はもう詳しい説明は省くが、当時の僕の感覚を素直に言わせていただくなら、「ちょっと規模の大きい独立瓶詰業者なんじゃないの」くらいにしか思っていなかった。少なくとも業界全体に大きな影響力を発するほどの会社なのだという認識はまるでなかった。

さて、明日からはこの「クラシック・モルト・シリーズ」について、1日に1本づつ小ネタを披露していきたい。

一筆啓上、シングル・モルトとブレンデッド(6)

連続式蒸留機が開発され、より大量により低コストで効率良くウィスキーが生産され始めたことをきっかけに、ブレンデッド・ウィスキーはその需要を拡大していった。ブレンデッド・ウィスキーの成長は多くのウィスキー・ブローカーを登場させる。投機を目的とした立場でブローカーたちは業界を動き回ったことだろう。ブレンデッド・ウィスキーとはある意味組み合わせの産物である。彼らのその動きはネガティブな側面ばかりではない。その活躍は多くの優秀なブレンデッド・ウィスキーを生んだであろうし、現在では独立瓶詰業者の関心を惹くところとなっている。
一方、ブレンデッド・ウィスキーの生産者は時間をかけて多くの蒸留所を買い占めて行く。傘下に収め管理下に置き、自分たちのブレンデッド・ウィスキーの銘柄の原酒の供給分をまかなうようになる。その流れはDCLを生み、UDを生み、ディアジオを生む背景となった。資本を背景にした親会社の力は、不況時に整理・統廃合の形となって現れる。

シングル・モルトは外国人にとってあまりにも強烈で独特、さらにはまた複雑過ぎるというのが当時当たり前に受け入れられていた考えだった。だからこそウィスキーはブレンデッドとして売り出す。だからこそシングル・モルトは後ろに隠れて原酒としてブレンデッド・ウィスキーを支える。むしろそれはシングル・モルトの蒸留所の側にとっても歓迎すべきことでもあった。

1963年、グレンフィディックは同業者から無謀な行為と嘲笑されながらも、ある大きな決断を下す。自社のウィスキーをシングル・モルトとして瓶詰し売り出していったのである。合併を通じて成長してきた大手飲料会社は第二次世界大戦後もそれを繰り返し、その影響は蒸留所の整理・統廃合を加速する。グレンフィディックの側にも、このままでは独立した蒸留所として歩むことは不可能なのでは、という危機感はあったのだと思う。シングル・モルトが一般の消費者に受け入れられるとは思われていなかった時代。グレンフィディックは孤立を恐れながらも孤高の道を選択した。
本来飲み易い比較的穏やかなシングル・モルトであったことは幸運であった。1964年には4,000ケースであった売上は10年後、1974年には12万ケースにまで達する。また、現在シングル・モルトとしてのシェアは世界で約30%にのぼる。
自分たちのウィスキーをシングル・モルトとして販売しようというこの精神は、他の蒸留所を大いに刺激した。多くの業者はその流れに従った。大手飲料会社の傘下におさまらず独立してその経営を続ける蒸留所こそ多くはないが、親会社の意向により蒸留所の名をラベルに刷り込んだシングル・モルトを市場にリリースする機会は増え、独立瓶詰業者の手による商品は量ではなく種類としてシングル・モルトのボトルの数を増やした。

僕らが現在、豊富なシングル・モルトを選り好みしながら楽しめる状況は、そもそもはグレンフィディックの決断によるところが大きい。彼らの決断とその成功がなければ、シングル・モルトの蒸留所は、下請工場としてブレンデッド・ウィスキーの原酒を造り続けるだけだったかもしれない。

皆様ご協力を、
人気blogランキング

一筆啓上、シングル・モルトとブレンデッド(5)

シングル・モルトの父、マイケル・ジャクソンはその著作で、ブレンデッド・ウィスキーをオーケストラ編成に例えシングル・モルトをソリストに例える。そして長い間、優秀なソリストがオーケストラの大音響の後ろに隠されていたことを残念に思っていた。しかし今に至ってはシングル・モルトを「もう秘密ではない」と紹介し、昨今のシングル・モルトの復活を喜んでいる。

こんなにもたくさんのシングル・モルトを楽しめるような今の状況を、例えば10年、20年前に誰が想像できただろう。20年前の僕にとって、シングル・モルトといえばマッカランの12年でしかなかった。マッカランという名前が蒸留所の名前と同一であることすら知らなかった。例えばそれはカティサークとか、オールド・パーとか、シーヴァス・リーガルなどと同様の商品名でしかないと思っていた。瓶詰業者の存在などが脚光を浴びることはなく。そして当然その数も少なかった。地域区分など知りようもなかった。少々興味を持ち始めた後もその区分は曖昧で、僕の手に入れた書籍にはアイランズ・モルトとスペイサイドのカテゴリーはなかった。そうなると、「結局ほとんどハイランド・モルトじゃん」。そう思っていた。アイラ島のすべての蒸留所のシングル・モルトを口にすることはできなかったし、マッカランがスペイサイド・モルトだと知った後も、「でもラベルにハイランドって書いてある」そんなことを疑問に思っていた。

昨今のシングル・モルトの復活を喜ぶ父の姿を、僕は誇らしく思う。かつて僕がマッカランに強烈に心を揺さぶられたのと同様に、ほんの微かにでもシングル・モルトに興味を持ってくれる人が増えてくれるなら、シングル・モルトを巡って同じ楽しみを共有できるのではないか。同じ楽しみを共有し、語り合い、共感できるのなら、そこには快楽が存在するのではないだろうか。それは僕らを幸せにするのではないだろうか。それが僕の素直な思いだ。

こんなにもたくさんのシングル・モルトを楽しめるような今の状況は、誰にも想像することはできなかったはずだ。1980年代前半、シングル・モルト受難の時代であった。ポート・エレン、ブローラ、ダラスデュ、バンフ、グレン・アルビン、数え上げたら切りがないが、この時代に多くの蒸留所は閉鎖している。20年程前、これらの蒸留所は人知れず操業を停止する。その当時いったいどれだけの人がそのことを知っていただろう。いったいどれだけの人がそのことを悲しんだだろう。20年前、現在のシングル・モルトの復活を正確に予測していた人がいたならば、いくつかの蒸留所は未だに操業しているかもしれない。
シングル・モルトの復活は喜ばしい限りだ。しかしそれはまだ始まったばかり。その灯を消してはならない。

ブレンデッド・ウィスキーの秀逸さはそのブレンダーの手によるところが大きい。彼らの判断によりその味わいの方向は決定され、それこそがそのブランドを背負って行く。シングル・モルトほどではないにしろ、その個性こそがそのブランドの特徴である。時にそれは時代背景に合わせて積極的に変更をするべきことなのかもしれない。コストダウンを目的にその品質を低下させることすら可能である。しかし、もしもその判断を間違えれば、長い時間をかけて築いてきたそのブランドの信用を彼らは失うことになる。

比較的大量生産の可能なブレンドッド・ウィスキー。かといって決してそれぞれが没個性な訳ではない。ブランドの個性は確実に存在する。一方、個性的過ぎるほどの違いを表してしまいがちなシングル・モルト。その復活に伴い僕らは今市場で様々な商品を手に入れることが可能だ。そのこと自体は大いに歓迎するべきことである。より多くの選択肢を持つことは、僕らによりたくさんの楽しみを提供してくれることだろう。僕にとっては多くの選択肢を前に悩むことすら楽しみのひとつである。
しかし、僕が一抹の不安を抱きその将来を危惧してしまうのは、溢れる商品とその情報は僕らを混乱に陥れるのではないかということだ。独立瓶詰業者の隆盛は歓迎すべきことと考える。しかし結果として彼らの仕事は、同じ蒸留所の名前の書かれたまるで違うデザインの商品を市場に送り出し、あるいは同じデザインでありながら違う蒸留所の名前の書かれた商品を市場に送り出す。商品によってはラベルに蒸留所の名前を記すこことを許されないものまであり、それらのことが消費者に混乱を招かねばいいのだが。
「そんなことも分からない奴はシングル・モルトを飲む資格がない」。
間違っても僕はそんなことを言いたくない。裾野を広げて頂点を高くする。それが僕の望みだ。

だからこそ僕は人とモルトの間に立ちたい。

さて、本来なら今日はこんなことが書くつもりではなかったのだが、ぼんやりと心のおもむくままに書いてしまった。明日はグレンフィディックについて記事にしようと思っている。シングル・モルトの始まり、それはグレンフィディックでもある。そして明日のグレンフィディックの記事をもって、この「一筆啓上、シングル・モルトとブレンデッド」の連載は終了する。その終わりは次の始まりへと続いていく。


一筆啓上、シングル・モルトとブレンデッド(4)

単式蒸留器に比べ連続式蒸留機は、より大量でより低コストのウィスキーをより迅速に造ることができる。しかも造られたウィスキーの品質はより安定している。管理がしやすい、先が読める。連続式蒸留機によって得られるそれらのことは、ウィスキー造りをビジネスとして捉えた時に非常に重要なポイントであるだろう。
しかし結果として単式蒸留器がスコットランドから駆逐され、連続式蒸留機のみが蒸留所に設置されるような時代は来なかった。逆説的ではあるがそれもまたビジネスの論理である。
売れないものは作れない。

つくづく思うのだが、僕らは人間である。人間はおいしいものが好きだ。

酒は嗜好品である。僕らは栄養を摂取することを目的に酒を飲む訳ではない。もちろん寒い国にあっては「暖を取ること」を目的に酒が飲まれることはあるだろう。確かにそれは「人の役に立つこと」ではあるが、酒は栄養にはならない。寒い時に暖まる方法は他にいくらでもある。そこに快楽がある限り、人は酒を飲む。

酒を飲み酩酊することも快楽のひとつである。より大量により低コストのウィスキーをより迅速に造ることができるが、人々は連続式蒸留機で造られたウィスキーだけを好んだ訳ではない。酩酊することだけを目的とするなら、安い酒だけが売れるのであろうが、人は経済という側面だけにおいて合理的なのではない。うまいもの、味わいのあるもの、個性的であるものにも敏感に反応してしまう。平らなだけではつまらない。凸凹なもの、ギザギザなものを愛してしまうのである。

結論から言ってしまえば、造られるウィスキーに個性が存在しているが故に、単式蒸留器はなくなることがなかった。単式蒸留器で造られたより個性的なシングル・モルトを最低でも6,7種類、多い場合は30〜40種類使うことでブレンデッド・ウィスキーの個性は保たれている。ブレンデッド・ウィスキーの味わいと個性と飲み易さを成り立たせるために、シングル・モルトは欠かせない存在となった。

シングル・モルトの個性は単式蒸留器のみに依存するものではない。基本的な工程こそスコットランド全土で共通しているが、気候や風土の違い、仕込み水の違い、ピートとそれを焚き込む量の違い、僕が説明するところの「ビール」の作り方の違い、それらの違いも人知を越えたところで無限の可能性を持ち、各蒸留所ごとにできあがったウィスキーの個性に大きく影響を与えている。
そして、印象的で象徴的なことだと思うのだが、蒸留所の違いは蒸留釜の形の違いによっても個性的である。首の部分の長いもの短いもの、胴体部分のふくらみ具合、こぶが付いているもの、くびれがあるもの。それぞれに蒸留釜自体が個性的で、その個性は蒸留所が造りたいと思うウィスキーのポリシーを反映している。

しかし、いづれにしても連続式蒸留機で造られる、よりライトなフレーバーとボディ、クリアでシンプルなウィスキーに比べたら、単式蒸留器のウィスキーは味わいが深く複雑である。蒸留というのはアルコールを含んだ液体から、アルコールを分離することを目的に発達して来た技術だ。その本来の目的を考えると、単式蒸留器はある意味不完全な装置だ。1回の蒸留ではアルコール度数を20度程度までにしか上げることができない。アルコールでも水でもない余計なものをたくさん含んでしまう。だからこそ2回(ないしは3回)蒸留を繰り返さなければならない。しかしその完全に分離しきれない余計なものこそが、ウィスキーに味わいをもたらす。不完全で旧来の非効率なやり方は大いに「気まぐれ」に影響を受けやすいがより個性的なウィスキーを造る。

現在2位転落。ご協力を。
人気blogランキング

これでいいのだ。

バカボンのパパのキメ台詞である。「これでいいのだ」。

しかし、どんな人にとってもそう簡単に使える台詞ではない。もちろん僕にとっても。
「これでいいのだ」。そのひとことで片付けられることなど、実は人生には少ない。なかなか片付かないことをたくさん抱えて僕らは生きてる。40を超える前までは、「死んでしまえば全部おしまい」。そんな風に思っていたところがあるけれど、片付くことと終わることはやはり同じではないようだ。

41歳のバカボンのパパ。
「これでいいのだ」。そう言って何かをひとつづつ片付けて生きていくことは非常に実践的である。例え、「これでいい」訳がなくとも、何も片付いてなくとも。身軽になった分だけバカボンのパパの視野は広い。視野が広くなれば「壁」にぶつかった時に、より多くの「回り道」という選択肢を手に入れることは可能になる。「回り道」を選択するより乗り越えた方が良い「壁」、あるいは乗り越えたくなってしまった「壁」が目の前に現れた時、思い込みを強くし視野を狭くしてそれを乗り越えれば良い。それは僕がバカボンのパパに教わった態度だ。

このブログの記事を書き上げて投稿する時に、「保存する」というボタンを押すのだが、どうやら僕は「これでいいのだ」とつぶやいてそのボタンを押している。「こんなことを書いても良いのだろうか」と思うことがあるし、「こんな記事は誰かの(何かの)役に立っているのだろうか」という思いならなおさらだ。不安なのである。

不安は脇に置いて、「これでいいのだ」。

一筆啓上、シングル・モルトとブレンデッド(3)

さて、昨日は醸造と蒸留について簡単に話をさせてもらった。
本日は予定に従うカタチで単式蒸留器と連続式蒸留機の話である。

僕は日本語のこういうところが好きなのだが、単式蒸留「器」と連続式蒸留「機」である。どちらがよりマシーンなのかというと連続式蒸留機であり、単式蒸留器の方はある意味まさに器(うつわ)である。英語にしてしまうと単式蒸留器はPot Still、連続式蒸留機はPatent Still。いずれにしてもStillである。日本語の勝ちである。

連続式蒸留機のほうがよりマシーンであると先ほど申し上げた。つまりそれはかつて単式蒸留器だけの時代があり、その後に連続式蒸留機が開発されたということでもある。1826年にスコットランドのウィスキー業者ロバート・スタインが連続式蒸留機の原型のようなものを作る。その後1831年にそれを改良した蒸留機をアイルランドの収税吏イーニアス・コフィが開発する。この蒸留機は1832年に特許(パテント)を取ったためパテント・スチルと呼ばれる。
その後もこの連続式蒸留機の開発は進み、現在では性能も大きく向上し様々な形式のものが使用されている。ただ、いずれも塔状をしていることから「コラム・スチル(Column Still)」と呼ばれることが一般的なようだ。連続的に蒸留できるので「コンティニュアス・スチル(Continuous Still)」とも呼ばれている。

何故こんなにもたくさんの人が躍起になって連続式蒸留機を開発したのか。しかもそれは進化している。その理由は単式蒸留器がかったるいからである。大きなビジネスに育ち始めたウィスキー。産業革命の時代の英国。そこに携わる人々は効率を求めたのであろう。連続式蒸留機のおかげで蒸留酒の生産量は飛躍的に上がった。パテントを取ったからパテント・スチル。このどこか安直な名前の付け方にも時代を感じる。

かったるい単式蒸留器について簡単に説明をしたい。
先ほど「器」であるが故に「うつわ」であると申し上げた。もちろんそれを「お釜」と言ってもいい。昨日醸造と蒸留の話をした。ビールを蒸留するとウィスキーになるとでたらめな話をしたが、単式蒸留器での蒸留はこの「お釜」にそのビールを入れるのである。僕の話がでたらめなのは「お釜」に入れるものがビールには見えないところだ。どう見ても麦で作ったおかゆである。おいしそうには見えない。まずそうな匂いまでする。しかし、麦で作った醸造酒であることは変わらない。
さて、「お釜」で蒸留酒を作るのである。熱を加える、つまり下から火を炊くのだから「鍋」みたいなものだと思ってもらっても構わない。水を入れてコンロにかければ沸騰して湯気が出て来ますな。その湯気を集めてまた冷やして蒸留酒になるのだが、ひとつとても残念なことがある。1度に鍋1杯分のウィスキーしか作れないのである。たくさん作れるのなら、作っただけ売れるのに、である。当然「お釜」の大きさは大きくなって行ったことだろう。鍋が大きくなれば沸かせるお湯も増える。しかし、どんなに大きい鍋が欲しくとも台所より大きな鍋を買う人はいない。
どうにかならんものかと、誰だって本気になったことだろう。たくさん作れるのなら、作っただけ売れそうな時代である。しかも早い者勝ちである。1度にたくさん作れぬものか。いや、できれば連続して作り続けられぬものかと。

連続式蒸留機については詳しい説明をしない。ちょっとばかり眠くなってきた。「かったるい」のである。申し訳ない。
連続式蒸留機。このマシーンのキモは単式蒸留器のお釜に当たるところに、ビールを連続的に入れ続けることができるということだ。単式蒸留器のさらにかったるいところは、一回の蒸留では最初のビールのアルコール度数の3倍程度にしかならないところだ。仕方がないので2回から3回蒸留を繰り返さなくてはならない。連続式蒸留機はその問題も解決してくれた。連続してマシーンを稼動することが可能であり、しかも一発で高濃度のアルコールを作ることが可能になったのである。

パテント・スチルについて詳細な理解を求める方はネットで調べてみて欲しい。「これは分かり易い」というのを見つけた方はコメントを入れてくれるなり、トラックバックをしてくれるとありがたい。
本気でお願いしたい。

僕が説明したいのは連続蒸留機を生んだその背景と意味である。

それでは、何故単式蒸留器はなくならなかったのか。そんなに素晴らしいものならみんな連続式蒸留機になってもいいじゃん。
その反論はもちろん来週。

おやすみなさい。
だって、ちょっと二日酔い。

一筆啓上、シングル・モルトとブレンデッド(2)

やれやれいつものことかと思って頂いて構わない。今日も話はズレてしまう。
昨日、連続式蒸留機の記事を書いていたら、そのことにもう少しだけ深く触れても良いのではないかと思ってしまった。単式蒸留器と連続式蒸留機、そのことをイメージとしてだけでも理解していただいた方が話は早い。

しかし、である。
連続式蒸留機について説明をしようとすると、ではそもそも蒸留とは何なのだと、そんなことまで説明した方が賢明なのではないかと、そんなことを思ってしまう。まったく、やれやれである。

さらに、である。
蒸留について説明をしようとすると、醸造についても説明を施さねばなるまい。

皆様にはあきらめて頂きたい。いつものことである。

さて、ワイン&スピリットである。
ワインとは醸造酒のことであり、スピリットとは魂のことである。いや、違う。ここで言うスピリットとは蒸留酒のことである。魂について語りたい訳ではない。ご心配なく。もうこれ以上話はズレない。
ワイン&スピリット。つまり、醸造酒と蒸留酒である。
醸造酒とは僕らが一般的に言うところの赤ワインや白ワイン、あるいは日本酒やビールのことである。醸造酒とは人の手だけによって作られるものではない。大いに自然の力を利用させてもらっている。微生物の一種である酵母によって原材料にある糖分から発酵作用によって醸造酒は生まれる。そう言ってしまうと何だか面倒くさいことのように思うが、簡単に言ってしまうと、例えばワインであれば原材料であるブドウの糖分に酵母がくっついて発酵してアルコールになる。そういうことである。
読者の皆様の寛大なご了承を得て、また話は少しズレるのだが、発酵というのは酵母の活動そのものなのである。酵母は糖分を食って生きてる。結果どういうことが起きているのかというと、

原材料の糖分 → 酵母がくっつく → 発酵する → アルコールと炭酸ガスに分解される

ということなのである。
ちょっとしたポイントは「炭酸ガス」である。発酵してできたアルコールは必ず炭酸ガスを出すのである。

ブドウ → 発酵する → 炭酸ガスを閉じ込めない → ワイン
ブドウ → 発酵する → 炭酸ガスを閉じ込める → シャンパン(スパークリング・ワイン)
麦 → 発酵する → 炭酸ガスを閉じ込める → ビール

そういうことでもある。そして、

ブドウ → 発酵する → ワイン → 蒸留する → ブランデー
麦 → 発酵する → ビール → 蒸留する → ウィスキー

非常に大雑把で正確に言えば間違いであるのだが、あくまでもイメージとしてそんな風に思っていてもらっても構わない。そんな風に知っておいて頂いても不便はないと思う。果実や穀物は発酵して醸造酒となり、醸造酒を蒸留して蒸留酒ができる。

さて、蒸留についての話をすっ飛ばしてしまった。
スピリットとは蒸留酒のことであり、簡単に言ってしまうとアルコール度数の高い酒のことである。ウィスキー、ブランデー、ウォッカ、ジン、ラム、テキーラ、などである。もちろんこのアルコール度数が高いというところがポイントである。どうやって高くするのか。それこそが蒸留技術である。

蒸留する前の原材料は醸造酒である。醸造酒を蒸留して蒸留酒になる。
ブドウを醸造してできたアルコールを蒸留すれば「ブランデー」。
麦を醸造してできたアルコールを蒸留すれば「ウィスキー」。
米を醸造してできたアルコールを蒸留すれば「米焼酎」。
である。

それでは蒸留とはどういうことなのか。
水を加熱していくと100度で沸騰する。沸騰した水は液体から気体に変わる。この気体(水蒸気)を冷却するとまたもとの水に戻る。僕らの住むこの地球に雨が降り、川を流れ、海に出で、雲になり、また雨が降る。それと似たようなことだ。

また話がズレそうだ。戻そう。アルコールの蒸留についてである。
水の沸点は100度。アルコールのそれは約80度弱。アルコールを含んだ液体を加熱していくとまずアルコールを多量に含んだ蒸気が発生する。この蒸気を冷却して元の液体に戻すとよりアルコール度数の高い液体を作ることができる。このように沸点の違いを利用して液体の中のアルコールを濃厚な状態で分離することを蒸留というのである。

そもそもそんな技術がどのように発展したのか。伝え聞く話にも諸説ある。錬金術師の技術が変化したとか、香水製造者のそれであるとか、海水を飲み水に変える方法が発展したとか、どんな話を聞いても本当のように聞こえてしまう。
途方もない道筋を通って、僕らは今ウィスキーを飲んでいるのだろうか。

でも本当はそんなことはどうでもいいのかもしれないとも思う。失礼な話かもしれないが。
目の前の1杯に感謝をして飲めば、ただそれだけでいいのかもしれない。

さて、単式蒸留器と連続式蒸留機の話をしたいと切り出しながら、まだそこまでたどり着いていない。ある意味予定通りに、続きは明日。

一筆啓上、シングル・モルトとブレンデッド

タイトルこそ改めさせて頂いたが、今日からは久しぶりに先日までの「一筆啓上、ボトルの裏側」の記事の続きを書いて行きたい。取り上げたいのはUD(ユナイテッド・ディスティラーズ)という会社のクラシック・モルト・シリーズ。まずはその背景から説明をしていこうと思う。しかし、クラシック・モルト・シリーズについて語ろうと思えば、UD(ユナイテッド・ディスティラーズ)社について語らざるを得なくなり、UD(ユナイテッド・ディスティラーズ)社について語ろうと思えば、シングル・モルトとブレンデッド・ウィスキーの関係について語らざるを得ない。長い前置きになりそうだ。面倒がらずにお付き合いを願いたい。

何度かの合併を繰り返し現在は「ディアジオ」という社名になっているが、その前身が「UD(ユナイテッド・ディスティラーズ)」である。いずれにしても傘下に多くの蒸留所を抱え、業界全体の動向に大きな影響を与える大企業である。

ディスティラーズ・カンパニー・リミテッド(DCL)というグループがあった。このグループの活動を遡って行くと1880年代にまでたどり着くことが可能だ。かつて有名なブレンデッド・ウィスキーのほとんどを生産し、100年間にわたってこの業界を支配してきた会社。このDCLは1980年代にベル社と共にギネス社に買収されUD(ユナイテッド・ディスティラーズ)社となる。

モルト・ウィスキーの黎明期、ウィスキー作りは元来農家の副業の密造酒として始まった。農家の蒸留所にはもちろん瓶詰の設備などない。税金逃れの密造酒業者という負い目もあるだろう。設備投資に熱心なはずはない。彼らのウィスキーは樽のまま裕福な家、ホテル、パブ、酒類販売の許可を受けた食料雑貨商に直接売られた。
農家が作るウィスキーはその年ごとに品質も供給量にも非常にばらつきがあった。食料雑貨商やワイン商はその扱いに苦労したことだろう。彼らは苦肉の策として仕入れたモルトをヴァッティング(モルト・ウィスキーを混ぜること)して自らのラベルを貼りそれを売り始める。そしてその流れはブレンデッド・ウィスキーへと続いていく。
1824年、グレンリベット蒸留所は初の政府公認蒸留所としてそのスタートを切る。それまで1世紀以上続いた密造酒の時代はそれをきっかけに終焉を迎える。法整備がなされ、ウィスキーは産業としての形を整え、大きなビジネスのチャンスと見て取った人々は活気づいたことだろう。
多くの名もあり歴史もある蒸留所の設立年は1800年代に集中している。1820年代に開発された連続式蒸留機は1800年代半ばに活発に稼動し始める。連続式蒸留機はシングル・モルトを作る単式蒸留器に比べ、より大量のウィスキーをより低いコストでより短時間で作ることができる。ブレンデッド・ウィスキー作りのキモである。連続式蒸留機でできたウィスキーはよりライトなフレーバーとボディ、単式蒸留器でできたウィスキーはより特徴があり個性的。それらを組み合わせて飲み易さと飲み応えを兼ね備えたブレンデッド・ウィスキーは作られる。世界が大英帝国の覇権を受け入れたその頃、英国人はスコットランドのウィスキーを世界中に宣伝する結果となり、世界はそのウィスキーすらも受け入れた。

1800年代末、人々のブレンデッド・ウィスキー志向は強まり、スコッチ・ウィスキーといえばブレンデッド・ウィスキーという時代が到来する。相対的にシングル・モルトの地位は低下する。シングル・モルトの蒸留所は、ブレンデッド・ウィスキーを作るための原酒を提供する下請工場というニュアンスを強くし、シングル・モルトそのものはブレンデッド・ウィスキーの製造工程の一部と言われても仕方のない状況にあったのも事実であろう。僕はブレンデッド・ウィスキーを悪く言いたい訳ではない。彼らが自らの銘柄の信頼を損なわぬよう、そのブランド性を大切に扱ってきたのもまた事実だ。
ブレンデッド・ウィスキーは売れる商材として育ち始めた。それを製造し販売する者は利益を積み重ね資本を手に入れ、その地位をより確固たるものにして行ったことだろう。彼らはより生産性を上げるため、原材料のひとつであるシングル・モルトを入手しやすくしたいと思ったであろう。彼らは手にした資本でシングル・モルトの蒸留所をその傘下に収め、その系列へと組み込んで行く。シングル・モルトの蒸留所にとっても、願ったり叶ったりという状況だったのかもしれない。大量生産の工業製品に近いニュアンスを持つブレンデッド・ウィスキー、一方家内制手工業といった域を出ないようなシングル・モルトの蒸留所。ひと括りにするべきではないが、大企業に対して中小・零細企業といった風なのがシングル・モルトの蒸留所でもある。蒸留所を閉鎖させないために資金を必要とした蒸留所が多くあったであろうことは想像に難しくない。彼らの資金で救われた蒸留所があったであろう。シングル・モルトの蒸留所にとって、ブレンデッド・ウィスキー用に納品する製品は販売代金として確実に対価をもたらす。

リーズナブルな原酒を求めるブレンデッド・ウィスキーの製造元。製品の売り先を求めるシングル・モルトの蒸留所。どちらか片方だけが損をするような関係にならなければ良いのだが、どちらがより権力を持つのか、それは明らかなことのように思われる。

現在でも生産されたシングル・モルトのおよそ90%は、ブレンデッド・ウィスキーとなるべくその生産者の元へ集められる。それが現状である。

明日に続く。

現在2位。順位を確認して頂きたい。人気blogランキング

一筆啓上、ブローラ(2)

実は昨日の記事を書きながら、僕は同じ箇所をタイプミスし、それを何度もBSキーで修正することになった。僕が何度も間違えたのは蒸留所の名前。クライヌリッシュをクライネリッシュとタイプしてしまう。以前にも「蒸留所の呼称」というタイトルで記事を書いたことがあるが、昔から使ってきた呼び名というのは意識はしていてもなかなか直らない。
英語で表記され彼らが声に出して使う呼び名をカタカナで書こうというのだから、厳密で正確な正解というのは存在しないのだとは思うが、昔からの流れを考えると、現地で発音される言い方にできる限り近い形でカタカナにして行きましょう。蒸留所名のカタカナ表記の変遷を考えると、そこにはそんな意図と心意気があるだろう。もちろんそれが悪いスタンスだとは思わない。名前を間違われて良い気のする人はそんなにいないだろうから。
しかし使い慣れた呼び名というのはなかなか変えられない。文章にする時にこそ気を使ってタイプミスを修正しようとするが、営業中口に出し言葉にするのは「クライネリッシュ」である。同様にグレンモーレンジなどもモレンジと言ってしまう。先週木曜の記事の写真の通りだ。ちなみに刺客はそれを「モランジ」という。ちょっとカッコつけ過ぎな感も否めない。

今回この記事「一筆啓上、ブローラ」を書く際に、いくつかの資料を当っていてちょっとびっくりしたのだが、シングル・モルトの父、マイケル・ジャクソン氏の「モルト・ウィスキー・コンパニオン」(改訂版)から「CLYNELISH(クライヌリッシュ)」のカタカナ表記が変わった。「クラインリーシュ」となったのである。何故カタカナ表記を変更したのかということについては説明がされていないが、同書の蒸留所の紹介文の中からそれを読み取ることは可能なようだ。
* ******************************
第1音節は「ワイン」と同じ韻をふみ、「クライン」と読み、第2音節は「リーシュ(leash、革紐)」と同じ発音になる。名前の意味は「庭の坂」である。
* ******************************
そう書かれているのだ。本文にそうまで書かれてしまっては訳者の方も「CLYNELISH」を「クラインリーシュ」とせざるを得なかったのかもしれない。「クライヌリッシュ」よりも、ましてや「クライネリッシュ」よりも、「クラインリーシュ」の方が現地での発音に近いと言われれば、僕だって確かにそれを使わざるを得ないのかもしれない。しかし実のところあまりピンと来ない。

さて、2日間にわたって長い前置きを続けてきたが、ここからが話の核心である。昨日の記事の冒頭、近い将来確実に「その日」は来るべくしてやって来る。僕はこの記事をそう書き出している。

日本における偉大な先人、土屋守氏の「モルトウィスキー大全」(改訂版)という本がある。2002年の春に出版された本だ。ブローラ蒸留所もその著作の中で扱われており、蒸留所が操業を停止していることも当然書かれている。ブローラについて書かれた本文の最後の方に、僕が個人的に非常に気になっていた記述がある。現地で取材した際スタッフに聞いた話として出てくるのであるが、蒸留所の保有するブローラの残りの樽数は「あと40樽」だったのだそうである。土屋守氏の「モルトウィスキー大全」(改訂版)は2002年の出版。文中、氏はそれを「2年前のこと」として語っている。つまり恐らくは2000年にブローラの残りの樽数は「あと40樽」だったのだ。今年は2005年、それから5年経っている。以来僕はブローラを見かけるたびに、その40から今頃はいったいどのくらいマイナスされているのだろう。そんなことばかり気にするようになっていた。

2000年当時、正確に残り40樽ということではない。蒸留所の手を離れ瓶詰業者やブローカーなどの手に渡ったブローラもあるだろう。実数はその40樽を確実に上回るはずだ。しかしかといって僕の気持ちに安堵が訪れることはない。近い将来確実に「その日」、つまりそれが0樽になる日は来るべくしてやって来る。

先日、対決のその日、刺客から悲しい事実を聞いた。残念だが残りが何樽かということはここでは具体的には申し上げられない。残りが0樽ではないということは言える。Xデーは近いのかもしれない。

一筆啓上、ブローラ

ブローラ
近い将来確実に「その日」は来るべくしてやって来る。
刺客の話を聴いて胸がキュンとなった。ブローラの話である。

まずはブローラのことについて話をせねばなるまい。
ブローラ蒸留所は1983年5月に操業を停止、以来新たにウィスキーを作っていない。閉鎖、廃業というよりは休眠状態というニュアンスに近いのかもしれないが、再開の歓喜を味わうことはないだろう。
そもそもこの蒸留所の名前「ブローラ」、北ハイランドの東沿岸部、ゴルフとサーモン・フィッシングで有名なリゾート地の町の名前である。このブローラ蒸留所、かつてはクライヌリッシュ蒸留所と名乗っていた。クライヌリッシュと聞けばご存知の方も多いと思う。今でも名の知れた蒸留所だ。しかし、現在のクライヌリッシュ蒸留所とブローラ蒸留所は正確には同一の蒸留所ではない。そこにはちょっとした事情がある。

現在のブローラ、つまりかつてのクライヌリッシュ蒸留所は1819年にサザーランド公爵によって建てられた。領地で小作人が育てる大麦を手っ取り早く換金することがその目的であったと言われている。スコットランド本土にありながら、アイランズ・モルトの特徴を兼ね備えたこれらのシングル・モルトは、その個性を武器に順調にセールスを延ばしていった時期があったのだろう。1967年道路を挟んだ向い側に新しい蒸留所を建設する。クライヌリッシュの名は新たに建てられた蒸留所に与えられ、古い方の蒸留所はブローラを名乗ることになる。1983年まで10数年間に渡りその新旧ふたつの蒸留所は十分な需要を持ち共に操業を続けていたが、その年の5月古い方の蒸留所は操業を停止することになる。
現在僕らが入手可能なシングル・モルトに目を向けるなら、「クライヌリッシュ」とあれば新しい方を指し、「ブローラ」とあれば操業を停止した古い方を指す。どちらの蒸留所も近年、評価も人気も高くなりつつあるように思われる。海岸性のアロマとフレーバー、僕の言葉で言わせてもらえば、どちらもダシの要素を多分に含んだシングル・モルトだ。

「しょっぱいシングル・モルト」に疑問を呈する方もいると思う。しかし塩味のするシングル・モルトは確実に存在する。甘いシングル・モルトが分からなかったヨシダ君も塩味のシングル・モルトなら分かっていると思う。そのくらい確実に「しょっぱいシングル・モルト」は存在する。
ダシの要素を含んだシングル・モルトは、確かに近年確実に評価が高い。アイラ・モルト流行の背景にも僕はそれを感じるし、僕がテリヤキ風味と評するスプリングバンクにもそれを感じる。もちろんクライネリッシュ、ブローラも同様だ。オールド・プルトニーにもそれを感じるし、グレンモーレンジに関してはセラー13にそれを感じる。バンフやバルブレアに関してはそれを感じた時に「うまい」という評価を僕は下しているのだと思う。ハイランド・パーク、ジュラ、タリスカー、アイランズ・モルトであればなおさらである。
世界的な日本食ブームの煽りを受けているのだろうか。「味の素」は調味料として世界標準になったのだろうか。うまみやダシに多くの人々が反応している気がしてならない。「コクが足りない」、そう不満を訴えるシングル・モルト好きが多い気がしてならない。

話を戻そう。クライヌリッシュとブローラである。
このふたつのシングル・モルト、味わいにどんな違いがあるのか。皆さんも気になるところだと思う。
現在僕らが入手可能なシングル・モルトということを前提に考えれば、古い方がブローラ、新しい方がクライヌリッシュということになる。1819年当時の設備をベースに操業をしていたブローラ、1967年に建設されたクライヌリッシュ。仕込み水も仕込みの方法も同一であると言われるふたつの蒸留所であるが、新しいクライヌリッシュ蒸留所はより近代化した設備を手に入れているはずである。ポットスチルの数も2基から6基に増えている。
近代化された設備を手に入れその生産量を増やしたいが、その味わいは変えたくない。合理的で妥当な判断であろう。僕はそれを支持したい。それでは結果としてそのふたつはまるで同じ味わいのシングル・モルトになるのであろうか。仕込み水も仕込みの方法も同一、ポットスチルの形状も寸分違わぬまでに同様に作ったとしても、そしてその場所を移動しただけだとしても、同じシングル・モルトになるかどうかはわからない。
クライヌリッシュとブローラ。そのふたつのシングル・モルトは、例えばアードベックとダラスデュほどには違わない。どちらも明らかに同系統のシングル・モルトである。しかし僕はそこに微細な差を感じる。予めお断りを申し上げておくが、ここから先の話はもちろん僕の「感想」の域を出ない。ご了承願いたい。そしてくどいようだがひとこと申し添えておく。僕はあなたの「感想」が聞きたい。

真偽の程は良く分からないのだが、ブローラは特にピートの強い麦芽を使っていた時期があり、クライヌリッシュは中庸にピートをつけた麦芽を使っている。そんな話を聞いたことがある。その違いが僕に何かを感じさせているのかどうか、僕にも良く分からない。
もうひとつ、当たり前のことだが、ブローラに関して言えば、現在手に入るブローラのほとんどのものが20年を超える程度には長期熟成タイプである。ブローラ蒸留所が稼動していた最終年、1983年に蒸留したものであっても今瓶詰したら22年間の熟成ということになってしまう。1983年に蒸留され1995年に瓶詰された12年熟成のブローラがあったとしても、瓶詰された1995年から10年経っている現在、2005年にそのボトルを市場で手に入れるのは困難だろう。今僕らが味わうことが可能なブローラは相当に貴重で当たり前においしくなっている。クライヌリッシュのように、「ちょっぴり若いシングル・モルトですが、手軽に買えるように価格設定をしました。気軽に飲んでクライヌリッシュの特徴を楽しんでください」なんてシングル・モルトは作れないのだ。全般的にブローラがおいしいという評判がたってもむしろ当たり前のことだとは思う。その辺は差し引いて考えてあげたい。しかしクライヌリッシュだって前回のハラキリ・モルトのように長期熟成で高価だけどうまいシングル・モルトはあるのだ。むしろ危惧するところは希少価値を背景に値段ばっかり高くっておいしくないブローラが出てくることだ。今後ブローラを売ろうと思っている方、心して価格を設定していただきたい。日本の消費者の味覚を侮ってはいけない。あなたたちが僕らを裏切るのなら、僕らはあなたたちのブランドの価値を下げることが可能だ。僕らはあなたたちのブランドを支持しないというスタンスを取ることが可能だ。

さて、そろそろ本気で自分が嫌になって来た。再び話を戻そう。
クライヌリッシュとブローラ、このふたつのシングル・モルトの味わいの違いである。

あくまでも僕の中での話であるが、
クライヌリッシュ → 冷たい
ブローラ → 温かい
そんな風に分けているところがある。
クライネリッシュは「するり」、ブローラは「ねっとり」。
いずれも長期熟成に関してもそんな印象を持つことが多い。
食べ物で言えば、クライネリッシュは「ゼリー」、「ところてん」、「クズキリ」、そんな食感を連想させる。喉の中を「ぷるん」と入っていくような、そんな印象。それに対してブローラは「おしるこの中の白玉」、「雑煮の中の小さく切ったもち」、そんなことを思い出させる。そこが確実に違う。

「確実に違う」と言い切った後の言い訳である。みっともない。
みっともないのを承知で言わせていただきたい。お願いである。

刺客殿、今後ブローラ、あるいはクライヌリッシュは課題として持って来ないように。
してください。頼むから。お願いだから。

順位を確認していただきたい。こちらもお願い

過去の闘いを振り返る

刺客との戦いで勝てたのが何より嬉しくてちょっとばかり脱力といった風である。
ちょっとばかり腑抜けかもしれない。お許しを。
負ければ「落ち武者」だの、「素浪人」だの、散々な言われようである。おまけに腹まで斬らされるのであるから。

刺客とのこの闘い。今年の2月から始まった。何の打ち合わせも告知もなく、それは突然始まった。課題のシングル・モルトを持って刺客は突然現れたのだ。ブログを立ち上げシングル・モルトについて語り始めた僕を応援しようという気持ちからのことだろう。本当にありがたかった。月イチのこの企画は「モルト侍」の人気企画である。
刺客もなかなかのシングル・モルト・コレクターである。自前のシングル・モルトから侍を倒すべく、自腹で課題を持って来てくれる。本当にありがたい。感謝し頭の下がる思いである。もしもジェイズ・バーで刺客を見かけたら「いつも侍がお世話になっています」、と声をかけて頂きたい。

今月まで侍は5ヶ月間未勝利であった。正直なところ本当に勝ちたかった。

少しばかり今までの対決を振り返ってみたい。
最初の月、2月の課題はマッカラン。僕の口にした感想と熟成年数はほぼ正解に近いと思うが、ギリギリのところでトマーチンと答えてしまった。
3月はスプリングバンク。オフィシャルの10年、カスクタイプ。これは飲んだことがなかったのではずしてしまった。僕の好きなスプリングバンクは味の濃い目の長期熟成タイプに偏りがあったせいだと反省している。
4月はバンフ。このバンフが先月までの中で一番口惜しかった。直感的にバンフだと思ったのだ。あれこれ悩んでブレイヴァルと答えてしまった。これを機にルールの変更をした。しかしこの月、刺客をかなりビビらせることとなっただろう。
5月はボウモア。ビビった刺客は本気になった。このボウモアは本当に分からなかった。途方に暮れてしまったのも確かだが、答えを聞いてもまるでピンとこない。完全に僕の理解の範疇を越えている。ある意味諦めはついた。
6月はちょいと洒落っ気を出した刺客であった。アイラ島で仕入れて来た麦芽が課題となった。どこの蒸留所で使われるものか当てろという。こんなものはわからん。ピートの焚き込み方で「麦芽」自体にどのような影響が現れるのかなど、想像もつかない。
そして今月はグレンモーレンジ。昨日詳しくお知らせした通りである。

さて、昨日刺客と話をしていてブローラに関するちょっとした面白い話を聞いた。切なくも重大なことであった。来週はまずその話を記事にしようと思う。

初勝利

メモ
勝ちました。キッチリと勝ってやりました。完膚なきまでに叩きのめしてやりました。
侍、完全勝利である。

達成感もある。緊張から解放された脱力感もある。感涙にむせぶ侍である。
思えば長い道のりであった。2月から刺客との直接対決を始めて半年、やっとの思いで勝ち取った勝利である。お客さんのひけたジェイズ・バーで、蒔田寿司の親方に頂いたオールド・パーを飲みながら、今この原稿を書いている。

今日の問題はオフィシャルのグレンモーレンジ、1971。

午後11時になろうとする頃、刺客は現れた。まだお客さんの入りの悪いジェイズ・バーである。
「まずは、集金をお願いしたいんですが」
了解。まずは仕事を片付けよう。
「どうします。ぼちぼち始めます?」
うーん。それにちゃ、客の入りが悪い。
「あと10分待ってくれ」

「それじゃ、先に営業させてもらってもいいですかね」
鞄からサンプルを取り出す刺客。僕はグラスを3つ用意した。
ローズバンク、ロッホサイド、ブローラ。
それぞれに試飲させてもらったが、正直どれもピンと来ない。緊張していたのだ。こんなものを飲んで舌がぶれなければ良いのだが、そんなことばかり考えてしまう。これも刺客の戦略か?オレは嵌められているのか?選んで発注したシングル・モルトはハラキリモルトになってしまうのか?
いやいや、邪念を振り払おう。これも侍の仕事である。

刺客のお薦めはロッホサイド、プラッカダーのロウ・カスクの商品である。もちろん悪くはない。ロッホサイドという蒸留所自体あまり出回らない商品でもある。希少価値を考えて買いであろうか。丁寧で上質なシングル・モルトであるが、インパクトには欠けるかもしれない。希少価値があることを考えれば個性的な分かりやすさがあった方が売りやすくはある。
次はローズバンク。確かにローズバンクらしいローズバンク。スムースでソフト、心地良い甘味。滑らかなシングル・モルトだ。どういう訳か最近ローズバンクの人気は高い。仕入れれば売れるだろうなというシングル・モルトだ。僕の中では夏に飲みたいシングル・モルトでもある。
最後はブローラ。実はこれを仕入れることにした。ロッホサイドとあまり値段が変わらない。閉鎖した蒸留所である。ぼちぼち手に入りにくくなっている。味に間違いはない。長期熟成のしっとりと濃く甘く温かみのあるシングル・モルト。涼しくなった頃に飲みたい。
武士の情け。刺客の会社の宣伝をしておこう。今日刺客が持ち込んだ商品はこちら

さて、そろそろ始めますか。
「それでは侍は退席いたします。ちょっとコンビニに行ってきますから、説明の方をお願いします」

この日僕には少し考えがあった。刺客が出題のシングル・モルトについて解説をしている間は退席しなければならない。その間にコンビニに行っておにぎりを買おうと思ったのだ。おにぎりを食べながら気持ちを切り替える。腹が減っては戦はできぬ、である。

「お願いします」
荒木君の声。説明が終わったようだ。僕は店に入る。ウーロン茶でおにぎりを食べる。心を落ち着けて、いざ勝負。

サンプル用の小さなボトルからグラスに注ぐ。今日は絶対に当てたい。一口飲んだ。
この味を知っていると思った。いや、もっと正確に言うならばこの時にすぐに答えは出たのだ。これはモーレンジだと。しかし僕はすぐに出てきた答えにあわてて不安になる。答えが早過ぎる。しかし僕の頭の中にはグレンモーレンジの蒸留釜の長い首が、イメージとして像を結んでいたのである。いや、そんなことはない、かもしれない。モーレンジではないかもしれない。慌てることはない。落ち着こう。他の可能性をすべて排除してしまってはいけない。合理的に考えよう。

そもそも侍は何故モーレンジだと思ったのか?
一口飲んだ瞬間にイメージは像を結びモーレンジだという答えを導き出してしまったが、そこには何か必ず理由があるはずだ。
もう一度試す。そう、この香り、硫黄のような、鉄のような、もっとネガティブないい方をすれば赤サビのような。本来はクリアなシングル・モルトなはずのだ。クリアなシングル・モルトが熟成を重ね丸くなっている。角が取れてくるのだ。丸くなるだけでなく味わいも複雑になる。面取りをして炊いた大根のような。そう、しかし炊き込んでも煮崩れないうまさ。複雑な要素のひとつとしての鉄。本来クリアだが熟成をしてしっとり。微かではあるが、オフィシャルの18年にもこの要素は現れる(モルト・ファイルのグレンモーレンジ18年を読んでくれ)。甘味は強くない。そう、だからクリアでもある。甘味が強ければこの鉄のように感じさせる成分と混ざり合ってオレンジのように感じさせることだろう。そう、オレンジ。モーレンジに時々感じるオレンジ。程よい苦味もある。塩味は少ない。辛くはない。度数も低い。切れ上がりの良いシングル・モルトではない。確かにモーレンジの特徴だ。

いや待て。侍は既にモーレンジであることを前提にしてその特徴を説明してないか?

落ち着こう。他の切り口を考えるのだ。度数は低い。加水タイプ。オフィシャルもの?やっぱりモーレンジ?いや、そうじゃなくて、他の可能性を探るのだ。メモを取ろう。
一番上にモレンジと書いた。いいか、落ち着いて良く聞け。お前はかなりの確度でモレンジが正解であると思っている。けれどモーレンジではない可能性も排除できない。これがモーレンジじゃないとしたら何だ?そう、そう思って検討しよう。

アイラではない。ピーティでもないし、ダシっぽくもない。
アイランズではない。ミネラルが足りない。
キャンベルタウンではない。塩味が足りな過ぎる。
ローランドではない。儚く消えていかないから。
スペイサイドではない。多分。
多分って何だよ。侍。
どうやらどうしても、ハイランド・モルトにしたいらしい。やれやれである。

分かった。それではハイランド・モルトであるとしたら、何だ?モーレンジ以外で。
グレンユーリーロイヤルなんてどうだ?
いやいやあいつはもうちょっと固い感じがしないか?熟成すると凝縮感が出て来る。
ノックデュなんてどうだ?
いやいやあいつはもうちょっと麦っぽい。
ダルウィニーなんてどうだ?
いやいやあいつはもうちょっとざらざらしている。

スペイサイドであるとしたら、何だ?
ダラスデュなんてどうだ?
あいつは甘過ぎる。
ミルトンダフなんてどうだ?
あいつの酸味はもっと華やかだ。
グレンリベットは?
うんざりだ。
マッカランは?
もうやめてくれ。

一回はずしてもまだ答えるチャンスはある。直観を信じよう。
メモに書いたモレンジに大きく丸をして刺客に渡した。

「正解」


刺客よ。口惜しいだろうが、今回は侍の完全勝利。
ピコリン星人のおかげではない。
勝負の後、もうお前には慰められない。

侍最強伝説、ここに始まる。


今日の記事にも出てきたが池袋蒔田寿司がオープンした。
ブクログに記事を書いたので読んで頂きたい。



侍の勝利を讃えて下さる方はこちらをクリック。

語るシングル・モルト

シングル・モルトに限らず、口にするものを言葉で表すことは難しい。手にするものは飽きることなく触ることができるし、眺めていても消えてなくなりはしない。口にするものは口に放り込んだ途端消えてなくなる。その瞬間視界から消え失せ、その味わいは少しづつ薄まり、飲み下せば先ほどまで確実にカタチとしてあった記憶は崩れて落ちてゆく。それがシングル・モルトであるならば、胃に落ちてほんの少しばかりの熱を持たせることは可能だが、それは長く続くことはない。

無常なるもの、消えてなくなるものに快楽を見付けてしまうのは人の性なのであろうか。人は栄養を取るために酒を飲まない。故に酒は嗜好品であり続ける。うまい食べ物は人にとって無駄なものであろうか。人は栄養のバランスだけを考えて食べるべきだろうか。身体に良いだけの食事はどこか素っ気ない。
性悪な「人の口」は性懲りもなくうまいものを欲しがる。

ぼちぼち話を戻した方がいいだろう。昨日の続きのはずである。
嗜好品を口にするというのは官能的なことなのである。人の官能に関わることを言葉で表現しようとするのは非常に難しい。ルールはないし、モノサシもない。ルールというほどのことはないが、よく使われる言い回し、慣用句という程度のものならある。モノサシと呼んで良いのか分からないが、指標のようなものならある。けれどもそれらを知らなければシングル・モルトを楽しむことは不可能なのだろうか。そんなことはないはずだ。

シングル・モルトに限らず、口にするものを言葉で表そうとした時、人は自らの経験、体験、記憶、つまりその人の思い出を手繰り寄せようとする。この人はこの酒をどう語るのであろう。僕が仕事の中で一番にドキドキする瞬間だ。
「ピーティで、ヨーディーで、スモーキー。切れ上がりの良さは感じるが、少々違和感がある」。
なんて言うよりも、
「何だかこのお酒、歯医者さんの匂いがしますね」。
そんな言い方の方がイメージとして相手に伝わりやすい。思い出を手繰り寄せ思いのままに言葉にする。それで良いのではないだろうか。あなたの語り口が普遍的である必要はあるだろうか。

さて、昨日の鶴さんのセリフ、「このモルトはアブラ臭い」である。
自分の好き嫌いをある程度把握している。大幅にぶれることのない味覚を持っている。思ったことを素直に言う。この人はそういう人だ。この人はこのシングル・モルトを「アブラ臭い」という。僕はこのシングル・モルトを「アブラ臭い」とは言わない。だけどこの人が思っていることと僕が思っていることに大差はないはずなのだ。要は言い方が違うだけのことなのである。同じものを指して違う言い方をしているだけのはずなのだ。

「アブラ臭い」という言い方はシングル・モルトを説明する時の慣用句ではない。「アブラ臭い」として書籍などに紹介されたシングル・モルトを恐らく僕は知らないはずだ。では、「アブラ臭い」とはそもそもどんなことなのか。

アブラと聞いてまず僕が思ったのはオイリー。ねっとりとした食感。油脂。バター。クリーム。いづれにしても食用のアブラであった。臭いと言うからにはネガティブなイメージが湧いたのかもしれない。使い古しの油で揚げたとんかつを思い出したのだろうか。
「このモルトはアブラ臭い」。そう言われた時僕はそんなことを考えていた。
しばらく考えてひらめきが降りて来た。

「アブラ臭いのアブラと言うのは、もっと揮発性の高いもののこと、例えばガソリンとか灯油とかセメダインとか、そんなもののことを指してます?」
「そうそう、それ」

なるほど、納得である。この人の中では「アブラ」とはガソリンや灯油のことを指すのである。そうそう、そういえば昔は「アブラ下さい」、そう言って灯油を買う老人が随分といたような気がする。

先日村田さんにもブラインド・テイスティングをやってもらったら、彼はこの同じシングル・モルトを「ゴムの匂いがする」という。これも同様のことを指している。ガソリン、ゴム、セメダイン等、いづれにしても有機溶剤を連想させる香りでもある。

表現の仕方にルールはない。思ったことを言葉にすれば良い。分からなければ説明を求めれば良い。やがて理解は訪れる。

ブラインド・テイスティングの4種類のシングル・モルト。銘柄を当てられるか否かは別にして、この4種類が同じ味に感じる人はいない。絶対にいない。それぞれにキャラクターが違うことに気づいてしまう。
シングル・モルトを飲んで何も感じないはずはない。飲めば何かを思い出すはずだ。
この味は、この香りは何かに似てる。あなたはそれを思い出すはずだ。

鶴さんはそれを「アブラ」だという。村田さんは同じものを「ゴム」だという。「これはゴムだ」、「いや、アブラに違いない」。そう言い争うのは愚かだ。同じものを指して違う言い方をしている可能性について検討すべきだ。同じものを違う視点で見ているのだから。

同じものを違う立場で楽しんでいるだけなのだ。
立場の違いを尊重して、同じ楽しみを共有できないだろうか。
他人と何かを共感できることは、快楽に繋がらないだろうか。

僕はあなたの言葉が聴きたい。

お知らせ

本来なら昨日の続きを書かねばならないところなのだが、どうやら原稿をなくしてしまったようだ。どこを探してもファイルが見つからない。また明日書き直すしかない。情けないやら申し訳ないやら。

今年一杯は平日は必ず記事を書くというのを目標にしているので、穴を空けたくはない。仕方がないので都合により本日は皆様にお知らせ。

ひとつ目。
ブラインド・テイスティングは完売しました。

ふたつ目。
明日、水曜日、刺客がジェイズ・バーに参ります。
「例のもの、お持ちいたします」。
と、そんなことをぬかしておった。
受けて立とう。いざ、勝負。

明日、水曜日、ジェイズ・バーにお集まり下さい。

刺客の顔を見たら「おめでとう」のひとことを、よろしく。

44歳シングル・モルトを語る。

ブラインドB
さて、順調にその残数を減らしているブラインド・テイスティングである。ご希望の方は早めにご来店頂きたい。
実はこのブラインド・テイスティングの後にお客さんに感想を聴くことを、僕は何よりの楽しみにしている。ブラインド・テイスティングの一番の良いところは「先入観のなさ」である。
銘柄を知らずに4種類のシングル・モルトを飲む。それぞれ違うキャラクターのシングル・モルト。おのずと好き嫌いは生まれてくる。銘柄を指定してオーダーをするという、普段誰でもバーで繰り返していることとは違うのだ。先入観の持ちようがない。
例えば、
マッカランの12年をオーダーする。
マッカランの12年が出て来る。
「あぁ、やっぱりマッカランの12年はおいしいね」。

もちろんそれは素敵なことなのであるが、10年前にマッカランの12年が好きだった僕は、今でもマッカランの12年が好きなのだろうか。僕の好き嫌いは変わっている可能性がある。また、10年前のマッカランの12年は今のマッカランの12年と違う味であるかもしれない。マッカランの12年とラベルの貼ってある酒をオーダーし、飲みながら好きではないかもしれないと思ったとしても、「あぁ、やっぱりマッカランの12年はおいしいね」、と僕は言ってしまうかもしれない。

物凄く高価なシングル・モルトをオーダーしたら、「あぁ、やっぱり高い酒はおいしいね」、と言いたくなってしまう。長期熟成のシングル・モルトをオーダーしたら、「あぁ、やっぱり長期熟成の酒はおいしいね」、と言いたくなってしまう。人間が生き物である以上それは人情というものだろう。自分が選んだものを、ましてやそれが稀有なものであればなおさら、人は後悔の対象としたくない。自らの口から出てくる感想を人は捻じ曲げてしまう。僕はそれを愚かだとは言えない。

「マッカランの12年のボトルに安いウォッカでも入れといてくれ。それだけでその酒をうまく飲めるから」。
同様にその気持ちも僕は理解できる。それがブランドの力というものだろう。もちろんそのような行為で不当な利益を上げることは許せない。けれどもしかしたら僕だってマッカランが特別に好きな訳ではないのかもしれない。だけど僕の中にあるマッカランにまつわるたくさんの思い出を僕は大切にしている。マッカランのブランドは少なからず僕に安心と懐かしさを与えてくれる。マッカランというラベルの貼ってある酒を飲むことに意義があるのかもしれない。
相手は酒なのだ。そんな飲み方もあって悪いはずはない。少なくとも僕はそれを悪く思わない。
だけど、だからこそ、酒を売ることを生業としている僕らはお客さんを裏切ってはならない。

話を戻そう。今日はそんなことを言いたいのではなかった。
ブラインド・テイスティングの4種類のシングル・モルト。銘柄が何であるかどうあれ、僕の中でそれぞれのキャラクターの違いはしっかりと浮き立ってきている。そうなるとやはり気になるのが、誰が何を好きになったか?である。お客さんと話をしていると、それぞれの嗜好にも個性がある。僕がお客さんに提供したいのは「その人に合うシングル・モルト」である。

好き嫌いは別にして、人を饒舌にさせる酒というのはある。今回のブラインド・テイスティングの場合、それは「B」である。見た目から明らかにシェリー・カスクと思われる。そこそこ熟成を重ねたシングル・モルトであろう。先日も記事を書いたが、実はそれほど甘くないタイプ。ポイントは辛味。バランスを壊すほど苦味と酸味が強いという訳ではないが、この辛味と苦味は非常にインパクトがある。ゆっくりと甘味を増していくのだが、ずっしりと飲み応えを感じる。もしも長期熟成で高価なシングル・モルトであったとしても、飲み手を選ぶ酒である。嫌いな人は嫌いだろう。
僕にとって非常にありがたいことに、先入観がないだけに試した人は好き勝手なことを言ってくれる。素直な感想が聴けるのだ。4種類で¥1,200、1種類で¥300、気軽にものが言える。

先週末、鶴さんにも試して頂いた。解答用紙を埋めて貰っていろいろと感想を聴かせてもらった。
「このモルトはアブラ臭い」。
ブラインド・テイスティング「B」を飲んだ彼の素直な感想である。僕はほんの少しの時間、首をひねることになる。「アブラ臭い」、である。
予め申し上げておくが、僕の中には「自分の感想こそ正解である」などという思いはひとつもない。シングル・モルトを前に僕は僕の思ったことを僕の言葉で伝えようとするだけだ。もうひとつ申し上げておく、本日のタイトル「44歳シングル・モルトを語る」に反して、実は鶴さんとはシングル・モルトの話はあまりしない。邪魔になることが多いから。「楽しく飲めればいいんだよ」、この人のその当たり前の素朴な感覚が僕は好きだ。シングル・モルトについて語るのは素直な感想が出てきた時と、酒に関わる思い出を語る時だけである。シングル・モルトの薀蓄を語ることはこの人をあまり楽しませない。むしろ僕がシングル・モルト好きなのを知ってシングル・モルトをオーダーしてくれるのだとしたら、感謝をするばかりだ。「シングル・モルトが好きな人の店なのだから、その懐で楽しませてもらいましょうか」、そんな気分なのかもしれない。
だけどもちろんうまい酒には素直に反応する。そのくらいには当たり前に大人だ。楽しいことが好きな大人はうまい酒が好きだ。さらにこの人が立派なのは、「えぇー!?安い方がいいなぁ」。キッチリと言えるところでもある。確かに、安さは快楽である。

さて、続きは明日。

一筆啓上、ボトルの裏側(6)

pcl3種、表pcl3種、裏








今日は軽く昨日の続き。繰り返しになるが刺客の寄せてくれたコメントから。
*************************
侍様が言ったとおりで凸はラベルを貼る際に必要な物です。どちらに表ラベルを貼りどちらが裏か製造ラインであの凸が必要になってくるみたいです。
*************************

僕の思うところはこうである。
現在ほとんどのボトルは表裏両面にラベルを貼る仕様になっている。多くのボトルは円筒形、ボトルの向きがずれて正面と裏面のラベルが重なって貼られることは許されない。昨日のラガヴァリンのようにボトル自体に浮き文字の加工がしてあるボトルであればなおさら。凸部によりボトルの向きを揃える。凸部をセンターにしてその真反対側に正面のラベルを貼る。凸部のある側のセンターに裏面のラベルを貼る。そうすればボトルにラベルは綺麗に貼れる。

ウィスキーの瓶詰工場がスコットランドを中心に彼の地にどれくらいあるのか僕は知らない。ウィスキーのボトルの形がいったい何種類になるのかさえも、僕は詳しいことを知らない。ウィスキーのボトルの形の数だけ瓶詰の設備の種類がある訳ではないだろう。ひとつの瓶詰工場で何種類かのボトルの形に対応できるようになっている、ということもあるだろう。しかし手掛かりはボトルの裏側の中央の凸であったり凹である。
グレンロセスの切り欠き(凹)とグレンモーレンジなどにあるような凸部。ボトルの向きを揃えるために存在するこれらのものは実はこの2種類だけではない。
来週からはそんな方向に話を進めて行きたい。



人気ブログランキングに参加しています。
気に入って頂けたら1日1回クリックを。
励みになります。
ツイッター
Counter
UL5キャッシング
QRコード
QRコード
Archives
  • ライブドアブログ