モルト侍

池袋のショット・バー、ジェイズバーのバーテンダーが、大好きなシングル・モルトを斬る。

2007年10月

秩父より、嬉しい報せ 番外編

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本日は懲りずに番外編である。イチローさんの近況と新たな蒸留所の様子を尋ねたいと思い、何度かメールをやり取りしているうちに少々面白い話を聴いたので、そちらも皆様にお伝えしたい。侍にも少しばかり嬉しい話だ。

スウェーデンのイチローズモルト先月、スウェーデンで行われたビア&ウィスキー・フェスティバルに招かれたイチローさん。開催期間6日、来場者6万人というあちらでは大きなイベントらしい。かなりタイトなスケジュールの強行日程だった様子。到着日のホテルのチェックインが真夜中。翌々日の朝5時にはホテルをチェックアウトして日本に戻ってきたというのだから。現地滞在2日間の強行軍だ。

ほとんど寝る間もないまま、翌日は朝からブレックファスト・ミーティング。その席上その夜に急遽セミナーをやってくれと言われたそうだ。先方が用意してくれた通訳が優秀であったのと、たまたま持参したUSBに建設中の蒸留所の写真があったので、何とかその場を切り抜けたらしい。まぁ、イチローさんの話を聴きたいという方が多いのはありがたいことである。どこでも人気のイチローズ・モルト。いいじゃないか。

スウェーデンのロビンそもそも、スウェーデンには現地の代理店の招きで訪れたイチローさんだが、イベント会場のイチローさんのブースの向かいにはあのロビン(今年の様子はこちら)のブースが。ブラッカダー社のロビン・トゥチェック氏である。イチローさんとロビンも久し振りの再会のようで、当然話は弾む。

まぁ、相変わらずのロビンだったのだろう。「お前のところの樽を分けろ」とイチローさんを口説くロビンである。そんな話を上手にやり過ごしたイチローさんだったようだ。さすがは口説かれ上手。その際、モルト・ウィスキー・ファイルの最新刊にサインをしてもらったそうだ。そして嬉しいことに、その席で侍の話になったというのだ。

スウェーデンのイベント会場で久し振りの再会を果たしたイチローさんとロビンが、このモルト侍の話をしてくれるなんて嬉じゃないか。きっとまたロビンは「あの侍はクレイジーだ」なんて言ってるんだろうけど。来年もまた行きたいと言ってくれたそうだ。

さて、この番外編。明日も続く。
驚愕の新事実発覚!である。例の件でね。
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リーズナブルである。

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リーズナブルとは妥当であることを指す。価格的に手頃だという意味であることを認めるが、リーズナブルとは決して安いことを指すのではない。1杯¥500が妥当なウィスキーもあるし、1杯¥10,000が妥当なウィスキーもあるのだろう。ちなみに、ジェイズ・バーには¥10,000のウィスキーはない。

カリラ EM 10Yニュー・リリースのご紹介である。まずは、エクスクルーシブ・モルツのカリラ。
1995年蒸留。2005年瓶詰。10年熟成。
58.3%
瓶詰総数、238本。
1杯、¥1,200である。


スプリングバンク 10Y シェリーこちらはオフィシャルのスプリングバンク。
1997年蒸留。2007年瓶詰。10年熟成。
55.2%
シェリー・カスク。
1杯、¥1,400である。

さて、あなたの頭の中にカリラのイメージはあるだろうか?もしも、あるなら、それはピーティで痛いものだろうか?ならば、そこから痛さを少し差し引いて欲しい。そして、そこにダシっぽさを足して欲しい。それが、この¥1,200のカリラである。

さて、あなたの頭の中にオフィシャルの10年のスプリングバンクのイメージはあるだろうか?ならば、そのトップ・ノートに塩気を多めに足して欲しい。その味わいにシェリー由来のフルーティさを足して欲しい。結果として少し暖かい。それが、この¥1,400のスプリングバンクである。

ともに妥当であると、この侍は判断した。あなたの予測を裏切ることはないと思うが、期待以上にびっくりするほどおいしいというほどのことはない。予定調和をなぞるような快楽というものはあるのだ。いいじゃないか。そのエンディングまで予定通り。悪くない。いや、素晴らしいのだ。しみじみと。疲れるほど愉しいというのも、今日はちょっと遠慮したい。
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スプリングバンク キャップ

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秩父より、嬉しい報せ(2)

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先週、イチローさんからメールをいただいたことは皆様にもお伝えした。新しい蒸留所の最新の写真を送っていただいた。そちらも皆様にご覧いただいた通り。

そもそも、先日リリースした4種類のイチローズ・モルト・カード・シリーズを紹介したのをきっかけに、イチローさんの新しい蒸留所のことでも書かせてもらおうかとメールを送ったのだ。蒸留所の最新情報など、僕にとっても気になることがたくさんあるし、皆様にもお伝えしたいと考えた。まぁ、前回はちょっと筆が滑った侍だが、イチローズ・モルトを良くご存知ない方には少しばかりそれを知ってもらったと思うし、イチローさんご本人も喜んでいただいた様子。

写真なんかより最新情報をという方のために、本日はイチローさんのメールから皆様にお伝えしても怒られないようなことを公開させてもらおうと思う。

秩父模型まず、外観はほぼ完成に近付いた様子。先週末に建築確認検査と消防の検査が無事に終了したようだ。なかなか建築確認が下りずヤキモキしていたが、今年7月に遅れながらも着工。それを思えば思ったよりも急ピッチで作業は捗ったのだろう。蒸留所の図面が上がって模型ができた(写真)と喜んでいらしたのが去年の暮れなのだから。


秩父ポット・スティルポット・スティルが入ったのが今年の9月。当初は今年の春に着工と聞いていたのだから、随分と遅れたが「やっとだな」と思う。現在の秩父は内装を塗装を終わらせ、設備の仮組み立てを行い、配管を作成しているようだ。11月の下旬には設備は完成するとの予定。つい先日は追加のスピリッツ・セイフが届いたとのこと。

すべてが整った後、税務署の検査を受け、許可が下り次第やっと製造開始。それを思うと、年内に作業が始まるのだろうか?もしも、間に合ったとしても、2007ヴィンテージのイチローズ・モルトは非常に希少になるはずだ。

「今は、毎日新たな課題が出てきます」。とおっしゃるイチローさんだ。大まかなイメージは持っていたプラン通りだろうが、建設作業もここまで来ればディティールを詰める段階だろう。時間に追われる毎日と思う。何とか帳尻を合わせ間に合わせて欲しい。焦ることなく。のんびりもしていられないだろうが。

イチローさん。
終わりは始まりだよ。
ちゃんと終わらせ、ちゃんと始めて下さい。
しっかりと終わらせれば、しっかり始まるはずです。
侍はあなたを信じよう。

さて、最後はイチローさんのこんなひと言で締め括ろう。
「そして、とにかく早く作り始めたい。そして、落ち着いたら侍の店でゆっくり飲みたいものです」。

侍のこちらもよろしく。人気ブログランキング→4位定着?


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秩父より、嬉しい報せ。

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秩父蒸留所1昨日、イチローさんよりメールをいただいた。なので、本日は予定を変更してイチローさんの話を。
写真も添付していただいて、冒頭の写真はその一枚。実はなかなか返信がなかったので、きっとお忙しいのだろうと思っていたが、福島の笹の川酒造で作業を行っていたとのこと。また何やら怪しいことをして来たのかもしれない。

写真はもちろん秩父に建設中のイチローさんの新たな蒸留所である。
何だろう、やはりこんな写真を見ると感慨深くあり、しかし、ニンマリとしてしまう。この場所でこれらの建物の前に立ち、イチローさんは何を思うのだろう。

イチローD−H C−4現在世に出ているすべてのイチローズ・モルトは、埼玉県の羽生市にあった羽生蒸留所のシングル・モルトである。その蒸留所は2004年に閉鎖されている。その年に蒸留所としての命を絶たれた訳だ。羽生蒸留所は何故、潰れたのだろう。失礼を承知で言わせていただくなら、イチローさんの作ったウィスキーが売れなかったからである。

ウィスキーを工業製品として考えるなら非常に特殊だ。「熟成」の期間をその製造工程の一部と考えるならば、ウィスキーは作り始めてから出来上がるまでにとても長い期間を必要とする製品なのである。短くても4,5年、長ければ30年を超えるほどに先のことを考えて作業にかからなければならない。

イチロー S−3 D−6確かに、30年後のことは誰にも分からないだろう。だから、正確に予測は立てられない。30年後には売れないウィスキーになっている可能性すらあるのだ。だけど、現在も30年を越える熟成期間を持つシングル・モルトは存在するのだ。だとすれば、少なくとも、30年前に「このウィスキーは必ず製品として出荷される」と信じてウィスキーを作った人がいたのだということに間違いはない。だけど、信じれば必ず救われるというものではない。だから、ビジネスという視点でウィスキーを捉えた時、それは非常にリスキーなものになるのだろう。

イチローさんはかつての羽生蒸留所の責任者であった。失礼ながら言わせていただこう。イチローさんは潰れた蒸留所の責任者であった。もちろん、信じて作ったのだろう。だけど、信じれば必ず救われるというものではない。羽生蒸留所は2004年に閉鎖されている。それが現実であった。

作ったウィスキーが売れなくなった時、蒸留所は潰れる。つまり、蒸留所は大量の不良在庫を抱えて閉鎖されるのだ。しかし、皆様には考えていただきたい。その不良在庫は製品の品質が「不良」なのではない。売れないという意味において「不良」なのだ。ウィスキーの熟成庫は単なる在庫置き場としての倉庫ではない。熟成という工程を担うために必要な場所である。

イチローという男は言ったのだ。言い切った。
「ウィスキーは私の子供である」と。
ウィスキーの父、イチローである。

お父さんは仕事で失敗して家を失うことになった。子供たちは捨てられそうになった。お父さんは子供を捨てられない。だけど、子供を育てる家を失った。家を失い育てようがなかった。お父さんは天を仰いだだろうか?途方に暮れただろうか?逃げ出したかっただろうか?やはり、身軽になりたかったであろうか?でも、お父さんは諦めなかった。

子供たちを福島の親戚の家に預けた。そして、ひとりで東京で働いた。子供たちには時々会いに行った。お金を貯めて、また家を買いたいと思った。子供たちは親戚の家で育ってくれた。何人かの子供は成人して親戚の家を出た。自分の家から送り出すことができなかったことを少し寂しく思ったかもしれない。でも、優秀で立派な子供たちだ。それは、この侍も知っている。世間でも評判の子供たちだ。


イチローの子供たち。良く聴きなさい。
お前たちのお父さんは新しい家を買ったぞ!
大きくて立派な家だ。
お父さんは諦めず、やり遂げたのだ。

もしかしたら、お前たちは捨てられたかもしれない。
でも、お前たちのお父さんは諦めなかった。
お前たちを捨てなかった。
そして、遂に新しい家を買ったのだ。

確かに、お前たちも寂しかったかもしれない。
だけど、お父さんのことを悪く言わないで欲しい。
お前たちのお父さんは必死だったぞ。
きっと、とても不安だったと思う。
でも、お前たちのお父さんは諦めなかった。

イチローの子供たち。良く聴きなさい。
お前たちのお父さんはとても立派だ。
そのことはこのオジサンが良く知っている。
お前たちは自分のお父さんを誇らしく思いなさい。
お前たちのお父さんは子供たちを誇りに思っている。
世間でも評判の「自慢の子供たち」だと思っている。

イチローの子供たち。オジサンの家に遊びに来なさい。
お父さんの話をしてあげよう。
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秩父蒸留所2

ウィスキー・ラベル考(8)

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嗜好品は人が愉しむために存在するものであるからこそ、その「顔」が重要なのである。顔が愉しくなければその愉しみも半減である。だったらその顔も愉しい方が良い。顔が重要であるのは、それが嗜好品であるからこそである。どの道、中身が駄目なら嗜好品として成り立たないのだ。「中身が大事」を前提として、「見た目でも勝負」せよ!と言わせていただきたい。

CDの「ジャケ買い」、大いに結構じゃないか。残念な結果に終わる可能性を考えるなら、それなりにリスキーな行為であるが、その冒険はあなたに新たな愉しみをもたらしてくれるかもしれない。リスクにチャレンジしなければ発展はない。サッカーも一緒だ。

ことウィスキーに関して言わせていただくなら、その「面構え」は大切である。かく言う侍もウィスキーの「ジャケ買い」をする。それは、主に独立瓶詰業者(いわゆるボトラーズもの)のシングル・モルトに対してである。

シングル・モルトは非常に個性の豊かなウィスキーだ。地域により、蒸留所により、その個性は様々だ。その豊かな個性こそがシングル・モルトの愉しみのひとつであることは間違いがない。常々申し上げているが、シングル・モルトの個性の最小単位は樽である。同じ地域ならすべて同じ味わいを持つ訳ではない。同じ蒸留所であってもすべて同じ味わいを持つ訳ではない。同じ蒸留所の同じ年の蒸留のシングル・モルトであっても、すべて同じ味わいを持つ訳ではない。同じ蒸留所であっても、樽が違うだけでその味わいは大きく違うことがある。

だから、シングル・モルトの個性の最小単位は樽なのである。

シングル・モルトというのはその品質の標準化を図り難い製品だ。ペットボトルのウーロン茶とかコーラとかと同様にはならない。職人がロクロを回して作る茶碗のようなものだと思ってもらって構わない。同じものを作れと言われるなら、かなりの精度で同様のものを作れるが、寸分違わず同じものを作ることは不可能に近い。

瓶詰された状態で、ある程度標準化された品質のものを愉しみたいと思うなら、オフィシャルのスタンダード品を選ぶのが良いだろう。それらは通常「シングル・カスク」の商品ではないので、樽の個性が前面に出過ぎるということはない。複数の樽を選び、それらを合わせることで製品が成り立っているので、そのロットの中での品質はある程度標準化されていると言えるだろう。それは、言い方を変えるなら、蒸留所が申し出る「ウチの蒸留所の平均的な味わいはこんなウィスキーです」。我々はそう受け止めることが可能であると思う。

そのようなオフィシャルのスタンダード品に比べると、独立瓶詰業者のシングル・モルトは恐ろしいほどにその味わいの違うものがある。「同じ蒸留所なのに!」である。そのことを指して、「メチャクチャで脈絡がない!」とお怒りになるか、「悩ましいが愉しい」と面白がることができるかはあなた次第だ。ちなみに、面白がることができた方がシングル・モルトは愉しい。愉しいことは請け合いだが、「ハッキリしてくれアラン蒸留所!」と時々叫んだりする侍である。

唐突だぞ侍。落ち着け。
アイル・オブ・アランには少し未来が見えてきたかもしれない。「人気ブログランキング」


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ウィスキー・ラベル考(7)

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2代目DCリンクウッド音楽CDにしたってウィスキーにしたって、そりゃ「中身が大事」なことには変わりはない。だけど、その「顔」などはどうでも良いものであると言われるなら、ひと言反論を申し上げたい。

嗜好品という言葉が本来飲食物に対して使われるものだと言うことは重々承知であるが、ある特定のものを好み、それに親しむことを「嗜好」というのであれば、音楽も含め「人が愉しむためにあるもの」を嗜好品と呼ばせてもらっても良かろう。

人が愉しむために存在するものであるから、それがなくなったとしても、そのことで人は死なない。そのような意味で、この世からたとえ音楽がなくなり、ウィスキーがなくなっても人は死なない。もしもこの世から音楽とウィスキーがなくなったなら、僕は非常に悲しいだろうし、途方に暮れるだろうが、(もちろんウィスキーがなければ、僕は仕事が成り立たないので結果として路頭に迷うのであるが)、それでも、そのことが直接の原因で死ぬことはないのだ。

「No Music, No Life.」は昨日引き合いに出したタワーレコードの社是である。音楽のない人生なんて考えられないという意味において、僕はその言葉に賛同するが、それは「本当のこと」を指している訳ではないということは明らかだ。それは、ウィスキーも同様である。

さて、その顔がなおさら重要なのはそれが嗜好品だからである。これがなくては生きては行けぬという意味において、「お米」の包装パッケージは簡素で良いのである。中身が上質であれば良いのだ。さらに低価格であれば売れる。人が生きていくために重要なものであるほど、その「顔」は実はあまり重要ではない。

嗜好品は人が愉しむために存在するものであるからこそ、その「顔」が重要なのである。顔が愉しくなければその愉しみも半減である。だったらその顔も愉しい方が良い。顔が重要であるのは、それが嗜好品であるからこそである。どの道、中身が駄目なら嗜好品として成り立たないのだ。

さて、音楽に比べたらウィスキーは恵まれているかもしれない。「中身が大事」で「見た目も重要」。そこまでは一緒だ。だけど、ウィスキーはデータで配信することができない。幸運なことにボトルという容器がなければ僕らの手元に流通して来ないのだ。メーカー側がどんなにコスト削減に努めても、中身だけを顧客に提供することはできない。

スコットランドからウィスキー専用のパイプラインを引くことは現実的だろうか?だとしてあなたは、そのパイプラインの出口(蛇口?)に口を付けてウィスキーを飲むだろうか?そんなことはあり得ない。幸運なことに時代がどんなに変わっても、ウィスキーのボトルはなくならない。

空き瓶はリサイクル。「人気ブログランキング」


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ウィスキー・ラベル考(6)

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初代DCハイランド・パーク(筋から言えば、こちらの続き。でも本当はこちらの続き。)
世はまさに、コンテンツ・ビジネスの時代だろうか?「中身が大事」、と言われれば、そりゃ反論はしないけれど。「中身が大事」、いや「見た目で勝負」。永遠の命題だろうか?

インターネットを通じて音楽をダウンロードし、楽曲を愉しむような時代は既に到来している。その流れは今後も加速していくことだろう。「中身が大事」なのだ。だけど、CDのジャケットはゴミだろうか?それを「要らないもの」と言われるなら、ちょっぴり悲しい気持ちになるのは何故だろう。

レコードがCDに切り替わる時代を僕は経験している。その優れた利便性に、僕は新たな時代の幕開けを歓迎したクチではあった。すぐさま切り替えた訳ではないが、LPレコードに対する大きなノスタルジアを抱えていたとは言えない。ただ、そんな話をしていると、ひとつ思い出すことがある。あの不思議な気分を僕は今でもうまく説明することができない。

「大型レコード店」という言い方はもう死語なのだろうか?普段店でお客さんの話を聴いていても「CDショップ」と言う人ですら既に少数派になりつつあるようだ。今の時代のそれは「アマゾン」に取って代わられている。

「大型レコード店」がまだ本当にLPレコードを売っていた時代。僕は毎月サラリーを受け取る仕事をしていて、給料日の次の週末は「大型レコード店」に通うことを愉しみとしていた。タワーレコード、ウェイブ、シスコ、僕が足繁く通ったのは池袋や渋谷のそんな店だった。僕はレコードがCDに切り替わる時代をそんな場所で過ごした。

「大型レコード店」はある日突然、一夜にしてレコードからCDに変わった訳ではない。時代の先端という風に紹介されたCDは特設の目立つ棚に飾られたが、当初そのスペースは非常に限られたものだった。しかし、ゆっくりとCDはその版図を広げ、結果としてレコードとその立場を逆転する。僕はその様子を月に一度は眺めることになった。

ある年の暑い夏の盛りのことだったと思う。その頃のタワーレコードは池袋駅から少し離れた明治通り沿いにあった。僕は駅からその道を歩いた。たどり着いたタワーレコードの入口の自動ドアから店内に入った。不思議な気分になった。ある種の不安と言ってもいいかもしれない。何か違和感を持った。「いつもと違う」。しかし、そう感じながら、何が違うのかその正体をしばらく見つけることができなかった。

呆然と佇んだ僕であったが、程なくその正体を理解する。僕が抱いた違和の根源は「匂い」だ。久し振りに訪れたその「大型レコード店」は、その品揃えからすれば「CDショップ」と言って良いほどに変わっており、結果として店内には「紙の匂い」がなくなっていたのであった。LPレコードは紙のジャケットでできている。

インターネット配信が当たり前の時代になったら、音楽CDのジャケットはどうなるのだろう。それらを指して「アルバム」という言い方をすることはかろうじて可能であろうが、1枚もプレスしないような「アルバム」を音楽CDとは呼べないだろう。まして、そこには「ジャケット」など存在しない。匂いのない「アイコン」とは呼べるのだろうが。

コンテンツ・ビジネス重視の時代。エコロジー優位の昨今。「ジャケット」はゴミなのだろうか?
よろしくお願いします。「人気ブログランキング」


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3代目DCブラックラ

Ichiro’s Malt CARD QUEEN of DIAMONDS / FOUR of CLUBS

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イチローD−H C−4ボトルの写真を撮っていてつくづく思ったが、「こいつはなかなかあっさりした美人だ」。そう思った。入荷したのが先週の金曜日。土曜日に来たお客さんと「今回は何だか色気のないボトルだ」、などと話をしていたが前言撤回。よくよく見れば目立たないが美人だ。「気付くのが遅くてごめん」と、ひとりごちた。

「顔に惹かれた訳ではないんだよ」、などと言い訳をしてみる。そう、中身に触れるまでその容姿の美しさに気付かなかったのだ。その質素な佇まいに潔さすら感じる。シンプル。この薄化粧に、今じゃ迫力すら感じてしまう。

今回のイチローズ・モルト・カード・シリーズは4種類のリリース。ダイヤのクイーン、スペードのジャック、ハートの7、クラブの4。先週末ジェイズ・バーで仕入れたのは上記の2種。

イチローD−Qさて、こちらはダイヤのクイーン。凛とした美しさを持ったシングル・モルト。フレンチオーク コニャック・ウッド・フィニッシュ。1985年蒸留、2007年瓶詰、58%(実測値58.5%)。ボトリング総数は223本とのことだ。

芯のしっかりしたシングル・モルト。コニャック樽の影響だろうか?フルーティさを持ち合わせているのは確かだが、ちりちりした苦さが良いアクセントになっている。非常に複雑で最後まで変化に富んでいる。「赤いカード」のダイヤのクイーンであるが、そのワリには硬い印象。凛とした佇まいの美しい人。

イチロー D−4そして、こちらはクラブの4。足元のしっかりした美しさを持ったシングル・モルト。ラムウッド・フィニッシュ、1990年蒸留、2007年瓶詰、58%(実測値58.1%)。ボトリング総数266本とのことだ。

底のしっかりしたシングル・モルト。床の厚い廊下を歩いているような感触。ゆっくりとお菓子のように甘くカラメル。軽快ではなく滑らか。迫力はあるがしなやか。硬いのでなく分厚い。腕組みをして仁王立ちをした美しい人。

ダイヤのクイーン。¥3,200。
クラブの4。¥1,500。
今回は瓶詰総数が少ない様子。早々に売切れ必須。お早目に。

おかげ様で少し元気。「人気ブログランキング」

先週末の続きは明日(かな)。
イチロー D−Q C−4 足元







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ウィスキー・ラベル考(5)

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さて、本日も昨日に引き続きディスティラリー・コレクションのボトルをご紹介したい。一昨日は初代、昨日は2代目、本日は3代目となった現行のディスティラリー・コレクションである。今年の10月に2本の商品がリリースされている。ロイヤル・ブラックラとボウモア(商品名:ロッホ・インダール)の2本である。3代目にリニューアル後、初のリリースとなるので「結構気合が入っているだろうな」とは予測したのだが、非常にうまい。

今回のボウモアに何の罪もないし、もちろんまずい訳はないのだが、このロイヤル・ブラックラはうま過ぎる。ジェイズ・バーではその2本とも仕入れたが、あなたがもしジェイズ・バーに来たのなら、悪いことは言わない。ボウモアではなく、ロイヤル・ブラックラにしておきなさい。ボウモアならTWEのボウモアもある。もちろん、ボウモアには何の罪もない。しかし、このロイヤル・ブラックラはうま過ぎるぞ。是非とも、このロイヤル・ブラックラをお飲みなさい。これほどに濃厚なロイヤル・ブラックラには、そうそうお目にかかれるものではない。1杯2800円。高いと思うならハーフでも構わない。香りだけでも十分に愉しませてもらえる。

3代目DCブラックラロイヤル・ブラックラ
1986年蒸留
2007年瓶詰
36年熟成
56.5%



3代目DCボウモアロッホ・インダール(ボウモア)
1990年蒸留
2007年瓶詰
17年熟成
54.2%

とりあえず、この初回のリリースが「中身で勝負」であることは分かった。特にこのロイヤル・ブラックラの「中身」を侍は十分に評価している。この旨さは万人に通じるところがある。ある特定の層の人だけに受ける旨さではない。万人受けする旨さを持ったシングル・モルトである。しかし、この連載のタイトルは「ウィスキー・ラベル考」である。来週より、ボチボチ本題に入る。
少し元気になったが、元気を下さい。「人気ブログランキング」


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ウィスキー・ラベル考(4)

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さて、本日は先代のディスティラリー・コレクション(昨日の初代に続く2代目)をご紹介しよう。中身はさて置き、侍のあまり気に入らなかったデザインのラベルである。樽の鏡板風のデザインに蒸留所名が記されている。このラベルでリリースされたのは2005年の5月から。今年の10月にはご存知のようにデザインの変更があったので、その期間はそれほど長くはない。

あくまで個人的な感想の域を出ないが、このデザインのラベルのディスティラーズ・コレクションの中での最高傑作はこのリンクウッドだと思う。

2代目DCリンクウッドリンクウッド
1973年蒸留
Cask No.14076
49.7%




2代目DCロングモーンロングモーン
1975年蒸留
Cask No.3954
52.5%





今思えば、懐かしい。
元気を下さい。「人気ブログランキング」


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ウィスキー・ラベル考(3)

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どうやら昨日はデジカメのご機嫌がよろしかった様子。写真が撮れたので皆様にご覧いただきたい。今日は昨日までの話の中で「初代」とさせていただいた、つまり、先々代の蒸留所にちなんだ絵の描かれたラベルの、侍がお気に入りのボトルをご紹介したい。ちなみに中身はすべて空である。もちろん、いずれもディスティラーズ・コレクション。

初代DCハイランド・パークハイランド・パーク
1988年蒸留
2003年瓶詰
56.5%




初代DCジュラアイル・オブ・ジュラ
1987年蒸留
2002年瓶詰
57.3%




初代DCタリスカータリスカー(蒸留所名表記なし)
1979年蒸留
2000年瓶詰
58%




初代DCリベットグレンリベット
1970年蒸留
2003年瓶詰
57.2%




どれも皆、懐かしい。ボトルの顔として秀逸であった。
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ウィスキー・ラベル考(2)

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さて、本日も写真がない。デジカメは壊れたまま。
何だか今日はくたびれてクタクタの侍である。ここが踏ん張りどころとは思う。10月も半分終わった。11月、12月とあと2ヶ月で今年も終わるのだな。2008年は良い年にしよう。ん?来年の抱負を語るにはまだ早いか。まぁ、よろし。今日はこの原稿を早目に切り上げて酒でも飲んで寝るか。いただき物のビールとワインがある。そう言えば、今日うなぎをもらった。ワインでうなぎ。まぁいいか。

写真もないし、今日はあまり話を進めない。

昨日は2代目ディスティラーズ・コレクションが2005年5月からのリリースであったことをお伝えした。当時の資料を調べてみると、
「ブラインド・テイスティングによって、蒸留所名に左右されるのではなく、味で勝負している究極のモルト」がこのブランドのテーマであるとの記述がある。

確かに、特定の人気蒸留所というものは存在するのだろうし、蒸留所のイメージの囚われることなくブラインド・テイスティングでその良し悪しを見極め、「これぞ」と思われるものだけを瓶詰しようと言うその心意気は買いたい。まぁ、謳い文句に嘘がなければ。

で、例によって侍は刺客にイヂワルな問いを投げ掛けるのであった。思えば2代目のディスティラーズ・コレクションがリリースされた当時、もう2年半近くも前のことなのだ。
「つーかさ、ホントにブラインド・テイスティングとかしてんの?」。
「やってます!」。キッパリと答えた刺客であった。
少々恐れ入った侍であった。しかし、そんなことで怯んではいられぬ。
「でもさ、ホントに蒸留所の名に左右されることはないの?」。
「そう言われると若干つらいところもありますが、旨いと思ったものは僕が絶対に会議で推します」。
「ふーん。でも、会議で推したってリリースされるかどうかは分かんないでしょ?」。
「いや、絶対に出します。多分」。
どっちだよ?

そんなやり取りがあったのは、2005年の5月より前のことだったと思う。ディスティラーズ・コレクションのラベルのデザインが変更されることが決まって、まだ、変更後のファースト・リリースが何になるか決まっていないようなそんな時のことだったと思う。本音でもあり、少々弱音を吐いた刺客にウィスキー売りの良心を見た気がした。彼らには彼らのビジネスがある。売りたいウィスキーは必ずしも売れるウィスキーとは言えないだろう。だけど、彼らも恥ずかしい仕事はしたくはない。

さて、僕は少々気になっていた。2代目ディスティラーズ・コレクションのファースト・リリースが、どこの蒸留所のものになるのか?

結果として、彼らは2代目ディスティラーズ・コレクションのファースト・リリースを「キャパドニック」にしたのであった。ご存知だろうか?このマイナーなスペイサイド・モルトを。売り易い蒸留所を選ぶことは十分に可能であっただろうに。

僕は思った。「ブラインド・テイスティングによって、蒸留所名に左右されるのではなく、味で勝負している究極のモルト」がこのブランドのテーマであるとの謳い文句は、まんざら嘘でもないんだろうと。しばらくして刺客はキャパドニックのサンプルを持ってやって来るのである。
「中身で勝負です!」。
偉そうな顔しやがって。

侍はお前のそんな顔が好きだ。
元気を下さい。「人気ブログランキング」


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ウィスキー・ラベル考

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さて、本日はいきなりだが、まずはお詫びから。
デジカメが壊れた(かもしれない)。メディアが不良なだけなら良いのだが、まぁ、8年近くも使ったデジカメだもの。ボチボチ買い替えか?

で、そんな訳で、本日は写真がない。

タイトルの通り、本日からしばらくウィスキーのラベルについて考えを廻らせてみたいと思っていた。ウィスキーと言えば、その中身が大切なことなど言うまでもなく当たり前だとは思うが、そのデザインとておろそかにできるものではない。やはりラベルは「顔」である。久し振りに見た懐かしい「顔」に、思わずオーダーをしてしまったウィスキー。あなたにもそんなウィスキーがあるかもしれない。

ウィスキーであれ人であれ、「やっぱり中身が大事」と公言して憚らないあなたであっても、実は相手が人ならば、「ホントは顔で選んでます」なんて口に出さずに思っているかもしれない。でも、ウィスキーなら「顔」よりも断然「中身」であろう。人の中身とウィスキーの中身、どちらがその後変化しやすいかと言えば、ウィスキーよりは人であるだろうから。

顔で選んだ人は後から変わるかもしれない。
ウィスキーならそのようなことはあまり起こらない。

そんな話をしようというのに「顔」写真がないことは誠に情けない。
そんな訳で、本日は申し訳ない。

そもそも、きっかけは先週末リリースしたディスティラーズ・コレクションのロイヤル・ブラックラ。実はこのロイヤル・ブラックラ、ディスティラーズ・コレクションというブランドがリニューアルされた後の最初のボトルになる。

このディスティラーズ・コレクションというブランドは先々代のデザインからのお付き合いだが、この先々代(つまりふたつ前)のデザインが侍はいたく気に入っていた。気に入っていたデザインが先代の色気のないデザインに変わったのを非常に残念に思ったのを思い出す。で、今回のリニューアルということなのだ。

と、ここまで書いて、写真がないと非常に分かり難い話だと気付いた。明日からのこともあるので、便宜上ディスティラーズ・コレクションのラベルのデザインの変遷を、今後以下のように扱う。

1. 初代(つまり先々代)−蒸留所にちなんだ絵の描かれたラベル。(侍、お気に入り)
2. 2代目(つまり先代)−樽の鏡板風のデザインに蒸留所名が書かれたラベル。(侍、がっかり)
3. 3代目(つまり現行品)−蒸留所にちなんだ写真を全面に使ったラベル。(侍、態度保留)

先週金曜日にご紹介したロイヤル・ブラックラは3代目ということになる。
2代目(つまり先代)のディスティラーズ・コレクションは2005年の5月が初登場。記憶によれば、キャパドニックが2代目初のシングル・モルトだったと思うのだが。2代目のリリース期間はわずか2年半くらいだったということになる。

続く。
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Royal Brackla 1976 30YO / DISTILLERY COLLECTION

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DCブラックラスコッチモルト販売の「ディスティラリー・コレクション」が装いも新たにリニューアル。先日、刺客が営業に来たのだが、相当の気合の入りようであった。リニューアル後のファースト・リリースはこのロイヤル・ブラックラとボウモア(商品名:ロッホ・インダール)であったが、「どちらかを買って貰えるまで帰りません」とのこと。情に厚い侍は「ならば」とロイヤル・ブラックラを即決で仕入れることにした。

今回同時に出たふたつの商品のサンプルを両方とも飲ませていただいたが、どちらも共に秀逸。リニューアルに恥じないシングル・モルトだ。僕らにとっても慣れ親しんだボトルのデザインを変更しようと言うのだから、気合が入るのも当たり前だろう。彼らもいつもより以上に真剣になるのだろう。そんな時は営業に来る刺客の顔付きもいつもとは違う。普段に増して凛々しい顔をしている。

そんな時はこちらも観念して買わざるを得ない。長い付き合いもある。ましてや、刺客がそんな様子でこの侍に商品を薦める時に、間違ったものを差し出す訳がない。その辺りは互いの信用である。飲む前から旨いのは分かる。

艶やかでフルーティ。深い奥行きを感じさせる香り。急いで口に含みたくなる気持ちを抑えてさらに香りを嗅ぐ。香草のような爽やかさを感じるが、軽快な花の香り以上にねっとりと上質で重たさを伴なった香り。色気を感じる。口の中で転がすように溶かすとハチミツの甘味。

サンプルをいただく前から仕入れることを決めていはいたが、さて、1本だけにするか、両方買うか?「どちらかを買って貰えるまで帰りません」とは、営業に来た刺客である。ちょいとばかり、イヂワルでもしてみようか?侍は世間話を始めた。

「最近思うんだけどさ」。
「ええ」。と答える刺客である。
「アイラ・モルトって言うのはズルイね」。
「なるほど」。
「こないだのこれ。あっと言う間に半分以上売れちゃったよ」。
「おお。早いですね」。
「まだ、4日目だからね」。
「やっぱり人気がありますね」。
「人気があるのは良いけれど、アイラ・モルトに頼ったらイカンよな」。
「そうですよ!」。身を乗り出す刺客である。
「やっぱ俺達はアイラ・モルト以外のウィスキーにも理解を求めて行かないとな」。
「その通りですよ!」。なおさら、身を乗り出す刺客である。
「うーん」。
「侍!ロイヤル・ブラックラにしましょう」。
「うーん」。
「侍の力でハイランド・モルトの魅力を広げていきましょう」。
「そうかなぁ」。
「確かにアイラ・モルトに罪はありません。しかし、アイラの底力だけに頼ってはシングル・モルトの将来が危ぶまれます!」。涙目の刺客である。
「う、うん。でも自信ないなぁ」。
「侍!」。
「分かった!そのロイヤル・ブラックラ。この侍に1本寄越せ!」。
商談成立である。

で、結果として侍はロッホ・インダールを買わされずに済んだのである。
上機嫌で刺客は帰った。侍のイヂワルは成功したのである。

もちろんこの日、侍はふたつの新たなディスティラリー・コレクションのサンプルを試飲した。刺客が帰った後もグラスにはそのふたつのシングル・モルトが残っている。ロッホ・インダールの香りを嗅ぐ。仕入れなかったことを少し後悔。

「オレは間違ったか?」。独りごちた侍であった。
ちょっぴり情けない侍である。やはり、イヂワルなどするものではない。
心改め、ロッホ・インダールを仕入れよう。後で電話するから、刺客。
だって最近、アイラ・モルトばっかり仕入れてるんだもん。
TWEのボウモアもまだ少し残ってるし。

ロイヤル・ブラックラ。大サービス1杯¥2800。

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「訃報 マイケル・ジャクソン」 / 父さんへの長い手紙(最終回)

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僕は父さんに実にたくさんのことを教わった。そのすべてをここに書き記すことはできない。だからそれを簡単に(そして教わった順番に)書こうと思う。僕が最初に教わったのは、
「耳を傾けなさい」ということ。
そして、「それは、何に似ているか?」ということ。
次に、「知っていることより、感じたことの方が大切」ということ。
また、「他と比べてどうか?」ということと、「他との関連」について。
「全体の中の個」と「個の背景にある全体」。

それらを受けて、僕は「蒸留所をピッチャーに、飲み手の僕らをバッターに」見立てることが可能になったし、「森と林と木」というひらめきを得た。僕は先頭打者のつもりで、次のバッターにピッチャーのクセを伝えるのが仕事だと、今でも思っている。

「最大の表現者はウィスキー自身であり、飲み手はオーディエンスである」ということ。
「表現者に対して最低限のリスペクトを持ちなさい」ということ。

だから、僕は「解説者」になりたいと思っている。僕の本業はバーテンダーである。僕の立場は飲み屋のオヤジである。「評論家」や「鑑定家」は誰か他の人に任せようと思う。僕の仕事ではないだろう。そのピラミッドの頂点は誰かが高くするだろう。僕はその裾野を広げたい。底辺が短く高さの高い三角形は倒れ易い。その高さを十分に支えられるほどの横幅の広い三角形を僕は作りたいと思う。それこそを僕の仕事としたい。評論家を目指して結局のところ皮肉屋にしかなれないような状態は愚かだと思う。

そして、一番大切なのは、
「感想文を書けといわれているのに、そのあら筋を説明するのはつまらない」。
「感想に正解はない」。
そのふたつだと思う。1杯の同じシングル・モルトを違う人が飲んで、同じ印象を持たないことは不思議なことではない。同じものを違う角度から見て、違う感想を持つことはむしろ当たり前のことだ。

僕ら飲み手をバッターに例えよう。僕とあなたは違うバッターだ。違うバッターであるが、審判が「ストライク / ボール」の判定をする基準は変わらない。つまり、僕とあなたにとっても「ストライク / ボール」は変わらないのである。しかし、僕とあなたは違うバッターだ。だとすると、「ストライク / ボール」は変わらないのだとしても、それぞれの「ヒットゾーン」は違うはずだ。僕とあなたにはそれぞれ「好みの球種とコース」があるはずだ。僕は何度も同じことを繰り返し言ってきたけど、「良し悪しを語るのではなく、好き嫌いを伝えて欲しい」とはそういうことだ。

同じものを違う角度から見て、違う感想を持つことはむしろ当たり前のことだ。だから、良し悪しを語るのではなく、好き嫌いを伝えて欲しい。人と違う感想を持つことは、不思議なことでも間違ったことでもない。感想に正解を求めるなら、僕らは途端に途方に暮れるだろう。間違いを犯さないように振舞おうと思うなら、「何も語らない」という態度以外を取ることができない。「何も語らない」まま、他人と何かを共有し共感することはできない。

誰かと何かを共有し共感をしたいと願うなら、僕らは他者に向け何かを投げなければ始まらない。投げて、受け止めてもらい、投げ返してもらって、人はそうやって他者との関係を紡いで行くものだと思う。投げてみれば良いのだ。僕は「取りづらい」と言うかもしれない。けれど、受け止めたいとは思う。もしも、うまく受け止められずに、ボールを後ろに逸らしてしまったとしても、僕はそれを拾いに行きたいと思う。ただ、僕が求めるのは、あなたに乱暴になって欲しくないということだけだ。

それが僕の仕事だと思う。
父さんはどう思うだろう。
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この連載終了


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「訃報 マイケル・ジャクソン」 / 父さんへの長い手紙(12)

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(先週末の続きです)
僕は父さんの思い出話を聴くのが愉しみだった。
僕は父さんの「おはなし」が大好きだった。僕はいつだって父さんの「おはなし」を心待ちにした。時々は僕を驚かせ、時々は理解不能で、でも、大体は納得させてくれた。僕はいつだって父さんの「おはなし」にワクワクした。僕は言いたいんだ。「父さんは凄い」って。

だけど父さんはもう、新しい「おはなし」を聴かせてくれない。
さて、僕はそろそろ父さんに「さよなら」を言わなくてはならないのだろう。
季節はもうすっかり秋になってしまった。

「僕は父さんに何を教わったのだろう?」。
マイケル・ジャクソン氏の訃報を受け、時間が経つにつれ少しづつ冷静になり、僕がまず考えようと努めたのがその疑問だった。言葉を使って考えることで悲しみは少し薄まる。僕はそのことを知っている。恐らく子供の頃から。

悲しいことはなくならない。時間とともに思い出すことが少なくなるだけだ。心の傷跡は消えない。ただ、痛みを伴うことがなくなるだけだ。傷跡を見れば、そこが痛かった日の記憶がよみがえるけど、もう既に痛くはない。悲しみとはそうであった方が良い。

悲しみを抱え続けて生きるのはつらい。忘れてしまえば思い出すこともないのだろうけど、僕は父さんのことを忘れることはできない。僕を悲しませるのは父さんの「死」だけれど、それだけを都合良く忘れることはできない。父さんの「死」は父さんの「生」に含まれるのだから。父さんの「死」を忘れようとすることは、父さんの「生」をなかったことにしようとするのと一緒だ。

だから僕は忘れたくなかった。父さんのことを忘れたくなかった。思い出して心に刻んでおこうと思った。だから僕は父さんに教わったことを思い出そうと思った。それは僕がこの長い連載を書こうと思った動機だ。僕は父さんが生きていなかったことにはできない。父さんに教わったこともなくしてはいけない。

言葉を使うことを「考える」と言うのだ。「悩む」とは感情が動くだけのことだ。問題を整理し把握し解決に導くためには「考える」ことが必要だ。悲しみに身を埋めることにはある種のカタルシスがあるのだろうが、そんなことよりも大切なことがあると僕は思った。僕は父さんを忘れてはいけない。だから僕は父さんとの「できごと」を思い出し、言葉にして考えて心に刻もうと思った。忘れないために。

マイケル・ジャクソンと言えば、一般的にはアメリカ生まれのポップスターのことを指すのだろうし、僕の父さんであるマイケル・ジャクソンも、最近じゃシングル・モルトよりもビールで有名だ。僕はそんなことがちょっぴり口惜しくて、それは少なからずこの連載を書こうと思った動機の一部分ではある。僕の父さんがどんな人だったかをやはり僕は知って欲しいと思った。

次回、(多分)最終回。こちら


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グレン・オード 1999 7Yo / ヴィンテージ・モルト社 クーパーズ・チョイス

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オード刺激の少ない柔らかなレモンの香り。やがてゆっくりとハチミツのよう。クルミのような味わい。漆喰の壁のようでもある。どこか土臭い印象。強烈なアピールは少ないが、バランスの良さは秀逸。予定調和をなぞるような快楽。バニラを感じつつ強制的にフィニッシュ(終了)。白昼夢のような1杯。

グレン・オード全般に土臭い印象を持っているのは僕だけだろうか?泥の付いたままの野菜を思い浮かべることもある。ごく稀だが「かび臭い部屋」を連想することも時々ある。ご心配なく。今回のグレン・オードは皆様をそのようなみすぼらしい部屋にご案内することはないだろう。その香りはナッツ類をハチミツで固めたお菓子のようだ。やがて、「なるほどちょっぴりバニラ・フレーバー」。そう気付くだろう。

全編を通じて、この穏やかさこそが一番の特徴だろうか。強烈なアタックがある訳ではなく、ゆったりと、しかし確実に、そこそこ力強く前へと進んでいく感じ。突拍子もないことだけが個性ではない。いいじゃいか、そんなシングル・モルト。

夢から醒めた後、その夢を思い出せない。そんなことは誰にもあるだろう。ついさっきまでそこにあった記憶が、あっと言う間に消え失せている。そんなシングル・モルト。クーパーズ・チョイスのグレン・オードである。
1杯¥900。

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「訃報 マイケル・ジャクソン」 / 父さんへの長い手紙(11)

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僕は森のすべてを理解することができない。正直に告白をさせていただくなら、今の僕は理解することができないことを残念だと思わなくなっている。誤解していただきたくないが、不遜なのではない。むしろ、謙虚だと思っている。ひと言付け加えたいとは思う。僕は森のすべてを理解したいとは思っている。ただ、すべてを知った上ですべてをお伝えすることは僕には不可能だと思っている。僕は森のすべてを理解することができない。それは僕にとっての前提だ。そして、だから僕はシングル・モルトの森を前に謙虚になれるのだと思う。

だけど、僕は森に癒される。
あなたはどうだろう?

愉しみ方を知るならば、あなたは森に癒されることが可能だと思う。森は愉しみを求めに行く場所だ。そこに留まってはいけない。愉しんだら家に帰るのが良い。迷子になっては心細いだろうし、日が暮れれば寂しくもなる。明るいうちに帰った方が良い。誰だって自分の家で寝るのがイチバンだ。

愉しみ方にコツがあるとするなら、お気に入りの場所を見つけることだ。足繁く通ったその場所の周りにあなたは次第に詳しくなるはずだ。あなたは簡単にその場所へと辿り着けるようになるだろうし、その場所から簡単に森の出口を指し示すことができるようになる。迷子にならないようになることは肝心だ。好きな場所に行く方法とそこから出口を探す方法を知ったなら、あなたは少し勇気を持つだろう。勇気を持ったあなたは少し冒険がしてみたくなるはずだ。冒険を始めたあなたはやがて気付くだろう。あなたが最初に見つけたお気に入りの場所の他にも、似たようなお気に入りの場所があることに。そして、最初に見つけたお気に入りの場所に似ていなくとも、お気に入りになってしまう場所があることに。そして、その思い出を心に刻めば良い。

父さんはたくさんの思い出話を残してくれた。
僕は父さんの思い出話を聴くのが愉しみだった。
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「訃報 マイケル・ジャクソン」 / 父さんへの長い手紙(10)

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僕は少しづつシングル・モルトを理解して行ったのだと思う。ひとつの理解は新たな疑問を生み、それを解決して僕は上機嫌になった。多くを知ったつもりでいい気になっていたこともあったが、またすぐにヘコんだ。森をひとつのエコシステムと考えるなら、そのすべてを理解することは不可能だと思った。森に生きるすべての生物と、それを取り巻く環境を包括した全体を生態系と呼ぶのなら、そのすべてを理解することは不可能である。森は生きている。日々移ろい変わるのだ。もしも、完全なる理解が訪れても、次の瞬間にその全体は変化している。

僕は完全なる理解を手にすることをあきらめた。しかし、理解しようとすることをあきらめることができなかった。僕は知りたかったし、今でも知りたい。だけど、僕の一生をかけても、そのすべてを知ることはできない。

シングル・モルト全体は森である。6つの地域区分は林であり、蒸留所は1本の木だ。枝に付く葉は熟成庫に眠るひとつの樽であり、やがて時が来れば葉は枝から落ち、落ちた葉はやがて集められ、瓶詰されボトルの形で僕らの手元に届く。森全体を知らずとも、シングル・モルトを愉しむことは十分に可能だ。森全体を知ることなくシングル・モルトを愉しめるそのことは、僕らにとってとても幸せなことだと思う。シングル・モルトを愉しむのに森を知らねばならないなどということは一切ない。

例え森の木のすべてを理解したとしても、木はそれだけで生きるのではない。大地と水に育まれている。森のすべてを知ろうと思うなら、その土がどのように成り立ち、その水がどこから来るのか知らねばなるまい。僕がこうやって木曜の朝に雑文を書き散らかしている時にも、どこかの木の枝からひとつの葉が落ちているのだろうし、別の木は枯れようとしているのかもしれない。また、森の空いた土地に新たな芽が出ようとしているかもしれない。

完全なる理解を手にすることをあきらめたとしても、途方に暮れることはない。絶望することもない。そもそも森はあなたに理解を求めていないのだ。そんなことよりも、

「お前がそれを森というのなら、その森は魅力的かね?」。父さんは僕にそう言った。
「もちろん魅力的です」。僕の答えは他にはない。
「ならば、それでいいじゃないか」。

父さんの言う通りだ。すべての始まりはそこにある。
僕は森に癒される。
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「訃報 マイケル・ジャクソン」 / 父さんへの長い手紙(9)

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こちらの続きです)
それからの僕はウィスキーを飲む時に、繊細に注意を払いながら味わうようになって行った。父さんが教えてくれたように、その球種と球速、そしてそのコースを見極めようと必死だった。耳を傾けることに集中をした。そして僕は少しづつ分かるようになって行った。

皆様にひとつだけ言っておこう。ウィスキーの味の違いは誰にでも分かる。何でも構わない。どんなスコッチ・ウィスキーでも構わない。ふたつのウィスキーを用意して、それを飲み比べてみて欲しい。そのふたつが違う味わいを持つことを、あなたは知ることができるだろう。その銘柄を当てろということではない。その味わいに違いがあることをあなたは知るだろう。例えどのように違うかを説明できなくとも。

様々なシングル・モルトを飲み続けて、僕はシングル・モルトというものがひとつひとつバラバラに存在しているものではないことを知った。それぞれが独立して独自の個性を持っていながら、相互に関連している。僕はそんなことを思った。それぞれのシングル・モルトを個別に捉えて、それぞれがまるで違うものであると考えるなら理解には遠く及ばないだろうし、シングル・モルトというものを全部一緒で一種類のものだと思ってしまっては何も始まらない。深い理解というものはその中間辺りにあるのだと僕は思うようになっていった。

すべてを理解しようと世に存在するシングル・モルトを網羅しようと思っても途方に暮れてしまう。だけど、好きな蒸留所をひとつだけ取り上げて、それだけを飲み続けるような態度はシングル・モルトの愉しみを狭くしている。結局のところ、僕はそのちょうど中間辺りにしかいられない。つまり、木を見て森を見ないのは愚かだが、森を見て木を見ないのも愚かだ。「では、どうしたら良いのだ?」と問われるならば、「どちらにも傾き過ぎないこと」としか答えられない。僕はシングル・モルトを分かりたいと思ったし、そのためにはそれが良いと思った。

そして僕は、シングル・モルト全体が森のようだと考えるようになった。蒸留所は森に存在する1本の木のようだと思うようになった。森には100本を超える木があって、それらの木の集合体として森は存在している。森をいくつかの林に分けて考えることは可能だが、大切なのは1本の木には命があり、森全体もまたひとつの生態系として成り立っているということだ。

それらのほとんどを、僕は父さんから教えてもらったと思っている。
本を開くと父さんは僕に語りかけてくれた。

だから、僕は時々悲しくなる時がある。
例えばあなたならどうだろう?あなたが誰かにこんなことを言われたとしよう。
「だから日本人っていうのはみんな………だよね」。
日本人には個性がないのだろうか?日本人は皆、同じなのだろうか?日本に長く暮らし、この国に暮らす人のことを知っている僕は、すべての日本人をひと括りにされるとやはり切なくなる。日本的な傾向というものは、確かにあるのだろうけど、そのすべてが一緒ではないはずだ。簡単に言ってしまうなら、良い日本人もいるし、悪い日本人もいる。ただ、それだけのことだと思う。

そう、だから、僕は時々切なくなる。
「モルトっていうのはみんな、焦げ臭くて病院みたいな味がするじゃないですか」。
森を見て木を見ないその態度に僕は悲しくなる時がある。その人が最初に飲んだシングル・モルトがアードベッグなのかラフロイグなのかは分からないが、シングル・モルトの味わいはアードベッグ的な方向に同一ではない。非常に豊かな個性が存在する森だ。その人がピーティなシングル・モルトが苦手であっただろうことは想像できるが、フィディックなら気に入ったかもしれないし、ダルモアならもっと気に入ったかもしれないし、グレン・エルギンならなおさら気に入ったかもしれない。ただ、それだけのことだと思う。

「耳を傾けなさい」。すべてのシングル・モルト好きの始まりはそこにあるとさえ思う。それは父さんが教えてくれたことだ。そして、父さんは励ましてくれた。「1本の木に詳しくなりながら、森全体をイメージできるようになりなさい」、と。つまり、「森を散歩する視点と森の上空を舞う鳥の視点のふたつを持ちなさい」、と。そして、「迷子になっている人がいたら助けてあげなさい」。「森の散歩を愉しめるような余裕のある世の中は素敵だと思わんかね?」。

ひとつのモノを巡って、たくさんの人が違う立場で同じように愉しめて、そこにある種の共感が生まれることを僕は素敵なことだと思う。そのために僕は働こうと思う。裾野を広げて、頂点を高くする。それが僕の願いだ。父さんは頂点を高くしてくれた。僕はこれからも裾野を広げて行こうと思う。
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重たい

本日はどうにも筆が重たく、気持ちが前に進みません。
申し訳ありませんが、先週の連載の続きは明日書かせていただきます。

ごめんなさい。
ちょいと患ってますな。

憂鬱な雨の火曜日の朝。
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マッカラン 1987 19Yo 57.7% / ダンカン・テイラー ピアレス・コレクション

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マッカラン ピアレスボトルから「ピアレス・コレクション」の表記がなくなった現在、ダンカン・テイラー社のこの手のボトルを「ピアレス・コレクション」と言ってしまうのは正確ではないのだろうが、このデザインのボトルをそう呼ぶのは慣例として認められているようだ。今でも普通に「ピアレス」と言えばこのデザインのことを指す。正式には「ダンカン・テイラー・コレクション」というらしいが、僕らがそのブランド名を使うことはほとんどない。


オークカスク「ピアレス・コレクション」のラインナップに、シェリー・カスクのシングル・モルトが登場するのは非常に珍しい。今回のマッカランもマッカランらしくシェリー・カスクだ。表の小さなラベルの最下段には、恐らく各ボトルに共用の版下があるのだろう、「Matured In Oak Cask」とある。そして、ボトルには「Sherry Cask」の表記はない。もちろん、マッカランということもあり、色から見てもシェリー・カスクだろうがボトルにはどこにもそう書かれていない。ボトルの入った外箱にシェリー・カスクであることを表すシールが(恐らく手貼りで)貼ってある。ちょっぴり斜めに貼ってあるとことが可愛いのだが。
シェリーカスク







このシリーズの共通の傾向を僕は「丁寧な熟成感」と思っている。そのウィスキーの特徴がそれぞれどのように現れて来るかというのはまた別の話になるだろうが、どのように感じられても、「あぁなるほど、しっかりと熟成をされたシングル・モルトだなぁ」と思うことが多い。その長い熟成期間の中で乱暴に扱われてこなかっただろうことを感じるし、「立派な親御さんに大事に育てられてきたんだろうなぁ」と思ってしまうことが多いのだ。

「丁寧な熟成感」を持つことは当然、何も悪いことではないのだが、丁寧であることで逆に繊細に過ぎてか細い印象を持たせてしまうこともある。その丁寧さがバランスを取ることだけに傾き、そのウィスキーの持つ個性を削ってしまっているのではないかと思わせるような、そんなことを言いたくなるようなウィスキーが時々ある。飲み易さを求めて個性を削り過ぎるなら、少々バランスが悪く「丁寧な熟成感」を失っても構わないから、もう少し個性を残して置いてくれないかと、そんなことが言いたくなる時が時々ある。

贅沢な望みであるし、先ほど僕が申し上げたようなことは意図してなかなかできることでもないと、もちろんそう思うのだが。でもね、このシリーズのシングル・モルトはやっぱりちょっと高目の価格設定だ。何かがちょっとだけでも足りないと、不満の声は大きくなってしまう。それだけ期待が大きいということなのだが。

さて、話を今回のマッカランに戻そう。
今まで話してきたような心配は今回のマッカランにはいらない。僕が思うこのシリーズの傾向、「丁寧な熟成感」をこのシングル・モルトはしっかりと持っている。そして、非常に骨太な味わいである。僕の言う「丁寧な熟成感」のある意味対極にあるのが「大雑把でも存在感」であると僕は考える。僕の中で「大雑把でも存在感」を実現しようと奮闘するブランドはロビン率いる「ブラッカダー・ロウ・カスク」である。

今回のマッカラン、「ピアレス・コレクション」的なポジションから少しはみ出して、「ブラッカダー・ロウ・カスク」的である。
と、そう申し上げておきたい。寒くなってくると、こういうシングル・モルトが旨い。
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