モルト侍

池袋のショット・バー、ジェイズバーのバーテンダーが、大好きなシングル・モルトを斬る。

2008年05月

最近の在庫

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何だか天気が良くありませんな。気分も少々ヘコミます。本格始動を宣言したモヒートも昨日はまったく出ず、代わりにアイリッシュ・コーヒーばかり出る始末。やれやれである。昨日も申し上げたが、ここ最近すっかり定着した感のあるモヒート。どこでも飲めるようになったのはありがたいのだが、この時期我々は非常に困ったことになるのだ。八百屋からミントが消えるのである。

ミントの需要が逼迫してしまうのだ。数年前からのことだ。近所の八百屋のおばちゃんに「最近、ミントが随分売れるんだけど、何かあったの?」などと聞かれる始末。したり顔で侍は答えたのである。「それはね、モヒートってカクテルで使うんだよ。この辺のバーの連中はミントが売り切れで困っているよ」。「ふーん、そうなのね」。

そう答えたおばちゃんであったが、翌日からその八百屋では大量のミントを仕入れて販売していた様子。これが当った。その八百屋はミントを求めるバーテンダーで行列ができたそうだ。おばちゃんは荒稼ぎ。聞いた話じゃそのおばちゃん、豊島区の外れに大きくて立派な家を建てたらしい。近所jの人に「ミント御殿」と呼ばれているそうだ。

さて、話を替えよう。本日は仕入れてまだリリース前の3本をご紹介。モヒートもおいしいが、やはりジェイズ・バーと言えばシングル・モルトである。

KB リンクウッドまずはキングスバリーのリンクウッド。フル・ボディ、ボリューム感たっぷりのシェリー・カスク。色の印象からすると意外なほどに穏やか。穏やかという言い方は誤解を招きそうだが、苦く酸っぱいシェリー・カスクではない。1989年蒸留、17年熟成、51.4%。もちろん、飲み手を選びそうなシングル・モルトではあるが、じっとりとした熟成感は申し分ない。

ジェイズ・バーでは2本目の入荷。1本目はキープ・ボトルとして提供した。正直に言わせていただくなら、抜栓して時間が経つほど旨くなるウィスキー。甘味のボリュームがより太くなり、円熟味を増して角が取れていく様子が手に取るように分かる。液面がボトルの肩から下がって1ヶ月ほどしてからが飲み頃。

「つーことは、最初に飲んだ人が損じゃん」と思ったあなた。
侍はあえて反論はしないが、あなたの耳元でこう囁きたい。「後半に旨味を増すのは当たり前、だけど、その変化を知るには最初の1杯を飲むべし」。抜栓したての1杯を飲んで侍は予感した。「この酒はやがて甘くなる」。さて、あなたにも同様の予感が舞い降りるはずだ。

W&M カリラお次はウィルソン&モーガンのカリラ。46%に加水された調整具合がほど良い。蒸留は1983年。さて、皆さん。80年代の(まして前半の)カリラなど、なかなか飲めない時代になりましたな。驚くなかれ、このカリラ、瓶詰は1996年。つまり12年の熟成である。瓶詰されてからも12年。痛さをだけを求めてカリラを選ぶなら、このシングル・モルトは飲まないほうが良い。「旨味こそカリラの命」と、そう思うあなたに飲んでいただきたい。


C&T クライネリッシュ最後はこちら、カスク&シスルのクライネリッシュ。1997年蒸留、9年熟成、59.03%。少数点以下2ケタの「03」が何ともイヤラシイ。「カスク&シスル」というブランドは初めての入荷。蒸留所と熟成年数とアルコール度数からすれば、シャキっとした印象のウィスキーとは思うが、さてさて、どのような仕上がりとなっているか。爽やかに潮風を感じてちょっぴりフルーティなら嬉しい。チリチリとし過ぎていたら、ちょいと残念。ドキドキしながら愉しみである。

興味のある方はリクエストをくだされ。
気が向いたら封を切ろう。
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W&M カリラ2

モヒート、本格始動。

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モヒート 20085月になってから、暑かったり寒かったり。今日も雨。何だか少し、いやむしろ寒いか。昨日はモヒートが大量に出たり、アイリッシュ・コーヒーが売れたり。不思議な一日だった。モヒートを売り切ってしまった。ミントの葉もライムも使い切ってしまうような一日。

こんなに涼しい日にモヒートってこともねぇだろ、っていうのが実は侍の本心でもあるのだが、世の中を眺めてみると、このカクテルは季節を通して定番化しそうな勢いである。やがて、ジントニック並みに普及するのであろうか。「いつでも、どこでも、当たり前」、いつかそんなカクテルになるかもしれない。

今年初のモヒート、ジェイズ・バーでお飲み下さい。
アイリッシュ・コーヒーも今月いっぱい、やっちゃいましょう。

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Macduff 1991 16YO 59.6% / TWE

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マクダフ TWEこいつはなかなか旨い。旨くもあり上手い。
マクダフなんて蒸留所はあまり馴染みがないかもしれない。確かに、マイナーな蒸留所ではあるだろう。流通量も少なく弱小と言って良い蒸留所だと思う。この弱小な蒸留所の知名度を、さらに低くしている事情もある。蒸留所名は「マクダフ」だが、瓶詰されたオフィシャルのシングル・モルトは「グレン・デベロン」の名で販売されている。「マクダフ」の名が世に出る機会は非常に少ない。

グレン・デベロンは麦芽系の味わいを軸としたシングル・モルト。軽快でスムース、クリーンで落ち着いて麦芽風味で甘い。ウェットなウィスキーではない。どちらかと言えばサラサラとドライ。

ボトラーズ各社によって瓶詰されたシングル・モルトは蒸留所名を「マクダフ」と表記されるようだ。どちらかと言えば、長期熟成の「マクダフ」に偏って、侍はこのシングル・モルトを飲んできたと思う。熟成を感じてなお、どれも軽快でサラサラしているが甘い。そんな印象のシングル・モルトが多かったと思う。しっとりしているがサラサラ。悪くない。歪(いびつ)なほどに個性的ではないが、その落ち着きこそがこのシングル・モルトの特徴であると解釈していた。

悪く言えば「枯れていた」のかもしれない。しかし、この分かり難い個性は、今日のマーケットではウケが悪いかもしれない。そんなことを危惧していた侍であった。

さて、今回の「マクダフ」であるが何より驚くことに、甘味のボリュームが厚い。「マクダフ」としては特筆すべきことであると思っている。果汁の甘味。若干焦がし過ぎの印象があるが、芳ばしい麦。フルーツの入ったクッキー。バターで焼いた様子。遅れてカラメルの甘味。甘味に重層構造があるのだ。この甘味のボリュームに驚く。

侍、初めてのマクダフである。旨くて上手い。
¥1,600でお願いします。
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朝、晴天。

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良い天気。心地良い湿度に風が気持ち良い。空は青く高い。
祝いの日に相応しい。

今日は祝いの日。ひとり、祝杯を挙げよう。
孤独を受け止め、孤立を恐れず、孤高を貫く。
恨み言は言うまい。

ちょっと良い酒を飲んで、ぐっすり眠ろう。
ついでに、今日からモヒートをご提供しよう。
何を今更、アイリッシュ・コーヒーでもあるまい。

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クーブレイズ・クリアラック

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クーブラー クリアラックフランスのブルゴーニュでウィスキー作りを続けるベルギー人、ミッシェル・クーブレイのシングル・モルト。いつものように、クセのあるウィスキー。

ミッシェル・クーブレイは公言して憚らない。「ウィスキー造りの95%は熟成に使用する樽で決まる」。「味わいを決定づける要因は蒸留所ではなく、樽そのものが決める」。それらは彼の信念でもあるだろう。彼は長い間、そこからブレることはなかった。

さて、皆さんは彼の信念をどう思われるだろう?
「間違っている」と思うだろうか?

ミッシェル・クーブレイのウィスキーは基本的に蒸留所名を明らかにされない。ラベルに蒸留所名が表記されていないのだ。また、スコットランドで3年以上の熟成期間を経ていないため、「スコッチ・ウィスキー」とも表記されない。確かに、この商品に「スコッチ・ウィスキー」と表記したら、「間違っている」のではあるだろうけど。

ミッシェル・クーブレイと言えば、「シェリー樽使いの名手」であろう。彼の信念そのままに、樽選びには繊細に時間を掛けるようだが、出来上がったスピリッツそのものには、あまり気にかけていないようだ。「ウィスキー造りの95%は熟成に使用する樽で決まる」。「味わいを決定づける要因は蒸留所ではなく、樽そのものが決める」。つまり、「私が選んだ樽を使って、私の熟成庫に眠らせるなら、蒸留所のスピリッツの個性など5%以下である」。

彼の台詞はそう言っているのも同然ではないか。
さて、ミッシェル・クーブレイは「間違っている」のだろうか?

あなたがミッシェル・クーブレイを嫌いなら、彼をヒール(悪玉)呼ばわりすることは十分に可能だ。「蒸留所の個性などほとんど無意味だというようなヤツは許せない」と、あなたが声高に叫んでも一向に構わない。だけど、どうだろう?彼のウィスキーは市場に投入され、常に一定の支持を受けている。彼のウィスキーに好意的な人はかなりいるのだ。彼のファンは彼のウィスキーを「クーブレイ・マジック」と呼ぶ。

悪玉でも善玉でも、僕はどちらでも構わない。だけど、ヒール(悪玉)は強くないと意味がない。弱いヒールなんて、カッコ悪いじゃないか。信念を曲げずに物を言い、人に嫌われてもなお強い。それでこそヒールであり、支持者も集まる。シングル・モルト業界の朝青龍とも言えるこのオッサンを、侍は支持しよう。

クーブレイズ・クリアラック。1杯、¥900である。

最後になるが、侍はこのオッサンの次の台詞が好きだ。
「自分の好きなことを見つけようとするよりも、自分が見つけたことを好きになりなさい」。
正解は選ぶものではない。作るものである。ということだ。

僕らは一体、あとどのくらいこのオッサンの投げた球を打てるのだろう。

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Highland Park 1990 16YO / TWE

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ハイランド・パーク TWEザ・ウィスキー・エクスチェンジ(TWE)のハイランド・パーク。
最近ジェイズ・バーの棚に、気の効いたハイランド・パークを見ていないと、ふと思い立って数本のハイランド・パークを仕入れたのだが、目敏い連中に見つかってキープ・ボトルとして喰い散らかされてしまった。「これだけは、ショットで売るのだ」と死守したのがこちらのハイランド・パーク。

「ハチミツ&スモーキー」と簡単にひと言で言ってしまえば身も蓋もない、そんなウィスキーでもある。確かに、しっかりとしたアタックを感じる。スパイシーでもある。華やかさも目立つということの程はない。全体的に普通のハイランド・パークである。偉大なる凡庸である。

いやいや、悪口に聞こえただろうか?
おいしいハイランド・パーク、1杯2,000円。

ちょっと風邪気味。
眠い。
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本日は力尽きた。

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今日はヒマ過ぎて力尽きた。
07/08シーズンの欧州チャンピオンズ・リーグ、決勝戦。マンチェスター・ユナイテッドが制覇。朝方、炭火焼肉あもんの店主からメールが入る。「まんUですか?」。余計なお世話とは言えない。ヒマな一日の最後はなかなかお客さんが帰らない。メールがなければ、危うくPK戦を見逃すところ。延長に入っていたことさえ知らなかった。ビデオには撮っておいたが、2時間分だけ。

慌ててテレビを付けた。チェルシーのキッカーはテリー。雨に濡れた芝がめくれる。軸足がブレる。ボールはゴール・ポストに当って跳ね返る。キャプテン・マークを巻いた責任感の強そうな長身のディフェンダー。背番号26。崩れて頭を抱えた。

喜びも悲しみも、その表情は皆、無防備。
そんな人の顔が好きだ。
酒を飲み、心が開いている人の顔が好きだ。

本日は疲れた。
おやすみなさい。
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クーブラー クリアラック

080521ロングロウ CV

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ロングロウCV「何をいまさら」と言われるだろうが、簡単に説明をしておこう。
ロングロウとはスプリングバンク蒸留所のセカンド・ラベル。何が違うのかというと「へビー・ピートなスプリングバンク」という認識で結構だろう。キャンベルタウンの古い蒸留所名を復刻させるのが目的でこの名が選ばれた。粋な計らいだなと思う。

1973年、74年以降から蒸留し、1985年に瓶詰された商品を発売。90年代に入ると毎年蒸留を行うようになる。2000年以降は10年物が市場に安定供給され始めた。今まではどちらかといえば「ちょっと値段が高い」という印象が否めなかった。飲んだ感想は「悪くない」。スプリングバンクとの違いを考えても「分かり易い」。だから、商品としては「面白い」のであるが、侍の総合的な評価は「ちょっと値段が高い」、だったのである。

「安いから、良いじゃないですか」と、件の押売り屋の酒屋に2本も買わされる羽目になったのだが、「まぁ、その値段なら買っとくか」ということであった。「安かろう、悪かろう」では仕方がないが、飲む前から「悪くはないだろう」とは予測は付いた。そう予測したのは、ロングロウが市場に安定供給されるようになって、随分と日が経ったなと思ったからである。

このロングロウ、実は熟成年数の表記がない。表記がないということは普通に考えれば、複数の熟成年数の異なる樽のシングル・モルトが混ぜられているのであろう。インポーターの資料によれば6年から14年の熟成年数のものが使われているとのこと。ラベルに「6年」と表記してしまうと、「何となくショボイ」感じがするので、「あえて書かない」という手法を取ったのだろう。

さて、侍はまた、暴言を吐かせていただこう。
今回のこの「ロングロウ CV」は「おいしい挽肉で作ったハンバーグ」である。

市場に安定供給が可能になった現在、同社には「出荷しなかったハンパの余り肉」が結構残っていたのである。「ハンパの余り肉」は、皿に盛って「一人前」として売るには量が足りなかっただけで、品質は良好。それぞれにおいしい。もちろん、「数合わせ」用に安い肉も使っているが、悪いものではない。それらを挽肉にしてハンバーグを作った。

同社を「高級焼肉店」に例えるなら、「お買い得なランチセット」のようなものと考えることができるのではないだろうか。「これほど手軽で旨いハンバーグが喰えるなら、晩飯にも使ってみようか」と、そう思わせるような「ロングロウ CV」。

そう考えていただけるなら、「安かろう、悪かろう」との誤解を解けるのではないかと、書かせていただいた。同社に対する悪意のないことをご理解いただきたい。

飲めば分かる。
1杯、¥1,000でお願いします!
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ミッシェル

ブナハーブン 1997年 9年熟成 / シグナトリー・ヴィンテージ

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ブナハーブン 1989 SVしっかりもののブナハーブン。ブナハーブンにしては珍しいヘビー・ピート・タイプ。シャキっとした飲み応え、キリリとした手応え。硬質なイメージを持ちつつバランスを保つのはリフィル・シェリーのおかげか。微妙なシェリーのニュアンス。底の割れない調和の取れた味わいは、守備的なボランチの機能を果たすようだ。

確かに、ブナハーブンらしからぬとご批判を受けそうなブナハーブンであるが、侍はこのウィスキーを擁護しよう。ヘビー・ピートとシェリーでブナハーブン的なるもの印象は薄くなるかもしれない。しかし、本来のブナハーブンのポテンシャルがあればこそ、ヘビー・ピートとシェリーに負けてない。それらに席を譲り、それでもなおブナハーブン的な「コク」を持つからこそ、このウィスキーは旨さとバランスを表現できるのだ.

ひと言で申し上げるなら、「結構、痛いブナハーブン」。
痛いだけではなく、旨い。
だけど、「痛いのはやめて」という人はご遠慮いただきたい。
1杯、¥1,500です。
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ストラスアイラ 1989 18年熟成 / クライスデール

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ストラスアイラ CYDオロロソ・シェリー熟成。しっとりとオイリーで温か味を感じる。
滑らかな舌触り。春先においしいシングル・モルト。

さて、長い話も終わったので、ボチボチニュー・リリースのシングル・モルトをご紹介していきたい。お知らせせねばならない商品がたくさんある。

ゴールデン・ウィーク中には終了予定だったアイリッシュ・コーヒーであるが、ここ最近の寒さのせいで長引いている。ご好評につき販売継続といった形だが、来週中には終了予定。今年最後のアイリッシュ・コーヒーを飲みたい方はお早めに。

写真のストラスアイラ、ひと言で言うなら「やるじゃん、ロビン」と言ったところ。どんな形であれ、きっとロビンは骨格のしっかりしたウィスキーが好きなのだろうなと、こんな酒を飲むとそう思う。骨太な印象。厚みのあるしっかりした床のよう。石のように硬い床ではなく、木のように硬い。冷たい印象ではなく、温かい。

ちょっぴり苦め。初めのうち華やかなリンゴの香り。口の中でほど良く弾ける。どっしりと重厚。膝枕のような心地良い安心感。重たく複雑な甘さに安堵。18年にして長期熟成の風格。パイ生地に包まれたリンゴのワイン煮。

華やかに過ぎるのではなく、甘美なウィスキーだ。ドキドキしたりワクワクしたり、あるいは翻弄されるのではなく、めくるめく展開力を持っている訳ではなく、心落ち着かせるシングル・モルト。生きる上で日々の雑事はなくならない。ほんのつかの間、苦しいことや悲しいことを忘れさせてくれるウィスキーではない。「面倒なことは、なくならないのだな」と、そう呟きたくなるウィスキー。

面倒なことの染み付いた自分も悪くない。
1杯、¥2,000でお願いします。
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そうそう、ちなみにキルコーマンはもうすぐなくなる。
こちらもお早めに。

間違っている(最終回)

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彼はお客さんをいつでも塊(カタマリ)で把握しようとする。どこかのマーケティングの本でも読んだのだろうか。「20代のカップルのお客さんは…」、「40代のサラリーマンは…」、「早い時間の家族連れは…」、「深夜帯の水商売のお客さんは…」。効率を考えるならその手法のすべてが「間違っている」とは思わない。だけど、僕らの仕事は生身の人と向き合う職業ではないだろうか。

彼はお客さんが怖いのだと思う。怖いから遠ざけたまま。だけど、それではお客さんを知ることはできない。でも、分からないまま仕事はできないから、お客さんを塊として扱おうとする。属性を持ったカテゴリーに分類して、それをひと括りに扱おうとする。だけど、「20代のカップルのお客さん」は皆一緒だろうか?ひと括りにできれば、分かった気にはなれるけど。

例えば「40代のサラリーマン」は誰でも脂っこい肉が苦手だろうか?脂身の多い肉を食べる「40代のサラリーマン」がいたら、そのお客さんが間違っているのだろうか?僕にはとても乱暴な話に思える。それは、お客さんをモノとして扱う態度だと思う。当たり前だが、お客さんは人である。お客さんをカテゴリーごとにひと塊に分類して扱うなら、確かに仕事は簡単になったように思うかもしれない。

お客さんをモノに見立てれば、仕事を簡単に済ますことは可能になるのだろうか?その塊を要素に分解して行けば、確かにモノは単純に見えるだろう。しかし、単純になったところで簡単になった訳ではない。お客さんはモノではない。個別の事情を抱えた人である。お客さんにはそれぞれに都合がある。事情を抱え、欲望を持ち、生々しく生きる人である。

どうして、それを見つめようと思わないのだろう?お客さんを感じることから逃げていては仕事にはならない。僕はそう思う。そこは人を愉しませるヒントの宝庫である。他のお客さんに迷惑を掛けない限り、お客さんの欲望に「間違っている」ということはないはずだ。もちろん、対応できない欲望というものはあるけれど。ジェイズ・バーではカラオケは歌えない。マッサージもしてあげられない。髪の毛も切ってあげられない。

ヘビー・ピートなスペイサイド・モルトは「間違っている」のだろうか?
シェリー・カスクではないマッカランは「間違っている」のだろうか?
ノン・ピートのアイラ・モルトは「間違っている」のだろうか?

あなたがどこかで聞いてきた話とは違うかもしれない。あなたがそれらのシングル・モルトを嫌いであることは一向に構わない。だけど、それらのウィスキーが「間違っている」訳ではない。シングル・モルトは地域区分ごとに、あるいは、蒸留所ごとにハッキリとした個別の特徴を持つのではない。シングル・モルトは「ひと樽ごと」に個別の事情を抱えている。

だから、ウィスキーを作っている人たちが嘘を付いていない限り、「間違っている」とは言えない。もしも、イチローさんのウィスキーのラベルに「スコッチ・ウィスキー」と書いてあったら、僕は大きな声で「間違っている」と言うだろう。「間違っている」というのは、例えばそういうことではないだろうか。しかし、もしもイチローさんがスコットランドに蒸留所を建設したら、それは「間違っている」とは言えなくなる。

あなたが気に入らないものを「嫌いだ」と言うことは一向に構わない。だけどそれは、ウィスキーが「間違っている」訳ではない。かつて嫌いだったウィスキーを、やがて好きになるということはある。もしも、あなたがウィスキーを「間違っている」と言ってしまったなら、あなたは「間違っている」ものを好きになってしまうことがある。

今好きな人を、やがて嫌いになることがある。だから、そう簡単に「好き」とは言いたくない。「好き」と言ったなら、愛し続けてあげたい。だから僕は、確かめたい。本当に好きなのかどうか、確かめたい。だから僕は、話を聴きたい。ウィスキーの声に耳を傾けたい。彼女たちは訴えている。僕はそれを受け止め、すくい取りたい。

ウィスキーの声は誰にでも聞こえるはずだ。心を落ち着けて耳を傾ければ聞こえる。僕とあなたは聴こえ方が違うかもしれない。だけど、誰にでも聴こえる。

好きな人を嫌いになることがある。
だから僕は、そのことが毎日心配だ。
毎日心配で、だから、毎日飲むのだ。
今夜もまた、彼女の声が聴きたい。
今夜もまた、ささやいて欲しい。

心配だから、今夜もまた。「人気ブログランキング」

間違っている。(11)

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社会正義を追求することは僕らの仕事だろうか?もちろん、僕はそれが実現することを心から望む。世の中にはそれを仕事にしている方がいるのも知っている。そんな方たちには心から感謝をする。平和に暮らせる世の中を僕は心から望んでいる。でも、世の中の間違いを直すことはあなたの仕事だろうか?もちろん、あなたもそれが実現することを望んでいるだろうが。

どうやら世の中が間違いだらけであることは確かなようだ。夕方のニュースで僕らはそれを知ることができる。僕は時々、悲しくて涙がこぼれる。

悲しいニュースを見て、僕は「間違っている」と訴えない。ただ、「もう二度と同じことが起こりませんように」と祈るだけだ。もちろん、祈るだけでは何も解決しない。解決しないから間違いは繰り返される。それでも僕は、「間違っている」と訴えない。ただ、その背景や事情に興味があるだけだ。どうして間違ってしまったのかということには興味がある。

問題の解決を望むなら、間違いを見つけてそれを指摘することから始まるというのが筋ではあるだろう。だけど、果たしてその問題は僕に解決できることだろうか?もちろん、解決できることなら僕はその問題に着手するけれども、解決しようと思うなら、僕は自分の歩みを止めねばならない。その態度は僕にとって有効だろうか。また、「間違っている」と訴えるだけでも問題は解決しないのは明らかだ。

社会正義を追求することも、間違いを指摘することも、僕はそれを仕事として扱っていない。だけど、その代わりに僕は自分が正しいと思うことをしようと思う。僕が正しいと思うこと、僕がしてあげたいと願うのは、「聴くこと」である。その背景や事情に興味を持ち話に耳を傾けること。間違いを減らすことが難しいなら、僕は良いことを増やしたいと思う。「聴くこと」で人は救われることがある。

「話すこと」がなければ、「聴くこと」は成り立たない。
あなたには「話すこと」がないだろうか?
僕は聴く準備ができている。

世の中の間違いはたくさんあり過ぎて、どうやら僕の手には負えないようだ。悲しいことを減らすのは難しそうだ。だから、僕は人が愉しめることを増やそうと思う。自分の気持ちが言葉になる時、あなたは気持ち良くならないだろうか?僕は「聴くこと」ができる。

さて、この連載の始まりに話を戻そう。この話の起点になったこの青年は、僕に言わせれば「聴かない」人だ。彼はいつでもお客さんに興味がない。だから、お客さんの話を聴けない。だから、お客さんの気持ちをつかめない。お客さんの気持ちをつかめないから、お客さんが分からない。分からないから、怖くなる。怖くなるから、遠ざける。遠ざけているから、やっぱり分からないまま。負のスパイラルである。

「おいしい」とか、「ごちぞうさま」とか、お客さんの笑顔は僕らにとって最高の喜びではないだろうか。僕は素直にそう思う。人に喜んでもらうと、僕は嬉しくなる。愉しみを提供できた自分を僕は誇らしく思える。何もそれは、飲食業に限ったことではない。職業全般に限ったことでもない。世の中がそんな風なら良いのにと、僕は思う。喜ぶ人と、喜ばせて嬉しくなる人。誰かが困っているだろうか?

やっぱり定位置?「人気ブログランキング」

間違っている。(10)

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さて、そろそろこの話も終わりにせねばなるまい。

「それでも人生は続いて行く」。
その言葉は僕にとってすべての前提となる言葉だ。結局のところ、僕の人生は終わることがなかった。どんなことがあっても、現在のところ終わらずに続いている。僕の人生に何かの結果があるとするなら、それは「続いている」ということ以外にない。だから、続いて行くのだろう。命ある限り。

「どんな人生でしたか?」と問われるなら、まず何より「恥ずかしい」と僕は答える。思い起こし振り返るなら、僕の人生は恥ずかしいことだらけだ。ご存知の方には切実にお願いをしたい。「お願いだから、誰にも言わないで」と。もうすぐ44年になる人生を総括して、たったひとつ得られた教訓があるとするなら、それは「生きるってハズカシイ」なのである。

だけど、「それでも人生は続いて行く」のだ。どんなに恥ずかしくとも、僕の人生は終わることがなかった。僕の人生にたったひとつ残った真実があるとするなら、「生きている」ということ以外にはない。悲しくても、苦しくても、どれだけ怒りに心奪われても、どんなに喜ばしいことがあっても、結局僕の人生は終わらなかった。

命ある限り人生は続く。命の限りはいつ来るのか分からない。だから僕は、「それでも人生は続いて行く」ことをすべての前提としようと、そう思って生きている。だって、終わらなかったんだもの。それ以上に重たい真実は僕の人生にない。とても恥ずかしくて、「もう生きて行けない」なんて思っても、僕の人生は終わらなかった。

そう、「それでも人生は続いて行く」のだ。そして、「生きるってハズカシイ」のである。だったら、「愉しい方が良いじゃないか」、僕の人生のふたつ目の教訓である。どの道恥ずかしいのだ。ならば、愉しい方が良い。

もちろん、開き直るのは良くない。乱暴になりたくはない。その愉しみを丁寧に扱いたい。がさつになれば、途端に掌から幸福はこぼれ落ちる。愉しみを求めるなら荒っぽく落ち着きを失ってはならない。僕の人生の3つ目の教訓である。愉しみを丁寧に扱うとは、できる限り他人に迷惑を掛けないということである。

誰かを悲しくさせることは僕を苦しめる。もちろん誰かと利害がぶつかるなら、戦わねばならないのかもしれない。だけど、できるなら穏やかに暮らして行きたい。愉しみは誰かから奪うものではない。自ら作り出すことができるのだから。できれば争わずに生きて行きたい。それぞれの個性を明らかにするために、違いを知ることは必要かもしれない。だけど、互いの間違いを見つけるだけでは、僕らは愉しみを増やせない。

愉しみを増やそうと思うなら、間違いを犯さないようにすることは意味をなさない。
愉しみを増やそうと思うなら、試してみることだ。
試してみると、時々愉しいことが起こる。
試してみないと、永遠に愉しいことは起こらない。

絶対に間違えない方法がひとつだけある。
それは、「何もしない」こと。
何もしないから、絶対に間違えない。
絶対に間違えないけれど、永遠に愉しいことは起こらない。

ウィスキーは体験である。
感じることから逃げていては愉しむことはできない。
試してみないと、感じることはできない。

本日現在、3位です。「人気ブログランキング」

本日も感謝

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14th タルト昨日はたくさんの方からお祝いの言葉をいただいた。
嬉しい限り。
写真はフルーツのタルト。お祝いにいただいた。バニラアイスを沿えて来店のお客さんに出した。おいしく召し上がっていただいた様子。ありがたい。「品切れ」になってしまった方、ごめんなさい。

営業が終わって、残しておいた一切れを自分で食べた。
ウィスキーをほんの少し飲んだ。
おいしい。

僕は少し飲み過ぎたのかもしれない。気分が良かった。
いや、良くなかったのかもしれない。
いろんなことを考えた。
いや、考えなかったのかもしれない。
考えはまとまることなく、思いが拡散していった。
解き放たれたのだろうか?
良く分からない。ただ、様々な思いが巡ったことだけは事実のようだ。

1周年記念の日。今から13年前の昨日のことだ。
「1年くらいで喜んでいても仕方がない」。
僕はそう思っていた。
3周年の日も、「まだ、3年」そう思った。
「5年?まだまだ」。
「10年?喜ぶにはちょっぴり恥ずかしい」。
僕はそんな風に思い続けて来た。

20年経ったら、僕は喜べるだろうか?
胸を張って自分を誇らしく思えるだろうか?

いつか、そうなりたい。
その場所へ向かおう。
約束された場所ではないけれど。
感謝の気持ちを抱えて、その場所へたどり着こう。
飲み過ぎて気分が良くても、忘れない。
心に刻もう。
胸を張って自分を誇らしく思えるように。

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感謝

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シングル・モルト に参加中!
14th本日5月12日、ジェイズ・バーは14周年を迎えました。15年目のジェイズ・バー、本日よりスタートです。毎年の記念日に特別に何かをすることなく過ごして来ました。いつもと変わらず始まり、誰にも気付かれず一日が終わる。ジェイズ・バーの開店記念日はいつでもそんな風です。もちろん、時々は気付いてくれる人がいて、声を掛けてくれたりすると、僕はとても嬉しくなります。

開店記念日に何か特別なことをしようとしない僕は、少し頑ななのかもしれません。確かにその日がイベントのきっかけとして好都合であることは商売柄、理解するのですけれど。どうにも、僕は照れ臭いのかもしれません。僕は飲み屋のオヤジとして生きて行きたいと思っていて、ジェイズ・バーがお客さんの日常に溶け込んでくれることを願っています。

あり得ないほどの偶然の積み重なりが、僕とお客さんを出会わせてくれます。ちょっとした何かが足りなかっただけで、僕とあなたは出会うことがなかったかもしれない。僕はいつでもそんな風に思います。偶然と偶然の積み重なりは結果として、僕らの出会いを必然に変えて行くのだなと僕はいつでも思います。

しばらく会えなかったとしても、会えばまたそこから「昨日の続き」が始まるような、僕はあなたとそんな風になりたいと思うのです。僕とあなたが顔を合わせることが偶然ではない関係。それが、当たり前で必然である関係。「あれ?さっきまで何の話してたんだっけ?」と言って、また話の続きが始まるような。

偶然と偶然の積み重なりは、確かに事態を必然に変えるのでしょう。しかし、そこには当事者の意思が必要となります。僕らは互いに会いたいと思わないと会わなくなります。今日もまた「逢いたい」と思ってくれたあなたに感謝です。

偶然の積み重なりは僕とあなたに出会いを与えてくれました。また「逢いたい」と思うかどうかは、僕らの意志次第。僕はいつだってあなたに逢いたい。あなたも同じように「逢いたい」と思ってくれますように。

今日もまたジェイズ・バーで。
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間違っている。(9)

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シングル・モルト に参加中!
さて、いつもの調子でまた随分と話が長くなってしまった。
ぼちぼち、締め括りとさせていただこう。とは思うのだが。

シングル・モルトを愉しもうと思うなら、あなたの中の「正解のカタチ」に興味を持って欲しい。いくつかのシングル・モルトを飲めば、あなたの中に「好き嫌い」が生まれる。つまりそれは、あなたがその味わいと香りを判断している証拠だ。あなたなりの判断があるからこそ、あなたには「好き嫌い」が生まれるのだし、判断がある以上、その根拠はある。

あなたの中にもその根拠がある。あなたが「好き嫌い」を判断する根拠は、あなたの味覚と嗅覚に由来する。あなたが口に放り込んで味わったもの、漂ってあなたの鼻に吸い込まれた香り、そのすべて。その経験の記憶こそが根拠である。それがあるからこそ、あなたの中に「好き嫌い」が生まれる。あなたはそれを基準に「好き嫌い」を判断している。

あなたには好きな食べ物も好きな飲み物もあるはずだ。
シングル・モルトを飲んだ経験の記憶は「正解のカタチ」を作っていくだろう。
ちょっとしたコツがあるとするなら、「好きな理由」と「苦手な理由」を心に刻み込んでみれば良い。経験の記憶は蓄積され、その繰り返しはやがて「正解のカタチ」を手に入れる力となるだろう。

よりシングル・モルトを愉しもうと思うなら、あなたの言葉でその愉しさを語ってもらいたい。つまりそれは、あなたがどの程度、どのように「気持ち良い」のかということだ。それは、誰かの共感を生むかもしれない。同じものを同じように愉しむことができる人と、あなたはより一層その関係を深めて行くことができるようになる。

それは、とても素敵なことだ。1杯のウィスキーを真ん中に置いて、互いに「おいしいですね」と、そう言いながら飲む。人間とは他者からの共感を求める生き物ではないだろうか。愉しみを分かち合えることは幸福ではないだろうか。同じものを同じように愉しめた時、僕は善意の優しい手で心をそっと撫でられたような気分になる。その優しい手はあなたのものだろうか?それとも、ウィスキーの仕業だろうか?いづれにしても、心地良い。

とても残念だが、誰かの苦しみは僕の手に余る。誰かの苦しみを背負おうとすることは、僕を苦しくさせてしまう。だけど、愉しいことなら一緒にできるのではないだろうか。愉しみを分かち合うことは僕を苦しくさせない。同じものを同じように愉しめたなら、僕はとても幸せな気分になる。それがあなたと一緒なら、僕とあなたは愉しい気分になる。

それは、誰も困らない関係ではないだろうか。
僕はあなたとそんな風でいたい。
間違いを見つけてそれを正そうとするより、その方が容易く愉しい。

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間違っている。(8)

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あなたは自分の「好きな人」を「美人」と呼ぶことが可能だ。ただ、それは他の誰かにとっても「美人」であるかどうかは分からない。だから、「好きな人」を「美人」として紹介したかったあなたは、残念な思いをするかもしれない。誰でも概ね理解と共感を求めるであろうから、同意を得ることのできなかったあなたは残念な思いをするかもしれない。

だけど、それは心配すべきほどの事態ではない。あなたは自分の「好きな人」を大切にすれば良い。心ゆくまで大切な人を堪能すれば良い。できる限り官能的に。そもそも、あなたは「好きな人」と過ごす時間を「気持ち良い」と思っているのだから。他の誰かからの共感を得ることができなかったとしても、その「気持ち良さ」に変わりはないはずだ。

あなたは自分の「好きな人」を大切にすれば良い。他の誰かはあなたの「好きな人」に関心がないだけだ。あなたの「好きな人」を汚そうとしている訳ではないのだから。もしも誰かが、あなたの「好きな人」を汚そうとしているなら、あなたは「好きな人」を大切にして守りなさい。だけど、他の誰かの「好きな人」を汚さない方が良い。報復は連鎖するから。守るというのは「好きな人」を「好きだ」と言い続けることである。

あなたの「好きな人」に他の誰かが関心を持たないように、誰かの「好きな人」にあなたは関心を持たないかもしれない。要するにお互い様なのだ。気が合う人とは仲良くなれるだろうが、気が合わない人とわざわざ喧嘩をすることはない。他人の共感を求める行為が、その人と仲良くなることを目的としているならなおさら、喧嘩をしていては始まらない。共感を得られなかったその人とも、やがては違った形で仲良くなれるのかもしれないのだから。

「嫌いな人」を悪く言ったとしても、あなたの「好きな人」の価値が上がる訳ではない。「嫌いな人」の失点を願うより、「好きな人」の得点を望もうではないか。だからあなたは、「好きな人」と過ごす「気持ち良い」時間について語れば良い。「嫌いな人」の悪口を言いたくなると、人は途端に「間違い探し」を始める。間違いを見つけることは悪口を言う権利を手に入れる方法だろうか?

いづれにしても、悪口を言いたいという気持ちが先にあるように僕には思える。無遠慮な悪口がちょっとした憂さを晴らしてくれるということはあるだろう。そんな程度の効用があることは僕も大いに認める。ただ、あなたがある特定のシングル・モルトを嫌いな理由は、極めて個人的な感想の域を出ない。だから、あなたはそのシングル・モルトが嫌いなのであって、そのシングル・モルトが「間違っている」訳ではない。

好きなものを「好き」と言えば良い。
嫌いなものは「嫌い」と言っても構わない。
だけど、あなたの嫌いなものが「間違っている」のかどうか、
それは、僕らが決めることではない。

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間違っている。(7)

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長熟9「美人は3日で飽きる」というのは嘘である。
少なくとも僕はそう思う。残念ながら、3日では飽きない。しかし、1ヶ月なら飽きるかもしれない。1年間他を試すことなく、同じ美人が続いたら多分飽きるだろう。もちろん、シングル・モルトの話であるが。

多くの人が認める美人がシングル・モルトにもある。ただそれは、あなたの「好きな人」とは違うかもしれない。僕はあなたに、まずそのことを知って欲しい。世の中の美人に惑わされてはいけない。何しろ、美人はカネが掛かる。いや、もちろん、シングル・モルトの話である。世には美人と呼ばれる人がいて、それはあなたの「好きな人」と違う可能性がある。

それが違うのは、あなたが「間違っている」からではない。もちろん、世の中が「間違っている」訳でもない。シングル・モルトを飲んでいればやがて気付くだろう。世の中にはいろんなタイプの美人がいるのだなと。それは、僕らが暮らす世界と一緒だ。あなたの好きなタイプの美人もいるし、あまり好きではないが、多くの人から美人だと言われる人もいるのだなと。あなたがそんな風に思えるようになると、僕は嬉しい。

シングル・モルトが好きならば、世の中の評判を知っておくことは悪くない。役に立たないということはない。ただ、世の中の美人のすべてが正しい訳ではない。そもそも、美人に正誤はない。シングル・モルトが嗜好品であることを前提とするなら、「好き嫌い」があるだけだ。それで、十分ではないだろうか?僕は美人コンテストを否定すべき立場にはないが、例え、美人コンテストで優勝したとしても、僕が彼女を好きになるかどうかはまた別の話だ。

世の中の美人ばかりを追いかけるというやり方も、悪くはないのかもしれない。そのやり方のすべてを否定するのは愚かかもしれない。ただ、それはあなたの「好きな人」を心から消さないとできないやり方だ。確かに、世の中の美人を追いかけているうちに、あなたの中に「好きな人」(つまり「正解のカタチ」)が見えて来るなら良いのかもしれない。だけど、美人はカネが掛かるぞ。

あなたの中の「好きな人」、つまり「正解の形」を探るつもりでシングル・モルトを飲んでみてはいかがだろうか?非常に個人的な自分本位の「あなたにとっての正しいシングル・モルト」。僕はあなたにそれを見つけて欲しい。つまり、あなたは「好きな人」を見つける旅に出る訳だ。シングル・モルトの森へと旅に出て欲しい。

シングル・モルトの森は立ち入ったことのない人には、途方もないほどに広大に思うかもしれない。だけど、歩き方さえ覚えれば、迷子になることはない。大丈夫、夜が明けるまでには家に帰れる。あなたはあなたの「好きな人」を(自分にとっての)「美人」と呼ぶことが可能だが、それが、他の誰かにとっても「美人」であるかどうかは分からない。

「正解のカタチ」、「正しいシングル・モルト」。それらはそれぞれの人に固有のものだ。それを前提として、あなたには「正しさ」を追求して欲しい。正しさを追求することは「気持ち良さ」を手に入れる近道である。無駄に「間違い探し」をしていても、シングル・モルトはつまらなくなるだけだ。正しさを追求し気持ち良さを手に入れたなら、間違い探しの愚かさに気付くだろう。どの道、世の中は間違いだらけなのだから。

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間違っている。(6)

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長熟9シングル・モルトが嗜好品である以上、僕の正解はあなたの間違いである可能性がある。あなたが好きなものは、誰かが嫌いな可能性がある。何が正解であるかは、それぞれの飲み手の中に違ったカタチで存在している。そのそれぞれの「正解のカタチ」は飲み手ごとに当然異なる。「結構似てるね」、ということはあるが、「まったく一緒」ということは恐らくはあり得ない。

酩酊することだけを目的にするのではなく、「愉しさ」や「気持ち良さ」のためにシングル・モルトを飲もうとするのなら、まずは、あなたにその「正解のカタチ」を手に入れていただきたいと僕は思う。確かに、世の中には多くの人が「美人」と認める女性が存在するだろうが、あなたがその「美人」に恋をするかどうかはまた別の話だ。

恋愛の本質が幻想でしかないのと同じように、シングル・モルトを飲むという行為も幻想でしかないのかもしれない。あなたが今日恋をしたその人は、間違いなく昨日のその人と同じ人だ。昨日まで何とも思わなかった人に、今日恋心を抱いてしまうことはある。その人が変わった訳ではない。変わったのはあなたの方だ。あなたの心が変化したのだ。

昨日までグレンフィディックが好きだった人が、今日からアードベッグを好きになることがある。僕は別段不思議に思わない。あなたが変わったのだ。ジェイズ・バーに置いてあるグレンフィディックもアードベッグも変わらない。あなたの「正解のカタチ」が変わったのだ。昨日まで嫌いだったアードベッグをあなたは今日から好きになるかもしれない。

「そんなことはあり得ない」。あなたはそう言うかもしれない。だけど、人生は何が起こるか分からない。きっかけがあれば、あなたはアードベッグを好きになっているかもしれない。あなたの嫌いなアードベッグは毎日たくさん世界中で売れているのだ。それは、アードベッグが「少なくとも人間が飲めないものではない」ことを証明している。

あなたが言う「そんなことはあり得ない」は、思い込みである可能性がある。あなたには「アードベッグが嫌いだ」という幻想が必要なのかもしれない。「あんなヒドイひと、信じられる訳がないじゃないですか!」と叫ぶように訴えた女の子が、そんなヒドイ人と恋に落ちているなんてことを僕は何度も見ている。僕が言うまでもなく、そんなことは世界中で繰り広げられている。

お恥ずかしい話だが、僕も美人が好きだ。さらにお恥ずかしい話だが、どうやら僕は美人とは恋に落ち難いらしい。「らしいとは何だ!」とあなたは言うかもしれない。自分のことのクセに「らしいとは何だ!」と。

親しい友人から「お前は美人が嫌いなのか?」と問われることの多い侍である。親しい友人は良く知っているのだ。侍がどんな人を「好き」と思うかを。侍の思う「好き」は、友人たちのそれと異なることが多い。43歳にもなれば、どうやら自分がマイノリティであることに気付かざるを得ない。しかし、よろしいか皆様。だからこそ、侍は「好きな人」を巡って友人と争うことが少ないのだ。

侍は得をしている。しかも、親しい友人を困らせることもない。
素晴らしい人生ではないか。

女性に関しても僕の中には「正解のカタチ」がある。世の中の言う「美人」については僕も認めよう。多くの人の言う「美人」は僕にとっても「美人」である。しかし、どうやら僕の中の「正解のカタチ」と世の中の言う「美人」には若干のズレがあるようであることは認めざるを得ない。認めざるを得ないが、私は胸を張って言いたい!

ワタクシの中の「正解のカタチ」こそが、ワタクシにとっての「美人」であると。
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キルコーマン・ニュー・スピリッツ

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キルコーマン700今回はデカイ。いよいよ、700mlボトルでの登場である。このサイズで市場に投入されるからには、あちらも自分たちの作ったものに相当の自信と手応えがあるのだろう。確かに、それに相応しいニュー・スピリッツとしての実績もあるだろう。今まで50ml入りのミニチュア・ボトルで出されたキルコーマン・ニュー・スピリッツは、2,000円弱くらいの価格でありながら結構な売れ行きだったと思う。

どこかのオークション・サイトではそれが1本6,000円弱くらいのお値段が付いていたかと思う。「そこまでして…」とはさすがに思わないが、侍もそのニュー・スピリッツに対する評価は高かった。ニュー・スピリッツにしてこのポテンシャルの高さ。夢の膨らむスピリッツである。将来のイメージを創造するのに起点となるようなキルコーマン・ニュー・スピリッツである。想像力と共に期待が膨らむ。

さて、今回のキルコーマン・ニュー・スピリッツ。「100%アイラ」とキャッチ・コピーの付いたスピリッツである。ロッホサイドファームの自社で管理する農場で栽培された大麦を原材料に使い、(恐らくは)自社でフロア・モルティングされた麦芽を、アイラ産ピートで50ppmに焚き込んでスピリッツになったようだ。さらに、仕上げは自社でのボトリング。ポート・エレンのモルト・スターから麦芽の供給を受けていたとしても、「100%アイラ」のキャッチ・コピーに偽りはない。

前回もそれ以前にも、何度かこのキルコーマン・ニュー・スピリッツを飲んだが、侍が魅力を感じるのは青海苔のような芳ばしさと甘味。2ヶ月に満たないほどの熟成でしっかりとコクを感じたのだ。

今回は熟成1ヵ月半、フレッシュ・バーボン・バレルで熟成。アルコール度数は63.5%。
1杯800円でお願いします。

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