モルト侍

池袋のショット・バー、ジェイズバーのバーテンダーが、大好きなシングル・モルトを斬る。

2008年11月

分けること。(19)

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世の中は分からないことだらけだな。分からないことに興味を持ったら、それは「不思議」になる。分からないことに危険を感じたら、それは「不安」に変わる。不思議は好きだが、不安は嫌いだ。僕は分からないことを、分けて考えようとする。ものには仕組みがあり、仕組みはパーツに分けると分かり易くなることがある。

侍も子供の頃、目覚まし時計を分解するのが好きだったな。子供の侍にとって、目覚まし時計は「不思議な箱」だったのだな。その仕組みを知りたいと思った。ネジを外して分解した。人は興味の対象を裸にしたいと思うのだろうか?まぁ、やがて、侍の興味の対象は目覚まし時計から女の子に移る訳だな。

分解すると、何だか分かった気にはなるのだな。「なるほど!」、なんて思う。とは言え、分解した目覚まし時計を組み立てられた例がない。確かに、分解することで「どんなパーツでできているのか」を知ることはできるが、パーツの意味を知ることがなければ、仕組みを理解することはできない。パーツの種類と意味と仕組みを知って、初めて、組み立ては可能になる。

あの時強く感じた「なるほど!」は何だったのか?パーツの種類を知っただけでは、組み立てはできないのだな。子供の頃、新品の時計を分解した時は、母親にひどくぶん殴られたな。まぁ、やがて、侍の興味の対象は目覚まし時計から女の子に移る訳だが、女の子を裸にしても、母親にはぶん殴られたことはなかったな。いや、女の子本人には殴られたか。

まぁ、そんな話は良いか。

分からないことの仕組みを知りたいと人は思うようだな。全体というのは部分の組み合わせでできている。部分を知れば、それらを組み合わせることで全体をイメージすることは不可能ではなくなる。もちろん、それが簡単なことではないことを、多くの人は目覚まし時計と女の子に教えられる訳だ。皆様も殴られないように注意をしていただきたい。ちなみに、侍は熱い味噌汁が嫌いだ。

さて、先週の金曜日の「あなた」の話を持ち出すまでもなく。興味の対象である「不思議なこと」を目の前に、それを、分けて考えようとすることはあるだろう。いくつかのパーツに分けられることを知ると、「なるほど!」とか「ふーん」くらいのことは皆様だって、言ったことがあるはずだ。スコットランドの蒸留所の6つの地域区分を知って、「そうなんだ」くらいのことは思ったのではないだろうか。

先週の金曜日、シーヴァス・リーガルの水割りを飲みながら、あなたはお酒を分けて考え始めた。ブランデーとウィスキーが違うお酒であることに、あなたは自らの知識を使って辿り着いた。手持ちの材料を使って、推論を組み立て、結論(らしきもの)を導き出す。素晴らしい態度だと思う。あなたはやがて、シングル・モルトという「不思議の箱」の、仕組みを知りたいと思うようになる。

でもその時、あなたは「お酒全体」をイメージできていただろうか?お酒が醸造酒と蒸留酒に分けられることを知っていただろうか?ウィスキーはブランデーやジンやラムやテキーラなどと共に、蒸留酒に属することを知っていただろうか?ウィスキーがアイリッシュとスコッチとアメリカンとカナディアンとジャパニーズに分けられることを知っていただろうか?スコッチ・ウィスキーが……。

やがてあなたは、それらのことを知るだろう。そして最早、シングル・モルト・スコッチ・ウィスキーに強く心を惹かれ始めたあなたに、「お酒全体」はもう既にどうでも良いことかもしれない。あなたは既にスコットランドの蒸留所の6つの地域区分を知っている。ハイランド、ローランド、スペイサイド、キャンベルタウン、アイラ、アイランド。そして、かなりの数の蒸留所の名も知っている。

地域ごとにある程度の特性を持つと言われることも知っている。蒸留年度と瓶詰年度が熟成年数を決めることも知っている。熟成年数の多いウィスキーのまろやかな円熟味のある味わいが好きだ。若くてフレッシュなウィスキーも悪くない。あなたはそう思っている。シェリーやバーボン・カスク、時にはラムの樽やコニャック樽。それらの樽の違いが、ウィスキーの仕上がりに影響を与えることも、あなたは感じることが可能である。もちろん、その違いにも納得が行く。

あなたは既に、そのくらいの飲み手にはなっている。
ただ、少し困っている。
「分けること」の限界を感じているから。

週の終わりは、「人気ブログランキング」
よろしくお願いします。
ヘーゼルバーン2008-1

マッカラン 1995 12Yo クーパーズ・チョイス / ザ・ヴィンテージ・モルト・ウィスキー社(2)

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VM CC マッカラン 中マッカラン・オフィシャルの旧ボトルを諦めて、現行ボトルを仕入れることのないまま月日は流れた。そうは言っても、マッカランと言えば人気銘柄である。営業をしていれば、普通にオーダーを受ける訳だ。非常に申し訳ないのだが、「すみません。オフィシャルのマッカランは扱っていないのですよ」と答えなければならない。

何か良いマッカランはないかなと常々思っていた。やはり、選択肢はボトラーズものになるのだが、どうもあまりピンと来ない。気を利かせたつもりなのか、バーボン・カスクやラム・カスク熟成のものなんかも出ているが、マッカランらしいマッカランが欲しいのだから、「やっぱ、シェリー・カスクでしょ!」って気分なのだな。

で、毎月のことなのだが、ヤツは来るのだな。
刺客である。

いくつかのシングル・モルトを試飲して、今月の新商品リストの中からマッカランを発見。
「このマッカランどう?」。
「良いですよ」(まぁ、悪いとは言うまいが…)。
「どんな風に?」。
「マッカランですね」(そりゃそうだ、レベルにも書いてある)。
「ならば買おう」。

話は早いな。ヤツが「マッカランですね」と言うからには、マッカランらしいということだろう。12年という熟成年数もある意味ちょうど良いだろう。そんなに上品に過ぎることはない。侍は普通のマッカランで良いのだ。

で、翌々日には届くのだな。
ひと口飲んでの感想は「ま、良いんじゃねぇか」。

ある意味アテが外れたが、思った以上に「上品でうまい」。「もう少し、フツーでも良かったかな」と照れ笑いの侍である。オフィシャルのマッカランのちょっと「デレっとした風」でも良かったのだが、少々気品の高い風なシャキっとした印象のマッカランである。華やかでちょっと辛目のマッカランである。

オフィシャルのマッカランに感じる、ちょっとした泥臭さのようなものが、実は侍は嫌いではない。「もっさり」とした感触がマッカランの甘味に溶けて、独特の柔らかさを表現していると思うことがある。それは、高価ではないマッカランの良さでもあると認識している。

今回のこのマッカランの良さは「綺麗なハチミツ」だと思う。上質で華やかなハチミツ風味。シェリー風味と相まって気高さを感じるのだ。「こいつはちょっと良過ぎたな」と照れ笑いの侍である。

つくづく思うが、クーパーズ・チョイスは加水された丁寧なシングル・モルトを瓶詰するなぁと思う。

残念ながら、本家では既に売切れの様子。1990 17Yoのマッカランなら残っているが、それよりもグレン・エルギンが買いだな。

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VM CC マッカラン 下

マッカラン 1995 12Yo クーパーズ・チョイス / ザ・ヴィンテージ・モルト・ウィスキー社

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VM CC マッカラン 上本日はピンチに付き、いきなりお願いから始めたい。
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↑↑↑ おかげで本日も晴れの模様。

「まぁ、大人の事情があるんでしょうね」。
僕の問い掛けに対する、ある方の返事である。

侍は現行のオフィシャルのマッカランが気に入らない訳だな。何しろまずは、ボトルの形とあのラベルのデザインが気に入らない。長い間、様々なオフィシャル・ボトルのデザインの変遷を眺めてきたが、マッカランほど「変わらぬ様子」を見せ続けてきたボトルは他にないだろう。一目でマッカランと思わせる、あの変わらぬデザインが侍は好きだったのである。

VM CC マッカラン 中侍が生まれて初めてウィスキーをうまいと思ったのがマッカランだ。「他と比べ、明確に味が違うことを感じた上で、なおかつ、この味わいが好きだ」と、初めて飲んだマッカランをそう思った。オフィシャルのラインナップから「10年100プルーフ」が消えた時には心を痛めたが、(何年前でしたっけ?)オフィシャルのマッカランがそのボトル・デザインを変更した時には衝撃を受けた。

「お前だけは変わらないでいてくれると思ったのに」。なんてね。そう思った。

まぁ、それも勝手な話なのだろうな。人の心が移ろって行くのと同じように、ボトルの顔付きだって変わるのだな。仕方がないな。その中身が変わったくせに、顔付きを変えない輩よりはよっぽど付き合い易いか。中身が変わったなら、確かにその顔付きは変わるな。人なんて、みんなそんなものさ。いや、マッカランは人ではなかったな。

そう、中身と共にその顔も変えてくれたなら、その方が親切ということだろう。グレンリベットだって、グレンフィディックだって、ボウモアだって、ハイランド・パークだって、みんなその顔付きを変えてきたのだし、ただね、じゃあそれで、みんなカッコ良くなったのかい?って聞かれたら、どうなんだろ?現行のボトルは最新の流行のデザイン?昔のは野暮ったい?垢抜けないのかね?

まぁ、マッカランのデザインが変わった当初は、そんな気持ちだったのだな。
そんな侍の愚痴に某氏の冒頭の返事である。

グレンリベットも、グレンフィディックも、ボウモアも、ハイランド・パークも、グレンファークラスも、グレン・エルギンも、実はどうでも良いのだな。いや、どうでも良いとは言えないな。「許す!」、あるいは「認める」。そんな気持ちだな。「変わらないのが一番」何てことはないからな。でもな、マッカランが変わるのは、何だかなぁ。そうそう、寂しいのだな。

そう、侍は寂しかったのだな。残念だったのだ。マッカランのボトル・デザインが変更された当時、既に侍もマッカランとの蜜月の時期は過ぎていたが、変更後のマッカランの評判を聞くたび、何だか「昔付き合っていた彼女の話」を友人から聞いているような、そんな切なさを感じてしまったのだ。「久し振りに見かけたけど、あの子、随分変わっちゃったね」、と。で、「随分変わっちゃった」彼女に、侍はまだ会っていない。

しかし、そうは言っても、昔の彼女とシングル・モルトは違う訳だな。マッカランはそのボトル・デザインを変更した後も、いわゆる「旧ボトル」はしばらくの間、入手が可能だった。ジェイズ・バーも仕入れられる限り、旧ボトルを用意させていただこうとやって来た。だから、現行のマッカランにはお構いなしに、ジェイズ・バーでは旧ボトルを扱って来た。昔のままの彼女が好きだ。

しかし、やがて旧ボトルの在庫はこの世から尽きてしまうのだな。まだ尽きてしまってはいないが、市場の在庫が薄くなれば、価格は上がる。仕入値が上がれば、ジェイズ・バーでの売値も高くせざるを得ない。残念だが「そこまでしなくとも」っていう価格にまで、旧ボトルのマッカランはなってしまった訳だな。

さて、遂に侍とマッカラン旧ボトルのお別れの日はやって来てしまったのだな。現在、ジェイズ・バーに「オフィシャルのマッカラン」の在庫はない。いや、1974ヴィンテージの18年の在庫なら1本あるが、まだ出さない。そうは言っても、現行マッカランのボトルを置くのは悔しいのだ。

さてさて、相変わらず前置きが長いな。
思い出ばかり語って、なかなか「マッカラン 1995 12Yo クーパーズ・チョイス / ザ・ヴィンテージ・モルト・ウィスキー社」の話にならない。

ひと言も語らないまま、続きは明日。
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VM CC マッカラン 下

分けること。(18)

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「分けること」は多くの場合、混乱した事態を収束させるひとつの手段である。何もそれは、シングル・モルトの話に限ったことではない。だから、人は心がざわざわすると、自然と物事を分けて考えることが多い。そう、先週の「あなた」のように。シーヴァス・リーガルの水割りを飲みながら、「あなた」である彼は、世の中のお酒を分けて考え始めた。

先週の話の続きをさせていただこう。先週申し上げた通り、あなたがウィスキーを「語ること」に不慣れなお客さんだと想定して、話を進めさせていただきたい。

先週の金曜日、あなたが水割りを口に含みながら感じた戸惑いは、あなたがウィスキーに興味を持ち始めたことによるものだ。それまでのあなたにとって、お酒全般は時間と空間を他者と共有する際に必要な小道具、以外のものではなかったかもしれない。もしかしたら、お酒である必要すらなかったかもしれない。簡単に言えば、シングル・モルトに興味などなかったのだ。

ただ、お酒がコミュニケーションを円滑に進めてくれる、くらいの効用なら認めていたかもしれない。しかし、それ以上でも、それ以下でもなかったかもしれない。自分がお酒を飲める身体で良かった。くらいにしか思っていなかったかもしれない。社会人にもなれば、酒の席は仕事上でも増える。出された酒を飲めることは、都合が悪いことではなかった。

酒の席を重ねるにつれ、どんな場所でどんな酒を飲むのかを知るようになる。「とりあえず、ビール」なのだなとか、「こんな時には、日本酒」なのだなとか、「今日はワイン」なのかとか、目上の人の酒の席に付いていくことで、あなたは自然とそんなことを覚えていった訳だ。お酒全般を考えることなどなかったし、「分けること」など必要がなかった。

そんなあなたが、バーテンダーに「スコッチにします?それとも、バーボン?日本のウィスキーもいくつかありますが?」と聞き返された。あなたは少し戸惑った訳だ。ウィスキーに種類があることを実体験として知った訳だ。もちろん、そんなことなら当然予測はできたが、ヘネシーとシーヴァス・リーガルが、ブランデーとウィスキーという違うカテゴリーの酒であることすら知らなかったあなただ。ウィスキーに種類があることに興味などなくても当たり前だろう。

しかし、バーテンダーに問い掛けられたことを起点として、ブランデーとウィスキーの違いについて自分なりの考察を巡らせ、ウィスキーがいくつかの種類に分けられる可能性について想像し始めたということだ。あなたはなかなか気の利いた人だと思う。「違う何か」。あなたの想像力はそれを求め始めたのだ。

世の中のウィスキーは、その産地によって分類されることが一般的だ。それは五大ウィスキーと言われ、アイリッシュとスコッチとアメリカンとカナディアンとジャパニーズに分けられる。もちろん、その原材料によって分類されることもあるし、上記の産地以外にもウィスキーは作られる。分類のされ方はその限りではないが、多くは麦を主に穀物を原材料にした蒸留酒がウィスキーである。日本が数少ないウィスキー生産国であることだけは覚えておいて欲しい。ウィスキーを作っている国というのは、実は非常に少ないのだ。

さて、「分けること」を続けて行こう。産地によって分類されることが一般的だが、もちろん、僕はスコッチについてもう少し掘り下げよう。スコットランドで作られるから「スコッチ・ウィスキー」である。スコッチ・ウィスキーもまた、「分けること」が可能だ。主なものはふたつ。「ブレンデッド・ウィスキー」と「シングル・モルト・ウィスキー」である。「グレーン・ウィスキー」や「ブレンデッド・モルト・ウィスキー」は面倒なので話をすっ飛ばす。

シングル・モルト・ウィスキーも「分けること」が可能だ。先ほどと同じように、その産地によって分類されることが一般的だ。ローランド、ハイランド、スペイサイド、キャンベルタウン、アイラ、アイランズ。以上の6つの地域に「分けること」が一般的である。それぞれの地域には、ウィスキーを作る工場として蒸留所がある。蒸留所の数は合計すると100を超える。

先週の金曜日、あなたが飲んだのはシーヴァス・リーガルであった。シーヴァス・リーガルは「ブレンデッド・ウィスキー」である。「ブレンデッド」と言うからには、いくつかの種類のウィスキーが「混ざっている」のである。混ぜられたものの中にはシングル・モルト・ウィスキーも入っている。代表的なのはロングモーン蒸留所のシングル・モルト・ウィスキー。

もちろん、ロングモーン蒸留所のウィスキーを「分けること」も可能だ。蒸留年で「分けること」も可能だし、熟成年数で「分けること」も可能だが、「シングル・モルトの最小単位は樽である」と思っていて欲しい。もちろん、樽に詰められたウィスキーは、やがて、ボトルに小分けにされるのだが。

さて、本日冒頭で、「分けること」は多くの場合、混乱した事態を収束させるひとつの手段である。と申し上げたが、分け過ぎるとチマチマしてそれはまた混乱を招くのだ。「分けること」のコツは、

木を見て、森を見ない。
森を見て、木を見ない。
そのどちらも、偏り過ぎれば愚かだ。
ということである。

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エルギン-1

分けること。(17)

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あなたがウィスキーを「語ること」に不慣れなお客さんだと想定して、話を進めさせていただきたい。あなたがウィスキーを「語ること」ができないのは、ウィスキーを「思うこと」ができないからだ。「思うこと」ができないのは、「分けること」が不足しているからである。だけど、あなたには「感じること」は可能なようだ。あなたは「感じる身体」を持っている。

あなたがそういうお客さんだと想定して話を続けたい。

あなたはシングル・モルトを飲むのが愉しいと思っている。あなたがシングル・モルトの愉しみに気付いたのは、あなたに「感じる身体」がある証拠だ。「感じること」ができなければ、シングル・モルトを愉しむことはできない。皆様もそのことには納得をしていただいていると思うが、あなた自身が「感じる身体」を持っているかどうか不安であるなら、僕はあなたにひとつ質問をしたい。

あなたには好きなシングル・モルトと嫌いなシングル・モルトがあるだろうか?
あるいは、好き嫌いとまでは言わなくとも、どちらかがより好き、くらいのことは言えるだろうか?

その質問に「YES」と答えられるなら、あなたは「感じる身体」を持っている。ひと言断っておくが、僕は「何故そうなのか?」その理由を説明して欲しいとは言っていない。あなたにその理由が説明できなくとも構わない。ただ、ふたつのシングル・モルトを飲み比べ、「こちらの方が(より)好き」と言えるかどうかを質問している。

もしも、あなたの答えが「YES」なら、あなたはそのふたつの違いを「感じている」。だから、あなたには「感じる身体」があるのだ。「何故そうなのか?」を、あなたはまだ説明できなくて構わない。ただ、その違いを感じられたからこそ、あなたはシングル・モルトを愉しいと思ったのではないだろうか?あなたをワクワクさせているのは、あなたの想像力である。

「もっと違う何かがあるかもしれない」。

あなたがそのように想像したなら、それはシングル・モルトの愉しみの始まりなのだ。あなたが「感じる身体」を持ち、想像力を持ったなら、シングル・モルトの愉しみは始まるのである。あなたは「その先へ」と進んでみたいと思っている。違うだろうか?そして、「もっと違う何か」はあるのだ。あなたが、より好きだと思うシングル・モルトはある。

「違う何か」。あなたの想像力はそれを求め始めた。そして、実体験としてあなたはシングル・モルトを飲み始めた。僕が想定する「あなた」は、今そんな状態だ。そして、シングル・モルトを愉しいと思いながら、あなたはちょっとした悩みを抱えている。

つい最近までのあなたは、醸造酒と蒸留酒の違いすら明確ではなかった。「茶色いお酒」にはブランデーとウィスキーとバーボンがあると思っていた。バーボンがウィスキーというカテゴリーに含まれることすら知らなかった。かつて、バーテンダーに「バーボンをロックで」と言ったら、ワイルド・ターキーが出てきたのを良く覚えている。

だけど、「ウィスキーを水割りで」と頼んだら、「スコッチにします?それとも、バーボン?日本のウィスキーもいくつかありますが?」と聞き返された。あなたは少し戸惑った訳だ。「ウィスキーって言ったら、ウィスキーに決まってるだろ」とあなたは思ったが、もちろん、そんなことは言わない。ただ、「そう言えば、スコッチっていう言い方は何か聞いたことがあるな」と思った。

「えぇと、じゃあ、スコッチで」、あなたはバーテンダーにそう伝えたが、実は心中穏やかではなかった。「スコッチで」、あなたがそう言った瞬間、今度は「スコッチなら、アレとコレとソレがあります」。目の前のバーテンダーは、いかにもそう言いたげに思われたから。ある意味、あなたの予測は的中した。しかし、優しいバーテンダーで良かった。

そのバーテンダーは、バックバーから何本かのボトルを取り出して、あなたの前に並べ始めた。バーテンダーが選んだ3本目のボトルにあなたは見覚えがあった。「シーヴァス・リーガル」。あなたは言った訳だ。「あぁ、シーバスがあるんだ。じゃあ、コレで」。あなたはボトルを指差して、バーテンダーは水割りを作った。

あなたは水割りを口に含みながら、まだ少し混乱している。「ウィスキーって色々あるのだろうか?」。水割りを飲みながら、少し冷めた様子だ。いや、醒めたのかもしれない。それまでのあなたは、「茶色いお酒」はブランデーとウィスキーとバーボンの3種類だと思っていた。他と比べブランデーだけが少し違うことなら知っていた。

ブランデーの原材料はブドウだ。あなたはそんな話をどこかで聞いたことがある。だから、ブランドーはウィスキーとは違うし、バーボンとも違う。「だったら、ウィスキーとバーボンは何が違うのだろう?」。その時点で、あなたはまだ、ウィスキーにアイリッシュとスコッチとアメリカンとカナディアンとジャパニーズという種類があることを知らない。

ブレンデッド・ウィスキーとシングル・モルト・ウィスキーの違いも知らない。スコットランドで作っているから「スコッチ」と呼ぶことも知らない。バーボン・ウィスキーとテネシー・ウィスキーの違いも知らない。もちろん、ラムだって「茶色いお酒」であることを知らない。

さて、読者の皆様は気付いたかもしれない。
「あなた」である彼は、世の中のお酒を分けて考え始めている。

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ロングモーン オフィシャル

東京、晴れ。

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東京は快晴。代表は快勝。侍は残業。
青空、澄んだ空気、冷たい向かい風。

11月第3木曜日、ボジョレー解禁。書きながら飲んでいる。昨日店先に届いていた。実は頼んだことをすっかり忘れていた。お恥ずかしい話である。残念ながら、ジェイズ・バーではワインはほとんど売れない。まぁ、今時は「どこへ行ってもボジョレー解禁」なんて時代じゃないんだろうな。世の中すべてが大騒ぎするほどのことではないだろうから、それでいいのだと思う。

好きな人が飲めば良い。愉しみな人たちが嬉のならそれで良い。

で、侍もちょっとだけ愉しみなのだな。まぁ、頼んだのも忘れる程度だけれど。この時期直前になると酒屋の営業さんから「お願い」が来るのだな。迂闊に電話に出ると、「お願いしますよ」が断れない。「担当ごとに割り当てがあるんで」。

で、「良いよ」と答える訳だな。結局、売れないから自分で飲む。だから、11月を過ぎると、酒屋の担当からの電話には出たくなくなるのだな。でも結局、去年は自分で買いに行ったっけ。ビックカメラに。

どういう訳か、茹でたブロッコリーをつまみに飲んでいる。ブロッコリーだけ。いや、ブロッコリーだけっていうのは、ワインに合わないな。鉛筆くらいの太さに切った、カリッと焼いたベーコンが喰いたいなんて思っている。

「今年はどうですか?」なんて聴かないで。「良いよ」って答えると思う。去年と変わらない。一昨年だって「良いよ」って答えてた。

ワインは大体好き。何を飲んでも大体おいしいと思う。嫌いなシングル・モルトっていうのは時々あるけど、嫌いなワインっていうのはあるのかな?「これは嫌い」って思ったワインは実はないと思う。何を飲んでも大体おいしいって言うのは、幸せだな。能天気なだけか?まぁ、ワインより料理にしか興味がないのかな。

いや、ブロッコリーだけをつまみに飲むワインは嫌いかな。

だけど、今日はちょっぴり良い酒だな。日本代表は良い勝ち方をした。3−0で快勝。今までの苦手意識は何だったんだろうな。しっかりやれば勝てるのだ。サッカーは僕に色々なことを教えてくれる。流れの中からの3得点。悪くない。

人生はサッカーに似ている。
分けても、分からないことっていうのはあるのだな。

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ピアレス インペリアル ドラム

分けること。(16)

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今日の僕は少し嫌味なことを言うかもしれない。ただ、常々僕はちょっとした問題提起をしたいと思っている。だから、ひと言だけ言わせていただきたい。

僕は思うのだ。
「どうして多くの人は、何も知らないとシングル・モルトを飲んではいけないと思っているのだろう?」、と。「覚えるべきことを覚えて来ないと、シングル・モルトは愉しめない」、と。多くの人が、「知識がないとシングル・モルトを飲む権利がない」と思っているような気がしてならない。

もちろん、それは、思い込みである。
僕はその思い込みをひっくり返したいと思っている。
それが「侍の野望」である。
それを目指して、僕はまた今日も書くのだ。
「反論するなら、対案を出せ、侍」。
僕は毎日自分に問い掛ける。

知識などなくてもシングル・モルトは愉しめる。僕はそう訴えたい。もちろん、知識があった方がより愉しめる。「語ること」で、さらに愉しむことが可能である。「語ること」は共感の始まりである。共感の中には喜びがある。

まずは知識など要らない。「感じること」ができるなら、シングル・モルトは愉しめる。あなたが「感じる身体」を持っているかどうかは、ジェイズ・バーに来れば分かる。「感じること」ができたなら、「語ること」は可能になる。だけど、「感じること」ができても、「語ること」は少し難しい。だから、「語ること」には少しコツがいる。

「語ること」のコツは「思うこと」である。「思うこと」のコツは「分けること」である。
「分けること」で「思うこと」は容易になり、「思うこと」を言葉にするのが「語ること」である。

100人のお客さんがいれば、100通りの「感じること」がある。つまり、「感じる身体」は100体あるのだ。僕はそれを「事実」と認定している。僕はその「事実」の前に謙虚でありたい。だから、100通りの「感じること」を前に、それを受け止められるかどうかが、僕のバーテンダーとしての仕事であると自負している。

僕は長い間、お客さんの「感じる身体」を見てきた。実は、僕が受け止めてきたのは、シングル・モルトそれ自体ではなかったのかもしれない。僕は時々そんなことを思う。僕は今でも、シングル・モルトの専門家ではなく、お客さんの専門家になりたいのではないかと思うことがある。事実、そうかもしれない。

本日より、僕が「お客さんの専門家」であることを前提に、話を進めさせていただきたい。世には「シングル・モルトの専門家」はたくさんいるが、「シングル・モルトを飲むお客さんの専門家」というのは、この侍を置いて他にはいないだろうとの自負もある。だから、僕は語らせていただきたい。

僕は長い間、お客さんが「何を以って、おいしい、と言うのか?」そればかり考えて来た。簡単にひと言で言うなら、ウィスキーの魅力は「複雑でコクがあること」である。単調ではなく複雑であるからこそ、ウィスキーは「おいしい」と言われるのであろうし、個性的ではあってもコクがあるからこそ、ウィスキーは飲み応えがあるのだ。

残念ながら、スッキリと飲み易いだけなら「シンプルな味わいのウォッカ」に負ける。それが、ウィスキーである。鼻をつまんで飲み下し、涙目になって「飲めました!」と言ったところで、ウィスキーを愉しんだとは言えない。「感じる身体」を持たないと、ウィスキーの魅力である「複雑でコクがあること」を愉しむことはできない。ウィスキーを飲むことは修行ではないはずだ。

僕はウィスキーを「分けて」考えている。それは、僕が長い間、お客さんを見ていて気付いたことだ。お客さんによって「感じる部分」が違うということに気付いた。だから、分かった。

ウィスキーを愉しんでいる人は、「感じる身体」を持っている。
そして、「感じる部分」はそれぞれに違う。

それぞれに違う「感じる部分」を組み立てることで、僕の「分けること」は成り立っている。膨大な数のサンプルを集めることで、そして、それぞれのお客さんに聞き取り調査をすることで、僕は「分けること」に成功した。もちろん、これは僕の独自の分け方だ。そして僕は毎日、この分け方を使って、お客さんの次の1杯を考えている。

考え方は非常にシンプルだ。だから、それは誰にでも使える。既に独自の切り口を持った「上級者」の皆様には無用のものかもしれない。しかし、もしも、あなたが自らを「初心者」と思うなら十分に参考になるはずだ。

僕の分け方は「ふたつの軸」でできている。
そして、「ふたつの軸」は「3つの要素」でできている。
2×3、つまり、「6つの要素」でできている。

ひとつ目の軸は「傾向の軸」。
ふたつ目の軸は「相対の軸」。

明日から詳しくお伝えしたい。

心からお願い!
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ロングモーン 15

分けること。(15)

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シングル・モルト に参加中!
シングル・モルトを飲んで、「感じること」ができて、あなたの中に言葉が生まれたら、その言葉をボールに託して誰かに受け止めてもらいたいと願って欲しい。そして、そのボールをまた投げ返したいと願ってみて欲しい。「感じること」とは、あなたがシングル・モルトからボールを受け止めたことである。受け止めたボールを誰かに投げることは、あなたにとっての何かの始まりであるだろう。

受け止めてもらうことを目的に投げてみて欲しい。あなたが投げたボールが、相手のグローブの中で丁寧に扱われたなら、あなたの心は穏やかになるだろう。そしてあなたは、人に優しくすることに寛大になれるだろう。誰かと、同じものを、同じように愉しむということは、そういうことではないだろうか。共感するというのはそういうことだ。

僕らはシングル・モルトで、他者と共感することが可能だ。

「見ていてくれれば良いだけ」と思い始めると、その思いはやがて過剰になるのだろうな。受け手の存在を前提としないから、より強く投げようと思うようになり、より遠くまで投げようと思うようになり、投球フォームは一層エキセントリックになり、逆に言えば「どんなボールでも投げられる」けど、「もう誰も、捕りたくないボール」になっている。

悪いが、あなたの投球フォームには誰も興味がないかもしれない。
僕はあなたの投げたボールに興味があるだけだ。

「気の利かない悪口」とか「芸のない皮肉」に僕はあまり興味がない。まぁ、本人は一端の批評家のつもりでいるのだけれど、実態は皮肉屋な訳だな。「目も当てられない」なんてことになる。だから僕は、ちょっぴり切なくなるのだけれど、「金髪豚野郎!」なんて、あまり言わない方が良いのに、と思う。

でも、言いたくなる人の気持ちは理解できるのだな。「スッキリしたい」って気持ちは僕の中にだってあるもの。だから僕は、特定の誰かを想定してボールを投げるのが大切だと思っている。相手がどこにいるのかを分かった上でボールを投げたいと思う。3メートルしか離れていない相手なら、普通そんな強いボールは投げない。

「スッキリしたい」って気持ちは僕の中にだってあるから、やはり、僕だってボールを投げたい。だから、受け手がどこにいて、どんな様子なのかを分かった上でボールを投げたい。どんなボールでも、投げたならある程度は「スッキリ」することが可能だ。確かに、強いボールならより一層スッキリするのだろうけど、弱いボールでもある程度はスッキリする。

そして、誰かに受け止めてもらえたなら、スッキリするだけでなく、自分の気持ちが穏やかになることを知っている。また、強いボールは受け止めてもらい難く、適切なスピードのボールは受け手にとっても心地良い。人はそうやって、ボールの受け手を必要とし、それを見つけて行くのだろう。僕の文章の「ボール」という部分は、もちろん「言葉」と置き換えることが可能だ。

あなたの言葉が、誰かに受け止めてもらうことを目的とし始めたなら。誰かの理解を求め始めたなら、それは「表出」から「表現」へと近付くことになる。あなたの言葉が相手の心を動かし、相手の言葉により、あなたが心を動かされる可能性が生まれる。それは、あなたにとって有益な情報である可能性がある。やがて、そのやり取り自体があなたを落ち着かせることを知るだろう。

有益な情報は、あなたに最適な次の一杯を選ばせる可能性が高くなる。あなたは無駄なウィスキーを飲むことが少なくなり、酩酊することだけが飲酒の目的ではなくなり、愉しみを膨らませ、他者と愉しみを共有し、あなたの人生が快適になるだろう。そして、やがて、言葉を越える一杯に出会うのだろう。

酩酊以外の満足を手に入れたいなら、あなたには言葉が必要だ。
最初のひと言は「表出」であるだろう。
やがて、あなたの言葉はシングル・モルトを「分けること」に成功するだろう。
シングル・モルトを「分けること」を知って、あなたの言葉は「表現」へと近付くだろう。
「表現」はより多くの人の興味を惹くだろうし、
「表出」はあなたに興味のある人にしか関心を持たれない。

もちろん、親しい友人と「表出」を繰り返しながら飲むシングル・モルトも愉しい。

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ヘーゼルバーン2008-1

ゆっくりと年末モード

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アイリッシュコーヒー先日ご案内した通り、金曜からアイリッシュ・コーヒーを始めた。だから、今シーズンのモヒートは終了。それにしても、今年はモヒートが出た。実は昨日もオーダーがあったが、「ミントの葉がないので」とお断りをした。

僕の感覚では、モヒートは夏の飲み物っていう気がする。暑い夏の日に飲みたいカクテルだ。正直なところ、冬に飲みたいと思うことはほとんどないが、お客さんの動向を見ると「冬のモヒート」は普通のことになりつつあるようだ。実際、昨シーズンも冬のモヒートは結構オーダーをいただいた。そのうち、ジン・トニックに続く定番カクテルになるのかもしれない。

まぁ、ジェイズ・バーは「カクテル・バー」と胸を張って自負できるほどの店ではないと思っているので、「夏のモヒート」、「冬のアイリッシュ・コーヒー」で良いと思っている。僕の場合、カクテルに関しては、諦めと潔さが必要だと思っている。ただ、モヒートにしてもアイリッシュ・コーヒーにしても、真摯な気持ちで作りたいと思っている。

毎年この季節、アイリッシュ・コーヒーを始める頃になると、「そろそろ年末だな」と、そう思う。僕はそういう身体になってしまった。朝晩の通勤時間に寒さを感じ始め、アイリッシュ・コーヒーがイメージできるようになることと、年末になることはしっかりとリンクしている。そして、街はゆっくりとクリスマスに変わる。

去年の今頃は、心が挫けそうだったな。去年は一年を通じて「しっかりと現場で働くこと」を目標としていた。決めたのは良いもの、しかし、11月頃には「早く今年が終わってくれないかな」なんて思っていた。

今年は勉強をしたいと願った一年だったが、あまりうまくは行かなかったな。「知の再構築」、それが今年の目標だった。まぁ、残念だが、それは来年に持ち越しだな。

それはさて置き、今年もどういう訳か、心が挫けそうな11月になってしまった。「人の話は聴けるけど、自分のことがうまく話せない」。最近はそう思うことが多い。正月はゆっくり休もう。

しかし、気が早いな(笑)。
その前にしっかり働こう。

「部屋とワイセツと私!」。一同、「???」。
昨日の営業より。

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ロングモーン 15年 / オフィシャル

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ロングモーン オフィシャルこのウィスキーには世話になったな。つくづく、そう思う。ジェイズ・バーで何本仕入れたことだろう。また、侍も自分のためにこのウィスキーを何本飲んだことだろう。同じように思う方も多いかと思う。市場から消えてなくなり、もう、どのくらいになるだろうか?2,3年は経つのだろうな。手に取って眺めれば、随分と懐かしい。

このウィスキーをひと口飲んで、「真ん中太目、ちょうど良い」と言ったのは焼肉屋だが、なかなかうまいことを言いやがる。

おいしいウィスキーの香りがする。個性を主張し過ぎず、穏やかで飲み心地が良く、つまらない訳ではないが、うるさ過ぎない。ほんの少しオイリー、スムースで飲み易い。麦芽の甘味。バランスを保つのに有効なシェリーのニュアンス。大味な印象はあるが、この価格にしては十分な長さのフィニッシュ。

「真ん中太目、ちょうど良い」。まさに、そんなシングル・モルトだ。

今思えば、このシングル・モルトがなくなったのは残念でならない。もちろん、蒸留所が閉鎖された訳ではないが、このボトルのシングル・モルトは既に生産されなくなってしまったようだ。「入門者向け」としても最適であったし、「飲み慣れた方」が時々手を伸ばしたくなるほどの、飲み飽きない魅力を持っていた。侍からすれば、「使い勝手の良い」シングル・モルトであったな。

ロングモーン 15オフィシャルで15年熟成がスタンダードっていうのも、ちょっと贅沢な感じだったな。この商品がなくなったあとも、世の中には様々なロングモーンが瓶詰業者のモノも含め多数存在するが、この程度に気軽な定番のロングモーンを失ったことは大きな痛手であると思う。ロングモーンと言えば「これ!」というくらい、誰もが知るロングモーンであったのだ。

当時も、大量に生産されていた商品であった。まぁ、恐らく、どこかに眠っていた在庫があったのだろうな。日本のインポーターさんが引っ張って来たのだろう。この度、数年ぶりの来日となった訳だ。久々にお目見えってことなら、侍もちょいとご挨拶っていう気分になるな。

久し振りの登場なんで、気軽な価格という訳にも行かないのが、ちょいと残念だが、懐かしい方には昔を思い出して1杯飲んでみて欲しい。「そんなの知らない」って方にも、「ふーん」と思ってもらえれば嬉しい。

1杯、1,300円です。
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そうそう、ぼちぼち今日からアイリッシュ・コーヒーね。
ジェイズ・バー、冬の定番。

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アイリッシュコーヒー

最近のピアレス(3)

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ピアレス ダラスデュ2本さて、昨日はダンカン・テイラー・コレクションのインペリアルとともに、今回はダラスデュも仕入れたことをご報告した。本日はこのダラスデュの話。

上質で丁寧。ダラスデュらしく麦っぽく、そして、クリーミー。フルーツのちょっとした苦さ、あるいは渋さがアクセントに。ネガティブなニュアンスのものではない。じっくりと探せば、微かにチョコレート。チリチリとさららと爽やかに弾け、やがて穏やかに落ち着き、透明なフィニッシュへと長く続く。「ピアレス」であることよりも、しっかりと「ダラスデュ」であることを選んだ、ピアレスのダラスデュである。

ダラスデュは実は侍のお気に入りの蒸留所のひとつだ。かつて侍に、「ウィスキーであることのおいしさ」を教えてくれたのがダラスデュである。ウィスキーというのは麦のお酒であるのだなと、麦からお酒を作るとおいしくなるのだよと、ダラスデュはそう教えてくれた。麦味が甘くなると、おいしい。ウィスキーは麦の味のするお酒であるのだな。

実は、本当は加水タイプのダラスデュが好きだ。水を加え瓶詰し、おっとりと柔らかく、穏やかに甘味を増したダラスデュが好きだ。インパクトには欠けても、飲み心地の良い、飲み飽きないダラスデュが好きだ。長く付き合いを続けて行きたいウィスキーのひとつではあるが、25年前の1983年、ダラスデュはその歴史に終止符を打った。

ピアレス ダラスデュ2本 足下1983年を最後に、ダラスデュは新たなウィスキーを蒸留していない。だから、瓶詰されたダラスデュが出るたび気になっている。常に気になっているので、出たなら時々仕入れる。半年ほど前にもダンカン・テイラー・コレクションからダラスデュが出た。ジェイズ・バーでも仕入れた。今回と同じ1981年蒸留。今回が27年熟成なのに対して、前回は26年。ともに1981年4月の蒸留。瓶詰した年月日の違いが、熟成年数の差に表れている。

カスクNo.は「421」と「428」。ラベルからはその日付を確認することはできないが、この2樽は1981年4月の近い日に蒸留されたのだろう。近い日に蒸留され樽に詰められた「421」と「428」。ふたつの樽は同じ者の手に委ねられ、「421」は2007年12月に瓶詰。「428」は2008年6月に瓶詰。熟成年数は26年と27年となった。

ダラスデュ ラベル比較「421」と「428」は熟成庫で眠りに就いたその2年後、ダラスデュ蒸留所は閉鎖される。数奇な運命を辿ったその2樽のウィスキーは、やがて、同じ者の手によって瓶詰され、ジェイズ・バーの棚に並ぶこととなった。そして、その2瓶のウィスキーの違いは誰の舌にも明らかだ。

侍に言わせるなら、「428」はダラスデュらしく、「421」はピアレスらしい。ラベルからもその違いは明らかだ。上が「428」、下が「421」。「428」はその輪郭もくっきりとダラスデュらしく、「421」はその漂う様が何ともピアレスらしい。

さて、この蒸留所名の書体の変更は、今後のダンカン・テイラー・コレクション全般を通じての変更なのだろうか?それとも、今回のダラスデュ特別のものなのだろうか?今後の動向が気になる。

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最近のピアレス(2)

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先日ご紹介したインペリアルとともに、今回ダンカン・テイラー・コレクション(通称:ピアレス)からリリースされたダラスデュを仕入れた。インペリアルの方は2本仕入れたが、残りはあと5分の4くらい。お急ぎあれ。封を切りたての時と比べても、マンゴーのニュアンスはその存在を増している。今後の変化も愉しみだ。力強く、落ち着いている。

先日は、全般的なピアレスの傾向を「最初からうまい」、封を切った瞬間から「出来上がっている」と申し上げた侍である。まぁ、裏を返せば、ゆっくりと残念なことになって行くと言えなくもない。しかし、このインペリアルが幸運なことに、今後の発展に期待を抱かせてしまうのは、その「若さ故」かもしれない。

ダンカン・テイラー・コレクション(通称:ピアレス)と言えば、同社の看板ブランドと言っても良いだろう。結果として、長期熟成のウィスキーをリリースすることが多い。そんな中で、今回のインペリアルは1990年蒸留、18年熟成である。同ブランドの中から言えば若い方であるし、ピアレスも遂に90年代蒸留のウィスキーが出る時代になったかとの感慨もある。ジェイズ・バーのお客さんでさえ、90年代生まれはいないのだ。

かつて、ダンカン・テイラー社の「ピアレス・コレクション」の魅力は、熟成のピークに達したウィスキーの上質さにもあったと思う。その頂点を極めたウィスキーの有様を実感できるシングル・モルトであった。まさにそれは「比類なきコレクション」であったと思う。諸般の事情はあったとは言え、同社のその「ピアレス」の看板を降ろした訳だな。

樽に詰められたシングル・モルトのすべてが長期熟成に至るものではない。20年、25年、30年を超えるほどに熟成されるウィスキーは、そのうちのごく僅かだ。確かに、現在も長期熟成という頂点を極めたシングル・モルトを瓶詰する同社のダンカン・テイラー・コレクションである。それらの瓶詰されたシングル・モルトは、現在でもその頂点を極めたウィスキーの輝きを放っている。

しかし、ピアレスの看板を降ろして以降、むしろ同社は、その極端な長期熟成という呪縛から自由になったかもしれない。かつては「ベテラン重視」、現在は「展開力のある中堅どころも重用」といったスタンスであろうか。もちろん、かつてからの「ベテラン重視」、「若手軽視」は変わらない。ブランドの意味を考えるなら、それで良いと思う。

さて、90年代蒸留のシングル・モルトが18年熟成という事実に、ちょっとした驚きを隠せないが、これでまた60年代のシングル・モルトが遠のいて行くのだなと、ちょっぴり切ない侍であるのだ。

明日はもう一回続きを。

「ボルト侍?えっ、モルト待?」。
「いや、モルト侍です」。
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最近のピアレス

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昨日は記事の後半に訳の分からないことを書いた。お恥ずかしい限りである。関係各方面から突っ込みを入れられたが、自分でも説明は不能である。何のために書いたのか?誰に宛てて書いたのか?まったく分からない。原稿を書きながら寝てしまったのだな。寝て起きて、書いた原稿をコピペしてアップしたら、あんなことになっていた。写真貼っただけ偉いな。

実は昨日お休みをいただいた。休んで野球を観た。巨人対西武の日本シリーズをテレビで観戦した。今年の日本シリーズは非常に面白かった。シリーズ全般を通して考えるなら、常に優位を保ってことを進めるかに見えた巨人が、最後は若い西武の選手のタフネスの前に屈したのだと思う。戦力に勝っていても、試合には負けることがあるのだな。

巨人サイドからシリーズを見たなら、豊富で安定していたはずのリリーフ陣が最後は機能しなくなった。やはり、相手を警戒することと、疑心暗鬼に陥ることは違うのだな。適切な警戒心は敗北を遠ざけてくれることがあるが、過剰な猜疑心は自滅への入口となることがある。

小笠原がデッド・ボールによって手負いとなったことは不運であった。しかし、それは単なる不運。勝負事の世界に生きる者は、それを、単なる不運として先に進まねばなるまい。不測の事態というのは起こるのだ。原監督は不測の事態への備えがなかったのだろうか?あるいは、あえて準備していたカードを切らなかったのだろうか?

イ・スンヨプの不調は、彼がホームラン・バッターであることを考えれば致し方あるまい。ただ、そのイ・スンヨプを使い続けたことは、結果として原監督の判断ミスである。「恩情」では済まされまい。もちろん、来期のイ・スンヨプのことを考えるなら、彼の奮起を十分に期待できるが、残念なことにシリーズは終わってしまった。「待っていた一発」は、ついに出なかったのである。

小笠原とイ・スンヨプを原監督は信じたのであろうか?あえて言うなら、それは信頼であっただろうか?単なる盲信であったろうか?「選手のコンディショニングを見誤った」とは、敗戦後の原監督の弁である。原監督の中に「これで勝てないのなら、我々巨人軍の野球ではない」との確信があったなら、僕は異議を唱えるつもりはない。

さて、僕は「巨人敗戦」の大きな要因のひとつが、阿部の故障であったと申し上げたい。今年の日本シリーズの日程が「東京ドームで1・2戦」、「西武ドームで3・4・5戦」、「再び東京ドームに戻って、6・7戦」であったことは、闘いが始まる前から決まっていたことである。

シリーズをその3つに区切って考えるなら、「1・2戦」は巨人の1勝1敗、「3・4・5戦」は2勝1敗、「6・7戦」は0勝2敗ということである。つまり、アウェイで勝ち越して、ホームで完敗と言っても良いだろう。王手を掛けてホームに戻ってきたことがまったくと言って良いほど、アドバンテージにならなかったのである。

むしろ、「東京ドーム」、つまり、「ジャイアンツ・ホーム・ゲーム」がハンデキャップになったのだ。ピッチャーを打席に立たせねばならない東京ドームで、巨人は「指名打者:阿部」を選手起用できない。今シリーズでの阿部の打撃の好調ぶりは誰もが認めることだろう。守ることができない阿部が打席に立てる機会は「代打」しかないのだ。

渡辺監督を始め、西武の選手の皆様に賛辞を送りたい。
今、このシリーズを思い返し一番心に浮かぶのは第5戦。一挙に4得点を奪い、7回表をビッグイニングとしたジャイアンツ。5連打を浴びたのは涌井投手。しかしその間、渡辺監督は動こうとしなかった。

第1戦の先発に渡辺監督は涌井を使った。ほぼ完璧な調子と言って良かっただろう。9回のマウンドを守護神グラマンに譲ったが、2−1と投手戦を制した。その涌井を渡辺監督は第5戦でも投入、2回表に阿部に不用意な真ん中のストレートをバックスクリーンに放り込まれるが、その一打以外は巨人打線を6回まで完璧に抑えた。

そして、第5戦7回表、涌井はラミレスの2塁打をきっかけに崩れる。5連打を浴びて、この回4失点。

渡辺監督はこのゲームを涌井のために捨てたのだと思う。
そして、そのことを他の選手が理解したのだと思う。
僕はそう思った。

渡辺監督は戦略に長けた老獪な策士ではないだろう。選手個人のその日のコンディションを見抜き、モチベーション・コントロールに重きを置くことでシリーズを勝ち越した。優勝を決めた第7戦、渡辺監督は1点差に追いついた5回から涌井を投入。涌井は6回までの2イニングを投げ、打者6人から4つの三振を奪う好投を見せた。

さて一方、WBC日本代表監督がほぼ決定の様子の原監督である。豊富な戦力を持ち、短期決戦を勝ち抜くというミッションは実は日本シリーズと同様と考えることが可能だ。その重大なミッションに日本シリーズで結果を出すことのできなかった原監督である。原監督の中には深い反省があるだろう。それらを組み立て直し、形にすることができたなら、WBC優勝も不可能ではない。

さてさて、もう一方の本日の記事である。本日のタイトルの「最近のピアレス」という内容の記事を書くというミッションに結果を出すことができなかった侍である。ご心配なさるな。人生には必ず「敗者復活戦」がやって来るのだ。

明日、書きまする。

「ナベQって昔は帽子取ってもカッコ良かったのよぉ」。43歳・女子、呟く。
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ピアレス ダラスデュ

インペリアル 1990 18年 / ダンカン・テイラー・コレクション

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ピアレス インペリアル「ピアレス・コレクション」と説明した方が分かり易いのだろうが、最近はそのように言わないらしいのだな。まぁ、どこのバーに行っても「ピアレス」で通じると思うけど。これは、うまいよ。しかも安いしな。お買い得だな。

「ピアレス」ってさ、と、侍は思うのだな。今じゃあ、「ダンカン・テイラー・コレクション」というらしいが、このブランドの良いところは、封を切る時に「ドキドキ」するのだな。多くのウィスキーは封を切ってから、しばらく時間が経ってから、その変化の仕方も含めて、愉しみようがあるのが一般的だと思うのだが、「ピアレスって最初からうまい」。そう思うことが多い。

ピアレスって言うのは、どれもこれも、「出来上がっている」感じのするウィスキーが多いと思うのだ。しかし、今回のこのインペリアルは「将来が愉しみ」なシングル・モルトだな。こいつは、「良い具合」に変化し成長する予感を持っている。爽やかさを残しつつ、ねっとりとフルーティに甘くなるだろう。こいつはきっとマンゴーのようになるだろうと思っている。いや、既にそうなりつつあるな。

ピアレス インペリアル ドラムまぁ、確かにうまいな。どうやら、売っている彼らも「この酒はうまい」と思っているようで、このウィスキーは特別にダンカン・テイラー社のマネージング・ディレクターの名を取って「EUAN’S DRAM」と書かれている。

話は変わるが、このインペリアルを見て感慨深くもあるのだが、「1990年って、もう18年も昔のことなんだな」と思った。そして、「ピアレスも、もう、1990年代のウィスキーが出るようになったのだな」と。今年の春くらいだっただろうか、ピアレスのマッカランを見た気がするがヴィンテージは確か、1990年だったと思う。それまで、1990年代蒸留のピアレスはあっただろうか。

わりとすっかり予定がきまったっ他人も今では寂しい限りである、
さて、1杯、¥1700程度の蒸留所まんがんのうt5い。
まさか団鳥をととののへ、ジェイズ・バーでは日のジーと杯の乗り扱いはもりです。後ほど、あればということだな。

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今年は野球が面白い

日本シリーズが面白い。ともにリーグを制し、クライマックスシリーズを勝ち抜き、日本シリーズでぶつかり合うこととなった西武と巨人である。東京ドームから始まった両者の闘いは、エース同士の静かなぶつかり合い。息詰まる投手戦を涌井が制した。名実ともに「リーグ王者」同士の闘いは、その名の通り、実のある闘いになるだろうことを予感させた。

安定した投手陣がゲームを壊すことなく、継投策がうまく機能した第2戦。4番ラミレスのサヨナラ・ホームランで巨人が勝利をつかむ。流れをグッと引き寄せるかに思われた。移動日を挟み、場所を西武ドームに移しての第3戦、投打が噛みあわない様子の西武は、またしても巨人の巧みな継投にしてやられる。西武打線には戸惑いがあったと思う。

負ければ逆王手の西武。第3戦を落とした西武だが、西武ドームに移ってからは、噛みあわないだけで少しづつ打線が動き始めてもいた。中村のホームラン「おかわり」で5得点、無失点で快勝。「悩んだら負ける」。彼らはそう思ったのかもしれない。

2勝2敗で迎えた第5戦。勝った方が「シリーズ王手」を掛ける。先発は初戦と同じ、上原と涌井。両エースのぶつかり合い。未だ打線の噛み合わない西武。しかし、本来の調子ではない上原。結果として原監督の采配は的中。エース上原を3回で見切る。安定した投手陣はしっかりとゲームをコントロール。無失点で7回表の攻撃を向かえる。

勝敗を決したきっかけとなったのはラミレス。この回、5連打で4得点。対戦成績は巨人の3勝2敗。シリーズ制覇に王手を掛けた。

さて、巨人が勝てばシリーズ制覇。できれば西武に勝って頂いて、もうひとつ観たい。WBC次期監督が内定の原監督を睨んで、球界の世論は「原巨人日本一」に傾いているのだろう。しかし、日本シリーズはWBC監督を決める「テストマッチ」ではない。僕は闘う選手に最大限の敬意を払いたい。シリーズを冒涜してはならない。

本日ジェイズ・バーにて観戦予定。

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分けること。(14)

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うまいウィスキーを飲んで「うまい!」と叫んでしまうことは「表出」である。やがて、丁寧な解説と上手な説明でウィスキーを「語ること」ができたなら、そして、その「語ること」が誰かの心を動かしたなら、それは、既に「表現」であると思うけど、まずはあなたに、あなたの好き嫌いの基準を「表明」してもらいたいと僕は願って止まない。

「分かってもらえる訳がない」。本当だろうか?好き嫌いの基準を理解してもらうことは、確かに、簡単なことではないけれど、打席に立たなければ絶対に安打は生まれない。もちろん、打席に立たなければ絶対に三振しないというのも事実だが、「誰にも分かる訳がない」というのは、打席に立ちたくないあなたの言い訳ではないだろうか。

「分かってもらえる訳がない」という以前に、あなた自身が分かっていないのかもしれない。自分が何が好きで、何が嫌いなのかを。僕に言わせれば、あなたに「好き」と言ってしまうシングル・モルトがあるなら、あなたに「嫌い」と言ってしまうシングル・モルトがあるなら、あなたはそれに気付いていないだけで、あなたの中に好き嫌いの基準はある。探せば見つかる。答えはあなたの中だ。

実は特に難しいことはない。お暇な時にジェイズ・バーに来て、いくつかのシングル・モルトを飲んで、僕の質問に答えて行けば、きっとあなたは自分の好き嫌いの基準をゆっくりと自ら理解するようになるだろう。そのやり取りこそが、まさにキャッチボールである。他のバーテンダーに比べたら、僕には捕球の技術があると自負している。

あなたが好き嫌いの基準を「表明」できるようになったなら、あなたはどんなバーに行っても、自分のおいしいと思うウィスキーに出会う可能性が高くなる。初めて訪れるバーは、見知らぬシングル・モルトの宝庫である。棚の奥の方に隠されたボトルをバーテンダーが取り出すかどうかは、あなたが好きなウィスキーを「表明」できるかどうかに関わっている。

そして、好きなウィスキーとは「銘柄」を指定することではないのだ。
あなたの好き嫌いの基準を「表明」することである。
「どのウィスキーか」ではなく、「どんなウィスキーなのか」。
同じウィスキーを、別の人が、違うように「感じること」は、まったくおかしなことではない。

だから、それはあなたの基準である。あなたが表明するのは、あなたの基準である。違うシングル・モルトを飲んで、どちらかが好きで、どちらかがあまり好きではないと言うなら、あなたが気付いていないだけで、あなたの中には基準があるのだ。それがあるからこそ、あなたはどちらか一方を「好き」と言うのだ。

あなたがそれを、説明できなくとも、あなたの中に基準はある。僕といくつかのやり取りを続けて行けば、あなたはゆっくりとその基準に気付いていくだろう。境界線で区切るなら、物事は「こちら側」と「あちら側」のふたつに分けられる。区切ることで、あなたは自分の中にも基準があることに気付くだろう。僕は「こちら側」と「あちら側」の意味について説明をするだろう。

「分けること」で、あなたは「分かること」ができるようになる。

ただ、もちろん、その基準は暫定的なものでしかない。だけど、「分けること」はあなたの基準をより明確にするだろう。そして、基準を明確にすることで、あなたは「表明」することが容易になるだろう。あなたの基準をバーテンダーが理解すれば、あなたはおいしいウィスキーに出会う可能性が高くなる。

しかし、あなたの「好き」が明日は変わっている可能性があることも忘れてはならない。その基準は、あなたに独特の固着したものではない。ブレ幅を失うと、愉しみの幅も狭くなる。

シングル・モルトを「感じること」なら誰にでもできる。あなたの心に言葉が生まれたら、それが、「表出」なのか「表現」なのか、まずは「分けること」から始めて欲しい。そして、あなたの好き嫌いの基準を「表明」して欲しい。分からなくなったら、僕のところに来て欲しい。

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分けること。(13)

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こちらの続きです。

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もしもあなたが、そのシングル・モルトを「辛い」と言うのなら、あなたにとっての「辛い」の基準を相手に説明できた方が良い。ということだ。「辛い」を巡る解釈が非常に多様であることは、以前、説明をさせていただいた。あなたの「辛い」の解釈を相手に伝えることができたなら、相手はあなたがどこに立ってボールを投げているかが分かるだろうし、そうなれば、あなたは投げたボールを受け止めてもらい易くなるだろう。例えば、あなたの「辛い」の解釈は、以前僕がいくつか挙げた中のどれかに当て嵌まるだろうか?

受け止めてもらって、初めて、相手がボールを投げ返してくれる可能性が生まれる。

あなたの「辛い」の基準を相手に説明することは「表現」に近い。また、あなたが思わず口に出してしまった「辛い」は「表出」に近い。「表出」とは投げっ放しのボールのようだ。あなたの手から勢い良く放り投げられたボールは、放物線を描いて宙を舞い、どこかの地面に落ちるのだろう。コロコロと転がったボールは誰の手にも納まらず、やがて忘れ去られる。

もちろん僕は、「表出」に伴うカタルシスを否定しない。それこそは、まさに、シングル・モルトの愉しみの始まりである。うまいウィスキーを飲んで「うまい!」と言う快楽。それは至福の時であり、それ以上の快楽はない。ただ、僕らはこれから、そのようなウィスキーに幾たび出会うことがあるだろう。次の出会いのために、僕らは何杯ウィスキーを飲まねばならないだろう。

さて、僕は皆様に「キャッチボールの勧め」を説いている。バッターに対峙したピッチャーが、真剣勝負に臨んで投げる一球に比べたら、僕らのキャッチボール如きを「表現」とするのもおこがましい話ではあるのだが、投げること自体にカタルシスが存在し、受け止める相手を必要としない「表出」に比べたら、キャッチボールの方がよほど「表現」に近い。

もちろん、それでも僕は「表出」の快楽を否定しない。僕にとってのシングル・モルトも、かつて、言葉のないところから始まった。僕はやがて、少しづつ言葉を獲得し、他に比べてちょっとは説明上手であるだろうとの自負もある。お客様の「なるほど」と頷く様子に、大きな喜びと満足を得ることも多い。それこそは「表現」の喜びである。僕だって投げたボールを受け止めてもらえればこの上なく嬉しい。ただ、最終的に「ウィスキーはやがて言葉を越えるのであろうな」との思いはある。

僕にとって、やがてウィスキーは言葉を越えるのであろう。言葉を失うほどのシングル・モルトというのはあるのだ。それは、誰にも教えない。ただ、言葉には「分けること」の作用がある。そして同時に、何かを切り捨ててしまう可能性がある。「表現」の中の言葉にはそんな側面がある。だから時々「表現」は、身も蓋もないことになる。物事の片側しか語れないことがある。

「表出」の中の言葉は、ある意味「叫び」のようだ。それはやがて、「悪口」や「皮肉」に変わる可能性がある。そもそも「表出」とは受け止めてもらう相手を必要としない行為である。だけど、ひとりで延々と受け止める相手の存在しないままボールを投げていても、切なくなってしまうのだろうな。受け止めてくれなくても、見ていて欲しいと思ってしまうのだな。

番犬に例えるなら「無駄吠え」のようだ。喜びを表すでもなく、警戒を促がす訳でもなく、自己の存在をアピールするためだけに吠える。「僕を忘れないで!」と訴えているのであろうが、その顔には不安と敵意が見て取れる。悲しいけれど、敵は誰なのだろう?「世の中」なのだろうか?敵意はやがて、悪意に変わる。不安はやがて、皮肉となって外へと向かう。

自己の存在の脆弱さに不安を抱えることは、むしろ健全ですらあると僕は思うけど。
それは、絶望ではない。何かの始まりである。始まりには希望がある。

悩みが具体的になると、そこには希望が生まれる。

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グレン・エルギン / オフィシャル 旧ボトル

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エルギン-1儚いのだな。
淡い。薄く甘い。さらりと乾いた印象。微かに紅茶のようで、僅かにハチミツのようで、やがてオレンジのようで、最後に抱きしめようと思うと消えてなくなる。このシングル・モルトを軽快とは言いたくない。この悔しさは絶妙であるな。

確か、90年代中頃に流通していたオフィシャルの旧ボトル。うるさいほどに個性的なウィスキーばかりが、好きなウィスキーではないのだなと、そんなことをしみじみと感じさせてくれたウィスキーだ。ただね、飲めば分かる。こういうウィスキーを、「おいしい」と思える自分も、少しは大人になったのだなと、そう思う。

2,3年ほど前までであっただろうか、「コルク不良」という言い訳つきで、このウィスキーはちょっとお買い得な値段で売られていた。侍も随分世話になったな。

ほんの10年程度の昔のことでも、シングル・モルトなんて、まだそんなに皆様ご興味のない時代だったのだ。この時代のグレン・エルギンは、「私はあの有名なブレンデッド・ウィスキーである、ホワイト・ホースの原酒である」と、強烈にアピールしないと面目が保てないと判断したんだろう。ラベルのデザインは「ホワイト・ホースの関係者」であることを想像させていた。

まぁ、その味わいもブレンデッド・ウィスキー風だな。「いやいや、私なんて、そんなに個性的じゃあないですよ」と言わんばかりだ。その辺りが絶妙だな。侍は好きなのだな。ラベルは「ホワイト・ホースの関係者」を謳っている訳だ。自らブレンドッド・ウィスキーと間違ってもらっても構わないとさえ思っていたのかもしれない。

ホワイト・ホース蒸留所ただね、ちょっぴり切ないのはラベルには「ホワイト・ホース蒸留所」って書いてあること。そこまで行くと、何だかなぁ。そんなに自虐的にならんでも。もう少し胸を張って、「ホワイト・ホースの看板は掲げてますが、本当はグレン・エルギン蒸留所なんです!」って言って欲しかったな。もちろん、その下には「グレン・エルギン蒸留所」って書いてあるけど、字の大きさが小さいな。

恐らくは、当時の日本市場向けに用意されたシングル・モルトなのだろう。このウィスキーは「外箱」に入っていない。つまり、贈答品としての需要を期待されていなかったのだろうな。「お酒のディスカウント・ストアー」が当たり前の世の中の時代である。デパートのお酒売り場で「お歳暮」のために、立派な化粧を施すことを必要としなかったウィスキーなのである。

エルギン-2例えば「お酒のディスカウント・ストアー」で、サントリー・ロイヤルとか山崎とか、フェイマス・グラウスとか、オールド・パーとかと一緒に並ぶ訳だな。値段ではフェイマス・グラウスに負けるわな。高級感ではオールド・パーに負けるのだな。知名度から言ってもサントリー製品に敵う訳がない。広告宣伝費なんて掛けられない。

じゃあここは、「ホワイト・ホースの関係者」ってことで。

そんなシングル・モルト・ウィスキーなのである。
侍はお前が好きだよ。

で、昨日。
そんな話を若いシングル・モルト好きの男の子にしたら、グレン・エルギンのことは知っていたけど、ホワイト・ホースのことは知らなかったのだな。「ホワイト・ホースって何ですか?」、「へぇ〜、そんなウィスキーがあったんですか」、と。

侍はちょっぴり切なくなった訳だな。侍が「ホワイト・ホース」って言うたびに、その男の子の顔に「???」が浮かぶのだな。侍も「えっ!?」って感じ。「知らないの?」って。

でもさ、思い直せばグレン・エルギンも立派になったのだよ。ホワイト・ホースを越えたのだな。
もう既に、足手まとい?
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ボトルネック

ロビン、飲んで帰る。

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商品一覧ブログの読者の皆様には、予めお知らせできなかったことが残念でならないが、一昨日の日曜日、ブラッカダー社のロビン・トゥチェック氏をジェイズ・バーに迎えて、「ブラッカダー・ナイト!」を開催させていただいた。¥2500で、ハーフ・ショット3杯無料。4杯目からは¥500という大サービスのイベントである。

ご用意した商品は以下の14種。
 RAW CASK
Cragganmore / 1993 / 14Yo / 61.0%
Glenturret / 1990 / 17Yo / 53.7%
Glenury Royal / 1973 / 34Yo / 47.4%
Highland Park / 1992 / 12Yo / 62.3%
Laphroaig / 1990 / 18Yo / 56.3%
Linkwood / 1989 / 17Yo / 56.0%
Macallan / 1991 / 15Yo / 63.1%
Royal Brakla / 1994 / 13Yo / 58.2%
Royal Lochnagar / 1981 / 27Yo / 54.7%
SMOKING ISLAY / -- / -- / 60.7%
Strathisla / 1989 / 17Yo / 62.7%

CLYDESDAIL
Caol ila / 1993 / 14Yo / 56.2%
Glenrothes / 1990 / 17Yo / 59.9%
Glen Scotia / 1991 / 15Yo / 62.1%

ロビンと味の濃い目のインパクトのあるウィスキーを市場に送り出す、ブラッカダー・ロウカスクであるが、近くでロビンを見ていると、その人柄を感じ、「なるほどな」と思うから不思議だ。

店内のお客さん全員で拍手をして迎え入れ、僕と握手をして「ブラッカダー・ナイト!」はスタート。集まっていただいたお客さんにロビンを知ってもらうこと。そして、僕らがロビンのウィスキーを愉しそうに飲むこと。他にあまり特別なことはしない。僕はそれで良いと思っている。

お客さんには、普段僕らが飲んでいるウィスキーの向こう側に、どんな人がいるのかを知って欲しいと思っている。そして、ロビンには、僕らがウィスキーを飲むことが、既に特別なことではなくなったことを知って欲しいと思っている。僕らがこんなに愉しそうに、ロビンのウィスキーを飲んでいることを知って欲しいと思っている。

お互いに感謝の気持ちを伝え合える場所になれたら良いと思っている。
ウィスキーを愉しむことで、
ウィスキーを語り合うことで、
僕らはとても簡単に繋がることが可能だ。

フジ一昨日のロビンは今までよりも、店内を自在に泳いでくれた。たくさんのお客さんに声を掛け、その周りに人の輪ができて、みんな愉しそうに笑い合う。僕はカウンターの中で延々とウィスキーを注ぎ続け、グラスを洗い続け、そんな僕にはお構いなしに、ロビンはまた僕に握手を求め、「お前の店には良いお客さんがたくさんいるじゃないか」と言ってくれた。



IMG_7648僕は笑顔でそれに応え、ロビンは「来年の2月にはまた来たい。今度は2週間いるつもりだ」と言って、僕らはともに親指を立てた。一昨年は僕らを「クレイジーだ」と言ったロビンだけど、最初っからお前の方が「クレイジー」さ(笑)。僕は英語なんて分からないけど、僕らの共通言語がウィスキーで良かったと心から思う。

「良いお客さんがたくさん」って言われて僕は嬉しかった。そのひと言は僕をとても誇らしい気持ちにさせてくれた。今回の世話役を買って出てくれたスコッチモルト販売の忍者に感謝。優秀なスタッフの横井君に感謝。そして、ご参加のお客様、ありがとうございました。感謝です。もちろん、……。

ラフロイグ深夜0時頃ロビンはご機嫌な様子で帰った。朝方6時過ぎに店を閉め、横井君が帰って、僕は今回のために用意したシングル・モルトを少しだけ飲んだ。飲んだウィスキーは落ち着いていて華やか。つい最近のことのようだけど、懐かしくなるウィスキー。近いようで、遠いような。遠いようで近いような。



リンクウッド僕の気持ちは揺れて、だけど、揺らぎを作っているのもまた僕で、僕はその揺らぎに苦しんでいるのか、あるいは、その揺らぎが心地良いのか。僕は良く分からなくなってしまったけど、もうそんなことはどうでも良くて、ただ、そのウィスキーは僕の中に残っていた何かを燃やしてくれた。

僕はとても疲れて、ゆっくり眠りたかった。
僕は少し幸せだったのだと思う。

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シングル・モルトの甘さに救われる。

ロホナガー
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