モルト侍

池袋のショット・バー、ジェイズバーのバーテンダーが、大好きなシングル・モルトを斬る。

2013年10月

グレントファーズ 1992 20Yo / カスク & シスル

Cask & Thistle というブランド名は「樽とアザミ」という意味。ラベルには樽に根を生やしたアザミが、花を咲かせている様子がプリントされている。

樽の大きさを考えれば、何とも巨大なアザミということになるのだが、いやいや壮観な姿でありますな。

実はこのグレントファーズ、ちょいと気になることがあっての仕入れとなったのですが、手元に届いてから面白いことが発覚しました。

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先日「グッド・ルーザー的な」とご紹介したウイスキー・ブローカーのグレントファーズと同ヴィンテージ、同熟成年数であることを予め確認しておりましたので、まぁ、飲み比べてみようと思ったのでありますな。

まず、ふたつのラベルを見比べるとWB(ウイスキー・ブローカー)の方が1992年9月17日蒸留。で、C&T(カスク&シスル)も1992年9月17日蒸留、とまぁ、同じ誕生日ということでありますな。

カスクNoもWBが6041、C&Tが6031と10番違い。近いですなぁ。アルコール度数はWBが50.1%、C&Tは56.2%とWBの度数の落ち具合がちょいと気になりますかな。

WBのラベルには樽の種類がホグスヘッドと表記がありまして、C&Tはなし。でも、恐らくはC&Tも同じホグスヘッドかと思われます。

さてさて、同じ誕生日に双子として生まれて、違う家で育ったふたりということでありますな。いやいや、当然のことながら、育ちが違えば違うキャラクターに育つのですな。もちろん、同傾向のふたりではありますが。

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WBの方が若干「有機溶剤系」のニュアンスが強いですかな。しかし、C&Tも骨太スパイシーな飲み応えはあります。共に同系統の甘さがあるけれど、WBにはアップルミント、C&Tには蜂蜜バニラを強く感じます。

1992年というと、僕もまだ独立する前、池袋東口のバーで店長をやっていた頃のことでありますな。何だか懐かしく、気になってその頃のヒット曲を検索してみたら「部屋とYシャツと私」何てのが出て来まして、その記憶は恵比寿のおでん屋とニール・ヤングに結び付くといった次第であります。

ま、誰にでもある青春の思い出というやつですな。人生の中で一番マッカランを飲んでた頃かな。

シトラス・キャンディ、グレープフルーツのワタ。スペイサイド系ピート。穀物らしさ。太い甘さと適切なスパイシー。蜂蜜バニラ。ちんすこう!

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グレントファーズ 1992 20Yo
カスク & シスル
Cask No.6031 , 270bottles , 56.2%

「3杯セット」のご利用が可能です。
他の違う銘柄のウイスキーと合計3杯(ハーフ・ショット)で¥2,000(税込¥2,100)。
1杯当り、¥700(税込)です。


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ラフロイグ 1990 22Yo / キングスバリー

「今飲めるラフロイグ」という切り口で語るなら、1990というヴィンテージは古い方に入ると言って良いだろう。

最近は、為替も含め諸事情でウイスキーの価格が高くなっているようでありますな。こいつは一年くらい前に日本市場でリリースされたラフロイグで、まぁ今思えば、ちょっとだけ難を逃れたウイスキーだったかもしれません。

日々いくらかのウイスキー関連情報の中を泳いでおりますと、もうぼちぼちこの辺のヴィンテージのラフロイグを「3杯セット」で出すのは不可能な時代になるのかなと、そんなことを思うのですな。

「3杯セット」というのはこのようなもので、それ自体が池袋ジェイズ・バーの商品だと考えている。
池袋ジェイズ・バーでは、こんな感じでウイスキーを愉しんでくれたら良いのではないでしょうかと。

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もしもあなたが「ラフロイグが好き」という方で、「でも、たくさんの種類のラフロイグを飲んだことがない」というのなら、ちょいと試してみて欲しいなと思うのであります。

すべてのアイラ・モルトが乱暴者な訳ではありません。

「ふーん」とか、「へぇ〜」とか、「いつものと何か違う」とか、まぁ
もちろん、「美味しい!」と言っていただければ一番嬉しいのですが、ウイスキーを飲んでるお客さんの顔を見ているのが、僕は好きなのですね。

そのようなウイスキーを飲む人の反応をひとつひとつ蓄積し、僕は僕で「ふーん」とか、「へぇ〜」とか、「なるほど!」とか解釈し、次の仕事へ繋げて行く訳ですな。

という訳で、今夜は「3杯セット最後になるかもしれない90ラフロイグ」の話。そうならないように頑張ります!

スモークしたアーモンドオイル。紳士的で優しいアイラ・モルト。囲炉裏の炭。遅れて奥から何かのフルーツ。口に含んで、滑らか。確実に塩味。ペッパー系スパイシー。バニラ。

「3杯セット」のご利用が可能です。
他の違う銘柄のウイスキーと合計3杯(ハーフ・ショット)で¥2,000(税込¥2,100)。
1杯当り、¥700(税込)です。

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ラフロイグ 1990 22Yo
キングスバリー
Hogshead , Cask No.2234 , 242bottles , 53.7%

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バンフ 1975-2010 34Yo / ザ・ネクター・オブ・ザ・デイリー・ドラム

ご縁がありまして入荷です。
まぁ、こういうのは好物でありますな。

やっぱり「優しい人が好き」なのであります。「すぐ怒る人は嫌い」なのでありますな。皆さん、そうでしょ?

怒る人には怒る理由があるのでしょう。ま、怒られるこちらにも理由がある訳ですな。「ある出来事」を一枚のコインとするなら、「怒る理由」と「怒られる理由」はそのコインの裏表の関係でありますな。

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で、「ウイスキーは怒らない」というのが僕の持論なのでありますな。とは言え、怒らないだけで、ウイスキーは僕を許してくれる訳でもありません。勘違いしないように注意が必要ということでありましょう。

このウイスキーを飲みながら、今日のこととか昨日のこととか、まぁ随分と昔のことを思い出して、ニンマリしたり恥ずかしい気分になったり。ウイスキーの香りは何かを思い出す起点になりますな。

反省することばかりの中にもいくつか誇らしい記憶もあり、不意にポール・サイモンの「Still Crazy After All These Years」なんて唄のメロディが流れて来て、きっとあのオジサンは呑気な人なんだろうなと、そんなことを思いました。

通りで昔の恋人に会い、久し振りにふたりでビールを飲み、一緒に過ごした時間を思い出して、こんなに時間が経ったのに僕はまだ彼女に夢中。みないな唄。

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75バンフってのは、僕にとって、ポール・サイモンの言うところの昔の恋人のようですな。まだ、時々見掛けることができて、そんな時は声を掛けて少しばかり話し込んで、やっぱりこのウイスキーはチャーミングだなと感じる。

甘いバニラとカスタードクリーム。少しシュークリームの皮のような芳ばしい香りがして、その向こうのカスタードクリームを思わせる。度数も少し落ちて穏やかな飲み心地。ただ、僕はそれを薄いとは思わない。滑らかでしなやかとは思うけど。

75バンフもこれから劣化して行くのかななんてことも考えるけど、瓶詰めされたウイスキーは歳を取らないってことにしておきましょう。

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バンフ 1975-2010 34Yo
ザ・ネクター・オブ・ザ・デイリー・ドラム
joint with ラ・メゾン・ドゥ・ウイスキー
44.5%

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羽生 2000 13Yo / OB for Shinanoya The GAME

お待ちかねって感じですかね?
イチローズ・モルトから羽生蒸留所のウイスキー。ファイナル・ヴィンテージである2000年の蒸留でありますな。

羽生のウイスキーと言えば、「アレはいつ出るんですかね?」なんて話をうちの店でもすることが多いですが、そんなことは僕にも分からない訳で、でも、アレの前にコレが出て来たのかなと、そんなことを思いますな。

白を基調としたラベル。歴代のザ・ゲームの中でもシンプルで小粋な印象ですかね。今回は未完成のジグソーパズル。何やら暗示的な意味が込められていると感じます。

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羽生のファイナル・ヴィンテージが2000年。秩父の始まりが2008年。僕は数年前まで、イチローさんがその8年のギャップをどのように乗り越えて行くのか?に関心が高かったけれど、最近では(その件に)注目は薄れている。

(恐らくは)、乗り越えるのだろうと思うから。

願わくば、秩父の5年を今年のうちに飲みたいと思っていたが、どうやらその夢は今年のうちに叶うことはなさそうですな。まぁ、愉しいことなら来年以降に持ち越しでも構わないだろう(笑)。

秩父のファースト・ヴィンテージである2008年の原酒は大切に使うのだろうなと、そんなことを思う。

さてさて、最近は羽生のウイスキーのご紹介をする文章を書く自分に、切なさを隠せない。その作業はいつの日か終わりが来るのだから。

秩父蒸留所の始まりの報せを聴いて喜びを爆発させた僕だけれど、思えばその切なさはそれより以前から確定していたことだ。振り返っても、その命を繋いだイチローさんにただただ感謝である。

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僕らの愉しみは、時に大きなうねりの中に翻弄され、急な流れに抗うことができなかったり、でも、情熱を持ちタイトロープを渡るものが現れ、そんなことに救われることもあるのでありますな。

秩父が立ち上がり、歩き始めたことを実感している僕だけれど、その愉しみは将来に渡って保証されたものではない。イチローさんただ一人によって担保されたものでもない。

そこで働くスタッフが、日々目の前のウイスキーに注意を払うことで成り立っている。その周囲に集まる者が気に掛けることで成り立っている。そして最後は、僕らが飲むことで成り立っている。

特定するのが難しい、複数のフルーツの熟した香り。桃やプラムやネクタリンの皮。甘くないバナナチップ。葉巻といくつかのハーブ。いくつかのスパイスと特徴的なターメリック。バニラ。口に含んで、洋ナシとハチミツ。フルーツ各種。ミックスジュースのよう。

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羽生 2000 13Yo
OB for Shinanoya The GAME
Mizunara Wood Finish , Cask No.1302 , 299bottles , 59.5%

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秩父 2010-2013 / OB ザ・ピーテッド

これはお見事とご紹介して良いだろう。

熟成3年のウイスキーがここまで滑らかで瑞々しくあることに驚きを隠せない。もちろん、これより以上の上質なウイスキー体験があることを否定しないが、まだ5年の歴史しか持たない蒸留所がこのように上質なウイスキーを輩出できることを嬉しく思う。

このウイスキーは優等生だと思う。
「ピーテッド・タイプのウイスキーなのに?」と思われるだろうか?

確かに、ピートのニュアンスを「クセのある」ウイスキーだと感じることは間違いないだろう。ただ、ウイスキーとして筋の良い優等生だと思う。でもちょっと不良ぶってるだけ。

何しろまだ若いからね。
子供の頃って、そんなもんでしょ?

だから、このウイスキーはとてもキュートだ。不良ぶってるけど「ホントはいい子」な部分が隠せない。本性や素姓は溢れて漏れてしまうのですな。オジサン好みなタイプです。

昨年も2009-2012のピーテッドをリリースしたけど、個人的には今年の方が圧倒的に好み。

秩父2010-2013ピーテッド


人は誰でも、「自身の好き嫌いに対する思い込み」というのを持っていると思う。「◯◯は嫌い」とか、「好きな飲み物は◯◯です」みたいなこと。

例えば、「アードベッグが嫌いです」という人がいても、その人が今までにリリースされたすべてのアードベッグを飲んだことがないことは明らかで、だから、本当は好きになるアードベッグが存在する可能性はゼロではない。

その人のそれまでの経験から「アードベッグが嫌い」と表明することは間違った態度ではないが、これから先も永遠に「アードベッグが嫌い」かどうかは本人にさえ分からない。

でも、その人が永遠に「アードベッグが嫌い」と言い続けることは可能で、それは、これから先も永遠にアードベッグを飲まなければ良いのだ。

ま、そーゆーのもツマラナイんじゃないですか?というのも僕の態度で、ごく稀に時々は「あなたのストライクゾーンではないところ」にボールを投げたいと思うのが僕であります。

さて、ここから先は個人的な話になりますが、基本的にはピーテッド・タイプのウイスキーを「自分のストライクゾーンではない」と認識しております。

それも、先ほどの話、「自身の好き嫌いに対する思い込み」ということであります。

そんな僕にはお構いなしにイチローさんは、僕のストライクゾーンではないところにボールを投げてくる訳ですな。まぁ、こちらも「参ったな」とは思いながら、そのボールに手を出してみると、自分でも驚いたことにクリーンヒットが打てたと。そんな気分でありますな。

まぁ、そもそもピーティなウイスキーのすべてが嫌いだった訳でもありませんから、特に驚くこともないのですが、このウイスキーのピーティさは鼻に付かない。

鼻に付かないけど、やっぱり「ど真ん中ストレート」な秩父でホームランを打ちたいなと、そんなことも夢見るのでありますな。

まぁ、僕としても「その歴史の始まりからお付き合いのある蒸留所」というのは秩父だけと言っても過言ではない訳で、長いお付き合いになることを願っております。

何が心配なのかというと、こちらのバッターとしての衰えだけが心配でありますな(笑)


秩父 2010-2013 / OB ザ・ピーテッド
6700bottles , 53.5%

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ボウモア 1987-2004 16Yo / ウイスキー・ガロア

僕にとって、とても懐かしいウイスキー。ご存知の方、あるいはお察しの方もいるかと思うけれど、僕は基本的にいわゆる「化粧香」の感じられるウイスキーが好きではない。

僕が初めてそれに出会ったのはもう随分昔のことで、90年代のこと。それは、おそらく80年代に蒸留されたボウモアで、その時に強烈な違和感を持ったのを覚えている。

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当時は既に、ウイスキーの多様性にある程度の理解を持ち始めた頃だったけれど、それは、僕の思うウイスキーの領域からはみ出た存在に思えてならなかった。

「いろんなウイスキーがあって面白いなぁ」と思ってはいた僕だけれど、「多様性にも程がある!」と叫び出したくなったということである。

認め難い存在がその領域の中にある。
それを違和という訳ですな。

思えばそのこと自体、僕がボウモアに注目するきっかけになったことは確かで、当時いくつかのボウモアを飲んでみたことを覚えている。嫌いなら飲まなきゃいいのにね(笑)。

当然、嫌いなものばかりではなく、そうであるなら「それはどういうことなのだ!」。「そこに意味や法則はあるのか?」などと、思ったりする訳ですな。

先人の知識を借り、自らの体験を重ね、その意味や法則を理解して来ましたが、もちろんそれが真実かどうかは分からない。すべては認識と解釈の問題ですな。

僕の中での「ボウモア問題」は一旦保留になって、まぁそれ以後も、いくつかの80年代のボウモアを飲んでみたけれど、やっぱり「化粧香」は存在して、「問題」は解決することがなかった。

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時は過ぎて、2004年。このボウモアはひとつのきっかけになった。そういう点で、このボウモアは僕にとってひとつの意味を持つ。

このボウモアを少し美味しいと感じる自分に驚いた。花びらと蜜の香りがして、だけど、その花びらを口に含んでしまったような違和感があり、でも何だろう。ひと言で言えば「許せる」と思ったのかもしれない。

このボウモアは、僕にとって境目になったのだと思う。「今までより少し、これからのボウモアに注目しても良いだろう」と、そんなことを思ったのを覚えている。

スミレの花びらと花の蜜。汚れたバニラ。隠された甘い香り。どこかのお風呂の匂い。加水タイプにしてなかなか力強い。口に含んで、甘さとのバランスに優れるジンジャーとペッパー系スパイシー。下地に存在する「らしさ」としての海っぽさ。フィニッシュに物足りなさを感じても、飲み心地の良さは納得。

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ボウモア 1987-2004 16Yo
ウイスキー・ガロア
46%

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リンクウッド 1978-1995 17Yo / ブラッカダー

じっくり眺めると少しクラシカルな印象のあるこのラベルのリンクウッドは1995年瓶詰。

ちょっと前のことになるが、ブラッカダー社のロビンがふらりと僕の店(池袋ジェイズ・バー)に顔を出してくれたことがあって、その直前に在庫のウイスキーを整理している時にこいつが出て来たことを思い出し、「このウイスキー覚えてる?」みたいなことを本人に聴いてみた。

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老眼鏡を取り出して、ボトルをしげしげと見ていたロビンが、「これは、俺の最初に瓶詰めしたボトルだったかなぁ」みたいなことを言い出してちょっと驚いた。

確かに、このリンクウッドは1995年瓶詰めで、それはロビンが会社を立ち上げた年ではあるのだけれど。

その時に、もうひとつ面白い話を聴いて、ちょっとした小ネタとして皆さんにお伝えしておこう。

当然のことながら、これは最も初期のラベル・デザインで、実は現行のデザインも含め、ひとつだけ「ある意図」を持って大きく仕様変更した部分があるのだというのですな。

どのような意図で、何を変更したのかというと、ラベル上段の「ブラッカダー」のロゴそのものなのだという。

言われてみればなるほどということなのだけれど、当時は「Blackadder」の「B」(赤い字の部分ね)の輪郭がはっきりせずに、ボトルを手にした人が「lackadder」と「B」を読み落としてしまうことが多かったのだという。

まぁ、「ラッカダー」「ラッカダー」じゃ、カッコ悪いですな(笑)。

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以降は赤い字の部分の「B」を輪郭のはっきりしたものに変更したのだとのことだ。

もうどのくらい保管していたウイスキーなのか覚えていないが、こいつも僕の中でちょっとした思い出のウイスキー。

当時の僕は、スペイサイドのいくつかの蒸留所からピートのニュアンスを拾うようになって、そのきっかけのひとつになったのがこのリンクウッドかもしれない。

僕の中でアイラ系のピートとの違いを感じて、それをどのような言葉で説明したら良いのか悩んでいて、こいつを飲んだ時にちょっとしたひらめきが降りて来たのを覚えている。

僕はその部分を「タマネギだ」と感じるのだ。アイラ系のピートにはそれを感じない。

で、これがまた難しい話で、僕がスペイサイド系のピートに感じるタマネギは、他の人と共感できないことが多い(笑)。

ま、感じ方なんてのは人それぞれということですな。

さてさて、本日から10月が始まりました。リニューアル・オープン2周年ということで、10月5日まで、「3杯セット」対象商品とします。

シャキシャキしたリンゴの香り(恐らく、青森県産の)。微かにセメダイン。華やかだが薄いハチミツ。フルーティな瓜系の香り。メロンに近い。口に含んで、ハニー・マスタード・オニオン。下地に存在する薄口の甘み。ホワイト・ペッパー系のスパイシーが意外なほど長く続くフィニッシュ。

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リンクウッド 1978-1995 17Yo
ブラッカダー
Cask No.13597 , 43%

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ボウモア 1994 17Yo / ブラッカダー ロウ・カスク

ちょっと珍しいボウモアだなと思う。

潮の香りとスモーキーさ。穀物の甘さと旨味。桃やパイナップルのニュアンスを拾えるけれど、「フルーティではない」と説明できるウイスキーだと思う。

94ボウモアに明確なフルーティさを期待してる人には的外れな印象があるかもしれないが、想定外の愉しみが豊富なウイスキーだ。

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僕はこの甘いスモーキーさが気に入ったし、子供の頃に縁日で買ってもらったあんず飴を思い出した。

1994というヴィンテージのウイスキーが気になるのは、それが、ジェイズ・バーのオープンした年だから。当然、1994年には1994年蒸留のウイスキーなど出て来るはずもなく、だけど、次第に1994年のボウモアに印象の良いウイスキーが増えてきたことを、僕は嬉しく思うようになって行った。

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94年10月の蒸留で、ちょうど19年前のこと。作り始めて10年、20年経たないと評価の定まらないウイスキーというのは不思議なものだなと、そんなことを思う。

10年続く店なんてのも多くはないだろうから、20年も続けて来れたことに感謝ですな。本当につくづくお客さんのおかげなのです。

しみじみするボウモアですな。
秋が来て、ウイスキーが美味しい季節になりました。

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ボウモア 1994 17Yo
ブラッカダー ロウ・カスク
Hogshead , Cask No.1713 , 252bottles , 50.7%

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グレンドロナック 1993 20Yo / OB バッチ8

こいつは素晴らしい。
出色の出来栄えだと思う。

グレンドロナック蒸留所のウイスキーを思う時、知らぬ間に僕の中にふたつの立場が生まれていることに最近気付いた。

長期熟成に求める、上品と繊細と複雑。
比較的熟成の短いものに求める、ある種の納得。

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このウイスキーは明らかに下品ではない。70年代や60年代のグレンドロナックはもっと上品であるとのご意見があるなら反論はないが、抜栓前の僕は、ここまでのエレガントがこのウイスキーにあることを期待していなかった。

シェリー・カスクのウイスキーが全般的に苦手という方は意外に少なくないと日々感じている。日本人全般には合わないのかもしれないなどと考えたこともある。

苦手な方の意見を僕なりに(勝手に)総括させてもらうなら、それは「情緒がない」ということなのではないだろうか。シェリー・カスクのウイスキーに違和を感じる人の様子を見ていると、その人たちは「サイズが大き過ぎる」と感じているように思う。

僕ら日本人は、淡いもの儚いものを美しいと感じるようにできているのではないかと思うことがある。小さくて細かくてキラキラしたものを、そこからすくい取るような快楽。僕らの価値観は、そもそもそんなところにあるのかもしれない、と。

それは「金魚すくい」のような愉しみで、サーモン・フィッシングとは違うのだろう。ダイナミックでないことは明らかだが、「金魚すくい」の快楽を理解するには情緒が必要であるのだとは思う。

シェリー・カスクのウイスキー全般に閉口するような表情を見せる人の顔を見ていると、「小さな茶碗を差し出したら、丼三杯分くらいのご飯を山盛りに盛られた」ような表情をしていると思うことがある。

だから、シェリー・カスクのウイスキーに違和を感じる人の様子を見ていると、「サイズが大き過ぎる」と感じているように思うのだ。

では、サーモン・フィッシングがエレガントではないのかというと、恐らくそんなことはない。サイズの違うエレガントが、そこにはあるのだと思う。

愉しみ方の規格が違うなら、愉しむ側にも注意が必要かもしれない。金魚すくいの屋台の前に釣竿を持っていかないように、サーモンのいる川にすくい網は役に立たない。

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一方、ある意味「情緒のない」シェリー・カスクのウイスキーを好むような方も少なからずいて、その方達にはこのウイスキーが下品ではないことをお伝えしておきたい。

ただ、そんな方がこのウイスキーを飲んで美味しいと感じたなら、その人がそれらのウイスキーの下品さを気に入っていた訳ではないことは明らかだ。

このウイスキーはある種の「架け橋」になるのではないかと思っている。より上品と繊細と複雑が存在するグレンドロナックがあることも明らかで、でも、その愉しみを知らない人に飲んで欲しいと、そんなことを思う。

70年代のウイスキーの高騰を思う時、90年代前半のこのウイスキーに出色の喜びを感じて嬉しく思う。

コレうま認定です。
しかも、「3杯セット」で飲めます!

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グレンドロナック 1993 20Yo
OB バッチ8
Oloroso Sherry Butt , Cask No.3 , 633bottles , 52.9%

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他の違う銘柄のウイスキーと合計3杯(ハーフ・ショット)で¥2,000(税込¥2,100)。
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ロイヤル・ブラックラ 1976-2003 / スコッツ・セレクション

暑さも人だん楽な感じで、ゆっくりと秋の訪れを感じる季節になって参りました。子供の頃は剥き出しで太陽に向かっておりましたが、大人になると日陰を選んで歩くようになりまして、何とも寂しく思う今日この頃であります。

先日この場所に移転して2周年を迎えた池袋ジェイズ・バーであります。秋になればウイスキーもより一層美味しく感じられます。今月は、手持ちのウイスキーのいくつかを出そうと思っていますのでご注目下さい。

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まぁ、そんな訳でまずはこちらのロイヤル・ブラックラから。今年は夏がいつ終わるのやら、と思っていましたので個人的には「遂に」という感じのリリースであります。

ロイヤル・ブラックラというのも、まぁあまり馴染みがない蒸留所かもしれません。確かに、若いロイヤル・ブラックラでピンと来ないものはいくつかありましたが、1976生まれのこいつは良いですよ。この手のウイスキーには、心の底からウイスキーらしさがあると思わせてくれます。

ジンジャー・クッキーとトーストしたパン。初めのうち樹脂っぽいニュアンスが強過ぎるかと思ったが次第に落ち着く。シリアル、バニラ、蜂蜜、牛乳。かすかにメンソール。使用する前のバンドエイド。口に含んで、力強い甘さ。少しの灰っぽさ。白い花の花びら。ティッシュペーパー。糊?すり潰したご飯粒。遅れて薬草のニュアンス。バター飴。ただ、驚くほど様々なイメージが湧くウイスキー。

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ロイヤル・ブラックラ 1976-2003
スコッツ・セレクション
57.2%

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ジュラ 1988 24Yo / 3R ザ・ソープ

3Rさんから新らしいブランド「ザ・ソープ」である。案内をいただいた時には「洒落ですか?」と突っ込んだ(誰に?)。発注をする段になって「開き直りか?」と懐疑した。

入荷して飲んでみて、「確信犯であったか」と安堵した。昨日もお話をしたが、これはまさに「意味」としてのウイスキーでもある。ラベル裏側のいつもの小僧さんも俯いて苦笑い。

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さてさて、このブランド「ザ・ソープ」であるが、始めに企画ありき、であったのだろうか?

いくらかウイスキーを飲んできた方なら、このような石鹸を感じるウイスキーに時々出会ったことがあるだろう。まぁ、好き嫌いは置いておいて(僕は好きではないが)、そこに意味が発生しそれに気付く人が定量的に増えていくなら、そこにはマーケットが生まれるということなのだろう。

かつては、部屋の中にいる象を、誰もが見て見ぬ振りをしていた時代があったように思う。

時を経て熟成を重ねるのは不思議なことだ。その時間の中でウイスキーは何かを失い、その失ったものより以上のものを手に入れる。手に入れたものを幾重にも積み重ね、若い頃、異彩を放ったその特徴はゆっくりと相対的にその存在を小さくして行く。

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そして今、部屋の中の象は小さくなったのだ。小さな象はもう僕らに脅威を与えなくなったのだろう。人は象の存在に注目し話題にし始めた。ただ、象は昔からその部屋にいたのだ。

石鹸が象であるなら、象はもう十分に飼い慣らされるまでに小さくなった。多くの人に「可愛い」と言ってもらえるような時代になったのですな。

香ばしい燃える木ともみ殻の香り。雑穀系のパン。湿ったベーグル。苦いプルーン。すり潰したクルミ。水飴。口に含んで、滑らかに喉元に進むようで、全面的に舌を覆う石鹸。飲み下したあとの強烈な石鹸。微かに感じる塩味を覆うように石鹸。ドライフルーツのアンズの蜜蝋ワックス掛け。「なかなかイケるかも」と思う自分に驚愕。「おかわり」している自分が意味不明。

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ジュラ 1988 24Yo
3R ザ・ソープ
Bourbon Hogshead , Cask No.755 , 54.1%

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カリラ 1979-2009 / BBR ベリーズ・オウン・セレクション

できれば「昔は良かった」なんてことを言わずに生きて行きたいと思っている。そもそも人は未来に向かって生きて行くものだと思うし、将来の「愉しかろうこと」を見つけた方が建設的であると思うから。

しかし、過去の記憶の中に「良いこと」のいくつが存在するのは、誰だって同じことですな。僕の記憶の中にもいくつかの「良いこと」がありまして、このカリラもそのひとつ。

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「アイラ・モルトってのはフルーティなんだよ」なんて言い方をしたら、驚く方もいるかもしれません。

確かに、それは「すべての」アイラ・モルトを指した物言いであるなら間違いでしょうから、「僕はフルーティなアイラ・モルトが好きです」と言い直した方が正確なのでしょうな。

シングル・モルトの中にあって、アイラ・モルトがある意味独自の地位を築いているのは、「際立って特徴的なウイスキー」とカテゴライズされているからでしょう。

多くのウイスキー飲みはその初めての出会い、つまりは原体験を「歯医者さんの匂いの…」「消毒液のような…」「煙たい…」「しょっぱい…」と、驚きを持って言い表すことが多い訳ですな。

今夜もどこかのバーで、誰かがそんな話をしていることでしょう。

皆さん一様に、その「際立って特徴的なウイスキー」の原体験を語りたくなるほどにアイラ・モルトは魅力的ということでもあるのでしょう。「ウイスキーを飲んで驚いたのはアレが初めて」という方も少なくないでしょう。

バーテンダーという仕事柄、僕は皆さんがどのような語り口でその原体験を語るのか?ということに注目をしている訳ですな。そこには、アイラ・モルトに対するその人の認識や期待が表現されていると考える訳です。

アイテムの数自体多様なウイスキーの世界にあって、飲み手の嗜好も多種多様なのがウイスキー。ウイスキーと飲み手のベストなマッチングを考えるのが僕の仕事という自負があるのですな。

飲み手が世界をどのように認識し、何を求めているのか?そのことを知りたいと願っているのですな。

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冒頭にお伝えした「アイラ・モルトはフルーティである」というのは、僕の個人的な期待なのであります。そして、それはフルーティなアイラ・モルトとの出会いが、僕の原体験であったからなのでありますな。

以来、僕は「塩フルーティ」を感じるアイラ・モルトが好きになりまして、気が付いたらそれを求めるようになっていたのですな。僕にとってはオールド・スタイルなアイラ・モルト。古き良きカリラであります。

「近頃のアイラ・モルトは…」なんてオジサンの話を少しだけさせていただくなら、「歯医者さんの匂いの…」「消毒液のような…」と言ってもらい易いように作られている気もするのですな(笑)。

りんご風味のケフィア。オレンジの皮。冷たいタール。微かに皮革製品。キレイな蜂蜜。少し汚れたバニラ。口に含んで、軽量級だが複雑にスパイシー。味わいに奥行きを与える塩味。石灰質。優しく攻撃的なフィニッシュ。

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カリラ 1979-2009
BBR ベリーズ・オウン・セレクション
Cask No.4412 , 53.1%

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「3杯セット」という考え方

1)はじめに
今日一日の締めくくりに、人は酒場にやって来るのだろう。少しばかり苦いものであっても、新しい明日のために、終わらせなければならない今日もある。仕事が終わって眠りに就くまでの時間、誰にだって聴いてもらいたい話のひとつやふたつはあるはずだ。

話せる相手のいない人や、近しい人にこそ話せない話もある。人を寄せ集めてできた都会の街は、人の心を窮屈にしてしまうことがある。故郷を出て、戦いにやって来た人がいるのなら、戦士には休息が必要なのかもしれない。

自分を見つめ直す時間は誰にも欠かせないはずだ。自分との対話にウイスキーは触媒となる。他人との会話にウイスキーは緩衝材となる。ただ、自分を見つめ直す休息の時間は一人で過ごさない方が良い。あなたの呟きを受け止めてくれる誰かのいる場所が良い。

バーというのは最低限の公共性の守られた、とてもプライベートな空間だ。あなたの目の前には僕がいて、あなたの隣には誰かが座るだろう。バーというのは特定の誰かを締め出すために存在するのではない。その場所を大切にするすべての人を馴染ませるためにある。

ウイスキーは酩酊を手に入れるための手段ではない。愉しみを手に入れることを目的として飲んで欲しい。もちろん、飲めば酔うことは確かだが、愉しむことを目的とするなら、酔うことは結果であっても必要なものではなくなる。

酩酊を必要としない飲酒習慣を身に付けることは、あなたのこれからの人生を安全で豊かなものにするだろう。そう、ウイスキーはちょうど良い。それが、僕の考えだ。

僕は長らくお客さんにウイスキーを飲ませる仕事を続けている。僕の店で初めてウイスキーに触れて、その魅力に気付く人がいる。でも、残念なことにそこを素通りしてしまう人もいる。その違いは何なのだろう?僕は長らくそのことを自らに問い続けて来た。

もちろん、ジェイズ・バーに来る以前から興味や関心が高い人もいて、気持ちの赴くままにウイスキーを愉しんでいる。一方、かつての苦い記憶から「ウイスキーが苦手」と思い込んでいる人もいる。僕に言わせれば、悪いのはウイスキーではないと思うけど。

まぁ確かに、人はそれぞれ。

僕も長らくウイスキーを飲んで来た。初めて飲んだウイスキーをどのように感じたのかは、よく覚えていない。ただ、ウイスキーの飲めるカッコ良い大人になりたいと思っていたのは確かで、ウイスキーを飲む自分に満足していたことをよく覚えている。

少しばかり長い話だが、お付き合いいただけたら嬉しく思う。

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2)愉しむ人が持つもの
ウイスキーにはハード・リカーの弱みというのがあるのだと思う。それはまさに蒸留酒であること。その度数の高さは多くの人を寄せ付けない部分がある。確かに、相対的に度数が低いアルコールには「飲み易さ」があると言って良いだろう。

人が口にするものなのだから、身体に「合う/合わない」「そもそもの得手不得手」というものはあるだろう。「相性」のようなものだ。でも、ウイスキーの魅力に気付く人と気付かぬ人の違いを、僕は説明できない。簡単に言えば「ご縁」ということかもしれない。

だけど、ウイスキーの前を通り過ぎて行く人たちを「ご縁がなかった」と諦めるしかないのだろうか。僕には少し、そのことが切なかった。ならば、その魅力に気付いた人とそうでない人の違いは何だろう?

どちらかと言うと、僕はウイスキーそのものより以上に、それを飲む人に関心が高い。人がどのようにそのウイスキーを感じているか?その人の中で、そのウイスキーはどのようにリアルなのだろうか?僕はいつだって、そんなことが気になって仕方ない。そんな眼差しで飲む人に注目しながらウイスキーの周辺を生きている。

もちろん僕は、ウイスキーを愉しむ人が増えることを望んでいる。そんな僕から見ると、ウイスキーの魅力に気付き、既にウイスキーを愉しんでいる人たちには、いくつかの共通するものが存在するようだ。

まず「始まりの時」があり、そして「感じる身体」を手に入れ、やがて「目論見」を持ってウイスキーを愉しむようになる。人生の半分以上をバーテンダーとして過ごし、僕はウイスキーを愉しむ人たちの共通点をそんな風に見るようになった。

当たり前ではあるけれど、始まったから愉しめている。「始まりの時」をきっかけと言って良いかもしれない。また、簡単に説明するなら「感じる身体」とは目の前の一杯を愉しむ態度であり、「目論見」とはまだ見ぬ一杯を想像する態度だ。

「始まりの時」と「感じる身体」と「目論見」。
「既にウイスキーを愉しんでいる人」たちはその3つを持っている。

確かに、その「始まりの時」を気付かぬまま通り過ぎる人もいる。その遠い記憶を忘れてしまった人もいるだろう。だけど、振り返って「あの時がそうだったか」と思い出すことがある。

ウイスキーの魅力に気付いたから愉しめるようになるのか、愉しんでいるうちにその魅力に気付くようになるのかは僕にも分からない。だけど、「感じる身体」を手に入れ、少しづつ「目論見」が持てるようになれば、どんな人もウイスキーを愉しめる。僕はそう思っている。

ウイスキーを愉しむのに必要なことがその3つというなら、それらをどのように提供できるだろうかと僕は長い間考えて来た。

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3)体験としてのウイスキー
さて、あなたは少し不思議に思っているかもしれない。僕は知識の重要性について語らない。あなたがこれから「ウイスキーを始めようと思っている人」ならば、準備のために知識が必要と考えるのは間違いですらあると思っている。

もちろん、僕も知識の有用性については疑うところがない。そもそもウイスキーは僕の興味の対象であり、知識がその理解に大きく役立っていることには異論がない。

だけど、興味と関心があれば知識は集まって来る。ウイスキーは体験であり、座学ではない。だから、あなたがもしも、知識がなければ始められないと思っているなら、「そんなことはない」と僕は言いたい。

ウイスキーを愉しむのがあなたなら、あなたはあなたの感覚を頼りにするしかない。すべての蒸留所の住所と電話番号を覚えることは、あなたにウイスキーを「美味しい」と感じさせるだろうか?

あなたが「美味しい」と感じることが大事なら、あなたがウイスキーを飲んでみるまで始まらない。つまり、「飲まなければ始まらない」。では、既にウイスキーを愉しんでいる人たちは、その「始まりの時」に何が起こり、それをどのように迎えたのだろう。

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4)概念としてのウイスキー
まず、僕らが日常会話の中で「ウイスキー」という言葉を使う場合、何か具体的なウイスキーを指してはいないことに気付いて欲しい。つまり、僕らは普段「ウイスキー」という言葉を抽象的な概念として使っていて、それは、まだウイスキーが始まっていない状態である。

例えば、「ウイスキーがお好きでしょ?」という質問は何を訊ねているのだろう。その質問文に含まれる「ウイスキー」は何を指すのだろう。実は、ウイスキーを知れば知るほど、正確にその質問に答えるのは難しい。

つまりこういうことだ。もしも、ウイスキーに興味を持ち、いろいろ飲んで、好きなウイスキーとそうでないウイスキーがあるなら、あなたはその質問にどう答えるだろう。誰だってすべてのウイスキーが百点満点ではないはずなのだ。

「どんなウイスキーが好きですか?」という質問になら、いくつかの答えが浮かぶかもしれない。だけど、「ウイスキーが(すべて)好き」とは答えられない。好きなウイスキーと嫌いなウイスキーがあるなら、「ウイスキーがお好きでしょ?」という質問への正確な回答は「好きなものばかりではありません」という限定的なものにしかならない。

ただ、質問者の意図がそんなところにないことは明らかだ。質問者はウイスキーが複数種類あることを前提としていない。そこで言う「ウイスキー」とは、その時質問者の目の前にあるものか、あるいは「ウイスキー」をひとつの概念として質問をしている。

だから、その質問は日常会話のレベルから逸脱していない。当たり前に違和感なく受け入れられる。「ウイスキーがお好きでしょ?」という質問は、テレビCMの影響もあり、僕らにはそれは女性が発する言葉だという思い込みがある。

つまり、「ウイスキーがお好きでしょ?」という問い掛けは質問ではない。「お誘い」なのである。もしも、あなたが「ウイスキーが全般的に苦手」だとすると、「お誘いに乗れない」という意味で、少しばかり残念なことになるのかもしれないが。

「ウイスキーがお好きでしょ?」と訊くその人に、「あなたの言うウイスキーは、何か個別のウイスキーのことを指してのことでしょうか?あるいは、ウイスキーという概念についてお尋ねなのでしょうか?」と切り返すのは無粋だと僕らは思っている。

日常的に何気なく使う「ウイスキー」という言葉は、ほとんどの場合、個別の具体的な何かを指しているのではない。「ウイスキー」という言葉は概念としてやり取りされている。

僕らの脳は都合良く優秀で、「ウイスキーがお好きでしょ?」という質問を、「ウイスキーに関心がありますか?」という質問なのだと脳内で変換してそれに応える。僕らが普段使う「ウイスキー」とは概念なのである。

同じ様に「犬」というのも概念である。日常会話の中で「犬」と言う場合、それは個々の犬を指さない。「尻尾を持つ4本足のワンと鳴く哺乳類」というのが犬の概念であるなら、ポチもハチも犬という集合にまとめられてしまうのである。

だけど、本来ポチとハチはそれぞれ個別の犬である。ポチとハチにはそれぞれ個別の特徴と意味が存在する。でも、ポチとハチがともに柴犬という同じ犬種であったなら、他人である僕らにはその判別が難しいかもしれない。

しかし、飼主にとってその判別は容易である。ポチとハチの飼主にそのふたつの犬の差は重大だ。同じ犬でも他人である僕らと飼主とでは、その意味の濃密さが違うのである。そして、実はウイスキーも同じことなのだということに気付いて欲しい。

概念とは物事の総括的な意味のことである。その概念に含まれる物事から共通項や類似点を拾い上げ、個別のモノから離陸しその抽象度を上げる作業である。

それは、結果としてポチとハチから個別の意味を引き剥がし、その特徴を薄くしてしまうのである。その作業の結果、ポチとハチはめでたく「ともに犬である」と、その概念に総括されるのである。

あなたが犬を飼いたいと思う時、犬の犬種に詳しい必要はない。例えば、シェットランド・シープドッグの愛称がシェルティであることを知らずに、それを飼い始めることに問題はない。あるいは、拾った雑種の小犬にポチと名前を付けて可愛がることに幸福を感じるなら、それは意義のある時間だろう。

ウイスキーも同じことだ。

だけど、あなたがポチの飼主なら、あなたにとってのポチは、犬ではあるが概念ではない。あなたのポチを「ただの犬」扱いされたら、あなたは不愉快な気分になるかもしれない。あなたのポチには意味がある。僕には犬かもしれないが。

話をウイスキーに戻そう。

あなたが僕の店(池袋ジェイズ・バー)にやって来て、あなたの目の前に一杯のウイスキーを出したとする。銘柄は何でも構わない。でもそれは、今あなたの目の前にある個別のウイスキーだ。

目の前に実体として存在する一杯のウイスキーは「概念」でないことは明らかだ。しかし、それは世界にたくさん存在するウイスキーのひとつであっても、実は「ウイスキー代表」として出て来た訳ではない。たくさんあるウイスキーのうちのほんの一部だ。

もしも、それより以前、あなたがウイスキーを愉しんだことがないなら、あなたにとって、それまでのウイスキーは概念でしかなかったはずだ。ところが今、あなたの目の前に個別のウイスキーが出て来たなら、あなたはその一杯から何かの意味を感じ取る可能性がある。

初めてウイスキーを愉しもうとするあなたが、そこからその個性と意味を感じ取って他人に説明するのは難しいだろう。だけど、そこから何かを感じることは可能だ。そして、それこそが概念ではなく「個別の特徴と意味を持った」ウイスキーなのである。

例えば、あなたを「犬を飼いたいと思っている人」と想定しよう。何を飼うのかは決めていない。幸運なことに友人の飼い犬が産んだ子犬を譲り受けることになるかもしれない。でも、向学のため近くのペットショップに子犬を見学しに行こうと思ったとしよう。

それまでのあなたにとって、犬は概念でしかなかった。犬は犬。あなたは漠然と「犬を」飼いたいとしか思っていなかった。どんな犬を飼いたいかさえ決まってない。

そんなあなたがペットショップを訪れ、ショウ・ウィンドウに犬種別に可愛い子犬が並ぶのを見たら何が起こるだろう?あなたは「なるほど」と思うことだろう。

それぞれの犬の違いを感じることができるはずだ。犬をひと括りにはできないと実感する。「犬を飼いたい」と思っているあなたは、その中から自分好みの個別の犬を探し始めるだろう。

犬ならば何でも良い訳ではない。犬にはそれぞれ違いがあり、個性があり意味がある。でも本当は「犬」というのは概念で、数多くの犬種に分類されることぐらい、実は、以前から知っていたはずなのだ。

だけど、ペットショップを訪れて、初めて自分にも犬の好き嫌いがあることを知るようになる。それは、ペットショップを訪れなければ感じられないことだったかもしれない。

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5)概念から体験へ
ウイスキーも同じことなのだ。実際に触れてみて、体験しないと分からない。それまで概念でしかなかったウイスキーが概念でなくなる時。いきいきとリアルに、具体的な何かとして感じられるようになった時。その瞬間を僕は「始まりの時」と呼んでいる。

多くの人はウイスキーにもいくつかの種類があり、市場に流通する商品の数が豊富であるという程度のことはご存知だ。ただ、ウイスキーが概念でしかないなら、個別の商品が個別に存在することに意味を感じない。

意味がないことは、存在しないことと同義だ。でも、それまで概念でしかなかったウイスキーが、それぞれ具体的に色付いて意味を持ち始める瞬間、それが「始まりの時」なのである。

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6)ウイスキーを飲む目的
ウイスキーの愉しみの中で一番の悦びは、あなたが「美味しい」と感じられるウイスキーに出会うこと。それは、最適なパートナー探しに似ていて、他の誰かの恋人があなたに最適かどうかは分からない。

「美人コンテストで優勝するような美人に、すべての人が恋をする訳ではない」ということでもある。あなたがその美しさを評価するウイスキーと、あなたが恋をするウイスキーは同じものではないかもしれない。

世界は出会いのチャンスに溢れている。人もウイスキーも変わらない。でも、あなたが街に出ない限り何かが始まることはない。ただ、それらをあなたが感じ、あなたの好き嫌いを判断するために、あなたは「感じる身体」を手に入れなければならない。

あなたが美味しいと感じるウイスキーは、属性とその諸元データと条件だけで決まる訳ではない。人もウイスキーも変わらない。実際に会ってみて、あなたの感覚で相手を判断するしかない。

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7)あなたの中で起こる
聞くに値する他人の話というのはある。だけど、最後に選ぶのはあなただ。その答えはあなたの中にある。さて、あなたは自分のことをどのくらい知っているだろう。

自分がどんなウイスキーを好きで、あるいはどんなウイスキーが嫌いなのか?そして、あなたの周りの人とあなたの「好き/嫌い」にどのように違いがあるか?あなたは考えたことがあるだろうか。

最適なパートナー探しというのは、最高のカップリングということである。あなたが何を「よし」とするのか分からないなら、相手のことばかりでなく、あなたはあなた自身をも知る必要がある。

自分を知り、相手に関心を寄せる。そして、出会いを繰り返す。違う人に出会えば、同じように感じることはない。人もウイスキーもそれぞれに個性がある。

ウイスキーは外部からの強い刺激としてやって来る。その刺激をあなたの感性が心地良いと判断した時、あなたはそのウイスキーを美味しいと感じ好ましく思う。すべてはあなたの中で起こっている。その人の中でしか起こり得ないことを、実はたくさんの人が知らないままだ。

相手の刺激から自分がどんな感覚になるか?それを確かめることを大切にして欲しい。そこから何かを感じられるようになること。そして、あなたがその好き嫌いを判断できるようになること。それが、僕の言う「感じる身体」なのである。

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8)ウイスキーは怒らない
「初めて出会った人と生涯添い遂げる」という生き方を僕は否定しない。その生き方にはある種の潔さと美しさがあり、僕自身それに憧れがあるとさえ言っても良いだろう。

僕は人とウイスキーに類似性を思うことが多いけれど、当然のことながら、人とウイスキーは同じではない。いくつかの違いがあるうち、一番ありがたいと思うのは「ウイスキーは怒らない」ということである。

もしもあなたの目の前に、ただ一種類のウイスキーしかないとするなら、それを他との関係において相対的に考えることはできない。それは世界で唯一のウイスキーであり、つまり概念と同じものになるからだ。

「ウイスキーと言ったら○○」「他の銘柄に興味はない」。ややもすると、人はそうなってしまいがちだ。その人たちに話を聴けば「それで十分事足りている」ということなのだろう。

もちろん、それは不幸なことではない。でもそれは、他を知らないことによって成り立っている幸福だ。僕が言いたいのは「それより以上の愉しいことがあるかもしれません」ということで、繰り返すが、都合の良いことに「ウイスキーは怒らない」。

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9)比べてみる
あなたの目の前に2種類以上のウイスキーがあるなら、あなたはそれらを試してみることが可能だ。そして(それは僕にとって何より明らかなことなのだけれど)、人はふたつのウイスキーを飲み比べた時、その違い、その差分を必ず感じてしまう。

人がふたつのウイスキーの相違に気付くのは比較対象があるからである。そこに知識はいらない。紅茶と緑茶に違いを感じるように、人はその香りと味わいの違いを差分として感じる。その際、茶葉に対する詳細な知識は必要だろうか?

紅茶と緑茶について詳細に語れなくとも、あなたの身体はその違いを感じることができる。

ウイスキーの魅力のひとつはその多様性だ。僕の店は主にシングル・モルト・ウイスキーを扱う店だけれど、そのカテゴリーだけでも日々新しい商品が市場に現れる。ただ、その種類が膨大であることを、実に多くの人は知ることがない。

ウイスキーの愉しみを担保するのもまた多様性である。僕らがそのすべてを飲むことが不可能なほどに、世界は未知のウイスキーに溢れている。しかし、それらのすべてに、僕らは香りと味わいの差を感じることができる。ウイスキーの多様性に立ち向かうのが、あなたの「感じる身体」なのである。

あなたに「感じる身体」があるなら、あなたはウイスキーを判断することができる。ウイスキー鑑定家でないあなたは、ウイスキーの良し悪しを評価する必要はない。自分の好き嫌いだけを判断すれば良い。

ウイスキーを飲むことは試験ではない。だから、あなたの試験結果は採点され合格・不合格を判断されることはない。ただ、試験ではない代わりに実験だと思って欲しい。それは、あなたが「自分の好き嫌いを知ること」を目的とした実験である。

ふたつのウイスキーを飲み比べれば、誰でもがその違いを感じることができるのは先ほどお話した通り。疑わしいと思うなら、自分で試してみれば良い。

あなたが美味しいと思うウイスキー、つまり、「最適なパートナー探し」が目的であるのなら、ひとつやふたつで判断を下すのは早計に過ぎる。そして恐らく、あなたはまだまだ自分の好き嫌いを知らないはずで、もっと素晴らしいウイスキーはどこかに隠れている。

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10)成長する
あなたの好き嫌いは時間とともに変化をするはずだ。大人になると子供の頃に嫌いだった食べ物が食べられるように。好ましくない噂のある人物に、実際に会ってみたら好きになってしまうことがあるように。

あなたが「感じる身体」に素直でいる限り、ウイスキーはあなたを愉しませてくれる。あなたの身体は世界に様々なウイスキーがあることを知るだろう。そして、ウイスキーから感じられることを思うたび、あなたはあなた自身を知るようになる。

ウイスキーが教えてくれる自分というものがある。僕らがウイスキーから個別の個性を感じられるのは、ウイスキーに多様性があるから。そして、僕らの好き嫌いが人によって必ずしも一致しないのは、僕らの好き嫌いにも多様性があるから。

カップリングというのはその組み合わせなのである。

あなたの好き嫌いが他の多くの人と一致しないことを不安に思う必要はない。意見の食い違いがありそうだからと言って、他人におもねる必要もない。今日嫌いだったものが、明日は好きになることがある。

それは、官能に関わる諸問題であり、数値化することは難しい。あなたの好き嫌いは変遷し、状態により日々ブレるのである。だから、自らの「感じる身体」を信じるという立場からブレなければ良いのである。

すべては今日一日で決まらない。例えば、あなたには「好きなタイプの人」と「嫌いなタイプの人」がいるかもしれない。だけど、「自分でそれを決めた」訳ではなく、「気付いたらそうなっていた」のではないだろうか?

どのようにそれが確定されたのかを説明するのは難しい。それを検証するには、人生で出会ったすべての人を並べなければならない。確かなことは、それが今日一日で決まったものではないということ。

あなたのパートナーはあなたにしか決められない。恐らく僕は、あなたよりあなたの好き嫌いに詳しいと思うけれど、それでも僕にできるのは紹介でしかない。好き嫌いを決めるのはあなたであり、その答えはあなたの中にある。

「感じる身体」は日々成長する。トレーニングを続ける必要はあるが、トレーニングとは飲むことである。他の人からすれば、それは、あなたが「好きなウイスキーを飲んでいる」だけにしか見えない。だから、トレーニングが厳しいものでないことは明らかだ。

様々なウイスキーを飲むことは、あなたに変化をもたらすだろう。あなたは変化を自覚し、それを成長と感じるだろう。次第にそのウイスキーのディティールに何かを感じるようになる。人の話に聴いた何かのニュアンスをそのウイスキーから拾い、その話を理解するようになる。

あなたの「感じる身体」は樽の種類の違いを感じ、海沿いの蒸留所に共通した特徴を見つけ、いくつかの蒸留所から感じる蜂蜜やフルーツのニュアンスを似たようなものとしてとらえ、まったく違う分類だと教えられた蒸留所に共通項を探し出す。

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11)不思議のウイスキー
ある程度のトレーニングを積んだ「感じる身体」は、ウイスキーから様々な不思議を拾い始めるだろう。ウイスキーはミステリーの宝庫で、あなたは未知のウイスキーにも不思議が探せるのではないかとワクワクし始めるかもしれない。

あなたはその不思議、そのミステリーに取り組みたいと思うようになるかもしれない。そうやって初めて知識は重要になる。そんな時に先人の知恵は心強い。

より深くウイスキーの愉しみを知る人たちの関心は、いわゆる大手メーカーの大量生産品から、多品種小ロットのウイスキーに移っている。

いくらかウイスキーを飲んでいると、蒸留所ごとにある種の傾向が存在することに気付かされる。さらに進めば、同じ蒸留所でも樽によって個性に違いが現れることを知るようになる。ウイスキーの個性の最小単位は樽なのだろうと、僕はそう思うようになった。

そんな僕らの目の前に新しいウイスキーがリリースされる。ある蒸留所のシングル・カスクのウイスキー。シングル・カスクというのは、ある蒸留所から、ある特定の一樽を選んで、その一樽分を瓶詰されたようなウイスキーのこと。

それらは、概ねそのスペックが公表されている。どこの蒸留所で、いつ蒸留されて、熟成年数はどのくらいで、樽の種類は何で、樽番号は何番で、瓶詰総数は何本で、アルコール度数はどのくらいか?そして、どこの瓶詰業者がボトリングしたのか?

それらの記載されたスペックと実際にウイスキーから感じる香りと味わいに、相関関係や因果関係を見つけ出せた気になったり、また、別のウイスキーを飲めば、昨日見つけた法則を間違いのように思ったり。

例えば、昔飲んだウイスキーをとても美味しいと記憶しているのは、フォトショップで補整された写真を見ているようなものでもあり、そもそも僕らの認知にはどうしたってバイアスが掛かってしまうのだろう。

違うウイスキーを飲んだら、人はそこに違いを感じてしまう。個別のウイスキーに個別の個性を感じると、人はそこから意味を拾ってしまう。その意味の違いを感じた瞬間、人は「何故なのだ」と考えてしまうことがある。

不思議だと認識を持てば、意味を探り解釈をしたくなるのも人間なのだろう。それが、人間の高度な遊びなのか、あるいは、性のようなものなのかは僕には分からない。

謎というのは、それそのものが魅力的な輝きを放っている。例えば、それはパズルのようで、僕らは何を目的にパズルを解くのだろう?それは、解くこと自体が目的なのだ。解いても何かが手に入るでもないパズルに僕らは夢中になる。

「ミステリーの虜」になってしまった人が、その不思議を追い掛け知識を集める気持ちは理解できる。集めた知識のひとつひとつこそパズルのピースで、ピースを並べて全体像を手に入れようとしている。

かつては僕も「ミステリーの虜」になった経験がある。空白のピースを埋めた時、そこにはちょっとした興奮と喜びがある。もちろん、今でもウイスキーの不思議やミステリーは魅力的な輝きに満ちているけれど、そのパズルは完成することがないのだろうと思うようになった。

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12)真実のウイスキー
知識が情報であるなら、その情報源がウイスキー自体であることは明らかだ。ソース不在のまま情報が出ることはない。ウイスキーがなければ知識は存在することもない。

さて、もしもあなたが少しばかりウイスキーに興味があり、その情報を追い掛けたことがあるなら、日々夥しい数のウイスキーが市場に現れていることはご存知のことだと思う。

結果として、それらのウイスキーに相当する情報も日々現れることになる。多くの情報がほとんど無料で手に入ることを思えば、その大半を手に入れることは不可能でないかもしれない。しかし、そうやってピースを集めても、そのパズルは完成するだろうか?

ピースの数は増え続け、かつてのピースは更新され、あるいは、とても類似した少しだけ違うピースが現れる。つまり、確定した完成予想図というものは存在しない。全体像そのものが進化し変遷するなら、それをパズルのように考えること自体が間違いであると僕は思うようになった。

しかも、知識は情報でありそのソースではない。そのソースであるウイスキーのすべてを僕らは飲むことができるだろうか。リリースされて一瞬で完売となるウイスキーがあり、かつて名酒と言われたオールド・ボトルなどは入手困難であり、いや、入手不能と言って良いだろう。

確かに、「全体」はあるのだ。ただ、それは常に流動的で確定することがない。「これがすべてです」と、その全体を僕らの前に提示することは誰にもできない。

例えば、それは「街と地図」のような関係だ。街は変化する。いくつかの建物が壊され、更地になったその場所に新しく大きなビルが建つ。街と街をつなぐ道路が造られ、道路に沿って建物が現れる。

街が実態であり、地図はそれを追い掛けて更新される。でも、どれだけ更新の頻度をあげても、常に最新なのは「街そのもの」なのである。世界に終わりの日が来るまで、地図が確定することはない。もしも、その日に地図の製作者が生き残っていたらという話ではあるけれど。

僕らの肝臓とお財布にもキャパシティがあることは、あなたもご存知のことで、僕らはそれを超えてウイスキーを飲むことができない。

僕らは「この時代のその部分」にしか触れることができない。ただ、そこから全体をイメージすることはできる。もちろん、それはイメージであって確定した全体ではない。それが現実で、僕はそのことを大切に思うけれど、残念には思わない。

ウイスキーを愉しむとは、さんぽのようなものだ。街を歩く自分をイメージして欲しい。あなたは散歩するのが愉しいから街を歩くのではないだろうか?地図を作ることを目的に街を歩いている訳ではないだろう。

確かに、地図があれば散歩に便利なのはご承知の通り。だけど、目的が散歩なら、実は「効率の悪さ」さえ散歩の愉しみであることもご理解いただけると思う。

目的地が決まっていたとしても、必ずしも地図が必要な訳ではない。道順を教えてもらえれば、そこに辿り着くことは不可能ではない。 地図というのは効率良い散歩の手段であって目的ではない。

街を観察してそこに愉しいものを見つけることが散歩の目的なら、地図は必ずしも必要なものではない。「街に出て何を感じるか?」。事前にそれが分からないからこそ、散歩は愉しいのではないだろうか。

知ろうとすることがウイスキーの愉しみのひとつであることは大いに認めよう。でも、それだけが唯一のウイスキーの愉しみでないことは明らかだ。散歩に出るまで、散歩の愉しみは分からない。


すべてはあなたが「感じる身体」を手に入れてからの話である。それは、あなたの「感じる身体」によって、あなたへともたらされるものだから。飲んでみるまで「自分がどうなるのか分からない」ところがウイスキーの愉しみであり、何も感じないなら愉しくはない。

まずはあなたにも「感じる身体」があることを知って欲しい。それは、とても簡単に試すことが可能だ。そして、たくさんのウイスキーを飲むことによって「感じる身体」を成長させて欲しい。成長を遂げた「感じる身体」は、どんな時もあなたの拠り所となるだろう。

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13)体験するウイスキー
もしもあなたが、ウイスキーを愉しんでみたいと思い池袋のジェイズ・バーに来たなら、そして、「何から始めたら良いのか?」分からないなら、「3杯セット」とオーダーをしてみて欲しい。

時期により変化はあるが、対象商品は80〜100種類くらい。ほとんどがシングル・カスクのウイスキーで、売切れても同じものが手に入らない。だから、対象商品は時代とともに入れ替って行く。

基本的にはバックバー下段のシングル・モルト・ウイスキーは、すべて「3杯セット」の対象商品だ。新入荷のウイスキーはカウンターの上に並べていることが多い。気になるものがあったら気軽に声を掛けて欲しい。

その程度には豊富な選択肢があるが、それは世の中のウイスキーのすべてではない。ごく一部と言って良いだろう。そこから何かをひとつ選んで欲しい。もちろん、「何から始めたら良いのか?」分からないあなたなら、相談をしながら決めて行きたい。

僕はいくつかの質問をするだろう。「普段どんなウイスキーを飲んでいるか?」「ウイスキーを飲むのは初めてか?」「嫌いなウイスキーはあるか?」「心の底から惚れてしまったウイスキーはあるか?」。

あなたがジェイズ・バーのカウンターに座っているなら、選択肢が豊富であることは明らかだ。それらもすべてウイスキー。あなたの話を聴いた僕は、その中からいくつかの候補を見つけるだろう。最初の一杯はあなたが決めても構わない。僕に任せてもらっても構わない。

ウイスキーをグラスに注いで、僕はあなたの目の前に差し出す。それは、実体を伴ったウイスキーだ。まず、香りを嗅いでみて欲しい。何らかの匂いがするなら、それは概念ではない。頭で考えていたウイスキーではない。

そのすべてをウイスキーという概念でひと括りにすることは可能だが、選ばれたウイスキーはあなたにとっては特別で個別の具体的な一杯である。そして、あなたはそれを感じることができる。そうやってあなたは「始まりの時」を迎える。

自分に「感じる身体」があるかどうか試してみたいなら、比べてみれば良い。気軽に2杯目を注文して欲しい。何を選ぶかは実は大きな問題ではない。気まぐれで構わない。それが何であっても、1杯目のウイスキーとの違いはあなたにも明らかだ。

あなたはその差分を感じるはずだ。そのふたつが同じものではないことを感じるはずだ。それは、誰にでも分かること。それは、あなたが感じてしまうことであって、あなたの知識によるものではない。「感じる身体」があるなら、知識は必要ない。

あなたがその違いを感じてしまったなら、あなたには「感じる身体」がある。感じてしまったことが、あなたに「感じる身体」がある証拠だ。どんな時も「感じる身体」は、あなたがウイスキーを愉しむ根拠である。

さて、あなたは1杯目でウイスキーが概念でないことを知ったはずだ。つまり、あなたは「始まりの時」を迎えた。2杯目でふたつのウイスキーに違いがあることを感じたら、おぼろげながらも自分に「感じる身体」があることを実感しただろう。

さて、あなたには3杯目のウイスキーが残っている。

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14)その先のウイスキー
1杯目と2杯目のウイスキーを飲み終えたあなたは、今、何を思っているだろう。1杯目と2杯目のウイスキーの違いを感じたあなたには、そのふたつのウイスキーに明確な好き嫌いを持っているかもしれない。

例えばあなたは「好きな方に近いヤツを3杯目に」と言うかもしれないし、「1杯目でもなく2杯目でもなく、まだ飲んだことのないようなタイプを」と言うかもしれない。あるいは、あえて「嫌いだと思ったものに近いものを試したい」と言うかもしれない

簡単に言うなら、それが「目論見」の始まりである。

「始まりの時」を経験し、「感じる身体」を手に入れ、飲んだことのない次の一杯に「目論見」が持てるようになるとウイスキーは愉しくなる。だけど、ウイスキーが概念ではなくなったあなたは、それをカオスのように思い始めたかもしれない。

カウンターに座るあなたの前にはたくさんのウイスキーが並んでいる。そのうちあなたが飲んだのは2杯。もちろん、世の中にはもっとたくさんのウイスキーがあって、ジェイズ・バーにあるウイスキーなんてその中の一部でしかない。

ウイスキーに興味を持ち始めたあなたは、その種類の多さを不安に思うかもしれない。ウイスキー・メーカーとしての蒸留所があり、瓶詰を専業とするボトラーズ各社があり、ヴィンテージ違いがあり、熟成年数・樽番号・樽の種類にも違いがある。

そして、それらのすべての違いが違う商品として酒屋の棚に並ぶ可能性がある。さて、何を選んだら良いのだろう?

何かを選ぼうと思った時、目の前に豊富な選択肢が存在することは、実は僕らを幸福にするばかりではない。それ故に、困惑させられることがある。あなただってつい昨日まで、特に困惑することなく日々暮らしていたというのに。

しかし、あなたが豊富な選択肢を目の前に困惑をしているなら、それは、あなたのウイスキーが概念ではなくなった証しである。何も知らないが故に、昨日までのあなたは、ウイスキーについて思い悩むことなどなかったのだ。

その上、新たにあなたを悩ませるのは、ウイスキーのその数だけではなく、整理されないまま膨大に溢れる関連情報かもしれない。もちろん、それらはあなたが気付く前からそこにあったものだ。

アメリカのことわざに「すべての男は妻が妊娠して初めて街に妊婦がいることに気づく」というのがある。ウイスキーに興味を持ち始めたあなたにも同じことが起きる。でも、ウイスキーの世界を深い闇のように感じているなら、そこへ入って行くことは恐怖でしかないだろう。

ただ、僕が言いたいのは、ウイスキーの世界を深い闇のように感じているなら、それはあなたが「今戦う相手ではない」ということ。敵がどこにいて、自分がどこにいるのかさえ分からないのなら、戦いようがない。

あなたがそれと戦うかどうかは別にして、ウイスキーの愉しみは何よりまず、目の前の一杯を愉しむこと。知識は二の次で構わない。もちろん、より深く理解したいと望むことは素敵なことだが、理解はウイスキーを愉しむための必要条件ではない。

理解しなければ愉しむことができないと思っているなら愚かなことだ。当たり前だが、至福の時はそれを「美味しい」と思えた時なのである。また、理解を欲したとしても、飲まなければ始まらない。飲みながら理解して行くのもウイスキーである。

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15)冒険としてのウイスキー
だから、こう考えてみて欲しい。ウイスキーを愉しむというのはちょっとした冒険の旅なのだ。その冒険は森の中からあなたが宝物を探すことを目的としている。あなたの宝物はあなたが「美味しい」と感じる一杯、あなたの最適なパートナーなのである。

だけどあなたも、闇雲に冒険がしたのではないだろう。リスクを低く効率良く宝物が探せないかと考えている。だからこそ、飲む前に知識が欲しいと考え、関連情報に目を通し、そして、結果として困惑し、ウイスキーに深い闇を見ているなら、それは永遠に循環論である。

あなたが迷子にならないように、あなたを助けるのが「感じる身体」と「目論見」なのだ。「感じる身体」はあなたに「好き/嫌い」というフィードバックをもたらす。「好き」と感じたものをピックアップしてみたら良い。そこには何か共通の傾向が表れないだろうか?

「嫌い」なものも同様だ。恐らくそれは、あなたが今、飲むべきものではないかもしれない。「飲みたい」という期待。「飲むべきではない」という判断。それが、あなたに生まれた「目論見」なのである。

インポーターの商品案内を読んで、ウイスキー・ブロガーのテイスティング・コメントを読んで、そのウイスキーのイメージが生まれるなら、それも「目論見」なのである。ウイスキー全体を地図のようにイメージして「未開拓な領域がある」と思えたなら、それも「目論見」である。

「感じる身体」はあなたにフィードバックをもたらす。その繰り返し、積み重ねはあなたに「目論見」を持たせるだろう。「知らないから入って行けない」のではなく、「知りたいから入って行く」のではないだろうか。

初めて出会うウイスキーにワクワクして欲しい。知らない人に会う必要はないと思わないで欲しい。あなたにも「感じる身体」があることは僕には明らかだ。あなたの「感じる身体」が成長すれば「目論見」は有効に機能し、「知らないけど会いたい人」に思いを馳せるようになる。

思いを馳せた人に会うたびに、あなたの世界は広がるだろう。世界の広さを知り、また細部にも詳しくなるだろう。知るたびに「感じる身体」は成長し、「目論見」はより強化されるだろう。街のバーに行けば、カウンターの隣に志を同じくした冒険者に出会い、話も弾むだろう。

でも、「最適なパートナー探し」という意味において志を同じくした冒険者であっても、あなたとは別の宝物を探していることに気付くだろう。冒険者同士で情報交換をして、あなたの「目論見」はまた正確になるだろう。

僕らは皆、ウイスキーの森の冒険者なのだ。ひとつの蒸留所を一本の木だと考えれば良い。森は木が集まって成り立って、それを地域区分という林に区切ることが可能だ。ウイスキーの森のアイラという林にはかつて8本の木があって、そのうちの1本は枯れてしまった。

枯れる木があり、新しく生まれる木があり。森はそれ自体、ひとつの生態系のようだ。冬が終われば、春になり。夏を過ぎて秋になれば、葉は色付いてやがて落ちる。一本の木に茂る一枚の葉は、蒸留所の熟成庫に眠る一樽のウイスキーのようだ。

同じ木のそれぞれの葉は、とても似ていて、でもどこかに違いがある。その違いは、見比べる人には明らかだ。森は多様性の宝庫で、そのことは僕らの愉しみを永遠に担保してくれるだろう。

森は生きている。森そのものが生きている。だから、行くたび違う表情を見せてくれる。だから、愉しみは尽きない。世界が昨日と変わらず同じであることは、安心なことだろうか。僕には退屈なことのように思うけど。

一見複雑に思えるウイスキーの世界だけれど、直接触れてみない限り感じることも分かることもないだろう。いくつかの薀蓄を暗記することのすべてが無駄だとは思わないが、実体験の伴わない知識は底の浅いものに思われるだろう。

何かを知っていることは一番大切なことではない。あなたの知っていることより、僕はあなたが感じたことを知りたい。

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16)真実ではなく、認識と解釈
知識を使ってウイスキー全体を切り分けて分類することは、あなたのウイスキーに対する理解を深めるのに大いに役立つだろう。ただ、僕らは博物学を目的にウイスキーを飲むのではない。

収集と分類は間違いなく理解の一助となるだろう。しかし、それは僕らがウイスキーを理解するための手段であり目的ではない。僕らの冒険の目的は美味しいウイスキーに巡り会うことである。分類が理解の一助となっても、分解は愉しみをバラバラにすることがある。

ウイスキーに真理や真実はあるのだろうか?僕には良く分からない。だけど、ウイスキーが僕に教えてくれたのは「すべては認識と解釈なのだ」ということ。

ウイスキーには多様性があり、飲み手の嗜好にも多様性がある。飲み手ごとに認識と解釈が異なるなら、そのうちのどれかひとつが真実となるのではないだろう。

あなたが愉しむことを目的にウイスキーをのむのなら、真理や真実を追求するのは後回しで構わない。

あなたの冒険の旅が「始まりの時」を迎えるように、僕は「3杯セット」という仕組みを用意した。それはあなたの「感じる身体」を成長させ、その繰り返しはあなたの「目論見」をより正確なものにするだろう。

「感じる身体」とはコンパスのようなもので、「目論見」とはあなたが作る地図のようなものだ。それらはあなたの冒険をより快適に効率良くするだろう。僕は森の小屋を住処としていて、あなたが時々訪ねてくれたら嬉しく思う。

あなたのウイスキーが愉しくなることを願ってやまない。

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17)あとがきにかえて
あなたの貴重な時間をいただいて、僕のこの文章を読んでくれたことに感謝をしたい。そして、随分と長い文章になってしまったことをお詫びしておきたい。

あなたがここへ辿り着いた本当の理由は、「バーでウイスキーを飲みながら愉しい時間を過ごしたい」。あるいは「自分にも馴染みのバーができないだろうか?」と考えてのことでもあると思う。

僕はその要望に応えたいと考えてこの文章を書き始めた。解決策として僕が提示したのは「始まりの時」を経て、「感じる身体」を手に入れ、「目論見」が持てれば、どんな場所でもウイスキーを愉しむことができるだろうということ。

具体的なあなたの不安は、「バーでウイスキーを注文したいと思っても、何を頼んで良いのか分からない」ということだったかもしれない。

例えば、ふらりと初めてのバーに入って、バックバーを眺めたら知らないウイスキーばかり。そんな状況で「メニューはありません」なんて言われたら、どうしたら良いのだろう?

そんな時は、僕の話を思い出してくれたら良い。

ここまで僕の文章を読んでいただいたあなたならご理解いただけると思う。もしもあなたが、ウイスキーを愉しめる人になったなら、「知らないウイスキーばかり」な状況にテンションが上がるはずだということなのである。

既知のウイスキーばかりを注文することは、あなたの体験を愉しくするだろうか?未知のウイスキーとの出会いは、あなたを覚醒させる可能性がある。

特に難しいことではない。そうやってウイスキーを愉しむイメージが掴めたら、あなたは今までより少し勇気を持って、臆することなくバーの扉を開けることができるだろう。

あなたが美味しいと思うウイスキーを求め、リスクを低くしたいと願うなら、あなたの目の前にいるバーテンダーに話し掛ければ良い。その店のウイスキーに一番詳しいのはその人なのだから。

バーテンダーはあなたの話から、あなたの「目論見」を理解するだろう。あなたはきっと、バーテンダーとの会話そのものを愉しむようになるだろう。


最後に、ウイスキーを美味しく飲む一番のコツをお教えして締めくくりたい。

次の3つの「間」を大切にすること。
空間と人間と時間。
愉しい場所で、愉しい人と飲むなら、あなたの時間は愉しくなる。

あなたは、あなたが大切にしたものに大切にされる。

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よろしくお願いします。

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池袋でシングル・モルト・ウイスキーを!

「3杯セット」という飲み方

池袋ジェイズ・バーには次のようなシングル・モルトの飲み方があります。

もちろん、お客さんの「お好きなように飲んでいただく」のが基本だとは思うけれど、少しばかりウイスキーに興味や関心があって、その愉しみの糸口を掴みたいと思うなら有効な手段だと思います。

何故、「3杯セット」なのか?簡単に説明するなら、2種類以上のウイスキーを比較しながら飲むと、人は必ずその香りと味わいの差分を実感するからです。それは、「ウイスキーなんて、みんな似たようなものだろ?」と思っている多くの人に、何かを気付かせる瞬間だと僕は考えています。

僕にはそうやって、多くの人にウイスキーの愉しみを知っていただいたという自負があり、香りと味わいの差は、人が感じてしまうことであって、だから、ウイスキーを愉しむのに知識は必ずしも必要なものではないと伝えたかったからでもあります。

つまり、ウイスキーを愉しみたいと思うのなら、いろいろ試してみてその違いを実感しないと始まらないということです。何もウイスキーに限った話ではありませんが、「あれとこれは違うものだ」と気付くからこそ「好き嫌い」は生まれる訳です。

違いに気付く
  ↓
好き嫌いが生まれる
  ↓
もっと好きなものがあるのではないか?と思い始める。
  ↓
次のもう一杯を試してみたくなる。
  ↓
世界はどんどん広がって行く。
  ↓
結果としてウイスキーを愉しめる自分になっている。

これまでの経験から、そんな風に多くの人を覚醒させたという思いもあります。


次のような飲み方です。

.丱奪バー下段のシングル・モルトはすべて対象商品。
▲椒肇詢¬未砲魯掘璽襪貼ってあります。
商品は日々入れ替りますが、80種程度の中から
ぐ磴μ段舛鬘海弔選び下さい。
ゥ蓮璽奸Ε轡腑奪硲骸鑪爐如錚350。
Γ看嫐椣聞澆癸映佞鼎帖800です。

3杯セット-ブログ用告知2016


仕組み自体はとても簡単です。ただ、「何を頼んだら良いのか分からない」という方もいるでしょう。もちろん、そのためにバーテンダーがいる訳で、あなたのお話を聴いて相談に乗りながら3種類のウイスキーを選ぶのが僕の仕事です。

「3杯セット」という仕組みを考えた経緯について、改めて記事を書きました

ジェイズ・バーはチャージ・サービス料など一切頂いておりません。
3種類のウイスキーを試してお帰りになるなら、お会計は¥2,350。

そこが入口です。お気軽に!
皆様のご来店を心からお待ちしております。

よろしくお願いします。


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