モルト侍

池袋のショット・バー、ジェイズバーのバーテンダーが、大好きなシングル・モルトを斬る。

2017年10月

ロイヤル・ブラックラ 1994 / G&M エクスクルーシヴ・ラベル

「試してみることに失敗はない」

僕らは個性的なウイスキーを求め過ぎていないだろうか?と思うことがある。他人に説明し易い(あるいは自慢し易い)特徴を持ったウイスキーばかりを評価していないだろうか、と。

そもそもそれは本当に「個性的」なのだろうか?それらは、もしかしたら「歪(いびつ)」なだけに過ぎないのではないだろうか。

僕に言わせれば、すべてのウイスキーは「そのままで」すべて個性的だ。

街中ですれ違う人のすべてを、僕らは把握することができない。だけど、身長2メートルの赤いジャケットを着たオジサンが目の前に現れたら、僕らはそれを忘れることができない。

そのオジサンは確かに個性的なのだろう。でも、本当は歪なだけなのかもしれない。

毎日街中ですれ違う人のほとんどを、僕らは「普通の人」と思ってしまう。だけど、本当は「普通の人」のすべては「個性的」なのだ。「無難な人生」はあるのかもしれない。だけど、「普通の人生」なんてないのだから。

今日僕が池袋の街ですれ違った「普通の人」も、きっと誰かの「大切な人」なのだ。僕にとっての「名無しさん」に名前がない訳はないのだから。

初めてあったその人に名前を聴きたくなるのは、「普通の人」が「大切な人」に変わり始める瞬間なのだ。

出会いというのは、その相手をその瞬間から「特別な人」に変えてしまう。それはウイスキーも同じこと。こちらが向き合った瞬間から、相手は語り始めてくれる。

本当のことを言うなら、出会う前から「特別な人」などいない。後から考えれば「運命の出会い」と言えるものならあるけれど。

出会う前のすべてのウイスキーは本来「普通のウイスキー」なのである。ただ、僕らは出会う前のそのウイスキーのスペックに過剰に反応してしまう。もちろん、僕も含めてね。

だけど、スペックというのは、履歴書のようなものであり、身上書や釣書のようなものである。就職や結婚がそうであるように、結局のところ「してみなければ分からない」。

「試してみることに失敗はない」。だから、
「試してみなかったことが失敗」なのである。

このロイヤル・ブラックラのスペックは、「凡庸である」と市場に判断されたのであろうか?まだ、酒屋さんにも在庫が残っているようだ。

確かに、「個性的」と言われる部類には入らないかもしれない。だけど、「凡庸」ではなく、十分に「中庸」なのだ。

もしも、凡庸だと言われるウイスキーがあったとしても、その凡庸こそがそのウイスキーの個性であると思うし、当然ながら、僕の中で中庸は凡庸に勝るのである。

バランスに優れたシェリー樽熟成のウイスキー。艶っぽい家具の香り。シナモン。干し葡萄を練り込んだパウンドケーキ。ドライフルーツのリンゴ。フレッシュなグレープフルーツ。微かに牛乳石鹸。ロイヤル・ミルクティとその上に振りかけたスライス・チョコレート。

繰り返すけれど、
「試してみることに失敗はない」。
今ならまだ、酒屋さんの在庫を買う必要はない。
池袋ジェイズ・バーで一杯飲んでみれば良い。
「試してみなかったことが失敗」なのである。

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ロイヤル・ブラックラ 1994
G&M エクスクルーシヴ・ラベル
Refill Sherry Hogshead , Cask No.8082 , 251bottles , 51.7%
最新の発注・入荷・リリース情報はジェイズ・バーのFacebookページ
池袋でシングル・モルト・ウイスキーを!

アバフェルディ 28Yo / OB 40%

「目標のために日々努力を積み重ねています」

そう語る人が目の前にいたなら、僕らはその人のその態度に否定的になるのは難しい。それが立派なことであることを認めざるを得ない。

その人がどのような成果を上げるのか気になるところであるし、残念な結果にならないことを祈るばかりだ。

その人が目標を達成した時、つまり、欲しいものを手に入れた時、僕らはその人を賞賛するだろう。

要するに「金メダル獲得秘話」のようなものだ。成功者の話を聴く時、僕らはとても簡単に「苦労したんだな」と思ってしまいがちだ。

ただ、僕らはよく間違えてしまう。「何かを諦めたからこそ成功したのだ」理解する。そして、「欲しいもののために何かを諦めることが肝心だ」解釈してしまう。

だけど、「何かを諦めること」と「欲しいものが手に入ること」に因果関係はあるだろうか?

成功を手に入れた人に苦労や我慢があっただろうことは想像に難しくない。でも、その人が成功を収めたのは正しく振る舞った結果なのである。

「今夜寝るのを諦めて勉強すること」と「明日のテストで合格点を取ること」に因果関係はない。今夜寝ることを諦めるより、1ヶ月前からコツコツ勉強する方が正しい振る舞いであることは明らかだ。

「何かを諦めること」と「欲しいものが手に入ること」に因果関係はない。
必要なのは正しい振る舞いなのである。

アバフェルディが現行のラベル・デザインに変わってから3年ほども経つだろうか?オフィシャルのラインナップは12年、16年、18年、21年、28年。熟成年数こそ違え、同系統のデザインで統一されている。

当たり前だが、熟成を重ねるごとに価格も高くなっていく。そして、熟成を重ねるごとにアルコール感が洗練され、熟成を重ねるごとにアバフェルディらしいハチミツ感が華やかになっていく。

そこには熟成を重ねるごとに順当に進化して行く様子が存在する。日々ウイスキーを愉しむ僕らは、どうしたって12年という時間を軽く扱ってしまいがちだ。

だけどそれは、干支で言えば一回り。凄い時間だよ。28年とまでなればなおさらに「何をか言わんや」だ。

結果としてどのような仕上りになるのか不安を抱えながら、途方もない時間を掛けて、それを見守る人がいてウイスキーは瓶詰めされ僕らの手元に届く。それこそが、正しい振る舞いの結果なのではないだろうか?

そのことを僕は見事だなぁ、と感じる。
熟成を重ねるごとの順当な進化を表現できているのだから。
繰り返しになるけれど、それは正しい振る舞いの結果なのだ。

でも、ただひとつ。この28年を、順当な進化の系譜に連ねることは可能なのだけれど、そこにそれ以上の「ちょっとした一捻り」を感じることもまた可能だ。

28年にはストレスの少ないアルコール感が存在していて、ハチミツ感も華やかになるのだけれど、じんわりと飴色に炒めた玉ねぎの甘さを感じる。

恐らくはハウススタイルとして存在する花っぽさも、12年 → 21年と順当に進化するそれと少しだけ異質に思う。ひと言で言ってしまうならエロいな、と。

世界のすべてが解釈で成り立っているとするなら、少しだけ遊ばせてもらおうと思う。

アバフェルディのこの一連の流れの中で、
21年を「スレンダーな美人さんの最高峰」とするなら、
28年は「少しグラマラスな熟女」だ。

この緩い優しさとしっとりした甘さは21年には存在しない。

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アバフェルディ 28Yo
OB
40%

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ラフロイグ 27Yo / OB リミテッド・エディション

「知っていること」なんて「感じること」の半分ほども重要ではない。

僕はいつだってそう思いながら行きている。その思いは僕の生きる指針だと言っても過言ではない。もちろん、それはウイスキーに限らず。もちろん、だからウイスキーならなおさら。

人に知識欲があるだろうことを否定しない。「知ること」も愉しみのひとつであり、それが人生を豊かにし、またある時は危機を遠ざけることもあるだろうことに同意する。でも僕らが、すべての蒸留所の住所と電話番号を暗唱できたところで何か意味はあるだろうか?

それが、愉しみを増やす手段であると僕には思えない。子供の頃から「山手線の駅名を順番に全部言える」なんてことに何の興味も持てなかった僕からすれば、それは苦行でしかない。

ウイスキーの愉しみとは「感じること」。自らが「感じる身体」を持つことを知り、その感性を駆使して世界を冒険することにある。僕はそう思っている。

ウイスキーは不思議で神秘的で、さらに美しく、時には僕らをがっかりさせ、僕らはそうやってまた新しいウイスキーに出会い、見つけて、驚いたり喜んだり。

知識を集めることより、大切なことはあるはず。子供の頃の僕らにとって世界は、いつでも新鮮で神秘的だったはずじゃなかっただろうか?

世界は不思議で溢れていて、僕らはそれを全身で受け止めていたはずだ。そして、そのすべてを言葉にすることなんて不可能だということを、「知っていた」のではなく「感じていた」のではないだろうか。

人間の力で世界をねじ伏せることなんて不可能だと、今の僕は「知っている」。でも、子供の頃にだって僕はそれを「感じていた」はずなのだ。

それは、世界に対する尊敬であり畏怖であり、時に恐怖でもあるけれど、危機感が感性を高めるということはあるはずだ。

店を閉めて、目の前にこのラフロイグのボトルを置いて、僕はグラスの中に鼻を突っ込んでいる。目の前の彼女はこう呟いている。「考えずに感じて」。ウイスキーには僕を謙虚にさせる力がある。

甘くスモーキーなバニラ。未分化なフルーツ感の中にちょっとしたトロピカルと僕にとってはとても懐かしいラフロイグ的マスカット。ゾクゾクするんだ。

今より随分と若い頃、僕には言葉の力でウイスキーをねじ伏せてやろうって野望があったのかもしれない。少なくとも、ウイスキーの世界を知り、理解をするために言葉は力になるという思いならあっただろう。

いつからか、まったくそんなことを思わなくなった。
僕は力のあるウイスキーに遊んでもらっている。

「知っていること」なんて「感じること」の半分ほども重要ではない。大切なのはウイスキーを愉しむすべての人が、自らの「センス・オブ・ワンダー」を丁寧に扱うことなのだと、僕はそう感じている。

今夜だけ、ハーフ・ショット3,600円。
よろしくお願いします。

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ラフロイグ 27Yo
OB リミテッド・エディション
41.7%

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