モルト侍

池袋のショット・バー、ジェイズバーのバーテンダーが、大好きなシングル・モルトを斬る。

2018年06月

今夜、6月28日(木)の営業についてお知らせいたします。

通常営業は1030分までとなります。


1100分からサッカー「日本 vs ポーランド」。

グループリーグ突破のかかった決戦であります。


今回、店主はカウンター内におりますが観戦します。

とは言え、今大会において、勇敢に精力的に機能的に闘う我らが代表に比べ、店主はまったく機能的でない可能性が大きいと思われます。


ハーフタイムはそこそこ頑張ります。


なので、628日(木)は11時から貸切営業とさせて頂きます。

池袋ジェイズ・バー店主が主催・幹事の

「日本 vs ポーランド」を観戦する会。

日本代表を応援する会であります。

概要は以下の通り。


参加費:1,000


ビール、1500

ウイスキーの水割り・ソーダ割りも1500円。

その他の飲み物は通常価格。

おつまみはいくつか用意しますが、フードメニューは作りません。

なので、食べ物とウイスキーは持ち込み大歓迎!


お時間のあるある方、一緒に応援しましょう!


ジェイズ・バーはカウンター8席。

なので、座って観たい人、早い者勝ち。


後ろのテーブル席は4名まで。

それより以上、人が集まった場合は立ち見です。

繰り返しますが、カウンター席は8名分まで。


で、日本のグループリーグ突破が決定したら、コレ開封するよ。


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ベンリアック 1976 35Yo

OB for KINKO 3rd Release 

Hogshead , Cask No.3030 , 193bottles , 47.4%


前回、セネガル戦で持ち越しとなったベンリアック。

もう飲みたい!絶対飲みたい!

とは言え、勝利の女神にすべてを委ねます。


参加希望の方、ジェイズ・バーのFacebookページから、メッセンジャーで連絡下さい。

<a href="http://www.facebook.com/jsbar.ike" target="_blank" title="">ジェイズ・バーのFacebookページ</a>


早い者勝ちです。

先にご連絡いただいた方から優先的にご案内します。


見事グループリーグ突破を果たして、このベンリアックを開封することに成功したら、参加できなかった皆様も金曜から飲めるよ。ご安心くだされ。


ならば、勝利を祈るのみ!


決勝トーナメント進出した場合、いや、必ずすると思っているが、この次のゲームも「日本が勝ったら」次の何か出します!ご期待くだされ。


最新の発注・入荷・リリース情報は<a href="http://www.facebook.com/jsbar.ike" target="_blank" title="">ジェイズ・バーのFacebookページ</a>

池袋でシングル・モルト・ウイスキーを!

キルブライド 1989 28Yo / THE MASH TUN TOKYO&THE WHISKYFIND

先日お客さんと「同じウイスキーなのに家で飲むのとバーで飲むのと違うように感じるのだろう?」なんて話をしていて、要するにバーで飲んだ方が美味しいと感じる人は多いようだ。


その理由を僕は「臨場感」なのだと考えている。


「臨場感」というのは不思議な言葉だ。辞書を引けば「あたかもその場に臨んでいるような感じ」という理解になる訳だが、つまりは「その場にいないこと」が前提になっている。


例えば「臨場感あふれる野球中継」というのは、実際には野球場にいないでテレビで観戦しているのに、「あたかもその場に臨んでいるような感じ」で試合を観ていること。になる訳だ。


僕らは臨場感が上がることを望んでいる。テレビの画面を大きくしたり、微細で美しい映像を求めたり、音響にも気を配り、「あたかもその場に臨んでいるような感じ」であることを欲している。


僕は先ほどその理由を「臨場感」だと申し上げた。おかしいじゃないか?と思う方もいるかもしれない。この場合の「あたかもその場に臨んでいるような感じ」の「場」とはどこなのだろう?と。


例えば、目の前にラフロイグ蒸留所のウイスキーがあったとする。もちろん「例えば」の話だ。このウイスキーがラフロイグであるかどうかは分からないから。


そして、このウイスキーを飲んで「あたかもラフロイグにいるような感じ」になる人はどのくらいいるだろう?「アイラ島なんて行ったことないよ」って人がほとんどだと思う。


でも、ちょっと聴いて欲しい。例えば先ほどの「臨場感あふれる野球中継」の話だが、今まで一度も野球場に足を運んだことがない人でも、テレビの野球中継を観て「あたかも野球場にいるような感じ」になることはないだろうか?


例えば、スマホの画面より60インチのテレビの方が、モノラルの音声よりサラウンドの方が臨場感を出すことが可能なら、一度もその場に行ったことがなくとも人はその違いを感じることができる。


少なくとも、本当に臨場感に溢れているなら「自分の部屋にいないような感じ」にはなるだろう。


「臨場感」という言葉はちょっとした語義矛盾をはらんでいる。「その場にいないこと」が前提になっているのに、「あたかもその場に臨んでいるような感じ」になるのだから。その場にいる時に感じる興奮を臨場感とは呼ばないのだ。


「場」というのはどんな時もリアルだ。野球場での試合は現実であり、テレビに映る野球中継は(「それそのものではない」という意味において)現実ではない。


もしもあなたが、ラフロイグ蒸留所を訪ねたら、そこにあるのは本物の現実であって臨場感ではない。


言い換えるなら「現在いる場所とは異なる場所にいるような感覚」を僕らは臨場感と呼ぶ訳だ。興奮し満足するために臨場感を求めている。ならば、それをある種の情動反応だと説明することは可能だろう。


例えば僕が、ラフロイグ蒸留所を訪ねてアイラ島の風景を眺めれば、その目の前の現実に大きな興奮と満足を得るだろう。でも、どうだろう?日々そこに暮らす人にとって、それらの風景は何の変哲もない日常でしかない。


アイラ島に暮らす人が東京に旅行に来たなら、その(彼らにとっての)非日常性に興奮と満足を手に入れて帰るだろう。例えばそれが、僕らにとっての「ただの通勤経路」なだけであっても。


僕らが本当に求めているのは興奮と満足であって、臨場感はその手段に過ぎない。


僕らが旅行を欲するのは、日常から離れてちょっとした非日常性を楽しみたいからだ。もちろん、非日常を楽しんだ後、僕らにはまた日々の暮らしが待っている。


そして、その日常と非日常の往来が、僕らの人生に感謝と豊かさを与えているのだと僕は思っている。


だけど、日常のありふれた光景のリアルがすべてインチキのように思えたり、非日常の中で生まれて初めて出会った一瞬の光景が、一生忘れられないほどリアルに感じられたり。


つまり、僕らは臨場感を頭の中で作っている。そして、その臨場感を目の前の現実より、より一層リアルに感じてしまうことがある。その本質はトリップであるのかもしれない。


誰かと一緒にウイスキーを愉しんでいる時、僕らは言葉に溢れてしまう。

ひとりでウイスキーを愉しんでいる時、僕は思い出に溢れてしまう。

いろんなことを思い出させてくれるウイスキーが、僕は好きだ。


目の前にグラスに注がれた1杯のウイスキーがある。

本当の意味で、それこそが、それだけが現実でありリアルだ。


でも僕らは、そのグラスの向こうに何かをみている。その何かとは思い出なんだ。そして時々、その思い出を起点に未来に想いを寄せることがある。


グラスに注がれた1杯のウイスキーという現実と、グラスの向こう側に思い浮かべられた臨場感との間を往来しながら、僕らはより一層ウイスキーを愉しめるようになって行く。


遠い目をしてウイスキーを愉しんでいる時、僕らはみんな、そんな状態だ。


例えば、あるウイスキーに「桃」を感じてしまったとしよう。でもそれは、「桃」ではなく「ウイスキー」だ。現実の「ウイスキー」が「桃」に感じられただけのこと。ウイスキーの原材料が桃でないことは明らかだ。


だけどその時、僕らは「ウイスキー」ではなくグラスの向こうに「桃」をみている。そう、臨場感を伴って。だって、その「場」に桃はないのだから。


桃を食べたことのない人は、記憶の中に桃を持たない。ウイスキーに桃を感じるのは、自分の思い出の中に桃を食べた記憶を持つ人だけだ。だから僕らはウイスキーと記憶の間を往来しながらウイスキーを愉しんでいる。


やがて僕らはウイスキーの向こうに違う思い出を見つけるようになる。桃だけではなく、バナナをオレンジをイチジクを。時にはそこに、塩煎餅や革靴やタンスを見つけて愉しでいる。


そして時々は「灰にまみれたマンゴー」のように、食べたことのないものまで頭の中に作り出してしまう。


目の前の1杯のウイスキーという現実と、グラスの向こう側に思い浮かべられた情景を軽快に往来できるようになることを「ウイスキーが上手」になったというのだ。


そして、「ウイスキーが上手」になるために、他者の存在が必要だ。誰かと一緒にウイスキーを愉しんでいると、僕らの中から言葉が溢れて来る。言葉はイメージを生み出し、イメージは思い出に繋がる。


もちろん、既に「ウイスキーが上手」な人はひとりでも愉しむことができる。目の前のグラスとその向こう側をひとりで軽快に往来してウイスキーを愉しんでいる。


でもね、既に「ウイスキーが上手」な人も、もっと上手になるために誰かの力が必要なんだ。


僕らがウイスキーを愉しむ時、目の前の現実とその向こう側に臨場感を伴って存在する記憶の間を往来しているとするなら、それらのすべては「自分の中」から生まれている。


つまり、答えのすべては自分の中にある。でも、本当は知っているのに本人が気付かないことがある。そして、それに気付かせてくれるのは、あなたの隣の誰かだ。


誰かの言葉がもう何年も思い出したことのないようなことを、思い出させてくれることがある。


その誰かは必ずしも「ウイスキーが上手」な人である必要はない。

「あなたが好きな人」の方がいい。


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キルブライド 1989 28Yo

THE MASH TUN TOKYO&THE WHISKYFIND

300bottles , 51%


最新の発注・入荷・リリース情報は<a href="http://www.facebook.com/jsbar.ike" target="_blank" title="">ジェイズ・バーのFacebookページ</a>

池袋でシングル・モルト・ウイスキーを!

イチローズ・モルト&グレーン 3種

例えば、30年前のこと。ウイスキーを欲しがる人がまだ少なかった時代。僕らは余裕を持ってウイスキーを愉しんでいて、まぁ、今やそんな時代ではななくなった訳だ。


響や白州の販売休止がひと騒動を起こしている。それは、サントリーだけの問題ではなく、日本のウイスキー全体の問題でもあると思っている。


需要の拡大とそれに追い付かない生産と、問題の本質はそこに生じたギャップによるものだ。もちろん、今回の騒動に始まったことではない。


ウイスキーが3日で作れるものではないことは、誰でも知っていることで、だけど、欲しがる人がたくさんいるなら、3日ですべてがなくなることだってあるのかもしれない。


足りないと言われれば、欲しくなるのが人情で、だけど、漢字のラベルを貼って瓶詰するだけで、ウイスキーが売れるのなら愚かな事態だと思う。


「人間だって顔じゃなくて中身だよ」。誰だってそれに表向き反対しないけど、顔が気にならない人はあんまりいない。


僕らが安心してウイスキーを愉しめるのは、そこに信頼があるからだ。


例えばそれが、どんなシングルモルト・ウイスキーでも構わないが、そのラベルに蒸留所の名前が書いてあるなら、「中身のすべてはその蒸留所のウイスキー」ということを僕らは当たり前のこととしてウイスキーを飲んでいる。


もちろん、いくつかの蒸留所のウイスキーを混ぜて瓶詰することは反則ではない。そのラベルに「ブレンデッド」であることが明確に表記されているのならまったく問題のないことだ。


シングル・モルトより美味しいと感じるブレンデッド・ウイスキーなんていくらでもあるものだし、混ぜることで優秀なコストパフォーマンスを実現できるなら素晴らしいこと。


当然だけど、混ぜることは簡単なことではない。そこには生産者の知恵と努力と技術が集結している。その歴史と伝統がそのブランドに対する信頼の根底にあるはずだ。


確かにブレンデッドを「何でもアリ」のウイスキーと解釈することは可能ではある。対照的にシングル・モルトを「純粋なモノ」と位置付け、ブレンデッドを格下と見る向きもあるだろう。


まぁ、心情的には理解できなくもないが(笑)、それらふたつのウイスキーの愉しみ方は違うもの。「何でもアリ」の状況から、価値あるハーモニーを生み出す技術を僕は心から尊敬する。


その違いはよく「ソリスト」と「オーケストラ」に例えられるけれど、「オーケストラ」の中にいる「ソリスト」の存在感に気付かせてくれるのは、シングル・モルトではなくブレンデッドならではのもの。


先程は「問題の本質はそこに生じたギャップによるもの」と申し上げたが、もちろん、前提としてジャパニーズ・ウイスキーの好調がある。


背景には全般的な日本のモノづくりに対する信頼感もあるのだろうし、日本のウイスキーが世界的に評価されるなら、喜ばしい限りだ。


多くの人がウイスキーに関心を持ってくれる時代になったことを、当然、僕は歓迎している。共感できる仲間が増えることを、僕はこれまでも人生を通じて望んで来たから。


ただ、好調であるが故にウイスキーが足りなくなり、足りないことは人々の心を刺激してしまう。日本において既に、ウイスキーは一足先にデフレ脱却を果たしている。


市場のニーズが高まれば、そこに資本が投下され新しい生産者が現れる。今起こっている小規模蒸留所のブームとはそういうことだろう。


ただ、バブルとバブル崩壊を繰り返して来たのもウイスキー業界だ。5年後、10年後、僕らのウイスキーがどのように愉しまれているのか?僕にも分からない。


ウイスキーが3日で作れるものではないことは、誰でも知っていること。だから、サントリーは響と白州の愛飲者に向けて「しばらくお待ち下さい」の看板を出した。残念ではあるが、正しい判断ではないだろうか。


もちろん、10年前、20年前、サントリーが正確な未来の需要予測をしていたなら、こんな事態にはならなかったというのは正論ではあるが、酷な話だ。時に正論は身も蓋もない。


翻って考えるなら、10年前、20年前、飲み手である僕らが、ウイスキーを上手に愛せていなかった結果でもあるのだから。当時の生産者が、ある意味絶望的な判断を下さざるを得なかったのは、飲み手である僕らの責任でもある。


最近の小規模蒸留所の隆盛も同じこと。今立ち上がった蒸留所のウイスキーを、僕らが豊かに愉しめるようになるにはまだまだ時間がかかる。僕らは「しばらくお待ち下さい」の看板を見つめるしかない。


何かを期待して待つという行為には知的な想像力が必要だ。ウイスキーが熟成を前提として愉しまれていて、熟成に時間が掛かるというのは、僕らにとって周知の事実。


「待つこと」というのは大人の振る舞いだ。子供は未来に期待して現在を我慢するということができない。駄々をこねるとはそういうことだろう。


5年後、10年後、僕らは上手にウイスキーを愛せていられるだろうか?


だから、僕は「待てない!」と叫ばない。知的な想像力を持って、「しばらくお待ち下さい」の看板を見つめようと思う。そして「愉しみにしてますよ」と伝えたい。それが僕の立場だ。


ところが一方、「待てない」飲み手もいて「待たない」メーカーも現れ、当然ながら、市場において両者は繋がってしまう。そして、「知らない」飲み手は「待たない」メーカーの格好の餌食となっている。


特に「知らない」外国人が、後からそれが「日本産のウイスキーでなない」ことを知った時、どのような反応をするのだろう。彼らは「日本のウイスキーをお土産に持って帰りたい」と思っている人たちだ。


もちろん、法律上の問題はない。倫理・道徳の問題ではあると思う。ただ、倫理・道徳問題を無視することで、利益が上げられると判断するのが「待たない」人たちの心理だ。


「待たない」メーカーは「知らない」人たちにウイスキーを売ることで、利益を上げている。だが、「知らなかった」人たちもやがて「裏切られた」ことに気付くだろう。


確かに、「知らなかったお前が悪いんだろ?」という意見があるなら正論ではあると思う。ただ、リテラシーのある飲み手の認識と、一般消費者のそれには大きな乖離がある。


要するに「優しさ」の問題なのだ。ウイスキーを愉しむ人たちが増えたなら、「知らない」人たちに「知らせる」努力が必要だ。「裏切られた」人たちが日本のウイスキーから離れて行くなら、僕らは将来の優秀な飲み手を失うことになる。


結果として日本の優秀な生産者に対する信頼も崩れて行く。そして、それは既に少しづつ始まっているのではなかろうか。僕らのウイスキーの未来をも損なうことになるだろう。法律と倫理・道徳の間にルールを作るべきではないだろうか。



相変わらず前置きが長過ぎたが、ここからが本題(笑)。

今夜はイチローズ・モルト&グレーンを扱う記事なのだから。


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現在、池袋ジェイズ・バーには3種類のモルト&グレーンがある。同一のコンセプトのウイスキーなので、ラベルのデザインにも共通性がある。


左から、

「イチローズ・モルト&グレーン(ワールド・ブレンデッド / ホワイト・ラベル)」

「イチローズ・モルト&グレーン(ワールド・ブレンデッド / リミテッド・エディション」

「イチローズ・モルト&グレーン(ジャパニーズ・ブレンデッド / リミテッド・エディション」。


価格も安い順に左から「ホワイト・ラベル」「ワールド・ブレンデッド」「ジャパニーズ・ブレンデッド」となっている。


ご存知の方も多いと思うが、このラベルのデザインはイチローさんの手掛けるウイスキーの中でも定番商品のひとつ(手軽な入門編としても定着した感のある)「ホワイト・ラベル」の系譜であることは明らかだ。


数年前、まず最初に「ホワイト・ラベル」がリリースされ、その時僕は「イチローさんは新しいチャレンジを始めたのだな」と感じた。


秩父蒸留所というシングル・モルトを製造する蒸留所のボスとしてだけではなく、ベンチャー・ウイスキーという会社のチーフ・ブレンダーとしてのポジションを取りたいとの野心を感じた。


「ホワイト・ラベル」はある意味、お手軽な廉価版のブレンデッド・ウイスキーとして知名度の高いウイスキーになった。だけど、そして、僕は期待をして待っていた。「ホワイト・ラベルの次があるはずだ」と。


正直に言うなら、僕は随分と待たされた訳だ。「イチローズ・モルト&グレーン(ワールド・ブレンデッド / リミテッド・エディション」(写真中)がお披露目されたのは今年の秩父ウイスキー祭でのこと。


その当日、僕はそんなことはまったく知らずに実行委員の仕事をしていて、秩父蒸留所の若手の太郎君が「飲んでみて下さい!」とプラカップに入ったそれを持って来てくれた。その時の彼のドヤ顔を今でも覚えている(笑)。


詳細を聴きながら、香りを嗅ぎ口に含み、「これはサントリー響の穴を埋めるウイスキーになるな」と感じた。そのことを正直に太郎君に伝えると、「それは褒め過ぎです」と照れ臭そうに笑っていた。


立て続けに、「イチローズ・モルト&グレーン(ジャパニーズ・ブレンデッド / リミテッド・エディション」(写真左)がWWA世界最高賞受賞の報を受けひとり喜んだ。


受賞したことも含め、売行きが好調であることも含め、それらの事実はイチローさんのブレンダーとしてのセンスと技術が評価されたと言って良いだろう。


もちろん、これで終わりの話ではなく、僕は次に期待して待っている訳だ。


ご存知の通り、秩父蒸留所はグレーン・ウイスキーを製造する設備を持たない。だから、これらのウイスキーには秩父蒸留所が買い付けた国産あるいは外国産のグレーン・ウイスキーが使われている。


同様に「ホワイト・ラベル」に関しては、「9蒸溜所のモルト原酒と2蒸溜所のグレーンウイスキーをブレンド」とアナウンスされていて、(恐らくは)外国産のシングル・モルトが使われていることは明らかだ。


先日、イチローさんがジェイズ・バーにふらりと訪れた。僕らはいつもの様にいくつかの話をして、最近はアメリカ市場で「ホワイト・ラベル」の販売が好調だとの話を聴いて嬉しくなった。


もうどのくらい昔の話だっただろうか。あれはまだ、「ホワイト・ラベル」をリリースしたばかりの頃だったろうか。


イチローさんは「ホワイト・ラベル」を手にアメリカに商談に行き、それが「秩父蒸留所のシングル・モルトではない」ことを残念がる相手に少々落胆している様子に見えた。


僕が最近のアメリカ市場での好調を嬉しく思った背景には、そんなエピソードがあった訳だ。


もちろん、好調の要因はアメリカ市場でのパートナーに恵まれたことや、フラッグシップたる「ジャパニーズ・ブレンデッド」のWWA受賞が需要を喚起しているという側面もあるだろう。


だけど、イチローさんは「知らせる」ということを辞めなかった。これは「9蒸溜所のモルト原酒と2蒸溜所のグレーンウイスキーをブレンド」したウイスキーであることを説明し続けた。


筋を通し知らせ続けることで、勝ち得る信頼というものがそこにあるのだ。好調の要因がそんなところにもあるなら、本当に嬉しい限り。


僕らは「本当のこと」を知りたいのだ。

だから、生産者が「知らせてくれる」ことを望んでいる。

「寝た子を起こすな」と考える人もいるかもしれない。

だけど、「寝た子」は必ず眼を覚ます。


化粧をした女の子が美しくなることは素敵なこと。

でも、偽物の仮面を被った女の子とは付き合いたくないんだ。


最新の発注・入荷・リリース情報は<a href="http://www.facebook.com/jsbar.ike" target="_blank" title="">ジェイズ・バーのFacebookページ</a>

池袋でシングル・モルト・ウイスキーを!

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