先週の記事の続きです。この連載の1回目はこちら
「買って来たものを量って売るだけなのがシングル・モルト」、「ラクで良いよね」。だから、「バーテンダーはモルトに頼るべきではない」。「バーテンダーはカクテルを作るほどにもっと苦労をすべきである」。あなたはそう言いたかったのではないだろうか。

まだ見ぬバーテンダー氏の言いたいことを要約させていただこう。
バーテンダーとして、
「カクテル作りには知識と技能と感性を必要とする」。
「グラスに注ぐだけでこと足りるのがモルトである」。

あなたの仰る通り、「カクテル作りには知識と技能と感性を必要とする」という見解に僕も異存はない。しかし、シングル・モルトに対する見解にはまるで同意できない。「技能」という点では確かにおいしいカクテルを作るバーテンダーには高度なそれが存在することを認めよう。しかし、シングル・モルトを提供するためにも「知識と技能と感性」は必要なのである。それを知恵と呼んでも良い。

「グラスに注ぐだけでこと足りるのがモルトである」。
もしもあなたがそう思っているなら、それはあなたがそんな態度でシングル・モルトを扱っているのだ。その台詞はあなた自身の仕事振りを言い表しているに過ぎない。だから当然、あなたはシングル・モルトを売ることが「ラク」なのだろう。あなたが「グラスに注ぐだけでこと足りる」と思っているだけである。だってあなたはそんな風に働いているのだから。

さて、僕はあらぬ心配をしてしまったので話をさせていただこう。
あなたはお客さんに提案をできないバーテンダーではないだろうか?

お客さんが来店する。「いらっしゃいませ」と言う。カウンターに座る。メニューを出す。お客さんは飲み物を選ぶ。例えばカクテルをオーダーする。あなたはオーダーを受けてカクテルを作る。もちろんカクテルの得意なあなたのことだ。高度な技能でおいしいカクテルを作るのだろう。だけどあなたは、お客さんがメニューを見て注文したことを免罪符にしていないだろうか。

確かに注文をしたのはお客さんだ。あなたは頼まれたものを正確に出した。もちろん他のバーテンダーが出すものよりも「おいしい」という自信を持って。それはきっとカクテルとしては素晴らしいものなのだろう。しかし、あなたはどのくらい興味があるのだろう?カクテルの出来映えとしての「良し悪し」ではなく、お客さんの「好き嫌い」を。

あなたは言うのだろうか?
「お客さんに頼まれたものを精一杯の努力で作ったので、それを嫌いだと言われても、それはお客さんが悪いです」、と。果たしてそれはお客さんの「自己責任」なのだろうか?あなたは「良いカクテル」を作った。それを受け入れないお客さんが「悪い」のだろうか?

「良いカクテル」を作り続けるあなたは、あなたのカクテルをおいしいと言ってくれるお客さんがいることを誇らしく思うかもしれない。だからあなたはつまらないのかもしれない。グラスに注いだだけのシングル・モルトをおいしいと言うお客さんが。

あなたはお客さんの気持ちに寄り添うことができているだろうか?あなたはお客さんの快楽に敏感だろうか?自分の製品を押し付けることを仕事だと思っていないだろうか?

もしもそうであるなら、あなたのその振る舞いは「仕事」ではない。非常に高度なものではあるかもしれないが、それはただの「作業」である。

この侍はシングル・モルトを売ることを仕事としている。
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