改めて言わせていただこう。
感想に正解はない。だから僕らは「好き嫌い」を大いに語れば良いのではないだろうか。

よろしいか、皆様。
そもそも僕らはウィスキー評論家ではないのだ。世の普通の酒飲みの、そんな立場の僕らがウィスキーの「良し悪し」など語らんでも良い。「良し悪し」は「正誤」である。「正誤」の背景には当たり前のように「客観的な判断」を必要とする。では僕らは、そもそもそんなものを持っているのだろうか。

ウィスキーを語る時、「間違ってはいけない」という強い思い込みがあるから「正解」を求める。「正解」を求める態度は手近な「権威」を求める。そしてその「権威」は本屋で手に入る。マイケル・ジャクソンが「固いカラメルトフィー」と言えば、すべてのダルモアは「固いカラメルトフィー」になり、マイケル・ジャクソンが「グラスゴーに向かって出発した汽車」と言えば、すべてのブナハーブンは「グラスゴーに向かって出発した汽車」になってしまう。

僕はそんなのが嫌だ。
僕は「あなたが知っていること」に興味はない。「あなたが思ったこと」が知りたい。僕の目の前で僕に向かってそれを教えてくれたなら、僕はあなたが好きだと思うウィスキーを選び、あなたが何故それを好きだと思うかに考えを巡らせ、だったらこんなものが良いのではないだろうかと次の1杯を選ぶ。それが僕の仕事だ。

「正しいこと」を語ろうとする態度は「間違い」を嫌う。間違わないように権威に追従する。それでは間違わなければ正解なのだろうか。僕はつまらないと思う。

「好きなこと」を語ろうとする態度に「間違い」はない。だってあなたがそれを好きなのだから。
それでいいじゃん。

勝手で構わない。あなたには「好きなこと」を語って欲しい。他の誰もが酷評するようなウィスキーでも、あなたが好きならそれで良いではないか。でも、ひとつだけお願いしたいのは、「どうして私はこれが好きなのか?」を是非ともあなたに語っていただきたい。あなたはまだ分からないかもしれないが、「私がこのウィスキーを好きな理由」は必ずあるのだ。あなたの中に。

良く考えていただきたい。
1. 違う銘柄のシングル・モルトを飲めば、味が違うことは誰にでも分かる。
2. 違いが分かるということは、好き嫌いが発生する。
3. 好き嫌いがあるということは、その背景に必ず理由がある。
ということなのだ。

あなたにはまだその理由が分からないかもしれない。あなたが気付いていないだけで、だけどその裏側には「理由」があるのだ。それを探す旅に出てはいかがだろう。シングル・モルトの森の散歩である。道案内はこの侍がしよう。

侍は森の中に18の標識を立てた。
それが「スタンダード18」である。

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