E-R ロングモーン1895年を過ぎるとウィスキー業界への投資はますます活況を呈する。基盤の固いブレンダーは自社ブランドの原酒の供給源と投機を目的に原酒を購入し、さらに蒸留所の新設を推し進める。1895年から1900年の間に新設された蒸留所は16と言われる。その主な目的は会社を設立し、ひとたび基盤が出来上がると株式を売却し利益を得ることであった。集められ、行き先を求めた金は、ウィスキー・バブルと言う風船を、それまで以上に大きく膨らませようとしていた。
1890年代にはおよそ33ヶ所の蒸留所が設立されている。そのうちの21ヶ所はスペイサイドの蒸留所である。この事実はブレンデッド・ウィスキーの嗜好を反映している。当時、スムースな味わいが品質の評価基準となりつつあった。スペイサイド・モルトが最適であったのだ。香味の強い西海岸のモルトや穏やか過ぎるローランド・モルトはブレンダーに求められなかった。ブレンデッド・ウィスキーの原酒としてのシングル・モルト。その傾向はこの時期に確立したようだ。つまり、ブレンダーの意向を汲み取ることのできないシングル・モルトは敬遠された。

シングル・モルトとブレンデッド。両者の関係をどのように捉えたら良いのだろう。スコットランドでのウィスキー作りは身近にある大麦と水とピートを使い、非常に素朴な形で始まった。その素朴でむしろ荒々しい酒は熟成という工程を経ることで、よりふくよかで上品なウィスキーへと成長して行く。もちろん、上質なシングル・モルトには時間というコストが十分に必要なはずだ。しかし、それ自体が完成品として存在するシングル・モルトは、ブレンデッド・ウィスキーの立場からすれば下請工場の作る半製品でしかない。
両者はどちらがより消費者に近いだろうか。答えは明らかだ。ブレンデッド・ウィスキーである。ブレンデッド・ウィスキーの販売量はシングル・モルトのそれを圧倒的に凌いでいる。「シーヴァス・リーガル」を知る人は多いが、現在でも「ロングモーン」は広く認知されているとは言えない。そして、「シーヴァス・リーガル」を好んで良く飲む人の多くは、その原酒に「ロングモーン」が使われていることを知らない。消費者に近いことは確実にある種の力を生むだろう。スペイサイド地域を選んで多くの蒸留所が新設された事実は、ブレンダーの意向を汲み取った結果でもある。しかし、その意向はやがて要望となり、さらに要望は圧力へと変化していったとしても、何ら不思議ではない。
一方、この地に蒸留所を集めたのは、地の利を当て込んだ別の理由もある。この地域はスコットランドでも最良の大麦産地であり、美しい水が豊富で身近にはピートがあった。ハイランド鉄道やスコットランド北部鉄道など鉄道網の整備は、それまで困難であった物流を容易にし、効率的に蒸留所を結んだ。
結果としてその流れはこの地に、蒸留所建設や作業を効率良く行うための専門的な企業を多く集めた。合理的な設備の設計に長けた建設業者や、糖化槽など鋳鉄製の容器製造、当時とすれば特殊技術が蒸留所を支えた。また、知識を持った蒸留所長や職人も、比較的容易に雇用が可能であった。ウィスキー街道で結ばれたエルギンとローゼスの街はウィスキー産業の発展を支えた。更なる発展を求めて、人は既に発展した地に蒸留所を設立した。
もちろん、当時のこの地の活況の背景に好材料ばかりがあった訳ではない。人は見たくないものは見ないのかもしれない。新設蒸留所が生産を開始すると既存の蒸留所と競合し、その在庫は途方もない水準に膨らんだ。1890年代後半には毎年全生産量の40%を超える量の在庫が増加した。「過剰在庫」というジョーカーを巡り、ババ抜きが始まったのである。
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