モルト侍

池袋のショット・バー、ジェイズバーのバーテンダーが、大好きなシングル・モルトを斬る。

もの思う侍

ハイランド・パーク 1977 32Yo / ハート・ブラザーズ(続報)

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先週金曜のハイランド・パークの続報。まぁ、そんなに大げさな話でもない。
小ネタな話。

同じ年の同じ月に生まれた2本のハイランド・パークについては既にお知らせしたとおり。1本は2006年に瓶詰めされ、もう1本は今年の8月に瓶詰めされている。2006年瓶詰の方はアルコール度数が46.0%。2010年瓶詰の方が47.0%。

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お客さんと話をしていて、「47.0%って何だか珍しいですよね」というようなことを言われた。46.0%と並んでいるのだから、なおさら目を引くのかもしれない。40度、43度、46度というと加水されたウイスキーの一般的な数字だ。「プラス1%で47度って、何か意味があるんですかね?」というような話。

今年瓶詰の47.0%の方は、加水されたウイスキーではない。「HART BROTHERS」のロゴの下に、「CASK STRENGTH」と書かれている。もちろん、2006年瓶詰の方には「CASK STRENGTH」の表記はない。

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まぁ、本日はそんな話で、曇り空で気分も曇る。

「3杯セット」のご利用が可能です。
他の違う銘柄のウイスキーと合計3杯(ハーフ・ショット)で¥2,000(税込¥2,100)。
1杯当り、¥700(税込)です。


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いくつかの1993ボウモアから、ラフロイグへ。

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IMG_0878_1何かの香りを起点にして、思いもよらないイメージが広がることがある。それは、ダブルクリックで立ち上がるデスクトップに置かれたアイコンのよう。懐かしい、もう何年も思い出すことすらなかった昔のできごとの欠片が、目の前を駆け抜ける。自分でもどうしてそんなことを思い出したのか見当も付かない。忘れてしまったことすら心苦しく思うような、そんな思い出の欠片がふわりと蘇ることがある。

思い出はまた別の出来事へとリンクし、その出来事はまた別の映像を立ち上がらせ、そこにまた香りの記憶がまとわりつく。香りの記憶はまた別の思い出にリンクし、また別のスイッチをオンにして行く。制御不能になったスイッチ・オンは、僕の意図しないままいくつかの思い出に微かな灯をともす。

IMG_0918_1「なるほど」と、ついさっき最初のドミノが倒れたことを思い起こす。そこから始まり、滞ることなく順序良くドミノは倒れ、その先の分岐点で次々と枝分かれしたのだろう。枝分かれした後も、それはカスケードを進む水のように淀みなく流れた。わずかな混迷が僕を支配するのは、僕がパラレルに進む世界にいるからだろうか。あるいは単なる酩酊だろうか。

そう、ウイスキーの香りや味わいから、僕は時々思いもよらぬことを思い出すことがある。少なからず、同じような経験をした人を幾人か知っている。自分のすぐそばを何かが通過し多様な感覚。その後少し切ない気持になり、また、何かから解放された気分になり、ほんの少しの安堵を手に入れたような気分になることがある。

波に洗われ、流されずに済んだ。
それは、そんな気持ちに似たものだっただろうか。

このラフロイグの出来の良さに少し驚いた。旨みと甘さの沁み込むラフロイグ。太く重く、そして、滑らかで、実は優しい。目の前の素直じゃない人の心に、優しさが存在することを肯定したことがある人には分かるだろう。

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ラベルにはこんな文章が綴られている。
A rusty oil barrel on an old fish trawler.

このラフロイグを説明した文章したのだとだとするなら、いささかネガティブな言い回しだ。「錆びたオイル」、あるいは「トロール漁船」。この一文をさらりと読んで、うまそうだと思った人はどれほどいただろう。もちろん、僕も、開封をする前は懐疑的であったと申し上げざるを得ない。今となれば、敬意を込めて(それでも笑いながら)賛辞を贈りたくなる。

このラフロイグの香りや味わいから、誰かが「錆びたオイル」や「トロール漁船」を思い出したのだろうか。だとすると、それは、この文章を書いた人の非常に個人的な思い出の断片なのだろうか。僕は時々、ウイスキーを飲むという行為が、とても強烈に自分の内側に向かってしまうことを思い知らされることがある。

ウイスキーは僕らに何かを感じさせ、思い出させ、考えさせてしまう。

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グレンアラヒーから、いくつかの1993ボウモアへ。(4)

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IMG_1015_1僕らの日常は「見ること」に支配されている。視覚情報を軸に毎日が成り立っている。目に見えることは変わらないという思い込みがある。目の前の紙片にボールペンで「A」と書いてみる。テーブルの上に置き10分眺めていても変わらない。目を逸らしても、まばたきをしても変わらない。誰に訊いても「Aと書いてある」という。

僕らは見たことを信じてしまう「百聞は一見にしかず」ということわざがあるように、そして多くの言語で同じような言い回しがあるように、僕らは視覚を頼りに生きている。マジシャンのトリックに、僕らがいとも簡単に騙されてしまうのは、目に見えたものだけが信じる値するという思い込みがあるからだろう。害がなければその裏切り行為にはカタルシスが発生するだけ。それは、実に優秀なエンターテイメントとして成立する。

見たもの以外を信じないという態度は、嗅覚や味覚にて対して否定的だ。香りや味わいを疑ってかかる。「香りや味の違いなんて、僕に分かる訳がないじゃないですか」ということだ。

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例えば、同じようなスペックのボウモアが3本あったら、「何が違うんですか?」、「似たようなモンでしょ?」なんて言われることもある。

嗅覚や味覚なんてアテにならない。という前提がある。

確かに、香りや味わいは移ろいやすい。好きな女の子の電話番号を書き止めておくように、気軽にそこに留めておくことができない。実際のところ、ついさっきまで感じていた香りが、ほんの数分後にはもう嗅ぎ取りづらくなっているなんてことがある。嗅覚と味覚だけを頼りに生きることは非常に困難だろうと思われても仕方がない。

IMG_1041_1それは、目隠しをして進む迷路のようなものだ。もちろん、その冒険を愉しいと思わない人がいるであろうことは容易に予想できる。躓いて転んだら、笑われそうだ。不安、恐怖。そう、だから、準備を整えて。知識を身に付けてから。勉強をしないと。きっと迷路の見取り図がどこかにあるはずだと。

あなたは躊躇するかもしれない。
そして、あなたの冒険は始まらないままだ。
一度も転ばずに、自転車に乗れるようになる人はいない。

例えば、同じようなスペックのボウモアが3本あったら、どんな人にもその違いは十分に感じることができる。比べて飲むなら、「なるほど」と確実に納得が行くほどの違いがある。違いを感じたなら、恐らくそこには好き嫌いが発生することだろう。僕らが頼りにすべきは、好き嫌いを置いて他にないと、僕はそう考える。

好き嫌いに正誤があるだろうか?善悪があるだろうか?
好き嫌いのその先にあるのは、愉しみにおいて他になし。

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グレンアラヒーから、いくつかの1993ボウモアへ。(3)

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IMG_0856_1結局のところ、自分が感じたことしか伝わらない。感想とはそういうものだと思う。自分の思いを誰かに伝えたいと思ったら、僕らは自分に向き合わざるを得ない。あなたの感想はあなたの中にしかない。ウイスキーの専門書には書いていないだろう。

ウイスキーを飲んで何かのイメージ沸いたなら、そこには何か理由があるはずだとまずは信じてみる。だって、ホントに感じたことなら伝わりやすいから。

「ウイスキーなのにチョコレートの香りなんてする訳がない」という思い込みは、あなたから「感じる身体」を奪い、あなたのウイスキーをつまらなくさせてしまうことがある。大切なのは「センス・オブ・ワンダー」。あなたはグラスの中から不思議なもの見つけ出す、冒険の旅に来たのだと思えば良い。

もしもあなたが、飲み干したウイスキーのグラスからチョコレートの香りが放たれることに、心の底からびくりした経験があるなら、あなたには確実に「センス・オブ・ワンダー」があるということだ。「どうして?ウイスキーからチョコレートが?」という疑問は不思議であり神秘だ。

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あなたは既に、チョコレートの香りがするであろうと予測されるウイスキーから、チョコレートの香りがしたことに安心をするようになっているかもしれない。それは、かつてのあなたにはなかった態度だ。今夜、どこかのバーで、チョコレートの香りを放つウイスキーがあることを知らない誰かと、あなたは隣り合わせに座るかもしれない。

IMG_0932_1あなたの隣に座ったその人は、ウイスキーの知識がない代わりに「センス・オブ・ワンダー」を持っているかもしれない。お節介は無用だろう。だけど、僕はあなたに、優しく見守ってあげて欲しいと心から願う。大切なのはあなたの知識でその人を危険から遠ざけることではなく、その人が自らの「センス・オブ・ワンダー」を持って冒険を愉しむことだ。

その人のウイスキーが始まろうとしているのかもしれない。
僕ならその始まりの瞬間に立ち会いたいと思う。そっと。

自分の力でウイスキーの中から不思議なもの、神秘的なものを見つけ出すのがウイスキーの愉しみのひとつだと思う。不思議なものの正体が分からなかったとしても、その発見の喜びは忘れることがないだろう。

IMG_0856_1正体やその理由が分からなかったとしても、何かを見つけてしまったなら、素直にそれを認めた方が良いことがある。かつて、その香りを「チョコレート」と言えなかったのは、あなたの中に「ウイスキーがチョコレートの香りを放つ訳がない」という思い込みがあったからなのかもしれない。

あなたは思い込みから解放されて、様々なものをウイスキーから感じ始めることがある。

何かのイメージが浮かんだら、そして、それがウイスキーとはまったく関係のないものだとしても、頭から振り払おうとしないことだ。

例えば、あるウイスキーの香りを嗅いでいて、唐突に「グッチ裕三」を思い出したとしたら、「そんな馬鹿げたことを…」とそのイメージを頭から振り払おうとせずに、「何故だろう?」と立ち止まってみることだ。もしかしたら、そのウイスキーは虫刺されの薬(キンカン)に似た香りを放っているのかもしれない。

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グレンアラヒーから、いくつかの1993ボウモアへ。(2)

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IMG_0856_1ウイスキーを愉しみながら、僕らはグラスの中からさまざまなものを感じることができる。例えば、「バニラ、ハチミツ、麦、バター、芳ばしさ」、ウイスキーからそんなニュアンスを感じ取ることは良くあることだ。そして、それらの5つの要素を起点にクッキーをイメージすることがある。「このウイスキーはクッキーのように感じるなぁ」ってことがある。

もしもあなたが、ウイスキーになどまったく関心がなく、ウイスキーを愉しいと思って飲んだことがなかったとしても、ある飲み物に「小麦粉を溶かして練ってバターで焼き上げた芳ばしいものに、バニラのような香りとハチミツのような甘さ」を感じたら、誰かがそれを「クッキーのように感じるなぁ」って言っても、「そういうもんだろうな」くらいには思ってもらえるだろう。

それらの各要素を個別に感じないまま、いきなりクッキーを感じることもあるだろう。何しろ、クッキーが何でできているか知らない人だっているに違いない。あるいは、クッキーだと感じた後にクッキーを構成する各要素を分解し、「バニラ、ハチミツ、麦、バター、芳ばしさ」と理解する人もいるかもしれない。

クッキーという全体から感じても良いだろうし、個別の要素である部分から感じる人がいてもおかしくはない。部分を組み立てて全体を思ったり、全体を分解して部分を理解しようと思ったり。正誤、善悪、好き嫌いはどうでも良いけれど、僕は時々そんな風にウイスキーを愉しむことがあるし、ウイスキーにクッキーを感じたことなら、多くの人が経験していると思う。

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先日お客さんと話をしていて、「好きでウイスキーを飲んでいて、おいしいと思うんだけど、おいしいウイスキーをおいしいとしか言えない自分が時々情けなくなるんですよね(笑)」と言われた。その時僕は、「おいしいんだから、良いじゃない」とお茶を濁す気にもなれなくて、何故かというと、その人がちょっぴり真剣に悩んでいるように見えたからだろう。

当たり前のことだけれど、ウイスキーをおいしいと思わないと、その人のウイスキーは始まらない。だから、おいしいと思ってくれているのなら、その人のウイスキーは始まって継続中ということだ。もちろん、「おいしいんだから、良いじゃない」というのは僕の本音でもある。裏返すなら「不味いと思うんなら、困ったな」ということだから。

ただ、その人は「おいしいんだけど、(ちょっと)困っている」ということ。

何で困っているのかというと、「伝えたいから」なのだと思う。何故伝えたいのかというと、「共有したいから」なのだと思う。何を共有したいのかというと「ウイスキーを愉しむこと」なのだと思う。おいしいと感じるウイスキーに出会うと、人はそれを誰か他の人に伝えたいと思ってしまう。そして、言葉を捜して彷徨い始め、増やした言葉のおかげで溺れてしまうことがある。

愉しいことを分かち合いたいと思うのが人だ。
分かち合うために伝える必要があると思っている
伝えるために言葉が必要だと思っている。
そして、伝わらないのは言葉が不正確で足りないからだと思っている。

本当だろうか?

前にも同じようなことを言ったから重複は避けるけど、言葉の数が豊富で正確だからといって、あなたの気持ちが必ず伝わるというものではない。あなたが感じたことしか伝わらない。それは、一番に肝に銘じておくべきことだと思う。伝わらなくて困っているというのなら、まずは、自分がどう感じているのかをもう一度確認してみるのが良いだろう。

ウイスキーを愉しむことをグラス一杯の冒険と思うなら、自分の見たことを信じること。自分が感じたことしか伝わらないなら、自分が経験したこと以外はあまり意味がない。例えば僕が知りたいと思うのは、「あなたにはどう見えたのか?」ということ。それは、僕が見えたのとは違うのかもしれない。そして、「何故そう見えたのか?」はひとまず、どうでも良い。

「クッキーのよう」に感じたのなら、そう伝えれば良い。
「バニラ、ハチミツ、麦、バター、芳ばしさ」。それらを感じたから、「クッキーのよう」なんて言わなくても良い。

僕らの暮らしの中には「何故、そう感じたのか?」なんて説明できないことがたくさんある。「クッキーのよう」に感じたのなら、そう伝えれば良い。「何故、そう感じたのか?」、それが説明できるようになったとしても、後回しで構わない。

少し前の話になるが、僕はあるウイスキーを飲んでいて、どういう訳だかずっと「グッチ裕三」が頭から離れない。ウイスキーに「グッチ裕三」の味がするとは考えられない。何しろ、僕は今まで「グッチ裕三」を食べたことがなかったから。

ベーコンや鰹節や、もちろん、クッキーなら食べたことがある。ウイスキーを飲んでそれらのイメージが浮かぶことがある。「あぁ、なるほど、僕はこのウイスキーにベーコンを感じているのだな」と、その時はそう思う訳だ。繰り返すが、僕は今まで「グッチ裕三」を食べたことがない。

こんな時は素直になるべきだ。食べたことがない「グッチ裕三」が浮かんだのなら、そこには理由がある。僕が「グッチ裕三」を感じたのには理由がある。

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グレンアラヒーから、いくつかの1993ボウモアへ。

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IMG_0858_1昨日の「点と線」、「全体と部分」の話の続き。
例えばあるウイスキーを飲んで、あなたは「バニラ、ハチミツ、麦、バター、芳ばしさ」を感じたとしよう。つまり、昨日の話の続きで言うなら、それらは5つの点である。線で結ぶ。すると、どうだろう。それはゆっくりと膨らみ、厚みを持ち、あなたのイメージ中で立体的な像にならないだろうか?例えば僕なら、その立体的になった像のイメージを「クッキーのよう」と感じるだろう。

「バニラ、ハチミツ、麦、バター、芳ばしさ」。それらの各要素を起点に、そのイメージを膨らませると「クッキー」を連想するのはおかしなことではないと思う。

「バニラ、ハチミツ、麦、バター、芳ばしさ」 → 「クッキー」

そのクッキー自体は僕のイメージ中で非常にプレーンなものだ。プレーンであるが故に変化や進化を遂げ易い。例えば、「バニラ、ハチミツ、麦、バター、芳ばしさ」という5つの要素に他の要素を追加してみる。

「バニラ、ハチミツ、麦、バター、芳ばしさ」 + 「チョコレート」(あるいはカカオ)
するとそのイメージは「チョコレート・クッキー」として像を結ぶ。

「バニラ、ハチミツ、麦、バター、芳ばしさ」 + 「生姜」
そうであるなら「ジンジャー・クッキー」をイメージするだろう。

「バニラ、ハチミツ、麦、バター、芳ばしさ」 + 「オレンジ」
であるなら「マーマレードを練りこんだクッキー」を連想するだろう。

ウイスキーから感じるいくつかの要素を個別に扱うことも十分に可能だが、選り分けてまとめてみると違う何かのイメージに膨らむことがある。例えば、小麦粉とハチミツとバターがクッキーになるように。ある種のウイスキーから、焼きたてのクッキーの香ばしさを感じることがある。

ただ、どうだろう。僕らは最初に「個別の要素」から感じているだろうか?

つまり、あるウイスキーの香りに「バニラ、ハチミツ、麦、バター、芳ばしさ」をまずは別々に感じてから、頭の中で組み立てなおしてそれを「クッキー」としているだろうか。グラスを鼻に近付けて、あるいは、ウイスキーを口に含んで、いきなり「あ、クッキーだ」と思うことがあっても、それはおかしなことではないだろう。

クッキーが小麦粉やハチミツやバターからできていることを知らない人がいたなら、あるウイスキーの香りから麦のニュアンスを感じづらいかもしれない。その人は小麦粉やハチミツやバターをイメージできないままクッキーを感じているのかもしれない。原材料を知らないまま、完成品だけを愉しんでいる人は少なくない。つまり、「えっ?ウイスキーって麦からできているんですか?」って人がいるってことでもある。

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もちろん、僕はウイスキーからクッキーを作ってみせようっていう訳ではない。ただ、ウイスキーを愉しみながら、そこに感じたいくつかの要素からクッキーをイメージすることがあるし、いきなりクッキーを感じることもある。そして、時々、唐突に商品名として「オレオ」を思い浮かべたり。

今日の写真は「ボウモア 1993 16Yo / TWA パーフェクト・ドラム(&3R)」。スリー・リバースさんと共同ボトリングのTWA・パーフェクト・ドラムである。最近仕入れたボウモアの中では素直なウイスキーだ。

明日はまた別のボウモアをご紹介したい。そして、クッキーに続いて、パンやケーキの話も。

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TWA リキッド・ライブラリー 3種

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IMG_0716_1視野の中心にあるものを見えずらいと感じることがある。いや、むしろ、真ん中にあるからこそ見えないことがある。物事をありのままに感じることは難しく、感じたことを表現しようと思うならなおさらのこと。集中や接近が感受性を薄めてしまうことがある。リラックスして一歩引いてみる。深く息を吸い、ゆっくりと吐く。真ん中にあったものを視野の周辺に持って来る。

たくさんの流れ星が降る夜に多くの流れ星を捕まえたいと思うなら、集中して夜空のある一点を見詰め過ぎない方が良いということ。そのある一点に流れ星が現れる可能性は低い。僕らは空が広いことを知るべきだろう。ぼんやりと夜空を眺め、視界の周辺に輝く光が動いたらなら、それを追い掛ければ良い。きっとその方が、一晩でいくつかの流れ星を捕まえることができるだろう。

IMG_0749_1その昔、「探し物は何ですか?」と僕らに問い掛けたのは井上陽水だ。僕らが返事をする前から、「探すのをやめた時、見つかることも良くある話」と忠告をして、だからこそ「踊りましょう」と提案までしてくれた。煮詰まってしまったら、一旦保留にするのも悪くないということ。見つめる鍋は煮えないということでもあるだろう。

例えば、グラスに注がれた一杯のウイスキーを一冊の本だと思うなら、ひとつの物語だと考えるなら、お話は最後まで読まないと分からないことがある。物語の前半で読者の前に提示されたいくつかの謎は、物語の後半にならないと解かれることはないだろう。ほとんどのミステリー小説はそのような構成になっているはずだ。

つまり、物語の前半部分だけを何回も読み直しても謎は解かれることがない。

IMG_0709_1ウイスキーも同じことだ。「分からない」と思ったとしても、そのまま飲んでいれば良い。空気に触れたウイスキーが変化をすることがある。あなたはそこから何かを感じるかもしれないし、そもそもそれは、分かるものではなく感じることなのだ。何かを感じたなら、あなたはきっと「なるほど」と思うはずだ。

「3杯セット」のご利用が可能です。
他の違う銘柄のウイスキーと合計3杯(ハーフ・ショット)で¥2,000(税込¥2,100)。
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ボウモア(1994)から、ギンコーへ。

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ひとりだって飲みたい時がある。もちろん、その通りだ。ウイスキーは酩酊とともに覚醒をもたらす酒だと思う。酔いながら頭がクリアになる。ウイスキーはそんな酒だ。だから、ひとりで何かを考えたい時にちょうど良いと思うことがある。もちろん、飲み過ぎれば眠くなるだけで、それ以上なら、二日酔いの心配をしなければならない。ただ、ひとりで飲むことにまるで意味がない訳ではない。

だから、ウイスキーは僕らを酔わせ時に覚醒させる。僕らが注意すべきは独断に陥らないこと。自らのすべきことは他人に押し付けない方が良いし、誰かにして欲しいことがあるなら、正直にお願いをすべきだ。確かに、ウイスキーが僕らに気付きや閃きを与えてくれることがある。だけど、誰かの嘘が見抜けても、大切な人の真実に気付かなければ、あまり意味がないということ。

幸福が現実となるのは、それを誰かと分かち合った時。

ある映画のラスト・シーンでの台詞。僕らはどうしたって、愉しみや感動を大切な誰かと共有したいと思ってしまう。上等で高級で美味しいウイスキーより、大切なあの人と一緒に過ごした夜のどうでも良いウイスキーのことを忘れない。人はそういうものだ。僕はそのことをまったくおかしなことと思わないけど、あなたはどう思うだろう?

何もウイスキーに限ったことではない。僕らは自らの経験した喜びや感動を、誰かと分かち合いたいと思ってしまう。そして、同じものを同じように感じる人、あるいは、その見方が違ってもそれを同じように大切にしてくれる人、そんな人を大切にしようとする。分かち合うとは分配ではない。互いの共鳴を重ね合わせ、増幅させることである。

同じものを同じように感じるかどうかを確かめるために、僕らは「あなたはどう感じますか?と。そう訊ねたくなるのではないだろうか?

自信がないなら試してみれば良い。目の前のウイスキーを、その一杯を愉しもうと思ったら、実は、あなたが「知っていること」にあまり意味はない。あなたがウイスキーを愉しめるかどうかは、あなたがそのウイスキーから何を感じるのかにかかっている。あなたが用意した蘊蓄は、カウンターの隣に座る人を退屈させる可能性がある。

あなたがどんなにウイスキーに詳しくても、それはカウンターの隣に座る人に「話し掛ける権利」を有していることにならない。

ウイスキーを愉しみたいと思うなら、センス・オブ・ワンダーに注目してみると良い。自らの「感じること」を大切にするなら、あなたは意外なほど自分の「感じる身体」が頼りになることを知るだろう。冒険の始まりに地図とコンパスを持たないことに気づいたら、僕らは自分の感性に頼るしかないのだから。ウイスキーそのものが訴えるものに何かを感じるしかないのだから。

ひとつだけ注意を促したいのは、冒険の経験が浅いなら、あまり遠くまで、森の奥深くまで一人で進まないことだ。愉しみを分かち合える誰かと一緒の方が良い。

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ボウモア 1994 14Yo / マーレイ・マクダヴィッド ミッション・ゴールド・シリーズ(3)

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センス・オブ・ワンダーという言葉がある。不思議さに気付く感性とでも言ったら良いのだろう。ウイスキーの愉しみの本質は、そこにもあると思わないだろうか。だって、ウイスキーを注いだグラスの中は不思議の宝庫だから。グラスの中から見つけた「何か知っている香り」が、甘いメープル・シロップであることに気付いた瞬間、ウイスキーのトリコになってしまう人がいる。

センス・オブ・ワンダー。正直に言うなら、それは僕が思うウイスキーを愉しむのに一番重要なこと。「知っていること」より「感じること」。僕がそう繰り返してきたのはそういう意味だ。グラスの中が不思議の宝庫なら、僕らがウイスキーを飲む目的のひとつは宝探しの冒険なのだ。それが宝物であることに気付く感性がないなら、僕らは立ち止まることも振り返ることもない。どんなにウイスキーを飲んでも、宝物の前を素通りしてしまうだけだろう。

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知識や既成概念や正確さや思い込み、あえて言うなら、優先順位や効率。どうだろう?せめて、ウイスキーを飲む時間くらいは、そんなものから解放されたらどうだろうか。仕事が終われば、大体のルールから僕らは自由になれる。どこへ行くのも勝手。実際のところ、通勤電車に乗って帰るのをやめて、アラスカに冒険の旅に出ることも不可能ではない。

現実的か非現実的であるのかどうかは別にして、行きたい人は行くのだし、あなたが行かないのだとするなら、それは、行きたくないだけのこと。思慮深い人が本当に行きたいと思ったなら、準備を整えていつか旅に出るのだろう。準備を整えつつアラスカより以上に行きたいところ、あるいは重要な何かが見つかれば、アラスカを諦めて、何か他のことをするだけのこと。

いづれにしても、人は嫌いなことはしない。好きなことしかしない。
あなたに今、「していること」があるなら、それはあなたが好きなことだ。
例えどんなに退屈でも、日々の暮らしが大切だと思い至ったのなら、
それは、とても幸福なことではないだろうか。
好きだから、それをしているのだ。
だって、嫌いならやめることができるのだから。

「ここではない、どこか」、「今ではない、いつか」。現状のすべてを否定して、そう嘆き続ける人もいる。それも、その人の好きなことなのだなと僕は思う。現状のすべてを否定しながら、「ここ」の「今」にいたいのだ。「いつか」「どこか」へ旅立つことは、自分のすべてを否定することになりかねない。人はそうやって、容認できない「ここ」の「今」を安住の地にしてしまうことがある。

さて、話を戻そう。

ウイスキーが好きな僕らにとって非常に幸運なことがある。
僕らの心躍る冒険の旅はアラスカである必要がない。
つまり、ほとんど準備をする必要がないということだ。

どうだろう。
仕事を終えたあなたは通勤電車に乗らずに、今夜どこかのバーに行ってみると良い。

ジェイズ・バーは今夜、何本かのTWAのウイスキーが到着する予定。
つまり、新しい冒険が始まるということ。

よろしくお願いします。

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ボウモア 1994 14Yo / マーレイ・マクダヴィッド ミッション・ゴールド・シリーズ(2)

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ウイスキーを注いだグラスから、僕らが時々チョコレートの香りを見つけることができるのは、そのウイスキーがチャーリーのチョコレート工場で造られているからでも、もちろん、各蒸留所にチャーリーがいるからでもない。それを天使の仕業にできたなら、確かにちょっとロマンチックな話にはなるだろう。天使はその「分け前」を持って行くだけの存在ではないことの証明になる。

ただ、その長い歴史の中で、天使がチョコレートを持って熟成庫に現れたという目撃情報がひとつもないところを見ると、どうやらそれは事実ではなさそうだ。何しろ残念なことに、最近じゃ天使それ自身も見かけなくなって久しいとのこと。

僕らは時々グラスの中からチョコレートの香りを見つけ出す。それは天使の仕業ではない。「何が原因で?」という疑問にお答えするのは避けるが、シェリー樽のウイスキーにそのようなことが多いことを、僕ら経験則として知っている。ただひとつ明らかなのは、製造工程のどこかで誰かがチョコレートを加えた訳ではないということ。

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ウイスキーを注いだグラスからチョコレートの香りがするのは、ウイスキーにチョコレートが加えられたからではない。同じようにグラスの中から「ハチミツ」、「カラメル」、「バニラ」、「メープル・シロップ」を感じることがある。でも、それらが原材料のひとつとしてウイスキーに加えられている訳ではないのだ。ベーコンもハムも鰹節も同様である。

ならば、である。
だとすると、僕らがウイスキーのグラスに鼻を突っ込んで、「チョコレートの香りがする」と言ってしまうのは嘘だろうか?間違いだろうか?いや、せめて、正確性を高めるために「原材料にチョコレートが使われている訳ではないのですが、チョコレートの香りがします」と言うべきだろうか?

よろしくお願いします。

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グレンリベット 1989 19Yo / TWE ザ・シングル・モルツ・オブ・スコットランド(5)

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結局のところ、大切のなのは「何を知っているか」ではなく、「どう感じたのか」ということ。少なくとも、僕にとってウイスキーを愉しむとはそういうものだ。僕はあなたの知っていることに興味はなく、あなたの感じたことを知りたいと思う。僕と同じウイスキーを飲んでいるのに、僕とは違ったものを見つけてくるあなたを面白いと思うから。

もちろん、語り合うなら、結局は同じようなものを探し出すのだなと、お互いを確認することができる。同じことを違う言葉で説明していたり。同じコインの裏と表について論をぶつけ合っていたり。ただ、視点を変えると同じものが違って見えることがある。

この世界は幻想と思い込みでできているのだろう。例えそうだとしても、悪意と誤解で成り立っているよりはましなのだ。僕らが分かり合えたと思うことも幻想かもしれないが、違いを明らかにすることで、その関係を修復不可能な状態にするよりはましだろう。

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人は人と分かり合いたいと思っている。そのために関わり合いたいと思っている。誰にだって大切にしているものがあって、大切な人に優しく触って欲しいと思っている。そう、つまり、コミットしたい人にタッチしようと思っている。だけど僕らはみなヘタクソで未熟だ。タッチしたいと思いながら、クラッシュしてしまうことがある。確かに、クラッシュが大きな危機を招くことがある。

絶対にクラッシュしない方法がひとつだけあって、それは、誰にも関わらないこと。だけど、関わらなければ、優しく触ってもらうこともできない。一度も挫折を味わうことのない人生などあり得ないように、生きることがまったく爽やかではないことを僕らは知るべきなのだろう。失敗を繰り返しながら、少しづつ上手にやれるようになっていくしかない。

つまり、失敗をしない人は上手にはならない。
ただ、僕らは当たり前のことを思い出すべきだろう。
それでも人生は続いて行く。
できればクラッシュの少ない人生でありたい。

あなたはウイスキーにタッチしているだろうか。ウイスキーとクラッシュしていないだろうか。あなたがウイスキーを乱暴に扱うなら、酩酊を繰り返し、周囲の人とも何度もクラッシュするだろう。ウイスキーを大切にしている人は、その冒険の始まりを慎重に扱う。だから、ウイスキーを乱暴に扱う人を好きになることが難しい。

もしもあなたが誰かに近付きたいと思っているなら、ゆっくりとウイスキーに迫ってみれば良い。あなたがウイスキーに近付けば、そのウイスキーの周りに人がいることに気付くだろう。あなたはウイスキーの方を向いたまま、その人の隣に寄り添い、こう訊いてみると良い。たったひと言「このウイスキーをどう感じますか?」、そう訊くだけで構わない。それが始まりの合図。

互いにウイスキーの方を向いたまま、
決して向き合うことなく、
だから、ほんの少し物足りないかもしれないけれど、
だから、ぶつかり合い過ぎてしまうこともなく関わり合うことができる。
そう、例えば、バーのカウンターで隣に誰かと並ぶのと同じように。

ウイスキーは良い訓練になる。

例え、整って体系化されていたとしても、あなたの知識にすべてのウイスキーが当てはまる訳ではない。1984ヴィンテージのグレン・エルギンがみな同じではないことを知っているなら、ふたご座でB型の男もまた、みな同じではないことを理解するだろう。

ひと括りにされた1982ヴィンテージのクライヌリッシュに比べたら、ひと括りにされた1984ヴィンテージのグレン・エルギンは似ているかもしれない。ただ、個別に向き合うなら、それぞれのグレン・エルギンに違いがあることは誰でも感じること。ふたご座でB型の男たちもまた、ひと括りにされることなく、個別に違いを感じて欲しいと思っている。

何かを説明しようと思う時、僕らはあまりにもその属性を根拠としてしまいがちだ。「長期熟成だから」、「アイラ・モルトだから」、「シェリー・カスクだから」。あるいは、「40代だから」、「B型だから」、「ふたご座だから」。恐らくそれが、容易いからだろう。しかしどうだろう。僕は思うのだが、「だから…」あなたはどう思うのだろう?

あなたがそのウイスキーに「タッチ」したなら、あるいは、その人に「タッチ」したなら、あなたがその時にどう感じたのかを僕は知りたいと思う。その生々しさを共有したいと思う。いたずらにその属性を並べられるより、その方がよっぽどその本質に迫っていると思うから。ウイスキーも人も、それぞれに個別のダイナミズムを抱えているものだから。

たくさんの属性を並べても、何も説明できていないことがある。
つまりそれは、20年前の僕と同じ過ちを犯している。

「良く喋る男は大体、嘘つき」。

「3杯セット」のご利用が可能です。
他の違う銘柄のウイスキーと合計3杯(ハーフ・ショット)で¥2,000(税込¥2,100)。
1杯当り、¥700(税込)です。


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グレンリベット 1989 19Yo / TWE ザ・シングル・モルツ・オブ・スコットランド(4)

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IMG_9720_1さて、さて。言葉は最初から、あなたの中にあった。あなたはかつて、そのウイスキーがチョコレートの香りを放つことを、誰かに気付かせてもらったのだとしても、だけど、あなたはその人にチョコレートについてのレクチャーを受けた訳ではないはずだ。チョコレートそのものについて、あなたは既に知っていたはずなのである。

一杯のウイスキーの周りに幾人かが集い、僕らは飲みながら、そのウイスキーと自分の廻りのことについて語り合う。たったそれだけの時間が、僕らに多くの愉しみと安心をもたらしてくれることを、僕は信じて止まない。僕らがウイスキーを飲むのは、酩酊することだけを目的にしているのではない。そんな時間を愉しいと思える人を増やすのが、僕の仕事だと考えている。

言葉が足りなくて、誰とも語り合うことができないと思っているなら。
知識が足りなくて、勉強をしなければ始まらないと思っているなら。
それはとても、愚かなことだと思う。

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足りないのは知識ではない。つまり、言葉ではない。あなたが自分の中に生まれたイメージに近付こうとすることだ。あなたの中にどんなイメージが生まれるかは、どんなウイスキーの専門書にも書いていない。言葉を、あるいは知識を増やしても解決しないことがある。曇りガラスの向こうで揺れる何かに、モザイクの掛かったそのイメージに、あなたが近付いてみたらどうだろう。

ウイスキーを愉しむとは、宝探しの冒険の旅に出ることである。
知識を増やし、間違い探しの得意な皮肉屋になることではない。
本当に重要な知識なら、あなたが知りたいと思ってからでも手遅れではない。

どんなに言葉を増やしても、あなたの中に生まれたイメージと言葉が結び付かないのなら、あなたから言葉は発せられない。チョコレートという言葉を知っていても、それが口から出ないことがあったように。大切なのは自分の中に生まれたイメージに近付こうとすることであって、言葉を増やすことだけではない。あなたが感じたことでないのなら、その言葉は誰にも届かないだろう。

まして、蒸留所の住所と電話番号を暗記しても、ウイスキーを飲むことは愉しくならない。あなたが時間を掛けて用意したウイスキーに関わる薀蓄は、あなたの大切な人を退屈させるかもしれない。そんなことより、あなたの大切な人と一緒にウイスキーを愉しんだらどうだろう。たったひと言「このウイスキーをどう感じますか?」、そう訊くだけで構わない。それが始まりの合図。

あなたの大切な人はチョコレートを知っているだろうか?キャラメルを食べたことがあるだろうか?バニラの香りをイメージできるだろうか?ハチミツは?マーマレードは?レモンは?オレンジは?海苔?ヒジキ?鰹節?ベーコンは?例えばそう訊ねて、「大丈夫、大概のものは口に入れたことがある」というのなら、十分にウイスキーを愉しいと思う可能性がある。

ウイスキーに馴染みの薄い人にだって、ウイスキーのその味わいや香りから、十分に何かのイメージが生まれることがある。様々なものを見つけることできる。グラスの中は多様性の宝庫だから。そして、宝探しの冒険に夢中になることがある。

僕らは自分を愉しくするためにウイスキーを飲んでいる。
誰かを幸せにしないのなら、ウイスキーなんてまったく意味がない。
大切な人と一緒に大好きなウイスキーを愉しめたら良いのに、って。
僕はそう思っている。いつだって。

さて、グレンリベットについてひと言も語ることなく、話は続く。

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大したモンです。
BBR クライヌリッシュ 1982

グレンリベット 1989 19Yo / TWE ザ・シングル・モルツ・オブ・スコットランド(3)

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さて、では、あなたはそのウイスキーを初めて飲んだ時、すぐに「チョコレートの香りのする」と感じただろうか?はっきりと「チョコレート」のイメージが頭に浮かんだだろうか?

IMG_9720_1答えがノーなら、今ははっきりとそれを「チョコレートの香りのする」と言えるのに、初めて嗅いだ時にはそれを「チョコレート」とは言えなかったということである。また、もしも答えがイエスなら、あなたは嗅覚に優れ、なおかつ既成概念に囚われることのない素直な人柄なのだろうと思う。それでは、ノーの方にもイエスの方にも、もうひとつ質問をしたい。

あなたの目の前で、あまりウイスキーに馴染みのない人がウイスキーを飲んでいる。その人が飲んでいるのは、あなたにとっては「チョコレートの香りのする」ウイスキー。あなたの隣でその人が呟いている。「この香り…?」。悶えていると言っても良いかもしれない。「何だっけ?知ってるはずなのに!?」。あなたは隣の人に声を掛けたくなっている。

「チョコレート…の香りじゃないですか?」。
「あぁ!それ!!」。

あなたには似たような経験がなかっただろうか?あなたの隣のその人は、当初、チョコレートとして認識できなかったその香りを、今でははっきりとイメージの中にチョコレートの存在を感じながら、「チョコレートの香りのする」ウイスキーと言えるのである。あなた自身がその「隣の人」であったなら、あるいは、先ほどの質問の答えが「ノー」であるなら、話はもっと分かり易いだろう。

その時あなたはそのウイスキーを「チョコレートの香りがする」とは言えなかった。
今ではそのウイスキーを「チョコレートの香りのする」ウイスキーと言える。

さて、僕はあなたに伺いたい。かつてあなたがそのウイスキーを「チョコレート」とは言えなかった時、あなたは「チョコレート」という言葉自体を知らなかっただろうか。お酒を飲み始め、二十歳も過ぎているであろうあなたが、世の中に「チョコレート」という甘い食べ物があることを知らなかった訳がない。

昔からあなたは「チョコレート」の存在を知っていた。
しかし、その時あなたはそのウイスキーを「チョコレートの香りがする」とは言えなかった。
今ではそのウイスキーを「チョコレートの香りのする」ウイスキーと言える。

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つまり、言葉は最初からあなたの中にあった、ということである。言葉が足りなかった訳ではない。「チョコレート」という言葉を知っていたが、そのウイスキーに感じた香りを「チョコレート」に結び付けることができなかった。だから、「チョコレート」と言うことができなかった。何故、結び付かなかったのかというと、イメージがクリアではなかったから、ということではないだろうか。

あなたはそのウイスキーを飲んで、「何かに似ている」、「これを知っているはずだ」と思った。驚くほど大きな存在感を持ったイメージがあなたの中にあって、だけど、それは曇りガラスの向こう側でゆらゆら揺れている。それが何かを「知っているはず」だと思っていたが、曇りガラスはそのイメージを遮ったまま、向こう側を見せてくれることはなかった。

あなたが「チョコレート」と言えなかった理由は、あなたが「チョコレート」という言葉を知らなかったからではない。

さて、あなたはどうやってその「チョコレート」の香りに気付いたのだろう。
それは、いつのことだっただろう。
いづれにしても、あなたは叫んだのだろう。
「あぁ!チョコレート!」。

言葉は最初から、あなたの中にあった。
チョコレートという言葉なんて、小学生の頃から知っている。
言葉が足りない訳ではなかった。
それは、ウイスキーが放つ香りと、頭の中のチョコレートの香りのイメージが結び付いた瞬間。
足りないのは言葉ではない。

あなたがウイスキーに近付きたいと思えば、
曇りガラスの向こう側のイメージに迫りたいと思うなら、
あなたはお気に入りのウイスキーの中から、
たくさんの宝物を探し出すことができるだろう。

ご心配なく、BBRクライヌリッシュ1982は昨日入荷済み。


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話は明日に続くのでしょう。

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グレンリベット 1989 19Yo / TWE ザ・シングル・モルツ・オブ・スコットランド(2)

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IMG_9720_1このグレンリベットには少し猪口才(ちょこざい)な印象があって、複数の要素を感じるのだけれど、真ん中にしっかりと存在するのは水飴のような甘さ。だけど、その動かしようもない本性を隠そうと思って色々頑張っている。そのことを指して、僕は猪口才だと言っているけれど、でも、そのこと自体がキュート。

花っぽいハチミツの香り、イチジク、ちょっと硬いビスケット。ほど良く甘いシェリーの香り。折れた生木のような印象があったり、蚊に刺された時に使うかゆみ止めの薬のようだったり。暑い夏の日の終わりの夕涼み。陽炎に揺れながら、いくつかのものが順番に現れる。

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経験したことを伝えようとすることは難しい。どんなに言葉を尽くしても、その出来事を寸分違わず再現することは不可能だ。まさに今飲んでいるウイスキーに何かを感じていて、でもそれが言葉にならない。そんなことは多くの人が経験しているはず。頭の中にイメージが浮かんでいても、それが遠過ぎるのか、あるいはモザイクやフィルターが掛かった向こう側にあるように思える。

だから、そのイメージは非常に輪郭が曖昧でぼやけている。
それが何かを判別することは不可能で、だからそれを言葉にすることはできない。

言葉にすることができなければ、それは誰にも伝えることはできない。例えばあなたはそのウイスキーを飲んで、何かのイメージらしきものが浮かんでいて、しかもそれは非常に大きな存在感がある。ただ、それは曇りガラスの向こう側にあってゆらゆら揺れている。知ってるはずなんだけどってあなたは思っていて、「この香りってなんだっけ!?」なんて悶えている。

イメージがはっきりとクリアに見えたなら、その見たままを言葉にすれば良い訳だ。
ところが、イメージがクリアにならないから言葉が出ない。
ウイスキーを飲んでいると、時々そんなもどかしい思いをすることがある。

さて、僕は皆様に今一度確認を申し上げたい。もしもあなたが、「たくさんの人とウイスキーについて語り合いたいと思っている」のに、「なかなか言葉が出てこない」と思っていて、その原因が「自分が言葉を知らないから」と判断しているなら、僕はひとつ注意を促しておきたい。だって、その原因は言葉が足りないことではなく、イメージがクリアでないことかもしれないから。

イメージがクリアでないなら、どんなに言葉を増やしても解決には至らないだろう。
つまり、足りないと思って増やしても、それが原因で人は溺れてしまうかもしれない。

例えば、ウイスキー好きな多くの人がこんな経験をしていると思う。それをシェリー樽熟成のウイスキーで25年前後の熟成としよう。蒸留所はどこでも構わない。まぁ、スペイサイドの蒸留所でイニシャルがSとかMとかってことにしておこうか。あなたはそのウイスキーを「チョコレートの香りのする」代表的なウイスキーだと認識している。

それを前提に話を進めたい。

もちろん、それがあなたにとって「チョコレートの香りのする」代表的なウイスキーであるなら、スペイサイドの蒸留所である必要も、イニシャルがSとかMである必要もない。

では、ひとつ質問をしたい。あなたはそのウイスキーを初めて飲んだ時から、「チョコレートの香りのする」と感じただろうか?初めてそのウイスキーを飲んだ時に、はっきりと「チョコレート」のイメージが頭に浮かんだだろうか?

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クライヌリッシュ 1995 14Yo / ダグラス・レイン OMC(3)

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IMG_8208_1ブラジルもマッカランも、ともにビッグ・ネームである。多くの人がそれを知っているつもりでいて、その実態や中身の詳細は別にして、それぞれが独自のスタイルを持っているのだろうくらいのことは思っている。ブラジルと言えば「攻撃的で華麗なサッカーをする国」。マッカランと言えば「スペイサイド・モルトのロールスロイス」。それが、広く認知されたスタイルというものなのだろう。

「攻撃的で華麗なサッカー」の中身や、あるいは「スペイサイド」という言葉が何なのかを知らなくとも、そのキャッチコピーだけは広く伝わって行く。ビッグ・ネームとはそういうものであり、独自のスタイルが認知されるというのはそういうことだ。多くの人の期待に応えた結果、そのキャッチコピーは広く流布していく。「あぁ、例のアレね」ということである。

だから、実は認知と実態にはズレがある。

もちろん、スタイルを確立することは、想像もできないほどに難しいことなのだろう。元来そこに存在する、宿命的なまでの偶然性を、死にもの狂いになってなって、自らの手に落ちる必然に変えようとするのが、フットボールのチーム作りでありウイスキー作りでもあるのだろう。人間も大麦も酵母も、相手はすべてナマモノであり、仕込水も勝負もミズモノである。

一昨日のイングランドは1−4でドイツに敗れた。その点差が表すとおり、敗因は守備の崩壊ということだろう。イングランドのフットボールのスタイルを「屈強なフィジカルを持った男たちのハード・ワーク」とするなら、J・テリーの献身的な守備は皆様ご存知の通り。ただ、どうだろう。それだけでは、ドイツ相手に足りないものがあったということ。R・ファーディナンドの不在は大きな穴だった。

「献身的な守備が機能しない訳がない」という観るものの認識と、「R・ファーディナンドの不在」という実態には、恐らくズレがあったのだろう。イングランドの勝利を望んだ者は裏切られたと訴えることになる。確かに、F・ランパードのゴールに対する誤審は不運そのもの。「同点に追いついていれば展開は変わった」という意見には賛同するが、イングランドの守備が脆弱であったことに変わりはない。

ジャパニーズ・ウイスキーが世界で認知されつつある状況に比べたら、我らが日本代表はまだまだ知られることのないチャレンジャーである。しかし、誰も知らないチャレンジャーであるのなら、僕らは世界を驚かすことができるかもしれない。山崎もニッカも軽井沢も、何度か世界を驚かせたことがある。ただ、一発屋で終わりたくないなら、そのスタイルを確立するしかない。

さて、クライヌリッシュはどうだろう?十分にビッグ・ネームと言われるまでには、まだ少し遠いだろうか。いやいや十分に広くその名を知られているだろうか。だとすれば、クライヌリッシュのスタイルとは何だろう。例えば、本日ご紹介している「クライヌリッシュ 1995 14Yo / ダグラス・レイン OMC」を僕は次のように感じる。

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草っぽい、あるいはセロリの香り。薄いレモネード。微かにミント。漁船のオイル。品川の駅前くらいの潮風。口に含んで少々刺激的。飲み応えを持ちつつ穏やか。「沁み込む」と3度呟く。塩梅の良い塩味。遅れてわずかな甘味。邪魔にならない程度のピート。プレーン・ヨーグルト。まだまったく洗練されていないが、しなやかな張りのある透明感の始まりをここに感じる。

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さて、本日は決戦の日。相手はパラグアイである。自国開催以外の地で初めてグループ・リーグを勝ち上がってのベスト16進出。決勝トーナメントの初戦である。巷の盛り上がりも上々な様子。トンチンカンなサッカー談義に花が咲くのも悪くない。それまでサッカーになど興味がなかった人の多くが、「面白い」と言ってくれるなら素晴らしいじゃないか。

さてさて、僕が言いたいのはこういうことだ。

システムや戦術、あえて言うなら、そのルールさえ知らなくてもフットボールは僕らを十分に興奮させてくれる。そして、ウイスキーもまた同様であるということ。蒸留所の名や瓶詰業者やそのブランドに対する知識がなくとも「おいしい」と感じるならばウイスキーを飲むことは愉しくなる。観なければ「面白くない」し、飲まなければ「おいしくはない」。

フットボールもウイスキーも、あなたを感じさせてくれる可能性がある。
愉しいことを増やしたいと思うなら、試してみれば良い。

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クライヌリッシュ 1995 14Yo / ダグラス・レイン(2)

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先週木曜日の続きです。

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ビッグ・ネームのすべてが、常に人々の期待に応えられるかというとそうではない。それぞれに事情や都合があるのだろう。誠実な取り組みが結果を残せないことがあるし、愚かな振る舞いで大切なものを失うことがある。ワールドカップもグループ・リーグが終わろうとしている。欧州のビッグ・ネームのいくつかは、滑り込んで決勝トーナメントに進んだ。意外なことではないのだろう。

一方、予選敗退してしまったのが、フランスとイタリア。ともに前回の優勝を争った両者であるが、今思えば、こちらもまた、意外なことではないのかもしれない。

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シングル・モルトのビッグ・ネームのいくつかに、僕はしばらく裏切られて来た気がしていたけど、いくつかの蒸留所の将来には素直に期待をしたい。ボウモアやスプリングバンクというビッグ・ネームに、日はまた昇る予感がある。例えば、メッシがアルゼンチンをその頂点まで引っ張って行くかもしれないように、それらのビッグ・ネームにも立役者はいるのだろう。

ただ、僕らはその本当の立役者の名を知ることはないのかもしれない。縁の下の力持ち。あるいは、謳われることのない英雄がいるのだろう。フットボールの英雄の名は明らかに思うかもしれない。もちろん、どこが優勝するのかによって決まるのだが、メッシ、カカ、ダビド・ビジャ、イニエスタ。さてさて、今年はどこが優勝し、誰が英雄となるのだろう。ただし、それは、本当の英雄なのだろうか。

ビッグ・ネームというのはそれぞれに認知されたスタイルを持っている。ブラジルとスペインが違うサッカーをすることを僕らは知っている。イタリアにもイングランドにもそれぞれのスタイルがある。そして、ボウモアやスプリングバンクやマッカランやロングモーンも、それぞれに違うウイスキーを造っていて、それがその蒸留所のスタイルだと思われている。

ビッグ・ネームとはそういうものだ。人々が彼らに期待する姿があり、それに応えるべく、彼らは模索し独自のスタイルを手に入れて行く。例えば、ブラジルが守備的なフットボールをしたならば、「黙っちゃいない」人たちが出てくる訳で、イタリアがカテナチオを誇れるのも、圧倒的な国民の支持があってのこと。もちろん、ウイスキーも同じだ。

多くのビッグ・ネームに僕らは期待をしてしまう。ラフロイグのシングル・モルトにキャパドニックの1972ヴィンテージを期待していないということだ。イタリアなら1−0で勝てば良い。だけど、甘くて淡く儚い、フルーティなラフロイグが「とてもおいしい」のであるなら、それは、悪いことではないのかもしれない。イタリアが5−4で勝ったとするなら、それは、スペクタクルなゲームかもしれない。
要するに、勝てば良いということではある。

もう一回くらい続きます。

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トマーチン 1976 33Yo / ダンカン・テイラー ピアレス・コレクション(3)

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IMG_7516_1知識は言葉である。もしも、僕らが相互理解を望むなら、言葉があると便利だ。ウイスキーを愉しむのに必ずしも知識を必要としない、というのが僕の信条ではあるけれど、僕らの間に共通言語が存在することの利便性についてはまったく否定できない。言葉があれば伝わり易い。だけど、僕らが注意をしなければならないのは、言葉はどこか不自由で、人を釘付けにしてしまうところがあることだ。

例えば、「ピーティ」という言葉で表現されるウイスキーは1種類ではない。言葉を使ってお互いを理解できたと思う両者が、実は誤解の上に誤解を重ねて行ってしまうことがある。何もウイスキーに限った話ではないけれど。

言葉はすべてに意味を与えてしまう。そして、言葉は意味の世界を作ってしまう。世界は意味に溢れることになるが、世界は言葉でできている訳ではない。知識はウイスキーの世界を説明することが可能かもしれないが、ウイスキーの世界は言葉そのものではない。言葉が意味を与えているウイスキーそのものが、まず、そこに存在している。

ウイスキーを理解し説明できたとしても、ウイスキーが愉しめているかどうかは、また別の話だ。ウイスキーを理解することの喜びがあることを否定しないが、理解だけを目的として、ウイスキーを飲むことが辛くなっては本末転倒だ。香りを嗅ぎ、口に含み、「おいしい」と思う。それ以上に重要なことがあるだろうか。

ウイスキーの始まりは意味や解釈や価値の世界ではなく、官能の世界だ。
少なくとも僕にとっては。
その愉しみは味わうものであって、集めるものではない。
一緒に愉しんでくれえる人がいないと、封を切る気にさえならないかもしれない。

ウイスキーを飲むあなたの隣に、あなたの大切な人はいるだろうか?

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このトマーチンを飲んでみると良い。恐らくは、多くの人が香りを嗅ぎ、口に含み、「おいしい」と思うはずだ。もちろん、それ以上に重要なことはない。

さて、あなたは思うかもしれない。
「私は何故、このトマーチンをおいしいと思うのだろうか?」。
そして、あなたの想像力は広がりを持つかもしれない。
「他にも同様においしいウイスキーがあるのだろうか?」。

あなたは意味の世界を泳ぎ始めるかもしれない。
溺れそうになったら、官能の世界に戻ってくれば良い。


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トマーチン 1976 33Yo / ダンカン・テイラー ピアレス・コレクション(2)

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IMG_7516_1ウイスキーを愉しむのに知識を必要とすることはまったく前提ではなく、「感じる身体」があるなら十分に愉しむことができるというのが、僕の変わらぬポリシーだ。僕はあなたの知っていることに興味はなく、あなたの感じたことが知りたい。好きなものを同じように感じる人がいることを知ることで、僕らは強く共感できるだろうし、その共感は僕らに心地良さを与えてくれるはずだ。

また、同じウイスキーを違うように感じながらも、ともに好きでいる人がいることを知ることがある。そんな時、その先の未知の領域にウイスキーに存在する無限の可能性を感じてワクワクする。僕にとってそれらはウイスキーを飲む最大の愉しみであり、意味ですらある。飲まれることがないウイスキーほど悲しいものはないだろう。それは僕にとっても同じだ。

ウイスキーを飲みながら感じることは、もちろん人によって多種多様だが、実は非常に個別に具体的だ。あるいは、とても個人的と言って良いかもしれない。ただ、多くの場合、人はその個人的な感覚を他者に伝えたいと考える。その感覚が共有されたと思われる感覚はある種の共感である。その手応えに人は癒されることがある。

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そもそも人は、日常的に「他者と噛み合っているのか?」と言われるなら、甚だ疑問である。僕らは目の前の人に向かって、いつでも真実を求め問い詰めたりはしない。誰彼構わず、「本当か?」、「正しいのか?」、「間違いはないのか?」と詰問を続けるなら、周囲から人はいなくなるだろう。人生のある場面で、理解の大半が誤解であることに気付き、血の気が引くことがある。

幻想と思い込みがこの世の中を成り立たせている。というのはそのような意味で正しいのだろう。僕らは自覚しないまま「話の噛み合わないコント」のような会話をしているのかもしれない。だけど、僕とあなたの違いを明らかにし過ぎてしまったら、関わりたくもなくなるかもしれない。「聞かないことにしておきましょう」、「そこまで言わなくても」というのは礼儀の一部であり、だから、誤解の始まりでもある。

あの人も僕が見えているのと同じように見えているのだろうか?僕らは本当は、そんなことが心配なのだと思う。僕は昔、女の子を映画でデートに誘ったけど、それは僕の不安の表れだったのだと思う。同じ映画を観て、あの子がどんな感想を抱くのか?僕は確かめたかったのだと思う。そう、今だってそれを確かめ合いたい人はたくさんいる。

ウイスキーは見て愉しむ部分が非常に少ない。だから、共感に至るまでのプロセスが長い。それが長いと、どんなことが起きるのだろう?そもそも、何故長くなってしまうのかというと、確認に手間が掛かるからである。共感に至ろうと思うなら、理解に齟齬が生じないように、(普段より少しだけ)真実を求め問い詰める必要に迫られる。

「真実を求め問い詰める」。日常的な暮らしの中で、僕らはそんなことを滅多にしない。僕らは普段、避けて通って来たこと。だけど、誤解を乗り越えて相互理解に至るなら、落ち着く場所としての共感がある。「聞かないことにしておきましょう」、「そこまで言わなくても」というやり方とは違う、たどり着いたら「より確かなのではないか」と思わせる共感。

もちろん、一方で、僕らは「まぁまぁ、良いじゃないですか」と、杯を交わし、飲み干し、酌をし合う。ウイスキーが素敵なのは、向かい合い過ぎて手詰まりを感じたら(ほんの少しだけ)そこに逃げることもできるからである。アルコール全般が人と人との潤滑油と呼ばれることがあるのも、まったく無意味なことではない。人と人が逃げ場を失い向かい合うなら、何が起こるか分からない。

逃げてばかりいても問題は何も解決しないと知っていても。

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ジュラ 1991−2004 / スピリット・オブ・スコットランド(2)

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さて、僕らはお客さんにウイスキーを愉しんでもらうために、どうしたら良いのだろう。僕にはやはり、横井君に伝えておきたいことがある。そんなことを少し書かせていただきたい。

IMG_4606_1ウイスキーを飲むことは修行だろうか?間違いのないことから言わせてもらうなら、「多くの人にとってはそうではない」ということだ。もちろん、横井君が「修行のためにウイスキーを飲む」と言うのなら、僕にはそれは止められないが、相手をするお客さんのほとんどが「そうではない」ということを知っておくべきだ。

「そうではない」なら、「何なのだ?」という疑問に簡単に答えておこう。愉しいから飲むのだよ。ウイスキーを飲むことに愉しみがあるから人はウイスキーの周りに集まる。僕らが考えなければならないのは、ウイスキーの愉しみ方だ。それはひとつしかないものではない。多種多様に様々な愉しみ方があっても良いだろう。

だから、お客さんが愉しいのであれば、どんな愉しみ方であってもそれは間違いではない。そのお客さんに既にその人なりのウイスキーの愉しみ方があるなら、僕らはそれに対してリスペクトを持った方が良い。ただ、僕らが提案すべきなのは、それ以外にもウイスキーが愉しくなる方法があることを知ってもらうことだ。

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ウイスキーは飲む人の愉しみを増やしてくれるが、悲しいことや苦しいことを取り除いてくれる訳ではない。結果としてウイスキーを飲む時間に慰められたことならあるが、ウイスキーが僕の抱える問題を解決してくれたことはない。愉しいからウイスキーを飲む。そして、愉しみのためにウイスキーを飲んでもらう。仕事としてウイスキーを扱うのなら、そう自覚することが大切だ。

誰だって苦しいことはしたくないし、愉しいことは長く続けたい。人は愉しいところに集まる。それは、誰も困らない場所だ。誰もが困らないような関係を丁寧にハンドリングし、その真ん中に愉しいウイスキーを置く。結局のところ、僕らの仕事は延々とその繰り返しなのだ。ウイスキーでお客さんを愉しくしたい。そのことを毎日考え続けることが仕事なのだ。

忘れてはいけないのは、まずは僕らが愉しむこと。愉しいことは伝え易い。もしも、僕らの心の中に愉しいことがあるなら、それを相手に差し出そうとすることはとても容易い。愉しいことなら、差し出す側も受け取る側も苦しむことはない。そう、だから、ともに愉しめば良い。さて、愉しませたい相手はどんな人だろう。

僕は何度も繰り返してきたけれど、だから、僕らはウイスキーよりもお客さんに詳しくならなければならない。AさんとBさんが美味しいと思うウイスキーは、それぞれ別のものである可能性がある。そして、その好きな理由もまた違うものになる。だから、その理由を知れば、その人がそのウイスキーを好きな意味が理解できるし、違うウイスキーを好きになってもらえる可能性も見えて来る。

「人を知ろうとすること」について話をしておきたい。

改めてひとつ忠告をしておこう。AさんとBさんの美味しいと思うウイスキーとその理由が違うものであるように、横井君のそれもまた違うだろうということだ。だから、自分が美味しいと思うウイスキーを薦める時に、僕らは注意をしなければならない。僕らは「自分が好きなものを他人に押し付ける」だけではなく、「その人がこのウイスキーを好きになってくれる可能性」について考えなければならない。

ウイスキーが好きな僕らがウイスキーから様々なものを感じるように、お客さんと向き合っている僕らはお客さんから出ている様々なサインを見逃してはならない。その人を知らなければ、その人に合うウイスキーを薦めることは難しい。その人を知ることは、その人を愉しませられる可能性を高めることである。

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イチローズ・モルト・15年と羽生蒸留所(2)

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本日朝方、焼肉屋と揚げ物を喰い、胃がもたれた侍です。「人気ブログランキング」

IMG_0721_1のコピー「イチローズ・モルト・15年」のラベルに、ちょっとした「遊び」が用意されていることは昨日お話した通り。ラベルの地に埼玉県の県鳥である「シラコバト」がひっそりと4羽。その鳩はリリースごとに一羽づつ増えて行く。いつだったろう。「どうして、そんな遊びをしようと思ったのですか?」とイチローさんに訊いてみたことがある。「思い付きですよ」みたいなことを答えてくれて、何だか、イチローさんはそんな人だなと思う。ウイスキー造りには真摯だが、それが視野狭窄と同義でないことを知っているのだと思う。

「こだわりのウイスキー」はイチローさんに対する賛辞だろうか?こだわりとは拘泥であり、拘泥とは「必要以上に気にすること」である。どんな人にも「気になること」はあるだろうが、それは必要以上でない方が良いだろう。必要な程度で十分なのだ。それが泥濘(ぬかるみ)ならハマるのは仕方がないが、必要以上に足を取られることはない。

ファイナル・ヴィンテージとなった2000年生まれの羽生蒸留所のウイスキーは、2010年の今年にすべての樽が満十歳を迎えることだろう。羽生蒸留所が閉鎖されて後、イチローさんが秩父の新たな蒸留所でウイスキーを造り始めたのが2008年。およそ8年のブランクがある。さて、ブランクはそれだけであったのだろうか?

4回目を迎えた「イチローズ・モルト・15年」であるが、次回のリリースは「原酒在庫の関係で2015年の予定」とアナウンスされている。2000年がファイナル・ヴィンテージであるなら、「2015年が最後」になるのは道理だ。しかし、その2015年まで「イチローズ・モルト・15年」のリリースがないということのようだ。

2010年の現在、羽生蒸留所ではウイスキーを製造していない。もしも現在、羽生蒸留所でウイスキーを製造しているなら、2025年にも「イチローズ・モルト・15年(羽生)」を飲めるということになるのだが。

2000年が羽生のファイナル・ヴィンテージ。
2015年が「イチローズ・モルト・15年」最後のリリース。
今年が2010年。
2011年に「イチローズ・モルト・15年」は出ない。
2012年に「イチローズ・モルト・15年」は出ない。
2013年に「イチローズ・モルト・15年」は出ない。
2014年に「イチローズ・モルト・15年」は出ない。
繰り返すが、2015年が「イチローズ・モルト・15年」最後のリリース。

2010年の今年、「イチローズ・モルト・15年」がリリースできたのは今から15年前、つまり、1995年に羽生蒸留所で造られたウイスキーがあったということなのだろう。そして、2011年から「イチローズ・モルト・15年」は出ないというのなら、1996年以降ウイスキーの仕込みをしていないということなのだろう。イチローさんに確認をしたが、「90年代後半はウイスキーの仕込みを行っておらず、在庫がありません」とのことだ。

仕込みを行わなかったのには理由があるのだろう

熟成庫を満たすウイスキーの樽。売れなければ熟成庫からウイスキーの樽はなくならない。仕込んでも熟成庫に置く場所がないなら、ウイスキーを仕込むことはできない。あるいは、販売が目論めなくなった時点で仕込むことはなくなる。その直前の5年ほど、ウイスキーの仕込みを行うことのなかった2000年の羽生蒸留所で、一体どんな決断が下されたのだろう。

2000年が羽生のファイナル・ヴィンテージ。その直前の5年ほど、羽生蒸留所ではウイスキーの仕込みを行っていない。世の中がミレニアムに沸いた2000年。今からもう、10年も前のことなのだ。羽生蒸留所の人たちはどんな気持ちでウイスキーを仕込んだだろう?それが恐らく、「最後のウイスキー」になることを予感していたのではないだろうか?

結果として、長い休止期間を経て、2000年に羽生蒸留所のウイスキー製造は再開された。それが恐らく、「最後のウイスキー」になることを予感していたのであるなら、その仕込みの作業は切ないものだったのかもしれない。あるいは僕は感傷的に過ぎるだろうか?その作業自体は淡々と行われたのかもしれない。

ただ結果として、羽生蒸留所のウイスキーのファイナル・ヴィンテージは2000年となった。
だから、「イチローズ・モルト・15年」のファイナル・リリースは2015年となる。

だけど、僕らは夢の続きを見れるだろう。
秩父蒸留所のファースト・ヴィンテージは2008年。
だから、「イチローズ・モルト・15年(秩父)」のファースト・リリースは2023年となる。

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イチローズ・モルト・15年と羽生蒸留所

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IMG_0729_1先週リリースした「イチローズ・モルト・15年」である。このシングル・モルトは埼玉県の羽生蒸留所で造られた。羽生蒸留所は現在稼働していない。だから、簡単に言えばそれらは在庫の樽だ。つまり、その在庫を売り切ってしまえば羽生蒸留所のウイスキーはもう世の中に出て来ることがなくなる。

蒸留所が閉鎖したのは2004年。しかし、実は2000年を最後に羽生蒸留所はウイスキーを製造していない。だから、羽生蒸留所のウイスキーは2000年がファイナル・ヴィンテージとなる。

「イチローズ・モルト・15年」は、今回が4回目のリリースとなる。2000年がファイナル・ヴィンテージとなった羽生蒸留所は、だから、熟成の若い原酒を持っていない。今年が2010年だから、かつて、羽生蒸留所で生れたウイスキーは樽の中で眠り、そのすべてが今年のうちに10歳を迎えることとなる。

熟成の若い原酒のない羽生蒸留所にとって、「イチローズ・モルト・15年」は羽生蒸留所のシングル・モルトのスタンダード・ウイスキーだと考えている。もちろんそれは、僕の私見で、だから、僕は「イチローズ・モルト・15年は真ん中」だと解釈している。例えば、カード・シリーズはその「真ん中」を基点に、イチローさんによって様々なバラツキを持たされている。僕はそうイメージしている。

もちろん、イチローさんはそんなことは言わない。
だから、それらのすべては僕の私見だ。

「イチローズ・モルト・15年」のファースト・リリースは角瓶で登場した。セカンド・リリースから現在と同様の丸瓶に変わった。ボトルの形は変わったが、毎年遅くとも春を過ぎた頃にはリリースされた。しかし、昨年の2009年は「イチローズ・モルト・15年」のリリースがなかった。ことあるごとに、僕はイチローさんをせっついた。「早く出せ!」と(笑)。羽生蒸留所のスタンダード・ウイスキーがないのは「おかしいじゃないか!」というのは僕の私見だ。

IMG_0721_1のコピー「イチローズ・モルト・15年」はファースト・リリースから、ラベルにちょっとした「遊び」が用意されている。ラベルの地に埼玉県の県鳥である「シラコバト」が隠されている。ファースト・リリースの時は一羽、セカンドが二羽、サードが三羽。で、今回は4回目のリリースだから、鳩はまた一羽増えて四羽になった。写真に赤い印を付けたので付けたの確認をしてみて欲しい。

さて、随分と気が早いが、「五羽目は?」。
つまり、5回目のリリースに関する話はまた明日。

そうそう、皆様に良いお知らせを!
昨日まで限定で、「イチローズ・モルト・15年」を¥840で販売していたが、好評につき期間を延長します。「いつまで」ではなく、現在販売中のボトルを1本売り切るまで、

フル・ショット、¥840(税込)。

まだ残っていますが、売切御免!ということで、よろしくお願いします。

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ベンロマック試飲会(3)

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IMG_8805_1ゴードン&マクファイル社にとって「近くて美しい」蒸留所であるベンロマックは、シングル・モルト全般からすれば「美しく小さな」蒸留所と言えるだろう。ベンロマック蒸留所の創業は1898年。奇しくもゴードン&マクファイル社と同時代のことである。しかし、この小さな蒸留所はその歴史の始まりから、時代の波に飲み込まれることになる。

19世紀末、パティソンズ社の倒産によって弾けたウイスキー・バブルはベンロマック蒸留所に多くの苦難をもたらした。創業当初から生産休止と再稼働を繰り返し、幾たびものオーナー交代を経験し、1953年にDCLの買収によりその傘下に納まることで一時期安定していた様子だが、1983年の「ウイスキー暗黒の時代」に閉鎖。

閉鎖から10年、ゴードン&マクファイル社はディアジオとの交渉を経て、創業100年来の悲願であった蒸留所を手に入れウイスキー生産者としても名乗りを上げたのである。次長兼輸出部長のデレク・ハンコックさんによれば、「美しい場所に建つ、美しい蒸留所」の建物だそうだが、同社がベンロマックを手に入れた時点でその中身は空っぽ、つまり、製造設備はすべて撤去されていたという。

「オールド・ファッション・バイ・ハンド」、「オールド・スタイル」、「ハンド・メイド」。デレクさんは何度かそう繰り返した。確かに、小規模でコツコツとシングル・モルトを造って行こうという目論見のようだ。「我々にはこの程度がちょうど良い」。僕は同社の意図をそのように汲み取った。

一日の仕込み量は、麦芽に換算すると1500〜2000kg。ベンロマック蒸留所の糖化槽一杯分だそうだ。2名のスタッフで週に5日稼働とのこと。フォーサイス社製の蒸留機は初留・再留ともに1基づつ。年間の生産量は、100%のアルコールに換算すると、スペイサイドの蒸留所であるグレン・グラントの1週間分だそうだ。

熟成に使う樽は基本的にファースト・フィルのバーボンとシェリー樽。シェリーの比率の方が高いそうだ。スピリッツの充填された樽はベンロマック蒸留所とゴードン&マクファイル社の熟成庫に振り分けられ熟成を重ねる。ともに、「暗くて寒くて湿っている」らしく、デレックさんによれば「ウイスキーには最適」で、瓶詰は同社のボトリング・ラインで行われる。

IMG_6564_1デレクさんのプレゼンテーションが終了すると、ベンロマック蒸留所の新たなオフィシャル・ボトル、10年物のお披露目試飲会となった訳だが、参加した関係者のお目当ては、ゴードン&マクファイル社の持つ多種多様で膨大なカスク・サンプル。ライオンの食べ残しに群がる僕らハイエナ達は、骨までしゃぶる勢いだ(笑)。


僕はひとつ気になっていたことがあって、ハイエナの群から抜け出しデレクさんに近付いた。隣に通訳の方がいることを確認して訊いてみた。もちろん、日本語で。

「ベンロマック蒸留所を手に入れた時に、熟成庫の樽をどのくらい一緒に譲り受けたのか?」。かつて、操業をしていた蒸留所を手に入れたのだ。製造棟の製造設備が空っぽだったとしても、熟成庫の中までも空っぽであるはずがあるまい。

少々困った表情を見せたデレクさんだったが、「100樽以上」と簡潔に答えた(笑)。微妙な数字であるが、それが公式見解ということだろう。

さて、その試飲会の時点でリリースが決まっていた、ベンロマックのシングル・モルトがジェイズ・バーに入荷した。こちらは既に開封済み。もちろん、ゴードン&マクファイル社がベンロマック蒸留所の所有者になる前に製造されたシングル・モルトである。つまり、デレクさんの答えた「100樽以上」のウイスキーの樽がまたひとつ、減ったということである。

ヴィンテージは1977。華やかさを持つがタフ。清楚な美人だ。メロンの果汁のような綺麗な甘味。蒸留所の歴史が物語るような辛抱強さを持っている。芯の強い意志の力で、32年という歳月を熟成庫で待ち続けていたのだろう。

32年前に中学生だった侍は、好きな同級生に夢中だっただろうか?
ピンクレディーだったかもしれない。
いや、違うな。昨日からはベンロマックに夢中だ。

テイスティング・ノートは明日。

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ベンロマック試飲会(2)

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IMG_8775_1実は今でも、その構造は変わらないが、世の中に出回るウイスキーの大半はブレンデッド・ウイスキーだ。シングル・モルトの蒸留所の名前を10も知っている日本人など、実際のところほとんどいないだろう。グレンフィディックをブレンデッド・ウイスキーの銘柄名だと思っている方がいても、僕は特に不思議だとは思わない。

「多品種・小ロット」という流れは、確実にシングル・モルト・ウイスキーの種類を増やしたが、その出荷量からすれば、ブレンデッドにはまったく敵わないのが現状だ。もちろんその状況は、僕にとって悲しいことではない。むしろ、健全であると言っても過言ではないかもしれない。生産されるシングル・モルトを買い支えているのが、ブレンデッド・ウイスキー・メーカーという側面があることを僕は忘れる訳にもいかないだろう。

熟成庫に眠る「熟成」という工程にあるウイスキーは、何をきっかけに余剰生産分、つまり、不良在庫になるかもしれないのだから、僕はその構造自体を悲しいこととは思わない。ただ、グレンフィディックをブレンデッド・ウイスキーの銘柄名だと思っている方がいても、特に不思議だとは思わない僕でも、その事実にはちょっぴり切なくなるな。

ゴードン&マクファイル社の瓶詰するウイスキーは、その自社名あるいは自社ブランド名の扱いが非常に小さい。ラベルを眺めると、瓶詰業者のウイスキーでありながら、その社名やブランド名より、蒸留所名が一番大きな文字で表記されて非常に分かり易い。瓶詰業者の存在がほとんど認知されていなかった時代に、それらがオフィシャル・ボトルと思われるのも当然だと思う。

僕自身、その違いを理解していなかった時代はあったけど、同社のおかげで、蒸留所の名前を随分覚えたのだと思う。ゴードン&マクファイル社の存在がなければ、瓶詰されたシングル・モルトが世に出る機会がなかった蒸留所も多かっただろう。実際、世に出る機会に恵まれることのなかった蒸留所のシングル・モルトを、その蒸留所名を前面に出して瓶詰して来たのもゴードン&マクファイル社なのである。

まぁ、「ウイスキーを瓶詰して販売することだけで、ビジネスが成り立つの?」っていうのは、確かに、素直な疑問だと思う。僕も昔はそう思っていたし、シングル・モルトに興味を持ち始めてしばらくは、ゴードン&マクファイル社のウイスキーをオフィシャル・ボトルと勘違いしていたほどだ。ただ、彼らの「自社のブランドは控え目に、蒸留所の名前を前面に」というそのスタンスは、零細、弱小で認知度の低い蒸留所の名前を世に知らしめるために、大きく貢献したと思う。

例えば、モートラック、リンクウッド、ミルトンダフなどの蒸留所は、ゴードン&マクファイル社のそのような取り組みがなければ、その認知度を上げるのにより一層時間が掛かっただろう。シングル・モルト全般の知名度は低いままだっただろうし、その後に新たな瓶詰業者が生まれることもなかったかもしれない。「大半の蒸留所が大手ブレンデッド・メーカーにシングル・モルトの原酒を供給するためだけに存在する下請工場」、なんてことになっていたかもしれないという想像は、あながち的外れではないのかもしれない。

「違う種類をちょっとづつ」というやり方は、消費者に選択肢を与え、シングル・モルトをまさに嗜好品にして行ったのだろう。いくつかのウイスキーを混ぜて標準化を図り、製品としての平均化を狙うという立場とは対極の、「個別のものをバラバラに」という発想である。現在はシングル・モルトより以上のシングル・カスクという流れも顕著であるが、その礎を作るのに大きく貢献したのもまたゴードン&マクファイル社であるだろう。

そんなゴードン&マクファイル社がやがて、「自前の蒸留所を持ちたい」と願うことは当然の成り行きだろう。瓶詰業者より以上の「本物のウイスキー・メーカー」である。同社は創業100年を前に、何とか本質的な意味でのウイスキー生産者への道へたどり着いた。

それまでも、いくつかの案件が舞い込むことはあったが、すべての話は上手く進まなかった。1993年、「手放す」との噂を受けてゴードン&マクファイル社はディアジオ社との交渉に入る。

ベンロマック蒸留所のあるフォレスの街から、ゴードン&マクファイル社のエルギンの街まで国道沿いに20キロ。「近いことと美しいこと」は同社がその購入を決定する大きな要因のひとつであり、ほかに選択肢はなかったとデレクさんは語っている。

1993年にベンロマック蒸留所を手に入れた同社は、驚くことに5年の歳月を掛けてベンロマック蒸留所の改修工事に入る。再稼働は1998年から。今年の年末に、再稼働後初のゴードン&マクファイル社による「ベンロマック オフィシャル・ボトル 10年」をリリースするに至った。

ジェイズ・バーではこの「ベンロマック オフィシャル・ボトル 10年」の仕入を見送ったが、昨日、「ベンロマック 1977」が入荷した。こいつはなかなか侮れない。大人し目の仕上がりを期待していたが、55.6%というアルコール度数がちょっと気になっていた。しかし、まったく問題はない。ゴージャスを期待されても困るが、予想通りの清楚な美人だ。

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ベンロマック試飲会

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IMG_6567_1思い起こすと随分昔のことのようにも思うのだが、今から2ヶ月ほど前、9月の中旬にベンロマックのお披露目試飲会にお呼ばれをして品川まで行って来た。まだ、半袖で歩いて汗ばむような季節で、試飲会の後、僕は写真の試飲会場のこの部屋で煙草をすいながら、やがて記事にするであろうことを手帳に整理していた。

その日はゴードン&マクファイル社から、次長兼輸出部長のデレク・ハンコックさんがプレゼンを行ってくれた。非常に理知的な印象の方だった。高見から全体を見渡し、丁寧に世界を語る。そんな語り口に好感を持った。そんなデレクさんが、ほんの少し熱い部分を見せたとするなら、ゴードン&マクファイル社が自前の蒸留所を持つことは、創業以来100年の悲願だったと語った時だろうか。

IMG_6550_1ゴードン&マクファイル社について簡単に説明をするなら、元来エルギンの街に開業した食料品店。彼らは後に酒類販売免許を取得し、自ら樽を手に入れ瓶詰をし販売もして来た。自社の熟成庫を持ち、所有する樽をそこで熟成させている。何しろ、凄いのはそのストックする樽の数量。莫大な樽を所有している。

同社を最大にして再古参の瓶詰業者と言って良いだろう。スペイサイドの中心都市であるエルギンの町に居を構えたことも、彼らの優位を確定的にしたかもしれない。創業が1895年というのだから、その歴史の深さには恐れ入るばかりだ。小売店から始まり、幅広くウイスキーを扱うようになり、自社の熟成庫と瓶詰の設備を手に入れ、遂に蒸留所のオーナーとなった訳だ。そこに、たどり着くまでに100年という歳月を費やしている。

ほんの20年くらい昔は、シングル・モルト・ウイスキーといったらオフィシャル・ボトルがメイン。というより、瓶詰業者なんて存在すら知られないものだっただろう。実際、日本に入ってくるものなどゴードン&マクファイルかケイデンヘッドくらいのものだったと思う。ケイデンヘッドなんて、僕らは当初「カデンヘッド」って教わったクチだ(笑)。

ジェイズ・バーはシングル・モルトに興味を持ち始めたばかり、というお客様に来ていただくことも多い。だから、そんな方に「瓶詰業者って何ですか?」と質問をされることも多い。そんな時は大概、シングル・モルトは「その蒸留酒を作る会社と、樽に詰められたシングル・モルトを買い付けて、自社で瓶詰をすることだけが仕事の会社がある」という説明をさせていただいている。

そんな説明をすると「何だか、その瓶詰業者っていうのは、最後の美味しい所だけ持って行っちゃうようでズルイ感じがしますね」なんて言われる(笑)。もちろん、彼ら瓶詰業者の仕事はまったくズルくない。むしろ、ウイスキー全般、あるいは特にシングル・モルト不遇の時代にせっせとウイスキーを買い続けてくれたことは、当時の蒸留所を救った側面があるだろうし、現代を生きる僕らにも恩恵を与えているだろう。僕らは彼らが所有するストックを飲んでいるのだから。

瓶詰業者について一通り説明をした後、「オフィシャル・ボトルと瓶詰業者のウイスキーって、どうやって見分けたら良いんですか?」なんてことも訊かれる。大雑把だが、こんな説明が一番理解してもらい易い。

オフィシャル・ボトルっていうのは、蒸留所の人が管理して瓶詰をしている。だから、その蒸留所名がドーンと前に出て来る。グレンフィディックでも、グレンリベットでも、アードベッグでも、オフィシャル・ボトルのラベルを見ると、一番字の大きさが大きいのがその蒸留所名になっている。つまり、彼らが知って欲しいのは「自分のところの蒸留所の名前」っていうこと。

一方、瓶詰業者各社は「蒸留所の名前より、自社ブランドの名前」を知って欲しい。だから、蒸留所名はさて置き、ロビンのウイスキーなら「ブラッカダー」や「ロウ・カスク」の文字の大きさの方が大きい。ダグラス・レイン社も同じで、蒸留所名より「オールド・モルト・カスク」というブランド名の方が大きく書かれている。他の瓶詰業者もほとんど同じようなものである。

蒸留年度、熟成年数、アルコール度数などと同様に、瓶詰業者各社にとっては蒸留所名もまたひとつの情報に過ぎないというスタンスということだ。むしろそれは当たり前のことだろう。彼らは皆一様に、自社製品のブランディングを確立させたいと思っているからだ。蒸留所名より、自社名や自社ブランド名を大きく扱いたいと思うだろう。

で、その説明にはまだ続きがあって、「例外的な瓶詰業者もあるんです」っていうこと。その例外の代表的な会社が、ゴードン&マクファイル社なのである。例えば、このストラスアイラ25年のボトルを眺めると、まず何よりその蒸留所名がドーンと目に入って来る。先ほどの「蒸留所名が大きな字で書かれているのがオフィシャル・ボトル」という原則からすれば、見事にそれを裏切って、これはゴードン&マクファイル社の瓶詰だ。

ウイスキーと言ったらブレンデッド。それが当たり前の時代から、シングル・モルトの樽を買い付けてきた同社である。その所有する樽の数の多さから、永らく「準オフィシャル」的な扱いを受けて来たゴードン&マクファイル社。しかし、彼らのウイスキーのラベルは、その自社名あるいは自社ブランド名の扱いが非常に小さい。これは余裕なのかね?

さて、また長い話になりそうだ。
今週中には終わらせるつもりです。

何しろ、本日、「オフィシャル・ボトル ベンロマック 1977」ジェイズ・バーにてリリース予定。
ご安心下され、「3杯セット」のご利用対象商品である。
タフだけど、華やか。そんな彼女だと思う。
まだ、飲んでないが。

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物凄い強敵が遂に登場である(笑)。
侍はライバルに賛辞を惜しまない。


すみません。

さて、今週が始まりました。「人気ブログランキング」

IMG_7294_1お恥ずかしい話だが、本日は営業中(及び終了後に残業をして)ブログの原稿を書いていた。書いていたにも係わらず、USBメモリを抜いて持ち帰るのを忘れてしまった。書き終えて写真を撮ったのが敗因だな。デジカメのデータは持ち帰ったのだが。

書いたのはニュー・リリースのお知らせ。ハート・ブラザーズのもモートラックを開封した。侍としては非常に高評価な仕上がりに満足。スコッチモルト販売さんから同時期にリリースされたタリスカーに対しては、少々辛口なコメントをしたかと思う。「30%の人は90点を付け、50%の人が及第点を付けるだろうが、あなたが残りの20%の人であるか可能性については侍にも予測不能だ」、ということ。

IMG_7365_1ただ、ハート・ブラザーズも本気を出したのではないか?との思いがあることも同時に申し上げた。では、その本気(かもしれない)のハート・ブラザーズのもう一方のモートラックはどうであろうか?ということが非常に気になっていたのだ。もちろん、今回もスコッチモルト販売から送り込まれた刺客により試飲をしている。その時に「良いな」という印象は持った。しかし、どんなウイスキーもそうだが、実際に仕入れてみるまでは迂闊なことを言えない。

どうにも、侍は試飲というのが苦手だな。商品の仕入れが目的でウイスキーを飲むなら、誰もいないところでこっそりとウイスキーを飲ませて欲しいと思ってしまう。何だろ?本腰が入らないってことなのかな。ウイスキーは「印象と構成と展開である」というのが侍のスタンスであるが、試飲会などに参加させていただいても、「印象」についてはまとまるのだが、「構成と展開」については巧く言葉にまとまらないことが多い。

どこかに飲みに行って、(金を払って飲んでいると)言葉は溢れてくるのにな。やっぱりただ酒は遠慮がちに飲んでしまうのだろうか?侍ったら、奥ゆかしいのである。先日のJIS(ジャパン・インポート・システム)さんの試飲会も大変有意義であったが、情けないことにロクなコメントが書けない。トホホである。ただ、個々のウイスキーを飲んで全体的な印象だけは思い浮かぶので、仕入れで大外しすることはないと思う。

まぁ、結局、ウイスキーは印象が大切ということだな。
さて、印象レベルで「良いな」と感じた今回のモートラックである。
本気で向き合った結果は明日。
もちろん、ジェイズ・バーでは既にリリース済み。
1杯、¥2,000です。

本日はお詫びの意味も込めて、既に記事をひとつ更新しました。
ほぼ、ひと月ぶりに「ウイスキーの森を往く」の続きです。

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ウィスキーの森を往く。(10)

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久し振りの連載再開なので、まとめを、
「ウイスキーの森を往く」。この連載の始まりは、こちら
第9回まで続き、本日が第10回。


ウィスキーは分けることで分かり易くなるが、ウィスキーは分けただけでは分からない。そして、「分ける」「分けない」、あるいは「分かる」「分からない」は、ウィスキーの喜びや愉しみの本質とはまったく関係がない。

一杯のウィスキーを美味しいと思えること以上に、素敵なことがあるだろうか?

ウィスキーにイメージを持つことは大変有効であるが、いたずらにイメージを弄び、それに頼り過ぎることは、僕らをその体験から乖離させてしまうだろう。あなたはあなたがウィスキーから「感じたこと」を信じるしかないのだ。いつまで経っても永遠に、ウィスキーはウィスキーを飲むことでしか上達しないのだから。

気が付けば、あなたはそれまでいた地平より以上の高みから、ウィスキー全体を眺めるようになっているはずである。

「案内図」と「案内所」と「あなた自身」。
つまり、僕からのその問い掛けは、あなたが何を頼りに欲しいものを探しに行くだろうか?ということである。ウィスキーの世界で言うなら、「案内図」はウィスキー関連書籍のようなものであるだろうし、「案内所」には僕のようなバーテンダーがいるのだろう。だけどあなたは、「あなた自身」をもう少し頼りにして良いのではないだろうか。

あなた自身が信じるべきは、あなたの中の「感じる身体」であると思う。
いづれにしても、誰もが自分を導く何かを信じるしかないのだから。

ウィスキーは人生のようであり、また、人生はウィスキーのようである。
欲しいものは探しに往かなければ見つからない。
大切なのは目論見を持つこと。
そして、行動すること。
ウィスキーも人生もリアルな体験である。

あなたの中の「感じる身体」は、一杯のウィスキーの中から様々な新たな何かを発見するだろう。実はその発見こそが、あなたの冒険の始まりである。ウィスキーの森はあなたにとって新たな発見の宝庫である。「案内図」と「案内所」を上手に利用しながら、「あなた自身」がウィスキーの森を愉しく歩けるようになってくれないだろうかと、僕はいつだってそんなことばかり考えている。

僕は長い間、「ウィスキーの愉しみ方」について考えて来た。それは、より多くの人にウィスキーを愉しんで欲しいと思ったからに他ならない。僕はこれまでも色々な所で、ウィスキーを愉しむ最大のコツは「感じる身体」であると申し上げて来た。それを持つことは前提条件であり、それは誰でも持っているものである、と。だから、確認さえできれば、あなたも自身の中にそれを持つことを知ることになる。

もちろん、「それさえあればOK」とは思わないが、それが始まりであることに間違いはない。ただ実際のところ、今までの僕はそれ以外の事に関してフリー・スタイルであったと思う。面倒なことを言い過ぎて飲み手を萎縮させたくはなかったし、「感じる身体」さえあれば、どんな飲み手もやがて「自分なりの愉しみ方」を覚えていくものでもあるのだ。ただしかし、それは裏を返せば「勝手にやってくれ」ということでもあったのだろう。

それもいささか無責任に過ぎるのではないだろうか、と、最近はそう思うようにもなった。ウィスキーを愉しむのに、「感じる身体」より以上に大事なコツはないと思うが、もちろん、それだけですべてが解決するというものでもない。ウィスキーを愉しみ始めた初心者は、ちょっとしたことに躓き易く、途方に暮れてしまいがちだ。

もちろん(それこそがウィスキーの素晴らしいところだが)、すべての苦悩は美味しいウィスキーを飲むことによって解放される。ただ、残念なことに、問題も困難も未解決なままだ。当然だが、解放と解決は別のことである。やがて僕らはまた、「ウィスキーが分からない」と言い始め、また美味しいウィスキーに出会い救われる。僕はその繰り返しを通り過ぎてきたけれど、多くの人はその繰り返しにウンザリするかもしれない。

小さなちょっとしたコツ、というものがあるだろうと思う。それは、限定的、あるいは局所的な事態の中での具体的なコツ、のようなもの。そして、実のところ一番大事なのは、僕らはどのようにウィスキーと向き合ったら良いのだろうかということ。自分の目の高さでウィスキーと向き合うとは、どのようなことなのだろうか?

僕はそんなことを、語るだけではなく伝えたいと思うようになった。文章だけでは足りないものがある。目の前でウィスキーを飲んでもらうことで、僕はより多くのことを伝えられるのではないかと、そう思うようになった。だから、そのために、僕は新たなチャレンジをしたいと考えている。実際のところ、僕自身はどのようにウィスキーを愉しんでいるだろうか?そのことをできる限り細かく整理して、皆様にお伝えしたいと考え始めている。そして、モルト侍は弟子を取りたいと思っている。最近はそんなことを思うようになった。

どのようにウイスキーを飲んで、それを感じたら良いか?
感じたことをどのように言葉にしたら良いか?
「言葉にする」とはウイスキーを分けることでもある。

ご支援をいただきたい。「人気ブログランキング」

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川崎グレーンに思うこと(3)

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少し間が空きましたが、前の記事の続きです。

ただ、どうだろう。その右の方の写真の束を、広げて並べてみたらどうだろう。あなたが直感的に判断した「好き嫌い」は結果に表れているかもしれない。右の写真の束(つまり、あなたの好きな方)のすべてをテーブルに並び終えてもう一度眺めると、「あぁ、なるほど。私は山間部より平野の方が好きなのだな」とか、「山よりは海の方が好きで、平野でも都市部の航空写真が好きなようだ」とか、「ピンポイントで港町が好きなのだな」とか、そんなことが分かるかもしれない。もちろん、それと同じことが起きるのがウイスキーである。

もしもあなたが、「全部嫌い」でも「全部好き」でもないのなら、あなたの中にはまだあなたの知らない基準がある。あなたは「アレとコレ」の違いを認識しているからこそ「好き嫌い」が表れているのだ。ただ、あなたはその基準には気付いていない。しかし、広げて並べて眺めてみると気付くということはある。だから、ウイスキーも同じようにすることで気付くことがある。

1日に100枚の写真を眺めながら、その「好き嫌い」を分けることは可能だが、確かに、1日100杯のウイスキーは誰にも飲めないだろう。むしろウンザリするだけで、ウイスキーのすべてが嫌いになってしまう可能性があるので、そんなことは侍はまったく薦めない。

「ウイスキーはウイスキーを飲むことでしか上達しない」とは、良く言ったもので、これは、あの有名なモルト侍の言葉であるが、いろんなものを愉しく飲んでいるうちに、当初「ウイスキーなんてみんな一緒でしょ?」と思っていたウイスキーに違いを感じ、自分なりの好き嫌いが出て来ることに気付くはずだ。

しかし、始のうちその理由を考えることなどまったく必要はない。「好き嫌い」があるのだから、気づいていなくとも、自分の中に基準はあるのだなと、まずはそんな程度で構わない。「好きだ」と思う理由は、そのウイスキーの持つ構成や展開力であるかもしれないが、人はその印象だけで「好き嫌い」を判断してしまいがちである。

で、侍が何を言いたいのかと言うと、好き嫌いで結構!印象万歳!ということである。何しろ、単純にあなたが「好きだ」と言ったウイスキーを並べると、やがて、そこには何某かの傾向が現れるのであるから。だから、あなたの中には「好き嫌い」の基準があるだろうことが妥当に予測できる。そこに傾向があることは、奇跡ではなく理由がある。理由はあるが、その理由を追求するのはまだまだ先で良い。

ただ、あなたの中に「このウイスキーが好きだ」と感じてしまう基準がある。
そのことは忘れないで欲しい。

だから、ウイスキーを飲む時にはその「印象」を大切にした方が良い。「あまり考え過ぎないで、好きと嫌いに分けて下さい」という前提でウイスキーを飲んでもらうと、そこにはある種の傾向が現れるし、あなたの好き嫌いを聴きながら、侍はあなたの傾向を説明できると思う。そこに存在するはずである傾向を理解しながら、「次の一杯」を考えることが侍の仕事なのである。

余談だが、実はウイスキーを飲み慣れていない人の方がその傾向が出やすい。
素直だからである。
先入観も事前の知識もないからである。
そもそもウイスキーを飲み慣れていない人は、ウイスキーをありがたがっていない。
あのウイスキーは「好きと言わなければイケナイ」とか、
このウイスキーを「好きと言ったらハズカシイ」とか、
そんなことはまったく考えない。
ただ、そんな人にも個別のウイスキーの「好き嫌い」は出て来るのである。

さらに余談だが、そんな人に川崎グレーンの香りを嗅いでもらうと、「???」という顔をして、「何ですか?コレ?」というのである。「ウイスキーです」というと、「じゃあ、何で、チョコレートの香りがしたり、メープル・シロップの香りがしたり、ちょっとハチミツっぽかったり、アーモンド(?)みたいに感じたり、えっ!?カレー?」となるのである。(断っておくが、川崎グレーンの香りには、本当にカレーの匂いがある。加齢臭ではない。侍もイチローさんもそんな歳だが…。)

もうひとつ付け加えるが、相変わらず男はバカが多いな。女のひとの方が敏感である。大体、男たちは酒と聞いたら「飲んで酔っ払うもの」だと思っているんだな。それに比べたら、女たちの何と素晴らしいことか!ウイスキーに出会う前から、香りが愉しいことを十分に知っているのだな。敏感で素直で、気持ちの良いことが大好き。それは素敵なことである。

さて、話は変わるが、池袋のジェイズ・バーは女性のシングル・モルト愛好家を大歓迎である。
「いい匂いが好き」な女性の皆様。あなたはきっとウイスキーを愉しめるようになります。
愉しみの増えたあなたの人生は、きっと快適になります。
愉しみ方のコツは、この侍が伝授いたします。

川崎グレーン含め「3杯セット」で¥2100!!!

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川崎グレーンに思うこと(2)

本日は2本目の記事です。人気ブログランキング

IMG_6630_1侍は「複雑さと深いコク」があるという点で、この川崎グレーンを高く評価している。どんな方に飲んでいただいても、この「複雑さと深いコク」を感じていただけるであろうことは想像に難しくない。しかし、その構成要素を探ろうとしても、どうにも捉えどころがないような気がする。確かに、その展開力についても分かりづらいと思われるところがあるかもしれない。

まったっく風が吹かない日に空を見上げ、雲の形が変わらないものかと待っているような、そんな気持ちになることがある。とっても素敵な青空なのに。

その辺りが、グレーン・ウイスキー全般に懐疑的な方の、一般的な気持ちなのだろうと侍は解釈している。だから、川崎グレーンを「優秀でありながら、分かり難さを抱えている」と評することは可能だと侍も思う。

さてさて、先ほどの例え話の「暗闇」を「複雑さと深いコク」に、「まだら模様」を「構成及び展開」に置き換えて話を進めよう。そう考えるなら、川崎グレーンは心惹かれる「暗闇」を持ちながら、その闇が深すぎて「まだら模様」を感じ難いウイスキーなのだと思う。侍はまさに、川崎グレーンに深い深い漆黒の闇を強く印象させられる。

侍は自分のやり方が正当かどうかについてはまったく自信がなく、実のところそんなことに無関心でもあるが、自分がどのようにウイスキーのテイスティング・ノートを付けているかについて、本日はお話をしたい。思えば飲み始めてから随分長い時間が掛かったが、「なるほど、ウイスキーはこのように飲むと分かり易いな」と、自分なりにたどり着いた結論である。

例えば、ウイスキーを航空写真のように捉えている。つまり、ウイスキーをひとつの景色のように考えている。あなたが毎日毎日何枚もの航空写真を見ているとしたら、やがて、それぞれの個別の航空写真に「好き嫌い」の差が出てくると想像できないだろうか?侍の場合、日々飲むウイスキーに同じことが起きている。

100枚の航空写真があって、それらはまったく違う地点の写真である。さて、それらの航空写真を「あまり考え過ぎないで、好きと嫌いに分けて下さい」と手渡され、あなたは100枚の写真の束をふたつに区分けして行くのである。目の前にはふたつの航空写真の束ができる。右に好きな写真、左には嫌いな写真としよう。侍に言わせるなら、そこには明らかな傾向が存在するはずである。もちろん、あなたが飲むウイスキーにも同じことが起きる。

あなたは訊ねられても分からない。「どうしてこの右の束の方が好きなのですか?」。
恐らくは、「何となく…」としか答えられない。

ただ、どうだろう。その右の方の写真の束を、広げて並べてみたらどうだろう。あなたが直感的に判断した「好き嫌い」は結果に表れているかもしれない。右の写真の束(つまり、あなたの好きな方)のすべてをテーブルに並び終えてもう一度眺めると、「あぁ、なるほど。私は山間部より平野の方が好きなのだな」とか、「山よりは海の方が好きで、平野でも都市部の航空写真が好きなようだ」とか、「ピンポイントで港町が好きなのだな」とか、そんなことが分かるかもしれない。もちろん、それと同じことが起きるのがウイスキーである。くどいな。

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本日は2本目の記事になります。重要なお知らせがあります。
1本目もお読み下さい。

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川崎グレーンに思うこと

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川崎グレーンのことを書きながら、そこを基点に話は違う方向へと走り始めてしまった。本日の記事は昨日の続きではあるのだが、実は結構先まで既に書き終えていて、まぁ、どう読み返しても、川崎グレーンの話だけっていうことではなくなってしまっている。もちろん、最終的には川崎グレーンのテイスティング・ノートを書き終えて連載終了としたいが、大幅に脱線することを思うなら、昨日までと同じタイトルで進めるには忍びなく、本日からちょっとだけタイトル変更させていただく。タイトルは変わったが、もちろん、基本的には昨日の続き。

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複数の要因が複雑に絡み合い「複雑さと深いコクを手に入れた良いウイスキー」が生まれるのだと思う。話は単純ではないし、簡単にもならない。「樽による熟成」もその要因の大きなひとつだと思うが、それだけではないだろう。「蒸留液の出来具合」も肝心だろうが、「どうしたら、上質なスピリッツが生まれるのか?」は、結局また新たな問いを生むだけでもある。

「仕込水の水質」がどうでも良い訳がないだろうし、「良い麦芽」が良いウイスキーを造ることに必要であることは想像に難しくない。「粉砕」も「浸麦」も「糖化」も「発酵」も「蒸留」も魂(スピリッツ)を生み出すための大切な工程だ。だから、その中のひとつだけが大事なんてことはないだろうし、「偶然」や「幸運」も大事と言われれば「そりゃそうだ」とも思う。

しかし、ウイスキーの中でも侍が特にシングル・モルトを気に入っている最大の理由は、その「複雑さと深いコク」の中に垣間見られる「まだら模様」である。良いシングル・モルトには、ある意味「均質ではないあり様」を発見することができる。上質なシングル・モルトはモノトーンに感じないと言ったら分かり易いだろうか。

「100%均質な暗闇」というのを僕らは経験できるだろうか?就寝時に部屋の明かりを消して、真っ暗にしたつもりでも、目が慣れれば、それは均質な暗闇ではなくなる。ゆっくりと濃淡が見え始め、ある種の「まだら模様」となるはずだ。そして、その濃淡こそがシングル・モルトの愉しみではないかと思っている。「100%均質な暗闇」は、どんなにその闇に深さと奥行きがあっても、モノトーンでしかない。

濃淡のある「まだら模様」には、ある種のパターンがある。それがパターンであるなら、そこには「構成」がある。「さて、どんな柄(がら)なのだろう?」と侍はシングル・モルトを見つめるのだな。また、そのパターンは動かずに固定したものではなく、例えば風に揺れる雲のようだ。魚のように見えたり、鳥のように見えたり、あるいは雪だるまのように見えたり。固定的なものではなく、そう、ゆっくりと動くその様子こそが「展開」なのである。

川崎グレーンには、侍も絶賛して止まない「複雑さと深いコク」がある。それはある意味、心惹かれる漆黒の闇夜ようだ。ただ、その暗闇はほぼ均質で「まだら模様」を感じない。それは、どこまで行っても深い闇、のようには感じてしまう。

その「まだら模様」のなさは、構成力と展開力には劣ると判断されるかもしれない。確かに、上質なシングル・モルトには心躍る「まだら模様」があると言って良いだろう。恐らく、グレーン・ウイスキー全般に懐疑的な方たちは、その辺りが気に入らないのだな。上質で上等なシングル・モルトには、多彩で多様な構成力と饒舌なまでの展開力が存在するのは確かだ。

しかし、ウイスキーにより大切なのは、「構成」と「展開」よりも「印象」ではないだろうか?極めて個人的な見解だが、「印象」という言葉には、「直感的に捉えた全体像」というニュアンスが存在する。それを全体と考えるなら、「構成」も「展開」もある意味、全体の中の部分だ。部分である以上、全体の中の一部であり、それらの部分により全体は構成されている。

全体は「部分に分解される」と考えるより、「部分により構成されている」と考えた方が良いだろう。構成要素が理解できなくとも、印象として素晴らしいというものはある。つまり、「良く分からないけど、おいしい」というウイスキーがある。川崎グレーンはそんなウイスキーだと思う。印象として、「複雑さと深いコク」があることはその優秀さの表れであると思う。

しばらくお付き合いを!人気ブログランキング

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シングル・グレーン・ウィスキー 川崎 1982 / イチローズ・チョイス

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日曜だってお願いします。人気ブログランキング

侍がどんなに「川崎グレーン」を声高に叫ぼうと、グレーン・ウイスキー全般に懐疑的な見方をしているシングル・モルト愛好家の方も多かろうと思う。「資料付き?¥1,800?いやいや、同じ値段でシングル・モルトを飲むさ」。このウイスキーに関しては少々熱くなる侍であるが、そう言われる方も多かろうことは十分に想像できる。

「で、うまいの?まずいの?」と聴かれたなら、「うまいよ」と答える。もちろん、「うまい/まずい」は主観的な問題だから、あえて侍は「好きだよ」と答えたいと思っているが。

ただ、もちろん、グレーン・ウイスキーは「シングル・モルトとは違うな」というのが素直な感想だ。甘さの質が違うという感覚がある。その質の違いは、穀物としての大麦ととうもろこしの違いによるものなのかどうか、侍にも良く分からない。言うなれば、バーボンに近い印象すらある。

また、幸か不幸かこのグレーン・ウイスキーは、ウイスキーとして出来上がっている。件の押し売り屋は、秩父蒸留所の見学の際、その銘柄を知らされずに飲んで「バーボンじゃないか?」と言っていたが、その気持ちは今となっても十分に理解できる。確かに、「バーボンです」と言われて出されたなら、おいしいバーボンだなと思っただろう。

「語るに落ちる」とはこんなことを言うのだろうか(笑)?
これからお話ししようと思うことを目の前に、キーボードに手を置きニヤリと笑っている侍である。
置いたまま、5分経過である。

「やっぱり、シングル・モルトの方が好きなんじゃん!」と、最後は突っ込まれることを自ら笑いながら話を続けよう。

「ウイスキーの良さとは何だろう?」。
自分が特にウイスキーに惹かれる理由が何かあるはずだ。若き日の侍はそのことを良く考えた。いや、正確に言うなら、悩んでいたと言っても良いかもしれない。ただ、既にその問いに、自分なりの解は出ている。

「ウイスキーの良さは、その複雑さとコクである」。
それが侍の答えだ。もちろん、異論があるなら受け付ける。反論する立場の方々のすべてに否定的であるつもりはない。皆様がウイスキーをどのように思っているのか?侍が気にならない訳がない。

あえて言うなら、それは侍の立場であり、立ち位置である。侍はそんな場所からウイスキーを眺め、それを基準にウイスキーを自分なりに評価している。では、「どうして、良いウイスキーは複雑さと深いコクを手に入れるのだろう?」。実は今のところ、その問いに解を立てることに成功していない。その解は、あまりにも複雑で複合的であると思われるからだ。

複数の要因が複雑に絡み合い「複雑さと深いコクを手に入れた、良いウイスキー」が生まれるのだと思う。話は単純ではないし、簡単にもならない。「樽による熟成」もその要因の大きなひとつだと思うが、それだけではないだろう。「蒸留液の出来具合」も肝心だろうが、「どうしたら、上質なスピリッツが生まれるのか?」は、また新たな問いを生むだけである。

申し訳ないが、今回もまた、話が長くなりそうだ。人気ブログランキング

ウィスキーの森を往く。(9)

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この連載も終盤になってまいりました。「人気ブログランキング」

もちろんごく普通に考えるなら、僕らは欲しい商品を求めてデパートに行って、案内図の掲示してある場所、あるいは案内所が近くにない場合、大まかな見当を付けて歩き始めるはずだ。だから実際は、 銑のどれかのタイプにピタリと当てはまる訳ではない。僕が言いたいのは、つまり、あなたが頼りにするのは「案内図」なのか、「案内所」なのか、「あなた自身」なのかということである。

僕らは大体、どんなデパートにも似たような構造があることを知っている。多くのデパートの食品売り場が地下にあり、地上一階には化粧品売り場。婦人服売り場のフロアに本屋があることは稀で、婦人服売り場の上が紳士服売り場、その上が家具や日用雑貨、最上階に近いあたりは催事場になっている。

僕らは概ねデパートがそんな風であることを知っている。だから、実際は案内図だけを探して歩き続ける人はいないだろうし、案内所が見つからないために家に帰る人もいない。あなたは大まかな見当を付けて、デパートをウロウロし始めるのだろうし、やがて見つけた案内図の前で足を止め、あるいは案内所に出くわしたなら欲しい商品の売り場を訊ねるだろう。

つまり、僕はウィスキーも同じのなのだと言いたい訳だ。欲しいウィスキーがあるのなら、デパートをウロウロするのと同じように、ウィスキーの森を往けば良い。事前に全体の構造が理解できるまでは、デパートには絶対に行かないという人はいないだろう。ウィスキーも同じである。知識がなければ愉しめないなどということはまったくない。

むしろ、暇潰しにデパートに行って、無目的なままウロウロして買物をしてしまったことなら、大概の人にあるはずだ。で、その買物が「なかなか大当たり」だったりする訳だ。つまり、大事なのは「無目的なままウロウロ」ではないだろうか。ウィスキーというのも、そういう類のものである思う。ただし、「無目的なままウロウロ」で後悔をしないために、全体と局所という視点でものを見ることを忘れないで欲しい。

換言するなら、「無目的なままウロウロ」を目的とするということである。そして、それを愉しむためにはウロウロしながらも全体と局所という視点でものを見ることが、その愉しみをより大きなものにするだろう。自分がどこにいて、どこへ行きたいのか。全体の仕組みが分かれば、歩き易くはなるだろう。ただし、僕らに最大の喜びをもたらすのは目の前の一杯のウィスキーである。

目の前の一杯に喜びがあり、そこにたどり着く過程に愉しみがある。確かに、ウィスキーには考えること、思いを寄せること自体にすら愉しみがある。もしもあなたが、ウィスキーについて大いに思い悩み過ぎてしまうのなら、全体と局所という視点を忘れないこと。そして、結局はジグソー・パズルの喩えで言うなら、△離織ぅ廚凌佑篭いのである。何しろウィスキーは体験なのであるから。

同じ場所に留まり続けても、愉しみは膨らむことはないだろう。
例えそれが、お気に入りの場所だったとしても。

本日、入荷ウィスキーをリリース予定!「人気ブログランキング」
濃い口、甘め、シェリーのスプリングバンク!安いぜ!

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ウィスキーの森を往く。(8)

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もうすぐ9月も終り!「人気ブログランキング」

ちょっぴり間が空いてしまったが、こちらの記事の続きです。
この連載の始まりの記事はこちら

つまり、ウィスキーを「感じる身体」を持つことは、あなたの人生における人間関係を快適にする。そしてまた、「感じる身体」を使えるようになると、美味しいウィスキーの方からあなたに近付いて来ることがある。何故そのようなことが起こるのかを説明すると、非常に「オカルト」的になるのでやめておく。だから、かわいい女の子が近付いて来るかどうかは保証できない。

さて、このまま話を続けてもどんどん脱線して、ウィスキーとはまったく違う話題になりそうなのでぼちぼち修正をしよう。赤裸々に人生を語っても仕方あるまい。ただ、ウィスキーに対しても、女の子に対しても、あなたの思いをぶつけるだけでは、人生は立ち行かなくなってしまうことがある。そんなことより、相手の思いを「感じること」の方が重要な時がある。


先日はジグソー・パズルの例え話をしたばかりであるが、本日は探し物を求めて買物に行く話である。例えば、ということで話を進めよう。あなたはデパートに買物に行く。欲しい商品がある訳だ。いつも行くデパートであるなら困ることはない。欲しい商品のある、通い慣れたその売り場へと急ぐことだろう。しかし、そのデパートが初めて来店するデパートであったなら?

3つのタイプに分けることにしよう。もちろん、僕は「売り場への行き方」の3つの極について話をしている。実際のところ、そんな風に売り場へ行く人がいるかどうかは別問題だ。

^篤眇泙鮓て、現在地と売り場を確認する。
案内所に行って、売り場までの行き方を訊ねて確認する。
手当たり次第に歩く。

さて、あなたは 銑のどのタイプであるだろう?僕はそのタイプごとの賢さと愚かさについては批評しない。あえて言うなら、それぞれのタイプの中に、「賢き者」と「愚かなる者」がいるということである。まずは素直に、自分がどのタイプであるかを知っていただきたい。

のタイプは愚かだろうか?実はこのタイプが一番にタフである。どんなに時間が掛かっても、やがて必ず売り場にたどり着くのである。,△襪い廊△離織ぅ廚凌佑聾率良く合理的で、手際良くなおかつ理知的に思えるだろうか?ただしかし、案内図(あるいは案内所)が見つけられなかった場合、そのタイプの人たちはどうしたら良いだろう?

順位のご確認をしていただけますか?「人気ブログランキング」

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ウィスキーの森を往く。(7)

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長い連載、ご愛読ありがとうございます。「人気ブログランキング」

非常にありがたいことに、女の子はその勝手な思い込みと自己正当化と勘違いを許してくれるはずがなく、僕らが変わらなければその関係自体が破綻する。関係を破綻させたくなければ、僕らはその女の子に対する認識を修正し続けるより他ない。とても残念なことに、ウィスキーが僕らの勘違いを修正させてくれることはないのだ。個人的にありがたいのは、勘違いが続いてもウィスキーは僕の頭に味噌汁をぶっ掛けることがない、ということだけある。

さて、それでは、僕らのウィスキーに対する勘違いは、永遠に修正されることがないのだろうか?改めて申し上げておくが、あなたの中の「感じる身体」は、あなたの勘違いを修正する指針になり得るということだ。ウィスキーに向かい素直な気持ちで、そのウィスキーのありのままを自分の目の高さで感じようと思うなら、初めはぼんやりと、そして、やがてゆっくりそのディティールがつかめるようになる。

随分と面倒な言い方をしたかもしれない。
つまり、ウィスキーはまったく語らない。だから、感じろ。ということである。もしもあなたが、ウィスキーの声を聴いたと思ったなら、それは正しく、あなたがウィスキーを感じたのであって、実際のウィスキーは何しろまったく語らない。感じたことを言葉にしたのはあなただ。

もちろん、その「感じる身体」は女の子に対しても非常に有効で、女の子には女の子なりの思いがあり、事前にそれを「感じること」で、やがてやって来る破綻を未然に防ぐことが可能になるだろう。あなたの人生にも味噌汁をぶっ掛けられるような不幸があるかもしれない。要するに、女の子の話は良く聴きなさいということ。必ず何かのメッセージが含まれているのだから。

もしもあなたが、自らを普通の「若造」と自認するなら、そして、大してカッコ良くもないし、モテモテ男ではないと思うなら、侍の話を聴きなさい。女の子とウィスキーは一緒である。非常に残念だが、女の子とウィスキーはあなたにまったく興味がない。そういう意味において同様である。さて、自分に興味がない相手に、延々と自分の自慢話を続けてどうする?

まずは相手を感じなさい。相手を受け止める器量を持ちなさい。感じて受け止めた様々な要素を組み立てて、全体像をイメージしなさい。ぼんやりと全体をイメージすると、細部に不明瞭な部分が出てくる。その「良く分からなさ」を受けて、また相手に問い掛けなさい。感じたことを言葉にしなさい。ウィスキーと同じように。

その繰り返しはあなたの中の、相手に対する理解を深めるだろう。

女の子もウィスキーも、あなたを理解したいとは思っていない。だけど、自分を理解して欲しいと思っている。自分のことは分かって欲しいけれど、相手には興味がないというのは、まったく身も蓋もない話だが、女の子を前に自分の自慢話しかしないあなたにはまったく弁解の余地はない。要するに、あなたも相手も一緒なら、まずはあなたの方から相手を感じなさい、ということである。

お断りしておくが、もしもあなたが、モテモテ男であるなら、若い頃にモテないことに苦しんだ侍の話など聴かなくてよろしい。まぁ、ウィスキーの話なら少しは聴いて欲しいが…。

明日、金曜日には、ビッグなニュー・リリースをお知らせします!「人気ブログランキング」

ストラスアイラ1957

ウィスキーの森を往く。(6)

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北海道のオッサンも追い付いてきたな。「人気ブログランキング」

ただ、どうだろう?僕らと太陽の関係はそもそも確固たるものなのだろうか。ほんのちょっとしたきっかけで、地球はその公転軌道を外れることがあるのかもしれない。僕らの暮らしのためにも、僕らの惑星が軌道を外れて、どこかに飛んでいかないようにした方が良いだろう。それは、僕らが天動説を自明の理であると考えていた時代には、抱いたことのない不安なのである。

宇宙の中心に地球があり、太陽が地球の周りを回り続けてくれることが、自明の理ではないと分かってから、なおさら僕らは太陽の不思議と特別さに興味を抱くようになったのかもしれない。憧れの対象であるウィスキーの秘密を暴きたいと思うようになったのかもしれない。

しかし、好きな人のことを知りたいと思うのと同じように、好きなウィスキーのことを知りたいと思うのは、ごく普通の当たり前の心情だろう。好きな人を前にして、「この人はどんな人なんだろう?」と僕らは思う訳だ。そして、その人の「秘密を知りたい」と思うようになる。ウィスキーを好きになったあなたが、だから、ウィスキーの「秘密を知りたい」と思うのは特別におかしなことではないと思う。

僕なんかはいつだって思うのだ。
どうして僕は、この子(もちろん、ウィスキーのことである)が好きなんだろう?と。

女の子もウィスキーも、僕らの勝手な思いを反映してしまうことがある。こんなキャラクターであって欲しいという、僕らの願いをそのまま演じてくれてしまうことがある。だから、女の子に対しても、ウィスキーに対しても、僕らは良く勘違いしてしまうことがある。ただ、女の子とウィスキーが違うのは、女の子は良く喋るし、ウィスキーはまったく語らない。

良く喋る女の子を前にしたら、僕らの勘違いは破綻しやすく、まったく語らないウィスキーとの関係は勘違いを温存したまま続く。良し悪しの問題ではないが、僕の勘違いに我慢ができなくなった女の子は、いきなりビンタを喰らわせたり、金属バットで殴りかかったり、灰皿を投げつけたり、熱い味噌汁を頭からぶっ掛けたりするけれど、ウィスキーはまったく何もしない。(侍、お前の話か?)

さて、ここで「人気ブログランキング」

つまり、僕が言いたいのは、僕らは好きになった女の子やウィスキーに対して、相手を知りたいと思ってしまうことは至って普通のことであるが、好きになった対象に勝手な思いを抱いてしまうことがあるということだ。付き合ううちに、相手の「秘密を知った」気になり、勝手な思い込みを修正することのないまま、自己正当化してしまうのだな。

非常にありがたいことに、女の子はその勝手な思い込みと自己正当化と勘違いを許してくれるはずがなく、僕らが変わらなければその関係自体が破綻する。関係を破綻させたくなければ、僕らはその女の子に対する認識を修正し続けるより他ない。とても残念なことに、ウィスキーが僕らの勘違いを修正させてくれることはないのだ。個人的にありがたいのは、勘違いが続いてもウィスキーは僕の頭に味噌汁をぶっ掛けることがない、ということだけある。

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ウィスキーの森を往く。(5)

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結論から言ってしまえば、
 ДΕスキーは分けることで分かり易くなる。
◆ДΕスキーは分けただけでは分からない。
このふたつの命題はともに成立する。

もしもあなたが、ウィスキーの魅力のトリコになって、「ウィスキーを理解したい」と思うなら、ウィスキーは分けることで分かり易くなるが、ウィスキーは分けただけでは分からない。「どうすりゃ、良いんだ!」と言うのなら、僕は「ウィスキーはウィスキーを飲むことでしか上達しない」としか言うことができない。つまり、「飲まなきゃ分からない」。

もしもあなたが、本当にウィスキーについて悩み始めたなら、「美味しいウィスキーを飲みなさい」と言うだろう。「ウィスキーが分からない」なんていう悩みのすべてを、溶かしてしまうようなウィスキーならある。解決はないが、救いならある。ウィスキーを恨むことはない。赦すことが人生を動かすことならあるように。いづれにしても、人生にはウィスキーより大切なものがあるはずだ。

そして、それこそが人生におけるウィスキーの良さである。

僕はあなたに、ウィスキーの愉しみ方の達人になって欲しいと考えている。ある蒸留所の所在地が知りたいというのなら、僕に訊くよりも自分で調べた方が早いだろう。ウィスキーの歴史の専門家になりたいと言われても、僕ではまったく役に立たない。科学的なアプローチからウィスキーを分析したいと思うなら、学校に行きなさいと言うだろう。

ただもちろん、蒸留所の所在地を知ることも、ウィスキーの歴史を知ることも、科学的な方法で分析を重ねることも、そのどれもはまったく無駄なことではなく、むしろとても素敵なことである。どんな立場からでも、僕らが皆、ウィスキーの周りを取り囲んでいることは確かだ。どの方向から、どのくらいの距離でウィスキーを眺めているか。僕らにはそれぞれ、その違いがあるだけである。

そして、そのウィスキーの魅力に比べたら、僕らひとりひとりの力なんてものは、まったくバカバカしいほどに小さなものだ。僕はあなたに、僕が常に忘れたくないと思う態度を強要しないけれど、僕はウィスキーの前でいつだって謙虚でありたいと思っている。ウィスキーは人と人を繋ぐものでもあるから。あなたと僕とを繋ぐものがウィスキーであるなら、僕はウィスキーを大切にしたい。

だから、僕らの真ん中にウィスキーがあることに間違いがない。ただ、立ち位置が違えば、それぞれの目に写るウィスキーが違って見える。あなたの目の前に1本のウィスキーがあったとしよう。そして、そのウィスキーの向こう側に誰かがいるとするのなら、その人とあなたは「同じウィスキーを、まったく違う風に見ている」ということである。

1本のウィスキーの表と裏のラベルが違うのなら、見る位置によって、同じものはまったく違って見える。夜空を見上げる僕らが、満月の裏側を知ることがないのと同じように。だけど、テクノロジーの進歩は、人類に月の裏側を覗くことを可能にした。

さて、僕らは自らの引力によってウィスキーの魅力を引き寄せたと思っている。だけど、もしもあなたがそう思っているなら、僕はあなたに、謙虚な立場で再考を求めよう。僕らは目の前の一杯のウィスキーを愉しむことができるが、ウィスキー全体の魅力そのものは太陽のようなものなのだ。手を伸ばしても届くことはないし、地球の引力に引っ張られて太陽が地面に落ちてくることもない。

自らの引力でウィスキーの魅力を引き寄せたと思ったあなたは、ウィスキーの魅力に自分が引き寄せられて来たことに気付くだろう。そう、やがて、あなたとウィスキーの持つ引力は均衡が取れて、僕らはウィスキーの周りを回り始めた。ならば、頑なに天動説を訴えない方が良い。ブレない自分に信念があっても、様々な観測結果は地球が太陽の周りを回転していることを主張する。

ウィスキーという太陽は、多くの人々の情熱というエネルギーで燃えている。あなたひとりのエネルギーがそれに適う訳がない。やがて、あなたは気付くだろう。あなたのそばに、あなたと同じように太陽の周りを回る惑星があることを。僕が地球の上からしか太陽を観測できないのと同じように、彼らは火星の上からしか観測できないのかもしれない。

だから、地球と火星からでは、同じ太陽は違って見えるのかもしれない。どちらか一方が正しく、他方が間違っている訳ではない。僕らは同じ太陽の周りを回っている。僕らはともに同じ太陽に憧れ、その憧れの対象をもっと知りたいと思ってしまう。そして、その秘密を暴きたいと思ってしまうことがあるということ。

ただ、どうだろう?僕らと太陽の関係はそもそも確固たるものなのだろうか。ほんのちょっとしたきっかけで、地球はその公転軌道を外れることがあるのかもしれない。僕らの暮らしのためにも、僕らの惑星が軌道を外れて、どこかに飛んでいかないようにした方が良いだろう。それは、僕らが天動説を自明の理であると考えていた時代には、抱いたことのない不安なのである。

タケちゃんもいる。「人気ブログランキング」

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ウィスキーの森を往く。(4)

ご覧下さい、この順位!「人気ブログランキング」

一方、△離織ぅ廚両豺隋△劼燭垢薀圈璽垢合うか合わないかに専念する訳だ。全体像がイメージできている訳ではなし、だからこそ、全体を部分に分けている訳でもない。それは、一見非効率なように思える。確かに、,凌佑燭舛聾率良く合理的で、手際良く理知的に見えるかもしれない。全体と局所を行き来しながら、世界を組み立てようとする試みだ。

だが、しかし、本当にそうだろうか?

確かに、△凌佑燭舛旅堝宛桐は非常に単純だ。バカバカしいほどに愚直と言っても良いかもしれない。何しろ、全体と局所という関係性がない。あるのは「自分の隣」という関係性のみ。ひとつの「点」から始まり、隣に「点」を打つ。そして、既に存在する「点」の隣に、また「点」を打って行く。「点」の広がりはやがて「面」となるが、辿り着くまで外枠の存在には気付かない。

ジグソー・パズルにはその全体量というものがある。1000ピースのパズルなら、全体が1000に分割されている訳だ。「点」の広がりはやがて「面」へと広がり、全体の四角いその絵柄は、やがてその「端っこ」、つまり、その外枠へと辿り着かせる。逆に考えるなら、,凌佑燭舛砲箸辰討魯献哀宗次Ε僖坤襪鬚泙此△修粒囲箸ら作ることも不可能ではない。

だが、しかし、全体と局所という視点を持ち、それを切り替えてパズルを組み立てる,離織ぅ廚凌佑燭舛世韻賢いのだろうか?△離織ぅ廚凌佑燭舛蓮∨榲に単純でバカなのだろうか?いやいや、実にそんなことはないのだ。△離織ぅ廚凌佑燭舛砲蝋堝宛桐が単純なだけ、「今すぐ作業に取り掛かれる」という利点がある。悩まないのである。

もしも、ウィスキーの全体がジグソーパズルだとしたら、,離織ぅ廚凌佑燭舛蓮屬泙坤Εスキーを分けること」から始めるのだろうか?何を基準に分けるのだろう。地域区分だろうか?あるいはまた、ウィスキーにはジグソーパズルと同じように「外枠」はあるのだろうか?1000ピースのジグソーパズルの全体は、その総量が1000と決まっている。では、ウィスキーの総量はいくつだろう?「分けること」の終わらない彼らは、一体いつになったら飲み始めるのだろう?

一方、△離織ぅ廚凌佑燭舛牢に飲み始めている。,離織ぅ廚凌佑燭舛全体と部分について悩み始めている頃には、目の前のピースに手を伸ばしている。もちろん、手当たり次第という飲み方だから、全体と局所という関係性など気にすることはない。だから時々外枠から外れ、「ウィスキーだと思って飲んだら、ラムだったんですよ」、なんてことになる。

ただ、どうだろう?
ラムを飲んだその人は、「間違った」のだだろうか?
本人は「結構うまかったんですよ」、と笑っている。
,離織ぅ廚凌佑燭舛、まだ1杯も飲んでいないのだとしたら、どちらの方が愉しいだろう?

結論から言ってしまえば、
 ДΕスキーは分けることで分かり易くなる。
◆ДΕスキーは分けただけでは分からない。
このふたつの命題はともに成立する。

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もうすぐなくなるよ!

ウィスキーの森を往く。(3)

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今朝はご迷惑を掛けました。すみません、「人気ブログランキング」

例えば、ジグソーパズルを組み立てる時、あなたはどのようにそれを行うのだろう?およそほとんどのジグソーパズルというものは、そのパッケージに完成時の絵柄がプリントされており、その箱を開けるとひとつひとつのピースがバラバラに(恐らくは、ビニール袋に封印されて)入っている。さて、あなたはそのビニール袋の封を解いて、どのようにパズルを組み立てるのだろう?

大まかに言って、二通りの組み立て方があると思う。
 Т粟時の絵柄を確認し、そのイメージを頭に残し、作業に取り掛かるタイプ。
◆Г垢戮討涼罎らまずひとつのピースを選び出し、次は闇雲に他のピースを手に取って、それが合うか合わないかを試し続けていくタイプ。

△離織ぅ廚凌佑燭舛砲箸辰董完成図は必要ない訳だ。つまり、ウィスキーの飲み方に例えるなら、地図を持たずに森へと入る人たちである。実はこの問題は、ウィスキーの飲み方に対して重要な提起をしているのだと思う。

もちろん、僕は、ジグソーパズルの組み立て方の「ふたつの極」について話をしている。実際のところ、そんな風にパズルを組み立てる人がいるかどうかは別問題だ。真実はその「ふたつの極」の間にあるのだろう。だけど、その「ふたつの極」の間に10センチの距離があるなら、5センチのところがちょうど中間な訳だ。さて、あなたは一体「何センチくらいの場所」にいる人だろう?

そのパズルの絵柄が「湖畔に建つ白い家。その湖の向こうの緑の山。空には薄い雲が掛かり、夕暮れ時でまだらなオレンジ色」というようなものだったとしよう。

,離織ぅ廚両豺隋△修譴召譴離圈璽垢鮃腓錣擦訌阿法△垢戮討離圈璽垢鬚いつかに分けて行くだろう。夕日のオレンジの部分。山の緑の部分。湖の青い部分。家の白い部分。そして、まだ分からない不明な部分。全体を知った上で、全体を部分ごとの色によって部分に分ける。その方が効率が良いと思うからこそ、そのように分ける。

そして、それらとはまた別の切り口で、ピースの形状で分けることも可能だ。ジグソー・パズルには完成形があり、その大きさこそ違えど、その出来上がりの形は四角である。

絵柄の外枠を構成するはずの、ピースに直線をひとつ持つもの。また、外枠には4つの角がある訳で、全部のうちの4つのピースには直線がふたつある。それらもまた、特別なピースであろう。いづれにしても、物事を俯瞰して高みから見たいと考える,離織ぅ廚凌佑法∧けて考えることは重要となる。

一方、△離織ぅ廚両豺隋△劼燭垢薀圈璽垢合うか合わないかに専念する訳だ。全体像がイメージできている訳ではなし、だからこそ、全体を部分に分けている訳でもない。それは、一見非効率なように思える。確かに、,凌佑燭舛聾率良く合理的で、手際良く理知的に見えるかもしれない。全体と局所を行き来しながら、世界を組み立てようとする試みだ。


本日最後に、
昨日は試飲会で、昼から飲んだ。良い気になって夕方から本格的に飲み始めた。夜中の3時頃までワインを飲んで、ピッツァなんか喰っていたような気がする。帰宅してブログの原稿をアップしたのだが、ちょいと分かりづらいようだった(笑)。

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ウィスキーの森を往く。

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あなたにはお気に入りの場所や景色というものがあるだろうか?あるいは、忘れられない思い出の風景があるだろうか?また訪れてみたい場所があるだろうか?ウィスキーも同じだと僕は言いたい。あなたがその場所を好きな理由はあなたの中にある。例えあなたが理解していなかったとしても。その場所が好きだと判断したのが、あなたの中の(景色を)「感じる身体」である。

残念なことに、昔のあなたのお気に入りの場所は、かつての景色とはその趣を変えていることがある。あなたはガックリと肩を落とすかもしれない。「昔は良かった」と呟くのかもしれない。しかし、僕が言いたいのは、似たような景色なら他にもあるかもしれない。ということ。何しろ森は広大で、なおかつ日々変化をしている。

あなたは森のすべてを隅々まで歩いたと言えるだろうか?その問い掛けに胸を張って、「Yes」と答えられる人はどのくらいいるだろう。もちろん、僕の答えは「No」である。あなたはかつて、そのお気に入りの場所に、何度も足繁く通ったのかもしれない。だけど、あなたは他の場所に行ってみたことがあるだろうか?他の場所も探してみたら良い。

同じ景色には、もう二度と出会うことはないだろう。しかし、似たような景色、あるいは、まったく違うけれど、その趣が違うからこそ(以前のものよりも)気に入ってしまう景色に巡り会うのかもしれない。いつだって新たな発見は、ウィスキーを飲むことの愉しみのひとつだ。そして、その愉しみは、森を往くことでしか与えられない。諦めて帰ったなら、手に入れることはできない。

豊かに緑の葉を茂らせている木も、やがてその勢いを失うことがある。でもそれは、森の中の別の場所に勢いが出て来ただけのことなのかもしれない。「森を往く者」の視点で、目の前の景色を愉しむことはもちろん大切だが、想像力を羽ばたかせて森全体をイメージすることは、あなたを別のより快適な場所へと誘うかもしれない。

だから、あなたがウィスキーを飲むことを、あなたが森を往くことのようにイメージしてもらいたいと思っている。森全体とあなたの現在地。それを知ることは、あなたを他の場所へ向かわせる動機となる。「感じる身体」はコンパスのように、あなたに向かうべき場所を知らせることだろう。あなたに明確な地図があれば良いのだが、さて、森を歩くのに地図を持つことは必要なことだろうか?

例えば、ジグソーパズルを組み立てる時、あなたはどのようにそれを行うのだろう?およそほとんどのジグソーパズルというものは、そのパッケージに完成時の絵柄がプリントされており、その箱を開けるとひとつひとつのピースがバラバラに(恐らくは、ビニール袋に封印されて)入っている。さて、あなたはそのビニール袋の封を解いて、どのようにパズルを組み立てるのだろう?

実はこの問題は、ウィスキーの飲み方に対して重要な提起をしているのだと思う。

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ウィスキーの森を往く。

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ウィスキー全体を、僕は森のようだと思っている。

ひとつの蒸留所を「木」のように喩えるなら、地域区分を「林」に見立てても良いだろう。そして、その全体がウィスキーの「森」ということだ。また、ある蒸留所の熟成庫に眠るそれぞれの樽は、枝の先の一枚の「葉」に思えてならない。森には日が昇り、そして沈み。その太陽を燃やすエネルギーは人々の情熱で作られている。

俯瞰して鳥の視点から森を眺めたら、同じハイランド・モルトであるにも関わらず、海に近い蒸留所と山の中の蒸留所に、多くの違いがあることに納得をするだろう。森を散策する人の視点で眺めたなら、それはまるで、陽の当る側と当らない側に違いがあるように、同じ木に付いた葉もその様子が違うことに気付くだろう。

ウィスキーを愉しむということは、森に入るということだ。好きな場所に行ってその景色を愉しみ、ついでに他の新たな発見があればより愉しい。もちろんそれは、僕らのイメージの中でのできごとで、実際の僕らはカウンターに座り、飲みたいウィスキーの銘柄をオーダーし、バーテンダーは注文された通りのウィスキーを差し出す。それが世の中の日常だと思う。

もちろん僕は、その一般的な日常の繰り返しを否定するものではない。ただ、より以上の愉しみを多くの人に手に入れてもらいたいと願うのである。特別に難しいことなど何もない、と申し上げたい。これまで何度も繰り返して来たが、何より大切なのは「感じる身体」である。そして、イメージを持ってウィスキーを飲むこと。「森を往く者」の目から見て、その景色は常に一定ではない。

森は常に変化をしているのだ。進化であれ、退化であれ。森は変化をしている。僕らはその変化の中に身を置いている。「森を往く者」の視点で、その変化に気付くことは困難を極めるだろう。昔通った場所にまた戻って来ても、かつての景色とはその趣を変えていることがある。確かに僕らは、鳥のように空を舞うことはできない。だけど、想像力を羽ばたかせることなら可能だ。

あなたにはお気に入りの場所や景色というものがあるだろうか?あるいは、忘れられない思い出の風景があるだろうか?また訪れてみたい場所があるだろうか?ウィスキーも同じだと僕は言いたい。あなたがその場所を好きな理由はあなたの中にある。例えあなたが理解していなかったとしても。その場所が好きだと判断したのが、あなたの中の(景色を)「感じる身体」である。

しばらく連載を続けます。
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9月だよ、全員集合!

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東京は曇り。侍にネタなし。いや、もちろん、正確に言うなら(というのは言い訳の常套句であるが)、構想がまとまっていないのである。ニュー・リリースの紹介も一段落着いた。書きたいことはある。ただ少し、もうしばらくは練り上げてから記事にしてアップすべきだなと、そう考えている。やはり、誤解されるのは辛いなと。

何を思い、どう表現したかはまったく問題ではないのだと、最近はつくづくそう思う。結局のところ、どのように理解されたか?それ以上に大切なことはないのだな。

それはまさに、ウィスキーというのがそのような商品なのだな。「こんなに苦労をして、一所懸命造りました」と言われたところで、「まずい」あるいは、「嫌いだな」と思われたら、その評判は落ちる訳だ。僕らがオーディエンスなら彼ら(ウィスキー)はパフォーマーな訳で、どんなパフォーマーも客席にオーディエンスがいない状態で踊りたくはないだろう。

もちろん、オーディエンスである僕らにも鑑賞眼や、あるいは審美眼というものが必要なのだろうが、パフォーマーがプロフェッショナルであるのなら、知識のない素人のオーディエンスをも唸らせるパフォーマンスも必要だろう。そうでなければ、新たなオーディエンスを増やすことは難しくなるし、将来の先細りは確定的になるだろう。

だから、彼ら(ウィスキー)が何を思い、どう表現したかはまったく問題ではなく、「どのように理解されたか?」、そのことが一番大切なのだな。ウィスキーは作品なのか?商品なのか?と問われたら、僕は突き放して「両方だよ」と答えたい。オーディエンスに満足を与えないパフォーマンスは、やがて誰にも相手にされなくなるだろう。

「造りました」→「飲んでください」というのは当たり前ではない。いづれにしても、僕らは無料でウィスキーにありつけるのではないのだから。子供の学芸会に親が喜んでオーディエンスになるのは、パフォーマーが自分の子供だからである。どんな人にとっても、1杯のウィスキーにそこまでの思い入れがないであろうことは明白だ。「このウィスキーは私の子供です」と、声も高らかに訴えられるのは、造り手側の特権である。

供給サイドの最前線に立ちお客さんに向かい、また、需要サイドの最前線に立ちウィスキーに向かう。最近はつくづく、それが自分の仕事なのだなと、そんなことを良く思うようになった。供給サイドの最前線からお客さんを眺め、需要サイドの最前線からウィスキーを眺め、その間にいて、随分とクルクル廻って来たのだなと。

10年、20年というスパンで考えるなら、供給サイドであるメーカーも変わって来たのかもしれない。昔に比べるなら、「どんなウィスキーが売れるか?」、そのことを気にしだした様子だ。結果として、その尖兵となってきたのが、いわゆるボトラーズの動きであったのだろう。日本の市場にだけ的を絞って言うなら、「造りました」→「ありがたい酒です」→「飲んでください」という図式が成り立っていた時代はあったのだろう。それは、高額なウィスキーが百貨店で、贈答品用として売れていたような時代でもあっただろう。

さてさて、オーディエンスである僕らはどうだろう?変わったのだろうか?

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続きは明日。

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