写真をクリックすると大きな画像を見ることができます。2009年3月19日(木)

荏柄天(えがらてん)神社から覚園寺(かくおんじ)に向かいます

▼(写真左)“お宮通り”の突き当たりに鎌倉宮(かまくらぐう)の鳥居が。
(写真右)覚園寺は鎌倉宮左手の覚園寺道を10分ほど歩いたところにあります。距離にして約700m。


▼(写真左)鎌倉宮までは鎌倉駅からバスが出ています。
(写真中)覚園寺道はゆる〜い上り坂。
(写真右)道幅が狭く上り下りの車は譲り合って通っています。
歩くときにはちょっと注意が必要かもしれません。



▼覚園寺(かくおんじ)到着。13:50。ちょうどいいタイミング。
なぜなら、14:00〜の拝観時間に合わせて来たからです。


公式
P85 覚園寺(かくおんじ) 真言宗泉涌寺(せんにゅうじ)派。山号は鷲峰山(じゅぶせん)。
開山は智海心慧(ちかいしんえ)。
北条義時が建立した大蔵薬師堂を前身に、
1296(永仁4)年、第9代執権・北条貞時が(さだとき)が
元寇襲来が再び起こらぬことを祈り寺に改めました。
奥深い境内は静寂としていて古都鎌倉の面影をよく残しています。
鎌倉最大の茅葺きの薬師堂には足利尊氏が書いた棟札があります。
本尊の木造薬師三尊坐像(国重文)、十二神将像(国重文)など、仏像彫刻の多彩さは鎌倉有数。
また黒地蔵と親しまれる木造地蔵菩薩立像(国重文)の「黒地蔵縁日」(8月10日午前0時より)は、
鎌倉の夏を代表する宗教行事で多くの参拝者が訪れます。
◆鎌倉地蔵尊第3番
◆鎌倉十三仏第十一番(阿閦如来)
覚園寺の主な年間行事8月10日 黒地蔵縁日(くろじぞうえんにち)
覚園寺の黒地蔵(国重文)の縁日。
お参りは早いほどよいといわれ、午前0時から正午まで参拝できます。
覚園寺には以前訪れたことがありましたが…、
▼(写真左)奥にある本堂などは拝観時間が決まっているので、
(写真右)愛染堂(あいぜんどう)しか見たことがありませんでした。
この愛染堂は、胡桃ヶ谷(くるみがやつ)に。そして、現在の覚園寺駐車場の位置 に移転した「大楽寺」の本堂を明治初年に移したものです。


この拝観ご案内ツアーは、時間になるとお寺のかたが参加者を引率して約50分間、
境内のご説明をしてくださいます。
▲(写真右)は15:00〜の拝観ツアー風景(わたしは14:00〜のコースに参加)。
集合の声がかかると、まず愛染堂の中を(靴を履いたまま)拝観。
中央に愛染明王坐像。
「赤」という色は欲を表し、拝む人の欲を叶えてくれる。特に縁結びなど。
右の不動明王坐像は別名「試みの不動」ともいわれており、
伊勢原の大山寺の不動明王(国宝)を鋳造するにあたって、
願行上人が試しに造ったものと伝わっています。
願行上人は、江ノ島に参籠して不動明像の鋳造を行いました。
以後は50分間の余裕がある人のみ、左手の窓口で300円拝観料を納めてさらに奥へ進むというシステム。
原則として、ツアーの途中で帰ることはできません。
14:00〜のコースは、わたしも含めて11名の参加者がいました。
ここからは、写真撮影禁止になりますので、お寺のかたの説明とわたしの感想のみアップします。
説明もある程度しか覚えていないので、記憶や印象に残った部分、参考文献の解説などを記載します。
覚園寺を訪れた人の中には愛染堂周辺のみが境内だと思い、「小さいお寺だな。」と勘違いする人がいるようですが、
実は境内はずっと奥深く、建長寺の方にまでつながっています
よくお手入れされたお庭で、最初に目にしたのは、クリスマスローズ
横文字の名前の花ですが、その色合いがお庭によく合っていました。
続いてマキ(槙)の大木がお目見えです。
樹齢約800年で「かながわの名木100選」に登録されています。
本堂は茅葺の薬師堂。中はろうそくの灯りだけでとても暗かったです。
それがまた創建当時の雰囲気をよく伝えていて、長い時空の経過を感じました。
この薬師堂は、二代執権として権威を揮った北条義時が建立した大蔵薬師堂が前身。
1296(永仁4)年、9代執権・北条貞時が(さだとき)が、
元寇襲来が再び起こらぬことを祈ってお寺にするも火災に遭い、
足利尊氏が再建してから現存しているという大変貴重な建造物※。
※ただし、江戸時代に改装に近い大修理をしている(出典:ウィキペディア)
天井を懐中電灯で照らすと、征夷大将軍尊氏謹筆の銘※※が梁牌にはっきり見えました
昔の人ってみんな達筆だなぁ…。
※※戦時中、覚園寺はこの尊氏の銘を撤去するよう圧力をかけられたが、寺側はこれを拒否。
そのため当時は「国賊の寺」などと呼ばれ、付近の子供が寺に石を投げに来たと言う逸話がある。
(出典:ウィキペディア)
ご本尊の薬師如来像は、両手を重ねた上に薬の壷を持つ珍しいスタイル。
ふつう、薬師如来像は片手で壷を持っているのだそうです。そんなことさえ知らず…。
脇侍の日光菩薩(右)はお顔に1本線が入っているので、2本の樹木を貼り合わせて造られ、
月光菩薩(左)はお顔に2本線が入っているので、
3本の樹木を貼り合わせて造られていることがわかります。
日光・月光菩薩は、昼夜交代で24時間体制で信じる者を救うといわれているのだそうです。
この3体の仏像(左から月光菩薩・薬師如来・日光菩薩)の両脇には、十二神将。
十二支の子から巳の6体が右手に、左手に午から亥の6体が並び、薬師如来をお護りしています。
暗くてよく見えないのですが、頭部の上が干支の動物の形体を表しています。
薬師如来・日光&月光菩薩・十二神将の合計15体の仏像が安置されているのが、
薬師堂の完全な形なのだそうです。
◎覚園寺の木造薬師如来坐像・日光&月光菩薩像・十二神将像は
すべて国の重要文化財に指定されています。
国の重要文化財ともなると、覚園寺の関係者でさえ勝手に触れることができないそうです
ここで、実朝と一緒に剣持ち役の義時も暗殺されるところだったのを、
十二神将のうちの1体、戌(いぬ)神将の化身である白い犬が現れて気分が悪くなり、
中原仲章(なかあきら)に役を代わってもらって難を逃れた話が出てきました。
この伝説は、公式P152「源実朝暗殺の舞台、大イチョウ」にも掲載。
また、薬師堂内右手の少し奥まったところにある「鞘(さや)阿弥陀像」は、
覚園寺を好んでよく散策していた作家・川端康成が、端正な顔立ちを愛してやまなかった仏像です。
川端は「こんな優しい顔立ちの阿弥陀様に三途の川の橋渡しをしてほしい。」といっていました。
その名の由来は、胎内の刀を鞘のように仏像が被せていることからきているようで、もともとこの仏像は、廃寺となった理智光寺(りちこうじ)の本尊でした。
それから、月光菩薩の前辺りに身体の悪い部分をなでるとたちどころに良くなるという仏像…
わたしは肩こり&腰痛の改善を主に念じましたが、本当にご利益あるみたいです。
日頃から整体治療へ行ったり、旦に“コリコリ”マッサージしてもらったりしてますが、
なぜか帰ってきてから日頃の効果が表れてきたようで、調子が良くなってきてます
また来なきゃね〜と思いました。
そして、薬師堂内左手の少し奥まったところにある仏像3体…。
覚園寺の敷地をお守りしているのだっけ
薬師堂内のご説明後、ロウソクを立てて薬師如来様に祈願したり(有料:500円)、
自分の干支の神将を拝んだり、質問したりする自由時間が10分ほど設けられていました。
薬師堂を出ると、再び春のお庭の明るさに目が眩むようです
結髪に挿して魔除けにしたアシビ(馬酔木)、仏様が合わせた手指のようだから、
と名づけられたブッシュカン(仏手柑)。
和歌山が北限といわれているので、鎌倉で育つのは珍しいとのこと。
生け花に使われたり、果実を食すのではなく、果汁を飴にしたりして加工して用いられるようです。
時節になればアジサイも某有名寺に勝るとも劣らず美しい。
ウメは12月の下旬にはトウジバイ(冬至梅)が咲き始め、最後はコウバイ(紅梅)。
コブシが春を告げ、満開のハクモクレンが青空に映え…ソメイヨシノはもう近い。
国指定史跡にもなっている覚園寺の境内は、薬師堂ヶ谷という谷戸の奥にあり、
山懐に抱かれた自然の残るお庭では、さまざまな樹木や植物を見ることができます。
実は「花の寺」といってもいいくらいなのに、
ネットで検索しても「花の寺」にはエントリーされていない。
なぜか覚園寺は「仏像の寺」という固定イメージがついてしまって、
四季折々の美しい花々を見に訪れる人が少ないのが残念、とお寺のかた。
つづいて、江戸時代の古民家で手広の庄屋さんだったという内海家が移築されていて、家屋内を見学。
茅葺屋根を70年間保たせるために、絶えず囲炉裏で火を焚いて、
通気性を良くしたり、害虫を退治しないといけない。
すると家中ススだらけになるから掃除を頻繁にしないといけない
部屋の仕切りがないからプライベートな空間もなし。お嫁に行ったら大変…、という話。
ただひとつの利点は真夏に風通しが良いことだとか…。
古民家の解説の後、ここで「十三仏信仰(じゅうさんぶつしんこう)」のお話が入ります。
後で考えると、次に行く「十三仏やぐら」への導入ということになります。
いつでも自宅で十三仏を拝める小さな掛け軸(2,000円)のご紹介がありました。
わたしは仏教のことはまったく無知なので、それなりに聞いてましたが、
説明のかたも時間制限(約50分間)がありますから、スピードアップしてだいぶ早口になっておられ…
十三仏信仰とは、十王信仰に基づき日本で創作された閻魔王を初めとする冥途の裁判官である十王
及びその後の審理(七回忌・十三回忌・三十三回忌)を司る裁判官の本地とされる仏に対する信仰。
十王の判定は人が生前に行った善悪の行為の記録によってそれぞれ行われます。
死者は死後の3年間、順に各冥界の王の庁を回り審判されます。
その判定会議のメンバー(十王)とは…
泰広王、初江王、宋帝王、五官王、変成王、泰山王、平等王、都市王、五道転輪王、閻魔大王の10人。
閻魔大王は、死後の世界(黄泉の国)の支配者で亡者の生前の行いを決済する裁判官で、
地獄行or極楽行それぞれのパスポートの発行責任者です。
初七日(7日目) 不動明王(秦広王・しんこうおう)
二七日(14日目) 釈迦如来(初江王・しょこうおう)
三七日(21日目) 文殊菩薩(宋帝王・そうていおう)
四七日(28日目) 普賢菩薩(五官王・ごかんおう)
五七日(35日目) 地蔵菩薩(閻魔王・えんまおう)
六七日(42日目) 弥勒菩薩(変成王・へんせいおう)
七七日(49日目) 薬師如来(泰山王・たいさんおう)
百か日(100日目) 観世音菩薩(平等王・びょうどうおう)
一周忌(1年目) 勢至菩薩(都市王・としおう)
三回忌(3年目※) 阿弥陀如来(五道転輪王・ごどうてんりんおう)
七回忌(7年目) 阿閦如来(蓮華王・れんげおう)
十三回忌(13年目) 大日如来(祇園王・ぎおんおう)
三十三回忌(33年目)虚空蔵菩薩(法界王・ほうかいおう)
(※)死亡した時を1回目として3回目と数えるため、実際は死亡した年から数えると2年目である。
以下七回忌、十三回忌、三十三回忌とも同様。
各庁での審査の内容は長くなるので割愛します。
…法事の意味や生前の行いが死後の世界での処遇につながる話にはちょっと興味を持ちました。
「追善法要」って何と思っていたので、ちょっと頭の中の霧が晴れたような感じ。
子孫は良い行いを継ぎ足して、亡くなったご先祖さまのサポートをするのですね。
つづく、「十三仏やぐら」では小さなロウソクに灯りを点して、自分の罪と先祖の罪の償いを…。
ツアーの最後は「地蔵堂」見学で、小さなお堂には、
地獄で苦しむ亡者を救うため、獄卒に代わって火を焚いたため、
体が黒くすすけてしまったという黒地蔵(火焚地蔵)が祀られています。
毎年8月10日はこの黒地蔵の縁日で、深夜境内が開放され、多くの信者が集まるそうです。
ぽってりとした上唇が特徴的な力強い仏様です。
ここではご飯をよそう木製しゃもじのご紹介がありました。
このしゃもじを購入したら飾っておいて使わないというのではご利益がない。
「ご飯をすくわない」と「救われない」んだそうです
ほぼ50分間にわたった拝観ツアーはここで終了です。
とっても濃ゆい有意義な時間でした。最初はちょっと長いかな、と思ったけど、
全然そんなことはなく、もう終わりかぁ…というのが正直な感想でした。
この境内の奥には、鎌倉十井(じっせい)のひとつ「棟立(むなたて)の井」があるのですが、非公開。
なぜ非公開なのか聞けばよかったのに、他の話に熱中してしまい、
すっかり「棟立の井」のことはすっ飛んでしまいました。バカ〜
▼夏にはハス。“花の寺”インプットして覚園寺を後にしました。

▼門前の民家のハクモクレンの美しさよ

小さくなって花の中に入って遊んでみたくなります





▼沿道のツバキも。見慣れた花なのに、今日はなぜかいつもより美しいと感じる。

▼この辺りにはかつて、覚園寺の総門があったのだそうです。
ここから上がっていくと「天園ハイキングコース」に合流できます。

第2-2(22)世界遺産登録候補地のうち、市の天然記念物にも指定されているツバキ「太郎庵」が、
2月上旬から3月上旬にかけて咲くのはどこか。 正解 4.覚園寺
公式
P75 ツバキ名花として知られるのは、覚園寺の「太郎庵(たろうあん)」と英勝寺の「侘助(わびすけ)」。
いずれも市天然記念物。
第2-2大問(52)〜(55)覚園寺の前身の大倉薬師堂を建立した(52)は、建立の翌年、源実朝が右大臣就任の拝賀の儀式の折、
薬師堂の十二神将のうちの一体である(53)神将が(昨年見た夢と同じように)将軍のそばに現れたのを見て、
急に気分が悪くなり早々に退出して、難を免れたという。
薬師堂の天井の棟札には、1354年(文和3・正平9)、薬師堂を修理したとき、(54)が書いたと伝えられる
「天皇のもとで世の中は治まり、…仏法はますますきわまりなく、人々は仏と法と僧の三宝を敬い、
国内は平和で日々を楽しむことを願う」という意味の文字が記されている。
覚園寺の地蔵には(55)と呼ばれる鎌倉時代につくられた地蔵菩薩像がある。
この地蔵は慈悲深く、地獄を回った罪人が責められているのを見て、これをあわれみ、
自ら地獄の番人に代わって火を焚き、火災をわが身に浴び、罪人たちの苦しみを少しでも軽くしようと努めたという。
答え. (52)2.北条義時 (53)4.戌(犬) (54)1.足利尊氏 (55)3.黒地蔵
義時って未年だったのに、戌年の神様が守ってくれたんですね〜。
覚園寺(かくおんじ)の拝観は…
:鎌倉市二階堂421
:JR鎌倉駅東口・京急バス4番のりば「鎌20」大塔宮行き乗車。終点「大塔宮」バス停下車後、
:約10分。
:0467-22-1195
拝観ツアーの時間:10:00〜/11:00〜/13:00〜/14:00〜/15:00〜(土日祝日は12:00〜もあり)
拝観不可:8月(黒地蔵縁日を除く)・12月20日〜1月7日そのほか悪天候時に拝観なしになることもあり。
:愛染堂までは無料。拝観ツアー:300円(約50分間)次の訪問スポットは、鎌倉宮です

公式
P は、「鎌倉観光文化検定公式ガイドブック」掲載ページ。
は、参考にさせていただいた本からの出典。
第1-3は、「第1回鎌倉観光文化検定3級」出題。第2-2は、「第2回鎌倉観光文化検定2級」出題。
は、鎌倉の文学に関することがらを表しています。にほんブログ村
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続いてマキ(槙)の大木がお目見えです。
と、征夷大将軍尊氏謹筆の銘※※が梁牌にはっきり見えました




はもう近い。
、とお寺のかた。











