写真をクリックすると大きな画像を見ることができます。2010年8月27日(金)

8月の鎌倉ガイド協会主催ツアー「夏木立に蝉の声を聞き、鎖大師の御心を聴く」
に参加させていただきました。その後編【鎌倉山から夫婦池公園へ】です。
11:00。手広の青蓮寺を出発して鎌倉山へ。地図はコチラです。
青蓮寺も初めての訪問でしたが、鎌倉山も初めて訪れます。

青蓮寺の前の県道を反対側に渡って
お好み焼き屋さんの角を左折します

右奥は飯盛山(めしもりやま)です。


「女坂」を上る前に右手の路地に入って、
「内海家長屋門」を見学しました。
旧内海家住宅は、1978年に県指定建造物に指定されました。
現在は鎌倉二階堂の覚園寺境内に移築保存されています。
長屋門だけがこの地に残されました。
江戸時代の名主の住宅で、墨書から1706(宝永3)年の建築とされています。
長屋門とは、門の扉口の両側み部屋が連なる形の門です。
江戸時代に武家屋敷の門として始まったもので、
長屋の中ほどに門が見えることからこの名が付けられました。
この辺りではこちらの「内海さん」ほか「和田さん」「石井さん」という苗字のお宅が、
たいへん多いのだそうです。
11:09。「女坂」の入口。12〜13分かけて山道を上がります。
ここはかつて腰越方面へと抜ける道でした。
途中、新田義貞軍と幕府軍が戦った洲崎合戦場の遠景が望めました




「笛田道庚申塔」見学。
左「青面金剛像」1782(天明2)年 壬寅正月吉日 三猿道標「右・江のしま道」
中央「庚申供養塔」1864(元治元)年 甲子歳四月中旬日
右「庚申供養塔」1931(昭和6)年二月吉日 三猿

庚申塔は信仰の供養のしるしとして建てられました。
信仰が庶民に普及した江戸時代に多数。
鎌倉市内には341基。県内には約4000基あり。
聞かざる(着飾る)はメスのサル

11:29。まもなく見晴台へ。
途中、長閑な山道の沿道に栗が



見晴台では江ノ島が手に取るようによく見えました


鎌倉山は「鎌倉にある山々」という意味で使われることもありますが、
ここでは昭和初期に別荘地として開発された鎌倉市の西方にある高級住宅地、
笛田の南から腰越・津の北にかけての丘陵地帯を指しています。
日本で初めての丘陵式住宅地として造成され、1928(昭和3)年に分譲開始されました。
1930(昭和5)年には大船と江ノ島とを結ぶ、日本最初の自動車専用道路が開通。
周辺一帯は、南に相模湾、西に富士山が眺められる景色のよいところ。
鎌倉山という地名の名付親は、明治大正の時代から政界の長老であった望月圭介でした。
「かまくらやま」という呼び名は古くから使われ万葉集にも出てきます。
平安時代末期の和歌(永久百首)の中に
「我ひとり 鎌倉山を 越えゆけば 星月夜こそ うれしかりけれ」
と詠まれています。この場合の鎌倉山は、当然鎌倉にある一般の山々を指しています。
「鎌倉山ロータリーの記念碑」



鎌倉山3丁目にあるロータリー式交差点。
菅原通済はここを鎌倉山開拓の起点と位置づけ、笛田方面に別荘地を切り開きました。
ロータリー部に建つ石柱は、関東大震災で倒壊した、
鎌倉鶴岡八幡宮の二ノ鳥居の柱を譲り受けたもの。
1969(昭和44)年に菅原通済が堤義明を介し入手しました
「鎌倉山」と彫られた文字は望月圭介墨書。
「建国記念の日二月十一日」は佐藤大寛墨書。
「昭和四十四年二月十一日建国記念の日」は菅原通済記。
このロータリーの前を走る道が日本最初の自動車専用道路。
通行料は昭和30年代当時50円(映画鑑賞券と同等)で、
自転車が通行するのにも料金がかかったそうです。
11:55。本ツアー最終スポット「夫婦池(めおといけ)公園」へ。
「鎌倉山記」の碑。後付けの「菅原通済題」
。


題字は菅原通済、竹越與三郎の文。1935(昭和10)年建立。高さ4m。
中ほどに「戦道ガ峯ノ地名ガ 今猶ホ存スル事ヲ見テ 之ヲ知ルヲ得ベシ。
治承四年源頼朝ガ、兵ヲ相模ニ起コシ一勝一敗ノ後、漸ク房総ノ地ニ勢ヲ張ルヤ…」とあります。
この地は地方豪族同士の闘争の古戦場でもあり、「戦道ガ峰」や「親不知ノ剣」などの地名が今日まで残っています。
1180(治承4)年源頼朝が兵を、相模国に起し、平家一門との戦いで一勝一敗の後、
房総の地で体制挽回の旗揚げを行い、新田義貞がその鎌倉を破壊しました。
それから600年を経て険しい山は自動車道となり、
新しい家が立ち並びやがて美しい女性の姿も見えるようになりました。
遠くには富士山、箱根連峰、天城山などを望むことができます。
「夫婦池(めおといけ)公園」入口。


鎌倉山の山間にあり、「夫婦池」と呼ばれる2つの池(上池・下池)と桜が有名です。
森の貴重な野鳥、昆虫、草花の環境保全を第一に考え、
木材、自然石など自然素材を使用して整備し、
2009(平成21)年4月に「夫婦池公園」としてオープンしました。
夫婦池の由来は、江戸時代の頃、大寒の成瀬五佐衛門重治が笛田村に灌漑用水として現在の池を掘らせ、
その後笛田、手広の住民によって中央の堤が建設され、上下一対の池を「夫婦池」と称しました。
大きい池を「上池(うえいけ)」、小さい池を「下池(したいけ)」と呼んでいます。
上池。遊歩道から2つの池の中を渡って公園内へ。
園内の遊歩道を歩いてまたここへ戻ってきました。


下池と案内板。


ここで本日のツアーは解散になるのですが、
一同、バスやモノレールの最寄駅がある深沢までご案内いただくことに。
(写真左)前方に仏行寺の源太塚がある小山が見えます。
(写真中)その仏行寺入口は右手へ。
(写真右)深沢着。これが「ハンバーグ大魔王」
。お店の前は県道32号線で右へ行けば長谷方面です。



殆どの参加者が、相次いでバス停に停まったバスにタイミング良く乗り込むのを見送るわたし。
ガイドさん:「(あなたはどうするの
)」ままたろう:「わたしはこれから寄るところがありますので
」本日のお礼を言って、湘南モノレールの「湘南深沢」駅方面へ向かったのでした

この続きは次ページへ…。
この7月から8月、鎌倉ガイド協会主催の半日ツアーに4回(コース)参加させていただきました。
なかなか一人では行かれないスポットに連れて行っていただけて楽しかったです。
初めての経験でしたが、皆さんとても足腰が丈夫で歩くのが速くてびっくりでした。
本日のツアーも杖をついて歩いている方よりも歩くのが遅いわたし

(自己弁護させてもらうと、伊豆出身者は歩くのがかなり遅いのです…)
9月からの1日ツアーへの参加はちょっとキツいかも(断念
)なので、当ブログ内での鎌倉ガイド協会主催のツアーへの参加レポは、
ここで一旦終了になるかと思います。
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