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2010年8月27日(金)

まるでお膳立てされたかのように深沢に着いたわたしは、
これまでに2回、近くまで来ながら所在がわからずに行き着けずにいた
あの「泣塔(なきとう)」へ3度目の訪問を試みました。
タイトルは地名も入れて「陣出(じんで)の泣塔」としています。

 湘南モノレールの「湘南深沢」駅から大船方面に向かって進み
 JR東日本・鎌倉総合車両センターの入口前を通過して
 「富士塚小学校入口」の交差点を左折すると、
 
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 (写真左)広域避難場所「深沢多目的スポーツ広場」があり、
 写真は利用者によって門扉が大きく開かれ、車両も入れるようになっていますが、
 利用者がなく門扉が閉じていても、歩行者は門扉の右脇から入れます。
 (写真右)広場の一角、このこんもりした小山の中腹に泣塔があります。

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 (写真左)解説板が壊れていました。
 (写真中)「元弘三年五月 洲崎山崎合戦両軍戦士供養…」と。
 (写真右)蜘蛛の巣に行く手を阻まれつつ、崖の石段を数段上がり…。

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 かねがね美しい塔と聞いていた「泣塔」に到着。
 塔の背後にあるのは千代塚という守時の腹切りやぐらとのことです。

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公式P44 泣塔
1333(元弘3)年の鎌倉攻めの際、新田軍と赤橋守時(あかはしもりとき)率いる北条勢との間で
激戦が繰り広げられた洲崎(すさき)古戦場の碑の近くに建つ宝篋印塔(ほうきょういんとう)。
付近のやぐらの被葬者に対する供養塔だといいます。
昔、一時手広の青蓮寺(しょうれんじ)に移されましたが、毎晩元の場所を恋しがるように
すすり泣く声がするため戻されました。その後、泣き声は止まったといいます。
塔の銘には「文和五年(一三五六年)」※1とあります。
保存状態がよく、年代が明らかで形が美しいことから、1933(昭和8)年に、
国の重要美術品に、また、1971(昭和46)年には市指定有形文化財に指定されました。

※1:洲崎の戦いで戦死した死傷者を弔うため、二十三忌に室町幕府が建立。

横須賀海軍工廠深沢分工場が造営された時に、
塔を撤去しようとした人間が次々不審死したという伝承、
また「泣塔」を見た者が後日幽霊と遭遇したり、祟りに遭うという伝承も。
これらの伝承は「泣塔」周辺を開発から取り残すほどの影響を与えました。
さらに「泣塔」は心霊スポットとしても知られ、夏の夜には肝試しに訪れる者も多いとのことです。
出典:ウィキペディア)

ウィキペディアの記事に加え、「霊能者の寺尾玲子氏や、魔界探検者で有名な火坂雅志氏が
ここを訪れて霊に遭遇している」との一文が掲載されたこちらの記事
http://nats12.cool.ne.jp/NATS/KANTO.1/NAKITOU/nakitou1.html
などを事前に読んでいたせいか、単なる軽い熱中症か…。

無事、泣塔をお参りした直後、急に貧血時のように目の前が暗くなって
二度ばかりしゃがんだりしながら戻りました。
自販機まで飲み物を買いに行き、
晩夏なのに盛夏のような青い空と泣塔の小山を眺めながらベンチへ。

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涼しい木陰で休憩していると、気分の悪さは回復しました

行動開始

 「富士塚小学校入口」からさらに大船方面へ向かう坂を上っていくと、
 「洲崎古戦場碑」がありました。こちらもかつて探したけれどわからなかった碑。

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■洲崎古戦場
昭和三十一年(1956)三月建 鎌倉友青会
〔碑文〕
此の辺り古の州崎郷に属す 元弘三年(1333)五月新田義貞鎌倉攻の折 
その武将堀口三郎貞満・大島讃岐守守之州崎口より攻む 
鎌倉方は赤崎相模守守時を将として邀撃(ようげき:迎撃)し 
戦闘六十数度 遂(つい)に敗れ守時以下九十余人自刃したる古戦場なり
〔説明〕
この辺りは、昔は州崎と言う地名でした。
1333年5月に、新田義貞(にったよしさだ)が鎌倉を攻め落そうと、
武将の堀口貞満(さだみつ)と大島守之(もりゆき)が州崎口より攻め込んできました。一方鎌倉方は、赤崎守時(もりとき)を武将として迎え撃ちましたが、
60回以上の合戦のすえ、ついに鎌倉側は敗れました。
この時、守時はじめ90人以上が自殺したといいます。
この辺りは、その戦場の跡であります。
〔位置〕
寺分448付近で、湘南モノレール深沢駅東南の富士塚小学校入口交差点から
100メートル登った(モノレールの橋脚4本目)道路沿左側の角に建つ。

鎌倉シチズンネット「鎌倉史跡碑辞典」より引用
http://www.kcn-net.org/sisekihi/suzaki.htm


公式P は、「鎌倉観光文化検定公式ガイドブック」掲載ページ。
は、参考にさせていただいた資料からの出典。


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