名越切通から[法性寺口」を経由して法性寺および県道208号線に出るまでの散策レポです。
写真をクリックすると大きな画像を見ることができます。
2012年4月30日(月・振替休日)
ときどき
前記事の「まんだら堂やぐら群」を後にして、(写真左)名越切通(なごえきりどおし)の立柱まで戻り、
「お猿畠(さるばたけ)」を経由して、日蓮宗のお寺、法性寺(ほっしょうじ)に向かいます。
位置関係は、この方の地図(←クリックでジャンプ)をリンクさせていただきます。
1260(文応元)年8月、鎌倉で松葉ヶ谷法難に遭った日蓮上人は、
3匹の白猿に導かれて法性寺にある岩窟に難を逃れたと伝わっています。
「お猿畠」と「大切岸」は昨秋訪ねたことがありますが、
鎌倉と日蓮上人にゆかりの地ということで、このたび法性寺を初めて訪問させていただくことにしました。
(写真左)お猿畠に続く「法性寺口」を目指して↑の方向に進むと、
ほどなく無縁諸霊之碑(写真右)が現れます。


遊歩道を道なりに数分進んで行くと道標があり(「法性寺口」到着)、
道順としては↑の「法性寺」方面に向かって急な坂を下るのですが…

その前に道標の左手に佇む名越山頂石廟こと「逗子市指定 石造建造物石廟 二基」へ。
誰がどんな目的で造ったのか、施主も供養人も不明の古廟だそうです。



道標(「法性寺口」)に戻り、法性寺(ほっしょうじ)に向かいます。


左側に険しい崖のある急な坂を下って行きます。



日蓮上人の弟子・日朗上人廟と「日朗菩薩墳墓霊場」の扁額。中に祀られている石塔。
日朗上人は日蓮上人からこの地に寺を建てるように言われますが、
実現する前に亡くなってしまったのだそうです。
次いで朗慶上人がこの地に一寺を建立して報恩すべきという志を受け継ぎ、
1321(元亨元)年に法性寺を建立しました。



左から山王権現、岩窟、奥の院、手前の燈籠と屋根の端は日朗上人廟のものです。


奥の院のすぐ横にある岩窟です。
ここに日蓮上人が身を隠したのだとか。中には五輪塔が祀られていました。



背後の切り立った岩山の頂には山王社の塔が逗子の街と海を遠望しています。


塔の後ろ、眼下には墓地が広がり、お猿畠と大切岸が望めます
大切岸の全体像を見るならこの場所から
法性寺口にあった道標の「大切岸」方面に進むと、大切岸の上に着いてしまうようです。
大切岸はかつての防御施設や石切場だったという説があるようですね…



切り立った岩山の後ろ側にもやぐらがありました。
暗くてよく見えず、中には何もないように見えましたが定かではありません。

さて、これから法性寺の山門に向かって下っていきます。
奥の院に続く石段。やっぱり白いお猿さん。
ここまで車で上がってくることができます。檀家さんがお墓参りにお見えでした。


坂の途中にて。

さらに坂を下ると法性寺の本堂。

開門は午前7時。閉門は午後6時。
長時間開門しているのですね。

さらに緩やかな坂を下ると法性寺の山門に出ました。
(写真右)石柱には「中興開山朗慶院日照聖人第五拾遠忌記念」とあります。



先ほど奥の院で拝見した岩窟に日蓮上人を導いた白猿伝説から山号を「猿畠山(えんはくさん)」といいます。
扁額の両側に木彫りの白猿…体毛も彫ってあるんですね



法性寺の門前には県道205号線が走っています。
まだ余力があるので、岩殿寺(がんでんじ)に行くことにしました。
左手に進み「久木(ひさぎ)ハイランド入口」の交差点を渡って、逗子駅方面に歩を進めます。


岩殿寺に向かう途中、県道205号の沿道に庚申塔群がありました。


岩殿寺レポは次ページにアップします。
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3匹の白猿に導かれて法性寺にある岩窟に難を逃れたと伝わっています。
「お猿畠」と「大切岸」は昨秋訪ねたことがありますが、
鎌倉と日蓮上人にゆかりの地ということで、このたび法性寺を初めて訪問させていただくことにしました。
(写真左)お猿畠に続く「法性寺口」を目指して↑の方向に進むと、
ほどなく無縁諸霊之碑(写真右)が現れます。


遊歩道を道なりに数分進んで行くと道標があり(「法性寺口」到着)、
道順としては↑の「法性寺」方面に向かって急な坂を下るのですが…

その前に道標の左手に佇む名越山頂石廟こと「逗子市指定 石造建造物石廟 二基」へ。
誰がどんな目的で造ったのか、施主も供養人も不明の古廟だそうです。



道標(「法性寺口」)に戻り、法性寺(ほっしょうじ)に向かいます。


左側に険しい崖のある急な坂を下って行きます。



日蓮上人の弟子・日朗上人廟と「日朗菩薩墳墓霊場」の扁額。中に祀られている石塔。
日朗上人は日蓮上人からこの地に寺を建てるように言われますが、
実現する前に亡くなってしまったのだそうです。
次いで朗慶上人がこの地に一寺を建立して報恩すべきという志を受け継ぎ、
1321(元亨元)年に法性寺を建立しました。



左から山王権現、岩窟、奥の院、手前の燈籠と屋根の端は日朗上人廟のものです。


奥の院のすぐ横にある岩窟です。
ここに日蓮上人が身を隠したのだとか。中には五輪塔が祀られていました。



背後の切り立った岩山の頂には山王社の塔が逗子の街と海を遠望しています。


塔の後ろ、眼下には墓地が広がり、お猿畠と大切岸が望めます

大切岸の全体像を見るならこの場所から

法性寺口にあった道標の「大切岸」方面に進むと、大切岸の上に着いてしまうようです。
大切岸はかつての防御施設や石切場だったという説があるようですね…



切り立った岩山の後ろ側にもやぐらがありました。
暗くてよく見えず、中には何もないように見えましたが定かではありません。

さて、これから法性寺の山門に向かって下っていきます。
奥の院に続く石段。やっぱり白いお猿さん。
ここまで車で上がってくることができます。檀家さんがお墓参りにお見えでした。


坂の途中にて。

さらに坂を下ると法性寺の本堂。

開門は午前7時。閉門は午後6時。
長時間開門しているのですね。

さらに緩やかな坂を下ると法性寺の山門に出ました。
(写真右)石柱には「中興開山朗慶院日照聖人第五拾遠忌記念」とあります。



先ほど奥の院で拝見した岩窟に日蓮上人を導いた白猿伝説から山号を「猿畠山(えんはくさん)」といいます。
扁額の両側に木彫りの白猿…体毛も彫ってあるんですね




法性寺の門前には県道205号線が走っています。
まだ余力があるので、岩殿寺(がんでんじ)に行くことにしました。
左手に進み「久木(ひさぎ)ハイランド入口」の交差点を渡って、逗子駅方面に歩を進めます。


岩殿寺に向かう途中、県道205号の沿道に庚申塔群がありました。


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