日光東照宮と二荒山神社に行ってきました。
写真をクリックすると大きな画像を見ることができます。
2014年2月28日(金)
東武日光駅から徒歩で二社一寺を目指します。
途中、金谷ホテルのコーヒーラウンジでランチ後、いよいよ東照宮へ。
あちらの神橋。前回、もう14年半ほど前に来た時は車だったせいか、
覚えていないので、初めて観るも同然です。
参道も1ミリも覚えていない
…当時はあまり興味がなかったんでしょうね。


前回の日光行きは1999(平成11)年9月11日(世界遺産に登録されたのは同年12月のこと)。
まだデジカメが世に出回る前で撮影したのはフィルムカメラでした。
日帰り旅で華厳の滝や中禅寺湖、いろは坂、日光江戸村も回るハードスケジュールだったこともあり、
東照宮は超有名な「三猿」と「陽明門」「眠り猫」だけ観て帰ったので、その写真しかありません。
当時はなんにもわかってなかったです…
今日は観るべきはきちんと観てこようと。
東照宮です。荘厳な杉木立の参道から杉の芳香が漂っています。
残雪の冷気と相まって身が引き締まるようです。


「五重塔心柱」特別公開も目的の一つだったのですが、積雪のため公開を中止しており、
たいへん残念でしたが、授与所で1部100円のファイルを記念に購入するにとどまり、
またの機会(会期延期中再訪)を楽しみにしたいと思います。


拝観料(大人1300円)をお支払して表門をくぐります(落雪注意)。
去年(2013年)の7月から社寺共通拝観券の取り扱いが停止になったんですよね。
詳しくはコチラをご参照ください。
境内音声ガイドを借りたかったですが、借りると根が生えてしまいそうで(笑)、
今日はあまり時間がないため控えました。いつかお借りしたいです。


まずは、神厩舎の彫刻で超有名な「三猿」。
お猿さんはお馬さんの病気を治してくれるといわれることから、猿の彫刻が施されています。
誕生(親子)から独り立ち、結婚、懐妊(次の世代へ継承)までの穏やかな一生を描いた
8面の彫り物が飾られているのですね。


「三猿」は「子供のうちは悪いことは見ない・聞かない・言わない方がいい」という教え…なるほど。
前回は8面あることに気づきもしませんでした。こちらが「懐妊」がある面ですね。
で、再び1面の左端にある「親子」の彫刻に戻ってまた繰り返す人生。
近くの授与所でここでしか買えない三猿の可愛い「身体健康御守」を購入。
近年健康不安があるので、さっそく身近な持ち物につけようと思います。



東照宮は手水舎も豪華ですね。
唐破風の屋形柱は花崗岩で腐らない工夫がされています。
水盤は元和四年(1618)に鍋島勝茂(三十五万石)が奉納したもの。
銅鳥居から堂々見えるはずの国宝「陽明門」は平成の大修理中でシートを被っています。
石段下、右手に伊達政宗(六十二万石)が奉納した「南蛮鉄燈籠」がありますが、
これはポルトガルから鉄を運んで鋳造したもの。境内の燈籠の中で最も有名です。



「陽明門」の拝観が叶わぬ代わりに陽明門の壁画を公開していました。
羽目板が嵌め込まれるまでの貴重な機会です。

そして美しい彫刻が施された国宝「唐門」。
柱には唐木の寄木細工で昇竜と降龍の彫刻があり、屋根には鰭切れの龍(昼の守)とつつが(けもの篇に恙)(夜の守)が飾られています。
一本の欅(けやき)で彫り出した「舜帝朝見の儀(しゅんていちょうけんのぎ)」です。
舜帝とは、中国神話に登場する君主で、聖人としての性格をもつ五帝の一人。→三皇五帝
中央に鎮座する「舜帝」の顔をよく見ると家康に似ています
この彫刻の意味は、舜(しゅん)は堯(ぎょう)から帝位を受け継ぎ禹(う)に渡した。
それは徳のある者へ正しく政権が移った理想の政治を表しています。
これには祖父家康を畏敬してやまず、後継者としての権威を示さんと、
東照宮を大改築(寛永の大造替)した三代将軍家光の意向が込められており、
家康を立てながら、実は自分(家光)に政権が移ったことを正しいと主張しています。
参考資料:歴史秘話ヒストリア「孫の私ががんばらねば! 〜日光東照宮 徳川家康と家光の絆〜」



東回廊の奥社参道入り口に有名な左甚五郎「眠り猫」。
牡丹の花が咲く下に日の光を浴びて子猫がうたた寝しているところ。
日光を表す絶妙の奥義を極めているそうです。
今回は裏面の「竹に雀」もちゃんと観てきました。
雀がいても猫が眠っているくらい「平和な世」を表しています。
東照宮の彫刻の多くが「平和」をモチーフにしている中でもわかりやすいです。



さて、合計約200段あるという石段を上って、奥宮の家康の墓所を目指します。
このあたりの長い石段は東照宮の建築の見どころのひとつ。
一段ごとに一枚石を使って、石柵は一本石をくり抜いて造ったものです。
ツラい石段の途中に、あの有名な御遺訓が現れました。


奥宮の拝殿で雪落とし。
御遺訓おみくじには、どちらも「辛抱」の二文字があって御祭神「らしい」御神託
でした。
もしかしたら
…他の番号のおみくじにも「辛抱」と書かれているのかも。
次回は違う番号のおみくじを引いてみます。



扉を除いて、柱や梁(はり)などをひとつの鋳型で造ったことから鋳抜門。
門前の石段から睨みをきかせている狛犬。門の袖にいるのは蜃(しん)。
「ツバメを食べ、気を吐き、楼台城郭を描き出す」という、蜃気楼の蜃です。
家康の墓所、重要文化財・奥宮御宝塔。鋳抜門ともども鋳工椎名伊豫の作。
高さは5メートル。
宝塔に納められている家康の神柩(しんきゅう)は、建立以来一度も開けられたことがありません。
宝塔は最初は木造、後に石造りになり、さらに天和三(1683)年の大地震で破損したものを
五大将軍綱吉が現在の唐銅(からかね)製に造り替えました。唐銅とは金・銀・銅の合金。



この神域は350式年大祭(昭和40年=1965年斎行)を記念して特別に公開され、現在に至っています。
来年(平成27年=2015年)は400式年大祭が斎行されます。
樹齢600年。スピリチュアルな「叶杉(かのうすぎ)」は若い女性やカップルに人気があるみたい

ここでしか買えない「眠り猫」や「叶鈴守」の御守を売っています。
下山して本社(撮影禁止)でお話を伺い、狩野探幽筆「麒麟」を拝見。
この絵の意味するところ、麒麟は優しい動物で徳のある王の世に姿を現すといわれ、
殺生の多い世には姿を隠すといわれています。
家光は麒麟がここにいるということで、自分が徳のある君主だと言おうとしたのかもしれません。
参考資料:歴史秘話ヒストリア「孫の私ががんばらねば! 〜日光東照宮 徳川家康と家光の絆〜」
本社内の授与所で、ここでしか買えない「御香守」を買いました。
特別祈祷(身体健全・厄除開運・交通安全・学業成就・所願成就)とのこと。
中に入っている「白檀」の香りがする間ご利益があり、返納しなくても良い御守だそうです。
拝観料(大人1300円)を踏まえてか、これだけのお品が500円とお手頃なお値段でした。
色は赤と青の二色です。

日光東照宮に祀られている徳川家康はお香が大好き°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°だったことで知られ、
自分でお香を調合した記録も残っており…「白檀」は家康が好きだった香り。
というわけで御香守に再現しているらしいです。
だからこのお守りには徳川家の家紋が入ってるんですね。
※参考資料:香と水引「香紡縁」岡本英子さんのブログ『香りを編む』「日光東照宮のお香守」
東照宮では御守を買う時「何個ですか?」と必ず聞かれます。
お土産に複数買う人が多いのでしょうね。
続いて本地堂(薬師堂)(撮影禁止)で天井絵の「鳴龍」を見学。
堂内で説明をしてくださる方が、拍子木を龍の顔の真下で叩かれると、
鈴が鳴るような「鳴き声」が降ってきました。
どのような仕組みになっているのか不思議です。
そして秘仏の本尊・薬師瑠璃光如来像(非公開・扉の前で手を合わせる)と、
両脇に安置された十二神将の自分の干支をお参りしましょうと導かれます。
こちらの授与所でも、ここでしか買えない御守を売っています。
龍の鳴き声の音がする鈴や十二神将御守などですね。
「ここでしか買えない」と言われると何故か買いたくなってしまう。
なかなかに商魂たくましい!?日光東照宮なのです
表門を出て、五重塔の右手に伸びる参道を進み、二荒山(ふたらさん)神社に向かいます。
あまり時間がないので、拝殿(写真撮り忘れ)でお参りさせていただくにとどまりました。
次回はゆっくり拝観させていただきます。


「亀の甲」より「年の功」とはよく言ったものです。
前回から14年半近い年月を経て、いつしか神社仏閣、史跡への興味や関心も深まりました。
帰宅後に記憶を反芻しながら、旅行記をブログにするのは「物忘れ」防止にとても有効で、
ほぼほぼ自分のためにブログをつけています
このたび再訪した日光東照宮のことは、これから14年半後にも記憶に残っているでしょう。
続いて、輪王寺の家光墓所(国宝・大猷院)を訪ねます。
写真をクリックすると大きな画像を見ることができます。2014年2月28日(金)

東武日光駅から徒歩で二社一寺を目指します。
途中、金谷ホテルのコーヒーラウンジでランチ後、いよいよ東照宮へ。
あちらの神橋。前回、もう14年半ほど前に来た時は車だったせいか、
覚えていないので、初めて観るも同然です。
参道も1ミリも覚えていない
…当時はあまり興味がなかったんでしょうね。

前回の日光行きは1999(平成11)年9月11日(世界遺産に登録されたのは同年12月のこと)。
まだデジカメが世に出回る前で撮影したのはフィルムカメラでした。
日帰り旅で華厳の滝や中禅寺湖、いろは坂、日光江戸村も回るハードスケジュールだったこともあり、
東照宮は超有名な「三猿」と「陽明門」「眠り猫」だけ観て帰ったので、その写真しかありません。
当時はなんにもわかってなかったです…
今日は観るべきはきちんと観てこようと。東照宮です。荘厳な杉木立の参道から杉の芳香が漂っています。
残雪の冷気と相まって身が引き締まるようです。


「五重塔心柱」特別公開も目的の一つだったのですが、積雪のため公開を中止しており、
たいへん残念でしたが、授与所で1部100円のファイルを記念に購入するにとどまり、
またの機会(会期延期中再訪)を楽しみにしたいと思います。


拝観料(大人1300円)をお支払して表門をくぐります(落雪注意)。
去年(2013年)の7月から社寺共通拝観券の取り扱いが停止になったんですよね。詳しくはコチラをご参照ください。
境内音声ガイドを借りたかったですが、借りると根が生えてしまいそうで(笑)、
今日はあまり時間がないため控えました。いつかお借りしたいです。


まずは、神厩舎の彫刻で超有名な「三猿」。
お猿さんはお馬さんの病気を治してくれるといわれることから、猿の彫刻が施されています。
誕生(親子)から独り立ち、結婚、懐妊(次の世代へ継承)までの穏やかな一生を描いた
8面の彫り物が飾られているのですね。


「三猿」は「子供のうちは悪いことは見ない・聞かない・言わない方がいい」という教え…なるほど。
前回は8面あることに気づきもしませんでした。こちらが「懐妊」がある面ですね。
で、再び1面の左端にある「親子」の彫刻に戻ってまた繰り返す人生。
近くの授与所でここでしか買えない三猿の可愛い「身体健康御守」を購入。
近年健康不安があるので、さっそく身近な持ち物につけようと思います。



東照宮は手水舎も豪華ですね。
唐破風の屋形柱は花崗岩で腐らない工夫がされています。
水盤は元和四年(1618)に鍋島勝茂(三十五万石)が奉納したもの。
銅鳥居から堂々見えるはずの国宝「陽明門」は平成の大修理中でシートを被っています。
石段下、右手に伊達政宗(六十二万石)が奉納した「南蛮鉄燈籠」がありますが、
これはポルトガルから鉄を運んで鋳造したもの。境内の燈籠の中で最も有名です。



「陽明門」の拝観が叶わぬ代わりに陽明門の壁画を公開していました。
羽目板が嵌め込まれるまでの貴重な機会です。

そして美しい彫刻が施された国宝「唐門」。
柱には唐木の寄木細工で昇竜と降龍の彫刻があり、屋根には鰭切れの龍(昼の守)とつつが(けもの篇に恙)(夜の守)が飾られています。
一本の欅(けやき)で彫り出した「舜帝朝見の儀(しゅんていちょうけんのぎ)」です。
舜帝とは、中国神話に登場する君主で、聖人としての性格をもつ五帝の一人。→三皇五帝
中央に鎮座する「舜帝」の顔をよく見ると家康に似ています

この彫刻の意味は、舜(しゅん)は堯(ぎょう)から帝位を受け継ぎ禹(う)に渡した。
それは徳のある者へ正しく政権が移った理想の政治を表しています。
これには祖父家康を畏敬してやまず、後継者としての権威を示さんと、
東照宮を大改築(寛永の大造替)した三代将軍家光の意向が込められており、
家康を立てながら、実は自分(家光)に政権が移ったことを正しいと主張しています。
参考資料:歴史秘話ヒストリア「孫の私ががんばらねば! 〜日光東照宮 徳川家康と家光の絆〜」


東回廊の奥社参道入り口に有名な左甚五郎「眠り猫」。
牡丹の花が咲く下に日の光を浴びて子猫がうたた寝しているところ。
日光を表す絶妙の奥義を極めているそうです。
今回は裏面の「竹に雀」もちゃんと観てきました。
雀がいても猫が眠っているくらい「平和な世」を表しています。
東照宮の彫刻の多くが「平和」をモチーフにしている中でもわかりやすいです。



さて、合計約200段あるという石段を上って、奥宮の家康の墓所を目指します。
このあたりの長い石段は東照宮の建築の見どころのひとつ。
一段ごとに一枚石を使って、石柵は一本石をくり抜いて造ったものです。
ツラい石段の途中に、あの有名な御遺訓が現れました。


奥宮の拝殿で雪落とし。
御遺訓おみくじには、どちらも「辛抱」の二文字があって御祭神「らしい」御神託
でした。もしかしたら
…他の番号のおみくじにも「辛抱」と書かれているのかも。次回は違う番号のおみくじを引いてみます。



扉を除いて、柱や梁(はり)などをひとつの鋳型で造ったことから鋳抜門。
門前の石段から睨みをきかせている狛犬。門の袖にいるのは蜃(しん)。
「ツバメを食べ、気を吐き、楼台城郭を描き出す」という、蜃気楼の蜃です。
家康の墓所、重要文化財・奥宮御宝塔。鋳抜門ともども鋳工椎名伊豫の作。
高さは5メートル。
宝塔に納められている家康の神柩(しんきゅう)は、建立以来一度も開けられたことがありません。
宝塔は最初は木造、後に石造りになり、さらに天和三(1683)年の大地震で破損したものを
五大将軍綱吉が現在の唐銅(からかね)製に造り替えました。唐銅とは金・銀・銅の合金。



この神域は350式年大祭(昭和40年=1965年斎行)を記念して特別に公開され、現在に至っています。
来年(平成27年=2015年)は400式年大祭が斎行されます。
樹齢600年。スピリチュアルな「叶杉(かのうすぎ)」は若い女性やカップルに人気があるみたい


ここでしか買えない「眠り猫」や「叶鈴守」の御守を売っています。
下山して本社(撮影禁止)でお話を伺い、狩野探幽筆「麒麟」を拝見。
この絵の意味するところ、麒麟は優しい動物で徳のある王の世に姿を現すといわれ、
殺生の多い世には姿を隠すといわれています。
家光は麒麟がここにいるということで、自分が徳のある君主だと言おうとしたのかもしれません。
参考資料:歴史秘話ヒストリア「孫の私ががんばらねば! 〜日光東照宮 徳川家康と家光の絆〜」本社内の授与所で、ここでしか買えない「御香守」を買いました。
特別祈祷(身体健全・厄除開運・交通安全・学業成就・所願成就)とのこと。
中に入っている「白檀」の香りがする間ご利益があり、返納しなくても良い御守だそうです。
拝観料(大人1300円)を踏まえてか、これだけのお品が500円とお手頃なお値段でした。
色は赤と青の二色です。

日光東照宮に祀られている徳川家康はお香が大好き°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°だったことで知られ、
自分でお香を調合した記録も残っており…「白檀」は家康が好きだった香り。
というわけで御香守に再現しているらしいです。
だからこのお守りには徳川家の家紋が入ってるんですね。
※参考資料:香と水引「香紡縁」岡本英子さんのブログ『香りを編む』「日光東照宮のお香守」
東照宮では御守を買う時「何個ですか?」と必ず聞かれます。
お土産に複数買う人が多いのでしょうね。
続いて本地堂(薬師堂)(撮影禁止)で天井絵の「鳴龍」を見学。
堂内で説明をしてくださる方が、拍子木を龍の顔の真下で叩かれると、
鈴が鳴るような「鳴き声」が降ってきました。
どのような仕組みになっているのか不思議です。
そして秘仏の本尊・薬師瑠璃光如来像(非公開・扉の前で手を合わせる)と、
両脇に安置された十二神将の自分の干支をお参りしましょうと導かれます。
こちらの授与所でも、ここでしか買えない御守を売っています。
龍の鳴き声の音がする鈴や十二神将御守などですね。
「ここでしか買えない」と言われると何故か買いたくなってしまう。
なかなかに商魂たくましい!?日光東照宮なのです

表門を出て、五重塔の右手に伸びる参道を進み、二荒山(ふたらさん)神社に向かいます。
あまり時間がないので、拝殿(写真撮り忘れ)でお参りさせていただくにとどまりました。
次回はゆっくり拝観させていただきます。


「亀の甲」より「年の功」とはよく言ったものです。
前回から14年半近い年月を経て、いつしか神社仏閣、史跡への興味や関心も深まりました。
帰宅後に記憶を反芻しながら、旅行記をブログにするのは「物忘れ」防止にとても有効で、
ほぼほぼ自分のためにブログをつけています

このたび再訪した日光東照宮のことは、これから14年半後にも記憶に残っているでしょう。
続いて、輪王寺の家光墓所(国宝・大猷院)を訪ねます。









