中学の修学旅行以来35年ぶりの金閣寺を訪ねて御朱印をいただきました。
写真をクリックすると大きな画像を見ることができます。
当ページの白抜き番号は拝観時にいただくパンフレット「金閣 鹿苑寺」の「鹿苑寺境内図」によります。
2017年7月1日(土)

通称「金閣寺」こと鹿苑寺金閣。
中学3年時の修学旅行で訪ねてから、実に35年ぶりとなる再訪。
とはいえ、当時の記憶は皆無に等しいのです…
ほぼ初めての訪問、かの有名な金閣寺へ。
入口の黒門前から⓲左大文字山が見えます。



こちらが「黒門」。拍子抜けするくらい簡素な門でした。

続いて総門が参道の先に見えてきます。

おっと。修学旅行のメッカらしいもの発見。
引率の先生たちはここで待機していたのでしょうかね!?
「馬繋」とはなんとも古風な♡



五用心(五戒)が身に染みる年齢になりました。
1994(平成6)年登録 世界遺産 金閣 鹿苑寺



❶鐘楼。


❷唐門の横に受付、イチイガシ。



❸庫裏に隣接する写経場では写経をさせてもらえます。

入場チケットはこのお札。
お札が不要な人のために、境内にポストまで設置されている配慮。


雲が垂れ込めていてお天気はあまりよくありませんが、
間違いなく❼金閣であります。


通称「金閣寺」の正式名称は鹿苑寺(ろくおんじ)。相国寺の塔頭寺院(山外塔頭寺院)のひとつ。
舎利殿である「金閣」が特に有名なため、一般的に「金閣寺」と呼ばれています。
元は鎌倉時代の公卿、西園寺公経の別荘を室町幕府三代将軍の足利義満が譲り受け、
山荘北山殿を造ったのが始まりとされています。
金閣を中心とした庭園・建築は極楽浄土をこの世にあらわしたといわれ、
有名な一休禅師の父である後小松天皇を招いたり、
中国との貿易を盛んにして文化の発展に貢献した舞台で、この時代の文化を特に北山文化といいます。
義満の死後、遺言により臨済宗相国寺派の禅寺となり、夢窓国師を開山とし、
義満の法号鹿苑院殿から二字をとって鹿苑寺と名づけられました。
❼舎利殿「金閣」は室町時代前期の北山文化を代表する建築でしたが、
1950(昭和25)年に放火により焼失し、1955(昭和30)年に再建されました。
初層内部の宝冠釈迦如来像。向かって左隣の足利義満像は見落としてしまいました。
これまでアップした金閣の引きの画像に少しそれらしい姿が見えます。

屋上の鳳凰像。
三層は「究竟頂」(くっきょうちょう)と称し、方3間の1室で、仏舎利を安置。
初層が蔀戸を用いた寝殿造風、二層が舞良戸、格子窓、長押を用いた和様仏堂風であるのに対し、
三層は桟唐戸、花頭窓を用いた禅宗様仏堂風とする。
高欄も二層のそれが和様であるのに対し、三層のそれは逆蓮柱を用いた禅宗様。
三層の柱間装置は東西南北とも同じで、中央間を桟唐戸、両脇間を花頭窓。
三層は天井や壁を含め内外ともに金箔張りで、縁と内部の床面のみ黒漆塗。



西の⓱衣笠山を借景とした室町時代の代表的な池泉回遊式庭園。
国の特別史跡および特別名勝に指定されています。
❼金閣のある❺鏡湖池(きょうこち)を中心とし、❻☟葦原島(あしわらじま)など大小の島々や、

当時の諸大名がきそって石を奉納してその名が付けられた
畠山石(はたけやませき)や赤松石(あかまつせき)、細川石(ほそかわせき)などの名石が配置されています。
とのことですが、どの石が何という名前かわからなくて💦
他には…
「鶴島」「亀島」「入亀島」「出亀島」
「淡路島」「西国浄土の出島」「九山八海石」
船着用の「夜泊石」
など?がある模様です。どれがどれか知りたーーーい!


どの石も特徴的で存在感があり、私にはもの言いたげに見えました。



❹方丈の北側には京都三松のひとつで舟形をした「陸舟(りくしゅう)の松」があり、
義満が自分で植えたと伝えられています。
近くでガイドさんが「極楽浄土がある西に向かって進む舟」と話している声が聞こえました。



順路に従って❼金閣の背面に回ってみます。



まだまだ気になる❺鏡湖池の石♡



❽漱清(そうせい)は釣殿。ここ、金閣の北側の位置からしか見えません。
金閣の初層である法水院の西側とつながっており、池の上に突き出すようにして建てられています。

義満の時代には、鏡湖池で舟遊びを楽しんでいたといわれており、
「漱清」は、金閣の船着き場の役目を果たしていたと考えられます。
「漱清」の床下は舟が停泊する場所になっており、「夜泊石」と呼称される石が4つ置かれています。





生け花みたいな素敵な石♡

こんなふうに石を眺められるのも「ひとり旅」ならではだなぁ…としみじみ。
団体旅行ではちょっと難しいだろうなぁ…
❼金閣を後にしてまもなく、御守売場と❾榊雲(しんうん)です。
見逃すところでした💦榊雲は「春日大神」を勧請して、金閣寺の鎮守として祭祀されています。


❿銀河泉



⓫巌下水



金閣寺垣。

⓬龍門滝


振り返れば❼金閣。背後の山は⓱衣笠山です。

⓭安民沢


白蛇の塚。




⓮夕佳亭に到着です。













陽光を受ける苔にふと、3日後の7月4日(火)に訪ねる西芳寺のことを想う。

⓯茶所

こちらにも写経場があります。

⓰石不動堂


御朱印所で御朱印をいただきました。
勢いのある美しい文字にしばし心を奪われます。

出口から続々と降りてくる参詣者。やはり外国人が目立ちます。
まさに京都観光の屈指の超有名スポット、定番中の定番…云々

緩やかな坂の途中を左折して第1駐車場の方へ行ってみます。
(写真左)仮設のトイレや、バラエティに富んだお土産が揃う売店の前に広がる第1駐車場(写真中)。
記憶にはないけれど、おそらく修学旅行の時はここでバスを乗降していたのでしょうね。
この観光バスがたくさん停まれる広い駐車場の右テ奥のあたり(写真右)に、



かつて義満が建立した巨大な大塔がありました。


駐車場から東山方面を眺めると大文字山(如意岳)が見えます。


金閣寺を後にして…

「きぬかけの路」のほうへ進みます。
次のページでは義満が構想した「北山新都心」に想いを馳せてみます。
写真をクリックすると大きな画像を見ることができます。
当ページの白抜き番号は拝観時にいただくパンフレット「金閣 鹿苑寺」の「鹿苑寺境内図」によります。2017年7月1日(土)


通称「金閣寺」こと鹿苑寺金閣。
中学3年時の修学旅行で訪ねてから、実に35年ぶりとなる再訪。
とはいえ、当時の記憶は皆無に等しいのです…
ほぼ初めての訪問、かの有名な金閣寺へ。
入口の黒門前から⓲左大文字山が見えます。



こちらが「黒門」。拍子抜けするくらい簡素な門でした。

続いて総門が参道の先に見えてきます。

おっと。修学旅行のメッカらしいもの発見。
引率の先生たちはここで待機していたのでしょうかね!?
「馬繋」とはなんとも古風な♡



五用心(五戒)が身に染みる年齢になりました。
1994(平成6)年登録 世界遺産 金閣 鹿苑寺



❶鐘楼。


❷唐門の横に受付、イチイガシ。



❸庫裏に隣接する写経場では写経をさせてもらえます。

入場チケットはこのお札。
お札が不要な人のために、境内にポストまで設置されている配慮。


雲が垂れ込めていてお天気はあまりよくありませんが、
間違いなく❼金閣であります。


通称「金閣寺」の正式名称は鹿苑寺(ろくおんじ)。相国寺の塔頭寺院(山外塔頭寺院)のひとつ。
舎利殿である「金閣」が特に有名なため、一般的に「金閣寺」と呼ばれています。
元は鎌倉時代の公卿、西園寺公経の別荘を室町幕府三代将軍の足利義満が譲り受け、
山荘北山殿を造ったのが始まりとされています。
金閣を中心とした庭園・建築は極楽浄土をこの世にあらわしたといわれ、
有名な一休禅師の父である後小松天皇を招いたり、
中国との貿易を盛んにして文化の発展に貢献した舞台で、この時代の文化を特に北山文化といいます。
義満の死後、遺言により臨済宗相国寺派の禅寺となり、夢窓国師を開山とし、
義満の法号鹿苑院殿から二字をとって鹿苑寺と名づけられました。
❼舎利殿「金閣」は室町時代前期の北山文化を代表する建築でしたが、
1950(昭和25)年に放火により焼失し、1955(昭和30)年に再建されました。
初層内部の宝冠釈迦如来像。向かって左隣の足利義満像は見落としてしまいました。
これまでアップした金閣の引きの画像に少しそれらしい姿が見えます。

屋上の鳳凰像。
三層は「究竟頂」(くっきょうちょう)と称し、方3間の1室で、仏舎利を安置。
初層が蔀戸を用いた寝殿造風、二層が舞良戸、格子窓、長押を用いた和様仏堂風であるのに対し、
三層は桟唐戸、花頭窓を用いた禅宗様仏堂風とする。
高欄も二層のそれが和様であるのに対し、三層のそれは逆蓮柱を用いた禅宗様。
三層の柱間装置は東西南北とも同じで、中央間を桟唐戸、両脇間を花頭窓。
三層は天井や壁を含め内外ともに金箔張りで、縁と内部の床面のみ黒漆塗。



西の⓱衣笠山を借景とした室町時代の代表的な池泉回遊式庭園。
国の特別史跡および特別名勝に指定されています。
❼金閣のある❺鏡湖池(きょうこち)を中心とし、❻☟葦原島(あしわらじま)など大小の島々や、

当時の諸大名がきそって石を奉納してその名が付けられた
畠山石(はたけやませき)や赤松石(あかまつせき)、細川石(ほそかわせき)などの名石が配置されています。
とのことですが、どの石が何という名前かわからなくて💦
他には…
「鶴島」「亀島」「入亀島」「出亀島」
「淡路島」「西国浄土の出島」「九山八海石」
船着用の「夜泊石」
など?がある模様です。どれがどれか知りたーーーい!


どの石も特徴的で存在感があり、私にはもの言いたげに見えました。



❹方丈の北側には京都三松のひとつで舟形をした「陸舟(りくしゅう)の松」があり、
義満が自分で植えたと伝えられています。
近くでガイドさんが「極楽浄土がある西に向かって進む舟」と話している声が聞こえました。



順路に従って❼金閣の背面に回ってみます。



まだまだ気になる❺鏡湖池の石♡



❽漱清(そうせい)は釣殿。ここ、金閣の北側の位置からしか見えません。
金閣の初層である法水院の西側とつながっており、池の上に突き出すようにして建てられています。

義満の時代には、鏡湖池で舟遊びを楽しんでいたといわれており、
「漱清」は、金閣の船着き場の役目を果たしていたと考えられます。
「漱清」の床下は舟が停泊する場所になっており、「夜泊石」と呼称される石が4つ置かれています。





生け花みたいな素敵な石♡

こんなふうに石を眺められるのも「ひとり旅」ならではだなぁ…としみじみ。
団体旅行ではちょっと難しいだろうなぁ…
❼金閣を後にしてまもなく、御守売場と❾榊雲(しんうん)です。
見逃すところでした💦榊雲は「春日大神」を勧請して、金閣寺の鎮守として祭祀されています。


❿銀河泉



⓫巌下水



金閣寺垣。

⓬龍門滝


振り返れば❼金閣。背後の山は⓱衣笠山です。

⓭安民沢


白蛇の塚。




⓮夕佳亭に到着です。













陽光を受ける苔にふと、3日後の7月4日(火)に訪ねる西芳寺のことを想う。

⓯茶所

こちらにも写経場があります。

⓰石不動堂


御朱印所で御朱印をいただきました。
勢いのある美しい文字にしばし心を奪われます。

出口から続々と降りてくる参詣者。やはり外国人が目立ちます。
まさに京都観光の屈指の超有名スポット、定番中の定番…云々

緩やかな坂の途中を左折して第1駐車場の方へ行ってみます。
(写真左)仮設のトイレや、バラエティに富んだお土産が揃う売店の前に広がる第1駐車場(写真中)。
記憶にはないけれど、おそらく修学旅行の時はここでバスを乗降していたのでしょうね。
この観光バスがたくさん停まれる広い駐車場の右テ奥のあたり(写真右)に、



かつて義満が建立した巨大な大塔がありました。


駐車場から東山方面を眺めると大文字山(如意岳)が見えます。


金閣寺を後にして…

「きぬかけの路」のほうへ進みます。
次のページでは義満が構想した「北山新都心」に想いを馳せてみます。









