「松尾さん」として親しまれる洛西総氏神、醸造祖神「松尾大社」を拝観し、御朱印をいただいてきました。
写真をクリックすると大きな画像を見ることができます。
2017年7月4日(月)
のち
のち
朝8時24分阪急嵐山線の「松尾大社駅」に降り立ちました。
「松尾さん」として親しまれる「松尾大社」は、その名の駅の改札を出て目の前です。
京都市西部、四条通西端にあり、東端の八坂神社(祇園社)と対峙するように鎮座しています。



もとは背後の松尾山〔別雷山(わけいかづちのやま)〕(標高223メートル)に残る磐座での祭祀に始まるとされ、
701(大宝元)年に文武天皇の勅命を賜わった秦忌寸都理(はたのいみきとり)が勧請して社殿を設けたといわれます。
その後も秦氏(はたうじ)の氏神として奉斎され、
平安京遷都後は東の賀茂神社(賀茂別雷神社・賀茂御祖神社)とともに
「東の厳神、西の猛霊」と並び称され、西の王城鎮護社に位置づけられました。
この大鳥居の威容が示す通り…
洛西総氏神として約十万戸の氏子の崇敬を集めるほか、
古来より開拓、治水、土木、建築、商業、文化、寿命、交通、安産の守護神とされます。
醸造祖神として知られ、全国の酒造家、味噌、醤油、酢などの
製造及び販売業者からは格別な崇敬を受けています。
古くから酒の神として信仰を集め、境内の霊泉の「亀の井」の水を醸造の時に混ぜると
酒が腐らないと伝えられています。
「まつおたいしゃ」とも言われますが、正確には「まつのおたいしゃ」。
旧官幣大社で全国の松尾神社の総本宮。
御祭神は、大山咋神(おおやまくいのかみ)、中津嶋姫命(なかつしまひめのみこと)です。



参道に大きな石碑がありました。


社殿背後の松尾山を含む広い境内は約12万坪。


鳥居に何か…脇勧請という榊の小枝が下げられていました。


楼門は残念ながら工事中で拝観できませんでした。


松風苑はのちほど訪ねます♡


お酒の資料館は朝早くて開館していませんでした。またの機会に。
本殿の前に「拝殿」が見えました。社殿は重要文化財に指定されています。

手水舎…神使いである亀が鎮座。境内あちこちで亀の姿が見られます。



今日は7月4日(火)。7日(金)の七夕飾りが松尾造りの本殿の釣殿に。ここで参詣。


授与所で御朱印をいただきました。
右上に二葉葵の社紋の印。左下に松尾神社の神様の使い亀の印。

境内キョロ👀キョロ👀


神輿庫の酒樽には全国の酒造家から奉献された樽の数々が。


広いなぁ〜




社務所で拝観料を納めて「松風苑」を見学に。



ちょっと迷路みたい。


「松風苑」の3つの庭は、昭和の庭園学の第一人者・重森三玲が心血を注いで造ったもの。
1974(昭和49)年4月着工。1975(昭和50)年5月完成。
明治以後、現代最高の芸術作品として知られています。
三つの庭に使われている200個あまりの石は、すべて徳島県吉野川の青石(緑泥片岩)です。
まず現れるのが「曲水の庭」(平安時代風)。


松尾大社が最も栄えた平安朝を表現するもの。
御手洗川の清水は七曲りして丘麓を洗い、丘上には青石が点在してこれを見下ろす優雅にして華麗な姿。



神像館に向かう途中、右手に見えるのが…


上古の庭。後でまた。


曲水の庭を上から眺めたところ。

即興の庭。

神像館内は撮影禁止です。
上古の庭に行ってみます。


上古の庭(磐座風)は松尾山中の神蹟に因んで作られたもので、二神を表徴する二巨石を囲む岩石群の配置は森厳味溢れ、地上一面に植えられた丹波笹は高山の趣を表しています。


さらに奥へ。



紫陽花苑のアジサイは終わりかかっていましたが、まだ楽しめました。



う〜ん。

ここから磐座に行けるんですね。



ここは神像館の裏手。即興の庭が見えます。

これが神泉「亀の井」ね♡
古くから酒の神として信仰を集め、境内の霊泉の「亀の井」の水を醸造の時に混ぜると、
酒が腐らないと伝えられています。


歌碑かな。

ふむ。


ここが「霊亀の滝」。




清々しい…


天狗の顔はこのあたりでしょうに、私にはよくわかりませんでした。

続いて少し離れた所にある「蓬莱の庭」へ。



「蓬莱の庭」(鎌倉風)です。



昔、中国の人が、東海中に不老不死の島ありと考えたのが「蓬莱の島」です。
岩の間から噴出する水が鶴形の池に注ぐところ、大くの島が点在し、
周囲を回遊しながら眺めると、仙境に遊ぶ感がするといわれます。
向かって左テ。


向かって右テ。



う〜ん。見どころいっぱいだなぁ。まだ見落としている所があるし。
再訪問できたら嬉しいです。
写真をクリックすると大きな画像を見ることができます。2017年7月4日(月)
のち
のち
朝8時24分阪急嵐山線の「松尾大社駅」に降り立ちました。
「松尾さん」として親しまれる「松尾大社」は、その名の駅の改札を出て目の前です。
京都市西部、四条通西端にあり、東端の八坂神社(祇園社)と対峙するように鎮座しています。



もとは背後の松尾山〔別雷山(わけいかづちのやま)〕(標高223メートル)に残る磐座での祭祀に始まるとされ、
701(大宝元)年に文武天皇の勅命を賜わった秦忌寸都理(はたのいみきとり)が勧請して社殿を設けたといわれます。
その後も秦氏(はたうじ)の氏神として奉斎され、
平安京遷都後は東の賀茂神社(賀茂別雷神社・賀茂御祖神社)とともに
「東の厳神、西の猛霊」と並び称され、西の王城鎮護社に位置づけられました。
この大鳥居の威容が示す通り…
洛西総氏神として約十万戸の氏子の崇敬を集めるほか、
古来より開拓、治水、土木、建築、商業、文化、寿命、交通、安産の守護神とされます。
醸造祖神として知られ、全国の酒造家、味噌、醤油、酢などの
製造及び販売業者からは格別な崇敬を受けています。
古くから酒の神として信仰を集め、境内の霊泉の「亀の井」の水を醸造の時に混ぜると
酒が腐らないと伝えられています。
「まつおたいしゃ」とも言われますが、正確には「まつのおたいしゃ」。
旧官幣大社で全国の松尾神社の総本宮。
御祭神は、大山咋神(おおやまくいのかみ)、中津嶋姫命(なかつしまひめのみこと)です。



参道に大きな石碑がありました。


社殿背後の松尾山を含む広い境内は約12万坪。


鳥居に何か…脇勧請という榊の小枝が下げられていました。


楼門は残念ながら工事中で拝観できませんでした。


松風苑はのちほど訪ねます♡


お酒の資料館は朝早くて開館していませんでした。またの機会に。
本殿の前に「拝殿」が見えました。社殿は重要文化財に指定されています。

手水舎…神使いである亀が鎮座。境内あちこちで亀の姿が見られます。



今日は7月4日(火)。7日(金)の七夕飾りが松尾造りの本殿の釣殿に。ここで参詣。


授与所で御朱印をいただきました。
右上に二葉葵の社紋の印。左下に松尾神社の神様の使い亀の印。

境内キョロ👀キョロ👀


神輿庫の酒樽には全国の酒造家から奉献された樽の数々が。


広いなぁ〜




社務所で拝観料を納めて「松風苑」を見学に。



ちょっと迷路みたい。


「松風苑」の3つの庭は、昭和の庭園学の第一人者・重森三玲が心血を注いで造ったもの。
1974(昭和49)年4月着工。1975(昭和50)年5月完成。
明治以後、現代最高の芸術作品として知られています。
三つの庭に使われている200個あまりの石は、すべて徳島県吉野川の青石(緑泥片岩)です。
まず現れるのが「曲水の庭」(平安時代風)。


松尾大社が最も栄えた平安朝を表現するもの。
御手洗川の清水は七曲りして丘麓を洗い、丘上には青石が点在してこれを見下ろす優雅にして華麗な姿。



神像館に向かう途中、右手に見えるのが…


上古の庭。後でまた。


曲水の庭を上から眺めたところ。

即興の庭。

神像館内は撮影禁止です。
上古の庭に行ってみます。


上古の庭(磐座風)は松尾山中の神蹟に因んで作られたもので、二神を表徴する二巨石を囲む岩石群の配置は森厳味溢れ、地上一面に植えられた丹波笹は高山の趣を表しています。


さらに奥へ。



紫陽花苑のアジサイは終わりかかっていましたが、まだ楽しめました。



う〜ん。

ここから磐座に行けるんですね。



ここは神像館の裏手。即興の庭が見えます。

これが神泉「亀の井」ね♡
古くから酒の神として信仰を集め、境内の霊泉の「亀の井」の水を醸造の時に混ぜると、
酒が腐らないと伝えられています。


歌碑かな。

ふむ。


ここが「霊亀の滝」。




清々しい…


天狗の顔はこのあたりでしょうに、私にはよくわかりませんでした。

続いて少し離れた所にある「蓬莱の庭」へ。



「蓬莱の庭」(鎌倉風)です。



昔、中国の人が、東海中に不老不死の島ありと考えたのが「蓬莱の島」です。
岩の間から噴出する水が鶴形の池に注ぐところ、大くの島が点在し、
周囲を回遊しながら眺めると、仙境に遊ぶ感がするといわれます。
向かって左テ。


向かって右テ。



う〜ん。見どころいっぱいだなぁ。まだ見落としている所があるし。
再訪問できたら嬉しいです。









