鎌倉ガイド協会の散策ツアー「鎌倉下ノ道に尼将軍の足跡を探る」に参加。
写真をクリックすると大きな画像を見ることができます。
2017年9月28日(木)
のち
近年すっかり鎌倉にご無沙汰していた罰(ばち)が当たったか…{/face_ase1/}
かなりひさしぶりに申し込んだ鎌倉ガイド協会主催
毎月恒例の「古都鎌倉史跡めぐり」平成29年9月のCコース
横濱歴史さんぽ「鎌倉下ノ道に尼将軍の足跡を探る」〜弘明寺観音参詣 乗蓮寺で政子自刻像拝観〜
ツアーの今朝は、よりによって大雨に見舞われました{/ee_3/}

昨日天気予報を見て鎌倉ガイド協会にお電話して「台風でもない限り雨天決行」と聞いていたので、
十分に雨対策をして早めに無事、集合場所の市営地下鉄・弘明寺(ぐみょうじ)駅前に到着。
初めての弘明寺(ぐみょうじ)。キョロキョロ。



鎌倉街道の碑(写真左)、それと…


雨天のため、本来の1日コースが半日コースに短縮変更になりました。
コースは地下鉄弘明寺駅をスタートして若宮八幡宮〜弘明寺参詣〜乗蓮寺(昇堂)です。

最初の訪問スポットは若宮八幡宮です。
鳥居に刻まれた文字を埋めてなお残る戦争の軌跡。
「一君萬民」、昭和13年「戦捷祈願」などの文字が読み取れます。



住宅と住宅の間の参道。

御由緒。誉田別命(ほんだわけのみこと)とは、応神天皇(仁徳天皇の父)のこと。
合祀した近隣の神社の祭神も刻まれています。
鎌倉の鬼門にあたるので、鎮護のために源頼朝が鶴岡八幡宮の若宮八幡宮を勧請。


源頼朝の寵愛を受けた大進局は、政子の嫉妬を恐れた頼朝によって
当時、鎌倉の辺境だったこの辺り、久良岐郡(現・横浜市南区)に匿われていました。
市営地下鉄・弘明寺の隣駅・蒔田(まいた)に大進局の子・貞暁(じょうぎょう)が開いた
高野山真言宗 無量寺(むりょうじ)があります。
若宮招魂社は出征してガダルカナルで亡くなった方々の御霊を祀っています。



若宮八幡宮を後にして、最寄りのスポーツセンターでトイレ休憩後、
再び地下鉄弘明寺駅に戻って駅前を通過します。
そして、次の訪問スポット、弘明寺(ぐみょうじ)です。
かんのん通り商店街はとってもリーズナブルなお店が並んでいます。
大岡川にかかる観音橋から名所の桜並木を望む。花見シーズンにはとても美しい眺め。
「柳川」は「ユ〇〇〇」もメじゃないくらい衣料が爆安とか。ちょっと覗いてみたかったな。



こちらは弘明寺道。

こちらは保土谷道。
商店街の外れに弘明寺。
山門の「ほどがや道」の道標はここに移動されたもの。向きもちょっと違う…



山門の仁王像は慶派の作。


1本の竹で彫られたマリア像は見逃しがちですが、しっかり教えていただきました。

石段を上りながら、ふいに鎌倉の杉本寺を思い出した。same smell
後で聞けば銅葺きの屋根はかつては杉本寺のように茅葺きだったそう。


寺紋と宗紋の違い。


昇堂せずにお参り。
ご本尊は丸のみの彫痕を表面に残した鉈彫(なたぼり)の十一面観音菩薩。
離れた位置からなので明瞭に拝観できませんでしたが、なんとなく雰囲気は伝わってきました。
政子は承久の乱の際、かの有名な演説の後、いつ朝廷方に寝返るかわからない三浦氏を警戒、
鎌倉から離れた弘明寺に参籠して幕府軍の戦勝を祈願しました。
七ツ石。




鐘楼。
元禄時代以降に造られた鐘楼は戦争で供出することになっていましたが、
こちらの鐘楼は音が良いため供出を免れることができたそうです。




秘仏の歓喜天。抱き合うガネーシャ。


比較的新しい弘法大師像。昔は「閻魔堂」。
閻魔と夫婦だったという(えー、そうなの💦)奪衣婆も間近に観れます。

影向柱とは何かも教えてもらいました。
鐘楼近くの道から裏参道に抜けます。



次は乗蓮寺へ。




政子の化粧井戸。かつて周辺に7つあった井戸、現存する2つのうちのひとつ。


政子お手植えの榧(かや)。
碁盤や将棋盤に使われる。音がいい。食べられる榧の実の油は盤磨きにも。




一説によると、この井戸と榧(かや)が「井土ヶ谷(いどがや)」という地名の由来とか。
本堂1Fの和室に安置されている政子坐像(政子自刻像)を前に
室内に正座してご住職のお話を伺いました。
像は写真撮影が禁じられています。☟こちらはネット上で拾わせていただいた画像です。

あまりじっくりと拝観する時間はなかったのですが、写実的で存在感がある坐像でした。
政子の坐像といえば、菩提寺でもある鎌倉・安養院の坐像がよく知られていますが、
私はこちら、乗蓮寺の坐像の面差しに「尼将軍」と呼ばれた政子の実像が浮かびました。

浅草から弘明寺までは近いとはいいがたく、このたびのツアーの乗蓮寺参詣は貴重な機会でした。
いつか個人的に再訪してお参りさせていただきたいです。
政子坐像(政子自刻像)拝観後、最後に本堂2Fでご本尊の不動明王にお参りしました。
ここで解散。
雨天でなければ、本来行くはずだったスポットは…
井土ヶ谷事件跡碑、北向地蔵・政子の井戸(御台所の井戸)・福聚寺(ふくじゅじ)。
14時ごろにJR保土ヶ谷駅で解散の予定でした。
希望者はガイドさんに京急「井土ヶ谷」駅まで送っていただきました。



ここから京急線で横浜へ。
都営浅草線に乗り入れている京急線「高砂行」に乗り換えて浅草に帰りました。
レインシューズを履いて行ったせいか、ちょっと疲れてしまった…
ひさしぶりの参加だったので、半日でちょうど良かったかもしれません。
写真をクリックすると大きな画像を見ることができます。2017年9月28日(木)
のち
近年すっかり鎌倉にご無沙汰していた罰(ばち)が当たったか…{/face_ase1/}
かなりひさしぶりに申し込んだ鎌倉ガイド協会主催
毎月恒例の「古都鎌倉史跡めぐり」平成29年9月のCコース
横濱歴史さんぽ「鎌倉下ノ道に尼将軍の足跡を探る」〜弘明寺観音参詣 乗蓮寺で政子自刻像拝観〜
ツアーの今朝は、よりによって大雨に見舞われました{/ee_3/}

昨日天気予報を見て鎌倉ガイド協会にお電話して「台風でもない限り雨天決行」と聞いていたので、
十分に雨対策をして早めに無事、集合場所の市営地下鉄・弘明寺(ぐみょうじ)駅前に到着。
初めての弘明寺(ぐみょうじ)。キョロキョロ。



鎌倉街道の碑(写真左)、それと…


雨天のため、本来の1日コースが半日コースに短縮変更になりました。
コースは地下鉄弘明寺駅をスタートして若宮八幡宮〜弘明寺参詣〜乗蓮寺(昇堂)です。

最初の訪問スポットは若宮八幡宮です。
鳥居に刻まれた文字を埋めてなお残る戦争の軌跡。
「一君萬民」、昭和13年「戦捷祈願」などの文字が読み取れます。



住宅と住宅の間の参道。

御由緒。誉田別命(ほんだわけのみこと)とは、応神天皇(仁徳天皇の父)のこと。
合祀した近隣の神社の祭神も刻まれています。
鎌倉の鬼門にあたるので、鎮護のために源頼朝が鶴岡八幡宮の若宮八幡宮を勧請。


源頼朝の寵愛を受けた大進局は、政子の嫉妬を恐れた頼朝によって
当時、鎌倉の辺境だったこの辺り、久良岐郡(現・横浜市南区)に匿われていました。
市営地下鉄・弘明寺の隣駅・蒔田(まいた)に大進局の子・貞暁(じょうぎょう)が開いた
高野山真言宗 無量寺(むりょうじ)があります。
若宮招魂社は出征してガダルカナルで亡くなった方々の御霊を祀っています。



若宮八幡宮を後にして、最寄りのスポーツセンターでトイレ休憩後、
再び地下鉄弘明寺駅に戻って駅前を通過します。
そして、次の訪問スポット、弘明寺(ぐみょうじ)です。
かんのん通り商店街はとってもリーズナブルなお店が並んでいます。
大岡川にかかる観音橋から名所の桜並木を望む。花見シーズンにはとても美しい眺め。
「柳川」は「ユ〇〇〇」もメじゃないくらい衣料が爆安とか。ちょっと覗いてみたかったな。



こちらは弘明寺道。

こちらは保土谷道。
商店街の外れに弘明寺。
山門の「ほどがや道」の道標はここに移動されたもの。向きもちょっと違う…



山門の仁王像は慶派の作。


1本の竹で彫られたマリア像は見逃しがちですが、しっかり教えていただきました。

石段を上りながら、ふいに鎌倉の杉本寺を思い出した。same smell
後で聞けば銅葺きの屋根はかつては杉本寺のように茅葺きだったそう。


寺紋と宗紋の違い。


昇堂せずにお参り。
ご本尊は丸のみの彫痕を表面に残した鉈彫(なたぼり)の十一面観音菩薩。
離れた位置からなので明瞭に拝観できませんでしたが、なんとなく雰囲気は伝わってきました。
政子は承久の乱の際、かの有名な演説の後、いつ朝廷方に寝返るかわからない三浦氏を警戒、
鎌倉から離れた弘明寺に参籠して幕府軍の戦勝を祈願しました。
七ツ石。




鐘楼。
元禄時代以降に造られた鐘楼は戦争で供出することになっていましたが、
こちらの鐘楼は音が良いため供出を免れることができたそうです。




秘仏の歓喜天。抱き合うガネーシャ。


比較的新しい弘法大師像。昔は「閻魔堂」。
閻魔と夫婦だったという(えー、そうなの💦)奪衣婆も間近に観れます。

影向柱とは何かも教えてもらいました。
鐘楼近くの道から裏参道に抜けます。



次は乗蓮寺へ。




政子の化粧井戸。かつて周辺に7つあった井戸、現存する2つのうちのひとつ。


政子お手植えの榧(かや)。
碁盤や将棋盤に使われる。音がいい。食べられる榧の実の油は盤磨きにも。




一説によると、この井戸と榧(かや)が「井土ヶ谷(いどがや)」という地名の由来とか。
本堂1Fの和室に安置されている政子坐像(政子自刻像)を前に
室内に正座してご住職のお話を伺いました。
像は写真撮影が禁じられています。☟こちらはネット上で拾わせていただいた画像です。

あまりじっくりと拝観する時間はなかったのですが、写実的で存在感がある坐像でした。
政子の坐像といえば、菩提寺でもある鎌倉・安養院の坐像がよく知られていますが、
私はこちら、乗蓮寺の坐像の面差しに「尼将軍」と呼ばれた政子の実像が浮かびました。

浅草から弘明寺までは近いとはいいがたく、このたびのツアーの乗蓮寺参詣は貴重な機会でした。
いつか個人的に再訪してお参りさせていただきたいです。
政子坐像(政子自刻像)拝観後、最後に本堂2Fでご本尊の不動明王にお参りしました。
ここで解散。
雨天でなければ、本来行くはずだったスポットは…
井土ヶ谷事件跡碑、北向地蔵・政子の井戸(御台所の井戸)・福聚寺(ふくじゅじ)。
14時ごろにJR保土ヶ谷駅で解散の予定でした。
希望者はガイドさんに京急「井土ヶ谷」駅まで送っていただきました。



ここから京急線で横浜へ。
都営浅草線に乗り入れている京急線「高砂行」に乗り換えて浅草に帰りました。
レインシューズを履いて行ったせいか、ちょっと疲れてしまった…
ひさしぶりの参加だったので、半日でちょうど良かったかもしれません。









