若宮大路の「800年前《鎌倉時代》遺構保存展示中」の見学に行って来ました。
写真をクリックすると大きな画像を見ることができます。
2019年2月2日(土)
いまさらですが…ずっと行きたかった
若宮大路の「800年前《鎌倉時代》遺構保存展示中」の見学に行って来ました。

この場所は「北条小町邸跡」という遺跡名称で呼ばれています。
鎌倉時代、本遺跡のある若宮大路周辺や、東方の滑川に至る一帯には、
鎌倉幕府の有力御家人、北条氏の屋敷が多くありました。
その中でも本地点付近は北条氏代々の本家筋(得宗)の屋敷があったとされる場所です。
またこの地は、源頼朝が築いた大蔵幕府が廃絶した後に、
北条氏によって幕府機能が移され、将軍御所が築かれた場所でもあります。
平成26年2月から4月にかけて行われた発掘調査では、屋敷の西側の一角や、
鎌倉時代前期から江戸時代頃までにかけての若宮大路の道路面が複数発見されました。
道路遺構の東側からは若宮大路の側溝(堀)も発見されました。
今回発見された一番古い道路面(13世紀前半)は、
鎌倉幕府第三代執権北条泰時が歩いたと想像されます。
この地下遺構展示は、発見された若宮大路側溝と遺跡の堆積土層を、
造形保存という方法で原位置再現したものです。
遺跡からは数多くの埋蔵物が発見され、木片、瓦、鉄釘など建築に使用されていたものなどや、
当時の銭や下駄なども発掘されました。
ガラス張りの床の下に「鎌倉時代」の生活の跡をかいま見ます。

これが芥穴(ごみあな)。

これは鎌倉時代前期の若宮大路道路面…

今回発見された一番古い道路面(13世紀前半)は、
鎌倉幕府第三代執権北条泰時が歩いたと想像されます。
☝萌え〜
エンドレスで流れているモニターに映し出される「保存作業風景」

発見された埋蔵物…
青磁碗、白磁瓶子、鉄釘、木簡、下駄、砥石(とぎいし)、獣骨、貝…

遺跡からは数多くの埋蔵物が発見され、木片、瓦、鉄釘など建築に使用されていたものなどや、
当時の銭や下駄なども発掘されました。
こうした埋蔵物を見ると、800年前とはそう昔のことではないと思えてきます。
写真をクリックすると大きな画像を見ることができます。
2019年2月2日(土)

いまさらですが…ずっと行きたかった
若宮大路の「800年前《鎌倉時代》遺構保存展示中」の見学に行って来ました。

この場所は「北条小町邸跡」という遺跡名称で呼ばれています。
鎌倉時代、本遺跡のある若宮大路周辺や、東方の滑川に至る一帯には、
鎌倉幕府の有力御家人、北条氏の屋敷が多くありました。
その中でも本地点付近は北条氏代々の本家筋(得宗)の屋敷があったとされる場所です。
またこの地は、源頼朝が築いた大蔵幕府が廃絶した後に、
北条氏によって幕府機能が移され、将軍御所が築かれた場所でもあります。
平成26年2月から4月にかけて行われた発掘調査では、屋敷の西側の一角や、
鎌倉時代前期から江戸時代頃までにかけての若宮大路の道路面が複数発見されました。
道路遺構の東側からは若宮大路の側溝(堀)も発見されました。
今回発見された一番古い道路面(13世紀前半)は、
鎌倉幕府第三代執権北条泰時が歩いたと想像されます。
この地下遺構展示は、発見された若宮大路側溝と遺跡の堆積土層を、
造形保存という方法で原位置再現したものです。
遺跡からは数多くの埋蔵物が発見され、木片、瓦、鉄釘など建築に使用されていたものなどや、
当時の銭や下駄なども発掘されました。
ガラス張りの床の下に「鎌倉時代」の生活の跡をかいま見ます。

これが芥穴(ごみあな)。

これは鎌倉時代前期の若宮大路道路面…

今回発見された一番古い道路面(13世紀前半)は、
鎌倉幕府第三代執権北条泰時が歩いたと想像されます。
☝萌え〜

エンドレスで流れているモニターに映し出される「保存作業風景」

発見された埋蔵物…
青磁碗、白磁瓶子、鉄釘、木簡、下駄、砥石(とぎいし)、獣骨、貝…

遺跡からは数多くの埋蔵物が発見され、木片、瓦、鉄釘など建築に使用されていたものなどや、
当時の銭や下駄なども発掘されました。
こうした埋蔵物を見ると、800年前とはそう昔のことではないと思えてきます。









