今年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」主人公の渋沢栄一翁の出身地、埼玉県深谷市で「渋沢栄一 青天を衝け 深谷大河ドラマ館」をはじめ、史跡めぐりをしてきました。
【前編】はJR高崎線深谷駅から「渋沢栄一 青天を衝け 深谷大河ドラマ館」までです。
➡深谷「青天を衝け」史跡めぐり【後編】 211215 に続きます。
2021年12月15日(水)
まるでミニ東京駅!?といった外観。関東の駅100選。
かつて赤レンガ造りで栄えた街、深谷市の玄関口のJR高崎線深谷駅です。開業20周年だそう。

1914年に建てられた東京駅丸の内口駅舎には、
深谷市にある日本煉瓦製造株式会社製のレンガが使われました。
日本煉瓦製造株式会社(現存せず)は、深谷市出身の実業家 渋沢栄一が作った
日本で最初の機械式レンガ工場。ちなみに赤坂迎賓館や帝国ホテルなどのレンガも同社製です。
そんな東京駅との繋がりから、1996(平成8)年に深谷駅が改修する際、
東京駅を模して建てられたそうで、改修にかかった費用は約35億円。
レンガパネル約50万個を使用して、完成度の高いモダンな駅舎に生まれ変わりました。
深谷は在住の浅草からは思ったより遠かったですね…もう群馬県はすぐそこ、なんですもん。
今日は1日かけてここ深谷市内でNHK大河ドラマ「青天を衝け」の
「渋沢栄一 青天を衝け 深谷大河ドラマ館」をはじめ、
渋沢栄一翁ゆかりの地をできる限り訪ねたいと思います。
大河ドラマ放送中ということもあってか、番組が終わってもそのままなのか、
駅の構内でも地元の偉大な英雄である渋沢栄一翁関連の待合室なども目にしました。
駅前にはそんな渋沢栄一翁の控えめな銅像が。

深谷といえば「深谷ねぎ」が有名ですが、深谷ねぎをイメージした深谷市のゆるキャラ、
「ふっかちゃん」が自動回転する時計台がありました。

この時計、毎時0分になると「ふっかちゃん」の代わりに、渋沢栄一像が出現!
青い目の人形と市松人形を手に持って下からゆっくり登場するのだそうです。
深谷大河ドラマ館の開館中、1日に数本運行している「論語の里」循環バスを利用しようと、
「仲町」バス停まで歩いたのですが、深谷大河ドラマ館まで歩いて行けそうなので、
バスを待たずに歩いて行くことにしました。
「ふっかちゃん横丁」ですか…いいですねぇ。帰りにここで一杯飲りたいものです。

深谷市役所を過ぎたあたりから、

沿道にのぼり旗が出てきました。

このバスが当初乗る予定だった「論語の里」循環バスですね。

あれが「渋沢栄一 青天を衝け 深谷大河ドラマ館」か。

深谷生涯学習センター・深谷公民館1Fに期間限定(2月16日(火)〜1月10日(月・祝))開館。

受付では検温と手指の消毒のみ。

施設の入口では大きなふっかちゃんが迎えてくれます。

奥の「渋沢栄一 青天を衝け 深谷大河ドラマ館」館内窓口で、
入館料800円(大人)をお支払いして入館です。事前予約はしなくても大丈夫でした。
当館は、主人公の渋沢栄一が生まれ育った家として創作されたセットが、
栄一を取り巻く家族や親戚など登場人物たちの当時の暮らしぶりを身近に感じさせてくれます。
撮影風景やキャストのインタビューを上映する「4Kドラマシアター」
ドラマに登場する衣装や小道具のコーナーでは、大河ドラマの❝あの❞シーンが蘇ってきます。
深谷ゾーンでは、周辺の観光情報なども発信しています。
※ドラマの進行内容に合わせて展示内容も更新されていたようです。
左から渋沢喜作・栄一・千代。

子どもの頃の栄一(小林優仁)がこちらを覗いています。

血洗島の渋沢一族や親戚の尾高家の人々。実直な人柄がとても魅力的だったなぁ。

中の家(なかんち)の中。かまどのそばに栄一の母「ゑい」と栄一の姉の「なか」が見えます。


神道無念流(しんどうむねんりゅう)の剣豪として名をとどろかせた
尾高長七郎。

渋沢てい❤尾高平九郎(岡田健史〔けんし〕)。恋仲はドラマの中だけのお話のようです。

👆この3人が実際に着用した衣装はコチラ。
この衣装を見ていると、なんといっても平九郎の最期が思い出されて…グッときます(泣)。

こちらもグッとくる小道具です。

栄一の父・市郎右衛門。
自身も「中の家(なかんち)」を立て直すための婿養子だったためか、実は栄一のよき理解者。
この人が跡取りの栄一に家業を継がせることに固執していたら…将来の渋沢栄一の偉業もない。
かなりの重要人物ですよね!? いまの日本にとって。

渋沢家の家業は藍玉の製造販売。
栄一は、子供の頃から家の仕事を手伝ううちに商売の才能を身に着けました。


パリのエレベーターに乗ってびっくり。

血洗島獅子舞。約450年の歴史があり、鎮守の諏訪神社の祭りで奉納されます。

栄一の10歳上のいとこ(市郎右衛門の姉の子)、尾高惇忠。深谷市下手計(しもてばか)村生まれ。
通称:新五郎。長七郎・千代・平九郎たちの長兄。
17歳で自宅に尾高塾を開き、近隣の子どもたちを教えました。
初代場長を勤めた「富岡製糸場行啓(ぎょうけい)の漢詩」の掛け軸(複製品)。

惇忠の北武蔵から攘夷を起こすための
横浜焼き討ち計画の血判状。撮影で使用。

10月に訪ねた「渋沢×北区 青天を衝け 大河ドラマ館」とはまた趣が異なり、
深谷ならではの雰囲気がよく出ていて素晴らしい展示だったと思います。
本当にここまで来た甲斐がありました。
🌟ご参考:『渋沢×北区 青天を衝け大河ドラマ館』へ 211008
物産館のみの利用は無料です。
いろいろ買いたかったのですが、道中先が長く荷物になるので断念しました。
「渋沢栄一 青天を衝け 深谷大河ドラマ館」を後にしました。
駐車場のトイレに新1万円札が…

さて、これから中の家(なかんち)をはじめ、渋沢栄一翁ゆかりの史跡を訪ねるのですが、
さすがに徒歩で血洗島まで行くのは大変なので、「論語の里」巡回バスを利用します。

停留所。

バスの運転手さんから1日券(500円)買いました。

➡深谷「青天を衝け」史跡めぐり【後編】 211215 に続きます。
【前編】はJR高崎線深谷駅から「渋沢栄一 青天を衝け 深谷大河ドラマ館」までです。
➡深谷「青天を衝け」史跡めぐり【後編】 211215 に続きます。
2021年12月15日(水)

まるでミニ東京駅!?といった外観。関東の駅100選。
かつて赤レンガ造りで栄えた街、深谷市の玄関口のJR高崎線深谷駅です。開業20周年だそう。

1914年に建てられた東京駅丸の内口駅舎には、
深谷市にある日本煉瓦製造株式会社製のレンガが使われました。
日本煉瓦製造株式会社(現存せず)は、深谷市出身の実業家 渋沢栄一が作った
日本で最初の機械式レンガ工場。ちなみに赤坂迎賓館や帝国ホテルなどのレンガも同社製です。
そんな東京駅との繋がりから、1996(平成8)年に深谷駅が改修する際、
東京駅を模して建てられたそうで、改修にかかった費用は約35億円。
レンガパネル約50万個を使用して、完成度の高いモダンな駅舎に生まれ変わりました。
深谷は在住の浅草からは思ったより遠かったですね…もう群馬県はすぐそこ、なんですもん。
今日は1日かけてここ深谷市内でNHK大河ドラマ「青天を衝け」の
「渋沢栄一 青天を衝け 深谷大河ドラマ館」をはじめ、
渋沢栄一翁ゆかりの地をできる限り訪ねたいと思います。
大河ドラマ放送中ということもあってか、番組が終わってもそのままなのか、
駅の構内でも地元の偉大な英雄である渋沢栄一翁関連の待合室なども目にしました。
駅前にはそんな渋沢栄一翁の控えめな銅像が。

深谷といえば「深谷ねぎ」が有名ですが、深谷ねぎをイメージした深谷市のゆるキャラ、
「ふっかちゃん」が自動回転する時計台がありました。

この時計、毎時0分になると「ふっかちゃん」の代わりに、渋沢栄一像が出現!
青い目の人形と市松人形を手に持って下からゆっくり登場するのだそうです。
深谷大河ドラマ館の開館中、1日に数本運行している「論語の里」循環バスを利用しようと、
「仲町」バス停まで歩いたのですが、深谷大河ドラマ館まで歩いて行けそうなので、
バスを待たずに歩いて行くことにしました。
「ふっかちゃん横丁」ですか…いいですねぇ。帰りにここで一杯飲りたいものです。

深谷市役所を過ぎたあたりから、

沿道にのぼり旗が出てきました。

このバスが当初乗る予定だった「論語の里」循環バスですね。

あれが「渋沢栄一 青天を衝け 深谷大河ドラマ館」か。

深谷生涯学習センター・深谷公民館1Fに期間限定(2月16日(火)〜1月10日(月・祝))開館。

受付では検温と手指の消毒のみ。

施設の入口では大きなふっかちゃんが迎えてくれます。

奥の「渋沢栄一 青天を衝け 深谷大河ドラマ館」館内窓口で、
入館料800円(大人)をお支払いして入館です。事前予約はしなくても大丈夫でした。
当館は、主人公の渋沢栄一が生まれ育った家として創作されたセットが、
栄一を取り巻く家族や親戚など登場人物たちの当時の暮らしぶりを身近に感じさせてくれます。
撮影風景やキャストのインタビューを上映する「4Kドラマシアター」
ドラマに登場する衣装や小道具のコーナーでは、大河ドラマの❝あの❞シーンが蘇ってきます。
深谷ゾーンでは、周辺の観光情報なども発信しています。
※ドラマの進行内容に合わせて展示内容も更新されていたようです。
左から渋沢喜作・栄一・千代。

子どもの頃の栄一(小林優仁)がこちらを覗いています。

血洗島の渋沢一族や親戚の尾高家の人々。実直な人柄がとても魅力的だったなぁ。

中の家(なかんち)の中。かまどのそばに栄一の母「ゑい」と栄一の姉の「なか」が見えます。


神道無念流(しんどうむねんりゅう)の剣豪として名をとどろかせた
尾高長七郎。

渋沢てい❤尾高平九郎(岡田健史〔けんし〕)。恋仲はドラマの中だけのお話のようです。

👆この3人が実際に着用した衣装はコチラ。
この衣装を見ていると、なんといっても平九郎の最期が思い出されて…グッときます(泣)。

こちらもグッとくる小道具です。

栄一の父・市郎右衛門。
自身も「中の家(なかんち)」を立て直すための婿養子だったためか、実は栄一のよき理解者。
この人が跡取りの栄一に家業を継がせることに固執していたら…将来の渋沢栄一の偉業もない。
かなりの重要人物ですよね!? いまの日本にとって。

渋沢家の家業は藍玉の製造販売。
栄一は、子供の頃から家の仕事を手伝ううちに商売の才能を身に着けました。


パリのエレベーターに乗ってびっくり。

血洗島獅子舞。約450年の歴史があり、鎮守の諏訪神社の祭りで奉納されます。

栄一の10歳上のいとこ(市郎右衛門の姉の子)、尾高惇忠。深谷市下手計(しもてばか)村生まれ。
通称:新五郎。長七郎・千代・平九郎たちの長兄。
17歳で自宅に尾高塾を開き、近隣の子どもたちを教えました。
初代場長を勤めた「富岡製糸場行啓(ぎょうけい)の漢詩」の掛け軸(複製品)。

惇忠の北武蔵から攘夷を起こすための
横浜焼き討ち計画の血判状。撮影で使用。

10月に訪ねた「渋沢×北区 青天を衝け 大河ドラマ館」とはまた趣が異なり、
深谷ならではの雰囲気がよく出ていて素晴らしい展示だったと思います。
本当にここまで来た甲斐がありました。
🌟ご参考:『渋沢×北区 青天を衝け大河ドラマ館』へ 211008
物産館のみの利用は無料です。
いろいろ買いたかったのですが、道中先が長く荷物になるので断念しました。
「渋沢栄一 青天を衝け 深谷大河ドラマ館」を後にしました。
駐車場のトイレに新1万円札が…

さて、これから中の家(なかんち)をはじめ、渋沢栄一翁ゆかりの史跡を訪ねるのですが、
さすがに徒歩で血洗島まで行くのは大変なので、「論語の里」巡回バスを利用します。

停留所。

バスの運転手さんから1日券(500円)買いました。

➡深谷「青天を衝け」史跡めぐり【後編】 211215 に続きます。









