mamataroおでかけ日記

在住の浅草から近い都内、主人(旦)の実家がある京都周辺、あるいは鎌倉など。イベントや寺社・史跡巡りが記事の中心です.

【栃木県内の神社仏閣】

日光山輪王寺・三仏堂「天空廻廊」〜〔復路〕 170610

日光山輪王寺・【重要文化財】三仏堂「天空廻廊」を見物。

写真をクリックすると大きな画像を見ることができます。

2017年6月10日(土)のち

日光山輪王寺公式HP「日光山 輪王寺とは」より
比叡山「延暦寺」(滋賀県)に「延暦寺」という建物はありません。
山上山下のたくさんの寺院を統合して「比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)」というのです。
「日光山 輪王寺(にっこうざんりんのうじ)」も同じで、日光山全体を統合していました。
明治の神仏分離以降でも本堂・大猷院・慈眼堂・常行堂・中禅寺・大護摩堂・四本龍寺等のお堂や
本坊、さらに十五の支院を統合してできており、その全体を指して「輪王寺(りんのうじ)」と総称します。

…なるほど納得です。
その「輪王寺」にある日光山の総本堂・【重要文化財】三仏堂は、
約50年ぶりとなる大々的な保存修理中でありますが、
2011(平成23)年4月29日〜期間限定の新名所・天空回廊を設けて、保存修理工事の様子を拝観できるようになっています。
三仏堂内のみの見学は一般400円。
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原則的には内部の写真撮影は禁じられていますが、
☟ 撮影が許可されている場所の写真は撮影できます。
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とにかくスケールの大きさにびっくり。
完成した暁にはまたお参りに来たいです♡ どんな姿になるんだろう!?


7Fまで自分の足で階段を上るのはちょっと大変でしたが、なんとか天空廻廊に到着。
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東武日光駅の三角屋根が遠くに見えました👀
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三仏堂を出ました。


こちらは相輪塔です。
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お線香も有名なんですね。
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けっこう歩いてますね💦 こりゃあ疲れるわけだぁ…
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帰りもブラブラ東武日光駅まで歩いて行きます👟 👟

途中、みしまやで名物の「三猿人形焼」を買いましたよ〜(^^♪
3匹セットで390円(税込)でした!
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帰りの電車は17:23発のスペーシア。
栃木といえば「レモン牛乳」ソフトを食べながら歩く私。
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けっこうギリギリになってしまいました…もうちょっとゆっくりしたかったなぁ。
ひさしぶりにたくさん歩いて、帰りの電車ではめっちゃ爆睡でした!






日光東照宮μ欧蠻〜奥院・家康墓所 170610

日光東照宮μ欧蠻〜奥院・家康墓所をアップ。

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2017年6月10日(土)

さて、最後に日光東照宮の最深部「奥宮(家康の墓所)」へ向かいます。

なんだ、この行列は?というくらい参拝者が多くて、旦ともどもちょっと疲れてきました。
この程度で?と思われるかもしれませんが、
国内外の観光客でごったがえす浅草で日常生活を送っているので、すぐ人疲れするのですね…
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奥宮の入口に鎮座ましますのはこちら。
江戸初期の伝説的な彫刻の名人・左甚五郎 作といわれる
かの有名な【国宝】眠り猫、実は意外と小さい
体長21cmほどしかありません。
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「眠り猫」とはいえ、実際のところ猫は体を丸めて眠るのでこのような体勢で眠ることはありません。
つまり眠った❝フリ❞をしているのでした。
猫の顔も江戸時代の平均身長150cmぐらいの高さから見ると優しい表情で寝ているような、
穏やかな表情に見えるのですが、少し離れて前足が完全に見える位置から見ると(写真左)、
耳が立ち、目は吊り上がって威嚇の表情に見えます。
目はつぶっているけれど、何かあったらいつでも飛びかかれるような戦闘態勢になっています。
実は見る角度や高さによって猫の表情が変わり、3Dのアニメーションみたいな彫刻なのです。
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見落としがちですが、
眠り猫の裏面(背面)は雀の彫刻です。
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猫が穏やかに寝ていれば、雀も安心して暮らすことができます。つまり平和な世の中。
ということで、彫刻の表面と裏面で、猫と雀が共存共栄を図れるような安心な国を表現しています。
「眠り猫」の彫刻は、裏面(平面)の雀の彫刻も含めて、ということになりましょうか、
この先の奥宮の墓所に「平和の守り神」として祀られている家康をイメージしているのでした。

眠り猫のすぐ上にある、坂下門(画像はナシ)から先が一般開放されるようになったのは、
ほんの約50年前からです。
それまでは将軍家など限られた人しか通れなかった「開かずの門」でした。

坂下門から家康のお墓がある参道は10分以上かかる長い石段です。
徳川歴代将軍も歩いたこの厳(おごそ)かな参道。
これまで拝観してきた色彩豊かな建物群とはガラリと雰囲気が変わりました。
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この狛犬さんも奉納されたもの。
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ついに到着。
奥社拝殿でお参りをさせていただきました。
家康の墓はこの拝殿の裏にあり、歴代将軍もこの拝殿で合掌していたそうです。
外装は銅板に黒漆を塗った落ち着いた建物です。
(写真中)徳川家の葵の御紋の他に「法輪」という仏教の教えが広がるようにつくられたシンボルも。
仏教のトレードマークがあることも見逃せません。
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拝殿の背中の扉を開け…
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鋳抜門(いぬきもん)を通って将軍家は宝塔(家康の墓)に参詣しました。

家康のお墓の前にある、その鋳抜門(いぬきもん)には狛犬(写真中)と、
蜃(しん・写真右)という龍にも似た不思議な動物の彫刻があります。
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「蜃気楼」の由来になった、気を吐いて人々を惑わす
城郭や楼台(ろうだい)の蜃気楼をつくり出す とも。

また、最後の御門である鋳抜門に仏教の御紋(シンボル)「法輪」が大きく施されているところに、
当時は神仏混合だったことが表れています。


墓前の鶴と亀の燭台。鶴が咥(くわ)えているものは!?
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あと、(鶴亀の燭台に)花瓶と香炉の三具足(みつぐそく)は、朝鮮国王から贈られたものです。
墓前に海外のものを置くということは、海外と友好を深めながら、国をしっかり守っていけというメッセージ。
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いよいよ家康の墓所、宝塔へ。
家康の亡骸(遺体)は地下に埋葬されています。
徳川歴代将軍も主に家康の命日(4月17日)に合わせて参拝していました。
江戸から日光まで約143劼3泊4日で歩いた行列は、
一世によると先頭が日光に到着した時に後ろはまだ江戸にいたともいわれています。
十代将軍・家治は人員23万人、馬30万頭以上動員したそうです。
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家康の墓は南を向いており、まさに北極星の下に鎮座しています(☝写真右は宝塔背後から)。
つまり北極星を背に江戸を見守るような向きに墓が建てられているのです。
(中国の北辰信仰による)天帝と共に地上の王が国を守っていく姿が見て取れます。


◆徳川家康の遺言◆
「御体をハ久能へ納、御葬礼をハ増上寺ニて申付、御位牌をハ三川之大樹寺ニ立、
一周忌も過候て以後、日光山に小キ堂をたて、勧請し候へ、 八州之鎮守に狩被為成」
◇◇◇現代語訳◇◇◇
「遺体は久能さんに埋葬し、増上寺で葬儀を行い、位牌は三河国の大樹寺に置き、
一周忌が過ぎてから、日光山に小さいお堂を建ててまつりなさい。 八州の鎮守になろう」



その、かつての江戸で平穏に暮らしている私なのです。


宝塔近くの「叶え杉」にお参りする行列。
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特に叶えて欲しいことがない私は並びませんでした。
叶えて欲しいとかお願い事がないという状態がここ何年も続いている気がします。
良く言えば過不足なく満たされている毎日、悪く言えば向上心のない「死に体」なのかもしれません。
いいことなのか悪いことなのか、よくわからないけれど、ただ毎日が流れるように過ぎていきます。
いや、光陰矢の如し。

次のページで日光はラストになります。






日光東照宮ヅ睫隋楚斥措法租豌麩 170610

日光東照宮ヅ睫隋楚斥措法租豌麩をアップ。

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2017年6月10日(土)

東照宮の陽明門をくぐると、徳川家康を祀る本殿に通じる【国宝】唐門です。
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屋根の頂には唐獅子もしくは「恙(つつが)」と呼ばれ、豹・虎・人間までもを食らう霊獣の彫刻が。
この恙がいない状態が「恙が無く(つつがなく)」=大丈夫という意味の言葉に使われ、
そんな恙でさえ仲間に取り入れて使っている…恙が有ってもいい、つまり恙をコントロールできるから、
東照大権現(家康)は「最強」ということになるのです。恙は夜の門番です。
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昼の門番は、屋根の上の龍です。この龍は逃げ出さないように尻尾が切られています。
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東照宮で最も重要な【国宝】本社の正門である【国宝】唐門は、徳川家の政治理念を表明しています。
(写真左)611体もの彫刻で特筆すべきは、中国の故事逸話をテーマにした人物彫刻。
(写真中)特に通路真上の「舜帝朝見の儀」は、天下泰平をもたらした実在の皇帝・舜帝を家康公になぞらえ、
平和な世を目指すという徳川幕府のマニフェストと考えられています。
(写真左)一木彫り。
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本殿に吊るされていた大きな鈴。この鈴はどんな由緒があるのでしょうか…
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唐門の向かって左テ方向に【重要文化財】神輿舎(しんよしゃ)
春秋渡御祭(5月18日、10月17日)に使われる、三基の神輿(みこし)が納められています。
御神体は向かって左が源頼朝、中央が徳川家康、右が豊臣秀吉。
頼朝と秀吉は家康が尊敬する人物です。
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【国宝】東廻廊、御朱印所の左テの透彫の金の「茄子」。
ナスは「無駄がない」「物事を成す」など、大願成就を意味し縁起が良いとされます。
東照宮では野菜の彫刻はこのなすびだけみたいです。
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さて、最後に東照宮の最深部、家康の墓所がある奥院に向かいます。
その入口で参詣者を見守っているのが、かの有名な【国宝】「眠り猫」。
続きは次のページです。






日光東照宮ね枳戚隋祖鮮鐘〜回転燈籠 170610

日光東照宮ね枳戚隋祖鮮鐘〜回転燈籠をアップ。

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2017年6月10日(土)

日光東照宮、いよいよ今回の日光詣のメイン【国宝】陽明門  です。

◆徳川家康の遺言◆
「御体をハ久能へ納、御葬礼をハ増上寺ニて申付、御位牌をハ三川之大樹寺ニ立、
一周忌も過候て以後、日光山に小キ堂をたて、勧請し候へ、 八州之鎮守に狩被為成」
◇◇◇現代語訳◇◇◇
「遺体は久能さんに埋葬し、増上寺で葬儀を行い、位牌は三河国の大樹寺に置き、
一周忌が過ぎてから、日光山に小さいお堂を建ててまつりなさい。 八州の鎮守になろう」

二代将軍・秀忠が日光に最初に造った東照宮は、父・家康の遺言に忠実に従った控えめなものでしたが、
三代将軍・家光は、祖父・家康の遺言に逆らって、いまの豪華絢爛な建造に変えてしまいました。
(最初の東照宮は三代将軍・家光によって群馬県太田市に移築され「世良田東照宮」として現存しています)

盤石になった徳川家の権威を全国に知らしめるため、さらに家康を神として崇(あが)めるため。
戦国時代に終止符を打って、これからは徳川家が平和を守り続けていく。
平和をつくった家康の子孫が代々将軍を務めれば世の中は安泰であるということを知らせるために
立派な建物を造ったのだそうです。


ちょうど2ヶ月前の2017年3月10日、2013年7月に着工された修復工事の完了を祝う式典とともに、
三代将軍家光による1636(寛永13)年創建当時の姿を現した陽明門。
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外部塗装劣化などを修繕する、約40年ぶり21回目の工事の総工費はおよそ12億円でした。
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陽明門については…
フリーペーパー、東武沿線見聞録「TOBUMARCO(トウブマルコ)」5・6月号2017Vol.64を参考に、
いつもより少し丁寧に拝観していきます。

当時、最高峰の技師たちによって造られた門の主役は、508体もの彫刻群…
1日中眺めていても見飽きないといわれ「日暮門」とも呼ばれた壮麗な陽明門を各彫刻ごとにじっくりと。


陽明門の夜を守る❶鬼瓦
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扁額の左右、徳のある治世で生きる想像上の動物❷麒麟(きりん)
顔が龍、体が鹿に似て頭に一角あり。
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扁額の左の麒麟を下から撮影。
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神秘的な力を持つ皇帝のシンボル❸龍
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龍によく似た神秘的な❹息(いき) …知らなければ見逃しそう…
東照宮内の建築装飾を記録した『宝暦結構書(ほうれきけっこうしょ)』にのみ登場。
その正体は謎に包まれている。
一角、ブタ鼻、鋭い牙、カールした体毛などが龍との見分けポイント。
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陽明門にだけにいる珍獣❺龍馬(りゅうば)全8体 一般には駿馬(しゅんば)といわれる霊獣。
顔は龍で二角、髭はない。体は馬に似て蹄(ひづめ)があり、脇に翼の名残あり。
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中国から伝承された架空の鳥❻鳳凰(ほうおう)は天下安寧の世に現れるという。桐との組み合わせ多し。
その下に❼目貫の龍。真正面の白龍は君主の象徴。あえてその👀を描かず。
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❽唐子遊び(からこあそび)は、北宋の政治家、司馬温公の子ども時代の逸話。
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この「司馬温公の甕割」は、溺れた友を助けるために、大切な水瓶を石で割った様子。
生命はどんなものにも勝るという教え。
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これは有名な「孟母三遷」。
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伝説の賢者たち❾聖賢。

これは「周公聴訴(しゅうこうちょうそ)」。
周公は孔子にも敬われた聖人。髪を洗っている最中でも訪ねてきた人の話に耳を傾けたという逸話。
訴えを聞くことの大切さを伝えています。
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これは「琴」。
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天井の➓昇り龍・降り龍を手掛けたのは狩野探幽本人。
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平安時代の武装をした⓫随身(ずいしん)が正面の左右を守ります。裏側(背面)には狛犬。
等身大に造られた精巧な像に江戸時代の参拝客は本物と見間違えたとか。
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膝のあたりの家紋が明智光秀の明智家の桔梗紋なのがミステリー。
加えて「明智平」の存在。「秀」忠と家「光」、家康の息子と孫の名前に「光秀」の文字が。
天海が実は光秀だったという伝説の真偽のほどは?
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天海は家康が死ぬ数年前に親密になり、「東照大権現」という号は天海が主導となってつけたもの。
会津の出身で葦名氏の一族というのが現在の通説のようです。


⓬⓭唐獅子は百獣の王。東照宮では最多の霊獣彫刻で、約半数の66体が陽明門の下層に集中。
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陽明門の裏側の彫刻もいつかじっくり見てみたい。
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⓮鳳凰と同格の知られざる霊長「鸞(らん)」は、中国伝来の想像上の鳥で天子の乗り物。
透塀の欄間に施された花鳥の彫刻のひとつ。
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陽明門の彫刻は以上です。


陽明門の向かって右テには【重要文化財】朝鮮鐘があります。
朝鮮国使の奉納で竜頭に小さな穴があり、「虫喰い鐘」とも云われています。
家光の長男でのちの四代将軍・家綱が誕生した折、朝鮮国から寄贈されたものだそうです。
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また、陽明門の向かって左テには1643年にオランダ(東インド会社)から寄贈されたに回転燈籠が。
内側が回転し、火を灯すと美しい光と影を作ります。(実際に火を灯したところを見てみたい♡)
アムステルダムで造られ、喜望峰をまわって船で長崎に運ばれてきたそうです。
この回転燈籠をよく見ると、徳川家の家紋「三葉葵」が誤って逆さまに付いていて間違っています。
しかし、外交を優先した三代将軍・家光は寛容に受け入れ容赦したとのこと。
怒らなかった徳川家の懐さに当時の参拝者は感じ入りました。
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朝鮮鐘も回転燈籠も鎖国時代に江戸幕府が海外との友好関係があったことを読み解くことができるのです。





日光東照宮8羶綣法狙墜篠撒錙粗酥敕甘籠 170610

日光東照宮8羶綣法狙墜篠撒錙粗酥敕甘籠アップです。

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2017年6月10日(土)

なんとか雨はやみ、撮影ができそうでよかった♡
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御水舎には飛龍がいました。羽根の生えた龍です。
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向かって左奥の屋根の先端が欠けているのも、未完成を好む当時の風潮か?
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ここは㊙開運スポット!
青銅鳥居に向かって3つめの三角△から2つめの菱形◇
夜、この「2」の◇のポイントに立つと、延長線上に北極星(北辰信仰の天帝)が見える真北。
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青銅鳥居〜陽明門〜唐門〜家康を祀る「本殿」〜家康の墓所「奥社」まで一直線に並んでいます。
そして上空には北極星、と。
また、この立位置の背後をずっと延長していくと江戸城に繋がる。
ここに北極星と家康のパワーが一点に集まって、江戸城に向かって行くのです。


ここに立てば、青銅鳥居、陽明門、唐門が一直線上に見えるはずですが、人が多くて唐門は見えづらい。
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あ。春日さん。
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(写真左)時々、人波が一瞬切れると見通しが良くなって唐門が見える👀
(写真右)青銅鳥居の最下部。蓮台になっていて神仏混合時代の名残。
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輪蔵。
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「南蛮鉄燈籠」…政宗奉納の鉄燈籠。
当時(海外の)鉄はとても貴重なものでした。この燈籠はポルトガル製。
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政宗はポルトガルとの交流があることを顕示したくて、この鉄燈籠を奉納しました。
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こちらは薩摩藩主・島津家久が奉納した青銅製の燈籠。
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このメインストリートの両脇に伊達と島津の燈籠が安置されているのか。
日本の北と南を治める格上の大大名である両氏を徳川家がちゃんと配下につけている、
さらに伊達と島津という最強の軍隊が神前を守っていることを表しています。



石段を上がっていよいよ陽明門です。






日光東照宮表門〜三神庫〜神厩舎・三猿 170610

日光東照宮表門〜三神庫〜神厩舎・三猿をアップ。

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2017年6月10日(土)

太陽が出ていながら雨が降る、妙なお天気になりました。雨が止むことに期待。
拝観券(一般1300円)を購入して表門から入場します。
警備員さんが❝もぎり❞もしておられました。お疲れ様です☕
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【重要文化財】表門は東照宮最初の門で、別名「二王門」ともいいます。
両仁王像の裏(背面)には狛犬が安置されています。
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(写真左)通路側に向かい合わせの象の彫刻。
      象は地上で最も体重が重いので、地面を踏み鳴らすことで大地からの悪気を抑える意。
(写真中)唐獅子牡丹の両脇に麒麟と虎。
(写真右)外側に夢を食べる霊獣とされる獏(ばく)の彫刻。
      実は獏には他に「鉄」と「銅」という2つの好物があります。
      戦乱の世では武器に鉄や銅が使われてしまうので、獏は平和の世の中しか生きられない。
      平和な世の中をつくるために獏がここにいる…徳川265年を象徴するような彫刻なのです。
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【重要文化財】三神庫(さんじんこ)。
上神庫・中神庫・下神庫を総称して三神庫といい、
この中には春秋渡御祭「百物揃千人武者行列」で使用される馬具や装束類が収められています。
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たくさんの燈籠は全国の大名から寄進された燈籠です。

上神庫の屋根下には「想像の象」(狩野探幽下絵)の大きな彫刻が。
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その向かい側にある質素な建物が【重要文化財】神厩舎・三猿(しんきゅうしゃ・さんざる)。
神馬(しんめ)をつなぐ厩(うまや)です。
昔から猿が馬を守るとされているところから、長押上には猿の彫刻が8面あり、16匹の猿がいます。
人間の一生(人生)が風刺されています。
中でも全体の二番目にある「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿の彫刻が有名です。
彫刻部分は去年塗り直されて美しくなっていました。
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各彫刻の意味とは…
第1面:子育て 第2面(三猿):幼年期の教え 第3面:将来を考える 第4面:希望を持つ 第5面:挫折と慰め
第6面:恋に悩む 第7面:結婚する 第8面:妊娠する 再び第1面へ(何度も繰り返す)

家康は幼年時代を人質生活で過ごして苦労をしたが、
世の平和はまず「家族の平和」から、という家康の思いが込められている。



足元を見ると、石畳の◇の先端の角は↑ (矢印)。
角(矢印)の向きに誘導されて参道を進めるように石畳が敷かれています。
このまま御水舎の方に進みます。
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日光東照宮/清供狙伉撒錙糎渊電磧170610

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2017年6月10日(土)

東武日光駅から日本ロマンチック街道を北上して、朱塗りの「神橋(しんきょう)」に辿り着きました。
神橋は聖地日光のいわば表玄関。日本三大奇橋のひとつです。
縁結びのご利益があるとされ、人気スポットになっています。
橋の袂で300円を納めて渡ることができます(が、今日は渡らず)。
ここから聖域…下を流れる大谷川(おおたにがわ)の清流に心洗われるよう。
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世界遺産「日光の社寺」の石碑前から始まる参道の石段を上がって行きます。
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なんともはや、情けないことに、この石段を上りながらすでに足が疲れています。
なおかつ、予想だにしなかった雨が降り出し、テンション、ダダ下がり…
勝道上人像まで辿り着き、もう一息といったところ。
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今からおよそ1250年前の奈良時代、山岳仏教の僧侶 勝道(しょうどう)が
神のお告げに導かれてここ日光山に二荒山神社と輪王寺を開いたと伝わります。
以来日光山全体が聖地とされ、(あの源頼朝も信仰)
さらに江戸時代になって徳川家康の霊廟として建てられたのが日光東照宮です。

そして日光山輪王寺・日光二荒山神社・日光東照宮の2社1寺=3つの建造物群、
それを取り巻く遺跡が1999(平成11)年に「日光の社寺」として世界文化遺産に登録されています。

明治政府による神仏分離令以前は神仏混合であり、もともと神社とお寺は一体であったため、
東照宮は神社でありながら仏教的要素がもりだくさんなのです。

さて、いよいよ東照宮に到着です。
杉木立に囲まれて荘厳な雰囲気…
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社号柱で記念撮影。
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【重要文化財】の石鳥居。「東照大権現」は時の天皇の筆によります。
鳥居前の石段はわずか10段ながら、最下段幅7m50mから最上段幅6m50cmと道幅を狭め、
遠近法を用いることで、鳥居を大きく見せ、家康の墓がある場所を荘厳さを演出しています。
江戸時代に造られたものとしては最大級、花崗岩製の石鳥居は福岡藩初代藩主・黒田長政の奉納。
はるばる福岡・玄海灘から船で運び出したもの。
s-P1040117s-P1040129s-P1040124






外様大名ならではの忠誠心の現れ。
関ヶ原の戦いで斬り込み隊長的な役割を果たした長政は、
家康から大幅に領地を加増されて大いに恩義を感じていました。
この石鳥居に始まって、日本各地から寄進されたものが東照宮の随所に存在しています。

一番上の段中央にある「照降石(てりふりいし)」といって天気を占える石。
湿度が高くなると右が黒くなり、左右の色が違うほど天気が崩れるといわれます。
(写真左)雨が降り出して、左右の色の差がなくなった。
s-P1040122
(写真右)帰る頃、雨が止んで左右の色の差がはっきりと。
s-P1040468







一枚石ですが密度の違う石が合体しており、
南側にある山の雲のかかり具合で、石の濃さと山の雲の関係で、
あと何分後に雨が降るということがわかったのだそうです。

この「照降石(てりふりいし)」の位置はこちらです!
s-P1040470








石鳥居を抜けてすぐの左テに五重塔があり、初層の心柱を特別公開しています。
s-P1700786s-P1700648s-P1700658







実はこの五重塔は「未完成」です。
最上層の垂木だけ「扇垂木」になっていて、多層の垂木は「並行垂木」になっています。
昔は1ヶ所だけ(ここでは最上層)違った仕様にすることで意図的に未完成にする風潮があったのだそうです。
完璧に造ってしまうとあとは崩壊していくだけだから。
s-P1040175s-P1040170s-P1040131










東側の右から虎(寅)・兎(卯)・龍(辰)の彫刻は、
初代・家康(寅) 二代・秀忠(卯) 三代・家光(辰)の生まれ年の干支を表しています。
s-P1040163s-P1040160s-P1040159







南側(左テ)に回ると、蛇(巳)・馬(午)・羊(未)…という具合に、
東・西・南・北の四面に十二支の干支の彫刻が順番に3つずつありますが、
四代・家綱(巳)と四代将軍までは奇跡的に連続していますが、
五代・綱吉はご存知のように(戌)ですので、残念ながらここで途切れてしまいました。


東照宮全体で26種の生物の彫刻があり、頭数にすると714頭にものぼります。
いろいろな動物を見つける楽しみが。
s-P1040132s-P1040133







ここ五重塔でしか見られないのが、ネズミ・ヘビ・ウマ。
ネズミやヘビは自然発生的に見れますし、馬は神馬がいるので珍しくないからです。
s-P1040143s-P1040144







西側の面の扉が開かれ、初層の心柱が特別公開されています。
写真撮影は禁止です。
s-P1040135
心柱を地上から10冑發せることによる免震構造は、
東京スカイツリーにも転用されています。
s-P1700655
塔の北側に回ると隙間から観れます。
s-P1040146








前回は積雪の影響で運悪く拝観不可になっていた五重塔の心柱。
ようやく観ることができて良かったです。


✑参考資料
・「ブラタモリ #25 日光東照宮」 2015年12月12日(土)19:30〜放送
・「お坊さんバラエティ ぶっちゃけ寺 新春3時間スペシャル 
 日光東照宮でぶっちゃけ寺の初詣!徳川家の謎解明SP」 2016年1月4日(月)19:00〜放送

日光殿堂案内共同組合理事長(東照宮で江戸時代から続く「堂者引き〔案内人〕」)春日武之氏のガイドによるロケ 



日光・輪王寺の家光廟所「大猷院」へ 1402285

日光・輪王寺の家光廟所(国宝・大猷院廟)に行ってきました。

写真をクリックすると大きな画像を見ることができます。

2014年2月28日(金)

東照宮、二荒山神社から輪王寺(りんのうじ)の大猷院(たいゆういん)へ。
徳川家康の孫で、東照宮を建立した三代将軍家光の廟所(墓所)です。
二社一寺の位置関係はコチラの地図をご参照ください。

s-大猷院P1020547s-大猷院P1080784








滋賀県の比叡山「延暦寺」に「延暦寺」という建物はなく、
山上山下の多くの寺院を統合して「比叡山延暦寺」という具合に、
こちらの「日光山 輪王寺(にっこうざんりんのうじ)」も日光山全体を統合していました。
明治の神仏分離以降も本堂・大猷院・慈眼堂・常行堂・中禅寺・護摩天堂・四本龍寺等のお堂や本坊、
さらに十五の支院を統合して、その全体を「輪王寺」と総称しています。
日光山輪王寺公式HPより


入口の「仁王門」から家光公墓所の入口「皇嘉門」(こうかもん)まで、
意匠の異なる大小6つの門で境内が立体的に仕切られており、
門をくぐるたびに景色が変わって、あたかも天上界に昇っていくような印象を与えます。

拝観料を納めて、写真左から「仁王門」、工事中の「二天門」、「夜叉門(牡丹門)」。
雪の冷気と静謐な空気の中、石段を上りながら進んでいきます。

s-大猷院仁王門P1080785s-大猷院二天門P1080794s-大猷院夜叉門P1080803









続く「唐門(からもん)」は唐風の様式でできており、総金箔張り・群青・緑青・朱などの極彩色が施されています。
唐門の中央には、金地の波に白龍が彫られ、「青海波に玉取りの白龍」と呼ばれています。

s-大猷院唐門P1080805s-大猷院唐門P1080806









いよいよ「大猷院廟」に到着。大猷院の中心建造物です。
建物全体に純金に近い金箔が多様されているので、別名「金箔殿」とも呼ばれています。
江戸時代最高の技術を駆使した、(写真左から)拝殿・相の間・本殿で構成される権現造り。
東照宮に似ていますが、より洗練されていて「権現造りの完成された様式」ともいわれます。
明治41年に国宝に指定されました。

s-大猷院拝殿P1080813s-大猷院相の間P1080816s-大猷院本殿P1080826








家康公の廟所(東照宮)を凌いではならないという家光の遺命によって、
彩色や彫刻は控え目に造られましたが、かえってそれが重厚で落ち着いた雰囲気を醸し出しています。
靴を脱いで拝殿(撮影禁止)に上がり、家光公御位牌を拝ませていただきました。
歴代将軍が参拝した拝殿…その内部には徳川御三家が奉納した献上品などがあります。
徳川家の御用絵師である狩野探幽の代表作「唐獅子」、祖父家康から贈られ家光が着用した鎧なども。

偉大なる祖父・家康への並々ならぬ畏敬。
家康は、両親(秀忠と江)の愛情と期待を一身に受ける優秀な弟・国松ではなく、
自分(家光:幼名・竹千代)を三代将軍に指名しました。
生まれながらの将軍という立場に苦悩しながら泰平の世の礎を築いた家光の治世。
力尽きて48歳没、遺命した永久の安息所は…
幾度となく夢にまで現れた祖父の東照宮から500メートルのこの地でした。

そして、雪の中にたたずむ「皇嘉門(竜宮門)」。
奥の院(家光の墓所)の入口です。

s-大猷院皇嘉門P1020544s-大猷院奥の院P1020537








廟所のある大黒山を下山し、大猷院を後にして、
同輪王寺の「三仏堂」の修理見学施設に行ってみましたが、
受付時間を超過していて残念ながら中に入ることはできなかったので、外観のみ撮影してきました。

s-輪王寺三仏堂P1080843s-輪王寺三仏堂P1080846








少し早いですが、夕方から用事があるので、
来た時と同様、復路も徒歩で東武日光駅に向かいます。
11時に到着して17時25分頃の電車で帰ったので、半日あまりの短い滞在時間でしたが、
日光東照宮や輪王寺・大猷院で、家康と家光の御霊に触れたような気持になりました。
来年は東照宮の四百年式年大祭(家康公没後400年)ですね、ぜひまた訪れたいです。

日光東照宮と二荒山神社 1402284

日光東照宮と二荒山神社に行ってきました。

写真をクリックすると大きな画像を見ることができます。

2014年2月28日(金)

東武日光駅から徒歩で二社一寺を目指します。
途中、金谷ホテルのコーヒーラウンジでランチ後、いよいよ東照宮へ。

あちらの神橋。前回、もう14年半ほど前に来た時は車だったせいか、
覚えていないので、初めて観るも同然です。
参道も1ミリも覚えていない…当時はあまり興味がなかったんでしょうね。

s-神橋P1080592
s-参道P1080614








前回の日光行きは1999(平成11)年9月11日(世界遺産に登録されたのは同年12月のこと)。
まだデジカメが世に出回る前で撮影したのはフィルムカメラでした。
日帰り旅で華厳の滝や中禅寺湖、いろは坂、日光江戸村も回るハードスケジュールだったこともあり、
東照宮は超有名な「三猿」と「陽明門」「眠り猫」だけ観て帰ったので、その写真しかありません。
当時はなんにもわかってなかったです…今日は観るべきはきちんと観てこようと。

東照宮です。荘厳な杉木立の参道から杉の芳香が漂っています。
残雪の冷気と相まって身が引き締まるようです。

s-東照宮P1080615s-東照宮P1020393










「五重塔心柱」特別公開も目的の一つだったのですが、積雪のため公開を中止しており、
たいへん残念でしたが、授与所で1部100円のファイルを記念に購入するにとどまり、
またの機会(会期延期中再訪)を楽しみにしたいと思います。

s-東照宮P1080626s-東照宮五重塔P1020397









拝観料(大人1300円)をお支払して表門をくぐります(落雪注意)。
去年(2013年)の7月から社寺共通拝観券の取り扱いが停止になったんですよね。
詳しくはコチラをご参照ください。

境内音声ガイドを借りたかったですが、借りると根が生えてしまいそうで(笑)、
今日はあまり時間がないため控えました。いつかお借りしたいです。

s-東照宮境内案内図P1080880s-東照宮表門P1080644











まずは、神厩舎の彫刻で超有名な「三猿」。
お猿さんはお馬さんの病気を治してくれるといわれることから、猿の彫刻が施されています。
誕生(親子)から独り立ち、結婚、懐妊(次の世代へ継承)までの穏やかな一生を描いた
8面の彫り物が飾られているのですね。

s-東照宮神厩舎P1020414s-東照宮神厩舎P1020419









「三猿」は「子供のうちは悪いことは見ない・聞かない・言わない方がいい」という教え…なるほど。
前回は8面あることに気づきもしませんでした。こちらが「懐妊」がある面ですね。
で、再び1面の左端にある「親子」の彫刻に戻ってまた繰り返す人生。
近くの授与所でここでしか買えない三猿の可愛い「身体健康御守」を購入。
近年健康不安があるので、さっそく身近な持ち物につけようと思います。

s-東照宮神厩舎P1080650s-東照宮神厩舎P1080658
s-東照宮三猿守P1080865










東照宮は手水舎も豪華ですね。
唐破風の屋形柱は花崗岩で腐らない工夫がされています。
水盤は元和四年(1618)に鍋島勝茂(三十五万石)が奉納したもの。
銅鳥居から堂々見えるはずの国宝「陽明門」は平成の大修理中でシートを被っています。
石段下、右手に伊達政宗(六十二万石)が奉納した「南蛮鉄燈籠」がありますが、
これはポルトガルから鉄を運んで鋳造したもの。境内の燈籠の中で最も有名です。

s-東照宮手水舎P1020424
s-東照宮銅鳥居と陽明門P1020422
s-東照宮南蛮燈籠P1080757











「陽明門」の拝観が叶わぬ代わりに陽明門の壁画を公開していました。
羽目板が嵌め込まれるまでの貴重な機会です。

s-東照宮内部公開P1020438










そして美しい彫刻が施された国宝「唐門」。
柱には唐木の寄木細工で昇竜と降龍の彫刻があり、屋根には鰭切れの龍(昼の守)とつつが(けもの篇に恙)(夜の守)が飾られています。
一本の欅(けやき)で彫り出した「舜帝朝見の儀(しゅんていちょうけんのぎ)」です。
舜帝とは、中国神話に登場する君主で、聖人としての性格をもつ五帝の一人。→三皇五帝
中央に鎮座する「舜帝」の顔をよく見ると家康に似ています
この彫刻の意味は、舜(しゅん)は堯(ぎょう)から帝位を受け継ぎ禹(う)に渡した。
それは徳のある者へ正しく政権が移った理想の政治を表しています。
これには祖父家康を畏敬してやまず、後継者としての権威を示さんと、
東照宮を大改築(寛永の大造替)した三代将軍家光の意向が込められており、
家康を立てながら、実は自分(家光)に政権が移ったことを正しいと主張しています。
参考資料:歴史秘話ヒストリア「孫の私ががんばらねば! 〜日光東照宮 徳川家康と家光の絆〜」

s-東照宮唐門P1080684s-東照宮唐門P1080689s-東照宮唐門P1080688










東回廊の奥社参道入り口に有名な左甚五郎「眠り猫」。
牡丹の花が咲く下に日の光を浴びて子猫がうたた寝しているところ。
日光を表す絶妙の奥義を極めているそうです。
今回は裏面の「竹に雀」もちゃんと観てきました。
雀がいても猫が眠っているくらい「平和な世」を表しています。
東照宮の彫刻の多くが「平和」をモチーフにしている中でもわかりやすいです。

s-東照宮眠り猫P1080692s-東照宮眠り猫P1080693s-東照宮竹に雀P1080697










さて、合計約200段あるという石段を上って、奥宮の家康の墓所を目指します。
このあたりの長い石段は東照宮の建築の見どころのひとつ。
一段ごとに一枚石を使って、石柵は一本石をくり抜いて造ったものです。
ツラい石段の途中に、あの有名な御遺訓が現れました。

s-東照宮奥宮P1020458s-東照宮奥宮P1080708















奥宮の拝殿で雪落とし。
御遺訓おみくじには、どちらも「辛抱」の二文字があって御祭神「らしい」御神託でした。
もしかしたら…他の番号のおみくじにも「辛抱」と書かれているのかも。
次回は違う番号のおみくじを引いてみます。

s-東照宮奥宮P1080721s-東照宮奥宮P1080740s-東照宮おみくじP1080881







扉を除いて、柱や梁(はり)などをひとつの鋳型で造ったことから鋳抜門。
門前の石段から睨みをきかせている狛犬。門の袖にいるのは蜃(しん)。
「ツバメを食べ、気を吐き、楼台城郭を描き出す」という、蜃気楼の蜃です。
家康の墓所、重要文化財・奥宮御宝塔。鋳抜門ともども鋳工椎名伊豫の作。
高さは5メートル。
宝塔に納められている家康の神柩(しんきゅう)は、建立以来一度も開けられたことがありません。
宝塔は最初は木造、後に石造りになり、さらに天和三(1683)年の大地震で破損したものを
五大将軍綱吉が現在の唐銅(からかね)製に造り替えました。唐銅とは金・銀・銅の合金。

s-東照宮奥宮鋳抜門P1080724
s-東照宮奥宮御宝塔P1080726s-東照宮奥宮P1020472








この神域は350式年大祭(昭和40年=1965年斎行)を記念して特別に公開され、現在に至っています。
来年(平成27年=2015年)は400式年大祭が斎行されます。

樹齢600年。スピリチュアルな「叶杉(かのうすぎ)」は若い女性やカップルに人気があるみたい

s-東照宮奥宮P1020476










ここでしか買えない「眠り猫」や「叶鈴守」の御守を売っています。


下山して本社(撮影禁止)でお話を伺い、狩野探幽筆「麒麟」を拝見。
この絵の意味するところ、麒麟は優しい動物で徳のある王の世に姿を現すといわれ、
殺生の多い世には姿を隠すといわれています。
家光は麒麟がここにいるということで、自分が徳のある君主だと言おうとしたのかもしれません。
参考資料:歴史秘話ヒストリア「孫の私ががんばらねば! 〜日光東照宮 徳川家康と家光の絆〜」


本社内の授与所で、ここでしか買えない「御香守」を買いました。
特別祈祷(身体健全・厄除開運・交通安全・学業成就・所願成就)とのこと。
中に入っている「白檀」の香りがする間ご利益があり、返納しなくても良い御守だそうです。
拝観料(大人1300円)を踏まえてか、これだけのお品が500円とお手頃なお値段でした。
色は赤と青の二色です。

s-東照宮御香守P1080875








日光東照宮に祀られている徳川家康はお香が大好き°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°だったことで知られ、
自分でお香を調合した記録も残っており…「白檀」は家康が好きだった香り。
というわけで御香守に再現しているらしいです。
だからこのお守りには徳川家の家紋が入ってるんですね。
※参考資料:香と水引「香紡縁」岡本英子さんのブログ『香りを編む』「日光東照宮のお香守」


東照宮では御守を買う時「何個ですか?」と必ず聞かれます。
お土産に複数買う人が多いのでしょうね。

続いて本地堂(薬師堂)(撮影禁止)で天井絵の「鳴龍」を見学。
堂内で説明をしてくださる方が、拍子木を龍の顔の真下で叩かれると、
鈴が鳴るような「鳴き声」が降ってきました。
どのような仕組みになっているのか不思議です。
そして秘仏の本尊・薬師瑠璃光如来像(非公開・扉の前で手を合わせる)と、
両脇に安置された十二神将の自分の干支をお参りしましょうと導かれます。

こちらの授与所でも、ここでしか買えない御守を売っています。
龍の鳴き声の音がする鈴や十二神将御守などですね。
ここでしか買えない」と言われると何故か買いたくなってしまう。
なかなかに商魂たくましい!?日光東照宮なのです


表門を出て、五重塔の右手に伸びる参道を進み、二荒山(ふたらさん)神社に向かいます。
あまり時間がないので、拝殿(写真撮り忘れ)でお参りさせていただくにとどまりました。
次回はゆっくり拝観させていただきます。

s-二荒山神社P1080772s-二荒山神社P1080779











「亀の甲」より「年の功」とはよく言ったものです。
前回から14年半近い年月を経て、いつしか神社仏閣、史跡への興味や関心も深まりました。
帰宅後に記憶を反芻しながら、旅行記をブログにするのは「物忘れ」防止にとても有効で、
ほぼほぼ自分のためにブログをつけています
このたび再訪した日光東照宮のことは、これから14年半後にも記憶に残っているでしょう。

続いて、輪王寺の家光墓所(国宝・大猷院)を訪ねます。
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