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(日本ダービー出走時のトーセンスターダム 2014年6月・東京競馬場)

11月11日の豪GI・エミレーツSで、
GI2勝目を飾った、トーセンスターダム(豪・ウィラー厩舎)。

エミレーツS(2015年までの旧名称マッキノンS)は、
総額200万豪ドル(約1億7373万円)の高額賞金を誇り、
1980年代以降、ホーリックスベタールースンアップレッツイロープ
ロンロソーユーシンクら、並み居る名馬が制した権威あるレース。

日本で勝った重賞は2勝という実績でありながら、
豪州で大きな成功を収めた背景に、
日本、豪州の競馬スタイルの違いと、
トーセンスターダム自身の成長力、適応力の高さを感じる。

今回は、トーセンスターダムのこれまでについて振り返り、
今後増えるであろう、日本馬の豪州移籍の意義について、
考えてみたいと思います。


【まばゆい良血と、歯がゆい苦闘の日々】
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トーセンスターダム
は2011年3月14日、
東日本大震災発生の3日後、
北海道・安平のノーザンファームで生を受けた。

叔父は天皇賞馬トーセンジョーダン
その従兄弟に天皇賞馬カンパニーなど、活躍馬多数の良血一族出身。

この良血と馬体を評価され、
トーセンスターダムは1歳時の2012年セレクトセールで、
島川隆哉オーナーに2億6250万円の高値で落札された。


叔父トーセンジョーダンと同じ、
栗東・池江泰寿厩舎に入厩したトーセンスターダムは、
2歳10月、菊花賞当日、
毎年、出世馬が多く出る条件(京都芝1800)の新馬戦に出走し、快勝。

続く京都2歳Sも、接戦を制したトーセンスターダムは、
3戦目のきさらぎ賞で、
新馬戦でトゥザクラウンを退けた素質馬バンドワゴンとの
一騎打ちを制し、優勝。
3戦3勝、一躍、クラシック候補に躍り出た。

しかし、このあとトーセンスターダムは、
皐月賞、ダービー、菊花賞の三冠路線に出走するものの、
いずれも着外に大敗。

年末のチャレンジカップで重賞2勝目を飾るが、
国内のGIでは4歳時も、宝塚記念12着、マイルCS7着など、
いずれも厚い壁に、跳ね返され続けた。



日本時代のトーセンスターダムの着順で特徴的なのが、
出走頭数による極端な成績の違い。
トーセンスターダムの2016年2月までの成績を、
出走頭数12頭以下と、13頭以上の多頭数で区切ると、
次のようになる。

12頭以下(5・1・0・1)
13頭以上(0・0・0・9)

もちろん競馬の成績は出走頭数だけで決まるものではなく、
相手関係や状態にもよるのだが、
これだけ極端な結果が出ると、
日本時代のトーセンスターダムは、
13頭以上の多頭数を苦手にしていたと思わざるを得ない。


象徴的な場面は、日本ダービー。
馬群の内をついて走っていたトーセンスターダムは、
直線入口、馬群が開ける場面で、
ひるんだのか、内ラチぎわに逸走。
危うく、武豊騎手が落馬寸前となるほど、バランスを崩し、
完走16頭の最下位で、大きく遅れてゴールした。

優れた瞬発力と、480キロ前後の馬格がありながら、
どこか、線が細くひ弱で、
多頭数になると、能力を発揮できない。

こんな印象を、日本時代のトーセンスターダムに抱かされた。


【訪れた転機、豪州遠征で見せた光】

2015年春、トーセンスターダムは、
同厩舎のトゥザクラウンワールドエース
美浦・堀厩舎のリアルインパクトと共に、
4頭で豪州滞在の遠征に出た。

トーセンスターダムが最初に出走したのは、
3月21日、ローズヒル競馬場のGI・ランヴェットS。
同日に行われたGI・ジョージライダーSで
リアルインパクトがGI制覇を飾り、期待が高まる中、
トーセンスターダムはランヴェットSで、
現地のGI馬コントリビューターから
1・1/4馬身差の2着に食い込んだ。

続く目標の高額賞金レース、クイーンエリザベスCで
トーセンスターダムは、
通算GI4勝の強豪クライテリオンから5馬身半差、
2着レッドカドーから3馬身差の5着と、一定の結果を残す。


上述の通り、この遠征から帰国後も、
OP勝ち以外、主だった成績を上げられなかった
トーセンスターダムであるが、
4歳春の遠征で上げた好成績、国内外への実力のアピールが、
後の自信の運命へ、大きな影響を及ぼすこととなる。


2016年春、再度クイーンエリザベスC出走を目指し、
豪州に渡ったトーセンスターダムであったが、
3月31日、現地で鼻出血を発症。
クイーンエリザベスC回避を余儀なくされる。

この後、一旦は、
日本へ帰国の予定が発表されたトーセンスターダムに、
大きな転機が訪れる。

4月8日、豪州のオーナーブリーディング組織
オーストラリアンブラッドストックが、
トーセンスターダムの大半の権利の購入を発表。
トーセンスターダムは、そのまま豪州に滞在し、
現地のウィアー厩舎に移籍。

休養後、スプリングカーニバル(10月~11月のGI)を
目指すこととなった。

年々高まる、海外での日本馬の評価と、
前年春、トーセンスターダム自身が
豪州で残した実績が、
前例のない、日本で重賞勝ちのある日本調教馬の、
豪州へのトレードに繋がった。


トーセンスターダム、豪GI制覇で見せた適応力(2)