トーセンスターダム、豪GI制覇で見せた適応力(1)より


【豪州移籍後と、現地への適応】
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豪州移籍後初戦、
8月のG2ダットタンチナムSを、4着で終えたトーセンスターダム

この秋、アンダーウッドS、ジョージメインS、トゥーラックH、
コックスプレート、ロンジンマイルなど、
GIへの出走プランを報じられていたトーセンスターダムであるが、
調教中に負った外傷、その後に悪化した感染症で、
これらGIレースをいずれも回避。

日本と違い、短期間で多くのレースを使い仕上げる豪州競馬であるが、
トーセンスターダムは、このスタイルに適合できず、
レース出走の情報が流れては回避が続き、
歯がゆい日々が続いた。


ようやく豪州移籍2戦目を迎えたのは、
翌年2月のG1・フューチュリティS。
ここで同厩舎のGI5勝馬ブラックハートバートの2着と
いきなり結果を出したトーセンスターダム
続いて出走したG2・ブレーミーSでも2着。

豪州移籍後、初勝利こそ逃したものの、
この2戦で陣営は、トーセンスターダムの走りに確かな手応えを掴んだ。
その後ウィアー師は、高額賞金レース、
ドンカスターマイルへの出走プランを立てたものの、
道悪のため、このレースを回避。

トーセンスターダムは再び、
スプリングカーニバルに向け休養に入った。

この頃、日本を離れてちょうど一年。
現地の調教スタイルにも慣れ、
トーセンスターダムは6歳にして、
新たな一面を切り開くこととなる。


【訪れた歓喜の瞬間、歴史的なGI2勝】

8月、予定通りG2・ローレンスSで復帰したトーセンスターダム

このレースで5着に入ると、
その後、トーセンスターダムは9月、10月にも
立て続けに1400M戦を使い、3着、6着。

サルパトラークS6着から中1週で臨んだGI・トゥーラクHで、
トーセンスターダムはついに、
待望の豪州移籍後初勝利。
日本時代から悲願のGI制覇を飾った。

このトゥーラクHは、18頭立ての多頭数。
豪州のスタイルにすっかり慣れ、
連戦と、多頭数をこなしたトーセンスターダム

そこには、かつて感じたひ弱な面影は、完全に消えていた。


トゥーラクH制覇から中2週で臨んだケネディマイル8着の後、
トーセンスターダムは、
高額賞金レースGI・エミレーツSに連闘で臨み優勝。
豪州でも権威の高いレースで、
歴史的な1勝を上げた。

進路が塞がる苦しい場面から、
馬群をこじ開け、鋭く伸びての勝利。
まるで、逸走してしまった、日本ダービーの走りが、
嘘のような走りである。

時間をかけ、現地のスタイルに適応させた陣営の努力と、
それに応えた、トーセンスターダムの適応力と、精神力。
ただただ、頭が下がる思いがする。


【日本馬、豪州移籍の意義と今後】

豪州で、GI2勝と結果を残したトーセンスターダム
今後は順調であれば、来年のクイーンエリザベスCを目標として、
その後は、種牡馬入りのプランも、
当然、現実的なものとなっている。

層の厚い日本の中距離GIで、
思うように結果を残せなかった馬が、
環境を変え、国外のレースを制したことは、
その後に続く日本馬にとっても、意義の大きな成果。


現に、今年3月に、トーセンスターダムと同じく
島川オーナーからオーストラリアンブラッドストックに移籍した
ブレイブスマッシュは、10月の高額賞金レース
ジ・エベレストで3着。
日本にいた時以上の走りで、
日本から豪州移籍の成功例を、増やす結果となった。


一方で、同じく今年夏に海を渡ったアドマイヤデウスは、
コーフィールドC前に行った調教で、
深刻な故障を発症。
現在も経過観察中で、予断を許さぬ状況が続いている。

移籍とはケースが異なるが、
2014年、日本から豪州に遠征したアドマイヤラクティが、
コーフィールドカップでGI制覇を飾り、
直後のメルボルンカップ後に急死したのは、記憶に新しいところ。


調整方法、レース間隔など、
多くのスタイルが異なる、日本と豪州の競馬。
豪州、香港では、多くの牡馬を去勢して体質を丈夫にし、
鍛えることで強くする。
一方で日本は、狙いすましたレースに向け、じっくりと仕上げる。
欧州を手本としたスタイルを、長年とってきた。

もちろん、競走馬の故障の原因は様々で、
これらの調整方法だけに起因するものではないが、
アドマイヤラクティアドマイヤデウス、2頭の異国でのリタイアは、
今後への教訓として、重い課題を残した。


トーセンスターダムブレイブスマッシュのように、
現地の環境に適応できる馬もいれば、
そうでない馬もいる。
この点は、今後も決して忘れてはならない命題と感じる。


日本で結果を出せなかった馬が、海外で輝く。
大きな喜びと共に、考えさせられることも多かった、
今年の豪州GIシリーズを見ての感想。